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強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1018.1021,2020c強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例渡邊未奈*1,2蕪城俊克*1武島聡史*1武田義玄*1高木理那*1田中克明*1榛村真智子*1木下望*1高野博子*1梯彰弘*1*1自治医科大学附属さいたま医療センター眼科*2独立行政法人地域医療機能推進機構さいたま北部医療センター眼科CACaseofHypertrophicPachymeningitisComplicatedbyOrbitalApexSyndromeafterScleralBucklingMinaWatanabe1,2),ToshikatsuKaburaki1),SatoshiTakeshima1),YoshiharuTakeda1),RinaTakagi1),YoshiakiTanaka1),MachikoShimmura1),NozomiKinoshita1),HirokoTakano1)andAkihiroKakehashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaNorthMedicalCenterC目的:強膜バックリング手術施行後に眼窩先端症候群を呈し,のちにCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験したので報告する.症例:78歳,男性.左眼下鼻側裂孔原性網膜.離に対し,強膜バックリングを施行.退院後再診日,左眼矯正C0.01と高度の視力低下に加え左眼の視野欠損,動眼・外転・滑車神経麻痺を認めた.左眼の眼窩先端症候群を疑い,ステロイド内服を開始したところ,視力と眼球運動制限の著明な改善と炎症反応低下を認め,治療開始C4カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで回復した.その後,発症C4カ月後頃から嘔気・頭痛症状に加え,右眼の外転神経麻痺を認めた.頭部造影CMRIを施行したところ硬膜の著明な肥厚を認めた.髄液圧は正常であったため低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎の診断に至った.結論:原因がはっきりしない眼窩先端症候群では,肥厚性硬膜炎の可能性を考え頭部造影CMRIの撮像が必須である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCfollowingCscleralCbuckling,ClaterCdiagnosedCasChypertro-phicCpachymeningitis,CpossiblyCdueCtoCantineutrophilCcytoplasmicCantibody-associatedvasculitis(AAV).CCase:A78-year-oldCmaleCunderwentCscleralCbucklingCinChisCleftCeye.CAfterCdischarge,CparalysisCinCtheCoculomotorCnerve,CabductionCnerve,CandCtrochlearCnerve,CasCwellCasCsevereCvisualCdisturbance,CwasCobservedCinChisCleftCeye.COrbitalCapexsyndromewassuspected,andoralprednisolonewasadministrated.Posttreatment,hisvisualacuitymarkedlyimproved.CHowever,CatC4-monthsCpostConset,CabductionCnerveCparalysisCinCtheCrightCeyeCoccurredCsimultaneouslyCwithnauseaandheadache.Contrast-enhancedbrainmagneticresonanceimaging(MRI)revealedmarkedthicken-ingofthedura,thusleadingtothediagnosisofhypertrophicpachymeningitis(HP),withAAVpossiblybeingthecause.CConclusion:IfCorbitalCapexCsyndromeCofCanCunknownCcauseCisCobserved,Ccontrast-enhancedCbrainCMRICisCindispensablewhenconsideringthepossibilityofHP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1018.1021,C2020〕Keywords:肥厚性硬膜炎,ANCA関連血管炎,眼窩先端症候群,頭痛,造影MRI.hypertrophicpachymeningi-tis,ANCA-associatedvasculitis,orbitalapexsyndrome,headache,contrast-enhancedMRI.Cはじめに日本人での発症年齢は平均C58.3±15.8歳で2),ほぼ全例で頭肥厚性硬膜炎は,頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変による痛・眼窩深部痛を認めるといわれている1).