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高齢者に初発発症した急性前部ぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):611.614,2014c高齢者に初発発症した急性前部ぶどう膜炎の1症例渡辺芽里吉田淳新井悠介川島秀俊自治医科大学病院眼科PatientwithElderlyOnsetAcuteAnteriorUveitisafterSurgeryforCataractMeriWatanabe,AtsushiYoshida,YusukeAraiandHidetoshiKawashimaDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityHospital急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)は若年壮年者の片眼に強い眼痛を伴って発症するのが特徴で,前房に線維素,角膜輪部に毛様充血がしばしばみられる.筆者らは,白内障術後の85歳で発症したAAUの女性患者を経験した.2年前に左眼白内障手術歴がある.10日前より左眼充血と激しい疼痛,霧視が出現,遅発性眼内炎を疑われ自治医科大学病院眼科紹介となった.左眼に,毛様充血,非肉芽腫性角膜裏面沈着物,前房蓄膿,眼内レンズ表面に付着する巨大な線維素塊を認めた.前部硝子体に炎症細胞がみられたが,眼底には有意な所見はなかった.術後2年経過の手術創口部位に感染徴候を認めなかったため,術後眼内炎よりもAAUを疑い診断的治療目的にステロイド薬の結膜下注射を施行,翌朝には著明に改善し,以後ステロイド薬の点眼内服により眼炎症は抑制された.ヒト白血球抗原(HLA)-B27は陰性であった.高齢発症のAAUは稀であるが,高齢者のAAUも考慮することが必要と考える.Acuteanterioruveitis(AAU)ischaracterizedbyyoungormiddle-agedonsetofmonocularinflammationwithacutepain.Fibrinoushypopyonandsevereciliaryhyperemiaareoftenobserved.Weexperiencedan85-year-oldfemalepatientwithAAU,whohadundergonesurgeryforcataractinherlefteyetwoyearspreviously.Shewasreferredtoourhospitalbecauseofsuspectedinfectiousendophthalmitis.Slit-lampexaminationrevealedfinekeraticprecipitate,hypopyonandmassivefibrinontheintraocularlens.Ophthalmoscopyshowednoobviousinflammatorychangesofthefundus.Sincethemaincornealwoundfromtheformersurgeryhadnoinfectioussymptoms,shewasdiagnosedwithAAU,ratherthaninfectiousendophthalmitis.Shewasthereforetreatedwithsubconjunctivalinjectionofdexamethasoneastherapeuticdiagnosis.Bythenextmorning,theintraocularinflammationwasmuchimproved.Shewassubsequentlytreatedwithtypicalandsystemiccorticosteroid.Humanleukocyteantigen(HLA)-B27wasnegative.TheincidenceofelderlyonsetAAUisverylow,yetAAUoccursevenintheelderlypopulation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):611.614,2014〕Keywords:急性前部ぶどう膜炎,高齢者,線維素析出,ステロイド薬治療.acuteanterioruveitis,elderly-onset,fibrinprecipitation,corticosteroidtherapy.はじめに急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)は,劇症の急性虹彩毛様体炎をきたし,微細な角膜裏面沈着物や線維素析出を形成する.片眼性が多いが両眼発症も30%程度ある1)といわれており,急激な眼痛,羞明,視力低下などの自覚症状が強い2).病因は明らかになっていないが,ヒト白血球抗原(HLA)-B27との関連が指摘されている.HLAB27保有率は欧米では日本より多く,欧米ではAAU患者のおよそ50%がHLA-B27陽性である3.5).初発年齢は,比較的若年(20.40歳代)で,高齢で再発することはあっても,初発発作の発症は平均で35歳前後とする報告が多い1,2,5).50歳代以上の報告はしばしばあるが,70歳代以上の高齢者での初発は稀である6).