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眼部帯状疱疹から同側眼に急性網膜壊死,対側眼に 虹彩炎を発症した1 例

2023年4月30日 日曜日

《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(4):539.543,2023c眼部帯状疱疹から同側眼に急性網膜壊死,対側眼に虹彩炎を発症した1例安達彩*1,2,3髙橋元*2佐々木香る*2山田晴彦*2髙橋寛二*2*1東北医科薬科大学眼科学教室*2関西医科大学眼科学教室*3東北大学眼科学教室CACaseofHerpesZosterOphthalmicuswithAcuteRetinalNecrosisintheIpsilateralEyeandIritisintheContralateralEyeAyaAdachi1,2,3)C,GenTakahashi2),KaoruAraki-Sasaki2),HaruhikoYamada2)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)CMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversityCDepartmentofOphthalmology,Kansai緒言:眼部帯状疱疹は,免疫能の低下した高齢者に多く,多彩な前眼部と外眼部炎症所見を生じるが,網脈絡膜炎に至ることはまれとされる.今回,眼部帯状疱疹発症後,同側眼に急性網膜壊死(ARN)を認め,続いて対側眼に虹彩炎を認めた症例を経験したので報告する.症例:78歳,女性.末梢性CT細胞リンパ腫のため抗癌剤,予防としてステロイド,アシクロビルを不定期に投与中.前額部の発疹を伴う左眼部帯状疱疹を認め,受診した.抗ウイルス薬の点眼,内服加療により前眼部所見は改善したが強膜炎が遷延化し,再発C1カ月後に飛蚊症が出現した.硝子体混濁,周辺部黄白色滲出斑,血管白線化を認め,前房水から水痘帯状疱疹ウイルスが検出されたためCARNと診断し,抗ウイルス薬の投薬とその後の硝子体手術にて消炎した.しかし,ARN診断C192日目に対側眼に虹彩炎を認めた.考按:近年,水痘ワクチン定期接種の影響により,帯状疱疹の重症化が懸念されている.眼部帯状疱疹においても,眼底検査を励行することが重要である.CPurpose:HerpesCzosterophthalmicus(HZO)frequentlyCoccursCinCimmunocompromisedCelderlyCpatientsCandCcausesavarietyofanteriorocularmanifestations,butrarelyleadstoretinochoroiditis.WereportacaseofocularherpesCzosterCfollowedCbyCacuteCretinalnecrosis(ARN)inCtheCipsilateralCeyeCandCiritisCinCtheCcontralateralCeye.CCasereport:A78-year-oldfemalepatientdevelopedocularshinglesdevelopedintheregionofthe.rstbranchofthetrigeminalnerve.ShehadbeentreatedwithanticancertherapyforperipheralT-celllymphomaandirregu-laradministrationofsteroidsandacyclovirasaprophylaxisforsidee.ects.Fortreatment,antiviraleyedropsandoralmedicationwasadministered,andtheanteriorocular.ndingsimproved.However,therewasprolongedscleri-tis,CandC1CmonthClater,CsheCbecameCawareCofC.oaters.CVitreousCopacity,CperipapillaryCyellowish-whiteCexudativeCspots,andvascularwhitelineationwereobserved,andvaricella-zosterviruswasdetectedintheanteriorchamberaqueoushumor,resultinginadiagnosisofARN.Thepatientwassuccessfullytreatedwithantiviraldrugs,steroids,andvitrectomy.However,at192daysaftertheonsetofARN,iritiswasobservedinthecontralateraleye.Conclu-sion:Sinceconcernshaverecentlyaroseabouttheseverityofherpeszosterduetotheweakeningoftheboostere.ectCcausedCbyCroutineCvaccinationCwithCtheCvaricellaCvaccine,CaCfundusCexaminationCisCrecommendedCinCtheCfol-low-upofHZOcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(4):539.543,C2023〕Keywords:帯状疱疹ウイルス,眼部帯状疱疹,急性網膜壊死,PCR検査,前房関連免疫偏位.varicella-zostervi-rus,helpeszosterophthalmicus,acuteretinalnecrosis,polymerasechainreaction,anteriorchamberassociatedim-munedeviation.C〔別刷請求先〕安達彩:〒983-8536宮城県仙台市宮城野区福室C1-15-1東北医科薬科大学眼科学教室Reprintrequests:AyaAdachi,DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,1-15-1Fukumuro,Miyagino-ku,SendaiCity,Miyagi983-8536,JAPANCはじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)は,1971年に浦山らによって桐沢型ぶどう膜炎として初めて報告されたウイルス性壊死性網膜炎である1).ARNについての報告が国内外で増えるにつれ,病因として単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が同定されるようになった.VZVによる眼科領域の疾患として眼部帯状疱疹がよく知られている.眼部帯状疱疹は,通常幼少期に初感染し全身に水痘を引き起こしたCVZVが三叉神経節などに潜伏し,加齢や免疫低下などにより三叉神経第一枝領域に再活性化することで発症する.これに対し,ARNは通常は一般的な細胞性免疫や液性免疫にまったく異常を認めない健常人の網膜に突然発症することもある.このようにARNと眼部帯状疱疹はともにCVZVにより生じることがあるにもかかわらず,両者の合併は多くない.現在までに,眼部帯状疱疹に続いて同側眼にCARNを生じた例や対側眼に生図1皮膚科受診時所見鼻尖部を含む左顔面三叉神経第一枝領域に発疹を認めた.じた例はいくつか報告されている2.9)が多くはなく,そのため眼部帯状疱疹の経過観察において眼底観察を怠りがちである.今回,眼部帯状疱疹発症後,同側眼にCARNを認め,続いて対側眼に虹彩炎を認めた患者を経験したため報告する.CI症例患者:78歳,女性.全身既往歴:末梢性CT細胞性リンパ腫にてC5年前からプレドニゾロンC100Cmg5日間併用のCCHOP療法を毎月実施されており,それに伴い,スルファメトキサゾール・トリメトプリム錠,アシクロビル錠の予防投与が継続されていた.眼科既往歴:2年ほど前から複数回,左眼角膜上皮に偽樹枝状あるいは棍棒状の病変を生じており,アシクロビル眼軟膏,バラシクロビル内服投与にて加療されていた.毎回アシクロビル眼軟膏による高度薬剤性角膜炎を生じ,難治であったが最近C10カ月ほどは安定していた.現病歴:左前額部違和感,発疹発症を自覚し,発疹発症C4日目に,左眼の腫脹,眼脂,充血を主訴に関西医科大学附属病院(以下,当院)眼科を受診した.受診時の視力は右眼(1.0),左眼(1.0),眼圧は右眼C18mmHg,左眼C14mmHgであった.左眼眼球結膜の軽度充血,角膜偽樹枝状病変を認め,アシクロビル眼軟膏をC2回処方したが,副作用のためC2日間で自己中断した.発疹発症C7日目,鼻尖部を含む左顔面三叉神経第一枝領域に発疹を認めたため当院皮膚科を受診し,ファムシクロビルC250Cmg,6錠がC7日処方された(図1).発疹発症後C14日目の眼科再診時,左眼充血に対しアシクロビル眼軟膏をC1日C1回再開したが,発疹発症後C21日目には,左眼角膜偽樹枝状病変の再発,軽度微細な角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KP)を認め(図2a),アシクロビル眼軟膏をC1日C2回に増量し,0.1%フルオロメトロン点眼C1日C1回を開始した.しかし,発疹発症後C35日目に,左図2眼科受診時所見a:発疹発症後C21日目の左眼前眼部写真.角膜偽樹枝状病変の再発,軽度の微細な角膜後面沈着物を認めた.Cb:発疹発症後C35日目の左眼前眼部写真.結膜充血,6時方向の角膜実質浮腫,白色角膜後面沈着物の増悪を認めた.Cc:発疹発症後C49日目の左眼眼底写真.網膜周辺部黄白色滲出斑,網膜血管白線化を認めた.発疹発症後日数前眼部所見治療内容の概要021354249以下ARN治療開始後日数三叉神経第1枝帯状疱疹発症偽樹枝状病変・充血角膜実質炎発症角膜所見改善するも,強膜炎悪化急性網膜壊死発症~~対側眼虹彩炎発症アシクロビル眼軟膏ステロイド点眼加療PEA+IOL+PPV+SO注入SO抜去10~~161192図3全経過のまとめ前眼部所見と治療の概要を示す.CPEA+IOL+PPV+SOSO抜去術ARN発症後日数010152950161ACV-IVVACV-IVAMNVACV750mg3回/日1000mg1回/日200mg2錠/日200mg1錠/日ベタメタゾンプレドニゾロン30mg/日から漸減ACV:アシクロビルリン酸エステルNa-IVVACV:バルガンシクロビル6mg1回/日AMNV:アメナメビルIV:静脈内注射図4急性網膜壊死(ARN)に対する治療内容抗ウイルス薬およびステロイドの全身投与により加療した.経過途中C29日目に腎機能悪化により抗ウイルス薬を変更した.眼結膜充血,KPの増悪,同部の角膜高度浮腫を認めたため(図2b),フルオロメトロン点眼をC0.1%デキサメタゾン点眼1日C4回に変更し,継続した.発疹発症後C42日目には,左眼角膜偽樹枝状病変,角膜浮腫,KPなどはすべて改善傾向であったが,強膜炎は全周に及び,高度に増悪した.さらに発疹発症後C49日目には,左眼に飛蚊症が出現し,前房細胞に加えて眼底がかろうじて透見できる程度の硝子体混濁を認めた.そこで発疹発症後初めて散瞳のうえ,眼底検査を実施したところ,硝子体混濁,周辺部黄白色滲出斑,部分的な血管白線化を認めた(図2c).前房水PCRにてVZVが7C×105コピー/ml検出され,ARNと診断した.アシクロビル250CmをC1日C3回,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム6Cmg点滴静注を開始し,網膜.離はなかったものの,ARN治療開始後C10日目には予防的に超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)および眼内レンズ挿入術(intoraoculaarlens:IOL)併用硝子体手術(parsplanaCvitrectomy:PPV)およびシリコーンオイル(siliconeoil:SO)注入術を実施した.ARN治療開始後C15日目に,抗ウイルス薬をバラシクロビルC1,000Cmgに,ステロイドをプレドニゾロンC30Cmgに変更し,その後ステロイドは漸減しC50日で中止とした.ARN治療開始後C29日目にバラシクロビルによる腎機能悪化を認めたため,内科の指示で抗ウイルス薬をアメナメビルC200Cmg2錠に変更し継続投与した.