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Good症候群に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):729.732,2015cGood症候群に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例林勇樹*1江川麻理子*1宮本龍郎*1三田村佳典*1木下導代*2武田美佐*2*1徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野*2徳島県立中央病院ACaseofGoodSyndromeComplicatedwithCytomegalovirusRetinitisYukiHayashi1),MarikoEgawa1),TatsuroMiyamoto1),YoshinoriMitamura1),MichiyoKinoshita2)andMisaTakeda2)1)DepartmentofOphthalmology,InstitutionofHealthBioscience,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,2)TokushimaPrefecturalCentralHospitalGood症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴い,免疫不全をきたす稀な疾患である.Good症候群にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を合併した1例を報告する.症例は59歳,男性.2カ月前から右眼視力低下が進行し,汎ぶどう膜炎の精査のため紹介となった.2週間前に胸腺摘出術を施行されていた.初診時視力は右眼(0.01),左眼(1.5),右眼に前房炎症,虹彩後癒着,硝子体混濁を認め,顆粒状の網膜滲出斑が眼底後極部に及んでいた.前房水PCRでCMV陽性でありCMV網膜炎と診断した.ガンシクロビル点滴および硝子体注射により病変は改善傾向となったが,内科で免疫グロブリンを定期投与された翌日に著明な硝子体混濁の悪化を繰り返した.さらに硝子体出血も生じ改善がないため硝子体手術を施行し炎症は沈静化した.免疫グロブリン投与により免疫回復ぶどう膜炎を生じたと考えられた.Goodsyndromeisararetypeofimmunodeficiencycharacterizedbyhypogamma-globulinaemiaandthymoma.WereportacaseofGoodsyndromecomplicatedwithcytomegalovirus(CMV)retinitis.A59-year-oldmalepresentedwithvisuallossinhisrighteyefor2months.Hehadundergonethymectomy2-weekspreviously,andwasreferredtoourhospitalforadetailedexaminationofpanuveitis.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand1.5OS.Slit-lampexaminationshowedsevereiritisandposteriorsynechia.Fundusexaminationshowedvitreousopacityandgranularretinitisspreadingintotheparafovea.SincethefindingsbypolymerasechainreactionanalysisofhisaqueoushumorwereCMVpositive,hewasdiagnosedwithCMVretinitis.Theocularfindingswereimprovedbyintravenousandintravitrealinjectionofganciclovir.However,severevitreousopacityrecurredafterintravenousadministrationofimmunoglobulin.Duetothedevelopmentofvitreoushemorrhage,avitrectomywasperformed,andtheretinitissubsided.Ourfindingssuggestthatimmunerecoverypostuveitiswasinducedbyintravenousimmunoglobulintherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):729.732,2015〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,Good症候群,免疫グロブリン静脈内投与,免疫回復ぶどう膜炎.cytomegalovirusretinitis,Goodsyndrome,intravenousadministrationofimmunoglobulin,immunerecoveryuveitis.はじめにGood症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴い免疫不全をきたす稀な疾患であるが,Good症候群に合併したサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎の報告は少ない1.4).近年,後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)患者に対して多剤併用療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)導入後に眼内炎症が悪化することが知られ,免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)とよばれる5).AIDS以外においても臓器移植後や悪性腫瘍に対する抗癌剤投与中にIRUを生じた報告も散見されるが6,7),その正確な機序は不明である.