‘フィブリノイド壊死性血管炎’ タグのついている投稿

不完全型網膜中心動脈閉塞症の発症を契機に 結節性多発動脈炎と診断された1 例

2023年3月31日 金曜日

《第55回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科40(3):395.403,2023c不完全型網膜中心動脈閉塞症の発症を契機に結節性多発動脈炎と診断された1例飯田由佳*1林孝彰*1伊藤寿啓*2筒井健介*3根本昌実*3中野匡*4*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター皮膚科*3東京慈恵会医科大学葛飾医療センター総合診療部*4東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseDiagnosedwithPolyarteritisNodosaaftertheDevelopmentofIncompleteCentralRetinalArteryOcclusionYukaIida1),TakaakiHayashi1),ToshihiroIto2),KensukeTsutsui3),MasamiNemoto3)andTadashiNakano4)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DepartmentofDermatology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DivisionofGeneralMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:不完全型網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の発症を契機に結節性多発動脈炎と診断されたC1例を報告する.症例:73歳,男性.突然の左眼視力低下を自覚し,4日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.左眼の視力は(0.05)であった.眼底に多数の綿花様白斑がみられ,黄斑部の光干渉断層計画像で網膜内層から中層にかけて高反射帯を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査で,網膜動脈の充盈遅延を認め,不完全型CCRAOと診断された.血液検査で高度の炎症反応を認めたものの,抗好中球細胞質抗体は陰性であった.右下腿・紫斑部の皮膚生検で,フィブリノイド壊死性血管炎の所見がみられ,また両下肢の多発性単神経炎の存在が確認され,結節性多発動脈炎の確実例と診断された.プレドニゾロンならびに免疫抑制薬による加療が行われ,眼科初診からC3カ月後に左眼視力は(0.4)まで改善した.2年C4カ月経過し,結節性多発動脈炎の病状は安定し,左眼視力(0.4)を維持していた.結論:結節性多発動脈炎は,血管炎による多彩な全身症状を認め,CRAOを併発する可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCdiagnosedCwithCpolyarteritisnodosa(PAN)afterCdevelopmentCofCincompleteCcen-tralCretinalCarteryCocclusion(CRAO)C.CCasereport:AC73-year-oldCmaleCvisitedCourCophthalmologyCdepartmentC4Cdaysafterbecomingawareofsuddenvisionlossinhislefteye.Uponexamination,thebest-correctedvisualacuity(BCVA)inCthatCeyeCwasC0.05.CFundoscopyCexaminationCrevealedCnumerousCcotton-woolCspots,CandCopticalCcoher-encetomographyimagesshowedhyperre.ectivelesionsfromtheinnertomiddleretinallayersintheleftmacula.Fluoresceinangiographyshoweddelayed.llingofthecentralretinalartery,andhewasdiagnosedwithincompleteCRAO.CBloodCtestsCshowedCsevereCsystemicCin.ammatoryCreactions,CbutCanti-neutrophilCcytoplasmicCantibodiesCwereCnegative.CACskinCbiopsyCofCtheCrightClowerClegCwithCpurpuraCrevealedC.brinoidCnecrotizingCvasculitis,CandCmononeuritismultiplexwaspresentinbothlowerextremities,thusresultinginade.nitivediagnosisofPAN.Pred-nisoloneCandCimmunosuppressiveCtherapiesCwereCadministered,CandCBCVACinChisCleftCeyeCimprovedCtoC0.4CatC3CmonthsCafterCpresentation.CTwoCyearsCandC4CmonthsClater,CtheCdiseaseCconditionCofCPANC.nallyCstabilized,CandChisCleft-eyeCBCVACremainsCatC0.4.CConclusion:PANCexhibitsCaCvarietyCofCsystemicCsymptomsCdueCtoCvasculitisCandCCRAOmaybecomplicatedwiththedisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(3):395.403,C2023〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,結節性多発動脈炎,フィブリノイド壊死性血管炎,光干渉断層血管撮影.cen-tralretinalarteryocclusion,polyarteritisnodosa,.brinoidnecrotizingvasculitis,opticalcoherencetomographyan-giography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめに結節性多発動脈炎(polyarteritisnodosa:PAN)は,中型血管を主体として血管壁に炎症を生じる疾患で,難病(告示番号C42)に認定されている1).PANの本態は,中・小動脈の壊死性血管炎で,糸球体腎炎あるいは細小動脈・毛細血管・細小静脈の血管炎を伴わず,血清中の抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicCantibody:ANCA)と関連のない疾患と定義されている2).PANの平成C27年度特定医療費(指定難病)受給者証所持者数はC3,442人であったことから,PANはまれな疾患である1).厚生労働省作成疾患概要説明文(https://www.nanbyou.or.jp/entry/244)に,「平均発症年齢はC55歳で,男女比はC3:1でやや男性に多い傾向」であることが記されている.PANの症状は多彩で,炎症による全身症状と罹患臓器の炎症および虚血,梗塞による臓器障害の症状の両者からなる1,3).厚生労働省が作成した表1結節性多発動脈炎の診断基準(1)主要症候①発熱(38℃以上,2週以上)と体重減少(6カ月以内にC6Ckg以上)②高血圧③急速に進行する腎不全,腎梗塞④脳出血,脳梗塞⑤心筋梗塞,虚血性心疾患,心膜炎,心不全⑥胸膜炎⑦消化管出血,腸閉塞⑧多発性単神経炎⑨皮下結節,皮膚潰瘍,壊疽,紫斑⑩多関節痛(炎),筋痛(炎),筋力低下(2)組織所見中・小動脈のフィブリノイド壊死性血管炎の存在(3)血管造影所見腹部大動脈分枝(とくに腎内小動脈)の多発小動脈瘤と狭窄・閉塞(4)診断のカテゴリー①CDe.nite(確実例):主要症候C2項目以上と組織所見のある例②CProbable(疑い例):(a)主要症候C2項目以上と血管造影所見の存在,(b)主要症候のうち①を含むC6項目以上存在する例(5)参考となる検査所見①白血球増加(10,000/μl以上),②血小板増加(400,000/μl以上),③赤沈亢進,④CCRP強陽性(6)鑑別診断①顕微鏡的多発血管炎,②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症),③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎),④川崎病動脈炎,⑤膠原病(全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど),⑥CIgA血管炎(旧称:紫斑病性血管炎)(難病情報センターホームページより一部改変して引用)PANの診断基準を表1に示す.