‘ビスホスホネート’ タグのついている投稿

ゾレドロン酸水和物静注後に生じた急性前部ぶどう膜炎の1例

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):273.275,2013cゾレドロン酸水和物静注後に生じた急性前部ぶどう膜炎の1例西岡木綿子*1,2中尾新太郎*1,2川野庸一*3石橋達朗*2*1国家公務員共済組合連合会千早病院眼科*2九州大学大学院医学研究院眼科学分野*3福岡歯科大学総合医学講座眼科学分野ACaseofAcuteAnteriorUveitisFollowingTreatmentwithZoledronicAcidYukoNishioka1,2),ShintaroNakao1,2),Yoh-IchiKawano3)andTatsuroIshibashi2)1)DepartmentofOphthalmology,ChihayaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity,3)SectionofOphthalmology,DepartmentofGeneralMedicine,FukuokaDentalCollege目的:ビスホスホネート製剤であるゾレドロン酸水和物投与後に発症した急性前部ぶどう膜炎の症例報告.症例:71歳,女性.51歳時に乳癌を発症し,右乳癌切除術後に抗癌薬治療を行っていた.多発性の骨転移に対して,ゾレドロン酸水和物の点滴投与が行われた.点滴投与日からの右眼の充血,流涙,眼痛と視力低下を主訴に千早病院眼科を受診した.矯正視力は右眼0.2,左眼1.2で,眼圧は右眼8mmHg,左眼9mmHgであった.右眼に結膜充血,フィブリンを伴った強い前房内炎症や虹彩後癒着を認めたが,眼底には変化はみられなかった.左眼に炎症所見はみられなかった.全身検査にて他のぶどう膜炎の原因となりうる所見はなかった.副腎皮質ステロイド薬の点眼で2週間後にはぶどう膜炎は軽快し視力も改善し,結膜充血は3カ月後に消退した.結論:ビスホスホネート製剤投与後にぶどう膜炎や結膜炎が発症することがある.Purpose:Toreportacaseofanterioruveitisaftertheinfusionofbisphosphonates(zoledronicacid).Case:A71-year-oldfemale,diagnosedwithrightbreastcancerin1990,wastreatedwithmodifiedradicalmastectomyandadjuvantchemotherapy.Bonemetastaseswerediagnosed.Shewasadmittedwithpain,visualloss,andhyperemiainherrighteyeafterthefirstadministrationofzoledronicacid.Initialvisualacuitywas0.2righteyeand1.2left;intraocularpressurewas8mmHgrighteyeand9mmHgleft.Therighteyeshowedciliaryinjection,moderateamountofcellswithfibrinexudatesinanteriorchamberandposteriorsynechia.Therewasnoevidenceofvitreousinvolvementandnoretinalabnormality.Thepatientwastreatedwithtopicalprednisoloneandrecoveredslowlyover3months.Conclusion:Zoledronicacidmaycauseanterioruveitisandconjunctivitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):273.275,2013〕Keywords:ビスホスホネート,ぶどう膜炎,結膜炎.bisphosphonates,uveitis,conjunctivitis.はじめにビスホスホネート製剤は従来骨粗鬆症の治療薬として頻用されているが,その一つであるゾレドロン酸水和物は骨粗鬆症以外に,悪性腫瘍による高カルシウム血症,多発性骨髄腫や固形癌骨転移の骨病変治療の注射製剤としてわが国でも用いられるようになっている1).注射製剤の場合,副作用として投与直後から3日以内の発熱,筋肉痛,頭痛,関節痛,インフルエンザ様症状,また,顎骨壊死や顎骨骨髄炎の発生頻度が内服より高まることなどが注目されているが,欧米ではさらに結膜炎,ぶどう膜炎,強膜炎,眼窩炎症の発症が多く報告されている2.6).わが国での眼関連の副作用の報告はまれであるが,筆者らはゾレドロン酸水和物(ゾメタR)投与後にぶどう膜炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛,流涙.