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白内障術後に遅発性Descemet膜剝離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例

2019年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(12):1579.1583,2019c白内障術後に遅発性Descemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例勝部志郎*1,2安田明弘*1舟木俊成*3大越貴志子*1門之園一明*2*1聖路加国際病院眼科*2横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科*3順天堂大学医学部附属病院眼科CSpontaneousDetachmentoftheDescemetMembraneafterPhototherapeuticKeratectomyandCataractSurgeryinanElderlyPatientwithSchnyderCrystallineCornealDystrophyShiroKatsube1,2)C,AkihiroYasuda1),ToshinariFunaki3),KishikoOhkoshi1)andKazuakiKadonosono2)1)DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter,3)DepartmentofOpthalmology,JuntendoUniversityHospitalCレーザー治療的角膜切除術(phototherapeuticCkeratectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じステロイド点眼で治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を報告する.症例はC80歳,男性.前医にて両眼角膜混濁と白内障の診断で,白内障手術前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診.両眼CPTKを施行後C3カ月に前医にて右眼白内障手術を施行されたが,1カ月を経ても角膜実質浮腫が改善せず,ステロイド点眼で術後C3カ月に浮腫は消失した.その後当院にて左眼白内障手術を施行し順調な経過だったが,3週後に突如CDes-cemet膜.離を伴う角膜実質浮腫を生じた.前房空気タンポナーデは効果なく,ステロイド点眼で発症C12日後にCDes-cemet膜は接着し,角膜浮腫が消失した.遺伝子検査でCUBIAD1遺伝子CP128L変異を認めた.臨床経過より,Schny-der角膜ジストロフィはCDescemet膜と内皮細胞にも脂肪が沈着しており,Descemet膜の接着が脆弱なため術後炎症による内皮機能低下からCDescemet膜.離を生じる病態があるのではないかと考按した.CAn80-year-oldmalewithbilateraldensecornealopacitiesatthestromalsurfacewasclinicallydiagnosedasSchnydercrystallinecornealdystrophy(SCCD)C,andsubsequentlyunderwentphototherapeutickeratectomy(PTK)ConCbothCeyes,CfollowedCbyCcataractCsurgeries.CAfterCcataractCsurgery,CcornealCstromalCedemaCwasCobservedCinCtheCpatient’sCrightCeye,CyetCdisappearedCbyC3-monthsCpostoperativeCviaCtreatmentCwithCtopicalCdexamethasone.CThreeCweeksaftercataractsurgeryonhislefteye,spontaneousdetachmentoftheDescemetmembrane(DM)andcorne-alstromaledemaoccurred.AnteriorsegmentopticalcoherencetomographydetectedahigherdensityC.uidundertheCDM.CAirCtamponadeCinCtheCanteriorCchamberCwasCine.ective,Chowever,CtopicalCdexamethasoneCadministrationCledCtoCtheCcorneaCbeingCcompletelyCcured.CGenotypicCanalysisCdetectedCaCmutationCofCtheCUBIAD1gene(P128L)C,andthepatientwasgeneticallydiagnosedasSCCD.Inthisrareclinicalcourse,SCCDcausedspontaneousdetach-mentoftheDMafterPTKandcataractsurgery.Inthispresentcase,wetheorizethatpathologiesofthecorneaandpostoperativein.ammationcausedadysfunctionofthecornealendotheliumthatledtotheDMbeingsponta-neouslydetached.