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発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1769.1772,2011c発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例森地陽子臼井嘉彦奥貫陽子坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisRecurrenceinFellowEye3and21YearsafterInitialOnsetYokoMorichi,YoshihikoUsui,YokoOkunuki,JunichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity発症から3年後および21年後の2回にわたり僚眼に再発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は39歳の男性で,1988年に右眼の霧視を自覚,当院を紹介受診し,単純ヘルペスウイルス(HSV)-ARNと診断された.その3年後,左眼に前眼部炎症と眼底周辺部に黄白色滲出斑を認めた.眼内液よりHSV-DNAが検出され,僚眼におけるARNの再発と考えられた.さらに18年後,左眼に前眼部炎症,硝子体混濁,眼底に黄白色の滲出病巣と網膜.離を生じ,眼内液よりHSV-2-DNAが4.7×102copy/ml検出され,ARNの僚眼における再発と診断した.まれではあるがARNは僚眼に再発することがある.原因としてはHSVの眼局所における再活性化の可能性が推測される.Wereportacaseofherpessimplexvirus(HSV)-relatedacuteretinalnecrosis(ARN)syndromethatrecurredinthefelloweyetwice─3and21yearsaftertheinitialonset.A39-year-oldmalepresentedwithblurredvisioninhisrighteyein1988.HewasdiagnosedwithARNcausedbyHSV.Threeyearslater,hislefteyeshowedanterioruveitiswithyellowish-whiteretinallesionsintheperipheryofthefundus.HSV-DNAwasdetectedintheintraocularfluid,leadingtoadefinitivediagnosisofARN.After18years,hislefteyeshowedanterioruveitis,vitreousopacity,yellowish-whiteretinallesionsofthefundusandretinaldetachment.HSV-2-DNA(4.7×102copy/ml)wasdetectedintheintraocularfluid.ARNrarelyrecursinthefelloweye.RecurrencemaybecausedbylocalreactivationofHSV.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1769.1772,2011〕Keywords:急性網膜壊死,単純ヘルペスウイルス,PCR法,再発.acuteretinalnecrosis,herpessimplexvirus,polymerasechainreaction,recurrence.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純へルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)により生じる視力予後不良な疾患である1,2).1986年にBlumenkrauzらは,ARNの34%が両眼に発症すると報告している3).わが国において,ARNの治療薬としてアシクロビルが使用され始めたのは1985年頃である4)が,アシクロビルの全身投与治療によりARNの両眼発症例の頻度は減少し,筆者らの過去の報告では8.8%1),英国における全国調査においても9.7%5)とアシクロビル治療導入前と比較して明らかに減少している.ARNが僚眼にも発症する場合,先発眼の発症からは比較的短期間のことが多いとされる4)が,長期経過後に発症する例も報告されている6.15).しかし,同一眼に複数回にわたって再発をきたす症例はきわめて少ない8,10).以前筆者らは,片眼発症から3年6カ月に発症したHSVによるARNの1例を報告している16)が,その症例が18年〔別刷請求先〕森地陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoMorichi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-shinjuku,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)1769 後,すなわち初診時から21年後に再度僚眼に再発をきたしたため,その臨床経過を中心に報告する.I症例患者:39歳,男性.