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ミケラン®(カルテオロール塩酸塩)点眼液使用患者の既往と喘息関連事象の発生に関する検討

2017年3月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(3):445.449,2017cミケランR(カルテオロール塩酸塩)点眼液使用患者の既往と喘息関連事象の発生に関する検討山野千春小林秀之古田英司榎本貢大塚製薬株式会社医薬品事業部ファーマコヴィジランス部RelationshipbetweenMedicalHistoryofPatientsAdministeredMikelanR(CarteololHydrochloride)OphthalmicSolutionandOccurrenceofAsthma-relatedAdverseEventsChiharuYamano,HideyukiKobayashi,EijiFurutaandMitsuguEnomotoPharmacovigilanceDepartment,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.目的:b遮断薬含有点眼液を使用する際には,喘息や呼吸器疾患などの増悪に注意する必要がある.本稿では,b遮断薬含有点眼液であるミケラン点眼液の安全性と使用実態について報告する.方法:大塚製薬安全性データベースと日本医療データセンターのレセプトデータベースを用い,ミケラン点眼液使用患者における喘息の既往有無別の喘息関連事象の発生頻度,重篤性ならびに転帰について検討した.結果:国内および外国からの報告症例割合・分布,喘息既往患者の割合はおおむね同等であった.ミケラン点眼液の使用実態,ミケラン点眼液使用後の喘息関連事象の報告症例割合は,喘息既往患者群のほうが高く,両データベースともに同様の傾向を示した.外国症例においては,喘息既往患者群に転帰:死亡が高い割合で認められた.結論:喘息既往患者へのミケラン点眼液の使用は,致死的な転帰をたどる場合があるため,患者の既往歴について十分に注意を払い,禁忌であることからも使用を避けなければならない.Purpose:Whenadministeringabeta-blockerophthalmicsolution,itisnecessarytopayattentiontocontrain-dications,particularlytotheriskofaggravatingasthmainpatientswithpre-existingrespiratorydiseases.Thisarticledescribesthesafetyandactualuseofacarteololhydrochlorideophthalmicsolutionknownasabeta-block-er.Methods:WeretrospectivelyanalyzedaJapanesehealth-insuranceclaimsdatabasetoinvestigatethefrequen-cyofoccurrence,seriousnessandoutcomeofasthma-relatedadverseeventsdevelopedbypatientswhoreceivedacarteololhydrochlorideophthalmicsolution.Forthisanalysis,weclassi.edthepatientsintotwogroups,dependingonthepresenceorabsenceofasthmaintheirmedicalhistory.Results:Nocleardi.erencewasseeninpercentageofdomesticandforeigncases,eitherintotalnumber,numberbycountryornumberofpatientswhohadasthma-relatedeventsintheirmedicalhistory.Patientswhohadasthma-relatedeventsintheirmedicalhistorydevelopedasthma-relatedeventsatahigherrateafteradministrationofcarteololhydrochlorideophthalmicsolution.Asimi-lartendencywasobservedinresultsderivedfromourdomesticdatabaseandthosefromthehealth-insuranceclaimsdatabase.Inforeign(non-Japanese)cases,fourpatientshadexperiencedasthma-relatedeventsresultinginafataloutcome.Conclusions:Physiciansprescribingcarteololhydrochlorideophthalmicsolutionshouldpaygreatattentiontoasthma-relatedadverseeventsintheirpatient’smedicalhistory,becauseofthepotentialforfatalorlife-threateningevents.Asthmaislistedasacontraindicationonthepackageinsert,andadministrationofthedrugtopatientswithamedicalhistoryofasthma-relatedeventsshouldbeavoided.