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新しいアデノウイルス迅速診断法「クイックナビ-アデノ」の臨床評価

2012年5月31日 木曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(5):659.663,2012c新しいアデノウイルス迅速診断法「クイックナビ-アデノ」の臨床評価宮永嘉隆*1中川尚*2秦野寛*3井上賢治*4市側稔博*5内野美樹*6鴨下泉*7北川均*8熊谷謙次郎*9栗山茂*10小林康彦*11小見山和也*12佐藤信祐*13佐野友紀*14髙嶋隆行*15高橋京一*16高橋義徳*17田中律子*18沼崎啓*19林真*20深川和己*21*1西葛西・井上眼科病院*2徳島診療所*3ルミネはたの眼科*4お茶の水井上眼科クリニック*5ひまわり眼科*6両国眼科クリニック*7鴨下眼科クリニック*8北川眼科クリニックふたわ*9熊谷眼科クリニック*10栗山眼科クリニック*11こばやし眼科クリニック*12こみやま眼科*13養明堂眼科*14佐野眼科医院*15たかしまアイクリニック*16たかはし眼科クリニック*17立川通クリニック*18やはしら眼科*19国際医療福祉大学病院*20薬円台眼科*21飯田橋眼科クリニックEvaluationofaNewRapidDiagnosisKitforAdenovirus,Quick-NaviTM-AdenoYoshitakaMiyanaga1),HisashiNakagawa2),HiroshiHatano3),KenjiInoue4),ToshihiroIchikawa5),MikiUchino6),IzumiKamoshita7),HitoshiKitagawa8),KenjiroKumagai9),ShigeruKuriyama10),YasuhikoKobayashi11),KazuyaKomiyama12),NobutakaSato13),TomonoriSano14),TakayukiTakashima15),KyoichiTakahashi16),YoshinoriTakahashi17),RitsukoTanaka18),KeiNumazaki19),MakoHayashi20)andKazumiFukagawa21)1)Nishikasai-InouyeEyeHospital,2)TokushimaEyeClinic,3)HatanoEyeClinic,4)OchanomizuInouyeEyeClinic,5)HimawariEyeClinic,6)RyogokuEyeClinic,7)KamoshitaEyeClinic,8)KitagawaEyeClinicFutawa,9)KumagaiEyeClinic,10)KuriyamaEyeClinic,11)KobayashiOphthalmologyClinic,12)KomiyamaEyeClinic,13)YoumeidoEyeClinic,14)SanoEyeClinic,15)TakashimaEyeClinic,16)TakahashiEyeClinic17)TachikawaDoriClinic,18)YahashiraEyeClinic,19)InternationalUniversityofHealthandWelfareHospital,20)YakuendaiEyeClinic,21)IidabashiEyeClinic2009年8月.2010年9月に21施設の医療機関へ結膜炎症状で受診した計592名を対象に迅速診断を行った.うち324例はクイックナビとチェックAdを,その他268例はキャピリアアデノを同時検査した.試料は各社スワブで採取した角結膜拭い液を用い添付文書に準じて測定した.クイックナビは判定時間8分,他2製品は15分を要した.確認法としてpolymerasechainreaction(PCR)検査を実施した.クイックナビとチェックAd,クイックナビとキャピリアアデノとの陽性一致率はそれぞれ91.2%,100%,陰性一致率は98.4%,99.0%,全体一致率96.9%,99.3%と良好であった.また,クイックナビとPCR法との全体一致率は90.2%であった.Wecarriedoutaquickdiagnosisof592patientswhopresentedwithconjunctivitissymptomsatatotalof21hospitalsandclinicsfromAugust2009toSeptember2010.Wetested324ofthepatientswithQuickNaviTM-AdenoandCheckAd,andtheother268withQuickNaviTM-AdenoandCapiliaAdeno,atthesametime.Wecollectedconjunctivalsamplesfromthecorneroftheeyeusingthesterileswabincludedwitheachkit;thetestswereperformedaccordingtothemanufacturer’srespectiveprotocol.QuickNaviTM-Adenorequired8minforjudgment,theothersrequired15min.Polymerasechainreaction(PCR)assaywasalsoperformed,asaconfirmationmethod.ThepositiveagreementratesforQuickNaviTM-AdenoandCheckAd,andQuickNaviTM-AdenoandCapiliaAdenowere91.2%and100%,respectively.Thenegativeagreementrateswere98.4%and99.0%,andtheoverallagreementrateswere96.9%and99.3%,allshowinggoodconcordance.TheoverallagreementratebetweenQuickNaviTM-AdenoandthePCRassaywas90.2%.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):659.663,2012〕〔別刷請求先〕宮永嘉隆:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YoshitakaMiyanaga,M.D.,Nishikasai-InouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(79)659 〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):000.000,2012〕Keywords:アデノウイルス,イムノクロマトグラフィ,流行性角結膜炎,迅速診断キット.adenovirus,immunochromatography,epidemickeratoconjunctivitis,rapiddiagnosiskit.はじめにアデノウイルスによる流行性角結膜炎は日常診療で頻繁に遭遇するウイルス性結膜炎の一つである.その感染力の強さから,家庭内のみならず学校・院内感染をもひき起こし,しばしば問題となる.現在,適確な治療薬となる抗ウイルス薬などはないが故に,眼所見からの判断と迅速かつ簡便な検査でアデノウイルス角結膜炎と診断することが感染防止につながる.現在,わが国においてはイムノクロマトグラフィ法による迅速診断キットが用いられている1.4).確定診断にはウイルス分離や血清学的診断などが確実であるが,その場での迅速な診断が必要であるため特別な機器を使用しない迅速キットが汎用されている.今回筆者らは新しく開発された迅速診断キット「クイックナビ-アデノ(以下,クイックナビ)」について臨床評価の機会を得た.そこで本キットと従来品2製品との基礎検討を行うとともに臨床評価をすることを目的とした.I対象および方法1.基礎検討a.診断キットの検出感度培養したウイルス株を用いて表1に示したクイックナビ,キャピリアアデノ(以下,キャピリア),チェックAd(以下,チェック)の3種の診断キットについて,検出感度の比較を行った.デンカ生研㈱で保有している血清型同定済みのアデノウイルス臨床分離株の希釈液30μlを試料として各キットに添付の検体浮遊液に浮遊後,それぞれの添付文書に従って測定した.b.採取用スワブにおける採取効率の検討クイックナビの採取用綿棒である植毛スワブと,従来のコットンスワブとの採取量について,擬似検体を用いて比較した.市販のソフトゼリー(原材料:デキストリン,増粘多糖類)を4%に調製し,シャーレに分注しゼリー状に固めたものを擬似検体とした.あらかじめ各スワブの重さを計量し,擬似検体を専用機器〔デジタルフォースゲージAD-4932A50N,エー・アンド・デイ㈱〕を用いて一定の力を加え擦過した.擦過後,各スワブを計量し擬似検体の採取量を比較した(各測定n=10).2.臨床評価患者から採取した角結膜拭い液について,診断キットおよびpolymerasechainreaction(PCR)法の結果を比較した.a.対象2009年8月.2010年9月までに全国21施設の眼科診療施設を受診し,ウイルス性結膜炎が疑われた患者計592名を対象にアデノウイルス迅速診断を行った.b.方法検体は同意の得られた患者1人につき,各診断キットに付属の綿棒各々をA,Bとし,角結膜拭い液を同時に2本採取した.今回の検討では擦過回数や順序などの細かな方法の指定はしておらず各施設任意の擦過方法で採取した.c.診断キット診断キットは表1のクイックナビ,キャピリア,チェックを使用した.患者1人につき前出の綿棒Aをクイックナビ,綿棒Bをキャピリアまたはチェックで同時検査し,それぞれの添付文書に従い結果を判定した.陽性の判定はテストラインが出現し,かつコントロールラインも出現した時点で行った.陰性の判定はクイックナビが8分後,キャピリアとチェックは15分後に行った.計592例のうち268例はクイックナビとキャピリアを,324例はクイックナビとチェックを同時に検査することができた.d.PCR法確認法として診断キットの試料残液を凍結保存し,その後デンカ生研㈱においてQIAampMinEluteVirusSpinKit(QIAGEN)にてウイルスDNAを抽出した.PCRはFujimotoらの方法5)およびEchavarriaらの方法6)に従い,アデノウイルスのヘキソン部分にプライマーを設定した.