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透過型電子顕微鏡にて病理像を観察したMicrosporidiaによる角膜炎の1例

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1218?1221,2016c透過型電子顕微鏡にて病理像を観察したMicrosporidiaによる角膜炎の1例川口秀樹*1鈴木崇*1宇野敏彦*2宮本仁志*3首藤政親*4大橋裕一*1*1愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*2白井病院*3愛媛大学医学部附属病院診療支援部*4愛媛大学総合科学研究支援センターTransmittingElectronMicroscopyFindingsinaCaseofMicrosporidialKeratitisHidekiKawaguchi1),TakashiSuzuki1),ToshihikoUno2),HitoshiMiyamoto3),MasachikaShudo4)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,2)ShiraiHospital,3)DepartmentofClinicalLaboratory,EhimeUniversityHospital,4)EhimeUniversity,IntegratedCenterforSciences今回,Microsporidiaによる角膜炎と思われる1例に対して,治療的にdeepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK)を施行し,得られた角膜片を透過型電子顕微鏡にて観察したので報告する.症例は71歳,男性,角膜擦過物の微生物学的検査にて真菌性角膜炎に合併したMicrosporidiaによる角膜炎と診断され,抗真菌薬を用いた治療を受け,真菌性角膜炎は治癒した.しかしながら,顆粒状の角膜細胞浸潤は軽快しなかったため,治療的にDALKを施行した.切除した角膜片を透過型電子顕微鏡にて観察したところ,角膜実質内に散在的に直径約1?2μmの胞子を認めた.胞子内には極管(polartube)とよばれる臓器を認め,所見より,Microsporidiaと考えられた.術後,角膜が透明化し視力は向上した.角膜実質内に侵入したMicrosporidiaによる角膜炎は,有効な治療薬が少なく,治療的角膜移植を選択する必要がある.Wereportacaseofmicrosporidialkeratitistreatedwiththerapeuticlamellarkeratoplasty,inwhichtransmissionelectronmicrographs(TEM)revealedmicrosporidiainremovedcornea.Thepatient,a71-year-oldmalediagnosedasfungalkeratitiswithmicrosporidialkeratitisviamicrobiologicaltestingofcornealscrapings,wastreatedwithantifungaldrugs.Althoughthecornealinfiltrationoffungalkeratitissubsided,thegranularinfiltrationcausedbymicrosporidiagraduallyincreased.Wethereforeperformedlamellarkeratoplastytoremovetheinfectiousfocus.TEMshoweddiffusemicrosporidialspores1-2μmdiameterinthestromaoftheremovedcornea,andillustratedthepolartubeinthesporecytoplasmthatischaracteristicofmicrosporidia.Aftersurgery,thecornearecoveredtransparencyandcorrectedvisualacuityincreased.Sincetherearefeweffectivemedicaltreatmentsformicrosporidialkeratitiswithstromalinfiltration,itmaybenecessarytoperformtherapeutickeratoplasty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1218?1221,2016〕Keywords:微胞子虫,角膜炎,透過型電子顕微鏡.Mircospordia,keratitis,transmittingelectronmicroscopy.はじめにMicrosporidia(微胞子虫)はさまざまな動物や人の細胞内に寄生する偏性細胞内寄生体であり,ミトコンドリアを欠く単細胞真核生物である.