術後速やかに消失し経過良好であったため,ARN治療開始後C51日目にアシクロビルC200Cmg1日C1錠の予防投与に変更し,以後,当院腫瘍内科にてアシクロビルC1日C1錠の予防投与を継続した.ARN治療開始後C161日目にはCSOを抜去し,左眼視力は(0.7),眼圧はC18CmmHgを得た.その後,再燃なく落ち着いていたが,ARN治療開始後C192日目に対側眼に前房内細胞と微細な色素性角膜後面沈着物を伴う非肉芽種表1眼部帯状疱疹から急性網膜壊死(ARN)を生じた既報のまとめ既報性別年齢同側CARN発症時期同側眼前房水CVZV-PCR対側眼CARN発症時期対側眼前房水CVZV-PCR全身状態本症例C78FC6WC7×105C24W(.)免疫抑制(コピー)(虹彩炎)ChambersCetCal,C39MC3WC3W免疫抑制C1989CLito.etal,1990C40CF発症なしC3CW免疫抑制松尾ら,1990C26FC3WC3W妊娠中C20FC3W発症なしネフローゼC29MC3W発症なし免疫抑制CYeoetal,1986C33MC3W発症なし不明C59F発症なしC6WCBrowningCetCal,C43CFC2CW発症なし不明C1987C74MC1W発症なしC78M発症なしC8WC性の虹彩炎を認めた.対側眼の虹彩炎発症時,眼底に異常は認めなかったが対側眼のCARN発症を鑑別するために,前房水CPCRを実施した.VZVを含む各種ウイルスは検出されず,虹彩炎はC0.1%デキサメタゾン点眼C1日C4回にて消炎した.全経過のまとめを図3に,ARN発症からの治療内容を図4に示す.CII考察眼部帯状疱疹とCARNは,ともにヘルペスウイルス群により生じるにもかかわらず,両者の合併は少ない.現在までに13例が合併症例の既報として報告されている(表1).13例のうち,同側眼にCARNが発症したものはC7例で,発症時期までの平均はC2.6週間であった4,6.8).対側眼にCARNが発症したものはC8例で,発症時期までの平均はC6.3週間であった2.9).また,同側,対側眼ともにCARN発症したものはC2例であった4,6).13例のうち,1例の健常人2),5例の不明例7,8)を除き,いずれも免疫不全状態であった.今回の筆者らの症例は既報と同様に免疫不全状態であるが,同側眼のARN発症まではC6週間,対側眼の虹彩炎発症まではC24週間とやや長期間を要していた.本症例にはアシクロビルの予防投与やステロイドの定期投与がなされていたことも関係するかもしれない.原因ウイルスの同定のためにCPCR検査が実施されていたものは,鈴木ら2),中西ら3),正ら9)の3例で,そのうちCPCRからCVZVが検出されたのは,鈴木ら2),中西ら3)のC2例のみであった.中西らの報告は前房水から,鈴木らの報告は涙液から,それぞれCVZVが検出されていたが,コピー数の記載はなかった.鈴木らの報告は,前房水および硝子体液はCPCRを実施したにもかかわらずCVZVは検出されず,原因ウイルスがCVZVと判定することは困難であると記載されている.一方,正らの報告は術中採取した眼内液にCPCR検査を実施したところ,ヘルペスウイルスは陰性であったが,硝子体液中のCVZVIgG抗体価が上昇しており,それぞれCVZVの硝子体液中CIgG量,血清抗体価,血清CIgG量によりCVZV抗体率を算出することで抗体率C25と高値であったため原因ウイルスと同定している.今回の筆者らの例では,PCR検査で前房水から比較的多量(7C×105コピー/ml)のCVZVが検出されていたが,眼部帯状疱疹からCARNを発症した既報では,まだCPCRが普及していない時期の報告も多く,必ずしもCVZV量が多いとも断定できなかった.眼部帯状疱疹において,多発性角膜浸潤や強膜炎が発症した場合に遷延化しやすく,これらの病態ではウイルス量が多いという報告10)もあるが,今回の検討により眼部帯状疱疹によるCVZVのウイルス量とCARN発症機序の関連性は明らかにはできなかった.ARNでは水痘皮内反応の陰性例が多く,細胞性免疫能の低下がCARNの重症化に関与していると報告されており11),その発症には,前房関連免疫偏位(anteriorchamberassoci-atedCimmunedeviation:ACAID)の関与が知られている.つまり,前房という閉鎖空間においては,VZVなどのウイルス特異的に免疫抑制が生じることで炎症を惹起しにくいが,本来正常に機能しなければいけないウイルス排除機能も作用しなくなり,VZVの眼内増殖が助長される可能性があるとされている.通常,眼部帯状疱疹の動物モデルでは,ACAIDにより前房内に投与されたウイルスは同側眼にはCARNを生じないと報告されており12),実際の臨床でも眼部帯状疱疹からのARN発症は多くはない.しかし,本症例のように免疫不全状態が極度の場合は,増殖助長されたウイルスにより,眼部帯状疱疹から同側眼にCARNを生じると推測される.本症例ではCCHOP療法に伴う定期的なステロイド投与という高度の免疫抑制状態に定期的にさらされており,同側眼にCARNが生じたと推測する.もともと眼科既往歴にある複数回の偽樹枝状あるいは棍棒状の角膜所見も,VZVによるものであった可能性が高いと考える.また,対側眼に網膜炎を生じる機序として,vonSzilyのモデルでは,前房内ウイルス→毛様体神経節→動眼神経→CEdinger-Westphal核→視交叉上核→対側視神経→対側網膜という経路が報告されている12).筆者ら症例における対側眼の虹彩炎に関しては,元来対側眼の神経節に潜伏していたCVZVの再活性化により免疫反応として虹彩炎が生じた可能性も否定はできないが,vonSzilyのモデルの経路のように,眼部帯状疱疹から逆行性に対側眼へと進行したウイルスへの免疫反応が生じたとも推測できる.また,他科から不定期・予防的に投与されている抗ウイルス薬やステロイドも発症時期や機転に関係した可能性があると考える.本症例では発疹発症後C4日目に眼科を受診し診療を受けたにもかかわらず,皮膚科受診がC7日目であった.これは眼科医師が眼科受診時に皮膚科受診を促す,あるいはその時点で内服投与すべきであったと考える.過去に筆者らが眼部帯状疱疹を検討した際,発疹発症後に眼科を受診しているにもかかわらず,皮膚科受診あるいは全身投与までの日数が迅速ではないことが判明している13).全身投与が遅れた場合,よりヘルペス後神経疼痛が重症になることが懸念されており14),眼科医による早期診断と,速やかな皮膚科への紹介の啓発が必要だと考える.また,眼部帯状疱疹では結節性強膜炎が遷延化することも筆者らは報告した13).今回の症例についても結節性強膜炎が遷延化することは想定範囲内であったが,偽樹枝状病変や角膜浮腫が明らかに改善しているにもかかわらず,結節性であった強膜炎が発症後C42日目に全周に拡大したことに違和感を覚えた.患者が飛蚊症を訴えたことが眼底検査の契機となったが,おそらく強膜炎が悪化した時点ですでにウイルスは後眼部に波及しつつあったのではないかと考える.患者の訴えを真摯に受け止めることや日ごろの治癒過程との相違点に気づくことが大切だと改めて認識された.2014年に水痘ワクチンの定期接種が開始され,小児における水痘の減少,それに伴ったブースター効果の減弱により近年CVZVによる感染症の重症化が懸念されている13,15).眼部帯状疱疹患者の経過観察において,とくに免疫不全患者の場合,両眼ともにCARNが発症する可能性があることを念頭におき,毎回の両眼眼底観察を怠ってはならないと考えられる.文献1)浦山晃,山田西之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜.離を伴う特異な片眼性急性ブドウ膜炎について.臨眼C25:607-619,C19712)鈴木智,池田恒彦,西田幸二ほか:ヘルペス性角膜炎の僚眼に発症した桐沢型ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C14:1821-1824,C19973)NakanishiF,TakahashiH,OharaK:Acuteretinalnecro-sisCfollowingCcontralateralCherpesCzosterCophthlmicus.CJpnCJOphthalmolC44:561-564,C20004)ChambersCRB,CDerickCRJ,CDavidorfCFHCetal:Varicella-zosterCretinitisisCinChumanCimmunode.ciencyCvirusCinfec-tiontotheeditor.ArchOphthalmolC107:960,C19895)Lito.CD,CCatalanoRA:HerpesCzosterCopticCneuritisCinChumanimmunode.ciencyvirusinfectioncasereport.ArchOphthalmolC108:782,C19906)松尾俊彦,小山雅也,梅津秀夫ほか:水痘の合併症つぃての桐沢型ぶどう膜炎.臨眼C44:605-607,C19907)YeoJH,PeposeJS,StewartJAetal:Acuteretinalnecro-sissyndromefollowingherpeszosterdermatitis.Ophthal-mologyC93:1418-1422,C19868)BrowningCDJ,CBlumenkranzCMS,CCulbertsonCWWCetal:CAssociationCofCvaricellaCzosterCdermatitisCwithCacuteCreti-nalCnecrosisCsyndorome.COphthalmologyC94:602-606,C19879)正健一郎,松島正史,安藤彰ほか:眼部帯状ヘルペス後に他眼に発症した桐沢型ぶどう膜炎.臨眼C53:1895-1899,C199910)InataCK,CMiyazakiCD,CUnotaniCRCetal:E.ectivenessCofCreal-timeCPCRCforCdiagnosisCandCprognosisCofCvaricella-zosterviruskeratits.JpnJOphthalmolC62:425-431,C201811)毛塚剛司:水痘帯状疱疹ウイルスによる眼炎症と免疫特異性.日眼会誌C108:649-653,C200412)VannVR,AthertonSS:NeuralspreadofherpessimplexvirusCafterCanteriorCchamberCinoculation.CInvestCOphthal-molVisSciC32:2462-2472,C199113)安達彩,佐々木香る,盛秀嗣ほか:近年の眼部帯状ヘルペスの臨床像の検討.あたらしい眼科C39:639-643,C202214)漆畑修:帯状疱疹の診断・治療のコツ.日本医事新報4954:26-31,C201915)白木公康,外山望:帯状疱疹の宮崎スタディ.モダンメディアC60:251-264,C2020***

僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例

2019年2月28日 木曜日