比較的まれな疾頭痛,脳神経麻痺,小脳失調などの神経症状を,眼症状とし患とされていたが,近年のCMRIをはじめとする画像診断のては視力障害,複視,乳頭腫脹などを呈する疾患である1).進歩によりわが国での報告が散見されている.肥厚性硬膜炎〔別刷請求先〕渡邊未奈:〒330-8503さいたま市大宮区天沼町C1-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:MinaWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,1-847CAmanuma,Omiya,Saitama330-8503,JAPANC1018(118)の原因として,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody:ANCA)関連血管炎,IgG4関連疾患,サルコイドーシス,関節リウマチなどが報告されているが3),今回,網膜.離に対して強膜バックリング手術を施行後に多発脳神経麻痺を呈し,後にCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験した.原因不明の多発脳神経麻痺に遭遇した場合には,本疾患を鑑別疾患として疑い,頭部造影CMRIでの精査行うことの重要性を再認識する教育的な知見が得られたため,ここに報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:前立腺肥大症,55歳時CGuillain-Barre症候群.家族歴:特記事項なし.現病歴:3日前より左眼に飛蚊症を自覚,近医眼科にて左眼網膜.離を指摘され自治医科大学附属さいたま医療センター眼科を紹介受診した.初診時矯正視力は両眼ともC1.2,左眼下鼻側周辺部に裂孔原性網膜.離(図1)を認めた.受診同日に緊急入院となり,全身麻酔下で左眼強膜バックリング法による網膜復位術を施行した.術翌日より網膜復位が得られ,経過良好のため術後C7日目に退院となった.術後C14日目の再診日,左眼矯正視力C0.01と急激な視力低下を認めた.左眼前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなく,網膜.離の再発や視神経乳頭腫脹は認めなかった.しかし,左眼瞼下垂および全方向性の眼球運動障害を認め,動眼・外転・滑車神経麻痺が疑われた.頭痛や眼球運動時痛,顎跛行は認めなかった.左眼限界フリッカ値はC15CHzと低下しており,Goldmann視野検査(図2)でも高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.蛍光眼底造影検査では,造影早期の視神経乳頭周囲の脈絡膜充盈遅延を認めた.血液検査では赤図2バックリング術後14日目左眼Goldmann視野検査高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.血球沈降速度C1時間値C63Cmm,C反応性蛋白(CRP)0.41と亢進していた.鑑別疾患として脳動脈瘤,脳腫瘍のほか,動脈炎性虚血性視神経症,Fisher症候群,重症筋無力症,眼窩先端症候群などが考えられた.頭部単純CCT,単純CMRI,単純CMRAを施行したが,いずれも明らかな異常所見は認めなかった.検査結果と臨床所見から血管炎に伴う虚血性視神経症および眼窩先端症候群を疑い,プレドニゾロン(以下,PSL)内服C30mg/日を開始した.治療開始より矯正視力と眼球運動制限の著明な改善,炎症反応低下が認められたため(図3),PSL内服を漸減した.治療開始C2カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで改善,眼球運動制限もほぼ寛解した.一方,血液検査でCmyeloperoxidase-ANCA(MPO-ANCA)がC16.5CIU/ml(基準値C3.5CIU/ml以下),proteinaseC3CANCA(PR3-ANCA)がC9.9CIU/ml(基準値C2.0CIU/ml以下)と陽性図1初診時左眼眼底写真左眼下鼻側に丈の浅い裂孔原性網膜.