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健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(103)675《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):675.678,2010cはじめに真菌性眼内炎は,外科手術や悪性疾患など全身的な重症疾患があり,その管理のために経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimentation:IVH)や,静脈カテーテルなどが挿入されている患者(compromisedhost)にみられることが多い.しかし今回,このような臨床経過がない健康な中年女性に両眼性の真菌性眼内炎が発症し,原因不明のぶどう膜炎として副腎皮質ステロイド薬の投与が行われ,急速に炎症の増悪をひき起こす結果となった症例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,女性.主訴:右眼視力低下,左眼霧視.現病歴:平成20年7月22日から24日にかけて38.5℃の発熱と頭痛が出現.28日右眼視力低下,29日左眼霧視を自〔別刷請求先〕岩瀬由紀:〒238-8558横須賀市米が浜通1-16横須賀共済病院眼科Reprintrequests:YukiIwase,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyousaiHospital,1-16Yonegahamadouri,YokosukaCity,Kanagawa238-8558,JAPAN健康な女性に発症した両眼性の真菌性眼内炎の1例岩瀬由紀*1竹内聡*1竹内正樹*2野村英一*2西出忠之*2石原麻美*2林清文*2中村聡*2水木信久*2*1国家公務員共済組合連合会横須賀共済病院眼科*2横浜市立大学医学部眼科学教室EndogenousFungalEndophthalmitisinaFemalewithNoPriorHistoryYukiIwase1),SatoshiTakeuchi1),MasakiTakeuchi2),EiichiNomura2),TadayukiNishide2),MamiIshihara2),KiyofumiHayashi2),SatoshiNakamura2)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyousaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例は56歳の健康な女性.平成20年7月22日,発熱,頭痛出現.28日右眼視力低下,29日左眼霧視を自覚し,30日前医受診.VD=(0.01),VS=(0.6),両眼前房内炎症細胞,角膜後面沈着物,雪玉状硝子体混濁,網脈絡膜滲出斑を認めた.サルコイドーシスを疑い副腎皮質ステロイド薬の内服を開始したが改善せず,両眼ステロイド薬のTenon.下注射が追加された.しかし前房内炎症,硝子体混濁は改善せず,むしろ増悪が認められたため,8月19日横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.当院初診時,視力は両眼手動弁.両眼底に網脈絡膜滲出斑と濃厚な羽毛状硝子体混濁を認めた.両眼性の真菌性眼内炎を疑い抗真菌薬を開始したが,硝子体混濁の改善を得られず両眼硝子体手術に至った.硝子体液よりScedosporiumapiospermumが分離培養された.A56-years-oldfemalewithnopriorhistorydevelopedacutefeverandheadache.Aboutoneweeklatershenotedblurringinbotheyesandconsultedadoctor.Hercorrectedvisualacuitywas0.01rightand0.6left.Shepresentedwithanteriorgranulomatousuveitis,vitreousopacityandretinochoroidalexudatesinbotheyes.Becauseshewasdiagnosedwithsarcoid,shewastreatedwithtopical,oralandperiocularsteroids.Shealsoreceivedsub-Tenonsteroidinjection.Shetookaturnfortheworse,however,sowasreferredtoourhospital.Visualacuitywashandmotion.Fundusexaminationshowedfluffyopacitiesinthevitreousandretinalgranulomasinbotheyes.Shewastreatedwithintravenousantifungalagentsontheassumeddiagnosisoffungalendophthalmitis.Wecouldobtainnoimprovementofvitreousopacity,sosheunderwentvitrectomy.VitreousculturewaspositiveforScedosporiumapiospermum.