その胞子は1?10μmの卵形をしており,胞子内には極管(polartube)および極帽(polarcap)が存在し,1つまたは2つの核をもつ.おもに免疫不全患者に下痢や気管支炎,筋炎などを引き起こす日和見病原体であるが,これまでに判明している1,300以上の種うち,人への感染を起こす病原体は14種程度といわれている1).Microsporidiaは,流行性角膜結膜炎に類似した結膜炎を引き起こすのみならず,角膜炎の原因にもなりうる.Microsporidiaによる角結膜炎が初めて報告されたのは1973年であり,以来インド,シンガポール,台湾を中心に報告がなされている2,3).発症のリスクファクターとして,角膜外傷の既往や免疫抑制薬の使用歴などがあげられ,臨床所見では多くは軽度から中等度の充血が認められ,角膜における臨床所見として多発性,斑状の上皮細胞浸潤や角膜膿瘍などさまざま認められる.Microsporidiaの存在を確認する検査としては,光学顕微鏡,透過電子顕微鏡(transmittedelectronmicroscopy:TEM),間接蛍光抗体法(immunofluorescenceassays:IFA)などがある4).なかでも,光学顕微鏡を用いた塗抹標本の確認が,Microsporidiaによる角膜炎を診断するうえでもっとも重要であり,とくに好酸性染色によって赤く染色される胞子を確認することによって検出する3).通常の培養検査ではMicrosporidiaは増殖しないため検出できないが,PCR検査や生体共焦点顕微鏡検査も診断として利用されている5,6).現在のところ,わが国では筆者らが報告した真菌性角膜炎に合併したMicrosporidiaによる角膜炎の1例のみである7).この症例において,残存した角膜実質内の浸潤病巣に対しては,1%ボリコナゾール点眼で経過観察していたが,浸潤病巣が増加し視力低下をきたしたため,治療的deepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK)を施行した.今回,筆者らは得られた角膜片をTEMにて病理像を観察したので報告する.I症例患者:71歳,男性.主訴:右眼視力低下.職業:農業従事者.現病歴:昭和52年より関節リウマチに伴う右眼の周辺部角膜潰瘍に対して,長期間抗菌薬,ステロイド点眼を投与されていた.平成22年頃から右眼の角膜実質の淡い顆粒状の細胞浸潤を広範囲に認め,さらに平成24年には角膜細胞浸潤が増悪し,角膜擦過物の微生物検査より,Candida角膜炎に合併したMicrosporidiaによる角膜炎と診断した7).抗真菌薬の使用により,真菌性角膜炎による病巣は消失したが,Microsporidiaによる角膜炎の所見(顆粒状浸潤)は残存していたため,1%ボリコナゾールに加えて,レバミピド,0.1%フルオロメトロン,0.3%ガチフロキサシン,0.3%ヒアルロン酸,プレドニゾロン2mg内服にて経過観察していた.平成27年3月より,角膜実質内の細胞浸潤の増悪を認め,視力低下が進行してきたため,再度入院となった.入院時所見:矯正視力は右眼0.01,左眼0.02(左眼は緑内障による視神経萎縮による視力低下).右眼眼圧は測定不能であった.細隙灯顕微鏡検査において右眼角膜は周辺部潰瘍を繰り返しているため混濁しており,鼻側から結膜侵入を伴っていた.中央部角膜実質内にはびまん性淡い顆粒状の細胞浸潤を認めた(図1).さらに,前眼部OCT検査では角膜の菲薄化と実質の深層までの混濁が観察された(図2).経過:病巣擦過物の塗抹検査を行ったところ,好酸性染色であるKinyoun染色にて,陽性に染色される直径1?4μmの卵形の像を認めた.塗抹検査所見からMicrosporidiaによる角膜炎が進行した状態と診断し,頻回の角膜擦過,0.5%モキシフロキサシン点眼,8倍PAヨード点眼を行った.しかし,角膜実質内細胞浸潤は改善せず,さらに角膜混濁が増悪したため,内科的治療の継続は困難と考え,治療的にDALKを施行した.術中,可能な限り,Descemet膜付近まで角膜を切除し,ドナー角膜を端々縫合し,手術を終了した.術後は0.3%ガチフロキサシン点眼,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼を行い,角膜は徐々に透明化し(図3),右眼矯正視力も0.2pまで向上したため,退院となった.TEM所見:摘出角膜を2.5%グルタルアルデヒドで2時間固定し,洗浄後,さらに2%酸化オスミウムにて2時間固定した.洗浄,脱水後,樹脂であるEpon812に包埋した.角膜を垂直に60nmの切片で切断した後に酢酸ウラニル水溶液,硝酸鉛溶液による2重染色を行い,JEM1230(JOEL)のTEMを用いて観察した.弱拡大(5,000倍)での観察では,角膜実質繊維層の構造が破壊され,乱れた角膜実質繊維層間に散在する厚い細胞壁を有する直径1?2μmの卵型の胞子を複数認めた(図4).さらに,厚い細胞壁を認めるも,細胞内が破壊,変性し,長径2?4μmの楕円形に膨張した変性した胞子も複数認めた.