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美容用ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術

2018年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(3):410.413,2018c美容用ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術河村真美*1鹿嶋友敬*1,2,3*1新前橋かしま眼科形成外科クリニック*2群馬大学医学部眼科学教室*3帝京大学医学部眼科学教室CTreatmentforLagophthalmosUsingHyaluronicAcidGelforDermalFillerMamiKawamura1)andTomoyukiKashima1,2,3)1)SinmaebashiKashimaOculoplasticClinic,2)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,TeikyoUniversitySchoolofMedicine緒言:眼瞼の組織が拘縮すると,兎眼が発生する.組織拘縮の治療は,拘縮の方向を解除する,または体積を補うことである.体積の補充手術であれば,他の組織や人工物を挿入することとなるが,ヒアルロン酸注入剤を使用すると容易に体積を補うことができる.今回ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術を行ったので報告する.症例:ヒアルロン酸注入を行ったC3例C3眼瞼.症例C1はC76歳,男性,顔面熱傷後に下眼瞼外反症を認め,兎眼による眼痛の訴えがあった.下眼瞼皮下へヒアルロン酸注入を施行し,外反症および眼痛が改善した.症例C2,3はC64歳,女性とC83歳,女性,両者とも上眼瞼脂腺癌切除および再建後に上眼瞼後退と角膜上皮障害を認めた.眼瞼挙筋へヒアルロン酸注入を施行し,眼瞼後退,角膜障害および自覚症状の改善が得られた.考察:兎眼の矯正にヒアルロン酸を使用することで,短時間に眼表面の状態を改善することができた.CIntroduction:Contractureofeyelidtissuescauseslagophthalmos.Standardtreatmentforcontractureissurgi-calCintervention,CsuchCasCreleasingCcontractureCinConeCdirectionCorCexpandingCtheCvolumeCusingCautologousCtrans-plantationCorCimplantationCofCarti.cialCmaterial.CHowever,CinjectionsCofChyaluronicCacidCgelCcanCexpandCtheCvolumeCnonsurgically.CHerein,CweCreportConCtreatmentCofClagophthalmosCwithChyaluronicCacidCgel.CCasereport:Threepatients(3eyelids)withlagophthalmosweretreatedwithinjectionsofhyaluronicacidgel.Case1:A76-year-oldmalewithahistoryofthermalburnswithscarringoftheentirefacewasreferredforcicatriciallowereyelidectro-pionandocularpain.Afterhyaluronicacidgelinjectioninthelowereyelid,symptomswerereducedwithcorrec-tionCofCectropionCandClagophthalmos.CCasesC2CandC3:64-year-oldCandC83-year-oldCfemalesCwithChistoryCofCseba-ceousCcarcinomaCtreatedCwithCexcisionCandCreconstructiveCsurgeryCwereCreferredCforCupperCeyelidCretractionCandCexposureCkeratopathy.CAfterCgelCinjectionCinCtheCupperCeyelid,CthereCwereCimprovementsCinCeyelidCretractionCandCexposurekeratopathy.Conclusion:Treatmentoflagophthalmoswithhyaluronicacidgelcanbee.ective,andcanimproveocularcomfortnonsurgically.