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アトピー性皮膚炎症例における細菌性角膜炎の検討

2015年4月30日 木曜日

556あたらしい眼科Vol.5104,22,No.3(00)556(92)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):556.560,2015cはじめにアトピー性皮膚炎は,「増悪,寛解を繰り返す掻痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を持つ」と定義されている1).アトピー性皮膚炎の眼合併症として,円錐角膜,白内障および網膜.離などがあげられ,視力予後に関係する眼合併症として注意喚起されている2).一方,アトピー性皮膚炎のもう一つの合併症として皮膚感染症があげられる.アトピー性皮膚炎では皮膚の易感染性による感染性皮膚疾患として,ブドウ球菌,連鎖球菌による伝染性膿痂疹,単純ヘルペスウイルスによるカポジ(Kaposi)水痘様発疹症,伝染性軟属腫ウイルスによる伝染性軟属腫が多い.さらにこれらの感染性皮膚疾患から角結膜炎に波及し,伝染性膿痂疹ではカタル性結膜炎やブドウ球菌角膜炎3),カポジ水痘様発疹症では単純ヘルペス結膜炎および角膜炎4),伝染性軟属腫では濾胞性結膜炎がみられる5).しかしながら,アトピー性皮膚炎の易感染性を背景に発症する細菌性角膜炎の詳細については不明な点が多い.今回,筆者らは,アトピー性皮膚炎を有する症例に発症した細菌性角膜炎の特徴について検討した.〔別刷請求先〕庄司真紀:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MakiShoji,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-Kamichou,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPANアトピー性皮膚炎症例における細菌性角膜炎の検討庄司真紀*1,2稲田紀子*1庄司純*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2東京女子医科大学糖尿病センターStudyofBacterialKeratitisinPatientswithAtopicDermatitisMakiShoji1,2),NorikoInada1)andJunShoji1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,2)DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversitySchoolofMedicineアトピー性皮膚炎を有する細菌性角膜炎症例の臨床的特徴を検討する目的で,患者背景,誘因,角膜炎の臨床所見,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜擦過物からの検出菌および薬剤感受性について調査した.対象は,細菌性角膜炎に罹患したアトピー性皮膚炎患者34例(男性22例,女性12例)で,平均年齢は28.6歳±11.2歳(±標準偏差)である.角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は23例(68%)であった.角膜擦過物の細菌分離培養検査では19例23株で菌が検出され,methicillin-senstiveStaphylococcusaureus10株が最多であった.アトピー性皮膚炎患者の細菌性角膜炎の特徴は,CL装用者に発症するブドウ球菌角膜炎であった.Purpose:Toidentifytheclinicalcharacteristicsofmicrobialkeratitispatientswithatopicdermatitis.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved36patients(22malesand12females,meanage:28.6±11.2(±SD)years)withatopicdermatitiswhosufferedfrommicrobialkeratitis.Inallpatients,dataregardingpatientdemographics,precipitantsofkeratitis,clinicalobservationofkeratitis,presenceofallergicconjunctivaldiseases,andresultsofbacterialcultivationandantibioticsusceptibilitytestswereevaluated.Results:Forprecipitantsofkeratitis,contactlens(CL)wearwasmostcommon[17of34patients(50%)],andtheincidenceofcomplicationofallergicconjunc-tivaldiseaseswere23of34cases(68%).Inthecornealabrasionspecimensof19patients,23bacterialstrainsweredetectedbythebacterialcultivationtest,with10strainsofmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusbeingtheonesmostisolated.Conclusions:Inthisstudy,theclinicalcharacteristicofbacterialkeratitisinthepatientswithatopicdermatitiswasfoundtobestaphylococcalkeratitisthatdevelopedduetoCLwear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):556.560,2015〕Keywords:アトピー性皮膚炎,細菌性角膜炎,黄色ブドウ球菌,アレルギー性結膜疾患.atopicdermatitis,bacte-rialkeratitis,Staphylococcusaureus,allergicconjunctivaldisease.(00)556(92)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):556.560,2015cはじめにアトピー性皮膚炎は,「増悪,寛解を繰り返す掻痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を持つ」と定義されている1).アトピー性皮膚炎の眼合併症として,円錐角膜,白内障および網膜.離などがあげられ,視力予後に関係する眼合併症として注意喚起されている2).一方,アトピー性皮膚炎のもう一つの合併症として皮膚感染症があげられる.アトピー性皮膚炎では皮膚の易感染性による感染性皮膚疾患として,ブドウ球菌,連鎖球菌による伝染性膿痂疹,単純ヘルペスウイルスによるカポジ(Kaposi)水痘様発疹症,伝染性軟属腫ウイルスによる伝染性軟属腫が多い.さらにこれらの感染性皮膚疾患から角結膜炎に波及し,伝染性膿痂疹ではカタル性結膜炎やブドウ球菌角膜炎3),カポジ水痘様発疹症では単純ヘルペス結膜炎および角膜炎4),伝染性軟属腫では濾胞性結膜炎がみられる5).しかしながら,アトピー性皮膚炎の易感染性を背景に発症する細菌性角膜炎の詳細については不明な点が多い.今回,筆者らは,アトピー性皮膚炎を有する症例に発症した細菌性角膜炎の特徴について検討した.〔別刷請求先〕庄司真紀:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MakiShoji,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-Kamichou,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPANアトピー性皮膚炎症例における細菌性角膜炎の検討庄司真紀*1,2稲田紀子*1庄司純*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2東京女子医科大学糖尿病センターStudyofBacterialKeratitisinPatientswithAtopicDermatitisMakiShoji1,2),NorikoInada1)andJunShoji1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,2)DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversitySchoolofMedicineアトピー性皮膚炎を有する細菌性角膜炎症例の臨床的特徴を検討する目的で,患者背景,誘因,角膜炎の臨床所見,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜擦過物からの検出菌および薬剤感受性について調査した.対象は,細菌性角膜炎に罹患したアトピー性皮膚炎患者34例(男性22例,女性12例)で,平均年齢は28.6歳±11.2歳(±標準偏差)である.角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は23例(68%)であった.角膜擦過物の細菌分離培養検査では19例23株で菌が検出され,methicillin-senstiveStaphylococcusaureus10株が最多であった.アトピー性皮膚炎患者の細菌性角膜炎の特徴は,CL装用者に発症するブドウ球菌角膜炎であった.Purpose:Toidentifytheclinicalcharacteristicsofmicrobialkeratitispatientswithatopicdermatitis.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved36patients(22malesand12females,meanage:28.6±11.2(±SD)years)withatopicdermatitiswhosufferedfrommicrobialkeratitis.Inallpatients,dataregardingpatientdemographics,precipitantsofkeratitis,clinicalobservationofkeratitis,presenceofallergicconjunctivaldiseases,andresultsofbacterialcultivationandantibioticsusceptibilitytestswereevaluated.Results:Forprecipitantsofkeratitis,contactlens(CL)wearwasmostcommon[17of34patients(50%)],andtheincidenceofcomplicationofallergicconjunc-tivaldiseaseswere23of34cases(68%).Inthecornealabrasionspecimensof19patients,23bacterialstrainsweredetectedbythebacterialcultivationtest,with10strainsofmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusbeingtheonesmostisolated.Conclusions:Inthisstudy,theclinicalcharacteristicofbacterialkeratitisinthepatientswithatopicdermatitiswasfoundtobestaphylococcalkeratitisthatdevelopedduetoCLwear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):556.560,2015〕Keywords:アトピー性皮膚炎,細菌性角膜炎,黄色ブドウ球菌,アレルギー性結膜疾患.atopicdermatitis,bacte-rialkeratitis,Staphylococcusaureus,allergicconjunctivaldisease. あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015557(93)I対象および方法1.対象対象は,2001年1月.2013年12月に日本大学医学部附属板橋病院眼科で加療し,かつ次の①および②の条件を満たした症例である(本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査会の承認を得た).①アトピー性皮膚炎を発症している,もしくは既往を有する症例.②細菌性角膜炎と臨床診断し,角膜病巣部から細菌分離培養検査を施行した症例.2.方法本研究における検討項目は,患者背景,角膜炎の誘因,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜炎の臨床所見,角膜擦過物からの検出菌,薬剤感受性試験結果の6項目である.a.患者背景・角膜炎の誘因初診時に,角膜炎発症時の年齢および性別について調査するとともに,問診の記録から角膜炎の発症に関連する誘因について調査した.b.アレルギー性結膜疾患の有無初診時の細隙灯顕微鏡所見から,アレルギー性結膜疾患の合併の有無について検討した.アレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン6)に従って診断と病型分類を行った.c.角膜炎の臨床所見初診時の感染性角膜炎の所見として,角膜潰瘍の形状,角膜endothelialplaque,虹彩炎および前房蓄膿の有無について調査した.d.角膜擦過物からの検出菌・薬剤感受性試験細菌性角膜炎の原因菌検索として,角膜擦過物を直接チョコレート寒天培地に塗抹して細菌分離培養検査をするとともに薬剤感受性試験を行った.II結果1.年齢分布12年間の調査期間における対象症例数は,34例(男性22例,女性12例)であった.発症年齢は28.6±11.2歳(平均±標準偏差)で,発症のピークは25.29歳であり,おもに20代後半から30代前半に多く発症していた(図1).2.角膜炎の誘因細菌性角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,全体の半数を占めた.CLの種類の内訳は,ソフトCL装用が13例,ハードCL装用が4例(円錐角膜に対してハードCL装用3例を含む)であった.その他の誘因は,結膜異物2例,睫毛乱生1例,春季カタルの治療で免疫抑制薬点眼中の症例が1例であり,残りの13例(38%)は明確な誘因が判明しなかった(表1).3.合併するアレルギー性結膜疾患細菌性角膜炎に合併するアレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜炎16例(47%),春季カタル4例(12%),巨大乳頭結膜炎3例(9%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は34例中23例(68%)であった(図2).さらに,合併するアレルギー性結膜疾患を,CL装用の有無で比較した.CL装用者,すなわちCLが誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎10例(59%),巨大乳頭結膜炎3例(17%),春季カタル1例(6%)であり,アレルギー性結膜疾患の合併率は17例中14例(82%)であった.CL非装用者,すなわちCL以外の誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎6例(35%)と春季カタル3例(18%)であり,合併率は17例中9例(53%)であった(図3).4.角膜病巣部からの細菌分離培養検査結果角膜病巣部からの細菌分離培養検査の結果は,34例中19図1発症年齢発症年齢は25.29歳にピークがみられ,おもに20代後半から30代前半に多く発症している.012345678910■:女性■:男性症例数(例)発症年齢5~9歳10~14歳15~19歳20~24歳25~29歳30~34歳35~39歳40~44歳45~49歳50~54歳55~59歳60~64歳表1感染性角膜炎の誘因誘因症例数(例)頻度(%)コンタクトレンズ(CL)装用1750ソフトCL13ハードCL1円錐角膜+ハードCL3結膜異物26睫毛乱生13免疫抑制薬点眼中13誘因不明1338合計34100あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015557(93)I対象および方法1.対象対象は,2001年1月.2013年12月に日本大学医学部附属板橋病院眼科で加療し,かつ次の①および②の条件を満たした症例である(本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査会の承認を得た).①アトピー性皮膚炎を発症している,もしくは既往を有する症例.②細菌性角膜炎と臨床診断し,角膜病巣部から細菌分離培養検査を施行した症例.2.方法本研究における検討項目は,患者背景,角膜炎の誘因,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜炎の臨床所見,角膜擦過物からの検出菌,薬剤感受性試験結果の6項目である.a.患者背景・角膜炎の誘因初診時に,角膜炎発症時の年齢および性別について調査するとともに,問診の記録から角膜炎の発症に関連する誘因について調査した.b.アレルギー性結膜疾患の有無初診時の細隙灯顕微鏡所見から,アレルギー性結膜疾患の合併の有無について検討した.アレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン6)に従って診断と病型分類を行った.c.角膜炎の臨床所見初診時の感染性角膜炎の所見として,角膜潰瘍の形状,角膜endothelialplaque,虹彩炎および前房蓄膿の有無について調査した.d.角膜擦過物からの検出菌・薬剤感受性試験細菌性角膜炎の原因菌検索として,角膜擦過物を直接チョコレート寒天培地に塗抹して細菌分離培養検査をするとともに薬剤感受性試験を行った.II結果1.年齢分布12年間の調査期間における対象症例数は,34例(男性22例,女性12例)であった.発症年齢は28.6±11.2歳(平均±標準偏差)で,発症のピークは25.29歳であり,おもに20代後半から30代前半に多く発症していた(図1).2.角膜炎の誘因細菌性角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,全体の半数を占めた.CLの種類の内訳は,ソフトCL装用が13例,ハードCL装用が4例(円錐角膜に対してハードCL装用3例を含む)であった.その他の誘因は,結膜異物2例,睫毛乱生1例,春季カタルの治療で免疫抑制薬点眼中の症例が1例であり,残りの13例(38%)は明確な誘因が判明しなかった(表1).3.合併するアレルギー性結膜疾患細菌性角膜炎に合併するアレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜炎16例(47%),春季カタル4例(12%),巨大乳頭結膜炎3例(9%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は34例中23例(68%)であった(図2).さらに,合併するアレルギー性結膜疾患を,CL装用の有無で比較した.CL装用者,すなわちCLが誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎10例(59%),巨大乳頭結膜炎3例(17%),春季カタル1例(6%)であり,アレルギー性結膜疾患の合併率は17例中14例(82%)であった.CL非装用者,すなわちCL以外の誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎6例(35%)と春季カタル3例(18%)であり,合併率は17例中9例(53%)であった(図3).4.角膜病巣部からの細菌分離培養検査結果角膜病巣部からの細菌分離培養検査の結果は,34例中19図1発症年齢発症年齢は25.29歳にピークがみられ,おもに20代後半から30代前半に多く発症している.012345678910■:女性■:男性症例数(例)発症年齢5~9歳10~14歳15~19歳20~24歳25~29歳30~34歳35~39歳40~44歳45~49歳50~54歳55~59歳60~64歳表1感染性角膜炎の誘因誘因症例数(例)頻度(%)コンタクトレンズ(CL)装用1750ソフトCL13ハードCL1円錐角膜+ハードCL3結膜異物26睫毛乱生13免疫抑制薬点眼中13誘因不明1338合計34100 例(56%)で菌が検出された.同一症例から複数菌の検出が認められた4例を含め,検出株数は23株であった.結果を図4に示す.検出菌は多い順に,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-senstiveStaphylococcusaureus:MSSA)10株,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)4株,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativeStaphylococcus:CNS)3株であり,ブドウ球菌属が23株中17株を占めた.5.薬剤感受性試験結果角膜病巣部から分離された黄色ブドウ球菌14株(MSSA10株,MRSA4株)に対する薬剤感受性試験結果を表2に示す.今回の臨床分離株に対するセフェム系およびカルバペネム系抗菌薬の薬剤感受性は良好であり,また抗菌点眼薬として使用される抗菌薬のなかでは,ゲンタマイシンで4株,エリスロマイシンで2株,レボフロキサシンで1株の耐性菌がみられた.MRSAに対する治療薬として使用されているバンコマイシンでは全株に感受性があり,アルベカシンでは1株の耐性菌がみられた.16例(47%)4例(12%)3例(9%)11例(32%)34例■:アレルギー性結膜炎■:春季カタル:巨大乳頭結膜炎■:所見なし図2感染性角膜炎に合併するアレルギー性結膜疾患アレルギー性結膜疾患は,34例中23例(68%)に合併している.6.アトピー性皮膚炎症例に合併したブドウ球菌角膜炎の前眼部所見の特徴ブドウ球菌角膜炎と確定診断された17例について,前眼部所見の特徴から軽症から重症の4つのグループに分類した.分類は,角膜膿瘍の形状(小円形,不整形,角膜のびまん性混濁)と前房蓄膿の有無とで行った.小円形の角膜潰瘍を呈し前房蓄膿を伴わないグループをG1,不整形膿瘍に前房蓄膿を伴わないグループをG2,不整形膿瘍に前房蓄膿を伴うグループをG3,角膜のびまん性混濁を認めるグループをG4とした.G17例,G25例,G34例,G41例に分類された(図5).III考按アトピー性皮膚炎症例に発症した細菌性角膜炎は,12年間の観察期間で34例であり,おもな発症誘因はCL装用(17■:アレルギー性結膜炎■:春季カタル:巨大乳頭結膜炎■:所見なし1例3例(17%)3例(18%)6例(35%)3例(18%)3例(18%)8例(47%)10例(59%)CLあり(17例)CLなし(17例)(6%)図3コンタクトレンズ装用の有無とアレルギー性結膜疾患の有無コンタクトレンズ(CL)装用者では17例中14例(82%)にアレルギー性結膜疾患の合併がみられ,非CL装用者では17例中9例(53%)にアレルギー性結膜疾患の合併がみられる.検出菌株数(株)菌陰性15例(44%)菌検出19例(56%)ブドウ球菌属17/23株(74%)MSSA(methicillin-senstiveStaphylococcusaureus)MRSA(methicillin-resistantStaphylococcusaureus)CNS(coagulase-negativeStaphylococcus)GroupCStreptcoccus*a-Staphylococcus*Corynebacteriumsp.*Propionibacteriumacnes**Pseudomonasaeruginosa計10431112123株*MSSAと同時検出.**1株のみMSSAと同時検出.図4細菌分離培養結果角膜病巣部からの細菌分離培養から菌が検出された症例は,34例中19例(56%)である.同一症例から複数菌が検出された4例を含め,延べ23株の菌が検出され,17株(74%)がブドウ球菌属である.