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Supplemental Restraint Systemエアバッグによる網膜再剝離と気胸を発症した1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):230?234,2020cSupplementalRestraintSystemエアバッグによる網膜再?離と気胸を発症した1例新海晃弘*1加瀬諭*1山下優*2森祥平*1安藤亮*1藤谷顕雄*1鈴木智浩*1野田航介*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究院眼科学教室*2北海道大学病院内科IACaseofRecurrentRhegmatogenousRetinalDetachmentandPneumothoraxCausedbySupplementalRestraintSystem-AirbagInjuryAkihiroShinkai1),SatoruKase1),YuYamashita2),ShoheiMori1),RyoAndo1),AkioFujiya1),TomohiroSuzuki1),KousukeNoda1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicineHokkaidoUniversity,2)FirstDepartmentofMedicine,HokkaidoUniversityHospitalはじめに運転席用supplementalrestraintsystem(SRS)エアバッグはステアリング・ホイールに内蔵され,特定の衝撃に対して作動する.その展開速度は最高時速約300kmであり,生命を守るためのSRSエアバッグとはいえ,その展開による傷害は多岐にわたる1,2).SRSエアバッグ展開による臓器障害は上半身に多く,眼,耳,脳を含めた頭部が43.3%を占め,ついで上肢が38.3%,胸部が9.6%,頸部が5.2%と続〔別刷請求先〕加瀬諭:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室Reprintrequests:SatoruKase,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicineHokkaidoUniversity,North15West7,Kitaku,Sapporo-city060-8638,JAPAN230(116)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYく3).エアバッグによる全身合併症としては頸椎脱臼,脊髄損傷,頭蓋内出血,難聴,気胸,肋骨骨折,心破裂,大血管の損傷,肝損傷,脾損傷,腸管損傷,四肢の骨折,皮膚の火傷や裂傷などがあげられる4).眼部の合併症では眼球打撲や前房出血が多くみられるが5),網膜?離もまれにみられ,その頻度は1.8%とする報告がある3).しかしながら,わが国ではエアバッグによる網膜?離と全身合併症を呈した症例報告はない.今回,筆者らはSRSエアバッグ展開が原因と考えられる気胸を合併した裂孔原性網膜?離の再発症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.主訴:自覚症状なし.現病歴:2015年に北海道大学病院(以下,当院)眼科で,強度近視眼(眼軸長右眼:29.05mm,左眼:28.03mm)に発症した左眼裂孔原性網膜?離(rhegmatogenousretinaldetachment:RRD)に対して,水晶体再建術に加え,硝子体切除術,上耳側の原因裂孔に対して網膜光凝固および20%六フッ化硫黄(SF6)ガスタンポナーデを施行した.術後1カ月で網膜再?離が出現したため,残存硝子体を切除して上耳側から上鼻側にかけてシリコーンタイヤ(LABRetinalImplants#286)を設置し,輪状締結(LABRetinalImplants#240+LABRetinalImplants#270)を併施した.上耳側の図1a2回目の硝子体手術の術前に撮影した立位胸部X線検査心胸郭比47.7%,横隔膜は左右とも第10後肋間レベルであり,肺野を含めて異常所見はない.新規裂孔の周囲に光凝固術を施行し,シリコーンオイルを充?