既往歴:51歳時に右乳癌切除術施行.52歳時,食道粘膜〔別刷請求先〕西岡木綿子:〒813-8501福岡市東区千早2丁目30番1号千早病院眼科Reprintrequests:YukoNishioka,M.D.,DepartmentofOpthalmology,ChihayaHospital,2-30-1Chihaya,Fukuoka813-8501,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(139)273 abab図1初診時右眼の前眼部所見a:結膜充血と角膜裏面沈着物があった.b:Descemet膜皺襞,前房中には細胞とフィブリンの析出,虹彩後癒着を認めた.下腫瘍.56歳時,縦隔腫瘍.63歳時に乳癌の骨転移を認めたため放射線治療・抗癌薬治療開始.現病歴:2011年9月21日に多発骨転移に対して千早病院(以下,当院)外科でゾレドロン酸水和物(ゾメタR)4mgの静脈注射を行い,注射後に38℃の発熱を認めた.また,同日から右眼充血,眼痛,流涙を自覚していた.同年9月28日,1週間前からの右眼の症状を主訴に当院眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.2(1.2×+3.00D(cyl.1.25DAx140°),眼圧は右眼8mmHg,左眼9mmHgで,両眼とも白内障は軽度であった.右眼は結膜の充血が著明で,角膜には角膜裏面沈着物と中等度のDescemet膜皺襞があった.前房中には細胞(2+)の炎症反応とフィブリンの析出,虹彩後癒着を認めた(図1).網脈絡膜の炎症や硝子体混濁はなかった.左眼に異常はみられなかった.血液生化学検査では,白血球数4,340/μl,CRP(C反応性274あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013蛋白)0.01(0.0.2)mg/dlと炎症反応はみられなかった.ACE(アンギオテンシン変換酵素)22.7(7.7.29.4)IU/L,抗核抗体・抗SS-A抗体・抗SS-B抗体・抗RNP(ribonucleoprotein)抗体・抗Sm抗体は陰性で,Ig(免疫グロブリン)G1,388(870.1,700)mg/dl,IgA161(110.410)mg/dl,IgM130(46.210)mg/dlと正常範囲内であった.ウイルス抗体価はVZV(水痘帯状ヘルペスウイルス)が既感染パターンで,HSV(単純ヘルペスウイルス)やHTLV(ヒトTリンパ球向性ウイルス)-Iは陰性であった.HLA(ヒト白血球抗原)はA2,A24(9),B46,B52(5),DR8であった.経過:ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR0.1%)点眼,トロピカミド・フェニレフリン塩酸塩合剤(ミドリンRP)点眼を開始した.翌日には,虹彩後癒着は解除され炎症も軽減していた.初診から1週間目には右眼視力0.4(1.0×+2.50D)と視力の改善がみられた.点眼回数を漸減し,2週間目には,眼内に炎症所見はみられなかった.しかし,結膜の充血のみが継続していたためベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンンR0.1%)点眼と,レボフロキサシン水和物(クラビットR)点眼に変更し経過観察した.3カ月後には,結膜の充血も軽快した.ゾレドロン酸水和物が原因によるぶどう膜炎が疑われたため,以後の本剤の投与は中止された.初診から12カ月後の現在まで,眼症状の再発はない.II考按眼に関するビスホスホネート製剤の副作用はわが国ではほとんど報告されていないが,欧米では1990年頃から報告があり7),視力低下,霧視,眼痛,結膜充血,結膜炎,ぶどう膜炎,強膜炎,視神経浮腫など多様である2.6).本症例は注射用製剤のゾレドロン酸水和物(ゾメタR)を投与後に発熱し,同日,眼症状が出現している.ぶどう膜炎の原因を特定できるような検査所見や眼外症状はみられなかったため,ゾレドロン酸水和物(ゾメタR)によりぶどう膜炎を発症したと診断した.また,内眼炎症状が軽快した後約3カ月間持続した結膜充血も過去の報告から本薬剤の影響を否定できないと考えた.ぶどう膜炎や眼窩炎症の発症のメカニズムははっきりしていない.体内に入ったビスホスホネートのおよそ50%はそのまま腎臓から排出されるが,残りは,骨組織に親和性をもち骨表面に沈着する.破骨細胞が骨を破壊するときに細胞内に取り込まれ,取り込まれたビスホスホネートが破骨細胞のアポトーシスを誘導し,破骨細胞の寿命を縮めて骨病変の進行や症状の発現を抑えるといわれている.Dicuonzoらは,ゾレドロン酸水和物(ゾメタR)を投与した18名の患者の血中TNF(腫瘍壊死因子)-a,IFN(インターフェロン)-gと(140) IL(インターロイキン)-6の経時的変化を測定し,TNF-aは投与1日目と2日目,IL-6は投与1日目に上昇し,しかも,投与後に発熱があった群となかった群では,発熱があった群が優位に上昇していたと報告している8).ビスホスホネートはヒトのgdT細胞の活性化を起こすことが報告されていて9),本症例では,ぶどう膜炎発症時にCRPの上昇はなかったが静注後に発熱がみられたため,やはり自然免疫系の細胞への作用が,早期の眼および眼周囲の炎症反応をひき起こしたと考えられた.ビスホスホネート製剤には,経口製剤と注射用製剤があり,経口製剤では胃の不調や食道の炎症,びらんなどの上部消化器症状がおもな副作用で,内服後30分から60分間座っていることで予防できる.