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EX-PRESSTMを用いた濾過手術の術後早期成績:Trabeculectomyとの比較

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1563.1567,2012cEX-PRESSTMを用いた濾過手術の術後早期成績:Trabeculectomyとの比較前田征宏近藤奈津大貫和徳岐阜赤十字病院眼科EarlyOutcomesofEX-PRESSTMGlaucomaFiltrationDeviceVersusTrabeculectomyinJapanesePrimaryOpenAngleGlaucomaPatientsMasahiroMaeda,NatsuKondoandKazunoriOnukiDepartmentofOphthalmology,GifuRedCrossHospital新しい緑内障手術装置EX-PRESSTMの術後早期成績を,従来のtrabeculectomy(TLE)と比較した.対象はEXPRESSTMを用いた緑内障濾過手術を受けた原発開放隅角緑内障(POAG)患者10例10眼(EX-PRESSTM群)と,同時期にTLEを行ったPOAG患者10例10眼(TLE群)である.EX-PRESSTM群では術中の前房消失,眼球虚脱,前房内への出血は認めなかったが,TLE群では虹彩切除時に一過性の前房消失を,また無硝子体眼において眼球虚脱を認めた.角膜内皮細胞密度の変化は認めなかった.眼圧は術前EX-PRESSTM群30.3±9.9mmHg,TLE群26.9±10.3mmHgであり,術後3カ月の平均眼圧はEX-PRESSTM群が13.3±9.7mmHg,TLE群が8.9±4.2mmHgで両群に有意差は認めなかった.Wecomparedearlysurgicaloutcomesforprimaryopenangleglaucomain10eyestreatedwiththeEX-PRESSTMGlaucomaFiltrationDeviceand10eyestreatedwithtrabeculectomy(TLE).DuringsurgeryintheTLEgroup,transientanteriorchambercollapsewasseeninallcases,eyeballcollapsewasseenin1case.IntheEXPRESSTMgroup,noanteriororeyeballcollapsewasseen,eveninvitrectomizedeye.Meanintraocularpressuredecreasedfrom30.3±9.9mmHgto13.3±9.7mmHgintheEX-PRESSTMgroupandfrom26.9±10.3mmHgto8.9±4.2mmHgintheTLEgroupat3months.Nostatisticallysignificantchangeincornealendothelialcelldensitywasseenineithergroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1563.1567,2012〕Keywords:エクスプレスTM,トラベクレクトミー,角膜内皮細胞密度.EX-PRESSTM,trabeculectomy,cornealendothelialcelldensity.はじめに緑内障の手術療法では大きく流出路手術と濾過手術に分けられるが,濾過手術の一つであるマイトマイシンC(MMC)併用trabeculectomy(TLE)が眼圧下降の点で最も優れた術式である.MMC併用TLEは現在緑内障手術の標準的な治療方法であり,適切な手術と術後管理により十分な眼圧下降が得られる術式であるが,術後低眼圧や房水漏出,晩期感染症が問題となるため,中・高齢者や中期以降の進行した緑内障,血管新生緑内障や閉塞隅角緑内障が適応となる1).また,術中虹彩切除時の出血や急激な眼圧変動による眼球の虚脱など,手術に伴うリスクも大きな問題である.EX-PRESSTM(AlconInc.,ForthWorth,TX)は濾過手術において使用する緑内障インプラントの一つで,強膜弁下に留置することで前房から濾過胞へと房水を導く,ステンレス製のノンバルブチューブである.わが国でも平成23年に厚生労働省の承認を得ている.EX-PRESSTMはTLEの術中および術後早期の合併症を減らしつつ,従来のTLEと同等かそれ以上の成績が報告されている.