《第55回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科36(2):269.272,2019c僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例下川翔太郎石川桂二郎長谷川英一向野利一郎白根茉莉子園田康平九州大学大学院医学研究院眼科学分野CACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticPapillitisintheFellowEyeShotaroShimokawa,KeijiroIshikawa,EiichiHasegawa,Ri-ichiroKohno,MarikoShiraneandKoh-HeiSonodaCDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciencesC僚眼に視神経乳頭炎をきたした急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)のC1例を報告する.症例はC24歳,女性,左眼視力低下を自覚後,徐々に右眼視力低下も自覚し,九州大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力C0.1,左眼矯正視力C0.3で,左眼には硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈閉塞,周辺部網膜壊死を認め,右眼には視神経乳頭炎,網膜血管炎を認めた.両眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)DNAが検出されたため,左眼CARN,右眼視神経乳頭炎・網膜血管炎と診断し,アシクロビル点滴とステロイド内服を開始した.左眼はCARNに対して速やかに硝子体手術を行った.右眼は視神経乳頭周囲の出血と網膜出血の増悪を認め,ステロイドパルス療法を行い徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.ARNの僚眼に認められた視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,視機能障害の原因となるとともに,網膜壊死の前駆病変の可能性があり注意を要する.CWereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticpapillitisinthefelloweye.A24-year-oldfemalepresentedwithdecreasedvisualacuityinherlefteyeandsubsequentdecreaseinherrighteye.UponreferraltoKyushuCUniversityCHospital,CherCbestCvisualCacuitiesCwereC0.1rightCeyeCandC0.3leftCeye.CFundusCexaminationCrevealedvitreousopacity,swollenopticdisc,retinalarteryocclusionandperipheralretinalnecrosisinthelefteyeandopticpapillitisintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)DNAwasdetectedbypolymerasechainreactioninaqueoushumorofbotheyes.Afterdiagnosing,weperformedvitrectomyinthelefteyeandinitiatedsystemicadministrationofacyclovirandmethylprednisolone.Theretinitisinthelefteyeregressedwithinonemonth,leav-ingCatrophicCgranularCpigmentedCscars.CTheCpapillitisCinCtheCrightCeyeCregressedCwithinCtwoCmonths,CleavingCopticCatrophy.CTheCbestCvisualCacuitiesCatC.nalCvisitCwereC0.15inCbothCeyes.CItCisCsuggestedCthatCARNCcausedCbyCVZVCmaydevelopsight-threateningopticpapillitisinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(2):269.272,C2019〕Keywords:急性網膜壊死,視神経乳頭炎,水痘帯状疱疹ウイルス.acuteretinalnecrosis,opticpapillitis,varicellazostervirus.Cはじめに急性網膜壊死(acuteCretinalnecrosis:ARN)は水痘帯状疱疹ウイルス(varicelazostervirus:VZV)または単純へルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)の眼内感染によって引き起こされる網膜ぶどう膜炎であり視力予後不良な疾患である1,2).過去の報告ではCARNは未治療で約C70%の症例で僚眼に発症し,アシクロビルの全身投与で僚眼への発症は約C13%に減少するとされている3).しかしCARNの僚眼に網膜壊死を伴わず視神経症を発症した報告は少ない4).今回,僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎をきたした急性網膜壊死のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:24歳,女性.〔別刷請求先〕下川翔太郎:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:ShotaroShimokawa,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciences,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPANC主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2017年C5月より左眼霧視を自覚し,近医を受診したところ,左眼虹彩炎を認めステロイド点眼を開始された.4日後の前医再診時,左眼前房内炎症所見の増悪を認めステロイド内服加療を開始された.そのC4日後より,右眼視力低下を自覚し,前医を再度受診したところ,両眼ぶどう膜炎を認め,精査加療目的に九州大学病院眼科へ紹介受診となった.右眼左眼図1初診時眼底所見右眼に視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜内出血を認める.左眼に硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認める.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.03(0.1C×sph.3.25D),左眼C0.1(0.3C×sph.3.0D)で,眼圧は右眼C17mmHg,左眼25CmmHgであった.両眼球結膜の充血と左眼豚脂様角膜後面沈着物を認めた.前房内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞,前部硝子体内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞を認めた.右眼は視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜出血,周辺部網膜に血管炎を認めた(図1).左眼は硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認めた.蛍光眼底造影検査では右眼は視神経乳頭と周辺部血管からの蛍光漏出,左眼は網膜血管からの蛍光漏出と周辺部網膜血管の閉塞を認めた.前房水を用いたCpolymerasechainreaction(PCR)stripによる定性検査では,両眼でCVZVDNAが検出され,定量検査では右眼は検出感度未満,左眼はC6C×106copies/mlのVZVDNAが検出された.以上から左眼はCARNと診断した.同日入院のうえ,アシクロビルC1,800Cmg/日の点滴静注とプレドニゾロンC40Cmg/日の内服を開始した.また,左眼には入院日に水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,輪状締結術,シリコーンオイル充.術を施行した.術後,左眼の網膜出血は消退し,シリコーンオイル下で網膜.離は認めなかった.その後も抗ウイルス薬全身投与,ステロイド内服を継続したが,右眼の視神経乳頭周囲の網膜出血と漿液性網膜.離の増悪を認めたため,治療開始後C12日目よりステロイドパルス療法を行った(図2).その後,網膜出血・漿液性網膜.離は徐々に消退した.この間,右眼視力・視野ともに初診時から著変なく経過したが,右眼視神経乳頭は萎縮を残した(図3).本症例では経過中に頭部CMRIを撮像しているが中枢神アシクロビル点滴バラシクロビル内服プレドニゾロン内服メチルプレドニゾロン点滴136912151821入院後日数図2治療経過アシクロビル点滴,プレドニゾロン内服を開始した.その後,右眼の視神経乳頭炎・網膜出血増悪に伴い,ステロイドパルス療法を行った.以後,抗ウイルス薬・ステロイドともに内服とし漸減した.視力(0.1)(0.15)(0.15)(0.15)1カ月4カ月1日目12日目図3経過中の右眼眼底所見と視野障害の変化視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜出血,漿液性網膜.離は徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.視野検査では中心と鼻下側の視野欠損を認め,経過中,視力・視野ともに大きな変化なく経過した.経系に脳炎を含め,異常所見は認めなかった.その後左眼は増殖硝子体網膜症を発症し,初回手術C11カ月後に再度硝子体手術,シリコーンオイル入れ替えを行い,そのC5カ月後に眼内レンズ縫着と再度シリコーンオイル入れ替えを行った.現在,初診時よりC16カ月経過し視力は右眼(0.3),左眼指数弁となっている.CII考察本症例では,ARNの僚眼に網膜壊死を伴わない視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を認めた.ARNに関連する視神経症の病態として,1)神経内の血管炎,2)視神経鞘内の滲出物による圧迫性の虚血性視神経症,3)視神経へのウイルスの直接浸潤,4)視神経内炎症による滲出物が硬膜下腔に貯留することによる視神経圧排(および圧排により続発する網膜血管閉塞)の関与が報告されている5).本症例では,初診時に視神経乳頭の上方から鼻側が蒼白化しており,視野検査では中心および鼻下側に弓状の視野欠損を認めたことや,網膜内出血,網膜下出血を併発していたことより,視神経鞘内や硬膜下腔における炎症産物の貯留による虚血性視神経症や網脈絡膜血管のうっ血をきたした可能性が推測される.ARNの僚眼に視神経乳頭炎を併発した症例のわが国における報告は,筆者らが探すかぎり,藤井らによる報告のみであった4).その報告における視神経乳頭炎では,視野検査で中心暗点を呈し,網膜出血を認めなかったことより,視神経内の血管炎やウイルスの直接浸潤が主病態として考えられる.ARNの僚眼における視神経病変は,局所の病態の違いにより多様な臨床所見を呈する可能性がある.ARNの僚眼における視神経病変の発症機序については,過去に動物実験により検討されている.マウス硝子体腔内にHSV株を注入して作製したマウスCARNモデルにおいて,HSVが罹患眼の視神経から視交叉を経由して僚眼の視神経に達し,注射後C3日目に僚眼の網膜内層に浸潤したという報告や,前房内に注入したCHSVが毛様神経節や視神経から中脳に浸潤したという報告がある6,7).また,同モデルでは,視神経を介して僚眼網膜に浸潤したウイルスは,初期は網膜内層に認められ,その後網膜外層へ浸潤すると全層網膜壊死に至るとされている8).以上の報告から本症例では患眼のVZVが視神経から視交叉を経由して,僚眼の視神経に浸潤して乳頭炎をきたしたと推察される.