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小児霰粒腫の臨床的特徴および治療についての考察

2025年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科42(11):1449.1453,2025c小児霰粒腫の臨床的特徴および治療についての考察鈴木智*1,2三木岳*1宮平大*1大久保寛*1中路進之介*1南泰明*1*1地方独立行政法人京都市立病院機構京都市立病院眼科*2京都府立医科大学眼科学教室CClinicalFeaturesandTreatmentofPediatricChalazionTomoSuzuki1,2)C,TakeruMiki1),HiroshiMiyahira1),HiroshiOkubo1),ShinnosukeNakaji1)andYasuakiMinami1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC目的:小児霰粒腫の臨床的特徴および治療内容についてレトロスペクティブに検討する.対象と方法:2017年C1月からC2023年C7月に霰粒腫と診断したC15歳未満の小児例について,年齢,性別,発生部位,治療期間,治療内容について検討した.結果:症例はC63例(うちC53例が紹介例)で,平均年齢はC5.2歳,男児がC26例,女児がC37例であった.発生部位は上眼瞼(57.1%),眼瞼の中央C1/3(39.7%)が多かった.前医ではおもにキノロン系抗菌点眼薬が処方され(92.0%),平均治療期間C40日で当科紹介に至っていた.当院では,5例に外科的摘出術を施行し,残りC58例(92%)はマクロライド系の抗菌点眼薬および内服を中心とした保存的治療を施行し,平均C57日で軽快していた.結論:小児霰粒腫は女児にやや多く,マイボーム腺内の肉芽腫形成に関与していると想定されるアクネ菌に対し,脂溶性のマクロライド系抗菌薬治療が奏効すると考えられた.CPurpose:Toretrospectivelyanalyzetheclinicalcharacteristicsandtreatmentofpediatricchalazion.SubjectsandMethods:WeCreviewedCtheCcasesCofCchildrenCunderC15CyearsColdCdiagnosedCwithCchalazionCbetweenCJanuaryC2017andJuly2023,focusingonage,gender,location,treatmentduration,andmethodsapplied.Results:Atotalof63CcasesCwereCanalyzed,CincludingC53CreferredCcases.CTheCaverageCageCwasC5.2Cyears,CandC37CofCtheC63CpatientsCwereCfemale.CChalazionCwasCmostCcommonCinCtheCuppereyelid(57%)andCtheCcentralCthirdCofCtheeyelid(40%)C.CPriortreatmentwith.uoroquinoloneeyedropswasprescribedin92%,withanaveragetreatmentdurationof40daysbeforereferral.Atourinstitution,5casesunderwentsurgicalexcision,while58weremanagedconservativelywithCmacrolideCantibiotics,CachievingCresolutionCinCanCaverageCofC57Cdays.CConclusion:PediatricCchalazionCwasCslightlyCmoreCcommonCinCfemales,CandClipid-solubleCmacrolideCantibioticsCwereCe.ective,CtargetingCCutibacteriumCacnesCassociatedwithmeibomianglandgranulomas.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(11):1449.1453,C2025〕Keywords:霰粒腫,小児,マクロライド系抗菌薬,アクネ菌.chalazion,Cchildhood,Cmacrolides,CCutibacteriumCacnes.Cはじめに霰粒腫は全年齢層に生じうる,日常診療において頻繁に遭遇する疾患である.その病態は,うっ滞したマイボーム腺分泌脂(以下,meibum)に対する慢性炎症性肉芽腫と考えられている.