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(12):1579.1583,C2019〕Keywords:Schnyder角膜ジストロフィ,角膜変性症,治療的角膜切除術,Descemet膜.離,白内障手術.Schny-derCcornealdystrophy,cornealendothelium,phototherapeutickeratectomy,Descemetmembrane,cataractsurgery.Cはじめに幼少時に発症し緩徐に進行するとされ,壮年になり両眼の角Schnyder角膜ジストロフィは常染色体優性遺伝で両眼の膜中央部に円盤状またはリング状の混濁を呈し,進行すると角膜実質に脂質沈着による混濁を生じるまれな疾患である1,2).角膜全体が混濁する.混濁部に針状結晶を生じ,角膜周辺部〔別刷請求先〕勝部志郎:〒104-8560東京都中央区明石町C9-1聖路加国際病院眼科Reprintrequests:ShiroKatsube,DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,9-1Akashicho,Chuo-ku,Tokyo104-8560,JAPANC右眼右眼右眼左眼図1初診時所見上段:細隙灯顕微鏡所見では,両眼ともにCBowman層.角膜実質浅層にびまん性混濁と微小びらんの既往を疑う上皮下瘢痕,老人環様の周辺部混濁を認めた.虹彩異常なし.白内障(Emery-Littele分類C2度)を認める.下段:前眼部COCTでは実質全層に淡く高輝度であり,とくにCBowman層に強い高輝度層を認めた.に老人環様の混濁を認めることがある.全身合併症として高脂血症,脊椎・手指奇形,外反膝などが知られている.遺伝子検査ではCUBIAD1遺伝子の変異が報告されている4,5).今回,治療的レーザー角膜切除術(phototherapeutickera-tectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じ,ステロイド点眼により治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験したので報告する.CI症例患者:80歳,男性.初診時主訴(2014年C8月):まぶしい,見えにくい.現病歴:60歳頃より家族が角膜混濁に気づいていたが,5年前から通院していた近医より,白内障手術目的に前医を紹介されたところ角膜混濁を指摘され,白内障手術の前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診となった.既往歴:74歳糖尿病(HbA1c7.4%),75歳胆.手術後の腸閉塞,脂質異常症なし.家族歴:父が徴兵検査で視力不良で不合格.同胞,子は異常なし.初診時所見:遠方視力:VD=0.1(0.3C×sph+2.00(cyl.4.00DAx70°)VS=0.3(0.8C×sph+0.75(cyl.2.00DAx90°)眼圧:右眼C11CmmHg,左眼C11CmmHg.細隙灯顕微鏡所見:角膜CBowman層.実質浅層全体にCcombpatternの密な混濁のため実質深層の混濁の状態は視認が困難だった.角膜上皮の微小びらんの既往を疑う瘢痕と老人環様の周辺部混濁を認めた.前房と虹彩に異常なし.水晶体は白内障CEmery-Little分類C2度(図1)を認め,眼底は透見困難だった.II治.療.経.過1.PTKSchnyder角膜ジストロフィまたはCReis-Bucklers角膜ジストロフィを疑い,当院にてC2014年C8月に右眼CPTK(切除深度C109Cμm/含上皮),2014年C10月に左眼CPTK(切除深度68Cμm/含上皮)を施行した.PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善し,実質深層に至る淡い実質混濁が確認された(図2).その後,白内障手術までのCPTK術後最高視力は,VD=0.3(0.4C×S+0.75C.5.00Ax95°),VS=0.6(0.9C×S+3.50CC.2.00Ax80°)に改善した.C2.右眼白内障手術と右眼の経過PTK術後C3カ月で,前医にて右眼白内障手術が施行された.