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クリプトコックスによる真菌性眼内炎の1例

2020年11月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(11):1455.1458,2020cクリプトコックスによる真菌性眼内炎の1例福井歩美*1,2永田健児*1寺尾信宏*1外園千恵*1*1京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学*2京都府立医科大学附属北部医療センターCARareCaseofEndophthalmitisCausedbyCryptococcusneoformansCAyumiFukui1,2)C,KenjiNagata1),NobuhiroTerao1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)NorthMedicalCenter,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC眼内炎を契機にクリプトコックス感染症を診断した症例を経験した.症例はC85歳,男性.右眼の飛蚊症を主訴に受診した.初診時に右眼底に白色の滲出斑,硝子体混濁を認めた.全身検査を行うも原因の特定には至らず,CbDグルカンは陰性であり,ステロイドCTenon.下注射を施行した.一時的に視力,症状は改善したが,3カ月後に硝子体混濁が増悪したため硝子体手術を施行した.硝子体塗抹から酵母型真菌を認め,術翌日より抗真菌薬の全身投与を開始した.その後,硝子体培養よりCCryptococcusneoformansを検出した.抗真菌薬の長期内服により白色病変は徐々に縮小したが,術後約C7カ月で他疾患のため死亡した.クリプトコックス属は莢膜に菌体が包まれており,CbDグルカンは検出されず陰性となる.真菌性眼内炎を疑い,CbDグルカンが陰性の場合はクリプトコックス抗原の検査や硝子体液の培養を行うことが有用である.CPurpose:ToCreportCaCrareCcaseCofCendophthalmitisCcausedCbyCCryptococcusCneoformans.Casereport:An85-year-oldmalepresentedafterbecomingawareofa.oaterinhisrighteye.Uponexamination,whiteexudatesandvitreousopacitywereobservedontherightfundus.Sincetheresultsofasystemicexaminationfailedtoiden-tifyCtheCcauseCofCintraocularCin.ammation,CandCb-D-glucanCwasCnegative,CaCsub-tenonCinjectionCofCtriamcinoloneCacetonidewasperformed.Althoughhissymptomstemporarilyimproved,vitreousopacityworsenedfor3months,soCvitrectomyCwasCperformed.CAtC1-dayCpostoperative,CaCvitreousCsmearCrevealedCaCyeastCfungus,CandCsystemicCadministrationCofCanCantifungalCdrugCwasCstarted.CC.CneoformansCwasCthenCdetectedCinCtheCvitreousCculture.CTheClong-termCadministrationCofCtheCantifungalCdrugCgraduallyCreducedCtheCwhiteClesion,Chowever,CtheCpatientCdiedCofCanotherCdiseaseC7CmonthsCafterCsurgery.CConclusion:SinceCtheCCryptococcusCbodyCisCencapsulated,CitCcannotCbeCdetectedbyb-D-glucan.Thus,incasesofendophthalmitiswithsuspectedfungalinfectionyetnegativeb-D-glu-can.ndings,avitreouscultureshouldbecheckedfortheCryptococcusCantigen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(11):1455.1458,C2020〕Keywords:クリプトコックス眼内炎,クリプトコックス・ネオフォルマンス,CbDグルカン,抗真菌薬,フルコナゾール.cryptococcalendophthalmitis,Cryptococcusneoformans,bD-glucan,antifungaldrug,.uconazole.Cはじめにクリプトコックス症はCCryptococcus属による感染症で,真菌感染症の一種である.