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):675.678,2010〕Keywords:健常人,真菌性眼内炎,Scedosporiumapiospermum.healthywomen,fungalendophthalmitis,Scedosporiumapiospermum.676あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(104)覚し近医受診,両眼性のぶどう膜炎と診断.30日に前医受診.視力は右眼矯正0.01,左眼矯正0.6.両眼に前房内炎症,角膜後面沈着物,雪玉状硝子体混濁,網脈絡膜滲出斑が認められた.サルコイドーシスを疑われ,リン酸ベタメタゾンの点眼および副腎皮質ステロイド薬(プレドニゾロン30mg/日)の内服が開始されたが改善せず,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が追加された.しかし症状は増悪し8月19日,横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.既往歴:平成3年肺結核,平成6年胸膜炎.ペット飼育歴:なし.渡航歴:16回の海外渡航歴があるが,森林地帯など動植物との濃厚な接触はなし.初診時眼科所見:視力は両眼手動弁.両眼に微塵様角膜後面沈着物,前房内炎症細胞3.4+,隅角に前房蓄膿がみられた.両眼底には網脈絡膜滲出斑と濃厚な硝子体混濁があり,一部羽毛状であった.網膜電図は両眼とも減弱型,Bモードエコーでは,混濁した硝子体の陰影と後部硝子体.離がみられたが網膜.離はなかった.検査所見:血液検査では白血球の軽度の上昇があったが,C反応性蛋白は正常範囲内であった.肝機能,腎機能,耐糖能に異常はなかった.ACE(アンジオテンシン変換酵素)8.1U/l,Ca(カルシウム)10.0mg/dl,b2-ミクログロブリン1.10mg/lとサルコイドーシスを疑う所見は得られなかった.b-d-グルカンは基準値以下,感染症はHBs(B型肝炎表面)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体とも陰性.腫瘍マーカーはCEA(癌胎児性抗原),CA(糖鎖抗原)19-9ともに基準値内であった.胸部CT(コンピュータ断層撮影)では,右肺底部に空洞性病変がみられ,陳旧性の炎症病変と考えられた.両側肺門リンパ節腫脹は認めなかった.腹部CTでは,肝臓,胆.,膵臓に異常所見はみられなかった.左腎盂から腎盂尿管移行部に結石を認めた.頭部MRI(磁気共鳴画像)では,慢性虚血性変化と考えられる右頭頂葉にT2,FLAIRで点状の異常高信号域を認めたが,悪性リンパ腫など腫瘍を疑う所見はなかった.PET(ポジトロン断層撮影法)では,両眼部,右肩関節,肝臓に限局性の集積を認めた.経過:全身的に真菌血症を示唆する所見がなく,末梢血中b-d-グルカンは陰性であったが,副腎皮質ステロイド薬に対する反応が乏しいこと,および眼底所見より,両眼性の真菌性眼内炎を疑い,8月22日よりホスフルコナゾール400mg/日の点滴を開始した.10日間抗真菌薬を投与したが硝子体混濁の改善はみられず,診断および加療目的から9月1日右眼,4日左眼の硝子体手術を施行した.硝子体は高度に混濁しており,後極部の網膜血管の狭細化,網膜浮腫がみられた.網膜表面には白色膿が広範囲に付着しており,網膜内から硝子体へ播種している病巣もみられた.手術時に採取した硝子体液中のb-d-グルカンは右眼361.4pg/ml,左眼127.7pg/mlと高値であった.異型細胞や結核PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は陰性.ウイルス抗体率(Q値)は,HSV(単純ヘルペスウイルス):右眼0.41,左眼0.36,VZV(水痘帯状疱疹ウイルス):右眼0.56,左眼0.40,CMV(サイトメガロウイルス):右眼1.40,左眼0.98といずれも有意な上昇はみられなかった.硝子体病理組織で,PAS(過ヨウ素酸シッフ)染色とGrocott染色に陽性の真菌様構造物が認められ,硝子体灌流液の培養検査にてSporothrixschenkiiと形態学的に同定されたため,9月23日よりイトラコナゾール200mg/日内服へ変更した.その後,両眼とも増殖硝子体網膜症に進行し,9月27日図1網膜から硝子体に立ち上がる羽毛状硝子体混濁図2硝子体灌流液の培養分生子柄から球形の分生子が生じている.ラクトフェノールコットン青染色,400倍.(105)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010677左眼,10月9日右眼の増殖硝子体網膜症手術(シリコーンオイル全置換)を施行した.10月1日,左尿管結石症を発症し,排尿時に約5.0×2.5mm大の組織片を排出した.病理,培養検査にて形態学的にSporothrixschenkiiの菌塊と診断された.その後,硝子体より分離された真菌の分子生物学的同定を千葉大学真核微生物研究センターへ依頼したところ,Sporothrixschenkiiではなく,Scedosporiumapiospermumと同定された.さらなる全身的な精査,加療目的のために10月23日当院感染症内科に転科し,現在まで真菌性眼内炎の再発はない.視力は術後9カ月時点において,両眼矯正0.07まで回復している.II考按副腎皮質ステロイド薬の投与により悪化した本症例では細菌性眼内炎や結核性ぶどう膜炎の可能性も考えられたが,比較的緩徐な経過であること,ツベルクリン反応は陰性であったこと,胸部CT所見において活動性のある結核病変はみられないこと,および眼底所見を総合し,筆者らは真菌性眼内炎を疑い治療を開始した.真菌性眼内炎には外因性と内因性がある.外傷などにより発症する外因性真菌性眼内炎は減少傾向にあるが,IVHの普及に伴い内因性真菌性眼内炎は近年増加している.