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顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を 発症した1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):271.277,2023c顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症した1例飯田由佳*1林孝彰*1倉重眞大*2丹野有道*2中野匡*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター腎臓・高血圧内科*3東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofBranchRetinalArteryOcclusionduringTreatmentofMicroscopicPolyangiitisYukaIida1),TakaakiHayashi1),MahiroKurashige2),YudoTanno2)andTadashiNakano3)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DivisionofNephrologyandHypertension,DepartmentofInternalMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:全身性の抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎に網膜動脈閉塞症の合併例の報告は少ない.今回,顕微鏡的多発血管炎(MPA)治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症したC1例を報告する.症例:78歳,男性.13年前にMPO-ANCA高値(600CEU)を認め,腎生検の結果CMPAと診断され,ステロイドと免疫抑制薬内服加療中であった.右眼下方視野異常を自覚したC2日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.血清学的検査で,MPO-ANCAは陰性化していた.右眼の視力は(0.9)であった.眼底の血管アーケード内上方に網膜の白濁所見を認め,光干渉断層計画像で病変部網膜内層に高反射帯がみられた.光干渉断層血管撮影では病変部の網膜血管の描出不良を認め,フルオレセイン蛍光造影検査を施行し網膜動脈分枝閉塞症と診断された.慢性腎臓病ならびにCMPAに対して加療中であったため,アスピリン腸溶錠による加療を行った.発症C3カ月後,右眼視力(1.2)を維持していた.結論:MPAに対する治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,その経過中に網膜動脈分枝閉塞症は起こりうる.CPurpose:ThereChaveCbeenCfewCreportsCofsystemicCantineutrophilCcytoplasmicCantibody(ANCA)C-associatedCvasculitisCcomplicatedCwithCretinalCarteryCocclusion.CHereCweCreportCaCcaseCofCbranchCretinalCarteryCocclusion(BRAO)thatCoccurredCduringCtreatmentCofCmicroscopicpolyangiitis(MPA)C,ConeCofCtheCmostCcommonCformsCofCANCA-associatedvasculitis.Casereport:A78-year-oldmalewhohadanincreasedMPO-ANCAlevel(600EU)CandCwhoCwasCdiagnosedCwithCMPACafterCaCrenalCbiopsyC13CyearsCagoCandCwasCbeingCtreatedCwithCcorticosteroidsCandimmunosuppressivedrugspresentedwithalowervisual.eldabnormalityinhisrighteyeat2daysafterthesymptomConset.CSerologicCtestingCshowedCthatCMPO-ANCACwasCnegative,CandCbest-correctedCvisualCacuityCinChisCrighteyewas0.9.Funduscopyrevealedawhitishlesioninthesuperiorretinawithinthevasculararcade.Opticalcoherencetomography(OCT)revealedChyperre.ectiveCbandsCinCtheCinnerClayerCofCtheCretinaCatCtheClesion,CandCOCTangiographyshowedpoorvisualizationofretinalbloodvesselsinthelesion,.nallyleadingtothediagnosisofBRAOby.uoresceinangiography.SincethepatientwasundertreatmentforchronickidneydiseaseandMPA,hewastreatedwithaspirinenteric-coatedtablets.At3monthspostonset,thepatientmaintainedagoodvisualacu-ityCofC1.2CinCtheCrightCeye.CConclusion:BRAOCcanCoccurCduringCtheCcourseCofCMPA,CevenCafterCMPACtreatmentChasmadeMPO-ANCAnegative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):271.277,C2023〕Keywords:ANCA関連血管炎,顕微鏡的多発血管炎,網膜動脈閉塞症,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影.an-tineutrophilcytoplasmicantibody(ANCA)C-associatedvasculitis,microscopicpolyangiitis,retinalarteryocclusion,Copticalcoherencetomography,opticalcoherencetomographyangiography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめに全身性の抗好中球細胞質抗体(antineutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎は小血管(毛細血管,細小動・静脈)を主体とした壊死性血管炎で,ANCA陽性率が高いことを特徴とする1,2).肉芽腫性病変のみられないものが顕微鏡的多発血管炎(microscopicCpolyangiitis:MPA)と定義され,指定難病(告示番号C43)に認定されている.厚生労働省作成(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)によるMPAの診断基準を表1に示す.主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例,あるいは主要症候の①「急速進行性糸球体腎炎」および②「肺出血又は間質性肺炎」を含め2項目以上を満たし,myeloperoxidase(MPO)-ANCAが陽性の例はCDe.nite(確実例)と診断される.MPA罹患者の男女比はほぼC1:1で,好発年齢はC55.74歳と高齢者に多い.