おもに肺や皮膚から感染して病巣を形成する.肺炎として発症する肺クリプトコックス症が多いが,とくに中枢神経系に播種し,髄膜炎へ移行すると予後が悪いとされる1).また,クリプトコックス髄膜炎は約C40%に視力低下や眼筋麻痺,眼内炎,乳頭浮腫やCMariotte盲点拡大,視神経萎縮などの眼症状を合併するという報告2.5)がある.しかし,クリプトコックス感染症において,クリプトコックス眼内炎のみを認める報告はきわめてまれ6,7)であり,クリプトコックス眼内炎の治療法は確立されていない8,9).すでに他臓器がクリプトコックス症に罹患している場合は,上記の眼症状を認めた際に眼球への感染を疑う10)ことができるが,眼症状のみの場合にクリプトコックス症を鑑別にあ〔別刷請求先〕永田健児:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:KenjiNagata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPANC図1初診時の画像検査a:初診時の広角眼底写真.塊状の硝子体混濁(.)を認めた.b:初診時の光干渉断層計(OCT).上:網膜上に沈着物(.)を認めた.下:白色病巣のCOCT.網膜内層に高輝度な病変(.)を認めた.Cc:初診時のフルオレセイン蛍光造影.病巣部位は低蛍光(.)であり,病巣の近傍の血管から淡い漏出(.)を認めた.げることは容易ではない.今回,眼症状を契機にクリプトコックス感染症と診断され,抗真菌薬の長期投与により軽快した症例を経験したので報告する.CI症例患者:85歳,男性.既往歴:高血圧,糖尿病,肝硬変,腹部大動脈瘤術後,肺癌,前立腺癌.中心静脈栄養や免疫抑制薬の使用はなかった.現病歴:10日前より右眼に飛蚊症と霧視を自覚し,当科を受診した.鳥類の飼育歴はなく,野生の鳥類との接触もなかった.初診時所見:視力は右眼(0.8),左眼(1.0),眼圧は右眼17CmmHg,左眼C14CmmHgであった.右眼には角膜後面沈着物,白内障と塊状の硝子体混濁,網膜に白色病巣を認めた(図1a).左眼は異常所見を認めなかった.光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では右眼の網膜内層に高輝度な病変を認め,網膜上には沈着物を認めた(図1b).病巣部に脈絡膜肥厚は認めなかった.フルオレセイン蛍光造影では病巣部位は低蛍光であり,病巣の近傍の血管から淡い漏出を認めた.視神経乳頭の造影は正常であった(図1c).全身検査所見:白血球数は正常範囲であり,CRP(反応性蛋白)はC0.87Cg/dlと軽度上昇していた.その他一般血液検査に明らかな異常所見を認めなかった.可溶性インターロイキンC2レセプターは軽度上昇(530CIU/ml)を認め,アンギオテンシンCI転換酵素(ACE)はC9.1U/mlと正常であり,CbDグルカンは陰性であった.結核菌CIFN-g測定(T-SPOT.TB)は陽性であったが追加で行った喀痰検査で抗酸菌は陰性であったことから,結核の既感染が示唆された.胸部CX線では肺癌治療後の瘢痕性病変は認めるものの,肺門リンパ節腫脹や肺炎などを疑う所見は認めなかった.臨床経過:原因不明のぶどう膜炎として,まずはトリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射(sub-TenonCtriam-cinoloneCacetonideinjection:STTA)を施行した.注射後一時的に視力はC1.0まで回復し,硝子体混濁の改善を認めたが,STTA80日後には視力がC0.02まで低下し,硝子体混濁も悪化したため硝子体手術を施行した(図2).硝子体は全体的に混濁しており,透見不良で,網膜血管に沿った白色沈着物と黄斑の耳側に白色病巣を認めた(図3a).術中に採取した硝子体の塗抹検査で酵母型真菌が検出されたため,真菌性眼内炎として,術翌日からボリコナゾールC400Cmg/日の内服で治療を開始した.