した.この際に術前に撮影された胸部X線写真では心胸郭比47.7%,横隔膜は左右とも第10後肋間レベルであり,肺野を含めて異常所見を認めなかった(図1a).術後3カ月でシリコーンオイルを抜去し,その後は網膜?離の再発なく経過していた.2016年に,シートベルトを装着したうえで時速約20kmで自家用車を運転していた際に縁石に衝突し,展開したSRSエアバッグによって胸部と顔面を強打し,その際に装用していた眼鏡が飛散した.眼症状に変化はなく,受傷2週間後に当眼科外来を定期受診した.既往歴:両眼とも眼内レンズ挿入眼.気胸を含め,特記すべき全身疾患はなし.身長156.8cm,体重49.8kg.喫煙歴あり(20本/日,40年以上).再診時眼科的所見:視力は右眼(0.8),左眼(0.4),眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,両眼とも前眼部および中間透光体には特記事項なし.左眼は視神経乳頭耳側に網膜出血があり,網膜耳下側周辺赤道部に多数の小裂孔を伴った丈の低い網膜?離を認めた(図2).右眼眼底に異常所見はなかった.臨床経過:裂孔原性網膜?離の再発と診断し,左眼の硝子体手術およびシリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜の復位を得た.術後8日目に,患者は突然の胸痛,動悸を訴え,収縮期血圧の著明な上昇(190mmHg)を認めた.胸部X線検査において右肺が著明に虚脱していたため(図1b),気胸を疑い当図1bエアバッグ受傷後の硝子体手術の術後8日目の立位胸部X線検査患者は胸痛,動悸,血圧上昇を発症した.右側の肺紋理は消失し,肺門部に肺実質と考えられる陰性を認め,著明に虚脱していた.(117)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020231図2エアバッグ受傷後の再診時の眼底写真左眼.視神経乳頭耳側に網膜出血がみられ(?),網膜耳下側赤道部に丈の低い網膜?離がある(?).院呼吸器内科に紹介した.同日,右胸腔ドレナージによって右肺は拡張したが,数時間後に再膨張性肺水腫を発症し一時は意識消失した.リザーバー付き酸素マスクで12l/分の酸素投与を行っても酸素化を保つことができず,集中治療室(ICU)に入室した.非侵襲的陽圧換気療法を開始したが,再膨張性肺水腫に伴う循環血液量減少性ショックのため陽圧換気が困難となり,ネーザルハイフローでの酸素投与を行った.その後再膨張性肺水腫は速やかに改善し,ICU入室2日目に鼻カニューレでの酸素投与となった.ICU入室3日目に一般病棟へ転棟となり,転棟翌日には酸素投与から離脱した.その後気胸の治癒を確認し,計6日間で胸腔ドレーンを抜去した.気胸および再膨張性肺水腫の再燃は認めず退院した.術後3カ月にシリコーンオイルを抜去し,術後12カ月で裂孔原性網膜?離の再発なく経過している.視力は右眼(0.8),左眼(0.5),眼圧は右眼9mmHg,左眼12mmHg,両眼とも前眼部,中間透光体および眼底に著変はない(図3).II考按一般に,鈍的外傷は腹部で頻度が高く,実質臓器や大血管,神経などさまざまな臓器に障害を与える.その原因としては交通事故がもっとも多い6).近年,SRSエアバッグが発明され運転者や同乗者の安全に寄与してきたが,他方SRSエアバッグ自体による外傷がみられるようになった.医学中央雑誌で「airbag/ALorエアバッグ/ALorエアバッグ/TH」で検索した論文のうち,わが国におけるSRSエアバッグが作動した際に硝子体出血や網膜障害を認めた症例は,6例であった7?11()表1).その内訳は,黄斑円孔,網膜振盪症,眼底出血などで,網膜?離の報告はなかった.図3術後8カ月目の左眼底写真網膜は復位し,再?離は認めない.Purtscher網膜症も1例報告されている9).また,PubMedを用いた検索によって,海外でSRSエアバッグが作動し網膜?離を発症した症例を表2に示す.既報においてエアバッグ受傷後網膜?離を発症した症例では,前眼部の著明な障害も伴っていた2,5,12?16).Mancheらは本症例と同様に低速走行中の事故によってSRSエアバッグが展開し網膜?離を呈した27歳の女性症例を報告した.当該症例ではシートベルトを装着し乗用車を時速約30kmで走行していた際に前方の乗用車に追突し,運転席のSRSエアバッグが展開した5).