僚眼に視神経乳頭炎・網膜出血と周辺部網膜血管炎を認め,網膜壊死は認めなかったが進行すると全層網膜壊死に至ることが予想されるため,ARNの前駆病変であった可能性が考えられた.CIII結語ARNの僚眼に認められる視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,その後の視神経萎縮の原因となる.ARNに対する初期治療として行われる抗ウイルス薬の全身投与は,僚眼への発症進展予防に対しても有用であるため9),早期診断,早期治療が患者の視機能維持に重要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,後藤浩:急性網膜壊死,あたらしい眼科C30:C307-312,C20132)Iwahasi-ShimaCC,CAzumiCA,COhguroCNCetal:AcuteCreti-nalnecrosis:factorsCassociatedCwithCanatomicCandCvisualCoutcomes.JpnJOphthalmolC57:98-103,C20133)PalayCDA,CSterbergCJrCP,CDavisCJCetal:DecreseCinCtheCriskCofCvilateralCacuteCretinalCnecrosisCbyCacyclovirCthera-py.AmJOphthalmolC112:250-255,C19914)藤井敬子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死のC1例.あたらしい眼科C34:722-725,C20175)WitmerMT,PavanPR,FourakerBDetal:AcuteretinalnecrosisCassociatedCopticCneuropathy.CActaCOphthalmolC89:599-607,C20116)LabetoulleCM,CKuceraCP,CUgoliniCGCetal:NeuronalCpath-waysCforCtheCpropagationCofCherpesCsimplexCvirusCtypeC1fromConeCretinaCtoCtheCotherCinCaCmurineCmodel.CJGenVirolC81:1201-1210,C20007)WhittumCJA,CMcCulleyCJP,CNiederkornCJYCetal:OcularCdiseaseCinducedCinCmiceCbyCanteriorCchamberCinoculationCofCherpesCsimplexCvirus.CInvestCOphthalmolCVisCSciC25:C1065-1073,C19848)VannVR,AthertonSS:NeuralspreadofherpessimplexvirusCafterCanteriorCchamberCinoculation.CInvestCOphthal-molVisSciC32:2462-2472,C19919)SchoenbergerSD,KimSJ,ThorneJEetal:DiagnosisandtreatmentCofCacuteCretinalCnecrosis.COphthalmologyC124:C382-392,C2017C***

僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死の1例

2017年5月31日 水曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(5):722.725,2017c僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死の1例藤井敬子毛塚剛司臼井嘉彦阿部駿後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticNeuritisinFellowEyeKeikoFujii,TakeshiKezuka,YoshihikoUsui,SyunAbeandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は74歳の男性で,左眼視力低下を自覚した2週間後に東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力0.7,左眼0.05(矯正不能)で,左眼には周辺部網膜に融合した黄白色病変が,右眼には視神経乳頭の腫脹がみられた.左眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)が検出されたため,左眼ARN,右眼視神経乳頭炎と診断し,アシクロビルの点滴静注を開始した.その後,ベタメタゾンの点滴静注を追加し,左眼ARNに対して硝子体切除術を行った.しかし,初診から4カ月後に左眼に視神経乳頭炎の再発を認めたため,アシクロビルおよびベタメタゾンの点滴静注を再開した.ARNにおける視神経乳頭炎の発症には,VZVの関与が考えられ,視神経を介して僚眼に重篤な視神経障害を引き起こす可能性が示唆された.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticneuritis(ON)developedinthefelloweye.A74-year-oldmalepresentedwitha2-weekhistoryofdecreasedvisualacuityinhislefteye.Hisbest-correctedvisualacuitieswere0.7righteyeand0.05lefteye;fundusexaminationrevealedwhite-yellowishretinallesionsatthemidperipheryinthelefteyeandswollenopticdiscintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)wasdetectedfromaqueoushumorbyPCR.Aftersystemicadministrationofacyclovirandbetamethasone,vitrectomywasper-formedinthelefteye.Fourmonthsafterinitialpresentation,ONrecurredinthelefteye.Treatmentwithacyclo-virandbetamethasonewasrepeated.ItissuggestedthatARNcausedbyVZVmaydevelopsight-threateningONinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):722.725,2017〕Keywords:急性網膜壊死,水痘帯状疱疹ウイルス,視神経乳頭炎.acuteretinalnecrosis,varicellazostervirus,opticneuritis.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の眼内感染により生じるきわめて予後不良な疾患である1).患眼の網膜壊死とともに視神経障害により視機能の低下をきたすことがあるが2),僚眼に視神経症を主体とした病変を発症することはまれである3).今回,片眼の急性網膜壊死と同時に僚眼にも視力予後不良な視神経乳頭炎(opticneuritis:ON)を発症した1例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,男性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:糖尿病(当院受診時のHbA1C:6.2%).現病歴:2015年6月より左眼の視力低下を自覚し,その2週間後に近医を受診したところ,眼底所見からARNが疑われたため,東京医科大学病院眼科へ紹介受診となった.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.6(0.7×sph+0.50D),左眼0.05(矯正不能)で,眼圧は右眼11mmHg,左眼9mmHgであった.左眼には小白色の角膜後面沈着物と一部,〔別刷請求先〕藤井敬子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:KeikoFujii,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN722(120)右眼左眼図1初診時眼底所見右眼で視神経乳頭の発赤がみられ,左眼で周辺部網膜に融合した黄白色病変がみられる.虹彩後癒着を認め,前房内には細胞(1+)がみられた.右眼の前眼部と中間透光体には異常を認めなかった.左眼の眼底周辺部には融合した網膜黄白色病変および視神経乳頭の腫脹がみられ,右眼の視神経乳頭には浮腫を生じていた(図1).以上の臨床所見に加え,左眼の前房水を用いたpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルス検索の結果,VZVが検出(5.96×105copies/ml)されたため,左眼はARNと診断した.入院のうえ,アシクロビル2,250mg/日の点滴静注を開始した.糖尿病の既往があったことから,治療開始当初はステロイドの全身投与は併用しなかった.しかし,治療開始後3日目に乳頭浮腫のみられた右眼の視力が右30cm手動弁(矯正不能)と著しく低下,左眼視力もこの時点で0.02(矯正不能)まで低下した.右眼のONの悪化を考え,血糖コントロールに注意しながらベタメタゾン8mg/日の併用を開始した.しかし,その2日後には右眼指数弁,左眼手動弁まで視力低下をきたし,左眼の眼底では網膜の黄白色病変が全周性に融合,拡大し,硝子体混濁も増強した(図2).網膜.離の発症予防も兼ねて,初診から10日後に左眼に対して水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,シリコーンオイル充.術および輪状締結術を施行した.アシクロビル1,500mg/日とデキサメタゾン6mg/日の点滴静注は継続した.なお,ヘルペス脳炎の除外目的に頭部核磁気共鳴画像法(magneticres-onanceimage:MRI)を撮像したが,脳炎併発の可能性は否定された.術後2日目の時点で左眼視力は0.01(0.08×sph+8.00D(cyl.2.50DAx180°)まで回復したが,求心性視野狭窄をきたしており,この時点で右眼視力は0.02(矯正不能),視野には中心暗点が残存していた(図3).その後,右眼視神経乳頭の発赤と腫脹は徐々に軽減したが,両眼とも次第に視神経乳頭は蒼白になっていった.初診時から2カ月後にはバラシクロビルおよびプレドニゾロン内服を中止したが,視力は右眼0.05(矯正不能),左眼図2初診から5日目の左眼眼底所見網膜黄白色病変はさらに融合,拡大している.(0.3×sph+7.00D(cyl.4.00DAx125°)と回復傾向にあった.しかし,その2カ月後,左眼視力30cm手動弁と再び視力の低下をきたし,視野も鼻側にわずかに残存する状態となった(図4).左眼の眼内に新たな炎症所見はみられず,視神経乳頭にわずかな腫脹がみられたため,左眼にも右眼と同様のONを発症したものと判断,緊急入院のうえ,アシクロビル1,500mg/日,ベタメタゾン6mg/日の点滴静注を再度開始した.その結果,視力・視野ともに大きな改善はないものの,自覚症状は改善したためバラシクロビルおよびプレドニゾロン内服に切り替え,退院となった.退院から8カ月後にはバラシクロビルおよびプレドニゾロンの内服を中止し,視力は右眼0.03(矯正不能),左眼0.04(矯正不能)となっている(図5).II考按ARNの視力予後不良因子として,網膜.離の有無や硝子体手術後の増殖硝子体網膜症,病因ウイルスとしてのVZVなどがあげられるが,網膜病変のみでなく,視神経障害の存左眼右眼図3初診から12日目の左眼の硝子体手術後,動的視野検査右眼では中心暗点,左眼では求心性視野狭窄がみられる.左眼右眼図4視神経炎再発後の動的視野検査プレドニゾロンの内服中止から2カ月後に再び,右眼0.03,左眼30cm手動弁まで視力低下をきたし,左眼では鼻側にわずかに視野を残すのみとなった.在も視力予後不良な原因と考えられている1,4).硝子体切除術により網膜復位が得られても視力予後不良な例,もしくは視力は良好だが重篤な視野障害が残存してしまう例は以前より報告されている2,5).