わが国でもSugiyamaらがTLEと比べ術後眼圧に有意差がないことを報告し,また,術後早期においてTLEよりもEX-PRESSTM群で視力が良〔別刷請求先〕前田征宏:〒502-8511岐阜市岩倉町3-36岐阜赤十字病院眼科Reprintrequests:MasahiroMaeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuRedCrossHospital,3-36Iwakura-cho,Gifu5028511,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(113)1563 好であったと報告している2.6).前房内インプラント手術では角膜内皮細胞密度の減少が危惧されるが,今回筆者らはEX-PRESSTMを使用する経験を得たので,術後早期手術成績および角膜内皮細胞密度の変化を,同時期に行ったTLEと比較報告する.I対象および方法平成21年4月1日より平成24年3月31日までに当院眼科を受診した,点眼・内服にてコントロール不良の原発開放隅角緑内障(POAG)患者で,本手術を受けることに同意が得られ,術後3カ月以上経過観察ができた10例10眼(EXPRESSTM群)をレトロスペクティブに検討した.比較対象として同時期にTLEを行ったPOAG10例10眼(TLE群)と比較し,術後3カ月の早期結果をまとめた.本手術は当院倫理委員会の承認を得て行い,すべての患者に書面による同意を得て行った.患者にはTLEとEXPRESSTM手術について十分説明し,自由意思にて手術術式を選択させた.今回の調査ではPOAGのみを対象とし,偽落屑症候群,外傷やぶどう膜炎などの続発緑内障は調査対象外とした.また,両眼EX-PRESSTM手術を行った患者は先に手術を行った眼を採用した.手術はすべて同一術者が行った.術前抗菌点眼薬および非ステロイド消炎点眼薬の前処置を行った.術前に2%ピロカルピン点眼を用いて縮瞳し,点眼麻酔後円蓋部より27ゲージ(G)鋭針を用いて2%キシロカインRにて後部Tenon.下麻酔を行った.上輪部に制御糸をかけ眼球を下転し,円蓋部基底結膜切開を行った.Tenon.を.離した後,強膜の半層の深さで3mm×3mmの強膜弁を1層作製した.0.04%MMCを3分間作用させ,balancedsaltsolution(BSS)図1Blue-GrayzoneEX-PRESSTMを挿入する際はこの部位に虹彩と平行になるように心がけて挿入する.200mlにて洗浄した.25Gあるいは26G針にて虹彩と平行になるようにBlue-Grayzoneとよばれる部位に予備穿刺し(図1),同部位にEX-PRESSTM,P-50を挿入した.強膜を10-0ナイロン糸にて房水がわずかに漏れる程度に術者の判断で2.4針縫合し,結膜を8-0バイクリル糸にて房水漏出のないように縫合した.輪部から漏出が生じないよう10-0ナイロン糸にて輪部と平行にblockingsutureを行った.術後は術前に使用していた眼圧下降薬はすべて中止し,ベタメタゾン点眼液を2週間2時間ごとの頻回点眼,および抗菌点眼薬と非ステロイド消炎鎮痛点眼薬(NSAIDs)の点眼を行った.TLEはEX-PRESSTMと同様の術前処置,結膜切開,MMC作用で行った.縫合もEX-PRESSTMと同様に強膜弁縫合は術者の判断で2.4針,結膜は8-0バイクリル糸にて縫合し,blockingsutureを行った.相違点としては,強膜2層弁を作製し深層強膜弁を切除後,強角膜ブロックを切除,虹彩切除を行った.術後眼圧,前房深度,濾過胞の状態を見て,術者の判断でレーザー切糸を行った.術前および術後翌日,1・2週,1・3カ月の各診察日の視力,眼圧,使用眼圧下降薬数,角膜内皮細胞密度および合併症を調べた.点眼は眼圧下降点眼を1点,合剤および炭酸脱水酵素阻害薬の内服は2点としてスコア化し計算を行った.統計学的検討は眼圧,点眼数,内皮細胞密度の群間比較はStudent-ttestを,群内比較はpaired-ttestを,合併症はFisher’sexacttestをそれぞれ用い,p<0.05を統計学的有意とした.II結果EX-PRESSTM群は平均年齢70.8±11.7歳,男性5眼,女性5眼,TLE群は平均年齢75.2±12.0歳,男性9眼,女性1眼であった.患者背景を表1に示す.すべての項目で統計学的な有意差は認めなかったが,性別はTLE群で男性が多い傾向であった(p=0.07).術前平均眼圧はEX-PRESSTM群では30.3±9.9mmHg,TLE群26.9±10.3mmHgであり,両群に有意差は認めなかった.術前点眼スコアにも有意差は認めなかった.図2に術後眼圧経過を示す.術後3カ月目の平均眼圧はEXPRESSTM群が13.3±9.7mmHg,TLE群が8.9±4.2mmHgで両群に有意差は認めなかった(p=0.21).すべての観察期間において術後眼圧および点眼スコアに両群で有意差は認めなかった.表2に合併症の頻度を示す.