今回筆者らは,白内障手術後の80歳代の高齢者に発症し,感染性眼内炎との鑑別を要したAAUの症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕吉田淳:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsushiYoshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsukeshi,Tochigi329-0498,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)611 図1初診時左眼前眼部所見Descemet皺襞(赤矢印)および耳側前房に線維素塊(白矢頭)を認めた.I症例症例:85歳女性.主訴:左眼の疼痛,充血,視力低下.既往歴:2年前に近医で左眼の白内障手術,狭心症,高血圧.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:X年2月9日左眼充血,疼痛が出現した.2月13日近医受診し,ぶどう膜炎と考えられ,ステロイド薬点眼開始.2月18日同院再診時,前房蓄膿が認められ,高齢で,かつ白内障術後眼であることより遅発性感染性眼内炎を疑われ,即日自治医科大学病院眼科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.1(0.4×+2.00D),左眼は0.15(0.3×+1.00D)だった.眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,右前眼部は異常なく,左前眼部は,細隙灯顕微鏡にて著明な毛様充血のほか,前房蓄膿および耳側前房に線維素塊を認め,微細な角膜裏面沈着物とDescemet膜皺襞がみられた(図1).しかし,白内障手術切開創に眼脂や縫合不全などの感染徴候は認めなかった(図2).中間透光体は,右眼は白内障があり,左眼は眼内レンズが.内固定されていて,後.混濁はなかった.右眼眼底に異常所見はみられず,左眼眼底は,前部硝子体に炎症性混濁があり眼底透見性は低下していた.経過:原因精査のため,血液検査を行った.白血球9,400/ml,CRP1.82mg/dlといずれも軽度上昇を認めた.赤血球沈降速度は,54mm/時と延長していた.しかし,リウマトイド因子および抗核抗体は陰性であった.b-Dグルカンは7.4U/mlで上昇していなかった.Hb(ヘモグロビン)A1C5.8%で糖尿病は否定的であった.高齢であったが,初診時に発熱や眼痛以外の疼痛はなく,眼症状のほか全身状態は問題なかった.白内障手術から2年以上経過しており,創部も612あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014図2初診時左眼前眼部鼻側所見白内障術後創部(白矢印)は鼻側にあり,その部位に眼脂の付着や縫合不全・房水漏出はなかった.前房蓄膿(黒矢頭)も確認できる.図3治療開始3週間後左眼前眼部所見前房内線維素・Descemet膜皺襞は完全に消失,左眼矯正視力(0.5).縫合不全や眼脂の付着などの感染徴候なく,漏出もなかった.急性発症の劇症の虹彩毛様体炎で,微細な角膜裏面沈着物とDescemet膜皺襞がみられ前房蓄膿も形成しており,眼痛,羞明,視力低下などの自覚症状が強いなどの自他覚所見がAAUと類似していた.しかし初発であり,高齢発症である点が典型的ではなかった.診断的治療として,デカドロン結膜下注射(1mg)を行い,翌日増悪した場合,もしくは改善を認めない場合は,前房穿刺を行い培養,病理検査を行う方針とした.翌朝(2月19日)には眼痛が著明に改善し,前房炎症も改善傾向であった.感染性も完全には否定できずステロイド薬内服は保留とし,0.1%リンデロンおよびニューキノロン系点眼を2時間ごと点眼で,トロピカミド・フェニレフリン合剤点眼を1日4回点眼で追加した.その後徐々に前房炎症は改善傾向を示し眼底も十分透見できるようになったため,抗生剤内服および静脈内投与,硝子体手術は行わな(134) かった.左眼眼底上,明らかな網膜血管炎やその瘢痕病巣は見当たらなかった.また,前房穿刺による細菌真菌培養や鏡検,前房水PCR(polymerasechainreaction)検査も行わなかった.ステロイド結膜下注射および点眼で改善傾向にあることより,AAUと診断したが,依然として炎症が強く,初診4日目(2月22日)より点眼はそのままでプレドニゾロン内服20mg/日を開始した.治療開始3週(3月11日)で,線維素塊,前房蓄膿,毛様充血は消失し炎症も沈静化した(図3).この時点でHLA-B27およびB51は陰性であることが確認された.以後,2週ごとに点眼およびステロイド薬内服は漸減し,治療開始6週(4月1日)で内服を終了した.治療開始6週の時点で,左眼矯正視力は(0.9)まで改善し,7カ月経過した現時点で再発はない.II考按AAUは,急性発作的に,毛様体無色素上皮細胞の血液眼関門が破綻し,前房内への炎症細胞浸潤,前房内蛋白濃度の上昇を生じると考えられている.さらに炎症細胞の活性化により血液房水関門を含む組織障害が進行することにより角膜後面沈着物あるいは線維素析出や線維素性の前房蓄膿を生じる5).通常は片眼性だが,両眼に生じることもある1,5,6).副腎皮質ステロイド薬によく反応し,炎症は通常3週間程度で改善,3カ月以内には大部分が治癒するが,再発が多い5).