また,ARNに対する硝子体手術および網膜復位術後のシリコーンオイル抜去について,最終的にシリコーンオイルを抜去できない割合は約23.1%という報告もある2).この硝子体切除術後の視機能障害の原因としては,視神経に対する何らかの障害が推測される.筆者らは以前,ARNの罹患眼では僚眼と比較して乳頭周囲網膜神経線維が菲薄化し,視神経乳頭辺縁部の形態異常と乳頭陥凹の拡大がみられることを報告している2).すなわち,ARNの視力予後には,網膜障害だけでなく視神経障害が関与していることが考えられる.ARNにおける視神経障害の要因として,ウイルスによる視神経への直接的な障害以外にも炎症性サイトカインの関与も考えられる.以前よりINF-gとTNF-aは神経障害因子として,IL-6は神経保護因子として知られており,ARNではTh1関連サイトカインであるIFN-gおよびTNF-aが硝子体液中で高値であったとする報告がある6).また,ARNと僚眼の視神経症の関係については,マウスARNモデルにおいて羅患眼の前房内に注入したHSVが視神経および中枢神経を介して10.14日後に僚眼へ到達することを証明した報告7.10)や,病初期では視神経症しか認めなくとも,その後網膜壊死を発症するとの報告4,11,12)がある.三叉神経節・毛様体神経節にHSV-1およびVZVが潜伏しているとの報告13)も併せると,眼内に潜伏したウイルスが視神経を経て網膜へ波及する可能性が推測される.今回の症例では,経過中に罹患眼と僚眼に視神経症をきたしており,毛様体神経節に潜伏していたVZVが左眼にARNを発症させた後,視神経から視交叉を介して右眼の視神経へと波及することで僚眼にONをきたした可能性が推測される.ただし,今回の症例も右眼の視神経病変が左眼の網膜病変と並行して進行していったのか否か,その詳細については不明である.アシクロビル2,250mg/日1,500mg/日1,500mg/日デキサメタゾン8mg/日6mg/日6mg/日バラシクロビル1,500mg/日~矯正視力0.2(logMAR)0.40.60.81.01.21.41.61.82.02.2右眼左眼左眼視神経症発症手術施行視神経症発症図5視力と手術・薬物加療の推移点滴薬としてアシクロビル・デキサメタゾンを,内服薬としてバラシクロビル・プレドニゾロンを投与した.なお,バラシクロビルは1カ月ごとに500mgずつ,プレドニゾロンは1週間ごとに5mgずつ漸減している.今回経験した症例から,改めてARNの視力予後を向上させるには視神経障害を最小限に抑えることが重要であると再認識させられた.視神経障害の発症メカニズム,視神経障害と眼内液中の液性因子の関連,さらには治療法の改善などにつなげていくことが重要であろう.III結論ARNとともに僚眼に予後不良なONを発症した1例を経験した.ONの発症にもVZVの関与が考えられ,視神経を介した感染ルートが推察された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)臼井嘉彦,竹内大,山内康行ほか:硝子体手術を施行した急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)52例の検討.日眼会誌114:362-368,20103)西村彰,鳥崎真人,棚橋俊郎ほか:片眼の視神経腫脹を伴った両眼急性網膜壊死症候群の1症例.臨眼45:1291-1296,19914)FriedlanderSM,RahhalFM,EricsonLetal:Opticneu-ropathyprecedingacuteretinalnecrosisinacquiredimmunode.ciencysyndrome.ArchOphthalmol114:1481-1485,19965)臼井嘉彦,毛塚剛司,竹内大ほか:急性網膜壊死患者における網膜視神経線維層厚と乳頭形状の検討.あたらしい眼科27:539-543,20106)柴田匡幾,佐藤智人,田口万蔵ほか:ぶどう膜炎における硝子体液中のヘルパーTおよび制御性T細胞関連炎症性サイトカインの解析.日眼会誌119:395-401,20157)AthertonSS,StreileinJW:TwowavesofvirusfollowinganteriorchamberinoculationofHSV-1.InvestOphthalmolVisSci28:571-579,19878)WhittumJA,McCulleyJP,NiederkornJYetal:Ocularsideaseinducedinmicebyanteriorchamberinoculationofherpessimplexvirus.InvestOphthalmolVisSci25:1065-1073,19849)VannVR,ArthertonSS:Neuralspreadofherpessimplexvirusafteranteriorchamberinoculation.InvestOphthal-molVisSci32:2462-2472,199110)LabetoulleM,KuceraP,UgoliniGetal:Neuralpathwaysforthepropagationofherpessimplexvirustype1fromoneretinatotheotherinamurinemodel.JGenVirol81:81:1201-1210,200011)GrevenCM,SinghT,StantonCAetal:Opticchiasm,opticnerve,andretinalinvolvementsecondarytoVaricel-la-Zostervirus.ArchOphthalmol119:608-610,200112)KamgSW,KimSK:Opticneuropathyandcentralretinalvascularobstructionasinitialmanifestationsofacutereti-nalnecrosis.JpnJOphthalmol45:425-428,200113)RichterER,DiasJK,GillbertJEetal:DistributionofHSV-1andVZVingangliaofthehumanheadandneck.JInfectDis200:1901-1906,2009

発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1769.1772,2011c発症から3年および21年後に僚眼に再発した急性網膜壊死の1例森地陽子臼井嘉彦奥貫陽子坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisRecurrenceinFellowEye3and21YearsafterInitialOnsetYokoMorichi,YoshihikoUsui,YokoOkunuki,JunichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity発症から3年後および21年後の2回にわたり僚眼に再発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は39歳の男性で,1988年に右眼の霧視を自覚,当院を紹介受診し,単純ヘルペスウイルス(HSV)-ARNと診断された.その3年後,左眼に前眼部炎症と眼底周辺部に黄白色滲出斑を認めた.眼内液よりHSV-DNAが検出され,僚眼におけるARNの再発と考えられた.さらに18年後,左眼に前眼部炎症,硝子体混濁,眼底に黄白色の滲出病巣と網膜.離を生じ,眼内液よりHSV-2-DNAが4.7×102copy/ml検出され,ARNの僚眼における再発と診断した.まれではあるがARNは僚眼に再発することがある.原因としてはHSVの眼局所における再活性化の可能性が推測される.Wereportacaseofherpessimplexvirus(HSV)-relatedacuteretinalnecrosis(ARN)syndromethatrecurredinthefelloweyetwice─3and21yearsaftertheinitialonset.A39-year-oldmalepresentedwithblurredvisioninhisrighteyein1988.HewasdiagnosedwithARNcausedbyHSV.Threeyearslater,hislefteyeshowedanterioruveitiswithyellowish-whiteretinallesionsintheperipheryofthefundus.HSV-DNAwasdetectedintheintraocularfluid,leadingtoadefinitivediagnosisofARN.After18years,hislefteyeshowedanterioruveitis,vitreousopacity,yellowish-whiteretinallesionsofthefundusandretinaldetachment.HSV-2-DNA(4.7×102copy/ml)wasdetectedintheintraocularfluid.ARNrarelyrecursinthefelloweye.RecurrencemaybecausedbylocalreactivationofHSV.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1769.1772,2011〕Keywords:急性網膜壊死,単純ヘルペスウイルス,PCR法,再発.acuteretinalnecrosis,herpessimplexvirus,polymerasechainreaction,recurrence.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純へルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)により生じる視力予後不良な疾患である1,2).1986年にBlumenkrauzらは,ARNの34%が両眼に発症すると報告している3).わが国において,ARNの治療薬としてアシクロビルが使用され始めたのは1985年頃である4)が,アシクロビルの全身投与治療によりARNの両眼発症例の頻度は減少し,筆者らの過去の報告では8.8%1),英国における全国調査においても9.7%5)とアシクロビル治療導入前と比較して明らかに減少している.ARNが僚眼にも発症する場合,先発眼の発症からは比較的短期間のことが多いとされる4)が,長期経過後に発症する例も報告されている6.15).しかし,同一眼に複数回にわたって再発をきたす症例はきわめて少ない8,10).以前筆者らは,片眼発症から3年6カ月に発症したHSVによるARNの1例を報告している16)が,その症例が18年〔別刷請求先〕森地陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoMorichi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-shinjuku,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)1769 後,すなわち初診時から21年後に再度僚眼に再発をきたしたため,その臨床経過を中心に報告する.I症例患者:39歳,男性.主訴:右眼の霧視.既往歴:20年前に左眼ぶどう膜炎の診断を受けているが,その詳細については不明である.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:1988年2月に突然,右眼の霧視を自覚した.近医を受診した際にぶどう膜炎の診断を受け,東京医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介受診となった.初診時右眼発症時の眼所見と臨床経過:視力は右眼0.04(0.4×.1.50D),左眼0.8(1.0×.0.75D),眼圧は右眼36mmHg,左眼16mmHgであった.右眼には豚脂様角膜後面沈着物と前房内に中等度の炎症を認めた.