《第61回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科43(8):1003.1007,2026c長期治療が奏効した重症ノカルジア強膜炎の1例新井陽介戸所大輔秋山英雄群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学CACaseofNocardiaScleritisthatwasSuccessfullyTreatedYosukeArai,DaisukeTodokoroandHideoAkiyamaCDepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicineC目的:重症化し治療に難渋したが治癒に至ったノカルジア強膜炎を経験したので報告する.対象と方法:76歳,男性.近医で左眼強膜炎および周辺部角膜潰瘍の診断で抗菌薬とステロイド点眼を処方されたが,改善しないため群馬大学医学部附属病院眼科へ紹介された.左眼の強膜膿瘍,眼脂の付着を認めた.非感染性強膜炎を疑いステロイド点眼を継続したが反応が悪かった.眼脂培養でノカルジアが発育し,強膜擦過物の塗抹鏡検で分枝するグラム陽性桿菌を認め,ノカルジアによる感染性強膜炎と診断した.レボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼,スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)内服,イミペネム点滴,アミカシン結膜下注射を開始した.虹彩ルベオーシスから前房出血を生じたが炎症は徐々に改善し,ステロイド点眼はC5カ月,抗菌薬はC7カ月かけて中止した.結論:初期に非感染性強膜炎と診断し重症化したが,抗菌薬の長期投与により治癒が得られた.多量の眼脂を認める強膜炎では感染性強膜炎の可能性を考える必要がある.CPurpose:WeCexperiencedCaCcaseCofCNocardiaCscleritisCthatCprogressedCtoCsevereCcomplications.CPatientsandMethods:AC76-year-oldCmanCwasCseenCatCanCoutsideCclinicCwithCocularCdischargeCandCdiscomfortCinChisCleftCeye,CandCwasCsubsequentlyCreferredCtoCourCdepartmentCatCGunmaCUniversityCHospital.CUponCexamination,ChisCleftCeyeCexhibitedCscleralCinjectionCandCthinningCofCtheClimbalCscleraCandCperipheralCcorneaCwithCdischarge.CNoninfectiousCscleritiswassuspected,yetmultipleabscessesdevelopedonthenasalsclera1monthlater.AcultureoftheoculardischargerevealedthegrowthofNocardiaCspecies.Microscopicexaminationofscleralscrapingsrevealedbranch-ingCgram-positiveCbacilli,CleadingCtoCaCde.nitiveCdiagnosisCofCinfectiousCscleritisCdueCtoCNocardia.CTreatmentCwithCtopicalClevo.oxacinCandCcefmenoxime,CoralCstromalCcombination,CintravenousCimipenemCdrip,CandCsubconjunctivalCamikacinCinjectionCwasCinitiated.CHyphemaCfromCirisCrubeosisCdeveloped,CyetCspontaneouslyCresolved.CSignsCofCin.ammationgraduallyimproved,andthetopicalsteroidsandantibioticsweregraduallytaperedovera7-monthperiod.CThereCwasCnoCrecurrence,CandCcataractCsurgeryCwasCperformed.CConclusion:TheC.ndingsCinCthisCcaseCrevealedthatthepossibilityofinfectiousscleritismustbeconsideredwhencopiousoculardischargeispresent.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C43(8):1003.1007,C2026〕Keywords:ノカルジア,強膜炎.Nocardia,scleritis.