類似の症状を呈する疾患の鑑別として,Behcet病,糖尿病虹彩炎,梅毒性ぶどう膜炎,前部強膜炎,白内障をはじめとする前眼部内眼手術後の眼内炎などがあげられる.Behcet病に関しては,眼症状以外の全身所見の有無で鑑別が可能である.また,糖尿病虹彩炎や梅毒性ぶどう膜炎を除外するためにも,既往歴の聴取と血液検査は有用である.前部強膜炎との違いは,炎症の主座が,虹彩側か強膜側かによるが,びまん性の前房炎症の場合は,鑑別が困難である.強膜炎の原因となる,関節リウマチ,Wegener肉芽腫症などの基礎疾患の有無を確認することは最低限必要となる.また,白内障手術創口部付近の虹彩鼻側上方側に虹彩萎縮が初診時から治療後(図3)もみられ,この所見からヘルペス虹彩炎の可能性も考えられた.しかし,治療経過で拡大することもなく存在し,眼圧上昇もなかったことから,手術による虹彩萎縮ではないかと考えた.白内障術後眼内炎は,通常,術後早期(1週間以内)の発症で,半年以内の報告が多い7).また,基礎疾患に糖尿病がある患者に,術後2年以上経過して,縫合糸から眼内炎を生じた報告はある8).本症例は術後2年経過しており,創部に縫合不全や眼脂などの感染徴候はなかった.また,糖尿病の既往もなかったことより,本症例は,白内障術後眼ではあったが,感染性眼内炎のリスクは低い患者であった.以上のように,前房炎症をきたす疾患の多くがAAUとの(135)鑑別にあがるが,全身的な疾患の検索のほかに,初発発症年齢も,診断を進める手がかりとなる.ぶどう膜炎では一般的には,原田病は若年者から高齢者までみられるが,若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)に伴う虹彩炎や,Behcet病は若年者で有意に多い.わが国では,澁谷らの統計9)によると,65歳以上の高齢発症(144例)のぶどう膜炎では,Behcet病に関しては,高齢発症の症例がなく,原田病,強膜炎は各々10例(7%)と11例(8%)で,青壮年層(20.64歳,245例)発症の原田病(23例9%),強膜炎(21例9%)と同頻度であったが,サルコイドーシスや悪性リンパ腫/仮面症候群の高齢発症は各々25例(17%)と7例(5%)で青壮年層発症のサルコイドーシス(20例8%),仮面症候群(0例0%)より高頻度であった.そしてAAUについては,20.64歳の青壮年発症(28例11%)に対して高齢発症(5例3%)と低頻度と報告している.このことは,Behcet病ほどではないにしても,他のぶどう膜炎に比較して,AAUでは高齢発症は稀であることを示している.外間らの1999年の報告1)では,AAU初発発症の平均年齢は38.2±13.7歳である.HLA-B27陽性群と陰性群に分けると,有意差はなくとも,HLA-B27陽性群のほうが,陰性群と比して若年に多いと一般的にいわれている.わが国では,先述した外間らの報告1)でHLA-B27陽性群が平均35歳,陰性群が41歳,吉貴らの報告2)ではHLA-B27陽性群の平均年齢が35歳,陰性群が55歳である.わが国では,これまでのAAUの初発症例の最高齢は,調べられた範囲では,吉貴ら2)の統計の,B27陰性群の75歳の患者であった.本症例は85歳が初発年齢であり,最高齢のAAUの報告と思われる.本症例のように70歳代以上の高齢者で,初発のAAUをきたす可能性はあるため,年齢だけで鑑別から除外することはできない.高齢発症のぶどう膜炎に遭遇したとき,術後眼内炎の他,糖尿病,関節リウマチや梅毒,悪性リンパ腫など全身疾患だけなく,AAUも念頭に入れておく必要もある.III結語高齢者発症のぶどう膜炎に遭遇した際は,内因性非感染性ぶどう膜炎も考慮することが必要である.高齢発症のAAUは稀であるが,前房の炎症が主体であれば高齢発症のAAUの可能性も考え鑑別することが求められる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)外間英之,後藤浩,横井秀俊ほか:急性前部ぶどう膜炎あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014613 94症例の臨床的検討.臨眼53:637-640,19992)吉貴弘佳,小林かおり,沖波聡:ヒト白血球抗原(HLA)-B27陽性急性前部ぶどう膜炎.眼紀55:715-718,20043)RothovaA,vanVeenedaalWG,LinssenAetal:Clinicalfeaturesofacuteanterioruveitis.AmJOphthalmol103:137-145,19874)PowerWJ,RodriguezA,Pedroza-SeresMetal:OutcomesinanterioruveitisassociatedwiththeHLA-B27haplotype.Ophthalmology105:1646-1651,19985)岩田光浩:急性前部ぶどう膜炎.眼科49:1199-1208,20076)望月學:急性前部ぶどう膜炎.臨眼42:9-12,19887)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20068)井幡紀子:白内障手術後2年経過して発症した眼内炎の1例.眼臨91:941-942,19979)澁谷悦子,石原麻美,木村育子ほか:横浜市立大学附属病院における近年のぶどう膜炎の疫学的検討(2009-2011年).臨眼66:713-718,2012***614あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(136)