視神経乳頭に発赤,腫脹がみられ,網膜動脈に沿った出血と黄白色滲出斑が眼底周辺部の広範囲にわたってみられた.左眼には20年前のぶどう膜炎によると思われる虹彩後癒着と白内障がみられ,眼底周辺部には網膜変性巣がほぼ全周にわたって観察された.蛍光眼底造影検査では右眼の広範囲に閉塞性網膜血管炎を思わせる所見を認め,左眼は散瞳不良のため撮影が困難であった.以上の眼所見よりARNを疑い,諸検査を施行したところ,右眼の前房水を用いて測定した抗体率Q値はHSVが18.9と高値を示した.また,同じく前房水を用いたdothybridization法によりHSV-DNAが検出されたが,VZVとサイトメガロウイルスは検出されなかった.なお,このときはHSVの型別検査は実施しなかった.その他,全身に異常所見は認められなかった.以上より本症をHSVによるARNと診断し,アシクロビルと副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を主体とした治療を開始した.しかし,治療開始2カ月後に右眼の網膜.離をきたしたため,輪状締結術を併用した硝子体手術を施行した.術後の経過は良好であったが,右眼発症後3年6カ月経過した1991年8月に僚眼である左眼の霧視を自覚し,当科を再受診となった.左眼(後発眼)発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼0.02(0.06×+16.00D),左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼16mmHgであった.左眼には角膜後面沈着物とともに中等度の虹彩毛様体炎,虹彩後癒着および白内障がみられた.僚眼におけるARNの再発が疑われたため,前房水を採取してpolymerasechainreaction(PCR)法を施行したところ,HSV-DNAが検出された.このときはHSVの型別検査は実施しなかった.PCR法施行後4日目より,左眼眼底周辺部に黄白色滲出斑と閉塞性血管炎が出現した.アシクロビル,インターフェロン-bの全身投与を行ったところ,1770あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011図1初発から21年後に2度目の再発をきたしたときの左眼眼底写真硝子体混濁と眼底の下方に黄白色滲出斑(矢印)および約1象限の網膜.離を認める(矢頭).3週間後には眼底の滲出斑は消失し,病変は鎮静化した.この左眼における再発時には糖尿病がみられたため,ステロイドの全身投与は行われなかった.なお,耐糖能異常以外には全身的な異常はみられず,特に免疫抑制状態を示唆する検査所見もみられなかった.先発眼である右眼は徐々に低眼圧となり,最終的に眼球瘻となっていった.その後,初発から21年経過した2009年2月,再び左眼の飛蚊症を自覚したため,再度当科を紹介受診となった.左眼の2度目の発症時眼所見と臨床経過:視力は右眼光覚弁なし,左眼1.2(矯正不能)で,眼圧は右眼2mmHg,左眼11mmHgであった.左眼の眼底には硝子体混濁と眼底下方に黄白色滲出斑とともに約1象限の網膜.離がみられ,2週間後には.離が黄斑部に及び,矯正視力も0.1まで低下した(図1).検眼鏡的には観察可能な範囲内で明らかな網膜裂孔は検出されなかった.その他,糖尿病以外は全身に異常所見は認められなかった.再初診時に採取した左眼前房水からは,real-timePCR法でHSV-2-DNAが4.7×102copies/ml検出された.入院時よりアシクロビル2,250mg点滴/日,ベタメタゾン2mg点滴/日を9日間使用した.点滴開始後6日には網膜.離に対して輪状締結術を併用した硝子体手術およびシリコーンオイル注入術を施行した.術後,網膜は復位し,左眼矯正視力は0.1から0.6に改善した.退院後は塩酸バラシクロビル3,000mg内服/日を2カ月間,プレドニゾロン10mg内服/日を5日間継続した.2009年10月にシリコーンオイルを抜去し,その後1年経過した現在まで眼底所見の悪化はなく,左眼の矯正視力は0.8,眼圧は10mmHgで(108) 図22度の再発に対して治療を行った後の左眼眼底所見輪状締結術を併用した硝子体手術後,網膜は復位し,眼底所見は鎮静化している.ある(図2).II考按ARNにおける再発はまれであるが,その機序にはヘルペスウイルスの再活性化が推察されている17).再活性化の誘因として,宿主の細胞性免疫の低下,副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の使用,手術,外傷,高体温,紫外線曝露などが報告されている17.19).本症例においては,僚眼におけるいずれの再発作時にも全身的な異常を認めず,明らかな誘因を特定することは困難であった.ただし,2回目の再発時には年齢が63歳であったことから,加齢による免疫能の低下がHSVの再活性化に関与した可能性はあったかもしれない.ARNの両眼発症例では,先発眼発症から僚眼発症までの期間は1カ月以内の症例が全体の68.4%で,比較的短期間における発症が多いとの報告がある4).一方,今回筆者らが経験した症例のように,長期間経過した後に僚眼へ再発した報告も少ないながら散見される.筆者らが調べた限りでは,ARNが発症し10年以上経過した後に僚眼の再発をきたした症例はこれまでに10例の報告がある6.15).その内訳は,患眼発症から10年以上19年以内に僚眼へ発症をきたした症例が5例6.10),20年以上経過した後に僚眼へ発症をきたした症例が5例11.15)であった.しかし,これら10症例のうち,浦山らが初めてARNを報告した1971年20)以前に先発眼が発症した症例が7例6,7,9,10,13.15)を占め,さらに,いずれの症例についても先発眼に対するウイルス学的検索は行われておらず,真にARNを罹患した長期経過後の再発例であったか否かは不明である.このように初発時に眼内液からウイ(109)ルスの同定が可能であった報告は乏しいが,今回筆者らが経験した症例では1988年の初発時と,その後2回の再発時において,いずれも眼内からHSVが同定され,その経過を追跡することができた.なお,本症例では詳細は不明であるが,当科を初診した1988年より約20年前にも左眼のぶどう膜炎を指摘されており,当科初診時にはすでに虹彩後癒着,併発白内障,および眼底周辺部の変性巣が存在していた16).ARNの両眼発症例のうち,僚眼における2回以上の発症はきわめてまれである10)が,初発時より20年前の左眼におけるぶどう膜炎もHSVに起因した炎症であったと仮定すると,本症は左眼に計3回の発症をくり返したことになる.ARNの視力予後は,real-timePCR法で測定される原因ウイルスのコピー数と相関するという報告がある21,22).特に原因ウイルスが104copies/ml以上の場合には,経過中に網膜壊死病巣が眼底の後極付近まで進行することが多いという23).一方,ウイルスが102.3copies/mlの際には網膜壊死病巣は眼底周辺部に限局し,薬物療法のみでも視力予後が良好なことがあるという23).本症例の先発眼における視力は光覚弁なしときわめて不良であったのに対し,後発眼の最終矯正視力は0.8と良好であった.これは後発眼のウイルスコピー数が柞山らの報告24)と同様,前房水中で102copies/mlと比較的少なかったため,良好な視力予後となった可能性が考えられた.いずれにしても,ARNでは長期経過の後に僚眼を含めた再発の可能性があることを念頭に置く必要があると考えられた.III結語片眼発症から3年後および21年後に僚眼に発症したHSVによるARNの1例を経験した.まれではあるがARNは僚眼にくり返し発症することがある.文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20083)BlumenkrauzMS,CulbertsonWW,ClarksonJGetal:Treatmentoftheacuteretinalnecrosissyndromewithintravenousacyclovir.Ophthalmology93:296-300,19864)坂井潤一,頼徳治,臼井正彦:桐沢・浦山型ぶどう膜炎(急性網膜壊死)の抗ヘルペス療法と予後.眼臨85:876881,19915)MuthiahMN,MichaelidesM,ChildCSetal:Acuteretinalnecrosis:anationalpopulation-basedstudytoassesstheincidence,methodsofdiagnosis,treatmentstrategiesandoutcomesintheUK.BrJOphthalmol91:1452あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111771 1455,20076)SagaU,OzawaH,SoshiSetal:Acuteretinalnecrosis(Kirisawa’suveitis).JpnJOphthalmol27:353-361,19837)SaariKM,BokeW,MantheyKFetal:Bilateralacuteretinalnecrosis.AmJOphthalmol93:403-411,19828)MatsuoT,NakayamaT,BabaT:Sameeyerecurrenceofacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol131:659-661,20019)LudwigIH,ZegarraH,ZakovZN:Theacuteretinalnecrosissyndrome.Possibleherpessimplexretinitis.Ophthamology91:1659-1664,198410)RabinovitchT,NozikRA,VarenhorstMP:Bilateralacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol108:735736,198911)SchlingemannRO,BruinenbergM,Wertheim-vanDillenPetal:Twentyyears’delayoffelloweyeinvolvementinherpessimplexvirustype2-associatedbilateralacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol122:891-892,199612)山崎有加里,河原澄枝,木本高志ほか:長期経過後に他眼に再発した桐沢型ぶどう膜炎の2例.眼臨98:1056,200413)MartinezJ,LambertHM,CaponeAetal:Delayedbilateralinvolvementintheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol113:103-104,199214)EzraE,PearsonRV,EtchellsDEetal:Delayedfelloweyeinvolvementinacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol120:115-117,199515)FalconePM,BrockhurstRJ:Delayedonsetofbilateralacuteretinalnecrosissyndrome:A34-yearinterval.AnnOphthalmol25:373-374,199316)岩本衣里子,後藤浩,薄井紀夫ほか:3年6カ月後に他眼に発症した桐沢・浦山型ぶどう膜炎の1例.