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(3):445.449,2017〕Keywords:b遮断薬,ミケラン点眼液,禁忌,喘息,既往歴.beta-blocker,carteololhydrochloride,contraindi-cation,asthma,patienthistory.〔別刷請求先〕山野千春:〒540-0021大阪市中央区大手通3-2-27大塚製薬株式会社医薬品事業部ファーマコヴィジランス部Reprintrequests:ChiharuYamano,Ph.D.,PharmacovigilanceDepartment,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,3-2-27Ote-dori,Chuo-ku,Osaka540-0021,JAPANはじめに1978年のチモロールマレイン酸塩の登場以来,b遮断薬は緑内障治療薬として長く使用されてきた.1990年代以降は,b遮断薬より眼圧下降作用に優れた代謝型プロスタグランジン(PG)製剤が登場し,b遮断薬に代わって緑内障の第一選択薬となったが,b遮断薬は緑内障病型によらず効果を発揮すること,またPG製剤についで良好な眼圧下降を示すため,PG製剤につぐ重要な緑内障治療薬として使用されている1).b遮断薬はb受容体抑制作用により眼圧を下降させるが,b1受容体遮断作用による心血管系,およびb2受容体遮断作用による呼吸器系の疾患増悪の危険性について,十分注意することが先行研究2)や診療ガイドライン3)に記載されている.そのため,緑内障治療薬としてb遮断薬点眼液を使用する際には,眼圧などのベースラインデータを十分に把握するとともに,喘息や慢性閉塞性肺疾患などの呼吸器系疾患,不整脈,徐脈といった循環器疾患の既往の有無について十分に把握しておくことが望ましいと考えられている.b遮断薬含有点眼液であるミケランR(カルテオロール塩酸塩)点眼液の添付文書4,5)においても禁忌の項が設けられており,コントロール不十分な心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II・III度),心原性ショックのある患者および気管支喘息,気管支痙攣またはそれらの既往歴のある患者,重篤な慢性閉塞性肺疾患のある患者に対して使用を避けるよう注意喚起がなされている.これまでにもb遮断薬による心血管系や呼吸器系への影響など,安全性についての検討6)は行われているが,実臨床下における患者の背景を考慮した実態に関する研究は十分になされていない.そこで本稿では,ミケラン点眼液の使用実態を示すデータベースを用い,とくに禁忌とされている疾患のうち,喘息関連事象を背景にもつ患者に対する使用実態を明らかにし,今後の適正使用に向けた検討を行ったので報告する.I対象および方法1.自社安全性データベースを用いたカルテオロール塩酸塩点眼液使用実態大塚製薬(株)が日本のみならず,日本以外の国からも収集し安全性情報が集約されたデータベース(以下,自社安全性データベース)を用い,ミケラン点眼液の安全性情報の分析を行った.分析対象期間は,1985年1月.2016年7月31日に収集された情報とした.ミケラン点眼液にかかわる有害事象について,報告された国別の内訳および症例の性別・年齢階層別割合を図1に示した.また,患者の原疾患/合併症/既往歴(表1),さらに国内症例について,喘息の既往あり・なしに分け,両群における喘息関連事象(喘息および喘息発作重積)発現頻度を分析した(表2).2.レセプトデータベースを用いたカルテオロール塩酸塩点眼液処方実態カルテオロール塩酸塩の処方実態を把握するため,日本医療データベース(JMDC)のレセプトデータベースである,JMDCClaimsDatabase(以下,レセプトデータベース)7)と同社が提供しているWebツール(JMDCPharmacovigi-lance)を用いてデータの抽出を行った.分析対象データの範囲は,患者の組み入れ期間を2014年3月.2015年2月とし,組み入れ月から12カ月間のデータを対象とした.また,カルテオロール塩酸塩処方患者における,ICD10小分類[J45],[J46]に属する喘息関連疾患のうち,いずれかの傷病記録をもつ患者を喘息の既往歴がある患者と定義した.