発熱,体重減少,易疲労などの全身症状とともに,組織の出血や虚血・梗塞による徴候が出現する.網膜動脈閉塞症(retinalCarteryocclusion:RAO)は,血管閉塞部位によって,網膜中心動脈閉塞症(centralRAO:CRAO)と網膜動脈分枝閉塞症(branchRAO:BRAO)に分類される3).CRAOは急激な視力障害をきたす疾患で,網膜中心動脈への血栓や塞栓によって発症する.一方,BRAOは,網膜中心動脈の枝の網膜動脈が閉塞し発症する.過去に,ANCA関連血管炎にCRAOを合併した報告例は少ない.今回筆者らは,MPA治療中にCBRAOを発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:右眼下方視野異常.現病歴:13年前の東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)腎臓・高血圧内科受診時,全身性の高度炎症所見(白血球数C13,800/μl,CRP21.6Cmg/dl,血液沈降速度1時間値C140Cmm),腎障害(血清CCr値C2.97Cmg/dl),MPO-ANCAの抗体価高値(600CEU,基準値:20CEU未満)を認めた.白血球分画で好酸球数の増加はみられなかった.その後,出血性胃潰瘍がみられ,腎生検で急速進行性糸球体腎炎所見も認められた.MPAの主要症候のC2項目以上を満たし,かつ主要組織所見から確実例(表1)と診断された.診断後,ステロイドパルス療法および免疫抑制薬(タクロリムス水和物カプセルC2Cmg/日およびアザチオプリンC50Cmg/日)の治療により軽快し,約C1年半前よりプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬(ミコフェノール酸モフェチルC500Cmg/日)内服加療にて通院中であった.MPO-ANCAの直近C2年間の推移としてC1.0.4.5CU/ml(基準値:3.5CU/ml以下)であった.今回,2日前からの右眼下方視野の霧視を訴え当院眼科初診となった.既往歴:MPA,慢性腎臓病,高血圧,糖尿病,胃潰瘍,肺気腫,急性虫垂炎術後,右結腸切除後,肥満,帯状疱疹.初診時眼所見:視力は右眼C0.6(0.9C×sph+1.25D(cylC.1.75DCAx95°),左眼C0.4(0.9C×sph+1.25D(cyl.2.00DCAx85°),眼圧は右眼13mmHg,左眼10mmHgであった.両眼ともに偽水晶体眼である以外は,前眼部・中間透光体に特記すべき異常はなく,虹彩毛様体炎や強膜炎の所見はみられなかった.右眼眼底の血管アーケード内上方に網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認めた(図1).右眼黄斑部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)検査を施行し,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚していた(図2).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,右眼の黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認めた(図2).同日,フルオレセイン蛍光造影検査を施行したところ,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認めた(図3).造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分10秒,7分11秒後)の画像(図3)をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の耳側辺縁部からではなく中心部付近に存在していたことから,BRAOと診断した.一方,糖尿病網膜症の所見はみられなかった.血液検査所見:赤血球数,血小板数,凝固系,肝機能,電解質値に異常なし,白血球数C8,800/μl,CRP0.54Cmg/dl,血液沈降速度C1時間値C43Cmmと軽度の炎症反応を認めた.白血球分画は,好中球C79.5%,リンパ球C16.9%,単球C3.2%,好酸球C0.2%,好塩基球C0.2%でやや好中球の割合が高かった.Cr2.23Cmg/dl,eGFR23Cml/分/1.73CmC2,LDLコレステロール129mg/dl,HbA1c7.1%,MPO-ANCAC1.7U/ml,proteinase3(PR3)C-ANCA1.0CU/ml,リウマトイド因子C11.4CIU/ml,抗ストレプトリジン-O抗体20CIU/ml,可溶性CIL-2レセプター(solubleCinterleukin-2receptor:sIL-2R)604CU/ml,Cb-D-グルカンC6.0Cpg/ml,T-SPOT.TB(-)であり,腎障害に加えCsIL-2Rの軽度上昇を認めた.MPO-ANCAは陰性化していた.経過:発症から約C48時間経過しており,積極的な加療希望がなかったこと,慢性腎臓病ならびにCMPAに対してプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬内服加療中であったことから,内科医の許可を得て,同日よりアスピリン腸溶錠(100Cmg/日)のみ開始した.内服直後からふらつきを自覚し,自己中断していたため,クロピドグレル硫酸塩に変更した.変更後にふらつきは改善した.原因精査の目的で頸動脈超音波検査を施行し,両側総頸動脈分岐部から内頸動脈・外頸動脈にかけて高輝度プラーク(図4)を認めたが,閉塞や明らかな狭窄を疑う所見はみられなかった.頭部・眼窩単純表1顕微鏡的多発血管炎の診断基準(1)主要症候①急速進行性糸球体腎炎②肺出血または間質性肺炎③腎・肺以外の臓器症状:紫斑,皮下出血,消化管出血,多発性単神経炎など(2)主要組織所見細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死,血管周囲の炎症性細胞浸潤(3)主要検査所見①CMPO-ANCA陽性②CCRP陽性③蛋白尿・血尿,BUN,血清クレアチニン値の上昇④胸部CX線所見:浸潤陰影(肺胞出血),間質性肺炎(4)診断のカテゴリー①CDe.nite(確実例)(a)主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例(b)主要症候の①および②を含めC2項目以上を満たし,MPO-ANCAが陽性の例②CProbable(疑い例)(a)主要症候のC3項目を満たす例(b)主要症候のC1項目とCMPO-ANCA陽性の例(5)鑑別診断①結節性多発動脈炎②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症)③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/チャーグ・ストラウス症候群)④川崎病動脈炎⑤膠原病(全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど)⑥CIgA血管炎(旧称:紫斑病性血管炎)参考事項(1)主要症候の出現するC1.2週間前に先行感染(多くは上気道感染を認める例が多い.(2)主要症候①②は約半数例で同時に,その他の例ではいずれか一方が先行する.(3)多くの例でCMPO-ANCAの力価は疾患活動性と平行して変動する.(4)治療を早期に中止すると,再発する例がある.(5)除外項目の諸疾患は壊死性血管炎を呈するが,特徴的な症候と検査所見から鑑別できる.難病情報センターのホームページ(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)より抜粋.