はじめに強膜炎は感染性と非感染性に分類され,多くは非感染性であり,感染性強膜炎は強膜炎全体のC5.10%とまれである.ほとんどが緑膿菌をはじめとする細菌性であり,ノカルジア強膜炎は希少である1).ノカルジア強膜炎は,発症初期には特異的な症状がなく診断が困難であり,培養にも時間を要する.また,確立された治療法はなく,治療に難渋し重症化すると強膜壊死を起こし,眼球摘出を余儀なくされることもある2).今回筆者らは,重症化し治療に難渋したが最終的に治癒に至ったノカルジア強膜炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:76歳,男性.主訴:左眼の眼脂,違和感.既往歴:慢性心不全,心房細動,慢性腎臓病,本態性高血〔別刷請求先〕新井陽介:〒C371-8511群馬県前橋市昭和町C3-39-15群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学Reprintrequests:YosukeArai,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3-39-15Showa-machi,Maebashi,gunma371-8511,JAPANC図1左眼の前眼部写真a:初診時.下鼻側の輪部強膜に膿瘍を認める.Cb:24病日.強膜膿瘍が鼻側上方および下方へ拡大した.Cc:54病日.虹彩ルベオーシスにより前房出血を生じた.Cd:103病日.前房出血,強膜膿瘍が減少し,強膜が菲薄化した.e:229病日.強膜膿瘍,充血が消失し,炎症は鎮静化した.Cf:1年C2カ月.白内障術後.圧,2型糖尿病,高コレステロール血症,高尿酸血症.生活歴:趣味で園芸を行っていた.近医で緑内障および白内障の点眼治療を受けていた.現病歴:左眼の眼脂,違和感のため前医を受診し,左眼強膜炎,辺縁角膜潰瘍の診断で,レボフロキサシン点眼とリン酸ベタメタゾン点眼を処方された.改善がないため群馬大学医学部附属病院眼科(以下,当科)へ紹介された.初診時所見:視力は右眼C0.05(0.7pC×sph.5.00D),左眼0.2(0.3pC×cyl.2.75DAx55°),眼圧は右眼11mmHg,左眼C13mmHgであった.左眼鼻下側の輪部付近の強膜に膿瘍があり,眼脂も伴っていた(図1a).眼底にはとくに異常はみられなかった.自己免疫性の角膜潰瘍および強膜炎を疑い,点眼をガチフロキサシンC3回,リン酸ベタメタゾンC6回へ変更した.しかし,ステロイド治療に反応が悪く,感染性を疑い病変部の擦過を行った.塗抹鏡検では細菌は検出されなかった.腎臓リウマチ内科へ紹介したが,関節リウマチや膠原病は否定された.初診からC21病日,前房にフィブリンが析出し悪化があり,脈絡膜.離も出現した.網膜血管炎,硝子体混濁,網膜滲出斑はみられなかった.眼脂培養からノカルジア属が検出されたため,再度強膜擦過物を鏡検したところ分枝するグラム陽性桿菌がみられ(図2),ノカルジアによる感染性強膜炎と診断した.薬剤感受性試験(微量液体希釈法)の結果を表1に示す.入院のうえC1.5%レボフロキサシン点眼C6回,セフメノキシム点眼C6回およびC0.1%フルオロメトロン点眼C3回,スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)4,000Cmg/800Cmg/日の内服を開始した.鼻側上方および下方に新たな強膜膿瘍が出現したため(図1b),イミペネム水和物C1Cgおよびアミカシン硫酸塩C400Cmgの点滴を開始した.その後も改善はみられず,23病日に結膜切開術,デブリドマンを試みた.強膜膿瘍部を結膜切開したが液状の膿は排出されず,強膜自体が膨化,黄色化している状態であった.術後,アミカシン硫酸塩(30Cmg/0.3Cml)図2強膜擦過物の塗抹鏡検(グラム染色,1,000倍)分枝するグラム陽性桿菌がみられる().結膜下注射を開始した.注射は結膜下膿瘍の付近を標的に行った.徐々に炎症性の虹彩ルベオーシスが出現した.31病日,四肢体幹に皮疹があり,ST合剤を被疑薬と考えて内服を中止とした.33病日に虹彩ルベオーシスが減少し,アミカシン硫酸塩点滴を中止した.ST合剤の減感作療法を行い,2,000mg/400mgから内服を再開した.その後C4,000mg/800Cmgまで内服可能となったため,40病日にイミペネム水和物点滴とアミカシン硫酸塩の点滴および結膜下注射を中止した.42病日に退院とした.16CSribosomalRNA遺伝子解析から菌種はCNocardiaarthritidisと同定した.52病日に前房出血を起こしたが,強膜炎の悪化はなかった(図1c).その後前房出血は徐々に自然吸収され,強膜炎も鎮静化傾向であった.103病日に鼻側の強膜菲薄化は進行したが,炎症は低下し鼻下側の膿瘍のみ残存し,前房出血は消失した(図1d).134病日に鼻下側の膿瘍が消失し,144病日にCST合剤の内服を中止した.229病日に充血はほぼ消失し,その後抗菌点眼薬を漸減中止したが再燃はなかった(図1e).広範な虹彩癒着,強膜の菲薄化を残した.