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非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1067.1069,2014c非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例上田浩平*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2藤野雄次郎*1*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科CytomegalovirusRetinitiswithOcularHypertensionandIritisinaPatientwithNon-Hodgkin’sLymphomaKoheiUeda1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1),MikikoKanno2)andYujiroFujino1)1)DepartmentofOphthalmology,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital非Hodgkinリンパ腫治療後に糖尿病の発症を契機に虹彩炎および眼圧上昇を伴うサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した症例を報告する.症例は60歳,男性.2011年に非Hodgkinリンパ腫を発症し,6月から化学療法を施行.2012年3月には寛解と診断されていた.2012年1月末にペットボトル症候群により高血糖となり糖尿病加療がなされていた.3月末に左眼の霧視,眼圧上昇にて紹介受診した.初診時左眼矯正視力1.2,前医受診時左眼眼圧41mmHg.左眼虹彩炎と網膜に顆粒状滲出斑を認め,前房水polymerasechainreaction(PCR)法でCMV-DNA陽性が確認され,CMV網膜炎と診断した.計4回のガンシクロビルの硝子体注射によりCMV網膜炎は消退した.血液疾患および糖尿病はいずれもCMV網膜炎の危険因子であり,本症では両者によりCMV網膜炎が発症しやすい状態であったと推察された.Thepatient,a60-year-oldmale,hadsufferedfromnon-Hodgkin’slymphomaforwhichheunderwentchemotherapy,achievingcompleteremissioninMarch2012.AttheendofJanuary2012,hedevelopedseverehyperglycemiaduetoPETbottlesyndrome.HefeltblurredvisioninhislefteyeandvisitedourclinicattheendofMarch.Correctedvisualacuitywas1.2andintraocularpressurewas41mmHginthelefteye.Theeyeshowediritisandexudativelesionneartheopticdisc.Cytomegalovirusretinitiswasdiagnosedonthebasisofpolymerasechainreactionoftheaqueoushumor.Intravitreousinjectionsofganciclovirweregiven4times,andthecytomegalovirusretinitisresolvedcompletely.Sincebothchemotherapyanddiabetesmellitusareriskfactorsfortheinductionofcytomegalovirusretinitis,itissuspectedthatbothfactorscausedthedevelopmentofcytomegalovirusretinitisinthispatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1067.1069,2014〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,非Hodgkinリンパ腫,糖尿病,ペットボトル症候群.cytomegalovirusretinitis,non-Hodgkin’slymphoma,diabetesmellitus,PETbottlesyndrome.はじめにサイトメガロウイルス網膜炎はサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が原因の網膜炎である.CMVは成人の約90%が小児期に不顕性感染をしているといわれており,その後,長期にわたり持続感染する.CMV網膜炎はヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染拡大とともに患者数が増加し,広く認識されるようになった.その後,白血病や悪性リンパ腫などの疾患そのものによる免疫能の低下あるいは臓器移植後や悪性腫瘍などでの免疫抑制薬の使用による免疫能の低下した症例,さらには免疫正常者についても糖尿病,ステロイド薬を危険因子としてCMV網膜炎の発症する症例が報告されている1).今回筆者らは,非Hodgkinリンパ腫患者で急性糖尿病発症を契機に発症した高眼圧と虹彩炎を併発したCMV網膜炎の1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕上田浩平:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:KoheiUeda,M.D.,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)1067 I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼の霧視.既往歴:非Hodgkinリンパ腫,境界型糖尿病.現病歴:2011年4月中旬に顎下の腫瘤に気づき,その後の精査で非Hodgkinリンパ腫と診断された.6月末から12月まで化学療法(リツキシマブ+ベンダムスチン)を計6クール施行され,2012年3月の時点で寛解と診断されていた.化学療法の有害事象として食欲不振となり,11月末から清涼飲料水ばかりの摂取が続いていた.2012年1月末に血糖値1,124mg/dlまで上昇,ペットボトル症候群とよばれる急性発症糖尿病と診断され,糖尿病治療を開始された.2012年3月末から左眼の霧視と視野異常を自覚したため,4月初めに総合病院眼科を受診し,眼圧右眼16mmHg,左眼41mmHg,左眼前房中の軽度炎症と網膜に白色滲出斑を認めたため,左眼にベタメタゾン0.1%点眼3x,レボフロキサシン0.5%点眼3xラタノプロスト点眼1x,ドルゾラミド/チモロール配合剤点眼2xを開始された.1週間後,当院を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.4.5D(cyl.1.5D図1初診時左眼眼底写真鼻側網膜に網膜滲出斑を認める.Ax170°),左眼0.07(1.2×sph-5.0D).眼圧は右眼17mmHg,左眼は前医で処方された点眼継続下で15mmHgであった.左眼は角膜に微細な角膜後面沈着物を認め,少数の前房内細胞を認めた.左眼眼底には視神経乳頭鼻側にわずかに出血を伴う顆粒状の網膜滲出斑を認めた(図1).右眼には異常所見は認めなかった.蛍光眼底造影では,白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられ,後期にかけて軽度の蛍光漏出がみられた(図2).