運転していた車両の損傷はバンパーおよび右側のヘッドライトに限局していた.受傷直後の視力は右眼が(1.0),左眼が光覚弁であった.細隙灯顕微鏡検査では,左眼の強角膜の裂創が赤道部4?10時にかけてみられ,前房は消失し,虹彩は裂創から脱出し,硝子体出血が著明であった.角膜混濁に対して全層角膜移植を施行した際に,漏斗状網膜?離が明らかとなった5).本症例においては受傷後の前眼部の傷害や視力低下は生じなかったが,網膜?離の既往のある左眼のみに網膜?離の再発が認められた.このことは,本症例におけるSRSエアバッグによる鈍的外傷が既報に比べ比較的軽微なものであったことを示唆する.エアバッグに伴う全身合併症としては,顔面の擦過傷や打撲,体幹の皮下出血,気胸,縦隔血腫,胸骨骨折,腰椎骨折,鼻骨骨折などがある1,7?11,17?19).さらに,エアバッグが作動したことで両側の気胸を発症した症例も報告されているが20),筆者らの調べ得た限りではSRSエアバッグ展開による網膜?離と気胸の合併は報告されていない.本症例では,網膜?離と気胸以外の全身合併症は認めなかった.本症例に232あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(118)表1わが国におけるエアバッグによる眼外傷の報告(医学中央雑誌中で検索)年齢性別座席シートベルト装用眼鏡装用事故相手自分速度(km/時)相手速度(km/時)角膜障害前房出血虹彩離断脈絡膜断裂網膜裂孔網膜?離黄斑円孔網膜振盪硝子体・眼底出血報告されている他の合併症文献番号62男助手席〇×静止物n.a.n.a.右〇左〇右×左〇右×左〇───右×左〇─右×左〇顔面のみ762男運転席〇×壁n.a.n.a.右〇左〇右×左〇─────右×左〇─顔面のみ78男助手席〇n.a.自動車n.a.n.a.─右〇左×─────右〇左×右〇左×顔面のみ819男運転席〇〇静止物1000───────n.a.右×左〇胸骨骨折,腰椎圧迫骨折,縦隔血腫918男運転席〇n.a.静止物300右〇左〇右×左〇─────右〇左×─顔面のみ1028男運転席×〇なし徐行-右〇左×右〇左×─右〇左×───n.a.右〇左×顔面のみ11n.d.:notdetermined,〇:あり,×:なし.表2エアバッグ展開によって網膜?離を呈した症例(PubMed中で検索)年齢性別座席シートベルト装用眼鏡装用事故相手自分速度(km/時)相手速度(km/時)角膜障害前房出血虹彩離断脈絡膜断裂網膜裂孔網膜?離黄斑円孔硝子体・眼底出血報告されている他の合併症文献番号63男運転席n.d.〇n.d.n.d.n.d.右〇左×─右〇左×n.d.右〇左×右〇左×n.d.右〇左×顔面のみ227女運転席〇×自動車30n.d.右×左〇─右×左〇右×左〇右×左〇n.d.n.d.右×左〇顔面のみ457女運転席〇×自動車500右〇左〇右〇左〇右×左〇─右〇左×n.d.n.d.─顔面のみ45男助手席×n.d.n.d.低速n.d.────n.d.右×左〇─右×左〇顔面のみ1240男運転席〇×静止物200────右〇左×右〇左×右〇左×右〇左×顔面のみ1375女助手席〇n.d.静止物n.d.0右〇左〇右〇左〇右?左〇n.d.n.d.右〇左〇n.d.右〇左〇顔面のみ1431女運転席〇n.d.n.d.n.d.n.d.───n.d.n.d.右×左〇n.d.右×左〇顔面のみ1539男運転席×n.d.n.d.70n.d.右×左〇右×左〇右×左〇n.d.n.d.右×左〇n.d.右×左〇左上腕骨骨折16n.d.:notdetermined,〇:あり×,:なし.おけるエアバッグによる網膜再?離の機序は不明であるが,下記のごとく考察する.顔面打撲による鈍的外傷により,左眼網膜下方の輪状締結部(シリコーンバンド設置部)より辺縁部の急激な変形に伴い残存硝子体に新たな牽引が発生し,その付着する網膜に小裂孔が多数形成されたかもしれない.加えて本症例では,Purtscher網膜症を示唆する網膜出血がみられたことより,SRSエアバッグによる胸部圧迫によって胸腔内圧が上昇したことが示唆され,そのため上大静脈圧が上昇し脈絡膜静脈静水圧の急激な上昇,脈絡膜間質の浮腫を伴い,漿液性網膜?離を引き起こした.網膜裂孔部へ漿液性網膜?離が拡大し,網膜が再?離した可能性が考えられる.SRSエアバッグ作動に伴う外傷は,網膜再?離のリスクになると同時に,胸部外傷を含む全身合併症を伴うこともあるため,眼科での治療においても注意が必要である.