図1初診時の眼底写真右眼眼底(左)にアーケード内上方の網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底(右)にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認める.ab図2初診時の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:OCTのCganglioncellanalysisでは,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるCOCTA(3×3mm)で,黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認める.MRI検査を施行したところ,加齢性白質病変を認め,潜在的なCsmallCvesseldiseaseの存在が疑われた.MRI再評価の目的で脳神経外科にコンサルトし,クロピドグレル硫酸塩内服継続となった.Goldmann動的視野検査では右眼は網膜の病変部に一致した部位(中心下方)の視野障害を認め,左眼に視野異常はみられなかった.発症C2カ月後,右眼視力(1.0),OCT検査で右眼病変部の網膜神経線維層は菲薄化し,OCTAでは,病変部の網膜血管の血流シグナルは回復していたが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下していた(図5).最終受診時(発症C3カ月後),右眼視力(1.2)を維持していた.CII考按今回,MPAに対してステロイドおよび免疫抑制薬内服加療中に,BRAOを発症した高齢男性例を報告した.全身性のCANCA関連血管炎は,MPAのほかに多発血管炎性肉芽腫症(旧称:Wegener肉芽腫症)と好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/Churg-Strauss症候群)がある2).MPO-ANCAは,MPAと好酸球性多発血管炎性肉芽腫症で高率に検出され,PR3-ANCAは多発血管炎性肉芽腫症で検出されることが多い2).過去にCMPO-ANCAもしくはCPR3-ANCAが検出され,RAOを発症した報告例は大きくC2種類に分けられ,ANCA陽性で全身性のCANCA関連血管炎と診断されている症例と診断されていない症例である.これまでにわが国からCANCA陽性にCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例に関する文献検索を行った.全身性のCANCA関連血管炎の診断には至っていないものの,片眼性にCCRAOを発症し,血清学的検査でCMPO-ANCAが検出されたC4例の報告がある4.7).このC4例のうちC3例5.7)は高齢者で,1例4)はC26歳の男性であった.一方,小山らは,MPO-ANCAが検出された多発血管炎性肉芽腫症に対する治療直後に両眼のCBRAOを合併したC72歳の女性例を報告している8).58歳の男性が片眼のCCRAOを発症し,その後CPR3-ANCAが検出され多発血管炎性肉芽腫症と診断された報告例もある9).また,MPO-ANCA陽性の好酸球性図3初診時の右眼フルオレセイン蛍光造影写真各写真右上に造影開始からの時間経過を示す.造影早期(造影C19秒後)から後期(造影C7分C11秒後)にかけて観察すると,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認める(→).造影中期(造影C1分C10秒後)から閉塞網膜動脈の造影が観察される.造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分C10秒,7分C11秒後)の拡大画像をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の辺縁部からではなく中心部付近に存在している.図4総頸動脈分岐部の超音波画像(長軸像)a:右総頸動脈分岐部から内頸動脈起始部に高輝度プラーク(.)を認める.Cb:左総頸動脈分岐部に高輝度プラーク(.)を認める.図5発症2カ月後の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:黄斑部COCTのCganglionCcellanalysisでは,病変部の網膜神経線維層は菲薄化している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるOCTA(3×3mm)で,病変部網膜血管の血流シグナルは回復しているが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下している.多発血管炎性肉芽腫症にCCRAOを合併した高齢者C3例の報告10.12)や,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症に両眼のCCRAOの合併例の報告もある13).これらC4例10.13)のCCRAOは,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の診断もしくは治療直後に発症している.一方,全身性のCANCA関連血管炎に毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例として,片眼性の毛様網膜動脈閉塞症発症直後にCMPO-ANCA陽性の好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と診断されたC48歳の女性の報告があった14).MPO-ANCA陽性CMPAで経過観察されていた本症例は,フルオレセイン蛍光造影検査(図3)で右眼CBRAOと診断された.過去の報告をまとめると,全身性のCANCA関連血管炎と診断されていなくても,ANCAが検出されればCRAOを合併する可能性があり,PR3-ANCA陽性例に比べCMPO-ANCA陽性例の報告が多かった.また,発症時期に関しては,RAO/毛様網膜動脈閉塞症の発症を機にCANCA関連血管炎と診断された症例,ANCA関連血管炎の診断もしくは治療直後に発症した症例に分類された.本症例は,MPAと診断されたC13年後にCBRAOを発症した.筆者らが調べた限り,本症例のようにCMPAの確実例と診断され,その診断・治療前後においてCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例はなかった.このことから,全身性のCANCA関連血管炎のなかでもCMPAにCRAOを合併することは,まれな病態である可能性が示唆された.一方で,本症例は,発症時の年齢がC78歳と高齢で,コントロールは比較的良好であったものの,高血圧と糖尿病の存在,慢性腎臓病の加療中であったこと,さらに,頸動脈超音波検査で両側性に高輝度プラーク(図4)を認めたことから,MPAとは関係なく,BRAOを発症した可能性は否定できなかった.しかし,少なくともCMPAの存在がCBRAO発症のリスクを高めた可能性は考えられる.過去の報告と照らし合わせると,ANCA陽性であれば全身性のCANCA関連血管炎の診断の有無にかかわらず,RAO/毛様網膜動脈閉塞症は起こりうる合併症である.本症例を経験し,治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,MPAの経過中にCBRAOを発症する可能性がある.本論文の要旨は,第C38回日本眼循環学会(富山,2022)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本循環器学会ほか:血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).p54-60,C20182)高田秀人,針谷正祥:血管炎ANCA関連血管炎.