典型的な霰粒腫のヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色組織所見は,肉芽腫の中央に脂肪滴があり,その周囲を多核巨細胞,さらにはリンパ球や組織球が取り囲んでいる,いわゆる異物肉芽種(lipo-granuloma)である1),実際,掻爬した肉芽腫の脂質分析により,meibumを構成する正常な脂質の消失とコレステロールの増加が明らかにされており2),変質したCmeibumが肉芽腫形成の原因となっている可能性が考えられる.一方,Demodexbrevisを含むいくつかの病原体が危険因子として報告されているが,病因であることは未だ証明されていない3).一方,若年者のマイボーム腺炎角結膜上皮症(meibomitis-relatedkeratoconjunctivitis:CMRKC)4,5),とくにフリクテン型には霰粒腫の既往が多い.筆者らは,MRKCフリクテン型では,meibumの細菌培養結果4,5)や動物実験6)から,マイボーム腺内で増殖しているアクネ菌が角膜細胞浸潤の起炎菌である可能性が高いこと,アクネ菌をターゲットとした抗菌薬の選択によるマイボーム腺炎の治療が必須であることを報告してきた4,5).さらに,摘出霰粒腫の免疫組織学的染色により,肉芽腫形成にアクネ菌〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2京都市立病院眼科Reprintrequests:TomoSuzuki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,1-2MibuHigashitakadacho,Nakagyo-ku,Kyoto-city,604-8845,JAPANC人数(人)65■:男児■:女児432100123456789年齢(歳)図1年齢別の男児・女児の人数1011121314が関与している可能性を世界で初めて報告した7).これらのことから,霰粒腫の治療には,アクネ菌の関与を念頭に置いた抗菌薬の選択が最適であると考えられる.霰粒腫は乳幼児.小児に生じることもあり,大きいものになると機械的眼瞼下垂や惹起乱視による弱視のリスクが増加するため,遅滞のない治療が重要である8).霰粒腫の病態が異物肉芽腫であるという観点から,治療の基本は切開・掻爬とされ,トリアムシノロンの局所注射の有効性も報告されているが9),小児では局所麻酔下での外科的治療や結膜下注射は困難な症例が多い.これまで,霰粒腫は「非感染性」肉芽腫と考えられてきたため,治療に抗菌薬の投与は効果がないという報告もあるが10),日本の実臨床では,キノロン系抗菌点眼薬がほとんどの症例で使用されている.そこで,今回,京都市立病院(以下,当院)で経験した小児霰粒腫の臨床的特徴および治療内容についてレトロスペクティブに検討を行った.CI対象と方法対象はC2017年C1月.2023年C7月に当院眼科を受診し,霰粒腫と診断されたC15歳未満の小児C63例である.霰粒腫以外の眼科疾患を認めた症例は除外した.検討項目は年齢,性別,発生部位,治療内容,治療期間である.各数値は平均値±標準偏差(standarddeviation:SD)で表記した.本研究はヘルシンキ宣言に従っており,京都市立病院機構臨床研究倫理審査委員会の承認を得て行ったものである(登録番号C841).CII結果平均年齢はC5.24C±4.15歳であり,性別は,男児がC26例(41.3%),女児がC37例(58.7%)とやや女児に多かった(stu-dent’st-test:p=0.16).年齢別の男女の人数を図1に示す.発生部位は,上眼瞼がC36例(57.1%),下眼瞼がC20例(37.1%),上下眼瞼がC6例(9.5%),不明C1例であった.眼瞼を三等分して耳側C1/3,中央C1/3,鼻側C1/3で検討すると,耳側C21例(33.3%),中央C25例(39.7%),鼻側C9例(14.3%)で,眼瞼の中央が多かった.眼瞼の複数の部位に多発していた症例がC6例(9.5%),不明C2例であった(図2).なお,多発例では,両眼上下眼瞼におけるマイボーム腺開口部のびまん性閉塞を認めたが,血管拡張は認めなかった.今回の観察期間では,再発例は認めなかった.63例のうち,他院からの紹介症例はC53例であった.前医での平均治療期間はC39.7C±55.6日で,十分な治療効果が得られないため当院紹介となっていた.前医では,抗菌点眼薬がC53例中C42例に投与されており,キノロン系C39例(92.0%),マクロライド系C1例(2.4%),セフェム系C1例(2.4%),アミノグリコシド系C1例(2.4%)であった.また,抗菌眼軟膏はC53例中C15例に投与されており,キノロン系軟膏がC11例(73.3%),マクロライド系軟膏がC4例(26.7%)であった(図3).ステロイドについては,眼軟膏がC38例で使用され(うちデキサメサゾンC28例,ベタメタゾンC10例),点眼薬図2霰粒腫の発生部位a:上眼瞼と下眼瞼の比較.b:眼瞼耳側C1/3,中央部C1/3,鼻側C1/3の比較.Ca抗菌点眼薬(53例中42例に投与)b抗菌眼軟膏(53例中15例に投与)図3前医での治療内容と治療期間平均治療期間はC39.7C±55.6日.