表1検討に用いたアデノウイルス診断キットクイックナビ-アデノキャピリアアデノチェックAd製造元/販売元測定原理標識物質判定までの所要時間形態採取用綿棒デンカ生研/大塚製薬イムノクロマト法着色ラテックス8分デバイス型植毛タイプタウンズ/わかもと製薬イムノクロマト法金コロイド15分デバイス型コットンタイプ大蔵製薬/参天製薬イムノクロマト法金コロイド15分デバイス型コットンタイプ660あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(80) II結果1.基礎検討a.診断キットの検出感度各キットともに血清型によって検出感度にばらつきがみられたものの,クイックナビの各血清型に対する検出感度はキャピリアの2.4倍,チェックの4倍と他の診断キットに比べ良好な結果であった(表2).b.採取用スワブにおける採取効率の検討植毛スワブおよびコットンスワブに加えた力(N:ニュートン)に対し,それぞれの擬似検体採取量をプロットした(図1).採取量を比較すると,植毛スワブはコットンスワブに対し約5倍の採取能力があることがわかった(p<0.05).2.臨床検討クイックナビとキャピリア,クイックナビとチェックで同時検査ができた計592例のうち,クイックナビで陽性になったのは130例(陽性率21.9%),陰性となったのは462例であった.a.クイックナビとキャピリアの相関性試験クイックナビとキャピリアを同時検査できた計268例において陽性一致率は100.0%(62/62),陰性一致率は99.0%(204/206)であり,全体一致率は99.3%(266/268)であっ50403020100図1採取用スワブにおける採取効率の検討各測定n=10,*p<0.05.た(表3).このうちクイックナビ陽性,キャピリア陰性の2検体はPCR法陽性であった.b.クイックナビとチェックの相関性試験クイックナビとチェックを同時検査できた計324例において陽性一致率は91.2%(62/68),陰性一致率は98.4%(252/256)であり,全体一致率は96.9%(314/324)であった(表4).このうちクイックナビ陽性,チェック陰性の4検体のうち,3検体はPCR陽性,1検体は陰性であった.クイックナビ陰性,チェック陽性の6検体はすべてPCR陽性であった.ゼリー採取量(mg)****:植毛スワブ:コットンスワブ0.040.060.080.10綿棒に加える力(N:ニュートン)表2培養ウイルスによる検出限界比較アデノウイルス8型ウイルス力価:5.6×107(TCID50/ml)アデノウイルス8型検体希釈倍数検出感度キット1×1032×1034×1038×10316×10332×103TCID50/mlクイックナビ(8分)+++++.3.5×103キャピリア++++..7×103チェック+++…1.4×104アデノウイルス19型ウイルス力価:5.6×107(TCID50/ml)アデノウイルス19型検体希釈倍数検出感度キット1×1032×1034×1038×10316×10332×103TCID50/mlクイックナビ(8分)++++..7×103キャピリア++.N.T.N.T.N.T.2.8×104チェック++.N.T.N.T.N.T.2.8×104アデノウイルス37型ウイルス力価:1.8×108(TCID50/ml)アデノウイルス37型検体希釈倍数検出感度キット1×1032×1034×1038×10316×10332×103TCID50/mlクイックナビ(8分)+++++.1.1×104キャピリア+++.N.T.N.T.4.5×104チェック+++.N.T.N.T.4.5×104TCID50:50%組織培養感染量,N.T.:NotTested.(81)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012661 表3クイックナビにおける対照品キャピリアとの相関性キャピリア+.計+62264.0204204計クイックナビ62206268陽性一致率100.0%(62/62).陰性一致率99.0%(204/206).全体一致率99.3%(266/268).表5PCR法と比較した各キットの感度・特異性診断キットクイックナビ感度特異性70.6%(125/177)98.6%(411/417)キャピリア感度特異性75.6%(59/78)98.4%(187/190)チェック感度特異性67.3%(66/98)99.1%(222/224)c.PCR法と比較した各キットの感度・特異性各キットの感度・特異性を示した(表5).クイックナビにおいてPCR法で確認ができた計594例のうちクイックナビとPCR法との感度は70.6%(125/177),特異性は98.6%(411/417),全体一致率は90.2%(536/594)であった.キャピリアにおいてPCR法で確認ができた計268例のうちキャピリアとPCR法との感度は75.6%(59/78),特異性は98.4%(187/190),全体一致率は91.8%(246/268)であった.