今回,Good症候群に合併したCMV網膜炎において,定期的な免疫グロブリン点滴によりIRUと考えられる眼内炎症悪化を繰り返した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林勇樹:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:YukiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima770-8503,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)729 I症例患者:59歳,男性.主訴:右眼の視力低下,飛蚊症.既往歴:半年前より肺炎による発熱を繰り返し,近医内科にて低ガンマグロブリン血症および胸腺腫を指摘された.Good症候群と診断され,2週間前に近医外科にて拡大胸腺摘出術を施行されていた.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2カ月前より右眼視力低下を,1カ月前から飛蚊症を自覚した.近医眼科で右汎ぶどう膜炎を指摘され,精査加療のため10月23日に当科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.01(矯正不能),左眼1.0(1.5×+0.5D(cyl.1.25DAx90°),眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHg,右眼前眼部には色素性の角膜後面沈着物と虹彩後癒着,強い虹彩炎を認めた.右眼眼底は高度の硝子体混濁を認め(図1a),顆粒状病変を伴う滲出病変が周辺網膜から黄斑部まで及んでおり,網膜出血も認めた.左眼は前眼部,中間透光体,眼底とも異常を認めなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では硝子体混濁のため血管炎の有無は明らかでなかった.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部に斑状のやや高輝度の病巣と網膜表面の不整を認め,中心窩近傍までの浸潤が疑われた(図1b).ab血液検査所見:白血球4,800/μl,CD4陽性Tリンパ球は407/μl(基準値344/μl以上),CD4/CD8比は0.6(基準値0.6.2.4)であった.IgGは613mg/dl,IgAは2mg/dl,IgMは1mg/dlと免疫グロブリンの低下を認めた.血中CMV抗原は陰性であった.経過:眼所見および免疫不全が背景にあり経過が比較的長いことからCMV網膜炎を疑い,前房水を採取しpolymerasechainreaicon(PCR)検査に提出した.病変が黄斑部まで及んでおり緊急性が高いと考え,10月24日にガンシクロビル(GCV)の硝子体注射(500μg/0.1ml)を施行した.翌日には硝子体混濁は軽減し,右眼矯正視力は(0.3)に回復した.同日よりGCV点滴(570mg/日)も開始した.しかし,10月29日に内科で免疫グロブリン15gを点滴投与された翌日に,右眼矯正視力は(0.07)と低下し硝子体混濁悪化を認めた.11月5日に前房水PCRの結果が判明し,CMVDNAが検出された.11月13日よりバルガンシクロビル(VGCV)内服(900mg/日)に変更した.11月19日には右眼矯正視力(0.5)と回復していたが,同日の免疫グロブリン点滴後に再度硝子体混濁が悪化し,11月22日には右眼矯正視力は指数弁まで低下した.さらに硝子体出血も生じ,硝子体混濁と出血が改善しないため,12月20日に25ゲージ硝子体手術+空気タンポナーデを施行,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術も併用した.手術中に採取した硝子体液のab図1初診時の右眼所見a:初診時の右眼眼底写真.高度の硝子体混濁を認める.b:初診時の右眼OCT(垂直断).黄斑部に斑状のやや高輝度の病巣と網膜表面の不整を認める.図28カ月後の右眼所見a:8カ月後の右眼眼底写真.黄斑前膜を認める.b:8カ月後の右眼OCT(垂直断).網膜浸潤は改善している.730あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(120) PCRでもCMV-DNAが検出された.手術後は免疫グロブリン点滴後も炎症の再燃は認めていない.視神経乳頭鼻側の網膜に新生血管を認めたため,翌年の2月10日に網膜光凝固術を施行した.その後はVGCV内服を漸減し,VGCV(450mg)を3日に1回投与の少量維持療法としている.初診から8カ月後の現在,右眼の矯正視力は(0.4),眼底およびOCTにて黄斑前膜は認めるが網膜炎は沈静化している(図2a,b).II考按Good症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴う疾患として1954年にGoodらにより報告された.体液性免疫および細胞性免疫が障害され,CD4陽性Tリンパ球の減少,CD4/CD8比の低下がみられる.副鼻腔や肺などの感染症を繰り返すが,胸腺摘出によっても免疫不全は解消されないため,定期的な免疫グロブリンの投与が必要である2,3).CMV網膜炎はおもにAIDSなどの免疫不全患者において,潜伏していたCMVが再活性化され日和見感染症として発症する.網膜に特徴的な顆粒状滲出斑を生じるが,前房や硝子体内の炎症所見は軽微であることが多い.一方,免疫低下が軽度な患者におけるCMV網膜炎では,典型的なCMV網膜炎の臨床像とは異なり,前房や硝子体に強い炎症がみられる場合がある8).本症例ではCD4陽性Tリンパ球は正常範囲にあり,免疫能が比較的保たれていたため,虹彩後癒着をきたすほどの強い虹彩炎と高度の硝子体混濁を生じたと考えられる.過去にGood症候群に合併したCMV網膜炎の報告は数例しかない1.4).AIDSと比較すると免疫低下が軽度なため,なかには比較的活動性のある網膜炎を認める例もあるが1,2),硝子体の炎症は軽度から中程度にとどまる報告が多い1.4).同じGood症候群のCMV網膜炎でも,免疫能の状態により硝子体の炎症には差異がある.IRUはCMV網膜炎の罹患のあるAIDS患者において,HAART導入によりCD4陽性Tリンパ球が増加し免疫機能が回復する過程に生じるぶどう膜炎として報告された5).臨床所見としては,硝子体の炎症を主体とし,黄斑前膜,黄斑浮腫,網膜新生血管を続発することがある5).IRUの詳細な機序は不明であるが,細胞性免疫の回復により,リンパ球が眼内に残存するCMV抗原に対して過剰な免疫反応を引き起こすためと考えられている9).