また,カルテオロール塩酸塩処方月直前の12カ月間にab国内症例(n=1,247)外国症例(n=1,022)ドイツ男性女性性別不明男性女性性別不明中国2%0.10歳3320.10歳1505%11.20歳53111.20歳12021.30歳139021.30歳47031.40歳1325031.40歳1414141.50歳2933341.50歳2741051.60歳5169251.60歳5993161.70歳82145361.70歳90109071.80歳99116871.80歳72104081.90歳2253081.90歳3244091歳以上12091歳以上180年齢不明67132253年齢不明4671175合計385590272合計347498177図1ミケラン点眼液使用症例の発生国と患者内訳a:ミケラン点眼液使用患者の症例情報発生国の割合を示した.b:収集された症例情報を,国内症例と外国症例に分け,性別と年齢階層別の分布を示した.(出力データベース:大塚製薬安全性データベース)表1患者背景国内症例(n=1,247)外国症例(n=1,022)原疾患/合併症/既往歴件数(%)原疾患/合併症/既往歴件数(%)緑内障514(26.09)緑内障324(25.41)白内障139(7.06)高血圧69(5.41)高血圧115(5.84)高眼圧症64(5.02)開放隅角緑内障93(4.72)眼圧上昇56(4.39)正常眼圧緑内障86(4.37)開放隅角緑内障41(3.22)高眼圧症72(3.65)白内障25(1.96)糖尿病56(2.84)糖尿病22(1.73)眼乾燥52(2.64)喘息20(1.57)アレルギー性結膜炎48(2.44)白内障手術19(1.49)高脂血症31(1.57)高コレステロール血症15(1.18)白内障手術22(1.12)閉塞隅角緑内障13(1.02)喘息22(1.12)過敏症12(0.94)結膜炎20(1.02)関節炎11(0.86)閉塞隅角緑内障20(1.02)心障害10(0.78)季節性アレルギー17(0.86)1型糖尿病9(0.71)脳梗塞17(0.86)タバコ使用者9(0.71)眼内レンズ挿入16(0.81)眼乾燥9(0.71)眼瞼炎12(0.61)季節性アレルギー9(0.71)緑内障手術12(0.61)乾癬8(0.63)不整脈11(0.56)変形性関節症7(0.55)その他595(30.20)その他523(41.02)合計1,970(100)合計1,275(100)(出力データベース:大塚製薬安全性データベース)同喘息関連疾患の記録がない患者を既往歴なしの患者と定義した.両患者群において,カルテオロール塩酸塩処方後(処方月を含む)に認められた傷病名を新規事象とし,それぞれ抽出を行った.抽出した新規事象のうち,ICD10小分類[J45],[J46]に属する事象を表3に示した.II結果すべての安全性情報が集約されている自社安全性データベースにおけるミケラン点眼液,国内症例55%,外国症例45%であった(図1a).外国症例はフランスとアメリカがそれぞれ19%,11%と多く,ついで中国5%,ドイツ2%,その他8%の順であった.国内症例と外国症例における性別と年齢階層別の症例数を図1bに示した.また,同様の症例における既往歴(原疾患,合併症を含む)について表1に示した.国内症例と外国症例のいずれにおいてもミケラン点眼液の適応症である緑内障と高眼圧が多く認められた.一方,禁忌に該当する事象としては,ともに喘息がもっとも多く認められた(国内症例22件1.12%,外国症例20件1.57%).さらに,国内症例において,喘息既往の有無ごとにミケラン点眼後に喘息事象が発生した頻度(表2)を比較したところ,喘息の既往がある症例(21例)のうち,13例(61.90%)表2喘息事象発生割合既往発生事象発生症例数(%)あり(n=21)喘息13(61.90)なし(n=1226)喘息15(1.22)発生事象である「喘息」は,喘息ならびに喘息発作重積を含む.(出力データベース:大塚製薬安全性データベース)に喘息が発生したのに対し,喘息の既往がない症例(1226例)では,15例(1.22%)に喘息の発生が認められた.同様に,臨床現場における喘息の発生状況についてレセプトデータベースを用いて検討を行った.喘息の既往がある患者(15例)において,気管支喘息(14件)がもっとも多く認められており,喘息の既往がない患者(3,174例)においても気管支喘息(41件)がもっとも多く認められていた.喘息の既往がある患者における気管支喘息の発生頻度は93.33%と非常に高い割合を示した(表3).そこで,報告された喘息事象の転帰について自社安全性データベースで確認した(表4).喘息事象の転帰のうち,転帰:死亡の事象は国内症例では認められなかったが,外国症例において5例認められた.そのうち喘息の既往ありの患者が4例,既往なしの患者が1例であった.表3レセプトデータベースにおける喘息関連事象の発生割合喘息の既往標準病名[ICD10]発生人数(%)あり(n=15)アレルギー性気管支炎感染型気管支喘息咳喘息喘息性気管支炎気管支喘息気管支喘息発作[J450][J451][J459][J459][J459][J46-]0(0.00)0(0.00)0(0.00)1(6.67)14(93.33)1(6.67)なし(n=3,174)アレルギー性気管支炎感染型気管支喘息咳喘息喘息性気管支炎気管支喘息気管支喘息発作[J450][J451][J459][J459][J459][J46-]1(0.03)1(0.03)1(0.03)14(0.44)41(1.29)0(0.00)表4喘息事象の転帰国内症例数喘息既往ありなし回復108未回復02死亡00不明46喘息既往回復外国症例数未回復死亡不明あり3040なし3014(出力データベース:大塚製薬安全性データベース)III考按b遮断薬は,b受容体に作用することにより眼内で房水産生を低下させ,眼圧下降効果を得られることが知られている1).