術後C9日目に硝子体培養よりCCryptococ-cusneoformans(図3b)を検出し,追加で行った血液検査よりCCryptococcusneoformans抗原を検出した.これらの結果からクリプトコックス性眼内炎と診断し,眼球以外の病変検図2STTA80日後の広角眼底写真硝子体混濁(.)が増悪し,網膜血管に沿った白色沈着物(.)を認めた.図4最終受診時の広角眼底写真硝子体混濁は改善し,白色病巣(.)は縮小している.血管に沿った沈着物は著明に改善した.索を行った.神経学的所見に異常はなく,髄膜刺激症状も認めないことから髄膜炎は否定的であった.喀痰検査と血液培養は陰性,胸部CCTにて肺野に感染巣を疑う所見はなく,ガリウム(Ga)シンチグラフィにおいても右眼球以外に明らかな異常集積は認めなかった.その後,ボリコナゾールの硝子体内注射をC2回施行したが効果は明らかではなかったため,内服薬をクリプトコックスの第一選択薬のフルコナゾールC400Cmg/日に変更した.しかし,改善が乏しかったためにアムホテリシンCBリポソーム150Cmg/日の投与に変更したが,全身倦怠感,低CK血症,嘔気,食欲減退などのアムホテリシンCBの副作用を生じたため継続困難となり,フルコナゾールの内服を再開した.その後はフルコナゾールを漸減し(200Cmg/日),約C7カ月にわた図3術中写真と培養結果a:術中写真.硝子体混濁を取り除くと,網膜血管に沿った白色沈着物と黄斑の耳側に白色病巣(.)を認めた.Cb:採取した硝子体の培養からCCryptococcusneoformansの菌体を認めた(墨汁染色).る長期内服を行った.内服を開始した当初の数カ月は眼底の白色病巣は徐々に縮小したが,内服期間が長期になるにつれて,改善速度は低下したものの,視力は緩徐に改善した.なお,本症例は当科で治療中に,消化器内科にて肝臓癌が指摘され,放射線治療が開始されたが改善に乏しく,術後C7カ月の眼科診察の後に死亡した.最終来院時の視力はC0.5であった(図4).CII考按クリプトコックス症はCCryptococcus属真菌により発症し,おもにCCryptococcusneoformansが原因真菌であることが多い.Cryptococcusneoformansは通常土壌に生息し,ハトなどの鳥類の糞便中で増殖する.乾燥することで空気中に飛散し,吸入され,肺に感染巣を作ることが多い11).また,クリプトコックス症は多くの場合,悪性腫瘍,糖尿病,膠原病,血液疾患,ステロイド・免疫抑制薬投与や腎移植後,HIV感染症などの基礎疾患をもつ患者に発症し,基礎疾患をもたない健常人の発症は全体のC20%とされる12).本症例については,鳥類の飼育歴やハトなどの野生の鳥の接触歴はなく,具体的な感染経路は特定できなかった.しかし,高齢であり,糖尿病や肺癌,前立腺癌など基礎疾患が多数認められることや,治療中に肝臓癌が発見されたことから,感染のリスクは健常人に比べ高いと考えられた.また,肺癌に対して放射線,化学療法後であったことや,以前より胸水貯留を認めていたことから,肺野の評価が困難であった.したがって,胸部CCTで明らかな感染巣は認めなかったものの,肺が感染源の可能性が高い.本症例では前眼部に角膜後面沈着物,中間透光体には塊状の硝子体混濁,眼底には網膜に白色病巣を認め,OCTでは網膜内層を中心とした病変を認めたことから,サルコイドーシスや真菌性眼内炎が鑑別疾患にあげられた.血液検査では,可溶性インターロイキンC2レセプターが軽度上昇しており,bDグルカンは陰性であった.さらに中心静脈栄養の既往もなく,真菌性眼内炎と診断する根拠がないため,原因不明のぶどう膜炎としてCSTTAを施行した.STTAで一時的に所見が改善したが,硝子体混濁の悪化がみられたため硝子体手術を行い,採取した硝子体の解析を行った.Cryptococ-cus属は莢膜に菌体が包まれており,真菌のマーカーであるCbDグルカンは検出されず陰性となる11).診断には墨汁染色による菌体の確認や培養検査,抗原検査が有用である.本症例においては,CbDグルカンは陰性であったが,クリプトコックス抗原の検査や,硝子体液の培養でCCryptococcusneoformansの菌体を検出したことで,クリプトコックス性眼内炎と診断した.一般的にステロイド治療への反応が不良なぶどう膜炎では,硝子体網膜リンパ腫の可能性を考えることが多い.本症例は採取した硝子体における種々の解析結果から,硝子体網膜リンパ腫は否定的であった.このような場合はクリプトコックス眼内炎も鑑別にあげる必要がある.クリプトコックス症の抗真菌薬治療についてわが国の「深在性真菌症の診断・治療ガイドライン」8)では,クリプトコックス脳髄膜炎と肺クリプトコックス症の治療方針は定められているが,本症例のような眼球内のみといった単一部位感染についての治療方針は定められておらず,同様の報告は数例のみであった6,7).