主訴:右眼の霧視.既往歴:20年前に左眼ぶどう膜炎の診断を受けているが,その詳細については不明である.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:1988年2月に突然,右眼の霧視を自覚した.近医を受診した際にぶどう膜炎の診断を受け,東京医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介受診となった.初診時右眼発症時の眼所見と臨床経過:視力は右眼0.04(0.4×.1.50D),左眼0.8(1.0×.0.75D),眼圧は右眼36mmHg,左眼16mmHgであった.右眼には豚脂様角膜後面沈着物と前房内に中等度の炎症を認めた.視神経乳頭に発赤,腫脹がみられ,網膜動脈に沿った出血と黄白色滲出斑が眼底周辺部の広範囲にわたってみられた.左眼には20年前のぶどう膜炎によると思われる虹彩後癒着と白内障がみられ,眼底周辺部には網膜変性巣がほぼ全周にわたって観察された.蛍光眼底造影検査では右眼の広範囲に閉塞性網膜血管炎を思わせる所見を認め,左眼は散瞳不良のため撮影が困難であった.以上の眼所見よりARNを疑い,諸検査を施行したところ,右眼の前房水を用いて測定した抗体率Q値はHSVが18.9と高値を示した.また,同じく前房水を用いたdothybridization法によりHSV-DNAが検出されたが,VZVとサイトメガロウイルスは検出されなかった.なお,このときはHSVの型別検査は実施しなかった.その他,全身に異常所見は認められなかった.以上より本症をHSVによるARNと診断し,アシクロビルと副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を主体とした治療を開始した.しかし,治療開始2カ月後に右眼の網膜.離をきたしたため,輪状締結術を併用した硝子体手術を施行した.術後の経過は良好であったが,右眼発症後3年6カ月経過した1991年8月に僚眼である左眼の霧視を自覚し,当科を再受診となった.左眼(後発眼)発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼0.02(0.06×+16.00D),左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼16mmHgであった.左眼には角膜後面沈着物とともに中等度の虹彩毛様体炎,虹彩後癒着および白内障がみられた.僚眼におけるARNの再発が疑われたため,前房水を採取してpolymerasechainreaction(PCR)法を施行したところ,HSV-DNAが検出された.このときはHSVの型別検査は実施しなかった.PCR法施行後4日目より,左眼眼底周辺部に黄白色滲出斑と閉塞性血管炎が出現した.アシクロビル,インターフェロン-bの全身投与を行ったところ,1770あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011図1初発から21年後に2度目の再発をきたしたときの左眼眼底写真硝子体混濁と眼底の下方に黄白色滲出斑(矢印)および約1象限の網膜.離を認める(矢頭).3週間後には眼底の滲出斑は消失し,病変は鎮静化した.この左眼における再発時には糖尿病がみられたため,ステロイドの全身投与は行われなかった.なお,耐糖能異常以外には全身的な異常はみられず,特に免疫抑制状態を示唆する検査所見もみられなかった.先発眼である右眼は徐々に低眼圧となり,最終的に眼球瘻となっていった.その後,初発から21年経過した2009年2月,再び左眼の飛蚊症を自覚したため,再度当科を紹介受診となった.左眼の2度目の発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼光覚弁なし,左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼2mmHg,左眼11mmHgであった.左眼の眼底には硝子体混濁と眼底下方に黄白色滲出斑とともに約1象限の網膜.離がみられ,2週間後には.離が黄斑部に及び,矯正視力も0.1まで低下した(図1).検眼鏡的には観察可能な範囲内で明らかな網膜裂孔は検出されなかった.その他,糖尿病以外は全身に異常所見は認められなかった.再初診時に採取した左眼前房水からは,real-timePCR法でHSV-2-DNAが4.7×102copies/ml検出された.入院時よりアシクロビル2,250mg点滴/日,ベタメタゾン2mg点滴/日を9日間使用した.点滴開始後6日には網膜.離に対して輪状締結術を併用した硝子体手術およびシリコーンオイル注入術を施行した.術後,網膜は復位し,左眼矯正視力は0.1から0.6に改善した.