日本臨床C77:531-542,C20193)HayrehSS:AcuteCretinalCarterialCocclusiveCdisorders.CProgRetinEyeResC30:359-394,C20114)渡辺一順,加瀬学:網膜中心動脈閉塞症を呈したCP-ANCA陽性網膜血管炎.あたらしい眼科C17:1429-1432,C20005)YasudeT,KishidaD,TazawaKetal:ANCA-associatedvasculitisCwithCcentralCretinalCarteryCocclusionCdevelopingCduringCtreatmentCwithCmethimazole.CInternCMedC51:C3177-3180,C20126)土橋直史,八田和大,石丸裕康ほか:網膜中心動脈閉塞症,糸球体腎炎,間質性肺炎,脳梗塞,肥厚性硬膜炎を合併したCANCA関連血管炎の一例.日本リウマチ学会総会・学術集会プログラム・抄録集C03:660,C20167)高木麻衣,小林崇俊,高井七重ほか:ANCA関連血管炎に発症した網膜中心動脈閉塞症のC1例.眼臨紀C10:960,C20178)小山里香子,本間栄,坂本晋ほか:気管支粘膜病変と全身の血管炎が顕著であったCPR3-ANCA陰性ヴェゲナー肉芽腫症疑いのC1例.日本呼吸器学会雑誌C41:646-650,C20039)小林大介,和田庸子,村上修一ほか:網膜中心動脈閉塞で発症したCWegener肉芽腫症の一例.中部リウマチC40:C100-101,C201010)山下嘉郎,村上一雄,横田英介ほか:網膜中心動脈閉塞症,多発大腸潰瘍の合併を認めたアレルギー性肉芽腫性血管炎の1例.愛媛医学C25:128-133,C200611)AsakoCK,CTakayamaCM,CKonoCHCetal:Churg-StraussCsyndromeCcomplicatedCbyCcentralCretinalCarteryCocclu-sion:caseCreportCandCaCreviewCofCtheCliterature.CModCRheumatolC21:519-523,C201112)井上千鶴,中道悠太,杉山千晶ほか:前部虚血性視神経症と網膜中心動脈閉塞症が併発したアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)の症例.臨眼C67:369-376,C201313)UdonoCT,CAbeCT,CSatoCHCetal:BilateralCcentralCretinalCarteryCocclusionCinCChurg-StraussCsyndrome.CAmCJCOph-thalmolC136:1181-1183,C200314)安田貴恵,信藤肇,波多野裕二ほか:眼症状を伴ったアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)のC1例.臨床皮膚科C55:1027-1030,C2001***

ANCA 関連血管炎が原因と考えられる外転神経麻痺の1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1261.1265,2022cANCA関連血管炎が原因と考えられる外転神経麻痺の1例上杉義雄*1大西純司*1立石守*1小島一樹*1渡邉佳子*1竹内正樹*2水木信久*2*1国際親善総合病院眼科*2横浜市立大学大学院医学研究科眼科学CCaseofAbducensNervePalsyThoughtCausedbyANCA-AssociatedVasculitisYoshioUesugi1),JunjiOnishi1),MamoruTateishi1),KazukiKojima1),YoshikoWatanabe1),MasakiTakeuchi2)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicineC目的:ANCA関連血管炎が原因と考えられる両側外転神経麻痺の症例を経験したので報告する.症例:74歳,男性,ANCA関連肺疾患の維持療法中に右外転神経麻痺による複視が出現した.シクロホスファミドによる寛解導入療法とアザチオプリン,プレドニゾロンによる維持療法を施行し,右眼外転障害は改善傾向であったが,プレドニゾロン漸減後に増悪傾向に転じた.リツキシマブで再度寛解導入療法施行したが増悪傾向が続き,さらに左外転神経麻痺が出現し両側の外転神経麻痺となった.その後プレドニゾロンのみ継続したが両側外転神経麻痺の改善は得られなかった.結論:本症例はミエロペルオキシダーゼ(MPO)陽性の分類不能例と考えられた.ANCA関連血管炎には外転神経麻痺が合併する可能性があり,治療では内科医と薬剤投与量,疾患活動性,症状改善の有無などの情報を共有し,連携して治療にあたることが必要である.CPurpose:Toreportacaseofbilateralabducensnervepalsy(ANP)thoughtcausedbyanti-neutrophilcyto-plasmicantibody(ANCA)C-associatedvasculitis(AAV)C.CCaseReport:ThisCstudyCinvolvedCaC74-year-oldCmaleCwithCdiplopiaCdueCtoCrightCANPCthatCappearedCduringCtherapyCforCANCA-associatedClungCdisease.CForCtreatment,Ccyclophosphamide,CasCwellCasCmaintenanceCtherapyCwithCazathioprineCandCprednisolone,CwasCperformed,CandCtheCpatient’srightANPimproved.However,itworsenedafterthetaperingofprednisolone.Remissioninductionthera-pywasonce-againtriedwithrituximab,yetexacerbationtendedtocontinueandleftANPappeared,thusresult-inginbilateralANP.Subsequently,onlytreatmentwithprednisolonewascontinued.However,noimprovementinbilateralCANPCwasCobtained.CConclusion:ThisCcaseCwasCconsideredCtoCbeCanCmyeloperoxidase-positiveCunclassi.ablecase.AAVmaybeassociatedwithANP,andtreatmentshouldbecarriedoutviasharinginformationsuchasdrugdose,diseaseactivity,andthepresenceorabsenceofsymptomimprovementwiththeattendingphy-sician.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1261.1265,C2022〕Keywords:ANCA関連血管炎,MPO,外転神経麻痺.ANCA-associatedvasculitis,MPO,abducensnervepalsy.CはじめにANCA関連血管炎(ANCA-associatedvasculitis:AAV)が原因として疑われる外転神経麻痺の報告は非常に少ない.AAVに合併する眼病変としては結膜炎,強膜炎,周辺部角膜潰瘍,虹彩炎,網膜血管炎,網膜出血,眼窩の腫瘤性病変などがある1).AAVで脳神経が障害される頻度はC2.10%であり,影響を受ける脳神経はCII.VIIIの脳神経であるという報告がある2.4).