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(3):410.413,C2018〕Keywords:ヒアルロン酸注入剤,兎眼症,外反症,眼瞼後退,低侵襲.hyaluronicacidgel,lagophthalmos,cica-tricialectropion,eyelidretraction,nonsurgicaltreatment.Cはじめに外傷や手術により眼瞼組織が拘縮すると,形態や機能が損なわれ,兎眼が発生する.組織拘縮の治療は,拘縮の方向を解除する,または体積を補うことである1,2).体積を補う方法として,真皮脂肪3)などの自家組織を移植する,またはCgoldCplate4)などの人工物を挿入するといった手術が必要となるが,ヒアルロン酸注入剤を用いると容易に体積を補うことができるとされている5.9).今回,美容用ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術を行ったので報告する.CI症例同一術者(TK)によってヒアルロン酸注入を施行したC3例3眼瞼.麻酔は外用局所麻酔薬リドカイン・プロピトカイン配合剤クリーム(エムラクリームR)および,オキシブプロ〔別刷請求先〕河村真美:〒371-0844群馬県前橋市古市町C180-1新前橋かしま眼科形成外科クリニックReprintrequests:MamiKawamura,M.D.,SinmaebashiKashimaOculoplasticClinic,180-1Huruichimachi,Maebashi,Gunma371-0844,JAPAN410(128)図1顔面熱傷後,下眼瞼外反症(症例1)左上(術前):両下眼瞼外反症を認め,左眼は下方強膜が露出している.右上(術前):閉瞼時,兎眼を認める.左下(術直後):左下眼瞼外反症は改善されている.右下(術直後):閉瞼時,兎眼は消失している.図2左上眼瞼脂腺癌術後の眼瞼後退(症例2)上(術前):左上眼瞼後退を認める.中(術後C2カ月):左上眼瞼後退は改善している.上眼瞼皮膚のボリュームが増している.左下(術後C9カ月):治療効果は持続している.右下(術後C9カ月):閉瞼時,兎眼は消失している.カイン塩酸塩液(ベノキシール点眼液C0.4%CR)を使用した.ヒアルロン酸注入剤はレスチレンリドR(ガルデルマ社,日本)を使用した.29CG針を用い,逆行性に線状かつ扇状に注入した.これを繰り返し,ヒアルロン酸が格子状になるようにC1Cml注入した.〔症例1〕76歳,男性.生下直後に顔面に熱傷を受傷した.加齢とともに左のみ乾燥と眼痛を伴うようになり紹介受診となった.初診時に左優位の両下眼瞼外反症および左兎眼を認めた.左下眼瞼の眼輪筋前後面へヒアルロン酸注入剤C1Cmlを注入した.注入直後より外反症は改善し,閉瞼可能となった(図1).注入後C3カ月,再発は認めていない.〔症例2〕64歳,女性.59歳時に左上眼瞼脂腺癌切除および再建術を行った.手術後,左上眼瞼後退と兎眼に伴う角膜びらんを発症した.このため角膜びらんに対し治療用コンタクトレンズを装用していたが,突然重度のアレルギー性結膜炎を発症しコンタクト図3症例2の角膜所見点線:瞳孔領.上(術前):角膜全面に点状表層性角膜炎を認める.VS=(0.1)下(術後C2カ月):瞳孔領を中心に点状表層性角膜炎は改善している.VS=(0.8)レンズ装用困難となったため中止したところ,角膜障害により視力はCVS=(0.1)と低下した.ヒアルロン酸注入剤C1Cmlを経皮および経結膜で挙筋腱膜とCMuller筋周囲を拡張させるように充.したところ,左上眼瞼後退および角膜障害は改善し(図2,3),視力もCVS=(0.8)と改善した.術後C9カ月,再発は認めていない.〔症例3〕82歳,女性.79歳時に右上眼瞼脂腺癌切除および再建術を施行した.右上眼瞼後退と角膜上皮障害を認め,異物感を訴えた.症例2と同様の部位にヒアルロン酸注入剤C1Cmlを注入した.右上眼瞼後退は改善し,角膜上皮障害も消失し,自覚症状は改善した(図4).術後C7カ月,再発は認めていない.CII考按フィラーとは,美容医療では顔面の皮膚から骨までの軟部組織に充.する注入剤のことをさす.フィラーにはヒアルロン酸,コラーゲン,ハイドロキシアパタイトなどの各種製剤や脂肪や多血小板血漿,少血小板血漿といった自家組織が存在する.なかでもヒアルロン酸は非動物性由来の製剤であり,アレルギー発症率はC0.5%と非常に低く,事前の皮内アレルギー検査は不要である.また,ヒアルロニダーゼにより分解できるため注入後に元に戻すことが可能であるという利点があり,現在もっとも広く使用されている製剤である.フィラーとして用いられているヒアルロン酸は,天然ヒアルロン酸を架橋結合させた架橋ヒアルロン酸とよばれるものである.