(94) 表2薬剤感受性試験結果(感受性株数/検体数)MSSA(感受性株数/検体数)SBT/IPM/PCGCEZABKGMEMCLDMMINOVCMSTLVFXTEICABPCCS8/81/810/108/99/107/105/79/109/1010/108/97/78/8MRSA(感受性株数/検体数)ABKGMCLDMMINOVCMSTLVFXTEIC4/42/32/32/34/44/41/22/2SBT/ABPC:スルバクタム/アンピシリン,PCG:ベンジルペニシリン,CEZ:セファゾリン,IPM/CS:イミペネム/シラスタチン,ABK:アルベカシン,GM:ゲンタマイシン,EM:エリスロマイシン,CLDM:クリンダマイシン,MINO:ミノサイクリン,VCM:バンコマイシン,ST:スルファメトキサゾール/トリメトプリム,LVFX:レボフロキサシン,TEIC:テイコプラニンG1G2G3G4角膜膿瘍の形状小円形不整形不整形びまん性混濁前眼部写真前房蓄膿××○透見不可その他Endothelialplaque形成(1例)Endothelialplaque形成(3例)症例数(例)7541図5アトピー性皮膚炎症例に合併したブドウ球菌角膜炎の前眼部所見の特徴(17例)角膜炎の病態を角膜膿瘍の形状と前房蓄膿の有無によって,G1.G4に分類した.G1,G2に分類される症例が多いが,前房蓄膿を伴うG3,非典型的なG4症例もみられる.例)であった.装用していたCLの種類は,ソフトCLが14例と多く,ハードCL装用者4例であった.アレルギー性結膜疾患の合併率は68%であったが,所見のない症例もあり,アレルギー性結膜疾患と細菌性角膜炎との関連は不明であった.しかしながら,CL装用が誘因となった感染性角膜炎症例では,CL装用以外を誘因とする感染性角膜炎症例と比較して統計学的有意差はみられなかったものの,アレルギー性結膜疾患を合併している症例が多かった.ソフトCL装用者の場合,アレルギー性結膜炎を合併することによりソフトCLの汚れや固着などが生じやすくなり,感染性角膜炎のリスクファクターになる可能性があり,CLの処方,ケア方法には注意を要する.また,ハードCL装用者4例のうち3例は円錐角膜患者であり,CLを使用せざるえない症例も多い.アトピー素因を有する円錐角膜患者がハードCLを装用する場合には,注意すべき合併症としてブドウ球菌角膜炎が以前から指摘されている.さらに黄色ブドウ球菌角膜炎を発症した場合には,急性水腫様の角膜所見を呈することが多いとされ7,8),鑑別に注意を要することが指摘されている.本症例においても円錐角膜患者から分離された細菌はMRSAであり,また感染性角膜炎の所見は小円形から類円形であり,既報と類似した所見であったと考えられた.アトピー性皮膚炎症例では,アレルギー性結膜疾患があっても視力矯正を優先してハードCLを装用する場合,およびアレルギー性結膜疾患,とくに軽症のアレルギー性結膜炎の合併が自覚されないままソフトCL装用を始める場合が,感染性角膜炎の重要な危険因子となりうると考えられた.角膜擦過物からの細菌分離培養検査では23株が検出されたが,23株中17株がブドウ球菌属であった.通常,CL関連角膜感染症の原因菌は緑膿菌が多いが,本検討で緑膿菌が検出された1例は免疫抑制薬使用中の春季カタル症例であり,CL装用者から緑膿菌は検出されなかった.アトピー性皮膚炎では,皮膚に黄色ブドウ球菌が定着(colonization)または感染(infection)することが多いとされている9).Parkら10)は黄色ブドウ球菌が皮膚に定着する頻度は,急性期の症例で74%,慢性期の症例で38%,健常対照で3%であったとし,黄色ブドウ球菌の定着が急性期の増悪(95)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015559 因子として注目すべきであるとしている.また,アトピー性角結膜炎症例における結膜.内細菌分離培養結果においてもブドウ球菌属が分離される頻度が高いことが報告されている11).したがって,アトピー性皮膚炎に合併する細菌性角膜炎の原因菌としてブドウ球菌属が多くみられたことは,皮膚からの持ち込み感染,結膜.内細菌の感染などの可能性があると考えられた.今回分離されたブドウ球菌属でかつ薬剤耐性であった菌株はMRSA4株であり,MRCNSはみられなかった.他の株ではセフェム系およびフルオロキノロン系抗菌薬が良好な感受性を示したが,ゲンタマイシンに耐性を示す株がみられた.感染性角膜炎診療ガイドライン12)では,グラム陽性菌による細菌性角膜炎に対する治療には,セフェム系抗菌薬とフルオロキノロン系抗菌薬との併用療法が推奨されているが,今回の臨床分離株の薬剤感受性試験結果からも同様の治療が推奨されると考えられた.また,MRSAに対しては,バンコマイシン軟膏が上市されているほかアミカシンやアルベカシンの自家製剤の使用も報告されている13).しかし,今回の臨床分離株のなかにもアルベカシンに対する耐性株が検出されていることから,耐性菌をさらに増やさないためにも,これらの薬剤の乱用は避けるべきであると考えられた.17例のブドウ球菌角膜炎の重症度は軽症から重症までみられ,4グループ(G1.G4)に分類した.ブドウ球菌角膜炎は表在性膿瘍を形成し,グラム陰性菌感染症に比べて比較的軽症であるとされ,病巣の特徴として円形,類円形または三日月状やひょうたん型の不整型潰瘍とその周囲を取り囲む細胞浸潤があげられている14.16).本検討では,12例が前房蓄膿のないG1,G2であったが,前房蓄膿がみられたG3が4例,もっとも重症であったG4の病巣は非典型的であった.G4の症例はシールド潰瘍に細菌感染した症例であり,基礎疾患の重症度によって修飾され重症化した症例であると考えられた.したがって,アトピー性皮膚炎に合併するブドウ球菌角膜炎は重症化する症例もみられることから,薬剤感受性検査を含めた細菌学的検査を行いながら注意して治療を進める必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン.日皮会誌119:1515-1534,20092)ChenJJ,ApplebaumDS,SunGSetal:Atopickeratoconjunctivitis:Areview.JAmAcadDermatol70:569-575,20143)佐藤敦子,岩﨑隆,庄司純ほか:伝染性膿痂疹に合併した角膜膿瘍の1例.日眼会誌102:395-398,19984)塚本裕次,井上幸次,前田直之ほか:アトピー素因のある円錐角膜患者に発症した上皮型角膜ヘルペスの4例.眼紀50:229-232,19995)InoueY:Ocularinfectionsinpatientswithatopicdermatitis.IntOphthalmolClin42:55-69,20026)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン編集委員会:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:829-870,20107)西田幸二,井上幸次,中川やよいほか:両眼にAcuteHydrops様所見を呈した角膜感染症の1例.あたらしい眼科7:263-266,19908)遠藤純子,﨑元暢,嘉村由美ほか:急性水症様所見を呈する細菌感染を生じた円錐角膜の2症例.眼科42:711714,20009)菅谷誠:アトピー性皮膚炎と細菌感染.アレルギーの臨床32:497-501,201210)ParkHY,KimCR,HuhISetal:Staphylococcusaureuscolonizationinacuteandchronicskinlesionsofpatientswithatopicdermatitis.AnnDermatol25:410-416,201311)田渕今日子,稲田紀子,庄司純ほか:アトピー性角結膜炎におけるブドウ球菌の関与に関する検討.日眼会誌108:397-400,200412)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第2版).日眼会誌117:467-509,201313)大.秀行:眼感染症Now!薬剤耐性の問題点は?MRSAの治療を教えてください.あたらしい眼科26:139-141,201014)稲田紀子,庄司純,齋藤圭子ほか:アトピー素因を有する患者に合併した角膜感染症の4症例.眼科43:11111115,200115)田渕今日子,稲田紀子,庄司純ほか:アトピー性皮膚炎患者に発症したブドウ球菌性角膜潰瘍の2症例.眼科45:1469-1473,200316)庄司純:細菌性角膜潰瘍.臨眼57:162-169,2003***(96)

眼感染症由来Staphylococcus aureusの In Viroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響と抗菌点眼薬の殺菌効果

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):571.580,2014c眼感染症由来StaphylococcusaureusのInVitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響と抗菌点眼薬の殺菌効果神鳥美智子*1井上幸次*1池田欣史*1藤原弘光*2高畑正裕*3髙倉真理子*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2鳥取大学医学部附属病院検査部*3富山化学工業株式会社綜合研究所InfluenceofGlucoseonInVitroBiofilmFormationbyStaphylococcusaureusIsolatedfromOcularInfection;BactericidalActivityofAntibacterialOphthalmicSolutionMichikoKandori1),YoshitsuguInoue1),YoshifumiIkeda1),HiromitsuFujiwara2),MasahiroTakahata3)andMarikoTakakura3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)3)ResearchLaboratoriesToyamaChemicalCo.,Ltd.TottoriUniversityHospital,目的:糖尿病患者の涙液中グルコース濃度は健常人に比べ高く,結膜.常在菌に影響している可能性がある.そこで,眼感染症由来Staphylococcusaureus(S.aureus)のinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,バイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討した.方法:鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたキノロン感受性S.aureus3株を用い,メンブレンフィルター(MF)上のバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響をMF静置寒天平板培地にこれを添加することで検討した.また,トスフロキサシン,レボフロキサシン,セフメノキシムの各点眼液を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の30倍濃度(30MIC)でバイオフィルム形成菌に24時間作用させ,生菌数変化,さらに走査型電子顕微鏡による形態観察で殺菌効果を評価した.結果:S.aureusバイオフィルムの成熟度はグルコース濃度(0%,0.01%,0.1%および1.0%)に比例し増大した.0.1%グルコース存在下,バイオフィルム形成菌に対するトスフロキサシン点眼液30MIC作用時の殺菌効果は,いずれの場合も比較点眼液より有意に強かった.結論:S.aureusによるバイオフィルムの成熟度はグルコース濃度の影響を受けることから,糖尿病患者に対する抗菌点眼薬の選択においては,バイオフィルムにより効果のある薬剤を考慮する必要があると考えられた.Purpose:Tearglucoseconcentrationishigherindiabeticpatientsthaninhealthysubjectsandmayinfluenceconjunctivalflora.TheinfluenceofglucoseoninvitrobiofilmformationwasexaminedusingStaphylococcusaureusisolatedfrompatientswithocularinfection.Alsoinvestigatedwerethebactericidaleffectsofantibacterialophthalmicsolutionsagainstbiofilmbacteria.MaterialsandMethods:Usingthreequinolone-susceptibleS.aureusisolatesfrompatientswithocularinfectionatTottoriUniversityHospital,weexaminedtheinfluenceofglucoseonbiofilmformationonmembranefilter(MF)byaddingglucosetotheagarplateontheMF.Bactericidalactivitiesoftosufloxacin(TFLX),levofloxacin(LVFX)andcefmenoxime(CMX)ophthalmicsolutionswereexaminedbycountingviablecellsremainingafterexposureofS.aureusbiofilmtothoseagentsatconcentrations30-foldtheirrespectiveminimuminhibitoryconcentrations(MIC),andbyobservationunderascanningelectronmicroscope(SEM)Results:ThedegreeofS.aureusbiofilmmaturationincreasewasdependentontheglucoseconcentration(0%,(.)0.01%,0.1%and1.0%).With0.1%glucose,thebactericidaleffectofthetosufloxacinophthalmicsolutionwassignificantlymorepotentthantheotherophthalmicsolutions.Conclusion:SincethedegreeofS.aureusbiofilmmaturationwasaffectedbyglucoseconcentration,itissuggestedthattheantibacterialophthalmicsolutionmostpotentagainstbiofilmbeselectedfordiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):571.580,2014〕〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学教室Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(93)571 Keywords:黄色ブドウ球菌,グルコース,バイオフィルム,トスフロキサシン,点眼薬,殺菌効果.Staphylococcusaureus,glucose,biofilm,tosufloxacin,ophthalmicsolution,bactericidaleffect.はじめにグラム陽性菌のStaphylococcusaureus(S.aureus)は眼感染症の代表的な疾患である結膜炎や角膜炎の主要な起因菌である1).また,発症頻度は低いものの,急性術後眼内炎の起因菌としてもStaphylococcusepidermidis(S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌やS.aureusの割合が高い2,3).S.epidermidisやS.aureusはヒトの結膜.内細菌叢に常在しており,このことが多くの眼感染症の起因菌になる理由と考えられる.分離比率はS.epidermidisが常に最も高いが,糖尿病患者ではS.epidermidisに次ぐS.aureusの比率が健常人より高いとの報告がある4).眼感染症では周術期創部などから常在菌が侵入し,縫合糸などへの菌の定着の後,バイオフィルムを形成するケースや,治療に用いられる眼内レンズなどのバイオマテリアルに形成されたバイオフィルム菌などが発症に関与している場合がある5.7).バイオフィルム形成後の菌の生育はslow-growingあるいはnondividinggrowthの状態にあると同時に,菌体を覆うexopolysaccharidematrixの薬剤低透過性などにより,抗菌薬の殺菌作用を回避すること,また,その成熟度が増した場合,抗菌薬の殺菌作用はさらに減弱されるので,治療の難渋化を招いていることが報告されている5,8,9).筆者らは先に,メチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisを用いてinvitroで作製したバイオフィルム形成菌に対するフルオロキノロン系点眼薬とb-ラクタム系点眼薬の殺菌効果を検討した.その結果,いずれの薬剤もバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果は浮遊菌(planktonic菌)の場合より減弱すること,また,バイオフィルム形成菌に対する殺菌効果はb-ラクタム系点眼薬よりフルオロキノロン系点眼薬が強いが,その作用はフルオロキノロン系点眼薬間でも差異が認められるとの成績を得た10).眼感染症起因菌においてS.epidermidisと並び分離頻度の高いS.aureusでは,バイオフィルム形成時,生育環境に存在するグルコースによりバイオフィルム成熟度が変化することが報告されている11,12).ヒト涙液にはグルコース(tearglucose)が正常人で0.004.0.008%含まれているが,糖尿病患者ではこれより高く13.15),眼表面や眼内におけるS.aureusのバイオフィルム形成は正常人の場合と異なるものと考えられる.このため,定着したS.aureusが形成したバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の殺菌作用も何らかの影響を受けている可能性が推察される.現在,眼感染症におけるバイオフィルム形成菌について,涙液中のグルコースの影響や生理的なグルコース濃度存在下での,抗菌点眼薬の殺菌効果についての報告は見当たらない.そこで,今回,眼感染症由来S.aureusのinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,先回報告10)したS.epidermidisに引き続き,S.aureusバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討した.すなわち,2011年から2012年に鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.aureusのうち,icaA,D遺伝子,薬剤感受性などを検討した3株を用いてinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.I実験材料および方法1.使用菌株鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から2011.2012年に分離されたS.aureus31株を用いた.これら分離株すべてについて,各種薬剤に対する感受性,キノロン薬耐性決定領域(quinoloneresistant-determiningregion:QRDR)遺伝子の変異およびicaA,D遺伝子の有無を調べた.2.QRDR遺伝子およびicaA,icaD遺伝子の解析DNAジャイレースおよびトポイソメラーゼIV蛋白のそれぞれのsubunitA蛋白,GyrAならびにGrlAのQRDR部位をcodeするgyrA,grlA遺伝子の主要な変異部位の解析(GyrA:Ser84,Ser85,Glu88.GrlA:Ser80,Glu84)をSreedharanら16),Ferreroら17)の報告に基づいたPCR(polymerasechainreaction)法で行った.また,バイオフィルム形成に関連するslimeの主要成分,polysaccharideintercellularadhesin(PIA)の生合成に関わるicaA,icaD遺伝子の有無をArciolaら18)の方法に基づき検討した.3.使用薬剤薬剤感受性の測定にはトスフロキサシン(富山化学工業株式会社),レボフロキサシン(LKTLaboratories,Inc),セフメノキシム(ベストコールR静注用,武田薬品工業株式会社)を用いた.また,S.aureusのメチシリン耐性の判別のため,オキサシリン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を使用した.Invitroバイオフィルム形成菌およびplanktonic菌に対する殺菌効果の検討には市販のトスフロキサシン点眼液(オゼックスR点眼液0.3%,大塚製薬株式会社),レボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液0.5%,参天製薬株式会社),セフメノキシム点眼液(ベストロンR点眼用0.5%,千寿製薬株式会社)を目的の作用濃度になるよう25%cation-572あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(94) adjustedMueller-Hintonbroth(CAMHB;日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)で適宜希釈し用いた.いずれの薬剤も純度あるいは含量が明らかなものを使用し,濃度は活性本体の値として示した.4.薬剤感受性の測定抗菌薬に対する感受性の測定にはCAMHBを用い,ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の微量液体希釈法に基づき行った19).メチシリンに対する感受性/耐性はCLSIの判定基準に基づき,オキサシリンに対する最小発育阻止濃度(MIC)(≦2μg/ml:感受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した20).また,キノロン薬に対する感受性/耐性は同判定基準に基づき,レボフロキサシンに対するMIC(≦1μg/ml:感受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した.5.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果今回使用の臨床分離S.aureus31株のうち,キノロン感受性でicaA,icaD遺伝子を保有するメチシリン感受性S.aureus(methicillin-susceptibleS.aureus:MSSA)のF5820およびF-5829株,メチシリン耐性S.aureus(methicillin-resistantS.aureus:MRSA)のF-5809株を用いた(表1).CAMHBにて37℃で一夜培養した菌を新鮮なCAMHBに接種し,さらに4時間前培養した菌液0.5mlに,リン酸緩衝液(PB:1/15mol/l,pH7.0)で5倍濃度に調整した各薬液1ml(終濃度,30MIC),10%グルコース溶液5μlまたは50μl(グルコース終濃度,0.01%または0.1%)を加え,PBで全量5mlにした培養液(CAMHB濃度:通常の10%濃度)を作製した.37℃で振盪培養し,24時間後に生菌数測定を行った(n=1).対照として薬剤不含の同様な10%CAMHB5mlを用い,生菌数を測定した.6.Invitroバイオフィルムの作製とグルコースの影響Planktonic菌に対する殺菌効果の試験に用いたMSSAのF-5820およびF-5829とMRSAのF-5809株の3株で検討した.Websterら21)の方法に基づき,CAMHBで一夜培養したS.aureusの菌液100μlを新鮮なCAMHB10mlに接種し,さらに3.5時間培養した.本菌液100μlを0.01%または0.1%グルコースを含み,通常の10%培地成分濃度になるよう作製したCAMHB10mlに懸濁した.その25μlを0.01%および0.1%のグルコースを含んだ10%培地成分濃度のMueller-Hintonagar(MHA,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を平板上に置いたmembranefilter(MF,DuraporeRMembraneFilter0.45μmHV;Millipore)に滴下した(n=3).グルコース濃度0.01%は健常人涙液中濃度,0.1%は糖尿病患者涙液中に含まれるグルコース濃度に近似すると考え検討した13.15).なお,別にバイオフィルム形成に及ぼす詳細なグルコース濃度(0,0.01,0.1および1%)の影響はMSSAF-5820株を用い調べた.(95)37℃,48時間培養後,走査型電子顕微鏡(SEM:HITACHIS-3400)を用いてバイオフィルム像を観察した.SEM像の観察に当たっては,試料を1.5%glutaraldehyde(和光純薬工業株式会社)にて1時間,さらに1%osmiumtetroxide(TAABLaboratories)に18時間浸漬し固定した.