今回,AAVが原因と考えられる右外転神経麻痺の診断で寛解導入療法,維持療法を施行するも両側の外転神経麻痺をきたした症例を経験したので報告する.CI症例患者:74歳,男性.主訴:複視.〔別刷請求先〕上杉義雄:〒252-0157神奈川県相模原市緑区中野C256相模原赤十字病院眼科Reprintrequests:YoshioUesugi,DepartmentofOphthalmology,SagamiharaRedCrossHospital,256Nakano,Midori-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0157,JAPANCMPO定量(IU/ml)400350300250200150100500年月日図1MPO陽性を認めてからのMPO定量の推移寛解導入療法と維持療法により陰性化しているが,2017年C7月.2018年C2月にかけて軽度上昇を認める.既往歴:特記事項なし.アレルギー:花粉症(スギ)嗜好歴:喫煙20本/日(20.70歳),飲酒歴日本酒C1合/日.現病歴:2015年C1月に発熱・咳嗽が出現し,近医で抗菌薬を処方されるも改善せず,3月に国際親善総合病院(以下,当院)内科を受診した.血液検査でCRP18.98mg/dl,CWBC14,010/μlと炎症反応上昇があり,胸部CCTではすりガラス陰影や結節陰影が散在していた.クラリスロマイシン,セフトリアキソンを投与するも発熱,咳嗽は改善せず,胸部陰影は増悪し,全身関節痛も出現した.各種自己抗体を測定したところミエロペルオキシダーゼ(myelo-peroxidase:MPO)定量C219.0CIU/mlと高値であったことからCAAVの関与が疑われた.気管支鏡検査を施行したところ,軽度の間質性病変を伴うびまん性肺胞出血および血管炎がみられ,顕微鏡的多発血管炎(microscopicCpolyangiitis:MPA)として典型的ではないが,臨床的にCANCA関連肺疾患として矛盾しない所見であり,MPO-ANCA関連肺疾患の診断となった.静注シクロホスファミド(cyclophospha-mide:CY)1,000Cmgによる寛解導入療法施行後,プレドニゾロン(prednisolone:PSL)とシクロスポリンCA(ciclospo-rinA:CsA)内服で維持療法が開始された.発熱,咳嗽は改善し,胸部陰影も改善し内服終了となった.2016年C1月に滲出性中耳炎を発症し,MPO定量C15.2CIU/mlと上昇を認めたため(図1),CsA150Cmg/日より再開された.2018年1月CCsA150Cmg/日,PSL10Cmg/日で維持療法中であったところ複視を自覚し,眼科を受診した.眼科初診時所見:・身体所見:意識清明,言語正常,運動障害なし,感覚障害なし,協調運動障害なし.・眼所見:前眼部異常なし,中等度白内障あり,眼底異常なし,乳頭浮腫なし.眼球運動:右眼外転障害(+).対光反射正常,瞳孔不同(.),眼振(C.),眼球突出(C.),眼瞼下垂(C.).・視力:右眼0.5(1.0×+2.00D(cyl.0.50DAx45°),左眼C0.4(0.6×+2.00D(cyl.0.50DAx100°).・眼圧:右眼C14mmHg,左眼C14mmHg.・HESS赤緑試験(図2):右眼外転障害(+).・血液検査所見(表1)CCRP0.06Cmg/dl,WBC5,580/μl,血沈(1時間値)24mm,MPO判定(+),MPO定量C11.7CIU/ml(基準値C3.5未満).・頭部CMRI(図3):右外直筋萎縮あり,左乳頭蜂巣に乳様突起炎あり,硬膜肥厚なし,内頸動脈海綿静脈洞瘻なし,副鼻腔の肉芽種なし,その他粗大病変なし.・頭部MRA異常所見なし.経過:AAVによる右外転神経麻痺の診断で,2018年C2月に静注CCY800Cmgで寛解導入療法を施行したのちに,ア図2Hessチャート上から2018年C1月:眼科初診時,右眼に軽度外転障害を認める.2018年C2月:寛解導入療法後,初診時よりも右外転障害は増悪した.2018年C7月:発症からC6カ月後,もっとも外転障害が改善したとき.2018年C11月:発症からC10カ月後,リツキシマブで寛解導入療法後,右外転障害に加えて左外転障害が出現した.表1眼科初診時(2018年2月)の血液検査結果結果単位基準値血糖C111Cmg/dl70.110CBUNC25Cmg/dl8.20クレアチニンC1.69Cmg/dl0.6.1.1CeGFRC31.890以上CRP定量C0.0.6Cmg/dl0.3以下白血球数C5580C/μl4,000.8,000血沈(1時間値)C24Cmm0.10CKL-6C314CU/ml500未満MPO判定(+)MPO定量C11.7CIU/ml3.5未満血沈,MPO定量の上昇を認める.図3眼科初診時の頭部MRI右外直筋萎縮を認める.ザチオプリン(azathioprine:AZA)100mg/日とPSLC50mg/日の内服を開始した.治療開始からC1カ月後,右眼外転障害はさらに増悪したが,2カ月後には改善傾向を示した.また,3カ月後のCMPO定量はC2.8CIU/mlと陰性化していた.CAZA100Cmg/日は継続し,PSLを漸減した.右眼外転障害は改善傾向であり,5カ月後にCPSL5Cmg/日とした.7カ月後に右眼外転障害が増悪したため,PSL10Cmg/日に増量したが右眼外転障害はさらに増悪した.このときCMPO定量は1.6CIU/mlと上昇はみられなかった.PSLをさらに増量すると,再度漸減後に右眼外転障害が再燃することが予測されたことからCPSL増量はせずに,リツキシマブ(rituximab:RTX)600CmgをC1週間ごとにC4回投与し,PSL10Cmg/日も継続した.右眼外転障害は増悪し続け,10カ月後には左眼外転障害も出現し両側の外転神経麻痺となった.このときMPO定量はC2.0IU/mlと上昇はみられなかった.その後PSLをC40Cmg/日に増量し半年間経過をみたが両側外転障害に改善はみられなかった.MPO定量は毎月測定していたが,複視出現後に陰性化してからはC1度も陽性化はみられなかった.CII考按外転神経麻痺の原因として糖尿病,虚血,高血圧,頭蓋内圧亢進,頭部外傷,髄膜炎,脳動脈瘤,血管炎,多発性硬化症,脳梗塞,頭蓋内出血や腫瘍による神経圧迫,甲状腺眼症,Fisher症候群,外眼筋炎,Tolosa-Hunt症候群などが鑑別にあげられる.本症例では上記疾患のなかで虚血と血管炎以外を疑う所見を認めず,虚血または血管炎が原因として考えられた.眼科初診時にCANCA関連肺疾患の維持療法中であったこと,AAVが原因として疑われる中耳炎の既往があったこと,MPO定量がC11.2CIU/mlと陽性となっていたことから,AAVに合併した外転神経麻痺がもっとも疑われた.寛解導入療法後に一時的ではあったものの右眼外転障害が改善したことから,AAVに合併した外転神経麻痺として矛盾しないと考えられた.また,最終的に両側の外転神経麻痺となったことから,全身性疾患であるCAAVが原因であった可能性が高いと考えられた.AAVは抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)が病態に関与しており,ANCAにはMPO-ANCAとCPR3-ANCAの二つのサブタイプがある.また,AAVはCMPA,多発血管炎性肉芽腫症(granulomato-siswithpolyangiitis:GPA),好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilicCgranulomatosisCwithpolyangiitis:EGPA)のC3疾患に分類され,いずれも特徴的な肺病変を認める.MPAでは肺胞出血や間質性肺炎,GPAでは上・下気道に肉芽腫性血管炎,EGPAでは喘息および好酸球浸潤を認める肉芽腫性血管炎を生じる.3疾患の日本での頻度はCMPAC50%,GPA21%,EGPA9%であり,また分類不能例をC20%に認め,このうちのC94%がCMPO-ANCA陽性である5).