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感受性期間以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1783.1785,2011c感受性期間以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例村上純子*1村田恭子*1阿部考助*2下村嘉一*2*1咲花病院眼科*2近畿大学医学部眼科学教室ACaseofAnisometropicAmblyopiaTreatedduringPost-sensitivePeriodfollowingVisualRe-degradationJunkoMurakami1),KyokoMurata1),KosukeAbe2)andYoshikazuShimomura2)1)DivisionofOphthalmology,SakibanaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine18歳,男性の遠視性不同視弱視の症例を報告する.症例は3歳から矯正眼鏡と健眼遮閉などの治療を行い,矯正視力は両眼とも(1.0)に,立体視は40秒に改善したが,9歳以降は眼鏡を自己判断で使用しなくなり来院が途絶えたため,その後の経過は不明であった.18歳になって来院した同症例の,弱視眼の視力は(0.6)に低下していた.本人の希望により矯正眼鏡と健眼遮閉による治療を開始したところ,2カ月で(1.0)に改善し,20歳でも良好な状態を維持している.不同視差は弱視眼の球面度数の減少により小児期に減少したが,青年期には健眼の近視化により再び増加していた.Wereporta18-year-oldmaleadolescentcaseofhyperopicanisometropicamblyopia.Thepatienthadbeentreatedwitheyeglasscorrectionofrefractiveerrorandpatchingofthehealthyeyefromthreeyearsofage.Althoughhisvisualacuityandstereoacuityhadimproved,hestoppedwearingspectaclesatnineyearsofage,disruptingthetherapy.Whenhereachedeighteenyearsofage,hereturnedtothehospital.Wefoundretrogradationofthevisualacuityoftheamblyopiceye.Inaccordancewithhiswishes,wereinitiatedeyeglasscorrectionandpatching.Bytwomonthlater,hehadregainednormalvisualacuity,whichhassubsequentlybeenretainedformorethanayear.Theanisometropicdifferencedecreasedinchildhoodbecausesphericaldiopterreductionintheamblyopiceye,butitincreasedinadolescencebecauseofsphericaldiopterdecreaseinthehealthyeye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1783.1785,2011〕Keywords:不同視弱視,成人,感受性期,遠視,可塑性.anisometropicamblyopia,adult,sensitiveperiod,hyperopia,plasticity.はじめに視覚の発達には感受性期間があることが広く知られており,不同視弱視や屈折異常弱視は早期に適切な診断と治療が行われ,本人および家族の協力が得られれば,良好な視機能を獲得できることがわかっている1).一方,感受性期間を過ぎた青年期や成人では治療に反応しにくいといわれていた.しかし,成人や年長児における弱視眼の改善の可能性についても報告がある2,3).今回筆者らは,小児期に治療を行い視力が改善していたにもかかわらず,その後の屈折矯正治療を継続せず,青年期に再び視力の低下をひき起こしていた症例を経験したので報告する.I症例患者:18歳,男性.主訴:左眼の視力改善を希望.現病歴:3歳10カ月時に咲花病院眼科を受診し,左眼の不同視弱視と診断.矯正眼鏡と健眼遮閉治療を行い,4歳1カ月時に弱視眼は1.0に向上した.9歳時には自己判断により眼鏡を装用せず来院しなくなった.18歳時,警察学校の入学を希望し入学基準を満たすため,左眼の視力向上を希望し来院した.初診時所見(3歳10カ月):視力はVD=1.0(1.0×sph+〔別刷請求先〕村上純子:〒594-1105大阪府和泉市のぞみ野1-3-30咲花病院眼科Reprintrequests:JunkoMurakami,DivisionofOphthalmology,SakibanaHospital,1-3-30Nozomi-no,Izumi-shi,Osaka594-1105,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)1783 1.50D),VS=0.3(0.3×sph+4.00D),調節麻痺(1%cycloa:視力pentolate,サイプレジンRを使用)後はVD=1.0(1.5×sph1.5+1.50D),VS=0.3(0.4×sph+4.50D)であった.