主要症候C2項目以上と組織所見のある例はCDe.nite(確実例),主要症候C2項目以上と血管造影所見の存在する例,または主要症候のうち「①発熱(38℃以上,2週以上)と体重減少(6か月以内にC6Ckg以上)」を含むC6項目以上存在する例はCProbable(疑い例)と診断する.網膜中心動脈閉塞症(centralCretinalCarteryocclusion:CRAO)は,急激な視力障害をきたす疾患で,網膜中心動脈への血栓や塞栓によって発症する4).CRAOは,その原因により動脈炎性(arteritic)と非動脈炎性(non-arteritic)に大別される5,6).動脈炎性CCRAOは,全身性エリテマトーデスや巨細胞性動脈炎などの全身性血管炎に合併してみられる7,8).また,閉塞の程度によりCincomplete(不完全型・再灌流),subtotal(完全型に近い・部分再灌流),total(完全型・非再灌流)に分類する試みもある5,9,10).フルオレセイン蛍光造影所見として,incomplete型では網膜動脈の充盈遅延が,subtotalでは網膜動脈の著明な充盈遅延がみられる5,10).今回筆者らは,不完全型CCRAOの発症を契機にCPANと診断された症例を経験したので報告する.CI症例患者:73歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:4カ月前から両側下腿に紫斑を認めていた.4日前から頭痛に加え,左眼視力低下も自覚したため,4日後に近医眼科を受診した.左眼視力は(0.04)に低下し,左眼眼底に多数の白斑がみられ,同日,東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を紹介受診した.既往歴:S状結腸癌切除後で経過観察中,変形性膝関節症,下肢静脈瘤切除.なお,高血圧,脂質異常症,糖尿病の指摘はなし.初診時眼所見:視力は右眼C0.3(1.2C×sph+2.00D(cylC.0.50DCAx80°),左眼0.04(0.05C×sph+3.00D(cyl.1.50DAx80°),眼圧は右眼C18mmHg,左眼C13mmHgであった.白内障を除き前眼部・中間透光体には特記すべき所見はなかった.眼底検査で左眼に乳頭出血および多数の綿花様白斑を認めた(図1a).右眼眼底に明らかな異常所見はみられなかった(図1a).黄斑部の光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000,CarlCZeissMeditec社)検査において,右眼に異常所見はみられなかったが,左眼では網膜内層から中層にかけて高反射帯に加え,漿液性網膜.離を伴う網膜色素上皮.離を認めた(図1b).左眼の脈絡膜厚は,右眼に比べ肥厚しており,Haller層血管の拡張を認めた(図1b).光干渉断層血管撮影(OCTCangi-ography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,網膜血管の血流は観察されたものの,網膜毛細血管網の血流シグナル図1初診時の眼底およびOCT所見a:カラー眼底写真を示す.右眼に明らかな異常所見はないが,左眼に乳頭出血および多数の綿花様白斑を認める.b:黄斑部COCTのCBスキャン画像を示す.右眼に異常所見はみられないが,左眼では網膜内層から中層にかけて高反射帯(.)に加え,漿液性網膜.離(.)を伴う膜色素上皮.離を認める.左眼の脈絡膜厚は,右眼に比べ肥厚しており,Haller層血管の拡張(.)を認める.c:左眼黄斑部COCTA画像を示す.Bスキャン画像で示した網膜全層CslabにおけるOCTAのCenface画像で,網膜血管の血流は観察されるものの,網膜毛細血管網の血流シグナルが全体的に低下している.また,OCTのCenface画像で,広範囲に高反射病変がみられる.図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光造影写真造影開始C15秒からC18秒後まで,choroidal.ushおよび一部の網膜動脈の造影は観察されるが他の網膜動脈は造影されていない.造影開始20秒後に一部下方の網膜動脈が造影され,造影開始C27秒後に上方の網膜動脈の灌流がみられる.