術後C1カ月を経ても角膜実質浮腫が遷延しているとのことで,精査加療目的に再び当院を紹介受診となった.受診時視力はCVD=0.02(n.c.)で,術後炎症による角膜内皮機能不全による角膜実質浮腫を考え,デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始,治療開始C4週後には角膜浮腫は消失し,デキサメタゾン点眼を中止した(図3).視力はCFRV=0.09(0.3C×S.2.00)に回復し,さらにC6カ月後にはCVD=0.2(0.7C×S+0.50C.2.0Ax85°)に改善した.C3.左眼黄斑牽引症候群PTK術後C1年C5カ月(2016年C5月)に左眼黄斑牽引症候群を発症し視力はCVS=0.1(0.4pC×S+2.50C.2.50Ax90°)に低下したが,1カ月後には後部硝子体.離により自然治癒した(図4).しかしながら視力はCVS=0.2(0.4C×S+2.0C.2.50Ax90°)に低下したままだった.C4.左眼白内障手術PTK術後C1年C9カ月(2016年C7月)に,当院にて左眼白右眼左眼図2PTK術後所見PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善したが,実質全体の淡い混濁も確認された.発症時白内障術後1カ月白内障術後2カ月図3右眼白内障術後前医での術後C1カ月を経ても実質浮腫が遷延していたため,再び当院を紹介受診.デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始し,術後C2カ月で実質浮腫は消失した.自然治癒時図4左眼黄斑牽引症候群の経過左:PTK術後C1年C5カ月で左眼に黄斑牽引症候群を発症した.発症時に,中心窩が後部硝子体膜により牽引され,中心窩.離と.胞様所見を認めた.右:1カ月後の時点では中心窩の牽引がとれ,黄斑形態が改善していた.内障手術が施行された.術前の角膜内皮細胞密度はC2,681個C/mm2で,術式は点眼麻酔下耳側角膜切開にて超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術で,合併症なく終了した.術後経過も順調で,術後C11日目の視力はCVS=0.1(0.3C×S.3.00CC.2.00Ax90°)であったが,術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認め(図5),前眼部光干渉断層計(OCT)(CASIA,トーメーコーポレーション)で耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.左眼視力はC0.03(n.c.)に低下していた.30ゲージ針で角膜上皮側から穿刺し,Descemet膜下貯留液の排液を試みたが微量しか排液できなかった.なお,Descemet膜下貯留液の内容については詳細な検査を行っていない.前房内に空気を注入し空気タンポナーデ(仰臥位)を施行したが著効なく,翌日以降もCDes-cemet膜.離は残存していた.ベタメタゾン点眼C1日C4回で経過をみていたところ,12日後にCDescemet膜は接着し角膜浮腫は消失した(図6).最終診察時(2018年C8月),両眼ともに角膜浮腫を認めず,視力はCVD=0.4(0.6pC×S+1.50C.2.50Ax83°),VS=0.3(0.6C×S.1.25C.2.50Ax85°)で,自覚的にも安定している.C5.遺伝子検査まれな経過であったため,順天堂大学医学部眼科に遺伝子検査を依頼した結果,UBIAD1遺伝子CP128L変異を認め,図5Descemet膜.離と角膜浮腫出現時の細隙灯顕微鏡所見左白内障術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認めた.Schnyder角膜ジストロフィの確定診断を得た.CIII考按Schnyder角膜ジストロフィは角膜の脂質沈着による角膜実質混濁を生じる比較的まれな疾患である.1924年にCvanWentとCWibautら1)が,続いてC1929年にCSchnyder2)が臨床所見を詳細に報告した.角膜混濁のタイプは円盤状.びまん性,結晶の沈着の有無などバリエーションが多い.本症例には結晶の沈着はなく,Bowman層に強い混濁を認めたことから当初CReis-Bucklers角膜ジストロフィも鑑別にCPTKを施行したが,PTK術後の臨床像がCSchnyder角膜ジストロフィに一致していたことや,遺伝子検査からCSchnyder角abcd図6前眼部OCTでの左眼Descemet膜.離と角膜浮腫の治療経過a:発症時,耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.Descemet膜.離部に角膜実質浮腫を認めた.Cb:発症C5日目,Descemet膜.