さらに強拡大(50,000倍)では胞子内にMicrosporidiaに認められる極管(polartube)と核(nucleus)を確認できた(図5).II考察Microsporidiaによる角結膜炎は非常にまれな眼感染症であり,わが国では筆者らがすでに報告した本症例のみである.しかしながら,海外ではアジアを中心に報告例が増加しており,さらにMicrosporidiaが環境中に存在していることから,わが国においても今後の発生には注意が必要である.診断として,角膜擦過の塗抹検査が重要であるが,好酸性染色やファンギフローラ染色などの特殊染色が必要であり,また,一般的な検査室における認知度も低いため,検出が困難な場合も想定される.さらに,光学顕微鏡を用いた検査では,胞子の染色性,大きさ,形のみで診断するため,確実にMicrosporidiaを確認するためには,TEMによって,細胞内の構造を確認することが必要である8).Microsporidiaの胞子の内部には特徴的なコイル状の構造があり,極管とよばれている.本症例のTEMにおいても,コイル状の構造の断面が確認でき,極管を観察できたため,確実にMicrosporidiaであると考えられた.極管は,宿主細胞を突き刺すことで感染を成立させると考えられており,Microsporidia感染症の病態においても重要な器官である.また,TEMによって観察された胞子の大きさは,細胞が損傷していないものは1?2μm,細胞が損傷されているものは2?4μmと大きくなっていた.この現象は,細胞が損傷されると細胞内外の浸透圧の影響で細胞壁がダメージを受けるために大きくなっていると推測できる.今回,角膜擦過物の塗抹標本の観察では1?4μmの胞子を確認したが,そのなかでも直径が大きく楕円形の胞子は損傷されている可能性が高いことが考えられる.そのため,塗抹標本の胞子の大きさを確認することは,病態や治療効果を考えるうえで重要な情報である可能性が高い.前述のようにMicrosporidiaによる角結膜炎の診断には,塗抹標本検査が必須であるが,近年,PCR法によるMicrosporidiaの遺伝子の検出も期待されている.PCR法と塗抹標本検査の診断を比較した検討では,トリクロム染色は感度64%・特異度100%,カルコフロール染色では感度80%・特異度82%であるのに対して,PCR法は感度100%で特異度97.9%であり,PCR法の有用性が報告されている9).今回はPCR法を施行していないが,診断の向上には,塗抹標本検査のみならずPCR法の併用も今後検討する必要がある.Microsporidiaのなかでも,角膜炎や結膜炎をおこすものに,Encephalitozoonintestinalis,Encephalitozoonhellemがある.しかしながら,TEMによる形態の観察では,両者の鑑別はむずかしい.Microsporidiaの種の同定に一般的に用いられるのは遺伝子の塩基配列を用いた方法である.さらに間接蛍光抗体法においてモノクローナル抗体がEncephalitozoonspp.やE.bieneusiの同定に有用であったという報告もある10).今回は摘出角膜をTEMの観察にのみ使用したため行っておらず,原因となったMicrosporidiaの種は不明である.わが国でのMicrosporidiaによる角結膜炎の病態を考察するにも,今後は,TEMや遺伝子学的検査を用いた検討が必要と思われる.今回,内科的な治療には反応せず,角膜実質内の細胞浸潤が増悪した.TEM所見では,実質繊維の構造の変化は認めるものの,好中球などの炎症細胞の存在は少なかった.このことは,実質の混濁は炎症に起因するものではなく,実質の構造が変化したことで生じている可能性を示唆している.さらに,Microsporidiaの胞子は損傷を受けた後にも自己融解せず,角膜実質内に存在していることより,たとえ治療によって細胞が障害されても,細胞が長期間存在し,そのことによって角膜実質の構造を変化させていることも考えられる.そのため,実質浸潤を認めた症例では,内科的治療は困難である可能性も高く,外科的には胞子を除去することが望ましい.上皮や実質浅層に病巣がある場合は,掻爬が有効であり11),実質全体に病巣がある場合は角膜移植が必要である.DALKが治療に有効であった症例も報告されており12),移植の術式については,細隙灯顕微鏡所見に加えて,前眼部OCT検査によって混濁の部位を確認し選択することが重要であると思われた.本症例においても,前眼部OCT検査において,角膜実質全体が混濁しており,術前に全層角膜移植もしくはDALKを考慮したが,関節リウマチに伴う周辺部角膜潰瘍を繰り返していることで,移植後拒絶反応の可能性も高いため,DALKを選択した.術後,角膜は透明化したが,緑内障手術の既往や長期間の角膜疾患を罹患しており,内皮機能の減少による水疱性角膜症の出現には十分注意する必要があると思われる.わが国においてMicrosporidiaによる角膜炎は非常にまれではあるが,局所的に免疫状態が低下している場合は発症する可能性がある.本症例では農業従事者であること,関節リウマチからの周辺部潰瘍,またステロイド点眼などが発症の契機となったと推測される.