退院後は塩酸バラシクロビル3,000mg内服/日を2カ月間,プレドニゾロン10mg内服/日を5日間継続した.2009年10月にシリコーンオイルを抜去し,その後1年経過した現在まで眼底所見の悪化はなく,左眼の矯正視力は0.8,眼圧は10mmHgで(108) 図22度の再発に対して治療を行った後の左眼眼底所見輪状締結術を併用した硝子体手術後,網膜は復位し,眼底所見は鎮静化している.ある(図2).II考按ARNにおける再発はまれであるが,その機序にはヘルペスウイルスの再活性化が推察されている17).再活性化の誘因として,宿主の細胞性免疫の低下,副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の使用,手術,外傷,高体温,紫外線曝露などが報告されている17.19).本症例においては,僚眼におけるいずれの再発作時にも全身的な異常を認めず,明らかな誘因を特定することは困難であった.ただし,2回目の再発時には年齢が63歳であったことから,加齢による免疫能の低下がHSVの再活性化に関与した可能性はあったかもしれない.ARNの両眼発症例では,先発眼発症から僚眼発症までの期間は1カ月以内の症例が全体の68.4%で,比較的短期間における発症が多いとの報告がある4).一方,今回筆者らが経験した症例のように,長期間経過した後に僚眼へ再発した報告も少ないながら散見される.筆者らが調べた限りでは,ARNが発症し10年以上経過した後に僚眼の再発をきたした症例はこれまでに10例の報告がある6.15).その内訳は,患眼発症から10年以上19年以内に僚眼へ発症をきたした症例が5例6.10),20年以上経過した後に僚眼へ発症をきたした症例が5例11.15)であった.しかし,これら10症例のうち,浦山らが初めてARNを報告した1971年20)以前に先発眼が発症した症例が7例6,7,9,10,13.15)を占め,さらに,いずれの症例についても先発眼に対するウイルス学的検索は行われておらず,真にARNを罹患した長期経過後の再発例であったか否かは不明である.このように初発時に眼内液からウイ(109)ルスの同定が可能であった報告は乏しいが,今回筆者らが経験した症例では1988年の初発時と,その後2回の再発時において,いずれも眼内からHSVが同定され,その経過を追跡することができた.なお,本症例では詳細は不明であるが,当科を初診した1988年より約20年前にも左眼のぶどう膜炎を指摘されており,当科初診時にはすでに虹彩後癒着,併発白内障,および眼底周辺部の変性巣が存在していた16).ARNの両眼発症例のうち,僚眼における2回以上の発症はきわめてまれである10)が,初発時より20年前の左眼におけるぶどう膜炎もHSVに起因した炎症であったと仮定すると,本症は左眼に計3回の発症をくり返したことになる.ARNの視力予後は,real-timePCR法で測定される原因ウイルスのコピー数と相関するという報告がある21,22).特に原因ウイルスが104copies/ml以上の場合には,経過中に網膜壊死病巣が眼底の後極付近まで進行することが多いという23).一方,ウイルスが102.3copies/mlの際には網膜壊死病巣は眼底周辺部に限局し,薬物療法のみでも視力予後が良好なことがあるという23).本症例の先発眼における視力は光覚弁なしときわめて不良であったのに対し,後発眼の最終矯正視力は0.8と良好であった.これは後発眼のウイルスコピー数が柞山らの報告24)と同様,前房水中で102copies/mlと比較的少なかったため,良好な視力予後となった可能性が考えられた.いずれにしても,ARNでは長期経過の後に僚眼を含めた再発の可能性があることを念頭に置く必要があると考えられた.III結語片眼発症から3年後および21年後に僚眼に発症したHSVによるARNの1例を経験した.まれではあるがARNは僚眼にくり返し発症することがある.文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20083)BlumenkrauzMS,CulbertsonWW,ClarksonJGetal:Treatmentoftheacuteretinalnecrosissyndromewithintravenousacyclovir.Ophthalmology93:296-300,19864)坂井潤一,頼徳治,臼井正彦:桐沢・浦山型ぶどう膜炎(急性網膜壊死)の抗ヘルペス療法と予後.眼臨85:876881,19915)MuthiahMN,MichaelidesM,ChildCSetal:Acuteretinalnecrosis:anationalpopulation-basedstudytoassesstheincidence,methodsofdiagnosis,treatmentstrategiesandoutcomesintheUK.BrJOphthalmol91:1452あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111771 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