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難治なカルシウム沈着をきたしたStevens-Johnson症候群の1例

2020年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科37(5):627.630,2020c難治なカルシウム沈着をきたしたStevens-Johnson症候群の1例水野暢人*1,2福岡秀記*1草田夏樹*1,3外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2京都中部総合医療センター眼科*3済生会滋賀県病院眼科CACaseofStevens-JohnsonSyndromewithIntractableCalciumDepositionNobuhitoMizuno1,2)C,HidekiFukuoka1),NatsukiKusada1,3)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOpthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofOpthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,3)DepartmentofOpthalmology,SakiseikaiShigaHospitalC目的:角膜表層のカルシウム(Ca)沈着はリン酸塩添加物と関連し,眼表面疾患患者ではリスクが高いことが報告されている.今回CStevens-Johnson症候群(SJS)に難治なCCa沈着をきたしたC1例を経験したので報告する.症例:症例はC48歳,女性(SJS患者),両眼の遷延性上皮欠損を認め発症からC2カ月で入院治療を開始した.眼脂培養でメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を検出したためバンコマイシン(VCM)眼軟膏を開始したところ上皮欠損部位に一致した高度のCCa沈着を生じた.左眼に培養口腔粘膜上皮シート移植,右眼に角膜上皮形成術を施行し,両眼ともCCa沈着除去+羊膜移植を併用した.左眼は順調に経過したが,右眼に再びCCa沈着が発生したためベタメタゾン点眼を中止し,Ca沈着除去+羊膜移植を追加した.その後CCa沈着を再発せず上皮化を得た.考按:高度の涙液減少,遷延性上皮欠損を伴う疾患においてベタメタゾン点眼,VCM投与がCCa沈着の契機になりうる.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCStevens-Johnsonsyndrome(SJS)inCwhichCintractablecalcium(Ca)depositionCoccurred.CaseReport:A48-year-oldfemalewithSJSpresentedwithbilateralpersistentepithelialdefect(PED)Cat2monthsfromdiseaseonset.Methicillin-resistantStaphylococcusaureusCwasdetectedinhereyedischarge,sovancomycin(VCM)eye-ointmenttreatmentwasinitiated.However,ahighCadepositionoccurred.Thus,wetreat-edCherCleftCeyeCwithCcultivatedCoralCmucosalCepithelialCsheetCtransplantationCplusCamnioticCmembraneCtransplanta-tion(AMT)C,CandCherCrightCeyeCwithCkeratoepithelioplastyCplusCAMT,CwithCtheCCaCdepositCbeingCremovedCduringCsurgery.Postoperatively,anewCadepositoccurredinherrighteye,sothebetamethasoneinstillationwasdiscon-tinuedandsheunderwentCa-depositremovalcombinedwithasecondAMT,resultinginbilateralepithelializationwithoutCadeposition.Conclusion:WefoundthatbetamethasoneinstillationandVCMcantriggerCadepositionincasesofocularsurfacediseasewithseveredryeyeandPED.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(5):627.630,C2020〕Keywords:スティーブンス・ジョンソン症候群,遷延性上皮欠損,ドライアイ,カルシウム角膜沈着.Stevens-Johnsonsyndrome,persistentepithelialdefect,dryeye,calciumdeposition.Cはじめに眼科領域の薬物療法の中心は点眼薬である.点眼薬は,主成分となる薬物と水溶液のみでは製剤としての成立がむずかしく,少なからず添加剤が加えられている.その添加剤には,防腐剤,等張化剤,緩衝剤,界面活性剤,安定化剤や粘稠化剤などさまざまなものがあり,薬物を溶解し安定するために用いられる1).しかし,添加剤が眼障害を引き起こすことがあり,よく知られるものとして防腐剤である塩化ベンザルコニウム(BAC)による角膜障害がある2).また,安定化剤としてのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)は濃度によってはCBACと同様の角膜創傷治癒遅延を引き起こす3).