血液検査では白血球数2,700/μlと低下していたが,分画は好中球60.5%,リンパ球23.9%,単球8.7%,好酸球3.1%,好塩基球0.6%と異常を認めず,CD4/CD8比も0.63と低下を認めず,CD4陽性リンパ球数は248/μlであった.血清の抗帯状疱疹ウイルス(VZV)抗体,抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体,抗CMV抗体はすべてIg(免疫グロブリン)G陽性であり,IgMの上昇は認めなかった.CMVのアンチゲネミア法であるCMVpp65抗原(C7-HRP)は陰性だった.前房水のpolymerasechainreaction(PCR)法でHSV-DNA陰性,VZV-DNA陰性,CMV-DNA陽性であった.II治療と経過眼所見と前房水PCRによりCMV虹彩炎および網膜炎と診断し,ガンシクロビル1mgの硝子体注射を2012年4月半ばから1週おきに3回,さらにその2週後に1回の計4回施行した.硝子体注射2回目が終了した時点で網膜滲出斑は薄くなってきており,4回目が終了した時点で滲出斑は完全に消失した(図3).以後,ラタノプロスト,ドルゾラミドの点眼は継続しているものの,虹彩炎や網膜炎の再燃は認めていない.黄斑前に硝子体混濁が比較的強く残存したため,5月半ばにトリアムシノロンアセトニド4mg(0.1ml)のTenon.下注射を施行したところ,硝子体混濁は軽減し,自覚症状の改善を得た.図2初診時左眼蛍光眼底写真白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられる.図3ガンシクロビル1mg硝子体注射4回施行後の眼底写真網膜滲出斑が消失している.1068あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(142) III考按本症例は網膜炎の所見と前房水PCRでCMVDNA陽性であることからCMV網膜炎と診断した.患者はリンパ腫に対してリツキシマブとベンダムスチンの併用治療を受けていたが,本治療は副作用としてリンパ球を含む白血球減少が高率に起き,CMV感染症が10%に認められる.また,食思不振や吐気が約1/3の患者にみられる2).患者はCMV網膜症発症時点でも白血球減少がみられており,恒常的な白血球減少があったと推測される.また,極度の食思不振がいわゆるペットボトル症候群を招いたものと考えられる.本症は網膜炎の他に虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴っていた.AIDS(後天性免疫不全症候群)患者でみられるCMV網膜炎では通常,前眼部炎症はあっても軽微なことが多く,また高眼圧をきたさないが,非AIDSの患者では虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴うCMV網膜炎症例が報告されている3).菅原らはわが国でこれまで健常成人に発症したCMV網膜炎症例10例12眼についてまとめているが,8例で虹彩炎や硝子体混濁などの眼内炎症を伴っており,6例で高眼圧がみられていた4).Pathanapitoonらは非AIDSの患者でCMVによる後部ぶどう膜炎あるいは汎ぶどう膜炎を起こした18例22眼について報告しているが,12例14眼は虹彩炎を呈する汎ぶどう膜炎がみられていた5).全症例中13例17眼は免疫能異常か免疫抑制剤の使用を認めたが,17眼中10眼で汎ぶどう膜炎がみられ,免疫正常者以外でもCMV網膜炎に伴って汎ぶどう膜炎を起こすことがわかる.5例は非Hodgkinリンパ腫患者であった.AIDS以外の疾患では免疫機能障害の程度がAIDSと異なり,immunerecoveryuveitis様の反応が同時に起きているために眼内の炎症が随伴すると推測される3).糖尿病もCMV網膜炎の危険因子とされている.前述したわが国の正常人でのCMV網膜炎10例中3例は糖尿病に罹患していた3,6).また,DavisらのHIV陽性者以外に発症したCMV網膜炎15例では,7例は免疫不全がなく,うち4例は糖尿病のある患者であった7).また,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射あるいは硝子体注射後に発症するCMV網膜炎の報告例も糖尿病を有していることが多い8).糖尿病がCMV網膜炎の危険因子である理由は定かではないが,吉永らは糖尿病では白血球変形能の低下,網膜血流減少による灌流圧低下,網膜血管内皮細胞の接着分子の発現亢進などにより,網膜血管に白血球の接着が増加し,網膜微小循環に捕捉されやすいということが報告されていることから,糖尿病ではCMVの潜伏感染している白血球が網膜微小循環に捕捉されやすい状態になっている可能性をあげている3).本症も血糖が一時1,000mg/dlを超えており,このことがCMV網膜炎を発症した原因の一つと考えられた.以上から,本症は非Hodgkin病に糖尿病の急性増悪が重なり,それが契機となってCMV網膜炎を発症したものと推測した.完全な免疫不全患者以外にもCMV網膜炎を生じる可能性があり,一時的な免疫能低下や糖尿病が発症の契機となりうる.AIDSなどの重篤な免疫抑制状態でなくともCMV網膜炎も念頭に入れて診療をする必要があると考える.文献1)八代成子:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科49:11891198,2007v2)OhmachiK,NiitsuN,UchidaTetal:MulticenterphaseIIstudyofbendamustineplusrituximabinpatientswithrelapsedorrefractorydiffuselargeB-celllymphoma.JClinOncol31:2103-2109,20133)吉永和歌子,水島由佳,棈松徳子ほか:免疫能正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌112:684687,20084)菅原道孝,本田明子,井上賢治ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科28:702-705,20115)PathanapitoonK,TesabibulN,ChoopongPetal:Clinicalmanifestationsofcytomegalovirus-associatedposterioruveitisandpanuveitisinpatientswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.JAMAOphthalmol131:638645,20136)松永睦美,阿部徹,佐藤直樹ほか:糖尿病患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科15:1021-1024,19987)DavisJL,HaftP,HartleyK:RetinalarteriolarocclusionsduetocytomegalovirusretinitisinelderlypatientswithoutHIV.JOphthalmicInflammInfect3:17-24,20138)DelyferMN,RougierMB,HubschmanJPetal:Cytomegalovirusretinitisfollowingintravitrealinjectionoftriamcinolone:reportoftwocases.ActaOphthalmolScand85:681-683,2007***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141069