チェックにおいては,PCR法用の検体2例が不足していたためPCR法で確認ができたのは計322例であった.チェックとPCR法との感度は67.3%(66/98),特異性は99.1%(222/224),全体一致率は89.4%(288/322)であった.III考察今回筆者らは新しく開発されたクイックナビ-アデノの臨床評価を行った.従来品と比べ反応時間も8分と従来品の約1/2であり迅速性に優れていた.感度・特異性も良好であった.クイックナビの特長は,最終判定時間が8分と従来品に比べ短いこと,付属の採取用綿棒は綿球部分がフロック加工された植毛スワブという点にある.この植毛スワブでは従来のコットンスワブに比べ,より多くの上皮細胞を回収することができ,検体浮遊液への放出効率が高いという結果も報告されている7,8).アデノウイルス迅速診断キットでは,できるだけ多くの感染結膜上皮細胞を採取することが推奨されてい662あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012表4クイックナビにおける対照品チェックとの相関性チェック+.計+62466.6252258計クイックナビ68256324陽性一致率91.2%(62/68).陰性一致率98.4%(252/256).全体一致率96.9%(314/324).る9)が,植毛スワブでは従来のコットンスワブに比べて1/2程度の力で角結膜上皮細胞を回収できる可能性が示唆され,検体採取時における被験者の苦痛などの負担軽減につながると思われる.今回の臨床評価では,検体採取順序や擦過回数などの細かな指定をしなかった.そのためいくつかの症例で結果が乖離し,原因として検体採取誤差の影響が考えられた.各キットの偽陽性率はクイックナビ(6/131=4.58%),キャピリア(2/68=2.94%),チェック(3/62=4.84%)となり,偽陽性数が少ないことから統計的な有意差を議論することはできないが,どのキットも同じ程度の偽陽性率といってよいと考えられる.このデータはキットの偽陽性であるとともに,一方ではPCR法の偽陰性の可能性も否定できない.PCR法は検体由来の阻害物質の影響や,検体中でのDNAの保存安定性の影響を完全に排除することは困難であり,ある程度の偽陰性は発生するものと考えられる.既報1.4)では偽陽性の報告はなかったが,アデノウイルスの上気道感染症による既報10.13)ではわずかながら偽陽性も報告されており,検討結果は妥当なものであると考えられた.今回PCR法では定量を行わなかったため検出感度以下のウイルス量であったのか,また診断キットで使用する抗体はそれぞれ異なるが,それら抗体の反応性の違いが若干の差異につながったのかは不明である.クイックナビのPCR法を対照とした感度・特異性は従来品と有意な差は認められなかった(p>0.05).それぞれの診断キットの感度は既報2.4)と比較してほぼ同等であったが,クイックナビの開発時における咽頭拭い液のデータでは陽性例の90%程度が3分以内に陽性と判定できており10),本キットの反応時間は短く迅速性に優れていた.感染力が強く二次感染の恐れのある感染症に対し,検査において約1/2の時間短縮は,院内感染の機会を減らすことに有効であると考える.現在市販されている診断キットは測定原理上PCR法の感度には及ばないが,診断キットで陽性であればアデノウイルス感染症と診断は可能である.しかし,今日診断キットでの陽性率は臨床でアデノウイルスを疑って検査するとその陽性率はいずれも20.25%くらいであり,他の多くは陰性にな(82) る.陰性であった症例はどのような被験者であったかを十分考察しなくてはならない.恐らく疑わしきはすべて入れてしまうという臨床上の慣例から,正確に言うとウイルス性結膜炎ではない,細菌性結膜炎あるいはアレルギー性結膜炎の被験者を捉えてアデノウイルス検査していることが考えられる.今回検討を行った2009年および2010年のアデノウイルス結膜炎の流行状況は過去10年間で最も低い流行レベルであった13).これらが陽性率の低さの原因につながったであろうと思われる.診断キットの感度は検体採取部位や採取時期,採取者の手技熟練度,ウイルスの血清型や増殖の程度など,さまざまな要因によって影響を受ける可能性がある.症状があるにもかかわらずキットで陽性にならない場合などは診断キットの性能や限界を十分に理解したうえで使用することが求められる.今後はごく微量のウイルスも捉えるような診断法の開発が陰性率を大幅に減少させるであろうことも考えると,さらなる開発が望まれる.文献1)UchioE,AokiK,SaitoWetal:RapiddiagnosisofadenoviralconjunctivitisonconjunctivalSwabby10-minuteimmunochromatography.Ophthalmology104:1294-1299,19972)大口剛司,有賀俊英,三浦里香ほか:アデノウイルス迅速診断キット「キャピリアアデノ」の検討.臨眼59:11891192,20053)有賀俊英,三浦里香,田川義継ほか:改良版アデノチェックの臨床的検討.