‘淋菌性結膜炎’ タグのついている投稿

淋菌性結膜炎と鑑別を要したモラクセラ結膜炎の1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):834.836,2013c淋菌性結膜炎と鑑別を要したモラクセラ結膜炎の1例加藤陽子*1中川尚*2秦野寛*3水木信久*4*1浦賀病院眼科*2徳島診療所*3ルミネはたの眼科*4横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofMoraxellaConjunctivitisDistinguishedfromGonococcalConjunctivitisYokoKato1),HisashiNakagawa2),HiroshiHatano3)andNobuhisaMizuki4)1)DepartmentofOphthalmology,UragaHospital,2)TokushimaEyeClinic,3)RumineHatanoEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMadicineモラクセラ結膜炎の成人例を経験したので報告する.症例は44歳,女性.1週間前から右眼の異物感,掻痒感,眼脂の症状があり,初診時,軽度の粘液膿性の眼脂と結膜充血,浮腫がみられた.眼脂の塗抹検鏡で多数の好中球とグラム陰性双球菌が認められた.臨床的には淋菌性結膜炎は考えにくかったが,塗抹所見より淋菌性結膜炎も否定できないと考え,モキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始した.3日目には充血,浮腫は軽減し眼脂も減少した.細菌培養ではMoraxellacatarrhalisが検出された.淋菌とMoraxellacatarrhalisはともにグラム陰性双球菌で,塗抹所見上鑑別が困難である.結膜炎を起こすグラム陰性双球菌として,淋菌以外にMoraxellacatarrhalisも念頭におく必要がある.診断に際しては臨床所見と検査所見の整合性を考慮することが重要である.WereportanadultcaseofMoraxellaconjunctivitis.A44-year-oldfemalepresentedwithforeignbodysensation,itchinganddischargeinherrighteye.Examinationrevealedmildmucopurulentdischarge,conjunctivalhyperemiaandedema.SmearmicroscopicexaminationdisclosedalargenumberofneutrophilsandGram-negativediplococci.Althoughgonococcalconjunctivitiswasconsideredonthebasisofclinicalpresentation,thepossibilityofMoraxellawasnotcompletelyruledoutduetothesmearmicroscopicfindings;eyedropsofmoxifloxacinandcefmenoximewereinitiated.Improvementinhyperemia,edemaanddischargewasnotedaftereyedropcommencement.BacterialculturedetectedMoraxellacatarrhalis.NeisseriagonorrhoeaeandMoraxellacatarrhalisarebothGram-negativediplococciandcannoteasilybedistinguishedbysmearexamination.ThepossibilityofMoraxellacatarrhalisshouldalsobeconsideredwhenGram-negativediplococciaredetectedinapatientwithconjunctivitis.Diagnosisshouldbemadeaftertakingintoaccounttheconsistencybetweenclinicalandlaboratoryfindings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):834.836,2013〕Keywords:モラクセラ結膜炎,淋菌性結膜炎,グラム陰性双球菌.Moraxellaconjunctivitis,gonococcalconjunctivitis,Gram-negativediplococci.はじめに結膜炎の起炎菌となるグラム陰性双球菌は,おもに淋菌である.その他,まれではあるが,髄膜炎菌もある.一方,呼吸器感染症の主要な起炎菌であるMoraxellacatarrhalis(M.catarrhalis)も結膜炎をきたすことがある.結膜炎における起炎菌の診断には,塗抹検鏡は有用な方法であるが,形態学的な診断法であるため,類似した細菌の鑑別には限界がある.今回,塗抹検鏡上鑑別が必要であった,モラクセラ結膜炎の成人例を経験したので報告する.