アルコール脱水-酢酸イソアミル(和光純薬工業株式会社)置換を経た後,臨界点乾燥を行った試料を白金-パナジウム蒸着した.7.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果0.01%あるいは0.1%グルコースを含む10%培地成分濃度のMHA上に静置したMFに菌液を滴下し,37℃,24時間培養した後,MFを各薬剤30MICを含む新しいMHA上に移した.さらに37℃,24時間培養した後,生菌数を測定した.作用濃度(30MIC)はトスフロキサシン頻回反復点眼時の結膜.内濃度などを参考にした22).なお,MRSAF-5809株の場合はセフメノキシム点眼液の溶解必要濃度が高すぎることから薬剤含有MHAが作製できず,トスフロキサシン点眼液とレボフロキサシン点眼液のみで殺菌効果を検討した.生菌数の測定に当たっては上述のMFをMulti-BeadsShockerR(安井器械株式会社)で破砕,ホモジナイズした試料を適宜希釈し,MHA平板に塗布し,生育コロニー数を計測した.得られた生菌数は各比較群間でパラメトリックDunnett型多重比較による有意差検定を行った.また,SEMでバイオフィルムに対する薬剤作用像を観察した.II結果1.使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,GyrAおよびGrlA蛋白におけるQRDR部位のアミノ酸変異,icaA,icaD遺伝子の解析S.aureus31株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図を図1に示す.トスフロキサシンは試験株すべてに対し,レボフロキサシンおよびセフメノキシムと同等か,2.512倍以上強い抗菌活性を示した.31株中,MRSAは22株(71.0%),キノロン耐性S.aureusは18株(58.1%)であった.また,キノロン耐性S.aureus18株のQRDR部位における最も頻度の高い変異株はGyrAのSer84Leu,Glu88Gly変異およびGrlAのSer80Tyr,Glu84Lys変異を同時に保有する株であった(7株/18株,38.9%).icaA,icaD遺伝子については今回使用した眼由来臨床分離株は31株すべて両遺伝子を保有していた.バイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に使用した3菌株の各遺伝子の解析および薬剤感受性の結果を表1に示す.GyrA,GrlAのQRDR主要部位に変異は認められず,キノロン薬に感受性で,MICはトスフロキサシンが0.0313あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014573 トスフロキサシMIC(μg/ml)≧1684210.50.250.1250.06≦0.03111136311114315533≦0.030.1250.528≦0.030.1250.5280.060.2514≧160.060.2514≧16レボフロキサシンMIC(μg/ml)セフメノキシムMIC(μg/ml)図1Staphylococcusaureus31株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図相関図中の数値は株数.いずれの株もトスフロキサシンのMICはレボフロキサシン,セフメノキシムのMICと同等か,低かった.表1使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,icaA,icaD遺伝子の有無,およびGyrA,GrlAのアミノ酸変異菌株トスフロキサシンMIC(μg/ml)レボフロキサシンセフメノキシムオキサシリンicaA,icaD遺伝子の有無icaAicaDQRDRアミノ酸変異GyrASer84,Ser85,Glu88GrlASer80,Glu84F-58200.06250.2520.5++──F-58290.03130.12521++──F-58090.06250.25832++──+/─:検出/非検出.μg/mlあるいは0.0625μg/ml,レボフロキサシンは0.125μg/mlあるいは0.25μg/mlであった.また,F-5820およびF-5829株はMSSA,F-5809株はMRSAであり,セフメノキシムのMICは前2株が2μg/ml,F-5809株は8μg/mlであった(表1).2.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Planktonic菌に対する薬剤30MIC,24時間作用後の生菌数を図2に示す.いずれの薬剤も30MIC作用後の生菌数は薬剤無添加の場合に比べ,10.6以上減少し,検出限界以下(LogCFU/ml:≦1.30)であった(図2).3.Invitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響MSSAF-5820株において,培地にグルコースを0.01%,0.1%,1%濃度になるよう添加し,バイオフィルム形成能をグルコース無添加の場合と比較した結果,培養48時間後の成熟度は濃度依存的に増大した.バイオフィルム形成能は0.01%添加から影響がみられたが,0.1%,1%添加時にはMF構造に沿って多くのslime様物質が付着し,これらに覆われた球菌の数も多かった(図3).4.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果バイオフィルムを形成した各株に対する抗菌点眼薬30MIC,24時間作用後の生菌数を図4に示す.グルコース0.01%存在下,MSSAF-5820株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液と同等,セフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.グルコース0.1%存在下での24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.01%と0.1%存在下での殺菌効果を比較すると,トスフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液では差異がみられなかったが,レボフロキサシン点眼液では,0.1%存在下の殺菌効果は0.01%の場合より有意(p<0.001)に弱かった.グルコース0.01%存在下,MSSAF-5829株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液およびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.1%存在下での24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃574あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(96) Glucose0.01%Glucose0.1%Viablecellscount(LogofCFU/ml)108642010864201086420F-5820MSSAF-5829MSSAF-5809MRSANT108642010864201086420F-5820MSSAF-5829MSSAF-5809MRSANT検出限界(≦1.30)ControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシムControlトスフロキサシンレボフロキシサン点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液図2Staphylococcusaureusのplanktonic菌に対する各種抗菌点眼薬の殺菌効果NT:試験せず.Planktonic菌に対してはいずれの点眼液も強い殺菌効果を示した.セフメノキシム点眼液度のレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.01%あるいは0.1%存在下での殺菌効果はセフメノキシム点眼液では差異がなかったが,トスフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液では,0.1%存在下のほうが0.01%の場合より有意(p<0.01,p<0.001)に弱かった.グルコース0.01%および0.1%存在下,MRSAF-5809株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液より有意(p<0.01)に強かった.また,トスフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液ともに,グルコース0.1%での殺菌効果は0.01%の場合より有意(p<0.01,p<0.001)に弱かった.5.MSSAF.5820株が形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の作用像0.1%グルコース存在下,invitroでMSSAF-5820株が形成したバイオフィルムに対する各点眼液30MIC作用時のSEM像を図5に示す.セフメノキシム点眼液作用後のバイオフィルム像(図5G,図5H)は薬剤無添加群(図5A,図5B)とほぼ同様であった.トスフロキサシン点眼液作用時(図5C,図5D)では,バイオフィルム構造の消失や,これを構成する菌塊構造の軽度化が観察された.レボフロキサシ(97)ン点眼液の場合は薬剤無添加群に比べ,低倍でバイオフィルム構造が若干消失した像が観察されたが,バイオフィルム上部の菌塊構造の厚みの変化はトスフロキサシン点眼液作用時より小さかった(図5E,図5F).なお,今回の試験では,他の2株でもMSSAF-5820株と同様なバイオフィルム形成像,また各抗菌点眼薬作用像がSEMで観察された(データ示さず).III考按結膜.における検出菌の分離比率はS.epidermidisが最も高いが,糖尿病患者では本菌種に次いでS.aureusの比率が健常人より高いとの報告がある4).眼感染症ではバイオフィルム形成菌がその発症に関与することが報告されており,S.aureusやS.epidermidisもコンタクトレンズ,眼内レンズ,手術時縫合糸,涙道形成用チューブ等の医療材料に付着してバイオフィルムを形成することが知られている5,6).近年,眼感染症においては,Staphylococcus属以外にも,Pseudomonasaeruginosa(P.aeruginosa)などによるバイオフィルム形成が臨床的に問題となっているが,さまざまな菌種でバイオフィルム形成菌はその成熟度によって抗菌薬の殺菌作用が影響を受けることが報告されている8,9).S.aureusではバイオフィルムの成熟度は生育環境に存在するグルコーあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014575 ABCDEFGHIJKLIJKABCDEFGHIJKLIJK図3StaphylococcusaureusF.5820株のバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響培養時間:48時間,A,E,I:glucose0%,×100,×3,000,×10,000,B,F,J:glucose0.01%,×100,×3,000,×10,000,C,G,K:glucose0.1%,×100,×3,000,×10,000,D,H,L:glucose1%,×100,×3,000,×10,000.グルコース0.1%,1%添加時には多くのslime様物質が産生され,これに覆われた球菌の数も多かった.スの影響を受け,濃度依存的にその成熟度が増大するとの報告がある11,12).糖尿病患者の涙液中グルコース(tearglucose)濃度は健常人に比べ高く,正常人では0.004.0.008%であるのに対し,糖尿病患者ではこれより5.10倍以上高く,0.03.0.13%以上含まれると報告されている13.15).また,糖尿病患者では急性結膜炎を含む各種細菌感染症のリスクが高いこと,網膜症,白内障など,さまざまな眼の組織における病態に高血糖が悪影響を与えるとの報告がある23,24).これらのことから,糖尿病患者では眼表面や眼内に定着したS.aureusがバイオフィルムを形成する場合,その成熟度が増し,抗菌点眼薬の殺菌作用が何らかの影響を受ける可能性が考えられ,今回の検討を行った.眼感染症由来S.aureusのバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響をSEMで形態観察した報告や,バイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果などを検討した報告はこれまでなかった.今回,眼感染症由来S.aureusのinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べた結果,これまでの報告11,12)に記述されているようにその成熟度はグルコース濃度の影響を受けており,糖尿病患者の涙576あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014液中グルコース濃度に想定した0.1%添加時では,無添加時に比べ,slime様物質が多く産生され,これらがMF構造や菌体表面に付着したバイオフィルム像が観察された.S.epidermidisではPIAの生合成はica遺伝子locusが関連し,icaA,DはN-acetylgulcosaminetransferase,icaBはPIAdeacetylase,icaCはPIAのexporter遺伝子とされ25),ソフトコンタクトレンズ装用者における急性結膜炎患者から分離されたブドウ球菌ではicaA,D遺伝子保有率が高いとの報告がある26).しかしながら,S.aureusではicaA,D遺伝子はほとんどすべての株が保有しており,本遺伝子のバイオフィルム形成時における意義は両菌種で異なる可能性が考えられた.Izanoら27)はブドウ球菌属のバイオフィルムにおける主要な2つの構成ポリマーはPIAとextracellularDNA(ecDNA)であり,S.aureusではPIAがバイオフィルムの主要な構成成分ではなく,ecDNAがその主成分としている.また,別の報告でS.aureusの臨床株ではグルコースが調節するバイオフィルム形成はicaADBC遺伝子の発現に関係しないとされ,同じブドウ球菌属ながら,バイオフィルム形成,発現様式について違いが存在する可能(98) Glucose0.01%Glucose0.1%Viablecellscount(LogofCFU/MF)109876510987651098765F-5820MSSA10***98765***NS†††***F-5820MSSA******F-5829MSSA†††††***1098765F-5829MSSA***F-5809MRSAF-5809MRSA10****98†††††76NTNT5ControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシムControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液図4Staphylococcusaureusのinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種抗菌点眼薬の殺菌効果薬剤作用時間:24時間,n=3,有意差:***:p<0.001,**:p<0.01vs.トスフロキサシン点眼液,†††:p<0.001,††:p<0.01vs.0.1%glucose,NS:notsignificant,(Dunnetttest),NT:試験せず,MF:membranefilter0.1%グルコース存在下では,いずれの場合もトスフロキサシン点眼液は同じ30MIC濃度で比較したレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.性があり,現在,詳細は明らかでない28).眼感染症由来S.aureusはレボフロキサシン,セフメノキシムに対する感受性が高い1).今回の使用菌株に対する抗菌活性はトスフロキサシンがレボフロキサシン,セフメノキシムと同等か,2.512倍以上強く,2009年分離の外眼部感染症由来S.aureusの成績とほぼ同様であった29).現在S.aureusのバイオフィルム形成菌に対するこれら抗菌点眼薬の殺菌効果に関する成績は見当たらない.そこでinvitroバイオフィルムを作製し,汎用されている市販抗菌点眼薬,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.トスフロキサシンについては健康成人男子を対象に1回1滴,1日8回14日間点眼し,結膜.内濃度を測定した成績があり,点眼14日目の初回点眼24時間後の濃度は2.0±2.69μg/mlであったとの報告がある22).この24時間値(約2.0μg/ml)は今回invitroでバイオフィルムを作製したS.aureus3株に対するトスフロキサシンのMIC値(0.0313μg/mlおよび0.0625μg/ml)の約32あるいは64倍に相当する.このことから,作用濃度および作用時間はいずれの点眼液も30MIC,24時間とした.その結果,0.01%グルコース存在下では,invitroでバイ(99)オフィルムを形成したS.aureusに対し,トスフロキサシン点眼液はMSSAF-5820株では,レボフロキサシン点眼液と同等,MSSAF-5829株,MRSAF-5809株ではレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.0.1%グルコース存在下では,いずれの場合もトスフロキサシン点眼液は同MIC濃度で比較したレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示し,SEMによる形態観察でも,MSSAF-5820株のバイオフィルム形成菌に対し,トスフロキサシン点眼液作用時,強い殺菌像が観察された.また,フルオロキノロン系抗菌点眼薬の殺菌効果はMSSAF-5820株バイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の場合を除き,いずれも糖尿病患者の涙液中グルコース濃度を想定した0.1%グルコース存在下のほうが0.01%グルコース存在下より弱く,バイオフィルムの成熟度がフルオロキノロン系抗菌点眼薬の殺菌効果に影響を及ぼす可能性が考えられた.バイオフィルムを形成した細菌がplanktonic菌に比べ抗菌薬抵抗性を示すこと,また,その抵抗性には薬剤系統差があることが知られている8).S.aureusにおいてフルオロキノロン系抗菌薬レボフロキサシンはplanktonic菌よりバイあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014577 ABCDEFGHABCDEFGHABCDEFGHABCDEFGH図5StaphylococcusaureusF.5820株が形成したinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種抗菌点眼薬作用時の走査型電子顕微鏡像A,B:control,×100,×3,000,C,D:トスフロキサシン点眼液,×100,×3,000,E,F:レボフロキサシン点眼液,×100,×3,000,G,H:セフメノキシム点眼液,×100,×3,000.低倍率でもトスフロキサシン点眼液の作用により,バイオフィルム構造の大部分が消失している像が観察された.オフィルム形成菌に対する殺菌効果が弱いとの報告があム形成菌に対する殺菌作用では,フルオロキノロン系抗菌る30).今回の試験でもplanktonic菌に比べ,バイオフィル薬,アミノ配糖体系抗菌薬,b-ラクタム系抗菌薬の順に強ムを形成した菌に対する殺菌作用はいずれの薬剤も弱かっいことも報告されている8).さらに,S.aureusのバイオフィた.薬剤系統差については,P.aeruginosaのバイオフィルルムにおける薬剤透過性はb-ラクタム系抗菌薬のオキサシ578あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(100) リン,セフォタキシム,またグリコペプチド薬であるバンコマイシンより,アミノ配糖体のアミカシンやフルオロキノロン系抗菌薬のシプロフロキサシンのほうが良好との報告がある31).これらのことから,S.aureusのバイオフィルム形成菌に対しては,b-ラクタム系抗菌薬よりもフルオロキノロン系抗菌薬を,また,そのなかでも目標とする菌種に対して,より強い抗菌活性を示すフルオロキノロン系抗菌薬を選択すべきと考えられた.今回の成績は,先に報告10)したS.epidermidisのバイオフィルム形成菌における結果と近似しており,殺菌効果はb-ラクタム系点眼薬よりフルオロキノロン系点眼薬が強いが,その効果はフルオロキノロン系点眼薬間でも差異が認められる点では同様の成績が得られた.術後感染症としての眼内炎の起因菌は60%以上をStaphylococcus属が占める.S.epidermidisの比率が最も高いものの,MRSAを含むS.aureusが起因菌の場合も多い3).眼内炎は重篤な感染症であり,手術前後に眼瞼および結膜.内を十分殺菌することが重要である.フルオロキノロン系点眼薬の周術期における無菌化率は高く,トスフロキサシン点眼液の場合も手術14日後に判定した術後感染症の発症は全例(108例)において認めず,また,術後無菌化率は95.1%で,類薬と同程度であった32,33).これらの成績におけるバイオフィルム形成菌関与の程度は不明であるが,そのような場合にも殺菌効果が十分期待できる抗菌点眼薬の使用が望ましいことから,その選択には十分な配慮が必要と考えられた.以上,トスフロキサシン点眼液はレボフロキサシン点眼液およびb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より,バイオフィルムを形成したS.aureusに強い殺菌効果を示した.トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したキノロン感受性S.aureusによる眼感染症の治療,予防において有用と考えられた.利益相反:高畑正裕(カテゴリーE:富山化学工業株式会社社員),髙倉真理子(カテゴリーE:富山化学工業株式会社社員)文献1)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20112)DurandML:Endophthalmitis.ClinMicrobiolInfect19:227-234,20133)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)BilenH,AtesO,AstamNetal:Conjunctivalflorainpatientswithtype1ortype2diabetesmellitus.AdvTher24:1028-1035,20075)亀井裕子:眼感染症とバイオフィルム.臨床と微生物36:439-444,20096)BehlauI,GilmoreMS:Microbialbiofilmsinophthalmologyandinfectiousdisease.ArchOphthalmol126:15721581,20087)KodjikianL,BurillonC,LinaGetal:Biofilmformationonintraocularlensesbyaclinicalstrainencodingtheicalocus:ascanningelectronmicroscopystudy.InvestOphthalmolVisSci44:4382-4387,20038)SpoeringAL,LewisK:BiofilmsandplanktoniccellsofPseudomonasaeruginosahavesimilarresistancetokillingbyantimicrobials.JBacteriol183:6746-6751,20019)AmorenaB,GraciaE,MonzonMetal:AntibioticsusceptibilityassayforStaphylococcusaureusinbiofilmsdevelopedinvitro.JAntimicrobChemother44:43-55,199910)井上幸次,池田欣史,藤原弘光ほか:眼感染症由来Staphylococcusepidermidisが形成したInVitroバイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果.