内眼手術時に使用するヒアルロン酸製剤と異なり,充.効果が長期間持続するように設計されている.ヒアルロン酸による注入療法は顔面のしわの改善や輪郭形成など,美容医療での使用が目立つが,眼科の臨床においても眼瞼の瘢痕や皮膚の拡張,体積の増大を目的に使用されている.甲状腺眼症や瘢痕拘縮による眼瞼後退5),瘢痕性外反症6)および麻痺性兎眼7),眼窩周囲の陥凹8)に対してヒアルロン酸注入剤を使用し,これらが改善したとの報告がある.また,成人だけでなく,小児への使用例もあり,Down症など先天疾患に伴う眼瞼後退や眼瞼外反症へ使用し,兎眼が改善した9)との報告もある.今回,拘縮性兎眼症C3例に対してヒアルロン酸注入剤による兎眼矯正術を行い,良好な経過が得られた.拘縮部位にヒアルロン酸を注入することで,ヒアルロン酸の保水作用による体積増大効果のみならず,同時に組織の伸展も得られている.ヒアルロン酸そのものにコラーゲンの産生促進作用はないが,注入によって組織が物理的に伸展されることにより線維芽細胞が活性化し,その産生が促進されることが知られている10).さらに,注入したヒアルロン酸は薄い線維性の被膜に覆われ,8カ月間は形態が維持されることが証明されてい図4右上眼瞼脂腺癌術後の眼瞼後退(症例3)左上(術前):上眼瞼後退を認め,角膜輪部が露出している.右上(術後C2週間):上眼瞼後退は改善している.左下(術後C4カ月):治療効果は持続している.右下(術後C4カ月):閉瞼時,兎眼は消失している.る11).上記から,拘縮部位へ注入したヒアルロン酸はCtissueexpanderとしての役割を果たしていると推測される.したがって,ヒアルロン酸が吸収され充.効果が消失しても組織は伸展しているため,再注入または外科的治療が必要になった場合でも,治療の侵襲度を軽減させることができるのではないかと考える.ヒアルロン酸注入による合併症も考慮せねばならない.もっとも留意すべきは血管閉塞であり,発症率はC0.05%とされている12).そのなかでももっとも重篤な眼動脈閉塞は,ヒアルロン酸製剤のほかにコラーゲン製剤,自家脂肪注入によるものを合わせると,世界中でC32例の報告がある13).わが国でも鼻背へヒアルロン酸注入後に眼動脈閉塞をきたしたC1例が報告されている14).眼動脈の流入経路としては,眼窩上動脈,滑車上動脈,鼻背動脈,前篩骨動脈,眼角動脈および顔面動脈内に逆行性に注入剤が進み,中枢側の眼動脈が閉塞すると考えられている.眼動脈径はC2Cmm程度であるのに対し,ヒアルロン酸分子の大きさがC400Cμmであるため,閉塞しやすいといわれている15).これらの血管閉塞を回避するために,血管の解剖を熟知することは当然のことであるが,施術の際に弱い圧でゆっくりと逆行性に少量ずつ注入することが重要である.一般的にはフローバックによる血流の逆行確認は望ましいとされるが,注入剤の粘度が高いために臨床上有用な手法とはいいがたい.32CG以下の細い針では,血管内腔に針先が留置された状態になる可能性が高まる16)ため,それ以上の太い針や鈍針を使用し,血管内刺入を予防することも大切である.治療効果の持続期間については検討の余地がある.ヒアルロン酸注入剤は吸収性製剤であり,永続的な効果は得られないからである.製剤の種類にもよるが,6カ月からC1年で吸収されるものが多いとされている.しかし,これは安全性において優れているととらえることができる.非吸収性製剤による異物肉芽腫17)などの重篤な合併症を省ると,吸収性製剤かつヒアルロニダーゼで分解可能であることは大きな利点である.本症例では現時点でC3.9カ月間は治療効果が持続しており,合併症はみられていない.美容用ヒアルロン酸注入剤は,厚生労働省より医療機器製造販売承認を取得している.有効性および安全性は確立され,入手は容易である.しかし,保険適用外の製剤である.本症例では製剤実費は医療機関側が負担し,治療を行った.ヒアルロン酸注入は外来で簡便に実施可能な治療法である.患者が手術を希望しない場合や,全身状態により手術が困難な場合など,さまざまなケースに対応できる.また,低侵襲であることに加えてダウンタイムが短く即効性があるため,患者の満足度も高い.したがって,ヒアルロン酸注入剤による兎眼矯正術は,今後の眼科における治療の選択肢の一つになりうると考える.文献1)田邊吉彦,浅野隆,柳田和夫ほか:外傷性眼瞼瘢痕拘縮の形成手術(1)眼瞼表層瘢痕拘縮の形成.眼科C25:1447-1452,C19832)田邊吉彦,浅野隆,柳田和夫ほか:外傷性眼瞼瘢痕拘縮の形成手術(2)眼瞼全層瘢痕拘縮の形成.眼科C25:1549-1554,C19833)酒井成身,高橋博和,佐々木由美子ほか:真皮脂肪による義眼床陥没の修正.