手術中,EX-PRESSTM挿入前後で前房が消失することはなく,手術終了まで十分な前房深度を保ったまま手術を行うことが可能であった.2例では1564あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(114) 表1患者背景:両群の術前データEX-PRESSTM群n=10TLE群n=10p値年齢(歳)70.8±11.775.2±120.417平均±SD性別0.070男性59女性51術眼0.185右眼63左眼47緑内障手術既往歴0.175あり(流出路手術)25なし85硝子体手術既往歴0.500あり12なし98角膜内皮細胞密度個/mm22,328±6452,239±3940.715水晶体の状態0.453有水晶体12眼内レンズ挿入眼97無水晶体01術前点眼スコア平均±SD3.6±1.33.2±1.00.326術前眼圧(mmHg)平均±SD30.3±9.926.9±10.30.461Trabeculectomy(TLE)群で男性が多い傾向があるものの統計学的な有意差は認めなかった.その他の項目においても統計学的な有意差は認めない.0510152025303540450123眼圧(mmHg):EX-PRESSTM:TLE術後観察期間(月)図2術後眼圧経過すべての点で両群に有意差は認めなかった.術前に硝子体手術がすでになされていたが,術中の眼球虚脱は認めなかった.術翌日にEX-PRESSTM群において2例で低眼圧とそれに伴う軽度の脈絡膜.離をきたしたが,前房は深く保たれており,脈絡膜.離は2週間以内に消失した.術後2週間以内に3例でレーザー切糸を行ったところ,2例で過剰濾過となり(115)表2合併症の頻度EX-PRESSTM群TLE群(n=10)(n=10)p値術中の前房消失010<0.01術後2週目での5mmHg以下の低眼圧350.32脈絡膜.離250.17TLE群では虹彩切除時に前房の虚脱を認めたが,EX-PRESSTM群では認めなかった.結膜上から縫合を追加した.術後3カ月目に1例needlingを行った.前房出血やフィブリンの析出は認めなかった.TLE群ではごく軽度のものを含めて5例で脈絡膜.離を生じた.そのうち1例で低眼圧黄斑症を生じ矯正視力が術前1.0から術後0.5まで低下したが,その後全例自然消失し視力も回復した.1例でレーザー切糸を行った.1例で術前硝子体手術が行われており,虹彩切除時に眼球の虚脱を認めた.また,虹彩切除時に全例で前房の一時的な消失を認めた.術後前房内のフィブリン析出は認めなかったが,軽度の前房細胞を全例で認めた.術後2カ月,および3カ月の時点で各1例ずつneedlingを行った.角膜内皮細胞密度はEX-PRESSTM群では術前,術後3カ月においてそれぞれ2,328±645個/mm2,2,306±802個/mm2(p=0.94),TLE群では2,239±394個/mm2,2,217±467個/mm2(p=0.80)で両群とも有意な変化を認めなかった.術前と術後3カ月時点での視力低下は群内・群間とも有意差を認めなかった.III考察EX-PRESSTMは1999年にOptonol社より発売され,その後2010年からはAlcon社より発売されている緑内障インプラントである.本装置は全世界ですでに8万眼以上使用され,緑内障手術のスタンダードとされるMMC併用TLEと同等以上の手術成績と,TLEよりも少ない周術期合併症が報告されている2.7).EX-PRESSTMは内径が200μmのP-200とP-200の内筒に150μmの支柱を取り付け有効内径50μmとしたP-50があるが,世界的には90%以上P-50が使用されている.本装置はバルブのないステンレススチールでできており,3テスラのMRI(磁気共鳴画像)に対して位置異常を認めなかったと報告されている8.10).本手術は強膜弁下から前房内に装置を挿入するのみであり,術中に急激に眼圧低下をきたし前房消失する危険が少ないこと,虹彩切除を行わないため,虹彩切除時の出血がなく術後の前房内炎症が少ないこと,前房内から強膜弁下に流れる房水の量が術者によらず一定にコントロールされることが利点である.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121565 特に硝子体手術を行ったあとの無硝子体眼では,通常のMMC併用TLEでは前房内に穿孔後,虹彩切除をして強膜弁縫合をするまでに,眼球が虚脱することがあるが,本装置を用いた場合,眼球が虚脱することがなく手術を完遂することが可能である.今回初期10症例の成績を示したが,全例で術中の前房消失は認めなかった.術後のレーザー切糸で低眼圧をきたした症例があったが,その後の処置にて改善された.術後の炎症反応はTLE群では軽度の前房細胞を認めたが,虹彩切除に伴う出血と考えられ,追加の処置は行わなかった.EX-PRESSTMは前房から流れ出る房水量を一定にコントロールすることが可能であるが,強膜弁下から先の経路は通常のTLEと同等であり,強膜弁の縫合が緩ければ過剰濾過を,強すぎれば濾過不十分となりうる.今回の結果では術後早期の低眼圧やレーザー切糸後の過剰濾過がみられたが,これはEX-PRESSTMによる合併症ではなく,従来の濾過手術でも認められる強膜弁の縫合の程度の問題であり,強膜弁をややきつめに縫合し,術後経過をみて本手術に合わせて慎重にレーザー切糸を行うことで対応可能であると考えられる.EX-PRESSTM固有の問題として,装置の閉塞,角膜内皮細胞密度の減少が考えられるが,これらの合併症は今回の検討では認めなかった.やや虹彩側に向けて挿入された術後の前眼部OCT(光干渉断層計)画像を図3に示す.この症例ではEX-PRESSTMと虹彩との接触はみられないが,これ以上虹彩側に向くと装置の閉塞の可能性があると考えられる.角膜内皮細胞密度についてはこれまで報告はなく,今回の検討で少なくとも術後3カ月程度の短期においては有意な変化を認めないと考えられる.装置を正しい位置に虹彩と平行に挿入することができず,虹彩側,あるいは角膜側へ向けて刺入した場合は,虹彩嵌頓による装置の閉塞,角膜内皮細胞密度の減少の可能性があるため,予備穿刺とそれに続く装置の挿入の際は特に注意が必要である.内皮細胞密度の変化につい図3術後前眼部OCT写真やや虹彩側に向いているが,先端は虹彩とは接触していない.ては中長期間で注意する必要がある.また,両群とも強い術後炎症は認めなかったが,両群の炎症を比較するには出血が消退したのちにレーザーセルフレアメータによる測定が望ましいと考えられる.従来のTLEと術後眼圧は同等で合併症の頻度が少ないという報告であるが,今回の結果でも症例数が少ないながらも術中の前房消失,虹彩出血や脈絡膜出血といったTLEで生じうる合併症はなく,TLEと比べ術中の前房消失や眼球虚脱は認めなかった.術後の眼圧経過では有意差はないもののEX-PRESSTM群のほうがやや高い結果となった.これは以下二つの理由が考えられる.一つはTLEでは強膜2層弁を作製し深層強膜弁を切除しているため,deepsclerectomyの作用が加わっていること,二つ目は,行い慣れたTLEと異なり,本装置の術後経過観察では早期にレーザー切糸をして,前房が消失するのを防ぐため,レーザー切糸のタイミングが遅くなった可能性が考えられる.後者は術後管理に改善の余地があることを示すと考えられる.濾過手術は手術手技のみで術後成績が決まるのではなく,術後点眼や処置を含めた濾過胞全体の管理が重要である.本手術の長期成績を論じるには,厳密にはEX-PRESSTMの術後管理に習熟したのち,強膜1層弁で行ったTLEとの比較を行うべきである.しかしながら,従来のTLEで生じる術中・術後早期合併症を考慮すると,装置を正しい位置で虹彩と平行に挿入することなど,いくつかの注意点を十分理解したうえで本手術を行うことで,EX-PRESSTMは濾過手術をより安全に行うための非常に有用な装置となると考えられる.文献1)本庄恵:緑内障手術のEBMトラベクレクトミーvs.トラベクロトミー.眼科手術25:4-9,20122)deJongL,LafumaA,AguadeASetal:Five-yearextensionofaclinicaltrialcomparingtheEX-PRESSglaucomafiltrationdeviceandtrabeculectomyinprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol5:527-533,20113)KannerEM,NetlandPA,SarkisianSRJretal:Ex-PRESSminiatureglaucomadeviceimplantedunderascleralflapaloneorcombinedwithphacoemulsificationcataractsurgery.JGlaucoma18:488-491,20094)SugiyamaT,ShibataM,KojimaSetal:Thefirstreportonintermediate-termoutcomeofEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceimplantedunderscleralflapinJapanesepatients.ClinOphthalmol5:1063-1066,20115)GoodTJ,KahookMY:AssessmentofblebmorphologicfeaturesandpostoperativeoutcomesafterEx-PRESSdrainagedeviceimplantationversustrabeculectomy.AmJOphthalmol151:507-513,20116)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:Comparisonoftrabe1566あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(116) 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