それらの報告では,クリプトコックス症が眼球内のみに認められた症例に対して,アムホテリシンCBやフルシトシン,ボリコナゾールなどの抗真菌薬の長期内服を行うことで,病状が改善したと報告されている6,7).本症例においても,抗真菌薬長期投与により良好な経過をたどることができたが,その経過は投与直後から治療効果が顕著に現れるというものではなく,長期的にみて少しずつ改善しているというものであった.前述のガイドライン8)にて,維持療法での第一選択薬はフルコナゾールを推奨されていたため,長期投与の抗真菌薬としてフルコナゾールを選択した.フルコナゾールはアゾール系抗真菌薬の一種であり,真菌の細胞膜の主成分であるエルゴステロールの合成を阻害する.静脈投与と経口投与があり,いずれも生物学的利用能が高く,安全性も高いとされ,長期投与のため経口投与が有用であった.本症例を経て,真菌性眼内炎を疑う症例ではCbDグルカンが陰性であったとしても,クリプトコックス性の眼内炎を鑑別にあげ,クリプトコックス抗原の検査や硝子体液の培養を行うことが有用であることがわかった.また,クリプトコックス性眼内炎の治療には抗真菌薬長期投与が必要であると考えられた.文献1)PerfectJR,DismukesWE,DromerFetal:Clinicalprac-ticeCguidelinesCforCtheCmanagementCofCcryptococcalCdis-ease:2010CupdateCbyCtheCinfectiousCdiseasesCsocietyCofCamerica.ClinInfectDisC50:291-322,C20102)OkunE,ButlerWT:Ophthalmologiccomplicationsofcryp-tococcalCmeningitis.ArchOphthalmolC71:52-57,C19643)HissPW,ShieldsJA,AugsburgerJJ:Solitaryretinovitre-alCabscessCasCtheCinitialCmanifestationCofCcryptococcosis.COphthalmologyC95:162-165,C19884)HilesCDA,CFontRL:BilateralCintraocularCcryptococcosisCwithCunilateralCspontaneousCregression.CReportCofCaCcaseCandreviewoftheliterature.AmJOphthalmolC65:98-108,C19685)KhodadoustAA,PayneJW:Cryptococcal(torular)retiniC-tis.Aclinicopathologiccasereport.AmJOphthalmolC67:C745-750,C19696)VelaCJI,CDiaz-CascajosaCJ,CSanchezCFCetal:ManagementCofendogenouscryptococcalendophthalmitiswithvoricon-azole.CanJOphthalmolC44:e61-e62,C20097)SheuSJ,ChenYC,KuoNWetal:Endogenouscryptococ-calendophthalmitis.OphthalmologyC105:377-381,C19988)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:深在性真菌症の診断・治療ガイドライン.2014.協和企画,20149)CustisCPH,CHallerCJA,CdeCJuanCE,Jr:AnCunusualCcaseCofCcryptococcalendophthalmitis.RetinaC15:300-304,C199510)設楽幸治,土屋櫻,矢島照紘ほか:クリプトコッカス球後視神経炎のC1例.あたらしい眼科C16:1745-1748,C199911)武田和明,泉川公一:2.クリプトコックス症.日本胸部臨床73:1019-1028,C201412)PappasPG,PerfectJR,CloudGAetal:CryptococcosisinhumanCimmunode.ciencyCvirus-negativeCpatientsCinCtheCeraofe.ectiveazoletherapy.ClinInfectDisC33:690-699,C2001C***