離を認めた.0.70.60.50.40.30.20.10治療開始5日後2週間後3週間後1カ月後図3ステロイド内服開始から1カ月の経過概要プレドニゾロン(PSL)内服治療により矯正視力の改善を認めた.a図4発症4カ月後の頭部単純CTおよび頭部ガドリニウム造影MRIa:頭部単純CT.凸レンズ状のCcysticlesionを認め,慢性硬膜下水腫が疑われた.Cb,c:頭部ガドリニウム造影CMRIT1強調画像.硬膜全体の著明な肥厚(.)を認めた.図5治療開始1年6カ月後の左眼Goldmann視野検査視野狭窄・中心暗点は著明に改善した.であることが判明し,背景に全身性血管炎が疑われたため,膠原病内科へ紹介となった.腫瘍やサルコイドーシス,真菌感染,結核感染を疑う検査結果や画像所見は認めなかった.膠原病内科で診察および追加検査を行ったが,すでにステロイド内服が開始されていたこともあり,ANCA関連血管炎を疑う臨床症状は認められず,診断には至らなかった.その後の経過は安定していたが,ステロイド内服をC15mg/日まで減少した発症C4カ月後頃から頭痛・嘔気症状とともに僚眼(右眼)の外転神経麻痺を認めた.視力低下は認めず,神経内科医による診察では,右外転神経単独麻痺との診断であった.頭部単純CCTを施行したところ,両側の前頭葉から側頭葉にかけての脳表に凸レンズ状のCcysticlesionを認め(図4a),慢性硬膜下水腫が疑われた.しかし,それ以外は年齢相応の脳萎縮がみられるのみで,頭蓋内圧亢進による頭痛や嘔吐は否定的であり,右眼外転神経麻痺の原因も不明であった.頭痛,嘔気,外転神経麻痺などの症状とこれまでの臨床経過から肥厚性硬膜炎の可能性を疑い,頭部ガドリニウム造影CMRIを施行したところ,硬膜全体の造影効果を伴う著明な肥厚を認めた(図4b,c).髄液検査は細胞数C14/3μl個(基準値C0.5個以下),総蛋白C76Cmg/dl(基準値C15.50Cmg/dl以下)と軽度上昇,髄圧はC390CmmHC2Oと高値であった.血液,髄液,培養所見からは感染性髄膜炎は否定的であった.末梢血炎症反応の著明な上昇とCMPO-ANCAの再上昇が認められたこと,一連のステロイド用量依存性の多発脳神経麻痺や頭痛などの臨床症状,および造影CMRIでの硬膜全体の肥厚所見から,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎と診断した.入院のうえCPSL20Cmg内服を水溶性CPSL30Cmg静脈内注射に増量したところ,頭痛・嘔気症状と右眼外転神経麻痺は改善を認めた.入院C2週間後には退院となり,退院後は経口アザチオプリン(AZA)100Cmg/日を追加してCPSL内服は漸減した.しかし,PSLをC17.5Cmg/日まで減量した頃よりCCRPの再上昇を認めたため,退院C5カ月後より経口シクロフォスファミド(CPA)をC50Cmg/日から開始しC100Cmg/日まで増量し,炎症反応は改善した.CPAは計C10Cg使用したが,CPAからCAZAに戻したところ一時的な発熱と肝酵素の上昇を認めたためCAZAは中止とした.その後,発症C16カ月後にMPO-ANCAの再上昇を認めたため,PSL40Cmgに増量,以降は漸減しながら経口メトトレキサートC4Cmg/週を追加した後,リツキシマブC500Cmg静注をC2.4カ月ごとに計C6回投与した.視機能については発症当初の左眼の視力障害はステロイド治療により矯正視力C1.2まで回復,左眼の視野障害も著明に改善した(図5).その後両眼に白内障進行による視力低下を認め,左眼は発症C2年C8カ月後に白内障手術を施行,右眼も白内障手術を施行予定である.発症C3年C6カ月後の最終観察時の矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2で,眼球運動制限に関しても完全寛解の状態を維持している.II考按眼窩先端症候群は視神経管と上眼窩裂に病変の主座をもち,視神経管と上眼窩裂を通る視神経,動眼神経,三叉神経第一枝(眼神経),外転神経に障害を起こす症候群で,全方向性の眼筋麻痺,三叉神経痛,視神経障害を起こす.原因として眼窩先端部の炎症,感染,腫瘍のほか,外傷性,血管性があるとされ,多種多様な疾患が原因となりうる4).頭部CCT,MRI検査は必須であり,とくに脂肪抑制を行ったCSTIR法で眼窩部を撮影し,炎症性が疑われる場合にはガドリニウム造影,血管腫が疑われる場合にはCMRangiographyを追加して行う.感染性や自己免疫疾患が疑われる場合には,末梢血検査,CRPなどの一般血液検査に加え,抗核抗体,CMPO-ANCA,PR3-ANCAなどの自己抗体検査,胸部CX線撮影,髄液検査などが必要となる4).一方,肥厚性硬膜炎は頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変により,さまざまな神経症状を呈する疾患である.肥厚性硬膜炎の臨床症状として頭痛,脳神経麻痺,小脳失調,視力障害,複視などをきたすといわれているが,なかでも頭痛はもっとも多い臨床症状とされている1).