造影早期から中期(2分C32秒)・後期(6分C43秒)にかけて中心窩上方に網膜色素上皮障害に伴う蛍光漏出を認める.が全体的に低下していた(図1c).黄斑部網膜の虚血性変化と考え,フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiog-raphy:FA)およびインドシアニングリーン蛍光造影検査(indocyanineCgreenangiography:ICGA)を施行した.FAにおいて,造影開始C15.18秒後まで初期脈絡膜蛍光(cho-roidal.ush)および一部の網膜動脈の造影は観察されたが他の網膜動脈は造影されていなかった(図2).造影開始C20秒後に一部下方の網膜動脈が造影され,造影開始C27秒後に上方の網膜動脈の灌流がみられ,網膜動脈の充盈が遅延しており,不完全型CCRAOと診断した(図2).また,造影初期から,中期・後期にかけて中心窩上方に網膜色素上皮障害に伴う蛍光漏出が確認された(図2).一方,右眼に網膜血管炎を示唆する異常所見はみられなかった.ICGAでは,右眼に異常所見はみられず,左眼において造影中期から後期にかけて,血管アーケード内の脈絡膜血管透過性亢進による過蛍光の所見が観察された(図3).血液検査所見:赤血球数,凝固系,肝機能,電解質値は正常範囲内であった.血小板数C40.4万/μl,白血球数C8,300/μl,CRP6.23mg/dl,血液沈降速度(血沈)1時間値119Cmmと高度な炎症反応を認めた.白血球分画は,好中球77.7%,リンパ球C15.6%,単球C5.8%,好酸球C0.5%,好塩基球0.4%でやや好中球の割合が高かった.Cr0.76mg/dl,CeGFR76Cml/分/1.73CmC2,LDLコレステロールC108Cmg/dl,中性脂肪127mg/dl,HbA1c6.2%,MPO-ANCAC1.0U/ml,PR3-ANCA1.5CU/ml,リウマトイド因子C12.6CIU/ml,CASO20CIU/ml,抗CSS-A抗体(C.),抗CSS-B抗体(C.),抗図3初診時のインドシアニングリーン蛍光造影写真右眼に異常所見はみられず,左眼において造影中期(造影開始C4分C14秒)から後期(造影開始C11分C37秒)にかけて,血管アーケード内の脈絡膜血管透過性亢進による過蛍光の所見が観察される.カルジオリピン抗体CIgG8CU/ml,ループスアンチコアグラント正常範囲内,HBs抗原(C.),HBs抗体(C.),HBc抗体(.),HCV抗体(C.),梅毒CRPR(C.),梅毒CTP抗体(C.),Cb-D-グルカンC6.0Cpg/ml,T-SPOT.TB(C.)と明らかな異常所見はみられなかった.経過:かかりつけ医の許可を得て,同日よりアスピリン腸溶錠(100Cmg/日)を開始した.翌日以降,視力の改善がみられた.原因精査の目的で頭部・眼窩単純CMRIを施行したものの,明らかな異常は認められなかった.つぎに,側頭動脈超音波検査を行い,両側側頭動脈に壁肥厚はなく,血流は保たれていた.圧迫による痛みなど巨細胞性動脈炎を示唆する臨床所見はみられなかった.高血圧,脂質異常症,糖尿病の既往がなかったことから,血管炎症候群を疑ったものの,採血結果でCANCA関連血管炎は否定され,不完全型CCRAOの原因,そして全身性の炎症所見の原因がはっきりせず,眼科初診からC1週間後に当院総合診療部に紹介した.追加の血液検査が施行され,白血球分画で桿状核好中球は0%,分葉核好中球はC74%と左方移動はみられなかった.抗TPO抗体C9CIU/ml,抗Cds-DNAIgG抗体C10CIU/ml,抗CCCP抗体C0.6CU/ml,抗CRNP抗体(C.),抗CSm抗体(C.),抗Jo-1抗体(C.),抗CScl-70抗体(C.)であり,他の臨床所見から,重篤な感染症,全身性エリテマトーデスや関節リウマチは否定された.血管炎症候群の精査目的で胸腹部CCTならびにCCT血管造影検査が施行され,動脈の狭窄・閉塞所見を含め明らかな異常所見はみられなかった.一方,両側下腿浮腫・紫斑を認めていたことから,当院皮膚科にて右下腿・紫斑部より皮膚生検を施行した.病理標本で小動脈の血管壁にフィブリノイド変性に加え,血管周囲に炎症細胞浸潤を認め,壊死性血管炎の所見と考えられた(図4).また,両下肢に異常感覚があり,神経伝導速度検査施行したところ,伝導速度の遅延がみられ多発性単神経炎が疑われる結果であった.PANの診断基準(表1)の主要症侯である⑧多発性単神経炎と⑨皮下結節,皮膚潰瘍,壊疽,紫斑のC2項目を満たし,組織所見であるフィブリノイド壊死性血管炎の存在を認図4右下腿・紫斑部の皮膚病理所見a:ヘマトキシリン・エオジン染色で,小動脈の血管壁にフィブリノイド変性(.)