あたらしい眼科29:1681-1688,201211)LimY,JanaM,LuongTTetal:Controlofglucose-andNaCl-inducedbiofilmformationbyrbfinStaphylococcusaureus.JBacteriol186:722-729,200412)CroesS,DeurenbergRH,BoumansMLetal:StaphylococcusaureusbiofilmformationatthephysiologicglucoseconcentrationdependsontheS.aureuslineage.BMCMicrobiol9:229,200913)SenDK,SarinGS:Tearglucoselevelsinnormalpeopleandindiabeticpatients.BrJOphthalmol64:693-695,198014)DaumKM,HillRM:Humantearglucose.InvestOphthalmolVisSci22:509-514,198215)ChatterjeePR,DeS,DattaHetal:Estimationoftearglucoselevelanditsroleasapromptindicatorofbloodsugarlevel.JIndianMedAssoc101:481-483,200316)SreedharanS,OramM,JensenBetal:DNAgyrasegyrAmutationsinciprofloxacin-resistantstrainsofStaphylococcusaureus:closesimilaritywithquinoloneresistancemutationsinEscherichiacoli.JBacteriol72:72607262,199017)FerreroL,CameronB,ManseBetal:CloningandprimarystructureofStaphylococcusaureusDNAtopoisomeraseIV:aprimarytargetoffluoroquinolones.MolMicrobiol13:641-653,199418)ArciolaCR,BaldassarriL,MontanaroL:PresenceoficaAandicaDgenesandslimeproductioninacollectionofstaphylococcalstrainsfromcatheter-associatedinfections.JClinMicrobiol39:2151-2156,200119)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:MethodsforDilutionAntimicrobialSusceptibilityTestsforBacteriaThatGrowAerobically;ApprovedStandard-EighthEditionM07-A8,ClincalandLaboratoryStandardsInstitutes,Wayne,PA,200920)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting;NineteenthInformationalSupplementM100-S22,201221)WebsterP,WuS,GomezGetal:Distributionofbacterialproteinsinbiofilmsformedbynon-typeableHaemophilusinfluenzae.JHistochemCytochem54:829-842,2006(101)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014579 22)北野周作,宮永嘉隆,東純一:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の臨床薬理試験(単回・反復および頻回反復点眼試験).あたらしい眼科23(別巻):47-54,200623)KruseA,ThomsenRW,HundborgHHetal:Diabetesandriskofacuteinfectiousconjunctivitis─apopulation-basedcase-controlstudy.DiabetMed23:393-397,200624)SkarbezK,PriestleyY,HoepfMetal:Comprehensivereviewoftheeffectsofdiabetesonocularhealth.ExpertRevOphthalmol5:557-577,201025)OttoM:Staphylococcalbiofilms.CurrTopMicrobiolImmunol322:207-228,200826)CatalanottiP,LanzaM,DelPreteAetal:Slime-producingStaphylococcusepidermidisandS.aureusinacutebacterialconjunctivitisinsoftcontactlenswearers.NewMicrobiol28:345-354,200527)IzanoEA,AmaranteMA,KherWBetal:Differentialrolesofpoly-N-acetylglucosaminesurfacepolysaccharideandextracellularDNAinStaphylococcusaureusandStaphylococcusepidermidisbiofilms.ApplEnvironMicrobiol74:470-476,200828)FitzpatrickF,HumphreysH,O’GaraJP:EvidenceforicaADBC-independentbiofilmdevelopmentmechanisminmethicillin-resistantStaphylococcusaureusclinicalisolates.JClinMicrobiol43:1973-1976,200529)末信敏秀,石黒美香,松崎薫ほか:細菌性外眼部感染症分離菌株のGatifloxacinに対する感受性調査.あたらしい眼科28:1321-1329,201130)MurilloO,DomenechA,GarciaAetal:Efficacyofhighdosesoflevofloxacininexperimentalforeign-bodyinfectionbymethicillin-susceptibleStaphylococcusaureus.AntimicrobAgentsChemother50:4011-4017,200631)SinghR,RayP,DasAetal:PenetrationofantibioticsthroughStaphylococcusaureusandStaphylococcusepidermidisbiofilms.JAntimicrobChemother65:1955-1958,201032)秦野寛,大野重昭,北野周作:トスフロキサシン点眼液による眼科周術期の無菌化療法.眼科手術23:314-320,201033)大橋裕一,秦野寛,張野正誉ほか:ガチフロキサシン点眼液の眼科周術期の無菌化療法.あたらしい眼科22:267-271,2005***580あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(102)

In Vitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1754.1760,2013cInVitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響長野敬川上佳奈子河津剛一阪中浩二坪井貴司中村雅胤参天製薬株式会社研究開発本部Effectof0.5%or1.5%LevofloxacinOphthalmicSolutiononBactericidalActivityandEmergenceofLevofloxacinResistanceinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosainanInVitroSimulationModelTakashiNagano,KanakoKawakami,KouichiKawazu,KojiSakanaka,TakashiTsuboiandMasatsuguNakamuraResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.Invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌ならびにレボフロキサシン(LVFX)耐性化に及ぼす0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の影響を検討した.白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの球結膜あるいは角膜中LVFX濃度推移を測定し,その濃度推移をもとに1日3回点眼のシミュレーションで24時間培地中にこれを再現した.LVFX曝露による菌株の生菌数の変化,LVFX感受性の変化を薬剤感受性ポピュレーション解析により評価した.0.5%LVFX点眼液での結膜濃度シミュレーション条件下の黄色ブドウ球菌株,角膜濃度シミュレーション条件下の緑膿菌株ともに,菌の増殖がみられ,LVFX感受性低下を認めた.一方,1.5%LVFX点眼液での結膜濃度および角膜濃度のシミュレーション条件下では,黄色ブドウ球菌株で静菌作用,緑膿菌株で殺菌作用がみられ,LVFX感受性に変化を認めなかった.1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,黄色ブドウ球菌と緑膿菌の殺菌および耐性菌出現防止に効果的であることが示唆された.Weevaluatedtheeffectoflevofloxacin(LVFX)ophthalmicsolutiononbactericidalactivityandLVFXresistancedevelopmentinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosabysimulatingrabbitoculartissueconcentrationafterinstillationof0.5%or1.5%LVFXophthalmicsolution,inaninvitrosimulationmodel.InamodelsimulatingbulbarconjunctivalorcornealtissueLVFXlevelforonedayfollowing3xdailyinstillationofLVFXophthalmicsolutionsinJapanesewhiterabbits,thechangeinviablebacterialcountorLVFXsusceptibilityofS.aureusorP.aeruginosaafterLVFXexposureintheculturebrothwasdeterminedbypopulationanalysis.The0.5%LVFXsimulationmodelsshowedbothincreasedviablebacterialcountsanddecreasedLVFXsusceptibilitiestoS.aureusinconjunctivaandtoP.aeruginosaincornea.Ontheotherhand,inthe1.5%LVFXsimulationmodel,potentbactericidalactivitieswereshownandnoLVFX-resistantsubpopulationsweredetectedineitherS.aureusorP.aeruginosa.Theseresultsshow1.5%LVFXophthalmicsolutiontobemoreeffectivethan0.5%LVFXophthalmicsolutionforsterilizationandforpreventionofLVFXresistancedevelopmentinbothS.aureusandP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1754.1760,2013〕Keywords:invitroシミュレーションモデル,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,レボフロキサシン,耐性化.invitrosimulationmodel,Staphylococcusaureus,Pseudomonasaeruginosa,levofloxacin,resistance.〔別刷請求先〕長野敬:〒630-0101奈良県生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発本部Reprintrequests:TakashiNagano,ResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN175417541754あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(106)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY はじめにレボフロキサシン(LVFX)は,好気性および嫌気性のグラム陽性菌ならびに陰性菌に対し,広い抗菌スペクトルと強い抗菌力を示す.そのLVFXを主成分とするクラビットR点眼液0.5%は2000年に日本で発売されて以降,その優れた抗菌力と高い安全性から,細菌性眼感染症治療薬として臨床現場で最も汎用されている.しかし近年,一部医療機関からLVFXに対する感受性低下を示唆する結果や入院患者における耐性率上昇が報告されるなど,LVFX耐性菌の出現が問題になりつつある1,2).近年,抗菌薬のPK-PD(薬物動態学-薬力学)に関する研究から,抗菌薬の有効性と薬物動態が密接に関連することが明らかとなってきた.全身薬においては,キノロン系抗菌薬の治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータは「血中AUC(濃度-時間曲線下面積)とMIC(最小発育阻止濃度)の比」であり3.6),キノロン系抗菌薬に対する耐性化の抑制には「血中Cmax(最高濃度)とMICの比」が相関する7.10)との報告がある.したがって,安全性面で問題がない限り,血中濃度が高まる高用量で治療することが耐性菌の出現を抑制する観点から望ましい.一方眼科領域では,治療効果や耐性化抑制効果に相関するPK-PDパラメータが明らかにされていないが,細菌に対する殺菌作用や耐性化抑制作用は曝露されるキノロン系抗菌薬の濃度に依存することから,感染組織中のAUCやCmaxが治療効果や耐性化抑制効果に最も相関すると推察される.高濃度LVFX点眼液の眼への影響を検討したClarkらの報告11)によると,サルの角膜上皮創傷治癒モデルにおいて3%LVFX点眼液の1日4回点眼は角膜上皮創傷治癒を遅延させた.また,ウサギの角膜上皮創傷治癒モデルにおいては3%以上のLVFX点眼液が角膜線維芽細胞の消失および角膜浮腫をひき起こし,6%LVFX点眼液が角膜上皮創傷治癒を遅延させた12).しかし,1.5%以下のLVFX点眼液はサルやウサギでみられたそれらの副作用を生じない.したがって,クラビットR点眼液0.5%と同等の眼組織の安全性を確保しつつ,殺菌作用の向上および耐性菌の出現抑制作用が期待できるLVFXの上限濃度は1.5%であると推察された.本試験では,0.5%と1.5%のLVFX点眼液の間で殺菌効果および耐性菌出現抑制効果に差異が認められるかを明らかにする目的で,invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する0.5%LVFX点眼液および1.5%LVFX点眼液の殺菌効果および耐性菌出現抑制効果を比較検討した.I実験材料および方法1.使用菌株外眼部細菌感染症のなかでも発症頻度が高い結膜炎と重篤(107)な症状を呈する角膜炎の主要起炎菌であるメチシリン感受性黄色ブドウ球菌,緑膿菌を対象菌種とし,2007年から2009年に細菌性眼感染症患者より単離された菌株から使用菌株を選択した.黄色ブドウ球菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLの1株(HSA201-00027株),緑膿菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLおよび1μg/mLの2株(HSA201-00089株およびHSA201-00094株)を使用した.2.使用動物雄性日本白色ウサギは北山ラベス株式会社より購入し,1週間馴化飼育後,試験に使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」および「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規程を遵守し実施した.3.使用薬剤LVFXは第一三共株式会社製を使用し,ウサギ単回点眼時眼組織分布試験には参天製薬で製造した1.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液1.5%)および0.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液0.5%)を用いた.4.実験方法a.ウサギ単回点眼時の眼組織分布日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を50μLずつ片眼に単回点眼し,点眼0.25,0.5,1,2,4,6および8時間後にペントバルビタールナトリウムの過麻酔により安楽殺した後,眼球結膜および角膜を採取した(各時点5.6例).湿重量を秤量後,1%酢酸/メタノール=(30/70)1mLを加えビーズ式多検体細胞破砕装置(ShakeMasterAuto,BMS)で均質化後,遠心分離により上清(ホモジネート上清)を得た.内標準溶液〔250ng/mLロメフロキサシン水/アセトニトリル=(10/90)溶液〕200μLを加えた除蛋白プレート(StrataImpactProteinPrecipitationplate,Phenomenex社)に,ホモジネート上清50μLと0.2%酢酸5μLを加えて遠心分離し,濾過された溶出液を溶媒留去した.残渣に移動相75μLを加えて溶解させ,超高速液体クロマトグラフィー(UPLC,Waters)に注入してLVFX濃度を測定した.b.シミュレーションモデルの設定1日3回(8時間間隔)点眼時のウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移が,8時間おきに3回繰り返されるものとして設定した.各組織のLVFX濃度推移を培地中に再現(各組織中LVFX濃度μg/gをμg/mLに換算)し,菌株に24時間曝露させた.点眼時の眼組織中LVFX濃度推移は,経口投与時の血中LVFX濃度推移に比べ変化が著しいことから,速やかに曝露濃度を変更できるよう,種々濃度のLVFX溶液を準備し,菌株を封入した寒天ゲルを順次移しあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131755 変える手法で検討した.なお,培養液に懸濁した菌株と寒天ゲルに封入した菌株に,LVFXを作用させたときのtime-killcurveは同一であったことから,LVFXは寒天ゲル内に速やかに浸透し,両条件の曝露量に差異はないと考えられた.c.殺菌作用の検討35℃,19時間,ミューラーヒントン(Muller-Hinton)II寒天培地で好気条件下培養した黄色ブドウ球菌株あるいは緑膿菌株をマクファーランド0.5(約1.2×108CFU/mL)で懸濁し,接種菌液とした.この菌液と固化していない2%寒天溶液を等量混合した後,滅菌シャーレ上に200μLずつ滴下し,室温に静置して固化させた.菌株を封入したこの寒天ブロックをシミュレーションモデルのサンプルとし,シミュレーション開始0,8,16および24時間LVFXを曝露した後,回収した(n=3).滅菌マイクロチューブ内で破砕後,生理食塩液を添加し十分混和させた.適宜希釈後,その一定量をミューラーヒントン寒天(MHA)平板上に塗布し,35℃,1日,好気培養した.MHA上のコロニー数を計測して生菌数を算出した.検出限界は20CFU/mLとした.d.ポピュレーション解析シミュレーション開始24時間後の寒天ブロックから調製された菌液を適宜希釈後,LVFX非含有MHA平板および1.16×MICのLVFX含有MHA平板に塗布した.35℃,1日,好気培養後,MHA平板上のコロニー数を測定した.シミュレーション開始前の菌株についても同様の操作を行い,LVFX曝露前後のLVFX感受性ポピュレーションを比較し,感受性の変化を検討した.II結果1.単回点眼投与時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液をウサギに50μL単回投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移を図1に,薬物動態パラメータを表1に示す.0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の眼球結膜中濃度のTmax(最高血中濃度到達時間)はともに投与後0.25時間で,Cmaxはそれぞれ3.19,14.67μg/gであった.角膜中濃度のTmaxも0.25時間であり,Cmaxは9.02,32.54μg/gであった.0.5%LVFX点眼液と比較して,1.5%LVFX点眼液では,眼球結膜におけるCmaxは約5倍の増加を示し,角膜では約3.5倍の増加がみられた.眼球結膜および角膜におけるAUC0-8hrは点眼液濃度の増加に伴い,3.4倍の増加を示した.2.シミュレーションモデルにおける殺菌作用ウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,寒天ゲルを浸漬させる各LVFX溶液の濃度と時間を,ウサギ眼組1756あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013a282420161284002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFXb403530252015105002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFX図1ウサギ単回点眼時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度各値は5.6例の平均値を示す.a:眼球結膜LVFX濃度推移,b:角膜LVFX濃度推移.表10.5%あるいは1.5%LVFX点眼液点眼後の眼組織中LVFX濃度の薬物動態パラメータLVFX濃度(μg/g)LVFX濃度(μg/g)薬物動態パラメータ組織CmaxTmaxt1/2AUC0-8hr(μg/g)(hr)(hr)(μg・hr/g)0.5%LVFX眼球結膜3.190.25NC3.10点眼液角膜9.020.251.7016.311.5%LVFX眼球結膜14.670.25NC11.10点眼液角膜32.540.251.4343.26各値は5.6例の平均値を示す.T:最高濃度到達時間.t1/2:消失半減期.NC:Notcalculated,(max)消失相が特定できなかったため算出していない.織中LVFX濃度推移実測値のCmaxおよびAUCと等しくなるように,また移し変え前後のLVFX溶液の濃度変化幅が2倍以上とならないように,最小単位を10分として設定し(図2),24時間曝露後の殺菌効果,耐性菌出現抑制効果を調べた.a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株の生菌数変化を図3に示す.0.5%(108) 100a10108:組織中濃度推移:シミュレーション濃度推移6:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有組織中LVFX濃度(μg/g)生菌数(logCFU/mL)10.142検出限界0.01024680081624時間(時間)培養時間(時間)図2ウサギ眼組織中のLVFX濃度推移を培地中に再現させ:0.5%LVFX:1.5%LVFXたときの濃度推移b10:LVFX非含有1.5%LVFX点眼液,単回点眼時のウサギ眼球結膜組織中濃度推移のシミュレーションを例に示した.組織中濃度推移(実線)生菌数(logCFU/mL)8を反映させつつ,CおよびAUCが等しくなるように,ステップワイズの濃度と曝(max)露時間を設定(点線)した.この濃度推移のLVFX曝露を3回繰り返し,24時間の曝露を行った.642検出限界0培養時間(時間)生菌数(logCFU/mL)1086420:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有081624図4緑膿菌HSA201.00089株およびHSA201.00094株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株081624培養時間(時間)HSA201-00089株よりもLVFX感受性の低いHSA201図3黄色ブドウ球菌HSA201.00027株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.CFU:colonyformingunit.LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,曝露直後から生菌数が増加し24時間後まで増加し続け,殺菌作用は認められなかった.