また,AAV患者の遺伝因子は疾患分類よりもCANCAサブタイプへの関連が強いと報告されている5).ANCAサブタイプと疾患分類の組み合わせは患者ごとに異なることから,AAVをCMPO-ANCA陽性CAAVとCPR3-ANCA陽性CAAVに分け,そこに疾患分類を組み合わせて,たとえばCMPO-MPAやCMPO-GPAなどのようにCANCAと疾患分類を同時に記載するという考え方が提案されている5).本症例ではEGPAの特徴である好酸球増多はみられておらず,MPAまたはCGPAであったと考えられるが,MPA,GPAのどちらの診断基準も満たしており,病理所見からもMPA,GPAのどちらかを確定することは困難であった.MPAで多くみられる間質性肺炎や外転神経麻痺の原因として考えられる血管炎による神経炎と,GPAで多くみられる中耳炎を合併していた本症例はCMPO-ANCA陽性の分類不能例であった可能性が高い.本症例ではCAAVの再燃として中耳炎と外転神経麻痺をきたしたと考えられるが,どちらも陰性化していたCMPO定量が軽度ではあるが上昇し陽性となっている期間に発症していた.このことからCMPO定量が基準値のC3.5CIU/mlを超えていることは再燃の一つの予測因子になると考えられる.しかし,MPO定量が陰性化してからは一度も陽性化はみられなかったにもかかわらず,外転神経麻痺は改善傾向から増悪傾向に転じた.AAVではCMPO-ANCA再陽性化は再燃の予知因子として有用とされているが6),ANCA値のみで疾患活動性を判断せずに臨床所見と合わせて治療方針を検討することが重要と考えられる.AAV再燃時の治療として明確な基準はない7)が,再燃した場合,PSL,CY,AZAなどの投与量を寛解導入期の投与量(PSL:1mg/kg/日,静注CCY:15Cmg/kgをC2.3週ごと,AZA:2Cmg/kg/日)に戻すことが推奨されている7).本症例では外転神経麻痺が出現してからC1回目の寛解導入療法で静注CCYをC1回しか施行しなかった点が推奨される治療方法と異なっており,右眼外転障害が軽快するまでC2.3週ごとに施行することでよりよい治療結果を得られた可能性がある.また,静注CCYで外転神経麻痺の改善傾向を得られていたことから,2回目の寛解導入療法もCRTXではなくCCYを選択したほうが改善を得られた可能性がある.また,PSL減量方法は維持療法を検討したCCYCAZAREMでCPSLをC1Cmg/kg/日から開始し,1週間ごとにC0.75,0.5,0.4Cmg/kgと減量し,以後漸減するプロトコールが推奨されている7).また,2009年CEULARrecommendationではC3カ月以内にCPSL15mg/日未満に減量すべきではないとされている7).本症例ではCPSL減量は推奨方法に従ったものであった.AAVに合併した外転神経麻痺の報告は,国内でC2009年にCMPO-ANCA関連肺疾患に合併した外転神経麻痺の報告が1例あり8),維持療法でCCsA200Cmg/日とCPSLC12.5Cmg/日を併用していたところ外転神経麻痺が出現し,CsAC200mg/日を継続したままメチルプレドニゾロンC1CgをC3日間投与後,PSL40Cmg/日投与にてC1週間で外転神経麻痺は軽快し,麻痺の改善後にCPSL15Cmg/日へ漸減し外転神経麻痺の再燃はみられていない.今回,筆者らは両側外転神経麻痺を合併したCAAVのC1例を経験した.AAVに外転神経麻痺を合併した患者では,臨床所見の改善・増悪の程度,疾患活動性,薬剤投与量などの情報を内科と共有し,連携して治療を行うべきと考えられる.文献1)宮永将,高瀬博:ANCA関連血管炎;専門領域の視点からANCA関連血管炎の眼病変.日本臨牀C76:355-359,C20182)ZhengY,ZhangY,CaiMetal:CentralnervoussysteminvolvementinANCA-associatedvasculitis:whatneurol-ogistsneedtoknow.FrontNeurolC9:1166,C20183)RothschildPR,PagnouxC,SerorRetal:OphthalmologicmanifestationsCofCsystemicCnecrotizingCvasculitidesCatdiagnosis:aCretrospectiveCstudyCofC1286CpatientsCandCreviewoftheliterature.SeminArthritisRheumC42:507-514,C2013C4)伊野田悟,吉田淳,川島秀俊:視神経障害を発症したと思われるCANCA関連血管炎のC1例.臨眼C69:869-873,C20155)有村義宏:ANCA関連血管炎診療の進歩.日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会雑誌39:19-24,C20196)白井剛志,石井智徳:全身疾患におけるCANCA測定の意義.MBENTONI:17-22,C20187)尾崎承一,槇野博史,松尾清一:ANCA関連血管炎の診療ガイドライン.厚生労働省難治性疾患克服研究事業:C53-72,C20118)岡田秀明,望月吉郎,中原保治ほか:外転神経麻痺を併発した間質性肺炎合併顕微鏡的多発血管炎のC1例.日本呼吸器学会雑誌C47:1015-1019,C2009***

P-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):239.243,2012cP-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例中安絵理横山利幸順天堂大学医学部附属練馬病院眼科ACaseofNecrotizingScleritiswithPositiveP-ANCAEriNakayasuandToshiyukiYokoyamaDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospitalP-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例を経験した.症例は71歳,女性,左眼の強膜に充血と無血管領域の壊死性病変を観察した.P-ANCAは63EUと高値を示した.ステロイドの局所投与を試みたが,黄斑浮腫,網膜血管炎,硝子体混濁が併発したためステロイドの内服投与を追加したところ,強膜所見,後眼部所見ともに改善しP-ANCA値も正常化した.Weobservedacaseofnecrotizingscleritiswithpositiveperinuclearanti-neutrophilcytoplasmicantibody(P-ANCA).Thepatient,a71-year-oldfemale,hadhyperemiaandanonvascularnecrotizinglesionatthesclerainherlefteye.ThetiterofP-ANCArevealed63EU.Despitetreatmentwithtopicalsteroid,macularedema,retinalvasculitisandvitreousopacitywerecomplications.Thepatientthereforeunderwentoraladministrationofsteroid,whichimprovedthescleritisandposterioreyelesions,andnormalizedtheP-ANCAtiter.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):239.243,2012〕Keywords:抗好中球細胞質抗体,壊死性強膜炎,黄斑浮腫,ANCA関連血管炎.ANCA(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody),necrotizingscleritis,macularedema,ANCAassociatedvasculitis.