また,本疾患のわが国における認知度は決して高くないため,原因不明の角膜炎として治療されている可能性も少なくないと思われる.そのため,原因不明の角膜炎において本疾患を鑑別疾患の一つにあげ,塗抹標本検査のみならず,治療的角膜移植をする場合は,切除角膜をTEMで観察することで,本疾患の可能性を検索することも重要であると思われる.文献1)DidierES,WeissLM:Microsporidiosiscurrentstatus.CurrOpinInfectDis19:485-492,20062)AshtonN,WirasinhaPA:Encephalitozoonosis(nosematosis)ofthecornea.BrJOphthalmol57:669-674,19733)SharmaS,DasS,JosephJetal:Microsporidialkeratitis:needforincreasedawareness.SurvOphthalmol56:1-22,20114)YazarS,KoruO,HamamciBetal:Microsporidiaandmicrosporidiosis.TurkiyeParazitolDerg37:123-134,20135)FanNW,WuCC,ChenTLetal:Microsporidialkeratitisinpatientswithhotspringsexposure.JClinMicrobiol50:414-418,20126)DasS,SharmaS,SahuSKetal:Diagnosis,clinicalfeaturesandtreatmentoutcomeofmicrosporidialkeratoconjunctivitis.BrJOphthalmol96:793-795,20127)友岡真美,鈴木崇,鳥山浩二ほか:真菌感染症を併発したMicrosporidiaによる角膜炎の1例.あたらしい眼科31:737-741,20148)WalkerM,KublinJG,ZuntJR:Parasiticcentralnervoussysteminfectionsinimmunocompromisedhosts:malaria,microsporidiosis,leishmaniasis,andAfricantrypanosomiasis.ClinInfectDis42:115-125,20069)SaigalK,KhuranaS,SharmaAetal:ComparisonofstainingtechniquesandmultiplexnestedPCRfordiagnosisofintestinalmicrosporidiosis.DiagnMicrobiolInfectDis77:248-249,201310)Al-MekhlafiMA,FatmahMS,AnisahNetal:Speciesidentificationofintestinalmicrosporidiausingimmunofluorescenceantibodyassays.SoutheastAsianJTropMedPublicHealth42:19-24,201111)DasS,WallangBS,SharmaSetal:Theefficacyofcornealdebridementinthetreatmentofmicrosporidialkeratoconjunctivitis:aprospectiverandomizedclinicaltrial.AmJOphthalmol157:1151-1155,201412)AngM,MehtaJS,MantooSetal:Deepanteriorlamellarkeratoplastytotreatmicrosporidialstromalkeratitis.Cornea28:832-835,2009〔別刷請求先〕川口秀樹:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座Reprintrequests:HidekiKawaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-shi,Ehime791-0295,JAPAN12181220あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(139)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161221図1入院時前眼部写真角膜中央部に淡い顆粒状の細胞浸潤,角膜周辺部の鼻側からの結膜侵入を認める.図2前眼部OCT検査所見角膜全体の混濁,周辺部の菲薄化を認める.図3退院時前眼部所見角膜混濁の改善を認める.図4切除角膜のTEM所見(×5,000倍)角膜実質内に2重の細胞壁を認める直径1?2μmの胞子(?)を複数認める.また,変性したと思われる胞子像も観察される(?).図5切除角膜のTEM所見(×50,000倍)胞子の内部に極管(polartube)(?),核(nucleus)(?)を認める.