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルは生菌数が増加せず,静菌作用が認められた.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株の生菌数変化を図4に示す.LVFXに比較的感受性の高いHSA20100089株(LVFXMIC:0.5μg/mL)では,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度をシミュレーションして曝露させると,8時間後に生菌数が約1/103まで減少するが,その後増殖し24時間後には初期菌数と同程度になった.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,8時間後に検出限界以下まで減少し,その後わずかに増殖したが,0.5%LVFX点眼液よりも強い殺菌作用が示された.(109)00094株(LVFXMIC:1μg/mL)においてもほぼ同様の結果で,0.5%LVFX点眼液では,曝露直後に生菌数は約1/102に減少するがその後増殖し,24時間後には初期菌数以上に増加した.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,16時間後までは検出限界以下で推移し,24時間後にわずかな増殖がみられるのみで,0.5%LVFX点眼液よりも非常に強い殺菌作用が示された.3.曝露24時間後の菌液のポピュレーション解析a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株のポピュレーション解析の結果を図5に示す.0.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,8μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下した.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルではLVFX感受性が低下したコロニーは観察されず,使用菌株のLVFX感受性の低下を認めなかった.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株のポピュレーあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131757 108:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前64200LVFX濃度(μg/mL)0.5124検出限界8生菌数(logCFU/mL)図5LVFX曝露24時間後の黄色ブドウ球菌HSA201.00027HSA201-00094株でも,0.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーが出現したが,1.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーの出現は認めなかった.III考察キノロン系抗菌薬においては,invitro血中濃度シミュレーションモデルや免疫抑制動物の局所感染モデルにおける検討ならびにヒトでの臨床試験の成績から,治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータはAUC/MICであり3.6),耐性化の抑制にはCmax/MICが相関すると報告されている7.10).株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.今回,LVFX濃度の違いによる殺菌効果および耐性菌出現抑制効果の差異を調べる目的で,invitroシミュレーションモデルを用いて0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液のウサギa8:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前642検出限界0LVFX濃度(μg/mL)00.51248における眼組織中濃度をinvitro系に再現し,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌作用ならびにLVFX曝露後の耐性菌出現の有無を検討した.その結果,1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは黄色ブドウ球菌に対する静菌効果およびLVFX感受性が低下したポピュレーションの出現抑制効果を示し,そのときのAUC/MIC,Cmax/MICはそれぞれ66.6,29.3であった.一方,殺菌作用がみられず,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは18.6,6.4であった.また緑膿菌(LVFXMIC:1μg/mL)の検討では,高い殺菌効果およびLVFXの感受性低下ポピュレーションの出現抑制効果を生菌数(logCFU/mL)生菌数(logCFU/mL)b8642検出限界0LVFX濃度(μg/mL):0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前0124816図6LVFX曝露24時間後の緑膿菌HSA201.00089株およ示した1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MICおよびCmax/MICはそれぞれ129.8,32.5で,菌が増殖し,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは48.9,9.2であった.Invitroシミュレーションモデルを用いたOonishiらの報告13)によると,黄色ブドウ球菌株のLVFX耐性菌の出現を抑制するのに必要なCmax/MICは10以上であり,今回の筆者らの結果はそれと一致する.今回検討に用いた黄色ブドウ球菌はLVFXに対する累積発育阻止率曲線14)においてMIC80株に相当し,緑膿菌はMIC50株およびMIC80株に相当する眼科新鮮臨床分離株でびHSA201.00094株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株.ション解析の結果を図6に示す.HSA201-00089株において,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度シミュレーションモデルで4μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下することが示された.1.5%LVFX点眼液では,LVFX感受性が低下したコロニーの出現を認めなかった.1758あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013ある.したがって,1.5%LVFX点眼液であれば,黄色ブドウ球菌株および緑膿菌株の多くで耐性化を防止できる可能性が示唆された.他方,黄色ブドウ球菌のMIC50相当株やメチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌のMIC50およびMIC80相当株について角膜濃度あるいは結膜濃度シミュレーションモデルで検討したところ,それら菌株においては0.5%および1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのいずれもLVFX感受性の低下を生じなかった(データ示さず).汎用されている評価系の本シミュレーションモデルでは原因細菌が存在する角膜組織や結膜組織のLVFX濃度推移に(110) 基づき曝露濃度を設定した.ヒトの角膜および結膜組織の濃度推移データを取得することは困難であるため,ウサギの角膜および結膜組織のLVFX濃度推移を代用しており,今回の結果をヒトに外挿することには議論の余地がある.しかしながら,ウサギに0.5%および1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの角膜LVFX濃度は,15分後にそれぞれ約9μg/gおよび33μg/gを示し,角膜摘出の約15分および約10分前に0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を2回点眼したときのヒト角膜LVFX濃度はそれぞれ約18μg/gおよび約65μg/gであった15,16)ことから,点眼回数の違いを考慮すると角膜濃度推移にヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.また,ウサギに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したとき眼球結膜LVFX濃度が15分後に約3.2μg/gである一方,ヒトに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの20分後の眼球結膜LVFX濃度は約2.3μg/gであった17)ことから,眼球結膜濃度についてもヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.以上から,ウサギの角膜および結膜濃度で示された耐性化抑制の結果は,ヒトにおいても1.5%LVFX点眼液のほうが0.5%LVFX点眼液よりも耐性化抑制に貢献できることを支持するデータであると推察された.2000年から2004年に実施された薬剤感受性全国サーベイランスでは,LVFXに対する眼感染症由来臨床分離株のMICについて顕著な上昇は認められていないものの,一部の菌種では感受性低下が認められており,引き続き慎重な観察が必要とされている14,18,19).本サーベイランスデータを年齢別に解析したところ,高齢者の黄色ブドウ球菌および緑膿菌のLVFX耐性化率は非高齢者よりも高値であった.さらに,一部の医療機関ではLVFX耐性化が進み,高齢者や老人施設などの一部の患者でLVFX耐性率の上昇が報告されている1,2).したがって,抗菌点眼液の使用頻度が高く,集団生活や全身疾患の影響などにより耐性菌を保菌しやすい患者層を中心に,今後LVFX耐性菌が拡大することが危惧される.耐性菌の出現が大きな問題となっている全身領域では,クラビットR錠500mgのように高濃度製剤が上市され,「highdose,shortduration」といった抗菌薬の適正使用により,耐性菌の出現防止が進められている.LVFX耐性菌の出現および拡大が懸念される眼科領域においても耐性化防止が最重要課題である.今回の検討結果より,1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌および緑膿菌の耐性菌出現防止に効果的である可能性が示唆された.新規抗菌薬の創出がむずかしい現況では,細菌性眼感染症治療薬として最も汎用されているクラビットR点眼液0.5%の高濃度製剤として2011年に発売されたクラビットR点眼液1.5%が医療現場で使用され,よりいっそう適正使用が推進されることにより,将来にわたってLVFX点眼液の有効性を維持し続けることが重要であると(111)考えられる.謝辞:本研究に対するご指導,ご助言を賜りました愛媛大学医学部眼科学教室の大橋裕一教授に深謝いたします.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)村田和彦:眼脂培養による細菌検査とレボフロキサシン耐性菌の検討.臨眼61:745-749,20073)LacyMK,LuW,XuXetal:Pharmacodynamiccomparisonsoflevofloxacin,ciprofloxacin,andampicillinagainstStreptococcuspneumoniaeinaninvitromodelofinfection.AntimicrobAgentsChemother43:672-677,19994)AndesD,CraigWA:Animalmodelpharmacokineticsandpharmacodynamics:acriticalreview.IntJAntimicrobAgents19:261-268,20025)CraigWA:Pharmacokinetic/pharmacodynamicparameters:rationaleforantibacterialdosingofmiceandmen.ClinInfectDis26:1-12,19986)CraigWA:Doesthedosematter?ClinInfectDis33(Suppl3):S233-237,20017)Madaras-KellyKJ,DemastersTA:Invitrocharacterizationoffluoroquinoloneconcentration/MICantimicrobialactivityandresistancewhilesimulatingclinicalpharmacokineticsoflevofloxacin,ofloxacin,orciprofloxacinagainstStreptococcuspneumoniae.DiagnMicrobiolInfectDis37:253-260,20008)PrestonSL,DrusanoGL,BermanALetal:Pharmacodynamicsoflevofloxacin:anewparadigmforearlyclinicaltrials.JAMA279:125-129,19989)BlondeauJM,ZhaoX,HansenGetal:MutantpreventionconcentrationsoffluoroquinolonesforclinicalisolatesofStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:433-438,200110)BlaserJ,StoneBB,GronerMCetal:ComparativestudywithenoxacinandnetilmicininapharmacodynamicmodeltodetermineimportanceofratioofantibioticpeakconcentrationtoMICforbactericidalactivityandemergenceofresistance.AntimicrobAgentsChemother31:1054-1060,198711)ClarkL,BezwadaP,HosoiKetal:Comprehensiveevaluationofoculartoxicityoftopicallevofloxacininrabbitandprimatemodels.JToxicolCutaneousOculToxicol23:1-18,200412)梶原悠,長野敬,中村雅胤:ウサギ角膜上皮.離後の角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼすレボフロキサシン点眼液の影響.あたらしい眼科29:1003-1006,201213)OonishiY,MitsuyamaJ,YamaguchiK:EffectofGrlAmutationonthedevelopmentofquinoloneresistanceinStaphylococcusaureusinaninvitropharmacokineticmodel.JAntimicrobChemother60:1030-1037,200714)小林寅喆,松崎薫,志藤久美子ほか:細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131759 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急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):386.390,2012c急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴星最智*1田中寛*2大塚斎史*3卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2町田病院*3京都第2赤十字病院眼科ClinicalFeaturesofEachCausativeOrganisminAcuteBacterialConjunctivitisSaichiHoshi1),HiroshiTanaka2),YoshifumiOhtsuka3)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital2009年1月からの2年間に,町田病院において急性細菌性結膜炎を疑った外来患者に対して結膜.と鼻前庭の培養検査を施行した.108例(男性50例,女性58例)が急性細菌性結膜炎と診断された.起炎菌は黄色ブドウ球菌が42例(38.9%),ヘモフィルス属が25例(23.1%),肺炎球菌が16例(14.9%),その他が25例(23.1%)であった.黄色ブドウ球菌性による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).Bothconjunctivalsacandnasalbacterialcultureswereperformedfromoutpatientswithsuspectedacutebacterialconjunctivitis,basedonclinicalpresentationoveraperiodof2yearsfromJanuary2009atMachidaHospital.Atotalof108patients(50male,58female)werediagnosedwithacutebacterialconjunctivitis.CausativeorganismscomprisedStaphylococcusaureus(42cases,38.9%),Haemophilusspecies(25cases,23.1%),Streptococcuspneumoniae(16cases,14.9%)andother(25cases,23.1%).ConjunctivitisduetoS.aureuswasassociatedwithfewercolds(14.3%),fewercontactswithchildren(28.6%)andmanyunilateralcases(78.6%).ConjunctivitisduetoHaemophilusspecieswasassociatedwithcolds(76.0%),frequentcontactwithchildren(56.0%)andmanybilateralcases(56.0%).Pneumococcalconjunctivitistendedtoexhibitseverebulbarconjunctivalinjection,strongassociationwithcontactwithchildren(87.5%)andmanybilateralcases(62.5%).Othertypesofconjunctivitiswereassociatedwithfewercolds(28.0%),fewercontactswithchildren(28.0%)andmanyfemalecases(76.0%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):386.390,2012〕Keywords:急性細菌性結膜炎,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌,鼻腔保菌.acutebacterialconjunctivitis,Staphylococcusaureus,Haemophilusinfluenzae,Streptococcuspneumoniae,nasalcarriage.はじめに急性細菌性結膜炎は一般眼科診療でありふれた疾患であるが,初診時に菌種同定ができないという理由から広域抗菌点眼薬を処方する機会が多いと思われる.しかしながら感染症の診断とは,感染の誘因と臨床所見および起炎菌の同定をもって総合的になされるものである.培養検査結果が不明だからといって初期診断を諦めるのではなく,感染疫学的根拠に基づいた的確な問診を行い,特徴的な臨床所見を捉えたうえで起炎菌を推定することも必要と考えられる.急性細菌性結膜炎の検出菌についてはこれまでにも多くの報告1.5)がなされているが,最近行われた多施設共同研究ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(23%),アクネ菌(14%),レンサ球菌属(13%),黄色ブドウ球菌(11%),コリネバクテリウム属(10%),インフルエンザ菌(5%),モラクセラ属(3%)の順で多く検出されたと報告されている5).しかしながら,筆者らが行った急性細菌性結膜炎の調査では,結膜.と鼻前庭培養からの検出菌を総合して起炎菌診断を行ったところ,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌の3〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN386386386あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(98)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 菌種が全症例の69%を占めており,これらが主要な起炎菌と考えられた6).これら3菌種はいずれも上気道感染症の主たる起炎菌でもあり,病態の理解のためには急性細菌性結膜炎も上気道感染症の一部と捉えるほうがよいのではないかと筆者らは考えている.今回筆者らは,前回の調査をさらに1年継続して分析を行った.特に性差,罹患眼,球結膜充血の程度に関して,起炎菌ごとに特徴がないかを検討した.その結果,急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴について有用な知見が得られたので報告する.I対象および方法1.対象患者2009年1月1日から2010年12月31日までの2年間に高知市の町田病院を外来受診した急性結膜炎患者を対象とした.対象基準は,1週間以内の発症で,球結膜充血を認め,眼脂の自覚症状または前眼部所見において眼脂を認める症例とした.初診時すでに抗菌点眼薬を使用している症例,2週間以内に抗菌薬を内服している症例,コンタクトレンズ装用者,5歳以下のいずれかに該当する場合は対象から除外した.である.4.検討項目年齢分布,検出菌の内訳,推定起炎菌の診断分布,起炎菌ごとの検出部位について調査した.つぎに,起炎菌ごとに性差,罹患眼,2週間以内の感冒症状(感冒率),2週間以内の小児接触歴(小児接触率),球結膜充血の程度を比較した.小児接触歴については,小学生以下との接触を有りと判定した.球結膜充血の程度はアレルギー性結膜疾患診療ガイドラインの臨床評価基準に従い,軽度,中等度,高度の3つに分類した.統計学的解析はFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果1.年齢分布2年間の調査期間における対象症例数は108例(男性50例,女性58例)で,平均年齢は52.2±22.2歳(範囲:6.923025■:男性■:女性202.検体採取および培養方法検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせたスワブで下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭をそれぞれ擦過し,輸送培地(BDBBLカルチャースワブプラス)に入れた後にデルタバイオメディカルに輸送した.両眼性の場合は,症状の強いほうから検体を採取した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳糖加寒天培地(bromothymolbluelactate151050代代代代代満症例数年齢agar),チオグリコレート増菌培地を用いた.結膜.擦過物は好気培養と増菌培養を35℃で3日間行った.鼻前庭擦過物は好気培養のみを35℃で3日間行った.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はClinicalandLaboratoryStandardsInstituteの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.3.推定起炎菌の診断方法推定起炎菌の診断は既報6)と同様の方法で行い,結膜.