臨眼59:1183-1188,20054)竹内聡,中川尚,米本淳一ほか:高感度アデノウイルス結膜炎迅速診断キットの評価─アデノウイルス結膜炎迅速診断キット,キャピリアアデノとアデノチェックの比較─.あたらしい眼科23:921-924,20065)FujimotoT,OkafujiT,OkafujiTetal:Evaluationofabedsideimmunochromatographictestfordetectionofadenovirusinrespiratorysamples,bycomparisontovirusisolation,PCR,andreal-timePCR.JClinMicrobiol42:5489-5492,20046)EchavarriaM,FormanM,TicehurstJetal:PCRmethodfordetectionofadenovirusinurineofhealthyandhumanimmunodeficiencyvirus-infectedindividuals.JClinMicrobiol36:3323-3326,19987)DaleyP,CastricianoS,CherneskyMetal:Comparisonofflockedandrayonswabsforcollectionofrespiratoryepithelialcellsfromuninfectedvolunteersandsymptomaticpatients.JClinMicrobiol44:2265-2267,20068)齋藤玲子,QianY,MaiLほか:新しいインフルエンザウイルス抗原迅速診断薬クイックナビTM-Fluの検討.医学と薬学60:323-324,20089)中川尚:ウイルス性結膜炎のガイドライン第4章検査.日眼会誌107:17-23,200310)三田村敬子,清水英明,山崎雅彦ほか:新しいアデノウイルス迅速診断薬クイックナビTM-アデノの検討.医学と薬学60:143-150,200811)原三千丸:アデノウイルス気道感染症のイムノクロマト法キットによる迅速診断.小児科臨床61:195-202,200812)高崎好生,進藤静生,山下祐二ほか:白金・金コロイドを用いた新しいアデノウイルス迅速診断キット“イムノエースアデノ”の評価.臨牀と研究86:672-675,200913)国立感染症研究所感染症情報センター:http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/weeklygraph/15EKC.html***(83)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012663

市中眼科診療所におけるアデノウイルスの院内汚染調査

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1743.1746,2011c市中眼科診療所におけるアデノウイルスの院内汚染調査石岡みさき*1,2伊藤典彦*2*1みさき眼科クリニック*2横浜市立大学医学部眼科学教室SurveillanceofNosocomialContaminationbyAdenovirusatUrbanEyeClinicMisakiIshioka1,2)andNorihikoItoh2)1)MisakiEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmologyYokohamaCityUniversitySchoolofMedicine新規開業の眼科診療所において,アデノウイルスの院内感染予防マニュアルを作成・実施し,同ウイルスの院内汚染を調査した.みさき眼科クリニックは外来診療のみの診療所で,内眼手術,レーザー治療,コンタクトレンズ処方のいずれも行っていない.アデノウイルスの院内汚染を調べるために11カ所の検出ポイントを設定し,開業前から開業後1年6カ月にわたり毎月拭き取り調査を行った.アデノウイルスの検出には定性polymerasechainreaction(PCR)法を用いた.アデノウイルス感染が疑われる患者にはウイルスの迅速診断キットを施行した.期間中アデノウイルスによる結膜炎疑いの患者は34名,ウイルス迅速診断キット陽性患者は7名,院内感染が疑われる症例はみられなかった.調査全期間を通してすべての検出ポイントからウイルスDNAは検出されなかった.外来診療のみの小規模眼科診療所においては,感染予防対策を施すことで施設内がアデノウイルスにより汚染される可能性は低い.Wecreatedandfollowedaprotocolofinfectioncontrolforadenovirusatanewlyopenedeyeclinicandsurveyednosocomialcontaminationbythisvirus.Theclinichasnowardsanddoesnotperformintraocularsurgery,lasertreatmentorcontactlensprescription.Weset11pointsfordetectingadenovirusandcheckedforviralcontaminationusingpolymerasechainreaction