眼位は遮1.2閉試験にて正位,4プリズムジオプトリー(Δ)基底外方試験1.0では両眼中心固視であり,抑制暗点を認めなかった.TNOstereotestによる立体視は480秒であった.弱視治療経過(3歳10カ月.18歳6カ月):不同視弱視の小数視力0.60.3診断にて,眼鏡の装用と1日4時間の健眼遮閉を開始し,4歳1カ月には左眼矯正視力は1.0に,立体視は40秒に改善した(図1a,b).6歳で,字ひとつ視力と字づまり視力の差がなくなった.その後,9歳になるまで良好な視力と立体視を維持した.調節麻痺後の球面度数は3歳から9歳までの間に,右眼は0.25D,左眼は2.00Dの減少が認められた(図1c).7歳ごろから眼鏡を故意に忘れたり,処方どおりでない眼鏡を使用するなどコンプライアンスが悪化し,9歳以降,眼鏡を使用しなくなり来院が途絶えた.再度の弱視治療経過(18歳6カ月.):来院時の視力はVD=0.3(1.5×sph.1.25D),VS=0.5(0.5×sph+2.00D),調節麻痺後視力はVD=0.3(1.5×sph.1.00D),VS=0.1(0.5×sph+3.00D),使用していた眼鏡度数は右眼sph.1.25D,左眼planeであった.遮閉試験にて眼位は正位.Bagolini線条レンズ法にて抑制はなく,正常対応.4Δ基底外方試験では両眼中心固視であり,抑制暗点を認めなかった.TNOstereotestによる立体視は120秒であった.前眼部および眼底には異常なく,全身の合併症は認めなかった.警察学校の入学には両眼とも裸眼視力0.6以上または矯正視力1.0以上が必要である.18歳からの治療では視力改善0.15468101214161820年齢(歳)b:立体視400視度(秒)10040468101214161820年齢(歳)20c:球面屈折度数5.04.0の可能性は低いことを説明したが,本人の希望が強いため3カ月の期限を設定して弱視治療を試みることとし,治療方針は小児期の治療に準じて,眼鏡(右眼sph.1.00D,左眼sph+3.00D)の終日使用および健眼の終日遮閉とした.患者の意欲は旺盛で,眼鏡装用は確実に継続され,健眼遮閉は毎日少なくとも8時間以上遂行された.その結果,治療開始後1カ月で左眼眼鏡視力は(0.7)となり,非調節麻痺時の視力がVS=0.9(0.9×sph+2.25D)であったため,左眼の眼鏡度数をsph+2.50Dに変更した.2カ月後VD=0.3(1.2×sph.1.00D),VS=1.0(1.0×sph+2.50D)で,字ひとつ視力,字づまり視力とも差はなかった.両眼開放視力測定装置が当院にないため,代替としてRyser社製弱視治療用眼鏡箔を健眼に0.8から0.1まで順次貼り替えて健眼の視力を段階的に低下させながら両眼開放下で弱視眼の視力を測定したところ4),左眼の矯正視力はいずれも(1.0)であった.TNOstereotestによる立体視は60秒であった.3カ月後に健眼遮閉を中止し眼鏡による矯正のみを継続したが,矯正視力,両眼開放視力,立体視および屈折度数はいずれも維持された(図1a.c).9カ月後患者は警察学校に入学し,20歳球面屈折度数(D)3.02.01.00.0-1.04-2.068101214161820年齢(歳)図13歳から20歳までの経過a:視力は字ひとつおよび字づまり視力表にて小数視力を測定した.右眼矯正視力(●)は初診時に1.0であり,全経過を通じて1.0以上であった.左眼矯正視力(○)は初診時には0.3であったが,1年間で1.0に改善し,9歳までほぼその状態を維持した.しかし,18歳で受診した際には0.5に悪化していた.治療により3カ月で1.0に改善し,20歳現在,1.5を維持している.図の縦軸は対数軸を使用した.b:立体視は初診時480秒と不良であったが1年間で正常化し,その後は安定して,20歳現在も60秒を維持している.図の縦軸は対数軸を使用した.c:右眼の屈折(▲)は初診時に球面度数+1.50Dであり,9歳までほとんど変化せず+1.25Dであったが,18歳で受診した際には.1.25Dに近視化していた.左眼(△)は初診時に+4.50Dであったが2年間で+2.50Dに減少し,その後は大きな変化をしていなかった.左右眼の度数の差は,3歳の3.00D差から小児期には弱視眼の度数が減少して1.25D差に縮小したが,18歳では健眼の近視化のため拡大し3.25D差になっていた.1784あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(122) 現在,視力はVD=0.3(1.2×sph.1.25D),VS=1.2(1.5×sph+2.25D),TNOstereotestでは60秒である.II考按小児の弱視治療の治癒基準や治療の終了時期4)についてはさまざまな記載がある.本症例は9歳まで単眼視力,読み分け困難,立体視のいずれについても良好であり,9歳という年齢は治療終了として問題ない時期であった.しかし,弱視治療によって良好な視力を得た症例のなかにも,治療中止後に弱視を再発する症例が存在し,矯正の中断や経過観察の中断の影響が報告されている3,5,6).本症例においても,弱視眼の矯正が継続されていたなら,悪化は抑止できていた可能性が高い.弱視治療においては,治療終了後の経過観察が再発防止のために重要であると考えられる.今後の矯正の持続の面から,コンタクトレンズへの変更も検討すべき課題である.