一方,注射用製剤では,発熱,筋肉痛,頭痛,関節痛や,インフルエンザ様の症状など従来の内服製剤では頻度的にあまり問題にならなかった全身的な副作用が増加することが知られている.これはビスホスホネート製剤が経口投与では腸管からの吸収が悪いのに対して静注剤では早期に効能を発揮することに起因することと考えられる.ビスホスホネート製剤は,構造の違いで3世代に分けられる.第一世代は側鎖に窒素を含まず,第二世代は側鎖に窒素を含むが,環状構造を有しない.第三世代は側鎖に窒素を含み環状構造を有する.近年注目されているビスホスホネート関連顎骨壊死は窒素含有注射剤での頻度が高いといわれている1).Fredericらは,2003年に,ビスホスホネート製剤の世代ごとの眼に関する副作用をまとめ,第一世代では視力低下や結膜炎,第二世代では視力低下,ぶどう膜炎,結膜炎や強膜炎,第三世代では結膜炎や強膜炎がみられたと報告している10).本症例に使用されたのは第三世代のビスホスホネート製剤で,現在臨床応用されているビスホスホネート製剤のなかでは強力なハイドロキシアパタイト親和性と破骨細胞活性抑制作用をもち,比較的副作用が少ないといわれているが,2012年にPetersonらはゾレドロン酸水和物の静注後に発症した眼窩炎症の1例とビスホスホネート製剤投与後に眼に副作用の出現した14症例の特徴をまとめて報告している11).報告では,ゾレドロン酸水和物の静注12時間後に左眼痛と側頭部痛を認め,左上下眼瞼の腫脹,結膜浮腫を示し,ステロイド薬の全身投与でようやく消炎が得られている.14症例のうち10症例が片眼性であり,発症時期もゾレドロン酸水和物の静注後3日以内がほとんどであったが,内服製剤では,投与3週間目に発症した症例もあった.ビスホスホネート製剤はステロイド性骨粗鬆症に対しての第一選択として推奨されている.一般的にプレドニゾロン換算5mg/日以上,3カ月以上の使用は骨折リスクが上昇するとして骨粗鬆症の治療対象である.眼疾患の原田病やサルコイドーシスなどでもステロイド薬の長期投与が必要なこともあり,ビスホスホネート製剤の副作用でぶどう膜炎,強膜炎,眼窩炎症が起こる可能性があること,特に静注製剤において投与後早期の発症がありうることを眼科医として認識しておくことが大切と考えられた.文献1)折茂肇:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2011年版,ライフサイエンス出版,20112)WooTC,JosephDJ,WilkinsonR:SeriousocularcomplicationsofZoledronate.ClinOncol18:545-546,20063)KilickapS,OzdamarY,AltundagMKetal:Acasereport:zoledronicacid-inducedanterioruveitis.MedOncol25:238-240,20084)PhillipsPM,NewmanSA:Orbitalinflammatorydiseaseafterintravenousinfusionofzoledronatefortreatmentofmetastaticrenalcellcarcinoma.ArchOphthalmol126:137-139,20085)FrenchDD,MargoCE:Postmarketingsurveillanceofuveitisandscleritiswithbisphosphonatesamonganationalveterancohort.Retina28:889-893,20086)McKagueM,JorgensonD,BuxtonKA:Ocularsideeffectsofbisphosphonates.Acasereportandliteracturereview.CanFamPhysician56:1015-1017,20107)SirisES:Bisphosphonatesandiritis.Lancet341:436437,19938)DicuonzoG,VincenziB,SantiniDetal:FeverafterzoledronicacidadministrationisduetoincreaseinTNF-aandIL-6.JInterferonCytokineRes23:649-654,20039)KuzmannV,BauerE,WilheimM:Gamma/deltaT-cellstimulationbypamidronate.NEnglJMed340:737-738,199910)FrederickW,FrederickT:Bisphosphonatesandocularinflammation.NEnglJMed348:1187-1188,200311)PetersonJD,BedrossianEHJr:Bisphosphonate-associatedorbitalinflammation─acasereportandreview.Orbit31:119-123,2012***(141)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013275