(PCR)beforestartingtheclinicandateverymonthfor18months.Anadenovirusrapiddiagnosiskitwasusedonpatientswithsymptomsofadenoviruskeratoconjunctivitis.Duringthestudyperiod,34patientsshowedsymptomsofadenoviruskeratoconjunctivitis;7ofthemshowedpositiveusingthediagnosiskit.Nopatientsweresuspectedofhavinganosocomialinfection.Duringthestudyperiod,noviralDNAwasdetectedatanydetectionpoint.Atasmalleyeclinicwithnowards,thepotentialfornosocomialcontaminationbyadenovirusmaybekeptlowwiththisprotocolofinfectioncontrol.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1743.1746,2011〕Keywords:アデノウイルス,角結膜炎,院内感染,ウイルス汚染,PCR.adenovirus,keratoconjunctivitis,nosocomialinfection,viralcontamination,PCR.はじめにアデノウイルスは眼科における院内感染の原因となる.患者にとってはもちろんのこと,医療側にも社会的・経済的な損害は重大となる.院内感染発生時の汚染源は,医療従事者の手指1,2),点眼瓶1,3),眼圧計1,2,4),などがあげられているが,実際の院内感染発生時に特定できない場合が多い.アデノウイルス院内感染予防のマニュアルに従っても,院内汚染そして感染は起きるのか,院内感染発生時にウイルスの院内汚染は発生しているのか,そして,院内汚染発生時に院内感染は起きるのか,これらはいずれも未解決である.今回新規開設の眼科診療所で,無理なく実施可能な院内感染予防のマニュアルを作成,実施し,アデノウイルスの院内汚染と結膜炎発症症例を1年6カ月にわたり追跡した.I方法2008年5月,渋谷区に開業した眼科診療所,みさき眼科クリニック(以下,当院)にて調査を実施した.当院は外来診療のみで,観血的手術は霰粒腫の切開のみを施行し,レーザー治療は施行せず,コンタクトレンズの取り扱いは行っていない.医師は1名,コメディカルは常勤1名と非常勤が1〔別刷請求先〕石岡みさき:〒151-0064東京都渋谷区上原1-22-6みさき眼科クリニックReprintrequests:MisakiIshioka,M.D.,MisakiEyeClinic,1-22-6Uehara,Shibuya-ku,Tokyo151-0064,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(81)1743 表1当院の院内感染予防マニュアル1日常診療(1)初診,再診とも,まず診察を行う.(2)患者ひとりごとに診察後薬用液体ハンドソープ,流水にて手洗いを施行する.ペーパータオルを使用後,速乾性手指消毒剤をすりこむ.(3)眼表面に触れる検査・処置器具は患者ごとに取り換え,高圧蒸気滅菌を施行する.高圧蒸気滅菌が不可能な器具は次亜塩素酸ナトリウムにて消毒する.2内装(1)水栓(診察室,検査室,トイレ)はセンサー式自動水栓を採用.(2)待合室に雑誌は置かない.(3)待合室ソファ,受付カウンターはアルコールで清拭できる材質を使用.3清拭市販のアルコールタオルにて,午前・午後外来終了時に以下の場所を清拭する.(1)待合室ソファ(2)受付カウンター(3)診察室ドア取っ手(4)診察用椅子(5)入口自動ドアタッチセンサー(6)トイレドアノブ,鍵4点眼散瞳薬,麻酔薬,抗菌薬の点眼は5ml瓶を1カ月ごとに交換する.5結膜炎患者受診時(1)濾胞性結膜炎の症状を呈し,アデノウイルス感染の可能性が高い患者に対して,アデノウイルス迅速診断キットを施行する.(2)ウイルス迅速診断キット施行時は点眼麻酔薬を使用し,そのつど点眼瓶は破棄する.(3)患者帰宅後,清拭施行.(場所は3に前述.)名勤務していた.日本眼科学会が作成した「ウイルス性結膜炎のガイドライン」5)に準拠し策定した当院の院内感染予防マニュアルを表1に示す.診療は1カ所の診察室を使用し,細隙灯顕微鏡で行った.通常の細隙灯顕微鏡での検査が困難な乳幼児の場合のみ,手持ちの細隙灯顕微鏡を使用した.初診時および再診患者で次回の検査指示が出されていた場合でも,各種検査前に医師の診察を行った.診察時に使い捨て手袋は使用しなかった.睫毛鑷子,硝子棒は患者1人ごとに交換し,使用後は洗浄のうえ高圧蒸気滅菌を施行し再使用した.眼圧計のチップは測定ごとに交換し,0.1%次亜塩素酸ナトリウム(ミルトンR)に30分以上浸漬後(途中攪拌),流水にて洗浄しペーパータオルにて水気を拭き取り使用した.スリーミラーなどの接触型レンズは水洗後ミルトンRに30分以上浸漬し,流水にて洗浄後風乾した.