はC10例(うちフルオロメトロンC9例,デキサメサゾンC1例)に使用されていた.当院での平均治療期間はC56.8C±51.8日であり,全症例で霰粒腫が寛解したため終診となっていた.当院で外科的治療を要したのはC63例中C5例(7.9%)で,58例(92.1%)は保存的治療のみ(点眼,眼軟膏,内服による治療であり,温罨法と眼瞼清拭は含んでいない)で軽快した.ただし,眼軟膏は抗菌点眼薬あるいは内服と併用して使用し,眼軟膏単独で治療を行った症例はなかった.外科的治療を要したC5例のうち2例は手術目的に受診し,初診時に手術を決定していた.残りのC3例は保存的治療で改善傾向にあったが,より早期の治療効果を求めたため手術に至った.当院での治療内容は,抗菌点眼薬がC63例中C45例に投与されており,マクロライド系がC24例(53.3%),セフェム系がC7例(15.6%),キノロン系がC14例(31.1%)であった.抗菌眼軟膏はC63例中C19例に投与されており,マクロライド系がC17例(89.5%),キノロン系がC2例(10.5%)であった.また,抗菌内服薬はC63例中33例に投与されており,マクロライド系がC26例(78.8%),a抗菌点眼薬b抗菌内服薬c抗菌眼軟膏(63例中45例に投与)(63例中33例に投与)(63例中19例に投与)図4当院での治療内容と治療期間平均治療期間はC56.8C±51.8日.図5代表症例写真(5歳,女児)a:左下眼瞼に発赤・腫脹を伴う大きな霰粒腫を認め,クラリスロマイシン内服,アジスロマイシン点眼,デキサメサゾン眼軟膏で加療した.b:3カ月で消退した.セフェム系がC7例(21.2%)であった(図4).代表症例の写真を図5に示す.CIII考按当院における小児霰粒腫は女児がC58.7%とやや多かった.筆者らは,過去に全年齢層の霰粒腫C206症例の検討で,女性のほうが多いこと(60.2%),とくにC40歳以下では女性に有意に多い(p=0.005)が,41歳以降では性差がなくなる(p=0.18)ことを報告しており7),今回の小児例においてもほぼ同様の結果となった.マイボーム腺は性ホルモンの標的器官であり,その生理機能は月経周期により変化し,とくに周期の後半にはマイボーム腺開口部が有意に小さくなる11).したがって,思春期の女児でも,霰粒腫発症に女性ホルモンが影響している可能性が推測される.一方,今回の検討では,受診患者の多くが未就学児であり,性ホルモン以外の要因についてはさらなる検討が必要である.たとえば,性ホルモン濃度が低い幼少児期ではCmeibumを分泌する機能が未熟である可能性が推測される.また,マイボーム腺の細菌叢は,健常若年者ではアクネ菌の菌量が高く,加齢によりその菌量が低下することも12)若年者のほうが霰粒腫を発症しやすい一因と推測される.霰粒腫の発生部位は,既報8)と同様に,上眼瞼がC57.1%,眼瞼中央部がC39.7%と多かった.マイボーム腺は,下眼瞼より上眼瞼のほうが長く,眼瞼中央部がもっとも長いという解剖学的特徴から,上眼瞼の中央部でCmeibumのうっ滞をきたしやすく,霰粒腫の発症が多かったと推測される.当院の治療は,63例中C60例(95.2%)で保存的に開始されていた.とくに小児例においては保存的治療が安全かつ治療への協力を得られやすいと考えられる.治療は,前医ではほとんどの症例で点眼および眼軟膏ともにキノロン系抗菌薬が処方されていたが,当院では霰粒腫の病態にアクネ菌が関与していると考え,マクロライド系あるいはセフェム系抗菌薬に処方変更し,その治療が奏効していると考えられた.日本眼感染症学会によって行われた,前眼部・外眼部感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査では,アクネ菌に対してエリスロマイシンが高感受性であったことが示されている13).また,アジスロマイシンは,アクネ菌に対する最小発育阻止濃度(minimumCinhibitoryconcentration:MIC)がオフロキサシンのC1/64,ガチフロキサシンのC1/4であり,強い抗菌活性を有することが報告されている14).筆者らは,生後C2カ月の乳児の両眼上下眼瞼に多発した霰粒腫を,セフェム系,マクロライド系抗菌薬の全身的および局所投与とデキサメサゾン眼軟膏の併用で,寛解導入した症例を報告している15).エリスロマイシン,クラリスロマイシン,アジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬は脂溶性が高いため,マイボーム腺内のCmeibumに移行しやすく効果を発揮しやすいと考えられる.さらに,マクロライド系抗菌薬は,抗菌作用に加え,抗炎症作用があり,アクネ菌の増殖を抑制するとともに肉芽腫炎症の抑制にも効果を発揮している可能性がある.アジスロマイシン点眼については,いわゆる霰粒腫は適応症とはなっていないが,マイボーム腺におけるアクネ菌の増殖に基づく肉芽腫性炎症は,細菌増殖の関与した眼瞼炎に含まれると考えることもできるはずである.