と鼻前庭の培養結果をもとに黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属(主としてインフルエンザ菌),肺炎球菌,その他の4つに分類した.具体的には,結膜.から黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌(以下,これらを3大起炎菌とよぶ6))のいずれかが検出された場合,その菌種を起炎菌と確定診断した.結膜.から3大起炎菌以外の菌が検出された症例や結膜.培養陰性だった症例のうち,鼻前庭から3大起炎菌のいずれかが検出された場合,その菌種を疑い例と診断した.黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌の3菌種を3大起炎菌とよぶ理由は,これら3菌種が三井ら7)が定義する細菌性結膜炎の特定起炎菌であり,さらに前回の筆者らの調査6)において,これら3菌種が特定起炎菌の上位を占めていたため図1年齢分布表1結膜.と鼻前庭における検出菌の内訳結膜.鼻前庭菌種菌株数菌種菌株数コリネバクテリウム属25コリネバクテリウム属63MS-CNS15MS-CNS59MR-CNS4MR-CNS18MSSA23MSSA38MRSA1MRSA2インフルエンザ菌15インフルエンザ菌17ヘモフィルス属1ヘモフィルス属2肺炎球菌14肺炎球菌10a溶血性レンサ球菌3a溶血性レンサ球菌9G群溶血性レンサ球菌2G群溶血性レンサ球菌1Klebsiellapneumoniae1Klebsiellapneumoniae2緑膿菌1ナイセリア属2バシラス属1バシラス属2合計106合計225MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.(99)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012387 22%17%15%8%13%23%22%17%15%8%13%23%■:黄色ブドウ球菌■:黄色ブドウ球菌(疑)■:ヘモフィルス属2%■:ヘモフィルス属(疑):肺炎球菌■:肺炎球菌(疑)■:その他図2推定起炎菌の診断分布歳)であった.年齢分布を図1に示す.発症年齢は60代が一番多かったが,30代にも小さなピークを認め二峰性を示した.2.検出菌の内訳培養陽性率は結膜.擦過物が75.9%,鼻前庭擦過物が100%であった.結膜.からは106株,鼻前庭からは225株が検出された.各部位からの検出菌の内訳を表1に示す.3.推定起炎菌の診断分布推定起炎菌の診断分布を図2に示す.疑い例も含めると,黄色ブドウ球菌が最も多く38.9%(42/108例)を占めた.つぎにヘモフィルス属が23.1%(25/108例),肺炎球菌が14.9%(16/108例)と続き,3大起炎菌が76.9%を占めた.その他の結膜炎は23.1%(25/108例)であった.その他の結膜炎症例における結膜.検出菌の内訳は,コリネバクテリウム属のみが6例,メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci:MS-CNS)のみが3例,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci:MR-CNS)のみが1例,コリネバクテリウム属+MS-CNS+a溶血性レンサ球菌が1例,MR-CNS+コリネバクテリウム属が1例,緑膿菌+MR-CNSが1例,結膜.培養陰性が12例であった.4.起炎菌ごとの検出部位起炎菌ごとの検出部位を図3に示す.黄色ブドウ球菌では28.5%(12/42例),ヘモフィルス属では40.0%(10/25例),肺炎球菌では50.0%(8/16例)の症例において,結膜.と鼻前庭から同一菌種を検出した.5.性差起炎菌ごとに女性の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では45.2%(19/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では44.0%(11/25例),肺炎球菌による結膜炎では56.2%(9/16例),その他の結膜炎では76.0%(19/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に女性の割合が高かった(各々p=0.021,p=388あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012100%80%60%40%20%0%■鼻のみ1892■眼と鼻13108■眼のみ1166黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属肺炎球菌図3起炎菌ごとの検出部位数字は人数を示す.0.042).6.罹患眼黄色ブドウ球菌による結膜炎では両眼性が21.4%(9/42例),右眼のみが28.6%(12/42例),左眼のみが50.0%(21/42例)であった.ヘモフィルス属による結膜炎では両眼性が56.0%(14/25例),右眼のみが28.0%(7/25例),左眼のみが16.0%(4/25例)であった.肺炎球菌による結膜炎では両眼性が62.5%(10/16例),右眼のみが31.3%(5/16例),左眼のみが6.2%(1/16例)であった.その他の結膜炎では両眼性が32.0%(8/25例),右眼のみが40.0%(10/25例),左眼のみが28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,黄色ブドウ球菌による結膜炎では肺炎球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった(各々p=0.004,p=0.007).7.感冒率感冒率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では14.3%(6/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では76.0%(19/25例),肺炎球菌による結膜炎では50.0%(8/8例)その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群につい(,)て統計学的に比較したところ,ヘモフィルス属による結膜炎では,黄色ブドウ球菌やその他の結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(各々p<0.001,p=0.001).さらに,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(p=0.012).8.小児接触率小児接触率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では28.6%(12/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では56.0%(14/25例),肺炎球菌による結膜炎では87.5%(14/16例),その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属およびその他の結膜炎に比べて有意に小児接触率が高かった(各々p<0.001,p=0.044,p<0.001).つぎに,ヘモフィルス属による結膜炎(100) 黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に小児接触率が高く(p=0.038),その他の結膜炎と比べて小児接触率が高い傾向を認めた(p=0.084).9.球結膜充血の程度起炎菌ごとの球結膜充血の程度を図4に示す.中等度.高度の球結膜充血の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では47.6%(20/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では48.0%(12/25例),肺炎球菌による結膜炎では75.0%(12/16例),その他の結膜炎では48.0%(12/25例)であり,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった(p=0.080).III考按筆者らが2009年1月からの1年間に行った最初の調査では,対象症例数が52例ではあるものの,黄色ブドウ球菌の鼻腔感染が結膜炎発症に関与していること,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎では小児からの飛沫感染が主たる要因であることを疫学的に示した6).本研究ではさらに調査期間を1年延長し,症例数を108例にまで増やすことで性差,罹患眼など他の項目についても検討を行った.年齢分布に関しては,60代が最も多かったが30代にも小さなピークをもつ2峰性を示した.興味深いことに,この分布は感染性角膜炎全国サーベイランス8)における非コンタクトレンズ装用者の感染性角膜炎の年齢分布に類似していた.これは,細菌性結膜炎のリスク要因である鼻腔の黄色ブドウ球菌感染や小児からの飛沫感染が,感染性角膜炎のリスク要因にもなっている可能性を示唆していると考えられる.感染性角膜炎では,コンタクトレンズ装用の他,外傷や眼表面の易感染状態が感染リスクとして重要である9.12)が,その他の要因についてもさらなる調査が必要と考えられた.推定起炎菌の診断分布に関しては,前回の調査6)と同様に3大起炎菌が約7割を占めた.1年ごとに分けてみると,(101)2009年では黄色ブドウ球菌が19人(44.2%),ヘモフィルス属が5人(11.6%),肺炎球菌が5人(11.6%),その他が14人(32.6%)であり,2010年では黄色ブドウ球菌が23人(35.4%),ヘモフィルス属が20人(30.8%),肺炎球菌が11人(16.9%),その他が11人(16.9%)であった.年ごとに分けてみても上位3菌種が変わらないこと,さらに上位3菌種が過半数を占めていることから,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌を結膜炎の3大起炎菌とよぶことに無理はないと考えられた.2010年にヘモフィルス属が多かったのは,前回の筆者らの報告6)でヘモフィルス属と肺炎球菌はepidemicに発生すると述べているように,ヘモフィルス属感染症の流行があったためと考えられた.検出部位に関しては,結膜.と鼻前庭の両部位から同一菌種が検出されている症例が28.50%存在した.このことは,結膜炎を発症している際,結膜.と鼻腔の細菌叢が密接に関わっていることを示唆しているものと思われる.両部位からの菌株の抗菌薬感受性パターンがどの程度一致するかについては今後検討が必要と考えられた.性差に関しては,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて女性の割合が有意に高い結果となった.理由については過去に報告がなく不明である.推測であるが,化粧などにより皮膚や鼻腔の常在細菌が眼表面に混入しやすいことが要因の一つとなっているかもしれない.罹患眼に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎ではヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった.このことから,黄色ブドウ球菌の感染は主として汚染された手指による眼部への接触感染によって成立しているのではないかと推測された.一方,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎で比較的両眼性が多いのは,先行する鼻咽頭感染の後に鼻をかむなどの行為により涙道を介して逆行性に感染している可能性,さらには小児の飛沫を正面から浴びたことによる直接的な飛沫感染の2つの要因が考えられた.感冒率と小児接触率に関しては,ヘモフィルス属と肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に高い割合であった.前回の調査6)では対象症例数が少ないこともあり感冒率については菌種間で有意な違いが認められなかったが,本研究において有意な違いがあることが示された.球結膜充血に関しては,肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった.肺炎球菌による結膜炎は両眼性が多いことから,球結膜充血が強い症例ではアデノウイルス結膜炎との鑑別を要する.本研究では,一部の症例においてアデノウイルス抗原検出キットを使用しているが,アデノウイルス陽性患者は認めなかった.アデノウイルス結膜炎と確定診断であたらしい眼科Vol.29,No.3,2012389 きない症例では,肺炎球菌感染症の可能性も考慮すべきである.2年間の調査結果を総合すると,主要な起炎菌ごとに典型症例が存在することがわかる.黄色ブドウ球菌による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼性が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).結膜炎患者に遭遇した際,これらの典型症例を参考にしながら起炎菌を推定し,症例に応じた抗菌点眼薬の使い分けを行うことが医学的根拠に基づいたempirictherapyであると思われる.本研究では,市中感染としての急性細菌性結膜炎を調査対象としている.したがって,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症が多いといわれている長期入院患者13,14)や,眼表面の易感染患者15)の場合には注意が必要である.また本研究では嫌気培養を施行していない.したがって,アクネ菌などの嫌気性菌の関与についてはさらなる検討を要する.結論としては,市中感染としての急性細菌性結膜炎のおよそ7割は,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌のいずれかによるものであった.これら3大起炎菌による結膜炎はそれぞれに特徴的な感染疫学的背景を有していた.したがって,初診であっても問診と臨床所見を組み合わせることで起炎菌を推定することが可能と考えられた.文献1)青木功喜:急性結膜炎の臨床疫学的ならびに細菌学的研究.あたらしい眼科1:977-980,19842)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19893)東堤稔:眼感染症起炎菌─最近の動向.あたらしい眼科17:181-190,20004)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20075)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20116)星最智,卜部公章:急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学.あたらしい眼科28:415-420,20117)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用性抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌90:511-515,19868)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20069)木村由衣,宇野敏彦,山口昌彦ほか:愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討.あたらしい眼科26:833-837,200910)中村行宏,松本光希,池間宏介ほか:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎.あたらしい眼科26:395-398,200911)杉田稔,門田遊,岩田健作ほか:感染性角膜炎の患者背景と起炎菌.臨眼64:225-229,201012)星最智,卜部公章:高知町田病院における細菌性角膜炎の検討.臨眼65:633-639,201113)大橋秀行,福田昌彦:高齢者の細菌性結膜炎からの起炎菌の検討.あたらしい眼科15:1727-1729,199814)大橋秀行:高齢者のMRSA結膜炎80例の臨床的検討.眼科43:403-406,200115)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:11291132,2003***390あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(102)

結膜囊と鼻前庭の常在細菌の比較

2011年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科28(11):1613.1617,2011c《原著》あたらしい眼科28(11):1613.1617,2011c星最智*1大塚斎史*2山本恭三*2橋田正継*2卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2旦龍会町田病院ComparisonofConjunctivalandNasalBacterialFloraSaichiHoshi1),YoshifumiOhtsuka2),TakamiYamamoto2),MasatsuguHashida2)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital白内障術前患者295例を対象に,結膜.と鼻前庭の培養検査を施行した.コリネバクテリウム属,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS),黄色ブドウ球菌について結膜.と鼻前庭の保菌率を比較した.結膜.と鼻前庭検出菌の構成割合は類似していたが,鼻前庭から腸球菌は検出されなかった.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌の保菌率は結膜.が0.7%,鼻前庭が1.0%であり有意差を認めなかった.MR-CNSは結膜.よりも鼻前庭の保菌率が有意に高く(p=0.013),鼻前庭保菌者では結膜.保菌率が有意に高かった(p=0.026).メチシリン感受性黄色ブドウ球菌は結膜.よりも鼻前庭の保菌率が有意に高く(p<0.001),鼻前庭保菌者では結膜.保菌率が高くなる傾向を認めた(p=0.068).コリネバクテリウム属では,鼻前庭に比べ結膜.由来株のレボフロキサシン耐性化率が有意に高かった(p<0.001).Conjunctivalandnasalswabsweretakenfrom295preoperativecataractpatientsandculturedforbacteria.ConjunctivalandnasalcarriagerateswerecomparedforCorynebacteriumspecies,methicillin-resistantcoagulasenegativestaphylococci(MR-CNS)andStaphylococcusaureus.Althoughbacterialproportionsintheconjunctivaandnasalvestibuleweresimilar,Enterococcusfaecaliswasnotdetectedvianasalswab.Themethicillin-resistantStaphylococcusaureuscarriageratewas0.7%intheconjunctivaand1.0%inthenasalvestibule.TheMR-CNSnasalcarriageratewassignificantlyhigherthanthatofconjunctiva(p=0.013),theconjunctivalcarriagerateamongnasalcarriersbeingsignificantlyhigherthanamongnon-carriers(p=0.026).Themethicillin-susceptibleStaphylococcusaureusnasalcarriageratewassignificantlyhigherthanthatofconjunctiva(p<0.001),nasalcarrierstendingtohaveahigherconjunctivalcarriagerate(p=0.068).Thelevofloxacin-resistantrateforCorynebacteriumspecieswassignificantlyhigherinconjunctivalstrainsthaninnasalstrains(p<0.001).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(11):1613.1617,2011〕Keywords:黄色ブドウ球菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,コリネバクテリウム属,結膜.常在細菌叢,鼻前庭常在細菌叢.Staphylococcusaureus,coagulase-negativestaphylococci,Corynebacteriumspecies,conjunctivalbacterialflora,nasalbacterialflora.はじめに健常結膜.からはコリネバクテリウム属,ブドウ球菌属,レンサ球菌属やEnterococcusfaecalis(腸球菌)が検出されることが多い.結膜.常在細菌に関する過去5年間の他施設からの報告1.5)をみても,各菌種の検出率に大きな違いは認められないことから,これらの菌種がおもに結膜.常在細菌叢を構成していると考えられる.さらに,結膜.常在細菌には菌種ごとに保菌リスクが存在する.白内障術前患者を対象に筆者らが行った調査では,たとえばメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulasenegativestaphylococci:MR-CNS)では眼科通院,他科での手術歴やステロイド内服が保菌率を増加させる因子となり,コリネバクテリウム属では加齢と男性が保菌率を増加させる一方,緑内障点眼薬の使用は保菌率を減少させることなどが明らかとなっている6).しかしながらこの調査では,眼科感染症の起炎菌として重要な黄色ブドウ球菌の保菌リスクを見いだすことができなかった.黄色ブドウ球菌は鼻前庭に好んで生息する細菌である7).鼻前庭は外眼部と解剖学的に〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(101)1613 も隣接していることから,黄色ブドウ球菌の鼻前庭保菌が結膜.の保菌に影響を与えている可能性が考えられる.さらに近年,結膜.常在細菌におけるフルオロキノロン耐性化が問題となっている.そのなかでも筆者らはMR-CNSとコリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化率が特に高いことを報告したも隣接していることから,黄色ブドウ球菌の鼻前庭保菌が結膜.の保菌に影響を与えている可能性が考えられる.さらに近年,結膜.常在細菌におけるフルオロキノロン耐性化が問題となっている.そのなかでも筆者らはMR-CNSとコリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化率が特に高いことを報告した.しかしながら,これら菌種のフルオロキノロン耐性化が外眼部に固有な現象であるかどうかの検討が十分になされていないため,眼科としての抗菌薬適正使用の判断材料が不足しているのが現状である.今回筆者らは,鼻前庭と結膜.の常在細菌叢の共通点や相違点を明らかにすることで,眼感染症の感染経路と眼科領域のフルオロキノロン耐性化問題を考察するうえで有用な知見を得たので報告する.I対象および方法2009年5月から8月までの4カ月間に,高知県の眼科専門病院である町田病院で白内障手術予定の外来患者295例295眼(男性116例,女性179例,平均年齢75.2±8.87歳)を対象とした.外眼部感染症を有する患者,抗菌薬の局所または全身投与を行っている患者は除外した.検体採取は文書による患者の同意を得たうえで行った.検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせたスワブで下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭をそれぞれ擦過し,輸送培地(BDBBLカルチャースワブプラス)に入れた後にデルタバイオメディカルに送付した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳頭加寒天培地(bromthymolbluelactateagar)培地,チオグリコレート増菌培地を用いた.結膜.擦過物は好気培養と増菌培養を35℃で3日間行った.鼻前庭擦過物は好気培養のみを35℃で3日間行った.薬剤感受性検査はKBディスク法で行い,レボフロキサシン(LVFX)に対する感受性をClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の基準(M100-S19)に従って判定した.