白内障が進行したため,初診からC1年C1カ月に白内障手術を施行した.合併症はなく経過し,再発もみられず視力はC0.7まで改善した(図1f).治療経過を図3に示した.CII考按本症例では,初診時には非感染性強膜炎を疑いステロイド点眼を行った.しかし,ステロイド治療への反応が悪いことと眼脂が多いことから感染性強膜炎を疑った.眼脂の培養と塗抹鏡検からノカルジア強膜炎と診断し,分離菌株はポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)法によりCN.arthritidisと同定した.角膜炎の所見は乏しく,強膜炎から波及したと考えられる前房内のぶどう膜炎もみられ表1薬剤感受性試験(微量液体希釈法)薬剤名MIC(μg/mCl)判定CPCGC2CICABPCC2CNTCACV/AMPCC0.5CNTCCTMC<=0.5CSCCTXC<=0.12CSCCTRXC<=0.12CSCCFPMC<=0.5CSCCZOPC0.25CNTCCDTRC0.25CNTCMEPMC1CRCLVFXC1CNTCEMC<=0.12CSCAZMC0.5CNTCCLDMC0.25CSCMINOC<=0.5CNTCVCMC>1CNTCSTC<=0.5CSCRFPC<=1CSCCPC16CNTS:感受性,I:中間,R:耐性,NT:適応外.PCG:ペニシリンCG,ABPC:アンピシリン,ACV/AMPC:クラブラン酸C/アモキシシリン,CTM:セフォチアム,CTX:セフォタキシム,CTRX:セフトリアキソン,CFPM:セフェピム,CZOP:セフォゾプラン,CDTR:セフジトレンピボキシル,MEPM:メロペネム,LVFX:レボフロキサシン,EM:エリスロマイシン,AZM:アジスロマイシン,CLDM:クリンダマイシン,MINO:ミノサイクリン,VCM:バンコマイシン,ST:スルファメトキサゾール・トリメトプリム,RFP:リファンピシン,CP:クロラムフェニコールC.た.入院のうえレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼,アミカシン結膜下注射,ST合剤内服,イミペネム点滴,アミカシン点滴による治療を開始した.炎症が強いことからステロイド点眼はすぐに中止せず,約C5カ月間かけて漸減中止した.一時期眼球摘出も検討されたが,約C7カ月の治療を経て鎮静化させることができた.ノカルジアは土壌や水中に分布しており,易感染状態やステロイド,免疫抑制薬を使用中の患者に発症しやすく,呼吸器系や中枢神経系,皮膚に病変を形成することが多い.80種以上の菌種が存在することが知られており,菌種の同定にはC16SribosomalRNA遺伝子解析が有用である.ノカルジア強膜炎の起炎菌としてはCN.asteroides,続いてCN.Cnovaの頻度が高い1).ノカルジア強膜炎は過去の眼外傷,眼手術歴やステロイド(錠)43ST合剤210アミカシン点滴800mg/日アミカシン結膜下注射30mg/日イミペネム1g/日ガチフロキサシン1.5%レボフロキサシンセフメノキシムアジスロマイシンベタメタゾンリン酸エステル(回)320.1%フルオロメトロン10入院退院前房出血消失膿瘍消失充血消失培養判明|膿瘍減少050100150200(日)図3治療経過チャート入院後C1.5%レボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼,ST合剤の内服,アミカシン結膜下注射,イミペネムおよびアミカシン点滴を開始した.ST合剤による薬疹が出現したが,減感作療法により内服を再開した.点滴,注射の終了時点で退院とした.虹彩ルベオーシスの病勢に応じてステロイド点眼を継続した.充血の減少に伴いレボフロキサシン,セフメノキシム点眼を最終的に終了した.使用歴がリスクとなる.まれに眼外傷や手術歴がなくても発症することもあると報告されている.わが国ではまれだが,インドにおいては感染性強膜炎のC20%を占めており,土壌に曝露する機会が多い農業国であるためと考えられている3).初期症状は慢性眼痛,充血が多く,そのほか霧視,羞明,流涙などがある.臨床的な所見として結節性・多巣性強膜膿瘍や潰瘍性強膜炎がみられるが,非特異的である.そのため診断までに時間を要してしまうことが多く4),診断が判明するまで非感染性として長期のステロイド治療を開始される可能性がある.野々村らはノカルジア強膜炎から眼球内容除去へ至った症例を報告し,初診時の培養検査で菌が検出されず,ステロイド投与を機に状態が悪化したと述べている5).塗抹鏡検では,細長く分枝したフィラメント状のグラム陽性桿菌として観察される.弱抗酸性を呈するため,検出にはZiehl-Neelsen染色やCKinyoun染色も有用である.白色粉状の小さなコロニーを形成するが生育が遅く,最低C48.72時間を要する6).治療法としてはCST合剤を使用することが多いが,確立された治療法はなく,抗菌レジメンの選択は疾患の重症度,感染部位,患者の免疫状態に基づいて行う必要がある.また,薬剤感受性は菌種により異なるため,培養による同定が重要である.