ステロイド眼軟膏は,皮膚側からマイボーム腺へ移行し,肉芽腫性炎症を抑制するために有効である.今回の症例では,すべて診察ごとに眼圧測定を行ったが,ステロイドによる眼圧上昇は生じておらず,追加治療が必要な症例は認められなかった.なお,今回の考察はレトロスペクティブ研究によるものであり,マクロライド系抗菌薬が真に霰粒腫の治療に有効か否かを結論付けるためにはプロスペクティブ研究の結果を待つ必要がある.CIV結論小児の霰粒腫はやや女児に多く,マイボーム腺内のアクネ菌の関与を考慮した脂溶性マクロライド系抗菌薬を中心とした適切な抗菌薬の選択を行うことにより,保存的治療が奏効すると考えられた.利益相反:鈴木智(千寿製薬)FIII文献1)Yano.CM,CFineBS:OcularCpathologyC5thCed.Cp173-174,CMosby,Philadelphia,20022)WojitwiczCJC,CButovichCIA,CMcMahonCACetal:Time-dependentCdegenerativeCtransformationsCinCtheClipidomeCofchalazia.ExpEyeResC127:261-269,C20143)JingH,Meng-XiangG,Dao-ManXetal:Theassociationofdemodexinfestationwithpediatricchalazia.BMCOph-thalmolC22:124,C20224)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:マイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害(マイボーム腺炎角膜上皮症)の検討.あたらしい眼科17:423-427,C20005)SuzukiCT,CTeramukaiCS,CKinoshitaCS.CMeibomianCglandsCandocularsurface.OculSurfC13:133-149,C20156)SuzukiCT,CSanoCY,CSasakiCOCetal:OcularCsurfaceCin.ammationinducedbyPropionibacteriumacnes.CorneaC21:812-817,C20027)SuzukiCT,CKatsukiCN,CTsutsumiCRCetal:ReconsideringCthepathogenesisofchalazion.OculSurfC24:31-33,C20228)OuyangCL,CChenCX,CPiCLCetal:MultivariateCanalysisCofCtheCe.ectCofCchalazionConCastigmatismCinCchildren.CBMCCOphthalmolC22:310,C20229)GoawallaA,LeeV:AprospectiverandomizedtreatmentstudyCcomparingCthreeCtreatmentCoptionsCforchalazia:CtriamcinoloneCacetonideCinjections,CincisionCandCcurettageCandtreatmentwithhotcompresses.ClinExpOphthalmolC35:706-712,C200710)AlsoudiAF,TonL,AshrafDCetal:E.cacyofcareandantibioticuseforchalaziaandhordeola.EyeContactLensC48:162-168,C202211)SuzukiCT,CMinamiCY,CKomuroCACetal:MeibomianCglandCphysiologyCinCpre-andCpostmenopausalCwomen.CInvestCOphthalmolVisSciC58:763-771,C201712)SuzukiCT,CSutaniCT,CNakaiCHCetal:TheCmicrobiomeCofCmeibumCandCocularCsurfaceCinChealthyCsubjects.CInvestCOphthalmolVisSciC61:18,C202013)秦野寛,井上幸次,大橋裕一ほか:前眼部・外眼部感染症起炎菌の薬剤感受性─日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第二報).日眼会誌C115:C814-824,C201114)アジマイシン点眼液C1%申請資料概要.2.6非臨床試験の概要文及び概要表.2.6.2薬理試験の概要文.2.6.2.2.1.3眼科臨床分離株に対する抗菌活性.p6,10,千寿製薬株式会社.承認年月日:2019年C6月C18日15)中井浩子,杉立有弥,鈴木智:生後C2カ月の乳児に生じた多発霰粒腫のC1例.あたらしい眼科36:105,C2019***