ただし,コリネバクテリウム属に対するLVFX感受性に関してはCLSIの判定基準が設定されていないため,昭和ディスク法の判定結果を参考にした.本検討では中間耐性は感受性に含めた.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はCLSIの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.本研究では保菌率をおもな検討項目としている.したがって1検体から同一菌種が2株以上検出された場合に限り,1)LVFX耐性株を優先する,2)どちらもLVFX耐性または感受性の場合は多剤耐性株を優先する,という条件の下1株に調整した.検討対象とする菌種は,コリネバクテリウム属,MR-CNS,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus:MSSA),メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)の4菌種である.検討項目としては,1)菌種ごとの結膜.と鼻前庭の保菌率,2)結膜.と鼻前庭検出菌におけるLVFX耐性化率,3)結膜.と鼻前庭保菌の関連性,について比較検討した.統計学的解析はFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果1.結膜.と鼻前庭検出菌の構成結膜.からは全252株が検出され,培養陽性率は65.4%(193/295例)であった.鼻前庭からは全530株が検出され,培養陽性率は96.3%(284/295例)であった.結膜.からの検出菌は,多いものから順にコリネバクテリウム属が111株(44.0%),メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci:MS-CNS)が63株(25.0%),MR-CNSが32株(12.7%),MSSAが14株(5.6%)であった.鼻前庭からの検出菌は,多いものから順にコリネバクテリウム属が205株(38.7%),MS-CNSが171株(32.3%),MR-CNSが54株(10.2%),MSSAが50株(9.4%)であった.両部位の上位4菌種の構成割合は類似していたが,腸球菌に関しては結膜.から11株(4.4%)とMSSAと同程度検出されている一方,鼻前庭からは検出されなかった(図1).2.結膜.と鼻前庭の保菌率(菌種別)コリネバクテリウム属では,結膜.からのみ検出された症例は22例(7.5%),鼻前庭からのみ検出された症例は116例(39.3%),両部位から検出された症例は89例(30.2%)であった.MR-CNSでは,結膜.からのみ検出された症例は21例(7.1%),鼻前庭からのみ検出された症例は43例(14.6%),両部位から検出された症例は11例(3.7%)であった.MSSAでは結膜.からのみ検出された症例は9例(3.1%),結膜.検出菌鼻前庭検出菌:コリネバクテリウム属:MS-CNS:MR-CNS:MSSA:MRSA:Enterococcusfaecalis:a溶血性レンサ球菌:その他44.0%12.7%25.0%38.7%32.3%10.2%252株530株2.0%5.6%3.8%4.4%0.6%5.1%0.8%9.4%5.6%図1結膜.と鼻前庭検出菌の構成MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.1614あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(102) 01020304050607080保菌率(%)結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭コリネバクテリウム属MR-CNSMSSAp<0.001p<0.05p<0.001図2結膜.と鼻前庭における保菌率の比較MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.01020304050607080保菌率(%)結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭コリネバクテリウム属MR-CNSMSSAp<0.001p<0.05p<0.001図2結膜.と鼻前庭における保菌率の比較MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.3.結膜.と鼻前庭における保菌率の比較(菌種別)コリネバクテリウム属に関しては,結膜.の保菌率は37.6%,鼻前庭の保菌率は69.5%であり,鼻前庭のほうが有意に高かった(p<0.001).MR-CNSに関しては,結膜.の保菌率は10.9%,鼻前庭の保菌率は18.3%であり,鼻前庭のほうが有意に高かった(p=0.013).MSSAに関しては,結膜.の保菌率は4.8%,鼻前庭の保菌率は17.0%であり,鼻前庭のほうが有意に高かった(p<0.001).MRSAに関しては,両部位の保菌率の間に有意差を認めなかった(p=1.0)(図2).4.結膜.と鼻前庭検出菌におけるLVFX耐性化率の比較コリネバクテリウム属のLVFX耐性化率に関しては,結膜.では43.2%(48/111例),鼻前庭では14.6%(30/205例)であり,結膜.のほうが有意に高かった(p<0.001).MR-CNSのLVFX耐性化率に関しては,結膜.では62.5%(20/32例),鼻前庭では51.9%(28/54例)であり,両部位間で有意差を認めなかった(p=0.375).MSSAのLVFX耐性化率に関しては,結膜.では14.3%(2/14例),鼻前庭では4.0%(2/50例)であり,両部位間で有意差を認めなかった(p=0.205)(図3).5.結膜.と鼻前庭保菌の関連性鼻前庭のコリネバクテリウム属保菌の有無で結膜.のコリネバクテリウム属保菌率を比較すると,鼻前庭保菌なしでは24.4%(22/90例)であるのに対し,鼻前庭保菌ありでは43.4%(89/205例)と有意に高かった(p=0.002).鼻前庭のMR-CNS保菌の有無で結膜.のMR-CNS保菌率を比較すると,鼻前庭保菌なしでは8.7%(21/241例)であるのに(103)010203040506070LVFX耐性化率(%)結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭MR-CNSコリネバクテリウム属MSSAp<0.001図3結膜.と鼻前庭検出菌におけるレボフロキサシン耐性化率の比較LVFX:レボフロキサシン,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.0102030405060結膜.保菌率(%)鼻保菌あり鼻保菌なし鼻保菌あり鼻保菌なし鼻保菌あり鼻保菌なしコリネバクテリウム属MR-CNSMSSAp<0.01p<0.05p=0.068図4結膜.と鼻前庭保菌の関連性MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.対し,鼻前庭保菌ありでは20.4%(11/54例)と有意に高かった(p=0.026).鼻前庭のMSSA保菌の有無で結膜.のMSSA保菌率を比較すると,鼻前庭保菌なしでは3.7%(9/245例)であるのに対し,鼻前庭保菌ありでは10.0%(5/50例)となり,有意差はないものの結膜.保菌率が高くなる傾向を認めた(p=0.068)(図4).III考按結膜.常在細菌の代表としてコリネバクテリウム属,ブドウ球菌属,レンサ球菌属や腸球菌があげられるが,これらが眼表面に固有の菌種(residentflora)であるのか,あるいは他の部位から影響を受けながら構成されている(transientflora)のかは明らかでない.鼻前庭は眼部と涙道でつながっており,解剖学的にも隣接している.さらに鼻前庭は黄色ブドウ球菌をはじめとした病原細菌が定着しやすい部位でもあるため,鼻前庭との関連を明らかにすることは,眼感染症の感染経路を推測するために重要である.しかしながら,過去に多数例で健常結膜.と鼻前庭の検出菌を比較した報告はなあたらしい眼科Vol.28,No.11,20111615 い.今回筆者らは,健常結膜.と鼻前庭の検出菌を比較することで,結膜.常在細菌の独自性や鼻前庭との共通性を明らかにすることを目的に調査を行った.い.今回筆者らは,健常結膜.と鼻前庭の検出菌を比較することで,結膜.常在細菌の独自性や鼻前庭との共通性を明らかにすることを目的に調査を行った.1.5)では35.92%となっているので,本検討の検出力は他施設とほぼ同等であると考えられた.結膜.検出菌の構成では多い菌種から順に,コリネバクテリウム属,MS-CNS,MR-CNS,MSSAであった.これらは過去5年間の他施設からの報告1.5)と似た結果であった.結膜.擦過物の嫌気培養を行うとPropionibacteriumacnesが分離されることが知られている9)が,本検討では嫌気培養を行っていないため嫌気性菌の評価はできていない.つぎに,鼻前庭擦過物の培養陽性率は96.3%であった.鼻前庭検出菌の構成では多い菌種から順に,コリネバクテリウム属,MS-CNS,MR-CNS,MSSAであり,結膜.検出菌と構成割合が類似していた.したがって,コリネバクテリウム属とブドウ球菌属に関しては,結膜.と鼻前庭の間で菌の移動(自家感染)が行われている可能性が考えられた.特に鼻前庭は結膜.よりも培養陽性率が高く菌量が多い部位と予想されることから,接触感染などを契機に鼻前庭から結膜.に菌が伝播している可能性が考えられた.一方,結膜.と鼻前庭検出菌には相違点もあった.腸球菌は結膜.からは4.4%とMSSAの検出率に近い値であるのに対し,鼻前庭からは検出されなかった.腸球菌は消化管の常在細菌であり,その定着には凝集物質(aggregationsubstance:Agg),表面抗原蛋白(extracellularsurfaceprotein:Esp)やコラーゲン付着因子(adhesintocollagenofEnterococcusfaecalis:Ace)などが関与するといわれている10).他施設からの報告1.5)においても腸球菌は結膜.から3%程度検出されていることから,眼部にも親和性を有している可能性が考えられた.つぎに,コリネバクテリウム属の保菌率は結膜.よりも鼻前庭のほうが有意に高く,さらに鼻前庭のコリネバクテリウム属保菌者では,非保菌者に比べて結膜.のコリネバクテリウム属保菌率が有意に高かった.したがって,結膜.から検出されるコリネバクテリウム属の一部は鼻前庭が供給源になっている可能性が考えられた.しかしながら,両部位から検出されたコリネバクテリウム属のLVFX耐性化率を比較すると,鼻前庭由来株が14.6%であるのに対し,結膜.由来株では43.2%と有意に高かった.結膜.と鼻前庭のフルオロキノロン耐性化率が大きく異なることを考慮すると,両部位にはそれぞれ異なるクローンもしくは菌種が含まれている可能性も考えられた.コリネバクテリウム属に関する過去の報告では,眼部からはCorynebacteriummacginleyiという特定の菌種が検出されることが知られている11).さらに,日本における眼科由来コリネバクテリウム属ではフルオロキノロン耐性化率が高いことも指摘されている12).結膜.由来コリネバクテリウム属が眼部に固有な菌種であるとすれば,日本の結膜.由来コリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化は抗菌点眼薬の汎用によるものと推測される.今回の検討ではコリネバクテリウム属の菌種同定を行っていないため,結膜.と鼻前庭由来株の菌種レベルでの比較ができていない.結膜.と鼻前庭の関係をさらに明確にするためには16SrRNAのシークエンスによる菌種同定が必要である.つぎに,結膜.のMR-CNS保菌率に関する過去の報告1.5)ではおよそ10.30%と幅がみられる.筆者らが行った結膜.の保菌リスク因子に関する調査では,結膜.のMR-CNS保菌はMS-CNSとは異なり,眼科通院歴,他科での手術歴やステロイド内服歴がリスク因子となることがわかっており,リスク因子が増えるに従って保菌率が約10%から30%へと上昇した6).したがって,施設ごとに結膜.のMR-CNS保菌率に差があるのは,患者層の違いを反映しているためと考えられた.本検討でMS-CNSを検討対象としなかったのは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の多くは表皮ブドウ球菌であり,この表皮ブドウ球菌はほとんどすべてのヒトに定着していること,さらに,ブドウ球菌属の多剤耐性化はメチシリン耐性,すなわちSCCmecの保有状況で大きく異なり,MSCNSでは多くの抗菌薬に感受性で臨床上問題となりにくいためである8).鼻前庭のMR-CNS保菌率に関する報告13.15)では19.65%程度といわれており,結膜.と同様に幅がみられる.鼻前庭のMR-CNS保菌リスク因子として,医療関係者や小児などが指摘されている14).今回の検討では,MR-CNS保菌率は結膜.で10.9%であるのに対し鼻前庭では18.3%と有意に高く,さらに鼻前庭のMR-CNS保菌者では,非保菌者に比べて結膜.のMR-CNS保菌率が有意に高かった.したがって,結膜.から検出されたMR-CNSの一部は,鼻前庭が供給源となっている可能性が示唆された.18.3%という鼻前庭のMR-CNS保菌率を考慮すると,術前結膜.培養だけでは保菌者を見逃す可能性がある.MRCNSに対する抗菌効果が不十分な抗菌点眼薬を術前に用いると,鼻前庭由来MR-CNSによる結膜.の菌交代現象が促進される可能性があるため注意が必要である.結膜.から検出されたMR-CNSにおけるフルオロキノロン耐性については,筆者らはすでに報告している8).そのなかで筆者らは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌のなかでもメチシリン耐性菌のフルオロキノロン耐性化が問題であることを指摘した.今回の検討においても,結膜.由来MR-CNSのLVFX耐性化率は62.5%と検討対象の菌種のなかで最も耐性化率が高かった.しかしながら,結膜.と鼻前庭由来MR-CNSの間でLVFX耐性化率に差を認めなかったことはコリネバクテリウム属とは異なる点であり,これらの結果からMR-CNSのフルオロキノロン耐性化率の上昇は,抗菌薬の全身投与の影響を強く受けていると推測された.1616あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(104) つぎに,結膜.のMSSA保菌率は4.8%であった.過去の報告つぎに,結膜.のMSSA保菌率は4.8%であった.過去の報告によると2.8.6.8%の検出率であり,ほぼ同等の結果であった.黄色ブドウ球菌は鼻前庭が主たる生息部位といわれている.鼻前庭はアポクリン腺や脂腺が豊富な角化上皮組織であり,永続的な保菌者(persistentcarrier)では,アポクリン腺のような特別な部位に黄色ブドウ球菌が定着しているのではないかと推測されているが定かではない7).興味深いことは,健常者における鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌率は日本,欧米を問わずおよそ20.30%とほぼ一定であり,若年者と高齢者の間でも保菌率に大きな差を認めないことである7,17).本検討においても鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌率は17.0%であり20%に近い値となっている.つぎに,多剤耐性菌として重要であるMRSAの保菌率に関しては,結膜.と鼻前庭を合わせても1.7%と低かった.過去の報告では,結膜.1.5)では0.7.2.1%,鼻前庭13.16)では0.2%程度の検出率であることから,今回の筆者らの結果は市中のMRSA保菌率としては一般的な値であると考えられた.本検討では,結膜.と鼻前庭のMSSA保菌率を比較すると鼻前庭のほうが有意に高く,さらに鼻前庭のMSSA保菌者では,非保菌者に比べて結膜.のMSSA保菌率が高くなる傾向を認めた.したがって,結膜.から検出されたMSSAの一部は,鼻前庭が供給源となっている可能性が示唆された.木村らは,症例数は少ないものの前眼部MRSA保菌患者の鼻前庭MRSA保菌率は78%であり,前眼部MRSA非保菌患者の鼻前庭MRSA保菌率11%と比較して有意に高かったと報告している18).さらに,過去に筆者らが行ったStevensJohnson症候群や眼類天疱瘡患者からのMRSA分離株を用いた分子疫学的解析では,同一患者の結膜.と鼻前庭由来MRSAにおけるパルスフィールドゲル電気泳動のバンディングパターンが長期にわたり一致していた(第111回日本眼科学会総会,2007年).したがって,鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌の確認は,眼感染症の診断や治療効果の判定に有用と考えられる.今後は多数の眼感染症患者における鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌について調査を行い,眼感染症と鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌の関連を明確にしていく必要がある.結論としては,鼻前庭は結膜.よりも細菌が検出されやすい部位であり,結膜.のMR-CNSとMSSA保菌の一部は鼻前庭が供給源となっている可能性がある.コリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化は結膜.検出菌に特徴的であり,フルオロキノロン系抗菌点眼薬の汎用が耐性菌の蔓延を促している可能性がある.今後は適切な抗菌点眼薬の使用を行うためのガイドライン作成が求められる.本論文は第114回日本眼科学会総会で報告した.文献1)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20062)河原温,五十嵐羊羽,今野優ほか:白内障手術術前患者の結膜.常在細菌叢の検討.臨眼60:287-289,20063)白井美惠子,西垣士郎,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜.内常在菌培養検査.臨眼61:11891194,20074)宮本龍郎,大木弥栄子,香留崇ほか:当院における眼科手術術前患者の結膜.内細菌叢と薬剤感受性.徳島赤十字病院医学雑誌12:25-30,20075)森永将弘,須藤史子,屋宜友子ほか:白内障手術術前患者の結膜.細菌叢と薬剤感受性の検討.眼科手術22:385388,20096)星最智,卜部公章:白内障術前患者における結膜.常在細菌の保菌リスク.あたらしい眼科28:1313-1319,20117)WertheimHF,MellesDC,VosMCetal:TheroleofnasalcarriageinStaphylococcusaureusinfection.LancetInfectDis5:751-762,20058)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,20109)InoueY,UsuiM,OhashiYetal:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacwithantibioticsandiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmol52:151-161,200810)FisherK,PhillipsC:Theecology,epidemiologyandvirulenceofEnterococcus.Microbiology155:1749-1757,200911)FunkeG,Pagano-NiedererM,BernauerW:Corynebacteriummacginleyihastodatebeenisolatedexclusivelyfromconjunctivalswabs.JClinMicrobiol36:3670-3677,199812)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelfluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200813)小森由美子,二改俊章:市中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の鼻腔内保菌者に関する調査.環境感染20:164170,200514)小森由美子,見田貴裕,二改俊章:メチシリン耐性ブドウ球菌の家族内伝播.日本環境感染学会誌23:245-250,200815)渡辺朱理,佐藤法仁,苔口進ほか:歯科衛生士学校生における市中感染型メチシリン耐性ブドウ球菌の保菌調査を通しての感染予防.日本歯科衛生学会雑誌5:69-76,201116)牧野弘幸,畠山秀子,赤沼益子ほか:長野県北信地区におけるMRSAの健常保菌について.医学検査57:11371143,200817)KonnoM,BabaS,MikawaHetal:Studyofupperrespiratorytractbacterialflora:firstreport.Variationsinupperrespiratorytractbacterialflorainpatientswithacuteupperrespiratorytractinfectionandhealthysubjectsandvariationsbysubjectage.JInfectChemother12:83-96,200618)木村直子,外園千恵,東原尚代ほか:前眼部におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の検出と鼻前庭保菌との関連.日眼会誌111:504-508,2007(105)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111617

急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学