はじめに非感染性強膜炎の発症には,免疫複合体による血管炎とそれに伴う強膜組織の破壊壊死を主体とする自己免疫機序の関与が示唆されており,非感染性強膜炎患者の約半数に膠原病,全身的血管炎性疾患の合併がある.関節リウマチ,Wegener肉芽腫症,顕微鏡的多発性血管炎,全身性エリテマトーデスなどはその代表的疾患である.一方,1982年Daviesら1)によって発見された抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)が腎や肺の細小血管,毛細血管の壊死性および肉芽腫性血管炎の原因抗体であることが見出され,これらの疾患はANCA関連血管炎症候群と総称されている2.4).ANCAは間接蛍光抗体法で好中球細胞質にびまん性に染色されるcytoplasmicANCA(C-ANCA)と核周辺のみに染色されるperinuclearANCA(P-ANCA)に分類される.C-ANCAの対応抗原はproteinase3であり,P-ANCAの対応抗原の大部分はmyeloperoxidaseであることから,C-ANCAをPR3-ANCA,P-ANCAをMPO-ANCAとよぶこともある5.7).今回筆者らは,全身性血管炎の合併は明らかではないもののP-ANCAが高値を示した強膜炎に網膜血管炎,黄斑浮腫を併発した比較的まれな1例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,女性.現病歴:前医にて平成20年1月左眼,同年2月右眼の白内障手術を施行された.術後の経過は良好であったが,平成21年3月頃左眼に充血を認め,左眼上強膜炎の診断にてリン酸ベタメタゾン点眼を1日4回,4カ月間処方された.しかし,改善を認めないため精査加療目的にて平成22年7月7日当院紹介受診となった.既往歴:高血圧.家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕中安絵理:〒177-8521東京都練馬区高野台3-1-10順天堂大学医学部附属練馬病院眼科Reprintrequests:EriNakayasu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospital,3-1-10Takanodai,Nerima-ku,Tokyo117-8521,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(91)239初診時検査所見:視力は右眼0.5(0.8×IOL(+1.00D(cyl.1.75DAx90°).左眼0.3(0.7×IOL(cyl.2.75DAx95°).眼圧は右眼14mmHg,左眼22mmHg.前眼部は左眼の強膜上方に深在性強膜血管の充血と浮腫を認めた.鼻側には,白色無血管領域と思われる所見を認めた(図1).また,前房内に軽度の炎症細胞を認めたが,眼底には黄斑を含め,特記すべき所見は認めなかった.眼位,眼球運動にも異常は認めなかった.全身的には末梢血液検査,生化学検査ともに異常は認めなかったが,赤沈29mm/hr(基準値20mm/hr以下)および抗核抗体80倍(基準値40倍未満)の軽度亢進を認めた.さらにP-ANCAが63EU(基準値20EU未満)図1初診時左眼前眼部写真上方の強膜血管の充血,結膜浮腫,鼻側に無血管領域を認める.と上昇していた.一方,C-ANCAは正常であった.尿検査では潜血(1+)であった.膠原病内科にANCA関連血管炎の検査を依頼したところ,明らかな内科的所見は認めなかったので,糸球体腎炎などの発症に十分考慮しながら,2カ月ごとの定期観察となった.経過:当院初診時7月7日より左眼前部壊死性強膜炎の診断のもと,リン酸ベタメタゾン点眼を左眼6回/日に増量した.さらにブロムフェナクナトリウム点眼を左眼2回/日追加した.約1週間後の7月16日,虹彩炎の他,硝子体混濁,網膜血管炎,黄斑浮腫を発症(図2)し,左眼矯正視力(0.4)に低下した.フルオレセイン蛍光眼底造影では造影後期に黄斑部の過蛍光と網膜血管からの漏出を認めた(図3).コンピュータ断層撮影(CT)では後部強膜の肥厚は認めず,強膜厚に左右差もなかった.網膜血管炎および黄斑浮腫に対し7月26日トリアムシノロンアセトニド20mgのTenon.下注射を施行したが,改善は認められなかった.また,強膜炎に対し初診時よりリン酸ベタメタゾン点眼とブロムフェナクナトリウム点眼を投与するも改善なく8月9日よりシクロスポリン点眼を追加した.しかし,依然として改善傾向は認めなかった.そこで,9月17日より約1カ月間プレドニゾロン1日30mgの内服投与をしたところ,強膜の一部は菲薄化したものの強膜の充血所見は著明な改善を認めた.10月22日よりプレドニゾロンを5mg/週で漸減し12月3日中止とした.その後はリン酸ベタメタゾン点眼とブロムフェナクナトリウム点眼のみで強膜の充血はさらに改善をし,黄斑浮腫も改善傾向を認めた(図4,5).これらの所見,症状の改図27月16日左眼光干渉断層計(OCT)写真黄斑浮腫を発症.240あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(92)図37月16日フルオレセイン蛍光眼底造影造影後期に黄斑部の過蛍光と網膜血管からの漏出を認めた.善に伴いP-ANCAも10単位未満と正常化した.その後,強膜炎,虹彩炎,網膜血管炎,黄斑浮腫などの再発は認めず,ブロムフェナクナトリウム点眼も中止し,リン酸ベタメタゾン点眼1日4回のみで経過良好である.また,平成23年2月に後発白内障に対し両眼YAGレーザー後.切開を施行し,左眼矯正視力(0.7)と改善されている.II考察ANCA関連血管炎について,C-ANCAはWegener肉芽腫に特異性が高く,P-ANCAは壊死性半月体形成腎炎,顕図412月24日左眼前眼部写真プレドニゾロン中止約3週間後強膜の充血は改善を認めた.微鏡的多発性動脈炎との関連性が高いと報告されている5).しかし,Matsuo8)はP-ANCA陽性で眼疾患および全身疾患をともに有する自験例4例および過去の文献例27例の合計31症例についての報告でP-ANCAとともにC-ANCAも陽性の重複例1例,Wegener肉芽腫1例を示している.また,Laniら9)はC-ANCA陽性患者7例中5例がWegener肉芽腫と診断されていたが,P-ANCA陽性患者7例中にも2例のWegener肉芽腫症例があったと報告している.以上のようにC-ANCA,P-ANCAともに陽性となる重複例がみられる点,全身疾患との対応が必ずしも100%ではなく,特にWegener肉芽腫はC-ANCAのみならずP-ANCA陽性例に図512月24日左眼光干渉断層計(OCT)写真黄斑の視細胞内節外節接合部(IS/OS).外顆粒層にかけてやや肥厚しているものの,黄斑浮腫は改善傾向を認めた.(93)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012241黄斑厚(μm)6784330.7視力(左眼)2%シクロスポリン点眼(回/day)0.1%ブロムフェナクナトリウム点眼(回/day)プレドニゾロン(mg/day)0.1%リン酸ベタメタゾン点眼(回/day)も認められる点などに留意する必要があると考えられた.P-ANCA陽性患者の眼科的合併症について,これまで結膜炎,上強膜炎,強膜炎,網膜静脈閉塞症,周辺部角膜潰瘍,視神経症,乳頭血管炎,後部強膜炎などの症例報告10)がある.Matsuo8)は31症例のP-ANCA関連血管炎のうち強膜炎は6例,視神経疾患は7例,網膜疾患は7例であったと報告している.また,奥芝ら11)はMPO(P)-ANCA関連血管炎の8症例の眼所見を検討し,4例に網膜綿花状白斑,5例に結膜炎,1例に上強膜炎を認めたとし,強膜炎は1例も確認していない.これらの報告からP-ANCA陽性患者の眼合併症として強膜炎は少なく後眼部疾患が比較的多いと考えられた.