眼科36:909-915,C19944)ChoiHY,HongSE,LewJMetal:Long-termcomparisonofCaCnewlyCdesignedCgoldCimplantCwithCtheCconventionalCimplantCinCfacialCnerveCparalysis.CPlastCReconstrCSurgC104:1624-1634,C19995)GoldbergCRA,CLeeCS,CJayasunderaCTCetCal:TreatmentCofClowerCeyelidCretractionCbyCexpansionCofCtheClowerCeyelidCwithChyaluronicCacidCgel.COphthalCPlastCReconstrCSurgC23:343-348,C20076)FezzaCJP:NonsurgicalCtreatmentCofCcicatricialCectropionCwithhyaluronicacid.ller.PlastReconstrSurgC121:1009-1014,C20087)ManciniR,TabanM,LowingerAetal:UseofhyaluronicacidCgelCinCtheCmanagementCofCparalyticClagophthalmos:CtheChyaluronicCacidCgel“goldCweight”.COphthalCPlastCReconstrSurgC25:23-26,C20098)LeyngoldCIM,CBerbosCZJ,CMcCannCJDCetCal:UseCofChyalC-uronicacidgelinthetreatmentoflagophthalmosinsunk-ensuperiorsulcussyndrome.OphthalPlastReconstrSurgC30:175-179,C20149)TabanM,ManciniR,NakraTetal:Nonsurgicalmanage-mentCofCcongenitalCeyelidCmalpositionsCusingChyalronicCacidgel.OphthalPlastReconstrSurgC25:259-263,C200910)WangCF,CGarzaCLA,CKangCSCetCal:InCvivoCstimulationCofCdenovocollagenproductioncausedbycross-linkedhyal-uronicCacidCdermalC.llerCinjectionsCinCphotodamagedChumanskin.ArchDermatolC143:155-163,C200711)Fernandez-CossioS,Castano-OrejaMT:BiocompatibilityofCtwoCnovelCdermalC.llers:histologicalCevaluationCofCimplantsCofCaChyaluronicCacidC.llerCandCaCpolyacrylamideC.ller.PlastReconstrSurgC117:1789-1796,C200612)BeleznayCK,CHumphreyCS,CCarruthersCJDCetCal:VascularcompromiseCfromCsoftCtissueCaugmentation:experienceCwith12casesandrecommendationsforoptimaloutcomes.ClinAesthetDermatolC7:37-43,C201413)LazzeriD,AgostiniT,FigusMetal:Blindnessfollowingcosmeticinjectionsoftheface.PlastReconstrSurgC129:C995-1012,C201214)野々村咲子,忍足俊幸,三浦玄ほか:美容整形目的で鼻背へヒアルロン酸注射後に眼動脈閉塞を来したC1例.日眼会誌C118:783-787,C201415)ParkCSW,CWooCSJ,CParkCKHCetCal:IatrogenicCretinalCarteryocclusioncausedbycosmeticfacial.llerinjections.AmJOphthalmolC154:653-662,C201216)辻晋作,当山拓也,根岸圭:顔面へのフィラー注入の合併症と治療.形成外科C56:1061-1069,C201317)SachdevM,AnantheswarY,AshokBetal:Facialgranu-lomassecondarytoinjectionofsemi-permanentcosmeticdermal.llercontainingacrylichydrogelparticles.JCutanAesthetSurgC3:162-166,C2010***