患者が触れると想定される院内施設については,午前・午後の診療終了時,アデノウイルス感染の可能性が高い結膜炎の患者が受診した際は随時,アルコールタオル(商品名メディクロス,エタノール76.9.81.4vol%)にて清拭を施行した.濾胞性結膜炎の症状を呈し,アデノウイルス感染の可能性が高い患者に対しては,アデノウイルスの迅速診断キット(キャピリアアデノアイR,わかもと製薬)を施行した.迅速診断施行時には点眼麻酔薬(防腐剤入りオキシブプロカイン,ベノキシールR,参天製薬)を使用し,そのつど点眼瓶は破棄した.診察後,医師は液体ハンドソープ,流水にて手洗いし,ペーパータオル使用後に速乾性手指消毒剤をすりこんだ.患者帰宅後,待合室ソファ,受付カウンター,診察室ドア取っ手,診察用椅子,入り口自動ドアタッチセンサー(同患者が使用すればトイレドアノブ,鍵)をアルコールタオルにて清拭施行した.図1施設内ウイルス検出ポイント①:入口自動ドアタッチセンサー,②:待合室ソファ,③:診察室ドア取っ手,④:受付カウンター,⑤:非接触眼圧計エアーノズル,⑥:トイレドアノブ,⑦:眼圧計チップ,⑧:接触型レンズ(スリーミラー),⑨:医師の手,⑩:点眼麻酔薬,⑪:散瞳薬.(ただし,⑦.⑪は図中では省略)1744あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(82) アデノウイルス結膜炎疑い患者数(人/月)543210:アデノウイルス結膜炎疑い患者:迅速診断キット陽性患者受けることができないことは,患者側の不利益となる可能性があり回避されるべきである.全国約650カ所の定点観測7)によると,流行性角結膜炎の平均症例数は35.65例/年/1施設である.この定点観測は「重症な急性濾胞性結膜炎に角膜上皮下混濁,あるいは耳前リンパ節の腫脹・圧痛を伴う症例」という臨床症状に基づく診断である.当院のウイルス性結膜炎疑い例が1年半の間に34名というのは定点観測と比べると少ない発症数であるが,定点観測を報告している施設の規模はさまざまであり,症例数の多い施設は受診患者数自体が多い可能性もある.東京都眼科医会が毎年6月分と11月分の保険請求を調査している1010ト陽性患者数.9月図月別結膜炎患者数と迅速診断キット陽性数2濾胞性結膜炎の症状を呈し,アデノウイルス感染の可能性が高い患者の月別人数と,そのうちのアデノウイルス迅速診断キッ院内汚染調査は開業前から開業後1年6カ月にわたり定期1回,午前の診療終了後院内清拭前に(点眼瓶交換前)綿棒にて①から⑨の検出ポイントを擦過した.点眼麻酔薬,散瞳薬はノズル先端を綿棒にて擦過し同時に点眼残液を浸透させた.アデノウイルスDNAの検出は定性polymerasechain6)reaction(PCR)法にて行った.調査期間中における月平均外来患者数は153名(1日平均8名),そのうちの濾胞性結膜炎患者数とアデノウイルス迅速診断キット陽性患者数を図2に示す.期間中アデノウイルスによる結膜炎疑いは34名,アデノウイルス迅速診断キット陽性患者は7名であった.院内感染を疑わせる症例はなかった.調査全期間を通して,すべての検出ポイントからアデノウイルスDNAは検出されなかった.的に行った.計11カ所の検出ポイントを図1に示す.月にII結果9月III考察今回,眼科診療所院内のウイルス汚染調査を新規開業診療所において1年半にわたり行った.ウイルス迅速診断キット結果が陽性であるアデノウイルス結膜炎患者が受診していたにもかかわらず,院内のウイルス汚染は検出されなかった.ウイルス性結膜炎患者は通常診療に使用される診療室・診察機器で検査を受けており,当院策定のウイルス対策マニュアルに沿った診療業務を行うことにより,ウイルス性結膜炎患者が受診しても院内がウイルスに汚染され,院内感染が発生する可能性は低いと考えられた.ウイルスの院内汚染をおそれるあまりに,ウイルス性結膜炎疑いの患者が十分な診察を(83)月8月7月6月5月11が,手術を行っていない施設の2010年6月の請求件数は平月11128月7月6月5月4月3月2月1月月月均765件であり,ここ10年は大きく変動していない8).こ月のデータと比較すると,当院の外来患者数は手術をしていない眼科施設としても少ないほうであるため,結膜炎の患者数が少なくウイルス汚染が起きにくかったとも考えられる.わが国では入院施設がある病院での院内感染報告が主である5)が,海外では外来における院内感染の報告1),院内感染発症の主体が外来患者という報告4)もあり,当院が外来診療のみのため院内感染が起きなかったとは言い切れない.受診患者数,その他の施設条件(入院施設の有無,コンタクトレンズ処方の有無,手術施行の有無など)の相違も,院内汚染・院内感染の検討課題になりうるであろう.流行性角結膜炎流行時のケースコントロールスタディでは,点眼瓶,眼圧計が危険因子であると報告されている1,2,4).流行性角結膜炎患者の指がウイルス汚染されていること9),ウイルスは乾燥した場所でも長く生き残る報告10)を踏まえると,患者が接触するすべての院内施設の汚染の可能性は十分に考えられる.施設によってはウイルス性結膜炎が疑われる患者の動線を変更,専用の細隙灯顕微鏡で診察を行っている.