なお,C-ANCAとの関連の強いWegener肉芽腫の眼合併症では強膜炎が最も多く16.38%と報告されている12,13).本症例でも壊死性強膜炎の加療中に硝子体混濁,網膜血管炎,黄斑浮腫の後眼部所見を観察した.CT検査で後部強膜の肥厚はみられず後部強膜炎は否定的であり,これらの所見は前眼部壊死性強膜炎に併発した網膜血管炎による後眼部合併症と推測された.強膜炎のタイプについて,Laniら9)はP-ANCA陽性例の強膜炎は7例全例前眼部びまん性強膜炎であったとしている.長田らの報告14)したP-ANCA関連腎炎に併発した症例も壊死性ではなくびまん性強膜炎と思われる.本症例のような壊死性強膜炎の合併はこれまでの報告には見当たらず,まれなタイプと思われる.しかし,ANCA関連血管炎の発症機序を考えると壊死性タイプの強膜炎が合併することは十分に考えられることであり,今後症例を重ねて検討すべきと思われた.1992年Stankusら15)が,また1993年Dolmanら16)が抗甲状腺薬であるプロピオチルウラシル(PTU)の副作用としてP-ANCA関連血管炎を報告している.その後,同じく抗371360↑0.70.6後.切開術図6全体の治療経過プレドニゾロン内服投与後,視力も黄斑浮腫も改善している.TAsubT:トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射.甲状腺薬であるチアマゾール(MMI)でもP-ANCA関連血管炎を発症することが報告され,わが国においても現在までにPTUおよびMMIによると思われるP-ANCA関連血管炎症例が多数報告されている.筆者らの症例では,既往症として高血圧があり降圧剤を内服していたものの甲状腺疾患はなく,上記のような薬剤の服用歴はなかった.しかし,P-ANCA関連血管炎の原因を考えるうえで薬剤の服用歴の聴取も重要と思われた.また,本症例では,強膜炎発症の約1年前に両眼の白内障手術を施行されている.眼科手術後に発症する壊死性強膜炎(surgicalinducednecrotizingsclero-keratitis:SINS)の可能性も示唆される.SINSは手術翌日から数十年後に発症し,何らかの自己免疫疾患に伴うことが多いとされている17,18).SINSの発症原因としてANCAが関与していることも考えられ,今後検討する必要があると思われた.本症例では,高齢であること,全身合併症が認められなかったことから当初ステロイド薬,非ステロイド性消炎薬および免疫抑制薬(シクロスポリン)の局所投与を施行した.しかし,十分な効果が得られず,プレドニゾロン30mgから漸減内服投与を試みたところ強膜炎所見,黄斑浮腫ともに軽快し,視力も改善した.P-ANCAも正常に復した.全身的なANCA関連血管炎を発症している症例に対しては生命予後の悪い疾患もあり,ステロイド薬,免疫抑制薬などの長期にわたる全身投与が必須8,9,11)である.しかし,本症例のように全身合併症の発症していない症例に対してもANCA陽性である場合には,早期からステロイド薬などの全身投与を試みるべきであった.近年,ANCA関連血管炎に伴う眼科疾患の報告は,疾患概念の普及により増加している.しかし,その多くは全身疾患を伴うものであり,本症例のように全身疾患に先立って眼242あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(94)科疾患が最初に発症した症例は少ない.強膜炎を診断した場合,その原因としてANCA関連血管炎の可能性を考え,早期にANCAを測定すべきと思われた.文献1)DaviesDJ,MoranJE,NiallJFetal:Segmentalnecrotis-ingglomerulonephritiswithantineutrophilantibody:Pos-siblearbovirusaetiology.BrMedJ285:606,19822)FalkRJ,JennetteJC:ANCAsmall-vesselvasculitis.JAmSocNephrol17:254-256,19973)吉田耕治:ANCA関連血管炎症候群.リウマチ科19:575-586,19984)長沢俊彦:ANCA関連血管炎.病理と臨床16:262-266,19985)有村義宏,長沢俊彦:抗好中球細胞質抗体.臨床病理41:866-875,19936)Ho.manGS,SpecksU:Antineutrophilcytoplasmicanti-bodies.ArthritisRheum41:1521-1537,19987)SavigeJ,GillisD,BensonEetal:Internationalconsensusstatementontestingandreportingofantineutrophilcyto-plasmicantibodies(ANCA).AmJClinPathol111:507-513,19998)MatsuoT:Eyemanifestationsinpatientswithperinucle-arantineutrophilcytoplasmicantibody-associatedvascu-litis:Caseseriesandliteraturerevieu.JpnJOphthalmol51:131-138,20079)LaniTH,LyndellLL,BrianVetal:Antineutrophilcyto-plasmicantibody-associatedactivescleritis.ArchOphthal-mol126:651-655,200810)月花環,渡辺朗,神前賢一ほか:脈絡膜新生血管が認められたP-ANCA関連血管炎に併発した後部強膜炎の一例.眼臨100:688-691,200611)奥芝詩子,竹田宗泰,阿部法夫ほか:ミエロペルオキシダーゼ抗好中球細胞質抗体関連血管炎に伴う眼所見の検討.眼紀51:138-142,200012)FauciAS,HaynesBF,KatzPetal:Wegener’sgranulo-matosis:Prospectiveclinicalandtherapeuticexperiencewith85paitientsfor21years.AnnInternMed98:76-85,198313)ThorneJE,JabsDA:Ocularmanifestationsofvasculitis.RheumDisClinNorthAm27:761-769,200114)長田敦,篠田和男,小林顕ほか:MPO-ANCA関連腎炎に併発した強膜炎の一例.眼臨98:878-881,200415)StankusSJ,JohnsonNT:Propylthiouracil-inducedhyper-sensitivityvasculitispresentingasrespiratoryfailure.Chest102:1595-1596,199216)DolmanKM,GansRO,VervantTJetal:Vasculitisandantineutrophilcytoplasmicautoantibodiesassociatedwithpropylthiouraciltherapy.Lancet342:651-652,199317)O’DonoghueEO,LightmanS,TuftSetal:Surgicallyinducednecrotizingsclerokeratitis(SINS)-precipitatingfactorandresponsetotreatment.BrJOphthalmol76:17-21,199218)SainzdelaMazaM,FosterCS:Necrotizingscleritisafterocularsurgery:aclinicopathologicstudy.Ophthalmology98:1720-1726,1991***(95)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012243