離は認めるが,貯留液の輝度は低下してきた.Cc:発症C12日目,Descemet膜は接着し,角膜実質浮腫もほぼ消失した.Cd:発症C7週目,Descemet膜.離の再発はなく,角膜実質浮腫は完全に消失している.膜ジストロフィの確定診断に至った.Schnyder角膜ジストロフィは第C1染色体短腕に存在するUBIAD1蛋白の構造異常3)により,apoEを介したコレステロールの細胞内濃度の安定化や細胞内からの除去に異常をきたし,コレステロールなどの脂質が沈着する可能性が示唆されている4).遺伝子変異では複数の変異が報告されている5).本症例でのCP128L変異には既報がなく,Bowman層から実質浅層に密な混濁が特徴のまれな変異である可能性がある.Schnyder角膜ジストロフィでは角膜混濁部位にリン脂質が沈着しており,角膜局所での脂質代謝異常による脂質沈着から角膜混濁に至る病態と考えられている.Schnyder角膜ジストロフィは角膜実質内の脂質沈着が本態であり,Des-cemet膜や内皮細胞は影響を受けないとされてきたが,Freddoら6)はCSchnyder角膜ジストロフィの角膜切片を電子顕微鏡で調べた結果,実質とCDescemet膜の間にも脂質沈着を疑う多数の空間が存在することや,角膜内皮細胞の変性を確認している.山本ら7)はCSchnyder角膜ジストロフィに全層角膜移植を施行後に病理組織学的検討を行った結果,角膜実質のコラーゲン線維間に多数の空胞があり,その中に脂質と思われる電子密度の高い物質が沈着していること,また,実質細胞内と内皮細胞内に微細な空胞を電子顕微鏡で確認している.Arnold-Wornerら8)は,角膜実質と内皮細胞に脂質沈着を確認している.白内障術後に遅発性CDescemet膜.離が生じた報告を調べたところ,Schnyder角膜ジストロフィやCFuchs角膜ジストロフィを有する症例の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じた報告は確認できなかった.一方,梅毒性角膜白斑合併白内障症例で術中および術後C3週間後にCDescemet膜.離を生じた報告9)では,Descemet膜と角膜実質間の接着異常が原因と考按されている.また,顆粒状角膜ジストロフィに対するCPTK後の白内障術後に生じた合併症について検討した報告10)には,術後合併症にCDescemet膜.離はなかった.これらの既報をまとめると,PTK施行の有無にかかわらず,白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じることはきわめてまれであると考えられた.本症例のCDescemet膜.離時に前眼部COCTで確認されたDescemet膜下の貯留液は高輝度を呈しており,前房水とは交通していない脂質を含む貯留液であった可能性を考えた.すなわち,通常の白内障手術時に器械的に生じうる創口と連続したCDescemet膜.離ではなく,何らかの機序により遅発性にCDescemet膜下に貯留液を生じていたと考える.なお,前医で行われた右眼白内障術後に遷延した実質浮腫に対しては前眼部COCTでの確認を行っていなかったが,左眼と同様の臨床像を呈していた可能性も疑われた.Descemet膜.離は自然治癒した可能性もあるが,ステロイド点眼による抗炎症治療が奏効した可能性もあると思われた.以上の経過やデキサメタゾン点眼での抗炎症治療後に治癒した経過から考え,本症例で白内障術後にCDescemet膜.離が生じた背景として①CDescemet膜に脂肪が沈着しており角膜実質とCDes-cemet膜の接着が脆弱であったこと,②術後内眼炎症により角膜内皮細胞の機能が低下していたことのC2点を考えた.CIV結語PTK後の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験した.Schnyder角膜ジストロフィの白内障手術後に遅発性CDescemet膜.離の合併に留意する必要がある.このCDescemet膜.離に空気タンポナーデは著効ないが,自然経過あるいはステロイド点眼により治癒する視力予後良好な病態と考えた.文献1)VanWentJM,WibautF:EenzyeldzameerfelijkeHornv-liesaandoening.CNedCTydschrCGeneesksC68:2996-2997,C19242)Schnyder,WF:MitteilungCuberCeinenCneuenCTypusCvonCfamiliarerCHornhauterkrankung.CScweizCMedCWochenschrC59:559-571,C19293)WeissCJS,CKruthCHS,CKuivaniemiH:MutationsCinCtheCUBIAD1geneConCchromosomeCshortCarmC1,CregionC36,CcauseSchnydercrystallinecornealdystrophy.InvestOph-thalmolVisSciC48:5007-5012,C20074)WeissJS,KruthHS,KuivaniemiHetal:Geneticanalysisof14familieswithSchnydercrystallinecornealdystrophyrevealscluestoUBIAD1proteinfunction.AmJMedGenetA146A(3):271-283,C20085)小林顕:シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIAD1(解説).