2011年3月31日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)415《第47回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科28(3):415.420,2011cはじめに急性細菌性結膜炎は一般診療で遭遇しやすい眼感染症の一つである.これまでにも起炎菌に関する疫学調査は数多く報告されているが,そのほとんどは検出菌の分布を報告するものであった1~4).当然のことながら,結膜.は無菌環境ではないため検出菌が必ずしも起炎菌とは限らない.臨床的には検出菌の網羅的な分布だけではなく,症例ごとに一つの起炎菌を診断することによって得られる起炎菌分布も重要である.このような起炎菌分布を知ることができれば,より適切な初期抗菌点眼薬を選択することが可能となる.また,起炎菌ごとの疫学的特徴を知ることも重要である.過去には,小児と成人の結膜炎検出菌の相違5~7)や,季節性についての報告1,2)がある.しかしながら,細菌性結膜炎の感染源や感染経路の特徴について調査した報告はない.起炎菌ごとの感染源や感染経路の特徴がわかれば,感染伝播を予防することが可能となるかもしれないし,初診時の診断材料にすることができるかもしれない.今回筆者らは,1症例1菌種とした急性結膜炎の起炎菌分布を把握することを目的として疫学調査を行った.さらに感染源と感染経路を明らかにするため,起炎菌ごとの患者背景〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学星最智*1卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2町田病院ClinicalEpidemiologyandCausativeOrganismsofAcuteBacterialConjunctivitisSaichiHoshi1)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital急性細菌性結膜炎の起炎菌分布と背景因子について調査した.2009年1月から2010年1月までに,急性細菌性結膜炎疑いの外来患者に対して結膜.と鼻腔の培養検査を実施した.初診時に感冒症状と小児接触歴について聴取した.その結果,全52症例のうち,結膜.検出菌により40.4%の症例が黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌による結膜炎と診断可能であった.他の59.6%の症例では,白内障術前患者よりも黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌率が有意に高かった(p<0.001).肺炎球菌とインフルエンザ菌の結膜炎では黄色ブドウ球菌に比べて小児接触率が有意に高かった(それぞれp<0.001,p=0.024).鼻腔保菌を加味すると,急性結膜炎症例のおよそ7割は黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌のいずれかが関与するものと推定された.Weinvestigatedthedistributionofcausativeorganismsandbackgroundfactorsofacutebacterialconjunctivitis.TheconjunctivalsacsandnasalswabsofoutpatientswithsuspectedacutebacterialconjunctivitiswerebacteriologicallyexaminedfromJanuary2009toJanuary2010.Wehadheardaboutcoldsymptomsandcontacthistoryforchildrenatfirstexamination.Asaresultofconjunctivalexamination,40.4%ofthepatientswerediagnosedwithconjunctivitisduetooneofthreemainbacteria:Staphylococcusaureus,StreptococcuspneumoniaeorHaemophilusinfluenzae.Staphylococcusaureusnasalcarriageratesintheremaining59.6%ofpatientsweresignificantlyhigherthaninpreoperativecataractsurgerypatients(p<0.001).Children’scontactratesforStreptococcuspneumoniaeandHaemophilusinfluenzaeconjunctivitisweresignificantlyhigherthanforStaphylococcusaureus(p<0.001,p=0.024,respectively).Withnasalbacteriatakenintoaccount,about70%ofcasesmightinvolvethesethreemainbacteria.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(3):415.420,2011〕Keywords:細菌性結膜炎,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌,鼻腔常在菌.bacterialconjunctivitis,Staphylococcusaureus,Haemophilusinfluenzae,Streptococcuspneumoniae,nasalbacterialflora.416あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(108)の特徴についても検討した.I対象および方法2009年1月から2010年1月までに高知市の町田病院を外来受診した急性結膜炎患者を対象とした.対象基準は,2週間以内の発症で,眼球結膜の充血を認め(程度は問わない),眼脂の自覚症状または前眼部所見で眼脂を認める症例とした.当院初診時すでに抗菌点眼薬を使用している症例,コンタクトレンズ装用者,5歳以下のいずれかに該当する場合は対象から除外した.5歳以下を対象から除外したのは,小児結膜炎の検出菌が成人とは大きく異なりHaemophilusinfluenzae(インフルエンザ菌)やStreptococcuspneumoniae(肺炎球菌)が主体となるため,対象患者に占める小児の割合によって起炎菌の構成が影響を受けると判断したためである5~7).つぎに患者背景を調査するため,初診時から2週間以内の発熱・咽頭痛・咳嗽などの感冒症状の有無および小学生以下の小児との接触歴について聴取した.培養検査は下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭に対して行った.両眼性の結膜炎の場合は,症状の強いほうから検体を採取した.検体採取方法は,輸送培地に付属するスワブの先を滅菌生理食塩水で湿らせてから被検部位を擦過した.検体は衛生検査所に送付し,好気培養,増菌培養,菌種同定を依頼した.Staphylococcusaureus(黄色ブドウ球菌),肺炎球菌,インフルエンザ菌の3菌種は三井らのいう結膜炎の特定起炎菌の一部であり,結膜.から複数の菌種が検出されても,それ自体が結膜炎の起炎菌とみなすことができる8).したがって,検討方法としてはまず,結膜.検出菌が黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌のいずれかである場合は急性結膜炎の起炎菌と診断し,この基準に基づいて起炎菌の構成をグラフ化した.本論文では,これら3菌種をまとめて急性結膜炎の三大起炎菌とよぶこととする.つぎに,先の診断方法で三大起炎菌と診断できなかった結膜炎症例(結膜.非三大起炎菌症例)の鼻腔細菌叢と,結膜炎ではない白内障術前患者の鼻腔細菌叢を比較した.後者は町田病院の白内障術前患者295名〔年齢の中央値77歳(範囲:41~95歳),男性116名,女性179名〕の鼻腔培養結果を用いた(第114回日本眼科学会総会において報告).さらに,結膜炎の月別発生頻度について,起炎菌ごとに特徴がみられないかを検討した.最後に,三大起炎菌のそれぞれに特徴的な患者背景がないかを調査した.まず黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌者と非保菌者間で,結膜.の黄色ブドウ球菌検出率に差がないかを比較検討した.つぎに,起炎菌ごとの感冒症状の割合(感冒率)および小児との接触歴の割合(小児接触率)について比較検討した.2群間の比較はFisherの直接確率検定法を用い,p<0.05を有意と判定した.II結果1.対象患者の特徴対象は52例(男性22例,女性30例)であった.年齢の中央値は60歳(範囲:6~88歳)であった.結膜.の培養陽性率は75.0%,鼻腔の培養陽性率は100%であった.全52例の結膜.と鼻腔検出菌の詳細および患者背景の一覧を表1に示す.2.結膜.検出菌に基づく三大起炎菌の構成結果を図1に示す.黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌が検出された症例はそれぞれ21.2%,11.5%,7.7%であり,40.4%が三大起炎菌による結膜炎であった.一方,三大起炎菌以外が検出された症例は34.6%,培養陰性例は25.0%であった.三大起炎菌以外が検出された症例の多くは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌やコリネバクテリウム属が検出された.3.結膜.非三大起炎菌症例と白内障術前患者の鼻腔細菌叢の比較鼻腔培養で検出菌数の多かったコリネバクテリウム属,メチリシン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MS-CNS),メチリシン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)および黄色ブドウ球菌の保菌率について比較したグラフを図2に示す.コリネバクテリウム属,MS-CNS,MR-CNSに関しては2群間で有意差を認めなかったが,黄色ブドウ球菌に黄色ブドウ球菌21.2%肺炎球菌11.5%インフルエンザ菌その他7.7%34.6%陰性25.0%図1結膜.検出菌に基づく三大起炎菌の構成71.0%51.6%41.9%18.3%18.0%58.0%69.5%16.1%020406080100コリネバクテリウム属MS-CNSMR-CNS黄色ブドウ球菌保菌率(%):白内障術前患者(295例):結膜.非三大起炎菌症例(31例)p<0.001図2結膜炎と白内障術前患者における鼻腔細菌叢の比較MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.(109)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011417表1細菌検査結果と患者背景症例番号年齢(歳)性別患眼検体採取日結膜.検出菌鼻腔検出菌感冒症状小児接触歴18FR2009.1.9─MSSA,MS-CNSありなし251MR2009.2.26肺炎球菌,MS-CNSMSSA,コリネなしあり361ML2009.3.2MSSAMSSA,MR-CNSなしなし488FL2009.3.2─MSSAなしなし576ML2009.3.9MSSA,コリネMSSA,バチルス属,MS-CNSなしなし628ML2009.3.10MR-CNSMR-CNS,コリネなしなし76ML2009.3.25MSSA,a溶連菌MSSA,a溶連菌,MR-CNSなしなし865FR2009.3.30肺炎球菌肺炎球菌,MS-CNS,コリネありあり948MB2009.5.7─MS-CNSなしなし1076FB2009.5.15─MSSA,MS-CNS,コリネありなし1126MB2009.5.19MS-CNSヘモフィルス属,MS-CNS,コリネなしなし1223FB2009.5.22MS-CNSMS-CNSありあり1367FL2009.5.22コリネMS-CNSなしなし1477FL2009.6.8MS-CNSMS-CNS,コリネなしなし1519FB2009.6.10─MSSAなしなし1617FB2009.6.20─MS-CNS,コリネなしなし178FB2009.6.22HIa溶連菌,ナイセリア属,コリネなしあり1873MB2009.6.29MS-CNSバチルス属,コリネなしなし1971MB2009.7.2HI,コリネMSSA,コリネなしなし2077FR2009.7.13HIa溶連菌,MR-CNS,コリネありあり2125FB2009.7.21MS-CNSMSSA,MS-CNS,コリネなしなし2219FB2009.7.22MS-CNS,コリネMSSA,MR-CNS,コリネありなし2323MB2009.7.24EnterobactercloacaeMSSA,a溶連菌,コリネなしなし2464FB2009.7.24MSSAMR-CNS,コリネなしなし2540MB2009.8.6HIHI,MS-CNS,コリネありなし2680ML2009.8.13MSSAコリネなしなし277FB2009.8.15肺炎球菌MRSAなしあり2875ML2009.8.31G群溶連菌,コリネMSSA,a溶連菌,コリネなしなし2959MB2009.9.1MR-CNS,コリネa溶連菌,MR-CNS,コリネなしなし3013FB2009.9.3─MSSA,MS-CNS,コリネありなし3159FL2009.9.5コリネMS-CNS,コリネなしなし3247FB2009.9.24バチルス属,コリネMSSA,コリネなしなし3367FR2009.10.19─MR-CNS,コリネなしあり3468ML2009.10.19MS-CNS,コリネMSSAなしあり3580ML2009.10.27MSSAMS-CNS,コリネなしなし3635FB2009.11.6.肺炎桿菌,MS-CNS,コリネありなし3778FL2009.11.9緑膿菌,MR-CNSMS-CNS,コリネなしなし3872FL2009.11.16MSSAMR-CNSなしなし3968FR2009.11.17─MS-CNS,コリネありなし4067ML2009.11.27大腸菌MSSAなしなし4130FR2009.12.10肺炎球菌ナイセリア属,MR-CNSありあり4255ML2009.12.15MSSAMS-CNS,コリネなしなし4377ML2009.12.15MSSAMSSA,MS-CNSなしなし4458FR2009.12.17コリネa溶連菌,コリネなしあり4578FB2009.12.17肺炎球菌a溶連菌,MR-CNSありあり4676FR2009.12.24コリネMSSA,a溶連菌,MS-CNSなしなし4784MR2010.1.4MSSA,コリネMS-CNS,コリネなしなし4870MR2010.1.5─肺炎球菌,コリネなしあり4967FB2010.1.12肺炎球菌,コリネ肺炎球菌,MR-CNS,MS-CNSなしあり5058FL2010.1.13─MR-CNS,コリネなしなし5155MB2010.1.25─HI,MS-CNS,コリネありあり5254FR2010.1.26MSSAMSSA,MS-CNSなしありF:女性,M:男性,R:右眼,L:左眼,B:両眼.MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌,コリネ:コリネバクテリウム属,HI:インフルエンザ菌.418あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(110)関しては,白内障術前患者が18.0%に対して結膜.非三大起炎菌症例では41.9%と有意に高い保菌率であった(p<0.001).さらに,白内障術前患者の鼻腔からは肺炎球菌やインフルエンザ菌は検出されなかったが,結膜炎の5例ではこれら2菌種のいずれかを保菌していた(症例番号:8,25,48,49,51).この結果から三大起炎菌,特に黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌が結膜炎の発症に関与している可能性が示唆された.そこで,三大起炎菌の鼻腔保菌も加味して結膜炎の起炎菌の構成を再分類すると図3のようになり,急性細菌性結膜炎のおよそ7割が三大起炎菌と関連していると推定された.4.起炎菌ごとの月別発生頻度三大起炎菌による結膜炎の月別発生頻度では,黄色ブドウ球菌では1年を通してほぼ一定の頻度で発生する傾向(endemic)がある一方,インフルエンザ菌と肺炎球菌は夏や冬に流行する傾向(epidemic)を認めた(図4).5.三大起炎菌ごとの患者背景の特徴黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌の有無で黄色ブドウ球菌の結膜.検出率を比較すると,鼻腔保菌者の結膜.陽性率は23.8%,鼻腔非保菌者の結膜.陽性率は19.4%となり有意差を認めなかった(p=0.739).つぎに,結膜.と鼻腔培養の結果から起炎菌を診断した場合の感冒率をみると,黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌,その他の結膜炎ではそれぞれ,16.7%,42.9%,60.0%,18.3%であった.肺炎球菌とインフルエンザ菌の感冒率は高い傾向を認めたが,各群間で有意差を認めなかった.しかしながら,有意差はないもののインフルエンザ菌は黄色ブドウ球菌と比べて感冒率が高くなる傾向を認めた(p=0.075).最後に,結膜.と鼻腔培養の結果から起炎菌を診断した場合の小児接触率をみると,黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌,その他の結膜炎ではそれぞれ,8.3%,100%,60.0%,18.8%であった.肺炎球菌は黄色ブドウ球菌やその他の結膜炎と比べて小児接触率が有意に高かった(ともにp<0.001).さらに,インフルエンザ菌は黄色ブドウ球菌と比べて小児接触率が有意に高かった(p=0.024).III考按結膜.は外界に接しているため,検出菌が必ずしも起炎菌とはならない.しかし,これまでの結膜炎の疫学に関する報告は,検出菌の分布から考察を行うものがほとんどであった1~4).細菌性結膜炎患者の結膜.からはしばしば複数の菌種が検出され,このなかには健常結膜.でもよく検出されるコリネバクテリウム属やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌などが含まれる.検出菌の構成を調査する場合,検出菌すべてを把握できるという利点がある一方,常在細菌の分離率が高くなるため,病原菌が過小評価される恐れがある.さらに,検出率がまれな菌種も多く含まれるため,広域抗菌薬を支持する傾向がでてしまう.一方,1人の細菌性結膜炎症例から複数の菌種が分離されても,臨床診断として1つの起炎菌を確定すれば起炎菌の構成グラフは人数が単位となり,臨床現場を反映した実感しやすいものとなる.今回筆者らは,可能な限り個々の症例について起炎菌の特定を行うことにした.そしてまずは特定起炎菌である三大起炎菌に限って,結膜.検出菌から診断を行った.その結果,黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌はそれぞれ21.2%,11.5%,7.7%の症例から検出され,およそ40%の症例は三大起炎菌と診断可能であった.しかしながら,残りの症例の多くはコリネバクテリウム属やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌などの常在細菌で占められており,結膜.培養結果だけでは起炎菌が特定できない症例も多く存在した.そこで筆者らは別の観点から結膜炎の病態をとらえることを考えた.三大起炎菌は咽頭炎,中耳炎,肺炎などの上気道感染症においても重要な起炎菌であることから,鼻咽頭の病原細菌が結膜炎の病態に関与している可能性を考えた.そして結膜.培養で確定診断できなかった31症例の鼻腔細菌叢を白内障術前患者の鼻腔細菌叢と比較したところ,高率に黄色ブドウ球菌を保菌していることが判明した(p<0.001).黄色ブドウ球菌21.2%黄色ブドウ球菌(鼻のみ)25.0%肺炎球菌11.5%肺炎球菌(鼻のみ)1.9%インフルエンザ菌7.7%インフルエンザ菌(鼻のみ)1.9%その他30.8%図3結膜炎と鼻腔検出菌に基づく三大起炎菌の構成012345発生頻度(人):黄色ブドウ球菌:肺炎球菌:インフルエンザ菌:その他1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月2010年1月2009年図4起炎菌ごとの月別発生頻度(111)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011419この結果から,黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌が結膜炎の発症に関与している可能性が示唆された.黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌がどのように結膜炎の発症に関与しているかは不明である.考えられる機序としては,鼻腔で活発に増殖した黄色ブドウ球菌が手指を介して眼部へ自家感染して発症する可能性が考えられる.その他には,黄色ブドウ球菌はカタル性角膜潰瘍などの感染アレルギーの原因とも考えられていることから,鼻粘膜から血流感染を生じて全身性に免疫感作され,その後手指を介して眼部に黄色ブドウ球菌が混入した際に感染アレルギーによる結膜炎が生じる可能性も考えられる.インフルエンザ菌や肺炎球菌についても,白内障術前患者では分離されなかったが結膜炎患者の鼻腔の一部では検出されたことから,三大起炎菌の鼻腔保菌も加味して結膜炎の起炎菌を推定すると,図3に示すようにおよそ7割の症例が三大起炎菌に関連していると考えられた.細菌性結膜炎の発症には感染源と感染経路が必要である.そこで三大起炎菌ごとの患者背景を比較検討したところ,肺炎球菌またはインフルエンザ菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌と比べて小児接触率が有意に高いことが判明した(それぞれp<0.001,p=0.024).特に肺炎球菌による結膜炎では,すべての症例が小児との接触歴を有していた.また,インフルエンザ菌は黄色ブドウ球菌と比べて有意差はないものの,感冒症状を伴いやすい傾向があった(p=0.075).結膜炎の随伴症状としての感冒症状については,青木らはHaemophilus属(インフルエンザ菌まで菌種同定していない)による結膜炎の80%が感冒症状を主とした全身症状を認めると報告しており1),筆者らの調査もこれと類似した結果となっている.このようにインフルエンザ菌と肺炎球菌による結膜炎が小児との接触と強く関係し,感冒症状を伴いやすい理由としては,これらの菌がともに小児の鼻咽頭常在菌であり,成人の健常保菌者はまれであるという疫学的背景が基礎にあると考えられる.わが国における鼻咽頭常在菌の疫学調査によると,0~6歳では肺炎球菌とインフルエンザ菌の保菌率はそれぞれ47.1%と55.7%であるのに対し,7~74歳では肺炎球菌とインフルエンザ菌の保菌率はともに7.6%となっている9).したがって,小児以外でこれら2菌種による結膜炎が成立する機序としては,小児の鼻咽頭に存在する肺炎球菌やインフルエンザ菌が飛沫により成人の鼻咽頭や結膜に感染することで上気道炎や結膜炎を発症すると考えられる.患者背景別の起炎菌構成をみてみると,小児接触歴がある場合,肺炎球菌またはインフルエンザ菌による結膜炎は全体の66.7%を占める一方,小児接触歴がない場合は,黄色ブドウ球菌が59.5%と大部分を占めていることがわかる(図5).したがって,小児接触歴の聴取は起炎菌のおおまかな推定に役立つと考えられる.さらに,小児からの飛沫感染がおもな原因と考えると,これら2菌種による結膜炎が季節性を有する理由をうまく説明することができる.過去の報告では,Haemophilus属は初夏と冬に多く,肺炎球菌は冬から春にかけて多いといわれている1,2).筆者らの調査でも同様の現象を認めているが,これは夏休みなどの長期休暇の時期に成人,特に高齢者が小児に接触する機会が増えるためと考えられ,季節性という表現よりもepidemicな現象と捉えるほうが適切と思われる.本調査における問診の際も,連休中に孫をあずかったなど,小児との接触をはっきりと記憶しているケースが目立った.飛沫感染は1m以内に接近するような状況で成立するため,患者は小児との接触を記憶にとどめやすいものと推測される.一方,黄色ブドウ球菌に関しては小児接触との関連性は認めなかった.さらに,黄色ブドウ球菌を鼻腔に保菌しているからといって結膜.からの検出率が高くなるわけではなかった.調査期間を通しての発生頻度では,肺炎球菌やインフルエンザ菌とは異なり,ほぼ1年を通して発生した.堀らも黄色ブドウ球菌による結膜炎は季節性が不明瞭で通年性にみられると報告している2).したがって,黄色ブドウ球菌は肺炎球菌やインフルエンザ菌とは異なった感染様式をもっていると考えられる.健常者の約2割は鼻咽頭に黄色ブドウ球菌を保菌しており,肺炎球菌やインフルエンザ菌のような年齢による保菌率の違いは認めない9).考えられる感染経路としては,黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌者から非保菌者へ接触伝播して結膜炎を発症する場合と,鼻腔保菌者自身が自家感染で結膜炎を発症する場合とが考えられる.さらに,先述したように黄色ブドウ球菌結膜炎の病態として,狭義の感染(眼部で増殖)と感染アレルギー(鼻腔で増殖)という2つの機序が単独または複合して関与していると考えられるため,結膜.からの検出菌だけでは黄色ブドウ球菌による結膜炎の全体像を捉えきれない可能性がある.結論としては,急性結膜炎症例の約7割は黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌の三大起炎菌が関与してい0%20%40%60%80%100%あり(13例)なし(39例)あり(15例)なし(37例)感冒症状小児接触歴:黄色ブドウ球菌:肺炎球菌:インフルエンザ菌:その他図5患者背景別の起炎菌構成420あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011ると推定された.黄色ブドウ球菌による結膜炎はendemicに発生し,一部の症例では鼻腔の黄色ブドウ球菌が結膜炎の発症に関与している可能性がある.肺炎球菌とインフルエンザ菌による結膜炎はepidemicに発生し,おもに小児からの飛沫が感染リスクと考えられた.文献1)青木功喜:急性結膜炎の臨床疫学的ならびに細菌学的研究.あたらしい眼科1:977-980,19842)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19893)東堤稔:眼感染症起炎菌─最近の動向.あたらしい眼科17:181-190,20004)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20075)西原勝,井上慎三,松村香代子:細菌性結膜炎における検出菌の年齢分布.あたらしい眼科7:1039-1042,19906)水本博之,五十嵐広昌,秋葉純ほか:乳幼児における細菌性結膜炎の検出菌について.眼紀44:1373-1376,19937)秋葉真理子,秋葉純:乳幼児細菌性結膜炎の検出菌と薬剤感受性の検討.あたらしい眼科18:929-931,20018)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用性抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌90:511-515,19869)KonnoM,BabaS,MikawaHetal:Studyofupperrespiratorytractbacterialflora:firstreport.Variationsinupperrespiratorytractbacterialflorainpatientswithacuteupperrespiratorytractinfectionandhealthysubjectsandvariationsbysubjectage.JInfectChemother12:83-96,2006(112)***