本症例は,眼外傷や手術,処置の既往はなく,両眼性に発症しており,内因性真菌性眼内炎と考えられた.病期は両眼とも石橋分類のⅢbであった.抗真菌薬による治療を開始したが,硝子体混濁の改善はみられず,硝子体手術に至った.術中所見は濃厚な硝子体混濁に加え,網膜血管の狭細化,網膜浮腫などがみられ網膜の傷害が大きかった.手術時に採取した硝子体液中のb-d-グルカンは高値を示し,硝子体灌流液の分離培養検査で最終的にScedosporiumapiospermumが同定されたことにより,真菌性眼内炎の確定診断を得た.硝子体中のb-d-グルカンの正常値は,真保らによると,10pg/ml以下と報告されている1).本症例の原因菌となったScedosporiumapiospermumは真菌類,子.菌門,ミクロアスクス目,ミクロアスクス科の1菌種で,無性世代である.本菌は土壌など自然界に生息し,空中に浮遊する分生子の吸入,または貫通性外傷を受けた局所への真菌要素の直接接種により生体に侵入し病変を生じると考えられている.この菌による感染症は一般にシュードアレシェリア症と総称されており,菌腫症(mycetoma)の一病型である深在性皮膚真菌症の起因菌の一つとして知られていた2).近年は,日和見真菌感染として注目されている3.6).しかし,Scedosporiumapiospermumによる内因性眼内炎の報告はわが国ではなく,全世界においても十数例ときわめてまれである7).しかしこれらの症例は,臓器移植後や大動脈弁置換術後,膠原病に対し免疫抑制薬や副腎皮質ステロイド薬の全身投与患者,急性リンパ性白血病など免疫機能の低下した患者,気管支拡張症など呼吸器疾患が背景にあった.一方本症例では,軽度の白血球の上昇以外,肝機能,腎機能,耐糖能に異常はなく,感染症や腫瘍マーカーは陰性であった.CTでも肺結核後の空洞性病変および左腎結石以外に明らかな腫瘍や炎症性病変は認めなかった.PETでは両眼部,右肩関節,肝臓に限局性の集積を認めたが,整形外科で右肩関節周囲炎として加療され,肝臓への集積に関しては,腹部エコー,腹部CTでは異常所見は認めなかった.健常成人に播種性に,全身へ感染巣を形成した報告はまれであり貴重な症例といえる.本症例における感染経路であるが,多くの海外渡航歴があるも動植物との濃厚な接触はない.明らかな皮膚病変は認められなかったが,本人も気づかない小外傷から本菌が侵入し,真菌血症となり,眼内や尿管へ病巣を形成した可能性があるかもしれない.あるいはシュードアレシェリア症による肺感染症は,気管支拡張病変や.胞,肺結核後の空洞病変に本菌が吸入され感染するとされており,肺結核後の空洞性病変に本菌が吸入感染し,肺病変から全身へ播種し,眼内炎,尿管結石症を発症した可能性も考えられる.しかし気管支鏡検査にて施行した生検からは本菌は分離されていない.これまで報告された症例での視力予後は不良であり,眼症状発現後数カ月で敗血症や多臓器不全となり死亡している7).Maertensらは,本菌による死亡率は90%と報告している8).生命に関わる全身性の真菌感染症の再発を予防するため,本疾患では抗真菌療法の継続が必要であると考え,Scedosporiumapiospermumに有効とされるボリコナゾールの内服を現在も継続している.一般に内因性真菌性眼内炎の背景には,全身的な重症疾患があり,IVHや静脈カテーテルなどが挿入されていることが多い.このよう経緯があれば,特徴的な臨床所見とあわせて診断は比較的容易である.しかし本症例は健康な女性であり,原因不明のぶどう膜炎として,副腎皮質ステロイド薬の局所および全身投与が行われ,急速に炎症の増悪をひき起こす結果となった.原因不明の内眼炎では,真菌性眼内炎の可能性も考慮し,副腎皮質ステロイド薬の全身投与は十分慎重に検討しなくてはならないと考えられた.文献1)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,20022)伊藤章:アレシュリオーシス.日本臨牀領域別症候群別冊24:384-386,19993)CohenJ,PowderlyWG:InfectionsDisease.2ndedition,p1162,Mosby,Edinburgh,2004678あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(106)4)MandellGL,BennettJE,DolinR:Principlesandpracticeofinfectiousdisease.5thedition,p2772-2780,ChurchillLivingstone,Philadelphia,20005)RajR,FrostAE:Scedosporiumapiospermuminalongtransplantrecipient.Chest121:1714-1716,20026)渡辺健寛,小池輝元,今給黎尚幸ほか:Scedosporiumapiospermumによる肺感染症の2症例.日呼外会誌20:620-624,20067)LaroccoAJr,BarronJB:EndogenousScedosporiumapiospermumendophtalmitis.Retina25:1090-1093,20058)MaertensJ,LagrouK,DeweerdtHetal:DisseminatedinfectionbyScedosporiumprolificans:anemergingfatalityamonghaematologypatients:casereportandreview.AnnHematol79:340-344,2000***