しかしながら,b遮断薬は交感神経を介した心筋などへの働きを抑制するため,心血管系・呼吸器系の全身的副作用が認められることがある.そのため,b遮断薬の一つであるミケラン点眼液の添付文書には禁忌の項が設けられており,コントロール不十分な心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II・III度),心原性ショックのある患者および気管支喘息,気管支痙攣またはそれらの既往歴のある患者,重篤な慢性閉塞性肺疾患のある患者には使用を避けるよう注意喚起がなされている.そこで実際にどのようなミケラン点眼液の安全性情報が自社安全性データベースに収集されているかについて検討を行ったところ,約半数は外国からの報告症例であった.ミケラン点眼液が国内だけではなく海外でも幅広く使用されているが,報告症例の患者年齢層ならびに性別については,国内外においてとくに大きな差異は認められなかった.448あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017(出典:株式会社日本医療データセンター)さらに,先にも述べたようにミケラン点眼液は気管支喘息などの既往歴のある患者に対し使用を避けるよう注意喚起がなされているが,自社安全性データベースには原疾患,合併症もしくは既往歴として喘息を有する患者が含まれている.これは,添付文書で使用を避けるよう注意喚起がなされているにもかかわらず,実臨床下においてはミケラン点眼液が禁忌患者に使用されている実態の存在を示していることになる.また,表2で示したように,喘息の既往を有する患者において,ミケラン点眼液使用後に喘息事象の悪化が疑われる症例が,喘息の既往のない患者と比較して高い割合で報告されている.このことからもb遮断薬であるミケラン点眼液はその作用機序から,喘息などの呼吸器疾患を増悪させる可能性を有することが明らかである.さらに,報告されている喘息事象の半数以上は重篤(64.3%)であった.解析に用いている自社安全性データベースは,自発報告や文献などの情報であり,報告・収集されている情報に制限があると考えられたため,一般性を有すると考えられるレセプトデータベースを用い,喘息の既往のある患者の喘息関連事象に注目した検討を行った(表3).ミケラン点眼液処方後の気管支喘息の発生については,喘息の既往のある患者の90%以上に認められていることがわかった.レセプトデータでは,事象と処方された薬剤の因果関係などは明確でないことや,処方された薬剤が実際に使用されているか定かではないといった限界は存在するが,性質の異なるデータベース間において同様の傾向が認められることから,喘息既往のある患者においては,ミケラン点眼液を使用した際に喘息などの呼吸器疾患の増悪のリスクの増加が認められるとともに,十分に留意する必要があることが明確となった.さらに,表4で示しているとおり,ミケラン点眼液の使用により再発したと考えられる喘息事象中には,致命的な転帰を辿るケースも外国症例で報告されている.国内においては(142)致命的な転帰を辿った症例は現在のところ報告されていないが,死亡のおそれに至った症例が1例報告されていることからも,やはり全身的副作用の危険性を十分に考慮し,禁忌の患者に使用することは避けなければならないと考えられた.以上より,禁忌に記載されている呼吸器系疾患の既往をもつ患者に対しては,ミケラン点眼液を使用することにより病態が急変する可能性があるため,使用を避けるようこれまで以上に徹底した注意喚起を行っていく必要性がある.文献1)望月英毅,木内良明:b遮断薬,あたらしい眼科29:451-455,20122)vanderValkR,WebersCAB,ShoutenJSetal:Intraocu-larpressure-loweringe.ectsofallcommonlyusedglauco-madrugs.Ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20053)阿部春樹,相原一,桑山泰明ほか:日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会,緑内障診療ガイドライン(第3版),日眼会誌116:3-46,20124)大塚製薬株式会社:ミケランR点眼液1%ミケランR点眼液2%製品添付文書(2013年6月改訂,第14版)5)大塚製薬株式会社:ミケランRLA点眼液1%ミケランRLA点眼液2%製品添付文書(2015年8月改訂,第9版)6)SorensenSJ,AbelSR:Comparisonoftheocularbeta-blockers.AnnPharmacother30:43-54,19967)株式会社日本医療データセンター(JMDC)***