また,AIDS以外でも臓器移植後や自己免疫疾患に対する免疫抑制剤投与,悪性腫瘍に対する抗癌剤投与中の免疫回復過程でIRUは生じうる6,7).本症例では,免疫グロブリン点滴投与により明らかに硝子体混濁が悪化しており,IRUと類似の機序によりぶどう膜炎が増悪したと考えられた.CMV網膜炎のみでは黄斑前膜を生じることは稀であり9),本症例で黄斑前膜や網膜新生血管が形成されたこともIRUの所見と一致する.過去の報告では,IRUに合併した黄斑前膜の組織学的検査において,Tリンパ球優位のリンパ球浸潤を認めることから,細胞性免疫による免疫反応がIRUの発症機序として推測されている9).しかしながら,本症例では免疫グロブリン投与により眼内炎症が悪化しており,IRU発症機序には体液性免疫も関与している可能性がある.また,IRUでは免疫回復に伴い硝子体の炎症悪化を認めるが9),今回のようにIRUによる硝子体の炎症悪化が複数回繰り返される例は稀である.CMV網膜炎の治療は抗ウイルス薬の全身投与が第一選択であり,骨髄抑制や腎障害のため全身投与が困難な場合や,病変が後極部に及ぶ場合には硝子体内投与を考慮する.萎縮網膜に裂孔を生じ網膜.離を合併した場合には硝子体手術が必要となる.IRUの治療は確立されていないが,ステロイドの全身投与や眼局所投与が報告されており10),黄斑前膜や黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が施行されている7,9).今回の硝子体混濁の原因は,免疫能低下が軽度のためCMV網膜炎自体によって引き起こされた炎症に加えて,IRUによる硝子体の炎症悪化が重なったと考えられる.硝子体手術によって炎症の場である硝子体を除去することで,免疫グロブリン投与による眼内炎症の再燃を防ぐことができた.CMV網膜炎やIRUにおいて硝子体混濁が強い場合には,早期の硝子体手術が有効であると思われた.免疫グロブリン療法は,低ガンマグロブリン血症などの免疫不全疾患の標準的治療であり,多くの自己免疫疾患の治療にも使用されている11).本症例のように軽度免疫低下があるなかで免疫グロブリン療法を施行される例はそう珍しいことではない.免疫グログリン製剤は感染予防や免疫調節作用などの多くの利点があるが,免疫グロブリン投与によりIRUを発症し視力障害を生じうることは十分に認識しておく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AssiAC,LightmanS:Clinicopathologicreports,casereports,andsmallcaseseries:cytomegalovirusretinitisinpatientswithGoodsyndrome.ArchOphthalmol120:510-512,20022)SenHN,RobinsonMR,FischerSH:CMVretinitisinapatientwithgoodsyndrome.OculImmunolInflamm13:475-478,20053)PopielaM,VarikkaraM,KoshyZ:CytomegalovirusretinitisinGoodsyndrome:casereportandreviewofliterature.BMJCaseRep.bcr02.1576,20094)ParkDH,KimSY,ShinJP:BilateralcytomegalovirusretinitiswithunilateralopticneuritisinGoodsyndrome.JpnJOphthalmol54:246-248,2010(121)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015731 5)KaravellasMP,LowderCY,MacdonaldCetal:Immunerecoveryvitritisassociatedwithinactivecytomegalovirusretinitis:anewsyndrome.ArchOphthalmol116:169175,19986)KuoIC,KempenJH,DunnJPetal:Clinicalcharacteristicsandoutcomesofcytomegalovirusretinitisinpersonswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthalmol138:338-346,20047)BakerML,AllenP,ShorttJetal:ImmunerecoveryuveitisinanHIV-negativeindividual.ClinExperimentOphthalmol35:189-190,20078)SchneiderEW,ElnerSG,vanKuijkFJetal:Chronicretinalnecrosis:cytomegalovirusnecrotizingretinitisassociatedwithpanretinalvasculopathyinnon-HIVpatients.Retina33:1791-1799,20139)KaravellasMP,AzenSP,MacDonaldJCetal:ImmunerecoveryvitritisanduveitisinAIDS:clinicalpredictors,sequelae,andtreatmentoutcomes.Retina21:1-9,200110)MorrisonVL,KozakI,LaBreeLDetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonideforthetreatmentofimmunerecoveryuveitismacularedema.Ophthalmology114:334-339,200711)KaveriSV,MaddurMS,HegdePetal:Intravenousimmunoglobulinsinimmunodeficiencies:morethanmerereplacementtherapy.ClinExpImmunol164(Suppl2):2-5,2011***732あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(122)