眼臨86:2453-2457,199217)GaynorBD,MargolisTP,CunninghamETJr:Advancesindiagnosisandmanagementofherpeticuveitis.IntOphthalmolClin40:85-109,200018)ItohN,MatsumuraN,OgiAetal:Highprevalenceofherpessimplexvirustype2inacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithherpessimplexvirusinJapan.AmJOphthalmol129:404-405,200019)TranTH,StanescuD,Caspers-VeluLetal:ClinicalcharacteristicsofacuteHSV-2retinalnecrosis.AmJOphthalmol137:872-879,200420)浦山晃,山田酉之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜.離を伴う特異的な片眼性急性ぶどう膜炎について.臨眼25:607-619,197121)AbeT,SatoM,TamaiM:Correlationofvaricella-zosterviruscopiesandfinalvisualacuitiesofacuteretinalnecrosissyndrome.GraefesArchExpOphthalmol236:747-752,199822)AsanoS,YoshikawaT,KimuraHetal:MonitoringherpesvirusesDNAinthreecasesofacuteretinalnecrosisbyreal-timePCR.JClinVirol29:206-209,200423)杉田直,岩永洋一,川口龍史ほか:急性網膜壊死患者眼内液の多項目迅速ウイルスpolymerasechainreaction(PCR)およびreal-timePCR法によるヘルペスウイルス遺伝子同定.日眼会誌112:30-38,200824)柞山健一,渋谷悦子,椎野めぐみほか:若年で発症し5年の間隔をあけ僚眼に発症したと考えられた単純ヘルペスウイルスによる急性網膜壊死.臨眼61:751-755,2007***1772あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(110)

急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(123)5390910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):539543,2010c〔別刷請求先〕臼井嘉彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学病院眼科Reprintrequests:YoshihikoUsui,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討臼井嘉彦毛塚剛司竹内大奥貫陽子後藤浩東京医科大学眼科学教室RetinalNerveFiberLayerThicknessandOpticNerveHeadMorphometryinAcuteRetinalNecrosisYoshihikoUsui,TakeshiKezuka,MasaruTakeuchi,YoukoOkunukiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚(retinalnerveberlayerthickness:RNFLT)と視神経乳頭形状の特徴について検討する.対象および方法:対象は東京医科大学病院眼科でARNと診断され,治療の結果寛解期となった15例15眼(男性9例,女性6例),平均年齢52.3歳である.光干渉断層計(OCT3000,CarlZeiss社)のFastRNFLthickness(3.4)ならびにFastOpticNerveHeadで走査を行い,RNFLthicknessaverageanalysisならびにOpticNerveHeadAnalysisを用いてRNFLTと乳頭形状を解析した.僚眼をコントロールとした.なお,6D以上の強度近視眼は除外した.結果:ARN罹患眼では僚眼と比較してRNFLTが有意に減少していた(94.0vs105.6μm,p<0.05).また,ARN罹患眼では僚眼と比較して視神経乳頭辺縁部におけるverticalintegratedrimareaの有意な減少と視神経乳頭陥凹の拡大がみられた.一方,硝子体手術が回避された経過良好なARN症例のみでは,僚眼と比較してRNFLTおよび視神経乳頭の形状に有意な差異はみられなかった.結論:ARNではRNFLTの減少と視神経乳頭辺縁部の形態異常を生じることが判明し,視力予後不良なことが多い本症の原因の一つと考えられた.ただし,これらの変化については硝子体手術や眼内充物質などの影響も関与している可能性があり,さらに検討を要する.Purpose:Toconductretinalnerveberlayerthickness(RNFLT)measurementandopticnerveheadmor-phometryusingopticalcoherencetomography(OCT3000,Zeiss-HumphreyInstruments)inpatientswithacuteretinalnecrosis(ARN).Methods:Westudied15eyesof15patients(9male,6female;meanage:52.3years)whohadbeendiagnosedwithARNattheDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityandhadachievedremissionasaresultoftreatment.RNFLTaverageanalysisandopticnerveheadanalysiswereconduct-edusingtheOCT3000byscanningtheaectedeyewiththeFastRNFLT(3.4)andFastOpticNerveHeadproto-cols,respectively.Thefelloweyeservedascontrol.Patientswithhigh-degreemyopia(6Dorabove)wereexcludedfromthisstudy.Results:RNFLTwassignicantlyreducedintheaectedeyesascomparedtothefel-loweyes(94.0vs.105.6μm,p<0.05).Signicantdecreaseinverticalintegratedrimareaattheopticaldiscmar-ginandexpansionofthecupwereobservedintheaectedeyes,ascomparedtothefelloweyes.Ontheotherhand,inpatientswhoweresparedvitrectomyandhadafavorableclinicalcourse,nodierenceswereseeninRNFLTandopticdiscmorphologyincomparisontothefelloweyes.AtthetimeofOCTexamination,weobservedsignicantpositivecorrelationbetweenlogvisualacuityandRNFLthickness,andsignicantnegativecorrelationbetweenRNFLTanddisc-to-cuparearatio.Conclusions:ThepresentstudydemonstratedreductioninRNFLTandmorphologicalabnormalityattheopticdiscmargininARN,whichcouldbeacauseofthepoorvisualoutcomecharacteristicofthisdisease.However,itisalsopossiblethatthesechangesareassociatedwithvitrectomyandintraoculartamponade;furtherinvestigationisnecessary.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):539543,2010〕Keywords:急性網膜壊死,乳頭周囲網膜神経線維層厚,視神経乳頭形状,光干渉断層計(OCT).acuteretinalnecrosis,retinalnerveberlayerthickness,morphometryoftheopticnervehead,opticalcoherenttomography.———————————————————————-Page2540あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(124)はじめに桐沢型ぶどう膜炎(急性網膜壊死;acuteretinalnecro-sis;ARN)は,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の眼内感染により生じるきわめて視力予後不良な疾患である13).視力予後不良な原因として,網膜壊死によって高率に生じる網膜離や増殖硝子体網膜症のほかに,視神経障害の存在が考えられる1,3).近年,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は黄斑疾患の形態変化や網膜厚の測定に加え,緑内障47),視神経炎8,9),網膜色素変性10)や硝子体手術後1113)の視神経乳頭評価,視神経乳頭形状解析や乳頭周囲網膜神経線維層厚(retinalnerveberlayerthickness:RNFLT)の評価など,多くの疾患で臨床応用されている.今回筆者らは,ARN症例のRNFLTと視神経乳頭形状の特徴について,OCT3000(CarlZeissMeditecInc,Dublin,USA)を用いて検討したので報告する.I対象および方法1995年11月から2007年10月に東京医科大学病院眼科ぶどう膜炎外来でARNと診断され,治療の後に寛解期となった15例15眼(男性9例,女性6例)を対象とした.いずれも原則として1994年にAmericanUveitisSocietyが定めたARN診断基準14)を満たしている症例で,平均年齢52.3図1OCTによる急性網膜壊死の平均網膜神経線維層厚右眼(罹患眼)は,左眼(僚眼)と比較して全体的に網膜神経線維層厚が薄くなっていた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010541(125)歳,観察期間は22169カ月(平均66カ月)であった.病因ウイルスはHSVが2例,VZVが13例であった.15例中8例に経毛様体扁平部硝子体手術が施行された.これらの症例はアシクロビルと副腎皮質ステロイド薬による点滴治療後,経過中に網膜離を生じた症例のほか,網膜離は未発生ながら後部硝子体離を生じ,網膜への牽引が顕著となった段階で硝子体切除術が行われた症例であった.初回硝子体手術の術式の内訳は,4眼は硝子体切除術+水晶体摘出術+輪状締結術+シリコーンオイルタンポナーデ,3眼は硝子体切除術+水晶体摘出術+輪状締結術+ガスタンポナーデ(SF6ガス),1眼は硝子体切除術+輪状締結術+シリコーンオイルタンポナーデであった.OCT3000の測定は経験豊富な検者によって施行され,すべてトロピカミドとフェニレフリンによる散瞳の後に測定を行った.検者はARNの病状や硝子体手術の有無についてはあらかじめ知ることなく測定した.視神経乳頭周囲のRNFLTと視神経乳頭形状を測定する内蔵のFastRNFLthickness(3.4)ならびにFastOpticNerveHeadのスキャンパターンを使用し,測定結果はRNFLthicknessaverageanalysisならびにOpticNerveHeadAnalysisを用いて解析した.僚眼をコントロールとし,Signalstrengthが6以下および6D以上の強度近視眼と固視不良眼は除外した.Wilcoxon符号付順位和検定およびPearsonの相関係数を統計解析ソフトであるJMPversion7を用い,p<0.05を統計学的に有意差ありとした.II結果ARN15例の罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ94.0±23.9μm,105.6±15.1μmで,罹患眼では有意にRNFLT値が減少していた(p<0.05)(図2).