点眼薬の約C1/3にCpH緩衝の添加剤として用いられているリン酸塩は,ごくまれに角膜のカルシウム(Ca)沈着を誘発する4,5).今回CStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:〔別刷請求先〕水野暢人:〒602-8566京都市上京区河原町通広小路上る梶井町C465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:NobuhitoMizuno,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajiicho,Hirokoji-agaru,Kawaramachidori,Kyoto602-8566,JAPANCSJS)患者の治療経過中に急速で難治なCCa沈着をきたした遷延性上皮欠損(persistentCepithelialdefect:PED)のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:48歳,女性.主訴は視力障害である.既往歴に抑うつがある.2016年C1月に総合感冒薬を服用後,4日目にC38℃以上の発熱,結膜充血および口腔粘膜と皮膚にびらんを生じて総合病院に緊急入院し,SJSと診断された.全身および眼局所の治療を受けたが両眼のCPEDをきたし,改善が見込まれないことからC2016年C2月に京都府立医科大学附属病院眼科に紹介された.初診時眼科所見:視力は右眼指数弁(矯正不能),左眼C0.04(矯正不能),眼圧は両眼ともに測定不能であった.涙液減少によるドライアイ症状が強く(Schirmerテスト右眼C2Cmm,左眼C1Cmm),両眼に広範囲の角結膜上皮欠損,瞼球癒着,眼脂を認め,手術加療も含めた治療が必要と判断した.入院後経過:初診C7日後に入院し,感染予防,消炎およびドライアイ治療目的に点眼薬と免疫抑制薬(シクロスポリンC50Cmg2錠分2)内服を開始し.同時に強い抑うつ症状のため精神科医の併診,口腔ケアおよび疼痛緩和の治療も開始した.点眼,内服治療により両眼ともに周辺部に残存する結膜上皮は少しずつ伸展するも上皮欠損は遷延した.両眼ともに眼脂培養からメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulaseCnegativeCStaphylococci:MRCNS)とメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-2%レバミピドUD点眼4回resistantCStaphylococcusaureus:MRSA)を検出したため,入院C2カ月後にC1%バンコマイシン塩酸塩(VCM)眼軟膏を開始したところ急速にC2.3日で両眼に高度のCCa沈着をPED部位に生じた.ただちにCVCM眼軟膏を中止とし,左眼に培養口腔粘膜上皮シート移植+羊膜移植,翌月は右眼に角膜上皮形成術+羊膜移植を施行し,両眼ともに手術時にCa沈着物を除去した.術後は両眼ともに治療用ソフトコンタクトレンズを装用し,抗菌薬点眼と消炎目的でC0.1%ベタメタゾン点眼を行った.左眼は順調に経過したが,右眼は手術後に再びCCa沈着を生じた.リン酸塩によるCCa沈着を疑いC0.1%ベタメタゾン点眼を中止し,右眼に再度CCa除去+羊膜移植を行った.その後CCa沈着は再発せず上皮化を得ることができた.CII考按角膜表層のCCa沈着の機序については,詳しく明らかになっていない.角膜へのCCa沈着には数日で急速に沈着するものや,帯状角膜変性症のように数カ月から数年で形成されるものがある.涙液中の有機リンとCCa濃度のバランスの異常,涙液異常(ドライアイ,局所的なCpHの上昇)や房水代謝異常(緑内障,慢性炎症)などがCCa沈着をきたしやすい原因として考えられている6).急速なCCa沈着は,点眼薬に含まれるリン酸塩添加物が強く関連し7),とくに眼表面疾患患者のようなCPEDがある患者ではリスクが高いことが報告されている.Ca沈着は,通常表層のみに沈着をきたしていることが多く,その際には,速やかにリン酸塩を含む点眼薬の中止および変更を行うことが望ましい.治療としてはCCa沈着2回0.3%ガチフロキサシン点眼0.5%ベガモックス点眼2-4回2回3回1%ソルメドロール点眼0.1%フルオロメトロン点眼0.1%ベタメタゾン点眼2回2回2回回44回4回4回4回4回4回0.3%タリビッド眼軟膏1%バンコマイシン眼軟膏4回回44回回44回1回1回ジフルカン点眼0.05%デキサメタゾン眼軟膏4回2回両眼の角膜表層石灰化右眼の角膜表層石灰化*※☆入院初日入院1カ月入院2カ月入院3カ月入院4カ月入院5カ月両眼点眼右眼点眼左眼点眼*左眼培養口腔粘膜上皮シート移植+Ca除去+羊膜移植※右眼角膜上皮形成術+Ca除去+羊膜移植☆右眼Ca除去+羊膜移植図1治療経過と角膜上皮石灰化のイメージabcde図2バンコマイシン投与前後の前眼部写真バンコマイシン眼軟膏投与後に両眼の角膜上皮欠損に一致して急速にカルシウムが沈着した.(a:右眼初診時,Cb:右眼投与前,Cc:右眼投与後C2日,Cd:左眼初診時,e:左眼投与前,f:左眼投与後C2日)Cabc図3カルシウム再沈着および再除去後の右眼前眼部写真右眼はカルシウム(Ca)沈着物を除去後,羊膜移植併用角膜上皮移植術を行ったがC1カ月後に角膜上皮欠損に一致して急速にCCaが沈着した.再度CCa沈着物を除去後,羊膜移植を行い再発はしていない.(a:1回目手術後,Cb:Ca沈着時,Cc:2回目手術後.)Cab図4カルシウム除去後の左眼前眼部写真左眼はカルシウム沈着物を除去後に培養口腔粘膜移植を施行し上皮化を得ている.(a:手術直後,Cb:退院前.)物をC0.1%塩酸やCEDTAなど薬剤で除去を行うか,ゴルフ刀や治療的レーザー角膜切除術(phototherapeuticCkeratec-tomy:PTK)などで機械的に除去する方法がある8).