あたらしい眼科C27:337-339,C20106)FreddoCTF,CPolackCFM,CLeibowitzHM:UltrastructuralCchangesintheposteriorlayersofthecorneainSchnyder’scrystallinedystrophy.CorneaC8:170-177,C19897)山本純子,日比野剛,福田昌彦ほか:全層角膜移植術を行ったシュナイダー角膜ジストロフィのC1例.眼紀C51:C643-647,C20008)Arnold-WornerCN,CGoldblumCD,CMiserezCARCetal:Clini-calCandCpathologicalCfeaturesCofCaCnon-crystallineCformCofCSchnydercornealdystrophy.GraefesArchClinExpOph-thalmolC250:1241-1243,C20129)西村栄一,谷口重雄,石田千晶:両眼性デスメ膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOLC&RS24:C100-106,C201010)沼慎一郎:角膜ジストロフィのレーザー角膜切除術(PTK)と白内障手術の視力向上への有効性の検討.山口医学C61:C23-29,C2012C***

白内障手術に伴う広汎なDescemet膜剥離を両眼に生じSF6ガス前房内注入を要した1例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):699.702,2013c白内障手術に伴う広汎なDescemet膜.離を両眼に生じSF6ガス前房内注入を要した1例魚谷竜井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学BilateralLargeDescemet’sMembraneDetachmentOccurringafterCataractSurgeryandRepairedwithSulfurHexafluorideGasRyuUotaniandYoshitsuguInoueDivisionofOphthalmologyandVisualScience,TottoriUniversityFacultyofMedicine目的:白内障手術により両眼に広汎なDescemet膜.離を起こした症例を経験したので報告する.症例:87歳,女性.右眼白内障術後2日目に広範囲のDescemet膜.離を発症し紹介受診した.術後13日目にSF6(六フッ化硫黄)ガス右前房内注入を施行し,数日後に復位した.1年後,左眼白内障手術施行.術中より小範囲のDescemet膜.離を認め前房内空気注入し終了したものの,翌日,広汎なDescemet膜.離を発症した.術後13日目にSF6ガス前房内注入を施行し,数日後に復位した.結論:白内障手術による広汎なDescemet膜.離の発症には,何らかの器質的脆弱性が関与している可能性がある.治療にはSF6ガス前房内注入が有効と考えられる.Purpose:ToreportacaseofbilateralextensiveDescemet’smembranedetachmentthatoccurredaftercataractsurgeryandwasrepairedwithsulfurhexafluoridegas.Case:An87-year-oldfemalewasreferredtousduetosevereDescemet’smembranedetachment2daysafteruneventfulphacoemulsificationwithintraocularlensimplantationinherrighteye.Thirteendaysaftersurgery,sulfurhexafluoridegaswasinjectedintotheanteriorchamberandDescemet’smembranereattachedinafewdays.Oneyearlater,cataractsurgerywasperformedinherlefteye.LocalizedDescemet’smembranedetachmentoccurredduringsurgeryandairwasinjectedintotheanteriorchamberattheendofsurgery.Thedayaftersurgery,however,thepatientdevelopedextensiveDescemet’smembranedetachmentintheeye.Thirteendaysaftersurgery,sulfurhexafluoridegaswasinjectedintotheanteriorchamberandDescemet’smembranereattachedinafewdays.Conclusion:ThiscaseindicatesthatsomeunknownpathogenicvulnerabilitymayexistinthebackgroundofDescemet’smembranedetachmentaftercataractsurgery.Theinjectionofsulfurhexafluoridegasintotheanteriorchambermaybethemostefficacioustreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):699.702,2013〕Keywords:Descemet膜.離,両眼,白内障,手術,SF6ガス.Descemet’smembranedetachment,bilateral,cataract,surgery,sulfurhexafluoridegas.はじめに白内障手術においてDescemet膜.離は時に起こる合併症であるが,多くは限局性であり予後も良好とされている.しかし,両眼に生じる例や再発を繰り返す例も報告されており,器質的異常の関与が疑われているが,詳細な病態は不明である.筆者らは白内障手術にあたって両眼に広汎なDescemet膜.離を生じ,SF6(六フッ化硫黄)ガス前房内注入にて回復をみた1例を経験したので文献的考察を加え報告する.I症例患者:87歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:特記事項なし.〔別刷請求先〕魚谷竜:〒683-8504米子市西町36番地1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:RyuUotani,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,TottoriUniversityFacultyofMedicine,36-1Nishicho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(121)699 図1右眼術後6日目角膜全体に高度の浮腫を認める.現病歴:2009年1月中旬,近医にて右眼白内障手術を施行された.術前検査では角膜内皮細胞密度は2,000/mm2程度と異常は認めていなかった.術翌日の診察では異常を認めなかったが,術後2日目の起床時より高度の右眼視力低下を自覚し,同院を受診した.右眼角膜中央に浮腫を認め,翌日も増悪傾向を認めたため,鳥取大学医学部附属病院眼科外来に紹介受診となった.初診時所見:右眼視力40cm手動弁.右眼眼圧13mmHg.右眼角膜中央を中心に高度な浮腫を認めた(図1).結膜は充血軽度,前房内は透見困難のため炎症の程度は判定できなかった.家族歴:特記事項なし.既往歴:不整脈.経過:初診時,角膜浮腫の原因がはっきりせず,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome)の可能性も考え,まず消炎を図り経過をみた.点眼としてレボフロキサシン,ジクロフェナク1日4回,ベタメタゾン6回,さらにフラジオマイシン含有ベタメタゾン眼軟膏1回に加え,デキサメタゾン結膜下注射を隔日に施行し経過を観察した.1週間程度で角膜浮腫の軽快とともに広範囲のDescemet膜.離が認められることが明らかとなった(図2).自然軽快傾向はなく,追加治療が必要と判断し,術後13日目,SF6ガス前房内注入を施行した.具体的には点眼麻酔下で前房水0.05mlを取り,20%SF60.15mlを注入した.数日のうちに角膜の透明性は著明に改善し,全周にわたってDescemet膜接着がみられたが,中間周辺部の円周上に線状の瘢痕が残った(図3).術前手動弁であった視力は(0.8)まで改善し,ガス消失後も再.離の兆候はなかった.外来にて経過観察中であったが1年後,左眼について白内障手術の予定となった.左眼術前の両眼所見:視力は右眼0.5(0.8p),左眼0.15p(0.2).眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHg.角膜内皮細700あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013図2右眼術後13日目炎症の軽快により広範囲のDescemet膜.