わが国での報告では,肥厚性硬膜炎において脳神経障害はC61%にみられ,そのうち視神経障害はC43%と最多で,動眼神経・滑車神経・外転神経障害もC40%にみられるなど眼科領域の所見の頻度が高いとされている5).これは硬膜肥厚の好発部位が小脳テント,頭蓋底部,海綿静脈洞部であり,視神経,動眼神経,滑車神経,眼神経,外転神経の走行に近接することによるものと考えられている5).肥厚性硬膜炎による多発脳神経麻痺の病態としては,肥厚した硬膜による直接圧迫・循環障害,神経周膜への炎症細胞浸潤,脳圧亢進などが推測されている6).肥厚性硬膜炎の確立した診断基準はいまだなく確定診断は硬膜生検であるが,侵襲性などの面から生検を行うことはまれであり,臨床的には造影CMRIでの画像診断が用いられること多い7).肥厚性硬膜炎の硬膜肥厚はCMRIではCT1強調画像で低または等信号,T2強調画像で高信号,線維成分の増加につれて低信号を示し,ガドリニウム造影CT1強調画像で著明な造影効果を示す6).しかし,単純CMRIや頭部CCTではしばしば診断が困難であり,ガドリニウム造影CMRIが診断に有用であるとされている8,9).また,硬膜と骨髄脂肪との区別を明確にするためには造影とともに脂肪抑制を行うことが望ましい9,10).本症例では全身麻酔下でのバックリング手術後の多発脳神経麻痺ということもあり,当初緊急性の高い頭蓋内疾患を疑い,頭部単純CCTとCMRIを施行した.MRIを造影せずに施行したことに加え,頭痛症状がなかったこと,末梢血炎症反応の上昇を伴う突然の急激な視力低下のため,血管炎に伴う虚血性視神経症を疑いステロイド投与を急いだことで検査所見や症状がマスクされ,肥厚性硬膜炎の診断に至るまでに時間を要する結果となった.肥厚性硬膜炎の随伴症状として強膜炎や漿液性網膜.離を伴う報告もあるが8),裂孔原性網膜.離術後に肥厚性硬膜炎を発症したという報告はない.今回の症例の網膜.離については蛍光眼底造影検査の所見からは血管炎を疑わせる所見はなく,術後復位が確認されていたこともあり,裂孔原性網膜.離とCANCA関連血管炎・肥厚性硬膜炎には因果関係はないものと考える.一方,本症例の慢性硬膜下水腫を伴う硬膜肥厚のCMRI所見は低髄液圧症候群が原因である可能性も考えられたが,腰椎穿刺時の初圧が高値であったこと,ANCAの抗体価と臨床症状の相関性,ステロイド用量依存性の改善がみられたことからも低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎と考えた.今回,強膜バックリング施行後に,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎による眼窩先端症候群のC1例を経験した.原因のはっきりしない多発脳神経麻痺を認めた場合には,頭痛の有無にかかわらず肥厚性硬膜炎の可能性を考え,頭部造影CMRIを施行することが早期診断・治療に直接寄与し必須であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichyper-trophicCpachymeningitis.NeurologyC62:686-694,C20042)YonekawaT,MuraiH,UtsukiSetal:Anationwidesur-veyCofChypertrophicCpachymeningitisCinCJapan.CJCNeurolCNeurosurgPsychiatryC85:732-739,C20143)RudnikA,LaryszD,GamrotJetal:Idiopathichypertro-phicCpachymeningitis─caseCreportCandCliteratureCreview.CFoliaNeuropatholC45:36-42,C20074)栗本拓治:眼窩先端部症候群・上眼窩裂症候群.これならわかる神経眼科(根木昭編),眼科プラクティス5,p236-238,文光堂,20055)植田晃広,上田真努香,三原貴照ほか:肥厚性硬膜炎の臨床像とステロイド治療法に関するC1考察:自験C3症例と文献例C66症例からの検討.臨床神経C51:243-247,C20116)河内泉,西澤正豊:肥厚性硬膜炎.日内会誌C99:1821-1829,C20107)福田美穂,木村亜紀子,増田明子ほか:両耳側半盲を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.神経眼科C36:60-65,C20198)福本嘉一,仙石昭仁,宮崎勝徳ほか:漿液性網膜.離を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.臨眼C71:1057-1062,C20179)安達功武,伊藤忠,佐藤章子:造影CMRIが診断に有用であった眼窩先端部病変のC2症例.臨眼C68:1741-1748,C201410)橋本雅人:肥厚性硬膜炎による視神経症.眼科C55:667-672,C2013C