硝子体手術を施行した群と経過が良好であったため硝子体手術が回避された群で比較検討したところ,硝子体手術施行8例の罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ87.2±26.2μm,108.8±14.8μmで,罹患眼では有意にRNFLT値が減少していた(p<0.05)(図3a).一方,硝子体手術が行われなかった経過良好なARN7症例では,罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ101.7±15.5μm,101.9±14.5μmで有意な差異はみられなかった(図3b).乳頭面積は罹患眼で平均2.4±0.7mm2,正常眼で平均2.3±0.4mm2,陥凹面積は罹患眼で平均1.1±0.9mm2,正常眼で平均1.0±0.7mm2であり,統計学的に有意な差は認められなかった.乳頭陥凹面積比は罹患眼で平均0.50±0.27,正常眼で平均0.35±0.16であり,統計学的に有意差を認めた(図4).Verticalintegratedrimarea(VIRA)は罹患眼で平均0.3±0.3mm3,正常眼で平均0.5±0.6mm3と統計学的に有意差を認めた(図5a).また,horizontalintegratedrimarea(HIRA)は,罹患眼で平均1.4±0.4mm2,正常眼で1.7±0.4mm2と統計学的有意差は認めなかった(p=0.064)(図5b).硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例では,僚眼と比較して乳頭陥凹面積比,VIRAおよびHIRAともに統計学的に有意差を認めなかった.罹患眼対数視力,RNFLT,乳頭陥凹面積比の相関関係の検討では,OCT施行時における罹患眼の対数視力とRNFLTとの間には有意な正の相関が認められた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05)(図6a).また,RNFLTは120100806040200罹患眼平均:94.0μm僚眼平均:105.6μm平均RNFLT(μm)*図2急性網膜壊死罹患眼と僚眼の平均網膜神経線維層厚の比較罹患眼では有意な平均網膜神経線維層厚の減少がみられた.*:p<0.05.120100806040200罹患眼平均:87.2μm僚眼平均:108.8μm罹患眼平均:101.7μm僚眼平均:101.9μm平均RNFLT(μm)120100806040200平均RNFLT(μm)*ab図3硝子体手術施行の有無による急性網膜壊死罹患眼と僚眼の平均網膜神経線維層厚の比較a:硝子体手術施行後の急性網膜壊死罹患眼では有意な平均網膜神経線維層厚の減少がみられた.*:p<0.05.b:硝子体手術を施行していない急性網膜壊死罹患眼では平均網膜神経線維層厚の減少はみられなかった.———————————————————————-Page4542あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(126)乳頭陥凹面積比との間には有意な負の相関が認められた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05)(図6b).しかし,OCT施行時における罹患眼の対数視力は乳頭陥凹面積比との間に相関はみられなかった(p=0.49)(図6c).III考按ARNは症例によってはきわめて視力予後不良な疾患であり,過去の筆者らの報告ではさまざまな薬物および外科的治療にもかかわらず,最終的に42.9%の患者は0.1未満の視力であった.最終的に視力予後不良となったおもな原因は,増殖硝子体網膜症と視神経障害であった3).硝子体手術により網膜の復位が得られても,視神経萎縮により視力不良となる症例が少なからず存在することから,今回筆者らはOCT3000を利用してARNにおける乳頭周囲RNFLT値と視神経乳頭形状を定量化し,ARNの病態および硝子体手術の影響が視神経乳頭に与える影響を検討した.緑内障患者においては,視野障害の程度とOCTによって測定された平均RNFLTが視野障害の進行に伴って有意に減少することはすでに報告されている46).隈上ら7)は,緑内障患者を対象にOCTで測定した乳頭陥凹面積比が視野変化と相関がみられたと報告している.今回の検討では,ARNの平均RNFLTが最終受診時の視力の悪化や乳頭陥凹面積比に伴って緑内障と同様に有意な相関を示したことは興味深い.一方,硝子体手術とRNFLTに関する報告はさまざまで,Yamashitaら15)は黄斑円孔に対する硝子体手術後にRNFLTが減少すると報告し,築城ら11,12)は硝子体手術後早期では術後炎症により乳頭周囲RNFLTは増加すると報告している.今回の検討では,ARN罹患眼では硝子体手術施行などの経過に伴い視神経乳頭辺縁部の減少や視神経乳頭陥凹の拡大がみられた.大橋ら13)は硝子体手術前後の視神経乳頭形状の変化を解析し,硝子体手術時間が長く,液-ガス置換を行うと視神経乳頭に長期間持続する変化を生じると報告していることから,ARN罹患眼の視神経乳頭は硝子体手術0.70.60.50.40.30.20.10罹患眼僚眼C/Dratio*図4急性網膜壊死罹患眼と僚眼の乳頭陥凹面積比の比較罹患眼では有意な乳頭陥凹面積比の増加がみられた.*:p<0.05.罹患眼Verticalintegratedrimarea(mm3)Horizontalintegratedrimarea(mm2)僚眼罹患眼僚眼*0.70.60.50.40.30.20.1021.81.61.41.210.80.60.40.20ab図5急性網膜壊死罹患眼と僚眼のverticalintegratedrimarea(a)とhorizontalintegratedrimarea(b)の比較Verticalintegratedrimarea(mm3)は罹患眼で有意な減少がみられた.*:p<0.05.130120110100908070605040対数視力CDratio対数視力a1301201101009080706050400.1-3-2.5-2-1.5-1-0.500.5-3-2.5-2-1.5-1-0.500.50.20.30.40.50.60.70.80.911.1b1.110.90.80.70.60.50.40.30.20.1c平均RNFLT(?m)平均RNFLT(?m)C/Dratio図6急性網膜壊死罹患眼における対数視力,平均網膜神経線維層厚値,乳頭陥凹面積比の相関a:対数視力と平均網膜神経線維層厚との間には有意な正の相関がみられた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05).b:平均網膜神経線維層厚と乳頭陥凹面積比との間には有意な負の相関がみられた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05).c:対数視力と乳頭陥凹面積比との間には相関はみられなかった.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010543(127)や,シリコーンオイルタンポナーデならびにガスタンポナーデの影響を受けることが推測された.このように硝子体手術による眼内操作,輪状締結術による脈絡膜循環,シリコーンオイルやガス置換など手術時の眼への侵襲がRNFLT値や視神経乳頭形状になんらかの影響を及ぼしている可能性は否定できない.一方,硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例では,僚眼と比較してRNFLT値や視神経乳頭辺縁部の減少や視神経乳頭陥凹の拡大に有意な差異はみられなかったことから,硝子体手術を施行しなかった経過良好なARNに関してはRNFLT値や視神経乳頭形状には影響を及ぼさないという結果も得られた.しかしながら,硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例のうち3症例では,僚眼と比較して罹患眼のRNFLTは差がないものの,視神経乳頭の一部にRNFLTの菲薄化がみられ,視野異常をきたしていた.今回の検討では統計学的有意差はみられなかったが,硝子体手術を施行しなかった経過良好なARNの症例の一部であっても,視神経障害をきたす可能性があることを示している.今回,固視不良眼は除外して検討を行った.筆者らの施設では全ARN症例の35%は最終視力手動弁以下のため,固視不良によりOCTの測定が困難であった.緑内障末期症例においても,OCT測定時における固視には差がみられ,再現性に問題があることから,視力の極端に悪い症例の評価には十分な注意が必要である16).また,今後は乳頭周囲RNFLT値や乳頭形状のより正確な定量化,高い再現性が期待されるスペクトラルドメインOCTなどにより,さらに詳細なデータを蓄積し,検討を重ねる必要があると考えられる.文献1)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20082)薄井紀夫:急性網膜壊死.あたらしい眼科20:309-320,20033)臼井嘉彦,竹内大,後藤浩ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20074)尾﨏雅博,立花和也,後藤比奈子ほか:光干渉断層計による網膜神経線維層厚と緑内障性視野障害の関係.臨眼53:1132-1138,19995)朝岡亮,尾﨏雅博,高田真智子ほか:緑内障における網膜神経線維層厚と静的視野の関係.臨眼54:769-774,20006)大友孝昭,布施昇男,清宮基彦ほか:緑内障眼における網膜神経線維層厚測定値と視野障害との相関.臨眼62:723-726,20087)隈上武志,齋藤了一,木下明夫ほか:光干渉断層計を用いた緑内障眼における視神経乳頭形状の解析.臨眼56:321-324,20028)RebolledaG,NovalS,ContrerasIetal:Opticdisccup-pingafteropticneuritisevaluatedwithopticcoherencetomography.Eye23:890-894,20099)ProMJ,PonsME,LiebmannJMetal:Imagingoftheopticdiscandretinalnerveberlayerinacuteopticneu-ritis.JNeurolSci250:114-119,200610)OishiA,OtaniA,SasaharaMetal:Retinalnerveberlayerthicknessinpatientswithretinitispigmentosa.Eye23:561-566,200911)築城英子,草野真央,岸川泰宏ほか:硝子体手術による乳頭周囲網膜神経線維層厚の変化.臨眼62:347-350,200812)築城英子,古賀美智子,北岡隆:硝子体手術前後の乳頭周囲網膜神経線維層厚の変化の検討.臨眼61:357-360,200713)大橋啓一,春日勇三,羽田成彦ほか:硝子体手術前後の視神経乳頭形状の変化.臨眼53:1229-1232,199914)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmeri-canUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,199415)YamashitaT,UemuraA,KitaHetal:Analysisoftheretinalnerveberlayerafterindocyaninegreen-assistedvitrectomyforidiopathicmacularholes.Ophthalmology113:280-284,200616)岩切亮,小林かおり,岩尾圭一郎ほか:光干渉断層計およびHeidelbergRetinaTomographによる緑内障眼の視神経乳頭形状測定の比較.臨眼58:2175-2179,2004***