なお,M.catarrhalisについては,Branhamellacatarrhlisと表記されることもあるが,本症例ではM.catarrhalisとする.I症例患者:44歳,女性.主訴:右眼の異物感,掻痒感,眼脂.既往歴:42歳時甲状腺眼症.現病歴:平成23年4月5日から右眼の異物感,掻痒感を自覚,眼脂がみられ,4月12日,横浜市立大学病院を受診した.初診時所見:右眼の球結膜充血,浮腫(図1),眼瞼腫脹と〔別刷請求先〕加藤陽子:〒239-0824横須賀市西浦賀1丁目11番地1号浦賀病院眼科Reprintrequests:YokoKato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UragaHospital,1-11-1Nishiuraga,Yokosuka-shi,Kanagawa239-0824,JAPAN834834834あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(112)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1前眼部所見初診時,球結膜充血,浮腫を認めた.瞼結膜に濾胞,乳頭は認めなかった.粘液性眼脂がみられた.瞼結膜に濾胞,乳頭はみられなかった.角膜は正常であった.検査および経過:眼脂の塗抹検鏡の所見では,多数の好中球とグラム陰性双球菌,グラム陽性桿菌がみられた(図2).グラム陰性双球菌は,一部好中球による貪食像も観察された.塗抹所見の特徴から,淋菌の可能性が高いと考えられた.結膜炎は比較的軽度で,膿性眼脂もみられず,眼瞼浮腫も強くないことから,淋菌性結膜炎は考えにくかったが,塗抹所見より淋菌の可能性も否定できないため,モキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始した.治療開始3日目には,結膜充血,浮腫は軽減し,眼脂も減少した.細菌培養ではb-ラクタマーゼ陽性のM.catarrhalisが検出された.なお,本症例では薬剤感受性試験は行わなかった.その後通院なく経過は不明であった.II考按M.catarrhalisは,グラム陰性双球菌で上気道の常在菌である.かつては免疫不全状態でみられる肺炎や敗血症の起炎菌としてまれに報告されていたが,近年は慢性気道感染症の主要起炎菌の一つとされている.その他,副鼻腔炎,中耳炎などの起炎菌としても報告されている1,2).過去の文献によれば,モラクセラ結膜炎は,細菌性結膜炎の2.5.3%にあたるとされており,発症のほとんどは新生児や6歳以下の小児であるが,まれに70歳以上の高齢者にもみられる3,4).しかし,実際の日常臨床で遭遇することはまれで,近年の細菌性結膜炎の分離菌に関する報告をみても,ほとんど分離されていない.モラクセラ結膜炎の臨床像は一般的な細菌性結膜炎の所見で,カタル性結膜炎を示すといわれている.90.100%が(113)図2グラム染色多数の好中球とグラム陰性双球菌,グラム陽性桿菌が認められた.b-ラクタマーゼを産生することから5),本酵素に安定なセフェム系,ニューキノロン系などの抗菌薬が有効である.結膜炎を起こすグラム陰性双球菌は,M.catarrhalisの他に淋菌や髄膜炎菌があるが,起炎菌としては,淋菌がほとんどを占める.塗抹検鏡は,結膜炎の迅速病因診断法として有用な検査であるが,あくまで形態学的な診断法であるため,類似した細菌の鑑別には限界がある.M.catarrhalisと淋菌は,形態や染色性がきわめて類似しており,顕微鏡所見では区別できないといわれ6),成人例では鑑別が困難である.新生児の結膜炎に関しては,発症する日齢が鑑別診断として重要である.淋菌は産道感染であり2.4日,モラクセラは7.10日以降と考えられている7).グラム陰性双球菌がみられ,代表的菌種である淋菌を考えて治療を開始したが,臨床的には否定的であった.塗抹検鏡では,頻度的に少なくても類似した菌の鑑別にも注意が必要であり,臨床所見と塗抹所見の整合性を考慮して診断することが重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)松本哲哉:市中肺炎の病原微生物─一般細菌─.最新医学63:371-377,20082)鈴木賢二,黒野祐一,小林俊光ほか:第4回耳鼻咽喉科領域感染症臨床分離菌全国サーベイランス結果報告.日本耳鼻咽喉科感染症研究会会誌26:15-25,20093)坂本則敏:ブランハメラ・カタラーリス結膜炎─小児および老人における結膜炎の原因として─.あたらしい眼科6:1067-1069,19894)西原勝,井上慎三,松村香代子:細菌性結膜炎におけるあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013835 検出菌の年齢分布.あたらしい眼科7:1039-1042,1990学書院,19985)川上健司:b-ラクタマーゼ産生モラキセラ・カタラーリス7)渡辺純子,稲田紀子,立花敦子ほか:淋菌結膜炎との鑑別感染症.医学のあゆみ208:29-32,2004を要した新生児モラクセラ結膜炎─いわゆる偽淋菌結膜炎6)中山宏明:細菌学各論.微生物学第7版,p209-211,医─.眼科53:137-142,2011***836あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(114)