離が明らかとなっている.図3右眼SF6ガス注入後7日目Descemet膜は角膜実質に接着しているが,中間周辺部の円周上に線状の瘢痕が残っている.図4左眼術中所見吸引灌流に伴い角膜に皺襞が生じている.胞密度は右眼1,400/mm2,左眼2,500/mm2.左眼に皮質白内障を認め,瞳孔縁に偽落屑物質沈着を認めた.2010年1月中旬,左眼白内障手術を施行した.術式は強角膜切開での超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術であった.術中,前.染色の際に9時のサイドポートから虹彩脱出を認め,スパーテルによる修復を要した.また,吸引灌流に伴い,軽い吸引でも吸引方向に沿って角膜に皺襞が生じる(122) 図5左眼術後3日目角膜全体に高度の浮腫を呈し,広範囲にDescemet膜.離が認められる.ため(図4),強く吸引をかけるとDescemet膜.離を起こす危険性があるため十分な吸引ができなかった.手術終了に際し3時,11時の創口に小範囲のDescemet膜.離が認められたため,拡大予防のため空気0.08mlを注入し,眼球を動かして空気が確実に前房内に入っていることを確認し,手術を終了した.しかし,術翌日の診察時,左眼角膜全体に高度の浮腫を呈しており,視力は手動弁に低下していた.また,眼圧45mmHgと上昇を認めるにもかかわらず,細隙灯顕微鏡検査にて広汎なDescemet膜.離が確認された(図5).特に角膜中央部での.離が顕著で,術終了時に小.離を確認された創口部を含めて周辺部はむしろ接着しているようであり,.離したDescemet膜には亀裂は認めなかった.前房内に空気はしっかり留まっており,また,おそらく吸引不十分による粘弾性物質残存が原因と考えられる高眼圧があったにもかかわらず,中央部からDescemet膜が1塊のシートとして広汎に.離したと考えられた.その後点眼,デキサメタゾン結膜下注射にて消炎を図り経過を観察したが,Descemet膜の再接着傾向はなかった.そこで術後13日目にSF6前房内注入を施行した.前回同様,前房水0.05mlを取り,SF60.15ml前房内注入を施行した.その際Descemet膜と角膜実質の間にSF6ガスが入るのを予防するため,前房が十分にある状態で前房水採取用注射針とSF6ガス注入用注射針をDescemet膜.離のない角膜輪部2カ所からそれぞれ同時に穿刺し,注射針が2本とも前房内に到達していることを確認した状態で一方から前房水を採取し,ついでもう一方からSF6ガスを注入した.瞳孔ブロック予防のためアトロピンを点眼し,眼圧上昇予防のためアセタゾラミド内服を開始した.数日のうちにDescemet膜接着がみられ,右眼同様の円周上の瘢痕を残すものの,1週間程度で角膜の透明性は著明に改善した.SF6注入後は特に眼圧上昇はみられず,視力は左眼(0.3)まで改善した.角膜内皮細胞密度は右眼同様に低下(1,268/mm2)がみられ,また,術前と比較して虹彩の著明な萎縮を認めた(図6).以降再.離の兆候はなく,2013(123)図6左眼Descemet膜.離治癒後角膜浮腫は改善しているが,虹彩に著明な萎縮を認める.年8月の時点で視力は右眼(0.4),左眼(0.2),角膜内皮細胞密度は右眼1,425/mm2,左眼814/mm2となっている.II考按白内障手術においてサイドポートや切開創周辺に生じる限局的なDescemet膜.離は時折みられる合併症であるが,本症例のように術後広範囲にDescemet膜.離を生じる例はまれである.限局的なDescemet膜.離の場合,その原因は粘弾性物質や灌流液の層間への誤注入1,2),切れないメスの使用など術者側にある場合が多い.しかし,広範囲に生じる例では,患者側にDescemet膜と角膜実質間の接着異常など何らかの器質的異常がある可能性が考えられ,これまでの報告のなかでもさまざまな可能性が示唆されている.糖尿病患者では角膜実質とDescemet膜に接着異常があり,Descemet膜.離を生じやすいとされ3),梅毒性角膜白斑合併症例にて難治性のDescemet膜.離を繰り返した例では梅毒性角膜実質炎によって角膜実質深層からDescemet膜にかけて瘢痕を生じ,角膜の構築性変化によって角膜実質とDescemet膜の接着異常をきたしていた可能性が示唆されている4).一方,術前検査にて特記すべき異常を認めず,術後も数週間にわたって異常はなかったにもかかわらず,術後3.4週間目に両眼性の広範囲Descemet膜.離を生じた例が数例報告されており5,6),これらの症例では治療後も器質的脆弱性をきたす原因は特定されていない.本症例でも身体的基礎疾患はなく,術前検査でも偽落屑物質の沈着以外,内皮細胞も含め特記すべき眼異常所見は認めておらず,糖尿病や梅毒の既往もない.本症例では術中にサイドポートからの虹彩脱出を認め,Descemet膜.