文献1)峯川明,横井秀,池田勝:エアバックの作動により受傷した眼窩吹き抜け骨折症例と受傷機序の検討.耳鼻咽喉科臨床(補冊126):25-29,20102)KenneyKS,FanciulloLM:Automobileairbags:friendorfoe?Acaseofairbag-associatedoculartraumaandarelatedliteraturereview.Optometry76:382-386,20053)AntosiaRE,PartridgeRA,VirkAS:Airbagsafety.AnnEmergMed25:794-798,19954)CarterPR,MakerVK:Changingparadigmsofseatbeltandairbaginjuries:whatwehavelearnedinthepast3decades.JAmCollSurg210:240-252,20105)MancheEE,GoldbergRA,MondinoBJ:Airbag-relatedocularinjuries.OphthalmicSurgLasers28:246-250,19976)DumovichJ,SinghP:Physiology,Trauma.In:StatPearls.TreasureIsland(FL):StatPearlsPublishingLLC.,Trea-sureIsland(FL),20197)野中文,永山幹,松尾俊ほか:エアバッグ眼外傷の2例.臨眼55:158-162,20018)松田憲,高村佳,久保江ほか:眼部エアバッグ外傷の1例.眼臨101:1010-1013,20079)笹元威,稲富誠,小出良:エアーバッグ外傷によりPurtscher網膜症をきたした1例.日本職業・災害医学会会誌52:250-253,200410)黒光正,本宮数,鳥飼治:エアバッグにて著明な角膜内皮細胞減少を生じた1例.眼紀50:677-681,199911)田村博,新矢誠,谷本誠ほか:エアーバック誤作動による外傷性毛様体解離の1例.眼臨94:1341-1343,200012)EliottD,HauchA,KimRWetal:Retinaldialysisanddetachmentinachildafterairbagdeployment.JAAPOS15:203-204,201113)HanDP:Retinaldetachmentcausedbyairbaginjury.ArchOphthalmol111:1317-1318,199314)SalamT,StavrakasP,WickhamLetal:Airbaginjuryandbilateralgloberupture.AmJEmergMed28:982.e985-986,201015)WhitacreMM,PilchardWA:Airbaginjuryproducingretinaldialysisanddetachment.ArchOphthalmol111:1320,199316)YangCS,ChouTF,LiuJH:Airbagassociatedposteriorsegmentoculartrauma.JChinMedAssoc67:425-431,200417)小原孝,広田篤,岡野智:調節障害を生じたエアバック眼外傷の1例.眼臨92:31-33,199818)KoikeT,KannoT,SekineJ:予期しないエアバッグ展開による鼻-眼窩-篩骨骨折の1症例(Acaseofnaso-orbital-ethmoidfracturefollowingunexpectedairbagdeploy-ment).JournalofOralandMaxillofacialSurgery,Medi-cine,andPathology27:522-524,201519)岩味史,佐藤英,山腰友ほか:エアバッグによって角膜内皮細胞減少を生じた1例.眼臨紀2:697-701,200920)MorgensternK,TalucciR,KaufmanMSetal:Bilateralpneumothoraxfollowingairbagdeployment.Chest114:624-626,1998◆**234あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(120)