治療を開始するにあたって,18歳という年齢で治療に反応するかどうか,遮閉や矯正がどこまで継続できるかには疑問があった.将来に影響する職業選択の時期であることを考えると,漫然と治療を続けるべきではない.したがって,3カ月間で効果が認められなければ治療は終了とし,警察官志望は断念することを提案し,本人および保護者に納得してもらった.ところが,筆者らの懸念をよそに青年の視力は速やかに回復した.わずか2カ月という速さを考えると,屈折矯正のみでも十分であった可能性もある.近年,年長児であっても弱視治療は効果があるという報告3,7)や,成人でも,健眼を失明した後に弱視眼の視力が改善した報告2),さらに,動物実験や臨床研究において,視覚刺激によって成体でも弱視眼が改善することなどが報告8,9)されている.本症例が感受性期間を過ぎた年齢にもかかわらず,改善した要因は推測するしかないが,つぎの3つの条件が大きかったのではないかと考えた.第一に,本人の動機づけがきわめて強いものであった:これにより十分な視覚刺激が視路に与えられた可能性がある.第二に,中心固視に問題のない症例であった:固視が良好な弱視は斜視弱視やその他の弱視においても経過が良好であることが知られている.第三に,本症例が小児期の治療終了時に1.0以上の良好な視力とともに,40秒という良好な立体視を確立していたことである.両眼視機能の感受性期は視力の感受性期よりも早期に完成することが知られている.また,第一視覚野の両眼性細胞の多くは立体視に関係していると考えられている.本症例では視力および立体視が感受性期内に十分に発達していたため,左眼の矯正を中断し片眼の視力が低下しても,両眼性細胞の減少が回避され,眼優位分布が健眼に偏位することを免れたのではないかと考える.遠視性不同視弱視において,球面度数は弱視眼健眼ともに減少するが,減少量は弱視眼のほうが有意に大きく,不同視差が減少することが報告されている10).本症例の小児期の屈折度数の変化はこの報告に矛盾しないが,18歳時には健眼は大きく近視化し,弱視眼の度数が変化しなかった結果,不同視差は再び増加し3歳時と20歳時の不同視差はほとんど同等であった.小児期の不同視差の減少は,1%cyclopentolate点眼後にも残存した調節力による,見掛けの減少であって,本来の不同視差はほとんど変化していなかったのかもしれない.本症例は筆者らにとって,従来の視覚感受性期間を過ぎた時期における治療の可能性を考える契機となった.今後,視覚情報処理や可塑性の研究が進み,成人の弱視治療の可能性が広がることを期待したい.謝辞:この症例報告に際して貴重な助言をいただいた近畿大学視能訓練士若山曉美氏,ならびに咲花病院森下比二美氏,天野美織氏,山﨑佐知子氏,玉井知子氏に感謝する.文献1)矢ヶ﨑悌司:I.視機能障害3.弱視.眼科診療プラクティス(丸尾敏夫ほか編)100,p24-28,文光堂,20032)HamedLM,GlaserJS,SchatzNJ:Improvementofvisionintheamblyopiceyefollowingvisuallossinthecontralateralnormaleye:Areportofthreecases.BinocularVision6:97-100,19913)楠部亨,肥田裕美,阿部考助ほか:8歳以降に受診し視力改善が得られた弱視症例について.日本視能訓練士協会誌22:83-86,19944)粟屋忍:III.弱視の治療3.弱視の治癒基準.眼科診療プラクティス(丸山敏夫ほか編)35,p44-45,文光堂,19985)FlynnJT,WoodruffG,ThompsonJRetal:Thetherapyofamblyopia:ananalysiscomparingtheresultsofamblyopiatherapyutilizingtwopooleddatesets.TransAmOphthalmolSoc97:373-390,19996)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Riskofamblyopiarecurrenceaftercassationoftreatment.JAAPOS8:420-428,20047)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Randomizedtrialoftreatmentofamblyopiainchildrenaged7to17years.ArchOphthalmol123:437-447,20068)SaleA,MayaVetencourtJF,MediniPetal:Environmentalenrichmentinadulthoodpromotesamblyopiarecoverythroughareductionofintracorticalinhibition.NatNeurosci10:679-681,20079)PolatU,Ma-NaimT,BelkinMetal:Improvingvisioninadultamblyopiabyperceptuallearning.ProcNatlAcadSci101:6692-6697,200410)田口亜希子,福永紗弥香,小林香ほか:遠視性不同視弱視における経時的屈折変化.日本視能訓練士協会誌38:165-169,2009(123)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111785