離治療後に著明な虹彩萎縮を認めた.これらのことから角膜,Descemet膜のみならず,虹彩も含めた発生学的に神経堤細胞由来の組織の異常を有していた可能性も考えられるが,やはり正確な病態は不明であり今後のあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013701 検討課題である.治療についてはこれまでに多様な報告がある.術中操作による小範囲のDescemet膜.離に対しては,拡大を予防するための前房内空気注入が推奨されている7)が,本症例では空気注入をして手術を終了したにもかかわらず,翌日さらに広範囲なDescemet膜.離を発症しており,何らかの器質的脆弱性を有すると思われる症例での広範囲なDescemet膜.離を治療するには空気注入では不十分であると考えられた.より強力にDescemet膜接着を促すため膨張性ガスとしてSF6と,より滞留時間の長いC3F8(八フッ化プロパン)の使用例が報告されている8.11).なかでもSF6前房内注入で復位が良好に得られた報告が多いが,眼圧上昇や角膜内皮障害の可能性から,その適応やガス濃度についての議論がある.20%SF6で眼圧上昇もなく復位も良好であったという報告が多い8,9)が,20%SF6でも眼圧上昇をきたしガス抜去が必要であった症例もある4).本症例では眼圧上昇はきたしていないが,アトロピン点眼の併用が有効であった可能性と,白内障手術術中の9時のサイドポートにおける虹彩損傷が周辺虹彩切除と同様の効果をもたらした可能性が考えられる.その他の治療法として角膜実質とDescemet膜を縫着する手術もあげられる12)が,手技が煩雑であり,気体注入にて復位が得られない場合の手段として検討すべきと考えられる.以上より,現在のところ20%SF6前房内注入が最も安全かつ効果の高い治療法と考えられるが,施行の際には散瞳剤の点眼など眼圧上昇を予防する処置を併用することが望ましいと考える.文献1)GraetherJM:DetachmentofDescemet’smembranebyinjectionofsodiumhyaluronate(Healon).JournalofOcularTherapy&Surgery3:178-181,19842)圓尾浩久,西脇幹雄:人工房水の誤注入による広範囲なDescemet膜.離を前房内空気置換によって復位できた1例.眼臨101:1177-1179,20073)永瀬聡子,松本年弘,吉川麻里ほか:手術操作に問題のない超音波白内障手術中に生じたDescemet膜.離.臨眼62:691-695,20084)西村栄一,谷口重雄,石田千晶ほか:両眼性デスメ膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOL&RS24:100-105,20105)CouchSM,BaratzKH:Delayed,bilateralDescemet’smembranedetachmentswithspontaneousresolution:implicationsfornonsurgicaltreatment.Cornea28:11601163,20096)GatzioufasZ,SchirraF,SeitzBetal:Spontaneousbilaterallate-onsetDescemetmembranedetachmentaftersuccessfulcataractsurgery.JCataractRefractSurg35:778-781,20097)佐々木洋:デスメ膜.離.臨眼58:28-33,20048)KremerI,StiebelH,YassurYetal:SulfurhexafluorideinjectionforDescemet’smembranedetachmentincataractsurgery.JCataractRefractSurg23:1449-1453,19979)野口亮子,古賀久大,藤田ひかるほか:広範囲Descemet膜.離が前房内SF6ガス注入により復位した症例.眼臨101:675-677,200710)山池紀翔,家木良彰,鈴木美都子ほか:白内障手術において広範囲のデスメ膜.離を呈し,前房内20%SF6ガス注入術が有効であった2症例.眼科47:1877-1880,200511)ShahM,BathiaJ,KothariK:RepairoflateDescemet’smembranedetachmentwithperfluoropropanegas.JCataractRefractSurg29:1242-1244,200312)AmaralCE,PalayDA:TechniqueforrepairofDescemetmembranedetachment.AmJOphthalmol127:88-90,1999***702あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(124)