当院においては当該結膜炎患者の隔離は行っていないが,施設内のウイルス汚染は起きていない.しかし,流行性角結膜炎の院内感染発生時に結膜炎疑いの患者を隔離するまで流行が終焉しなかったという報告もあり1,4),施設汚染は院内感染の重要な危険因子となりうるであろう.実際に汚染が起こるのか,そしてそれはどこに起きるのかを明確にするさまざまな規模の施設が参加した前向き調査を期待したい.調査時に開院直後で患者数の少なかった当院でも,数年たち患者数が増えたところで追試を検討したい.今回院内汚染は検出されなかったが,検出された場合どれくらいのウイルス数を院内感染の原因と判定するかはむずかしいところもある.施設のウイルス汚染を調べる場合には院内感染の動向も調べ,汚染が感染の原因になっているか定量的なウイルスDNAによる確認が必要と考えられる.迅速診断キットの陽性率は100%ではなく,採取方法や発症時期による検体のウイルス量によっても陽性率が異なってくる.アあたらしい眼科Vol.28,No.12,20111745 デノウイルスによる結膜炎を疑い迅速診断キットが陰性であった場合でもこのウイルスによる感染を完全に否定することはむずかしいため,院内汚染・院内感染調査時にはキットを施行した患者についてPCRにてもチェックすることを検討したほうがよいと考えられる.手指がウイルス汚染した場合には洗っても完全に除去することができないという報告がある2).当院では手袋の使用は行われなかったが,医療従事者が使い捨ての手袋を使用したほうが良いかは検討の余地があると考えられた.一方,点眼瓶汚染の可能性は高いとされ,当院でも疑い症例への使用後は廃棄を行っている.処置用点眼薬を小分けし使用ごとに破棄する方法も推奨されている1).麻酔薬,抗生物質には使い切りの点眼がすでに販売され,小分けにする手間を省くことが可能である.アデノウイルスによる結膜炎は,眼科であればどのような規模の施設でも避けては通ることのできない疾患である.一般診療所でも今回策定したような実践可能な感染対策マニュアルで院内汚染,院内感染への対策が可能であると思われる.外来患者数の多い施設においては,検査などの再来時にまず医師の診察がむずかしいことも考えられ,コメディカルスタッフの教育も重要である.文献1)VineyKA,KehoePJ,DoyleBetal:AnoutbreakofepidemickeratoconjunctivitisinaregionalophthalmologyclinicinNewSouthWales.EpidemiolInfect136:11971206,20082)JerniganJA,LowryBS,HaydenFGetal:Adenovirustype8epidemickeratoconjunctivitisinaeyeclinic:riskfactorsandcontrol.JInfectDis167:1307-1313,19933)UchioE,IshikoH,AokiKetal:Adenovirusdetectedbypolymerasechainreactioninmultidoseeyedropbottlesusedbypatientswithadenoviralkeratoconjunctivitis.AmJOphthalmol134:618-619,20024)WarrenD,NelsonKE,FarrarJAetal:Alargeoutbreakofepidemickeratoconjunctivitis:Problemsincontrollingnosocomialspread.JInfectDis160:938-943,19895)塩田洋,大野重昭,青木功喜ほか:アデノウイルス結膜炎院内感染対策ガイドライン.日眼会誌113:25-46,20096)AokiK,IshikoK,KonnoTetal:Epidemickeratoconjunctivitisduetothenovelhexon-chimeric-intermediate22,37/H8humanadenovirus.JClinMicrobiol46:32593269,20087)国立感染症研究所サーベイランス感染症発生動向調査http://idsc.nih.go.jp/idwr/ydata/report-Jb.html8)健康保険請求状況調査報告平成22年6月診療分.東京都眼科医会報213:32-36,20109)AzarMJ,DhaliwalDK,BowerKSetal:Possibleconsequenceofshakinghandswithyourpatientswithepidemickeratoconjunctivitis.AmJOphthalmol121:711-712,199610)GordonYJ,GordonRY,RomanowskiEetal:Prolongedrecoveryofdesiccatedadenovirusserotypes5,8,and19fromplasticandmetalsurfaceinvitro.Ophthalmology100:1835-1840,1993***1746あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(84)