ノカルジア属はC80種以上存在するが,ヒトへの疾患と関連しているのは.N.asteroides,N.farcinica,N.Cbrasilien-sis,N.nova,N.otitidiscaviarum,N.transvalensisといった少数種に限定されている7).N.arthritidisは,2004年に関節リウマチ患者から初めて特定された新しい菌種である8).現状ではCN.arthritidisによる強膜炎の報告は少なく,治療法については個々の感受性試験に基づくべきである.今回の虹彩ルベオーシスの発症については,少数だが強膜炎からぶどう膜炎を生じる例があると報告されている3).前房内にぶどう膜炎が生じると,炎症性サイトカインにより房水の血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)濃度が上昇すると考えられており9,10),虹彩ルベオーシスが生じたと考えられた.本患者は趣味で園芸をしており,枝,葉,土などが眼に入るケースが年に数回あるとの生活歴があること,基礎疾患として糖尿病があり易感染性があることがノカルジア症発症に起因したと思われた.発症から治癒まで約C7カ月を要したことから,ノカルジア強膜炎は長期的な治療が必要であることを再認識した.一方で,本症例は虹彩ルベオーシスの抑制を目的にC0.1%フルオロメトロン点眼を長期的に使用した.治療を長引かせる要因となった可能性も否定できないが,眼圧上昇や前房出血の悪化を軽減し,眼球内容除去を阻止できた要因と考えた.CIII結論ノカルジアによる感染性強膜炎の治療に難渋したが,約C7カ月の薬物により治癒を得ることができた症例を経験した.ステロイド点眼に反応しないことおよび眼脂が多いことから感染性強膜炎の可能性を考慮し,塗抹鏡検,培養検査を行ってノカルジアによる強膜炎と診断した.薬剤感受性試験の結果に基づいた集中的な抗菌薬投与が有効だった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SharmaCS,CShethCJU,CMurthySI:Infectiousscleritis:aCreviewCofCetiologies,CclinicalCfeatures,CandCmanagementCstrategies.CFrontOphthalmol(Lausanne)C5:1493831,C2025C2)FrancisC,PrashantG,AshokKetal:Optimizingdiagno-sisCandCmanagementCofCNocardiaCkeratitis,Cscleritis,Candendophthalmitis:11-yearCmicrobialCandCclinicalCover-view..OphthalmologyC118:1193-1200,C20113)SomasheilaIM,SabhapanditS,BalamuruganSetal:Scle-ritis:di.erentiatingCinfectiousCfromCnon-infectiousCenti-ties..IndianJOphthalmolC68:1818-1828,C20204)CunhaLP,JuncalV,CarvalhaesCGetal:Nocardialscle-ritis:acasereportandasuggestedalgorithmfordiseasemanagementbasedonaliteraturereview..AmJOphthal-molC10:1-5,C20185)野々村美保,福岡秀記,山下耀平ほか:眼球内容除去に至ったCNocardia感染症の1例.日眼会誌C128:775-782,C20246)西村恵子:ノカルジア属菌―Nocardiaspp.検査と技術.49:286-289,C20217)CheronisCN,CCarrCD,CBhanotN:CutaneousCNocardiaCarthritidisinfectioninanorthotopiclivertransplantrecipi-ent..IDCasesC18:e00623,C20198)KageyamaCA,CTorikoeCK,CIwamotoCMCetal:NocardiaCarthritidisspnov,anewpathogenisolatedfromapatientwithCrheumatoidCarthritisCinCJapan.CClinCMicrobiolC42:C2366-2371,C20049)GulatiCN,CForooghianCF,CLiebermanCRCetal:VascularCendothelialCgrowthCfactorCinhibitionCinuveitis:aCsystem-aticreview..BrJOphthalmolC95:162-165,C201110)前田有紀,原佑妃,松本牧子ほか:ぶどう膜炎に続発した血管新生緑内障C2症例の前房内CVEGF濃度と治療経過.臨眼C72:787-793,C2018***