今回のCSJS症例は,重症なドライアイに加え,ステロイドや抗菌薬などさまざまな点眼が処方されており,入院経過中にC2度の角膜への白色物沈着を生じた.沈着物を高速液体クロマトグラフィーや原子吸光分析などを用いて成分分析を行っていないが,臨床経過と手術時の所見からCCa沈着と考えた.1回目はCMRCNS,MRSAに対するC1%CVCM眼軟膏の投与開始後に角膜上皮欠損に一致して沈着が引き起こされた.その際にCCa沈着の要因としてよく知られるC0.1%ベタメタゾン点眼は使用していなかった.VCMはさまざまな薬剤との混和により白濁や沈殿などにより配合変化を起こすことから,薬剤の組み合わせにより沈着を生じた可能性がある9).2回目は左眼角膜上皮形成と結膜欠損領域への羊膜移植後眼の角膜上皮欠損部に一致して急速なCCa沈着をきたした.一方他眼は,ほぼ同様の点眼治療を行ったが,培養口腔粘膜上皮シート移植後に上皮欠損がなく安定していたため,Ca沈着が引き起こされなかった.以上の経過より重症なドライアイと角膜上皮欠損がCCa沈着の誘引となっていた可能性が高い.また,右眼がC2回目の手術で羊膜移植後にドナーの角膜上皮から速やかに上皮伸展があったことから,移植後羊膜の存在が沈着を防いだ可能性が推察された.全身疾患から帯状角膜変性のようにCCaが角膜に沈着をきたすものとしては,腎不全,透析によるCCa代謝異常,副甲状腺機能亢進やぶどう膜炎などが報告されている7).本症例は血中CCa値は正常であり,上記のいずれにも該当せず,全身疾患が影響している可能性は低いと考えられた.点眼薬の角膜沈着としては,ノルフロキサシン10.13),シプロフロキサシン14),トスフロキサシン15)などが知られているが,今回は既知の成分を含む点眼薬は用いていない.VCM自体がさまざまな薬剤などの混和により配合変化に注意すべき薬剤であることを考えると,1回目の角膜沈着はCaか何らかの薬剤の沈着によるものでC2回目がベタメタゾン点眼のリン酸塩によるCCa沈着の可能性もあると考えられた.本症例のように,重症ドライアイやCPEDをきたすことの多いCSJS症例においては,点眼,眼軟膏の影響により角膜沈着を引き起こすことがあり,注意深く経過観察する必要があると考えられる.文献1)長井紀章,伊藤吉將:添加物による眼組織への影響(解説/特集).薬局65:1731-1737,C20142)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAFetal:E.ectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSciC40:619-630,C19993)長井紀章,村尾卓俊,伊藤吉將ほか:点眼薬含有添加剤であるポリソルベートC80およびCEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響.あたらしい眼科27:1299-1302,C20104)SchrageCNF,CSchlossmacherCB,CAschenbernnerCWCetal:Cbu.erCinCalkaliCeyeCburnsCasCanCinducerCofCexperimentalCcornealcalci.cation.BurnC7:459-464,C20015)PopielaCMZ,CHawksworthN:CornealCcalci.cationCandphosphates:doCyouCneedCtoCprescribeCphosphateCfree?CJOculPharmacolTher30:800-802,C20146)BerlyneGM:Microcrystallineconjunctivalcalci.cationinrenalfailure.LancetC2:366-370,C19687)PrasadCRaoCG,CO’BrienCC,CHicky-DwyerCMCetal:RapidConsetCbilateralCcalci.cCbandCkeratopathyCassociatedCwithCphosphate-containingCsteroidCeyeCdrops.CEurCJCImplantCRefractSurgC7:251-252,C19958)Al-HityCA,CRamaeshCK,CLockingtonD:EDTACchelationCforCsymptomaticCbandkeratopathy:resultsCandCrecur-rence.Eye(Lond)C32:26-31,C20189)添付文書情報日本薬局方注射用バンコマイシン塩酸塩.シオノギ製薬C2019年C3月改訂10)落合万理,山上聡,大川多永子ほか:角膜移植後,移植片中央部に白色物質沈着を繰り返したC1症例.眼紀C49:C906-908,C199811)秦野寛,大野重昭,北野周作:トスフロキサシン点眼液による眼科周術期の無菌化療法.眼科手術C23:314-320,C201012)KonishiM,YamadaM,MashimaY:Cornealulcerassoci-atedwithdepositsofnor.oxacin.AmJOphthalmolC125:C258-260,C199813)関山有紀,外園千恵,稲富勉ほか:ノルフロキサシンがソフトコンタクトレンズに沈着した遷延性上皮欠損のC2症例.あたらしい眼科22:379-382,C200514)CastilloCA,CBenitezCdelCCastilloCJM,CToledanoCNCetal:CDepositsoftopicalnor.oxacininthetreatmentofbacteri-alkeratitis.CorneaC16:420-423,C199715)EssepianCJP,CRajpalCR,CO’BrienTP:TandemCscanningCconfocalCmicroscopicCanalysisCofCcipro.oxacinCcornealCdepositsinvivo.CorneaC14:402-407,C1995***