に加え,血管周囲に炎症細胞浸潤(.)を認める.b:ElasticaVanGieson染色で,紫黒色に染色される弾性線維は消失している.めたことから,PAN確実例と診断した.眼科初診からC2週後に左眼視力は(0.25)まで改善し,左眼眼底にみられた綿花様白斑はほぼ消失した(図5a).また,OCTAで網膜毛細血管網の血流シグナルの改善を認めた(図5c).眼科初診からC1カ月半後,総合診療部に入院となり,PANに対してプレドニゾロン(prednisolone:PSL)60Cmg/日内服治療を開始,その後徐々に下腿浮腫とCCRP値の低下がみられ,1週後CPSL50Cmg/日に漸減したが,両下肢のしびれはむしろ増強したため,免疫抑制薬であるシクロホスファミド(500mg)のパルス療法(1日C1回のシクロホスファミド点滴治療をC2週以上開けて複数回施行する治療)を計C2回追加し,CRP値は徐々に低下した.眼科初診からC3カ月後,左眼視力は(0.4)まで改善した.ここまでの,治療経過,CRP値の経時変化,左眼矯正視力の推移を図6に示す.後療法としてPSLに免疫抑制薬のアザチオプリン(25Cmg/日)内服が追加され,2週後アザチオプリンC50Cmg/日に増量した.眼科初診からC6カ月後,左眼視力は(0.4)を維持し,左眼CGoldmann視野検査で,中心約5°以内CI/2eからCI/3eの暗点が検出されたが周辺視野は良好であった.その後は再発なく,PSLおよびアザチオプリンを漸減しながら治療を行い,眼科での経過観察も継続された.最終受診時(眼科初診から2年4カ月後),PSL1mg/日,アザチオプリン25mg/日でCPANの病状は安定していた.左眼視力は(0.4)を維持し,眼底所見(図5b)の悪化はみられず,OCTAで黄斑部の網膜色素上皮.離は残存していたものの網膜毛細血管網の血流シグナルは改善維持していた(図5d).経過中,右眼視力は(1.2)を維持していた.II考按今回,急激な片眼性視力障害を認め,不完全型CCRAOの診断を契機にCPANと診断された症例を経験した.動脈は血管径により,大型,中型,小型,毛細血管に分類され,PANは,中型血管を主体として,血管壁に炎症を生じる疾患である.抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)や抗好中球細胞質プロテイナーゼC3抗体(PR3-ANCA)は血清中には検出されず,顕微鏡的多発血管炎などとは区別される1).PANに対する特異性の高い診断マーカーは存在しない.そのために,主要症侯ならびに組織学的所見がCPANの診断に重要となる.厚生労働省作成の疾患概要説明文で,PANは炎症による全身症状に加え中型血管炎による臓器障害を呈するが,眼症状を呈することはまれと記載されている.本症例は,ANCA関連血管炎,巨細胞性動脈炎,抗リン脂質抗体症候群,全身性エリテマトーデス,関節リウマチなどが除外され,PAN診断基準(表1)の主要症侯のC2項目を満たし,皮膚紫斑部の組織所見でフィブリノイド壊死性血管炎の存在(図4)を認めたことから,PANの確実例と診断された.1993年にCAkovaら11)は,眼症状を合併したCPANのC5例について,強膜炎,周辺部角膜潰瘍,非肉芽腫性ぶどう膜炎,網膜血管炎,特発性眼窩炎症(旧称:眼窩炎性偽腫瘍)などがみられ,眼病変は多岐にわたりみられたと報告している.5例のうちC1例(75歳,女性)で,左眼にCCRAOを発症した後にCPANと診断されている11).今回の症例では,強膜炎,角膜潰瘍,虹彩毛様体炎,特発性眼窩炎症の所見はみられなかった.Rothschildらのメタ解析研究では,PANの図5左眼の眼底写真とOCTA画像a:眼科初診からC2週後のカラー眼底写真で,綿花様白斑はほぼ消失している.Cb:眼科初診からC2年C4カ月後のカラー眼底写真で,乳頭出血および綿花様白斑は消失している.Cc:眼科初診からC2週後の網膜全層CslabにおけるCOCTAのCenface画像で,網膜毛細血管網の血流シグナルの改善を認める.Cd:眼科初診からC2年C4カ月後の網膜全層CslabにおけるOCTAのCenface画像で,黄斑部の網膜色素上皮.離は残存しているものの網膜毛細血管網の血流シグナルは改善維持されている.500mg500mgシクロホスファミドCRP[mg/dl]PSL[mg]604020065432106050PSL40350.50.45CRP0.40.4左矯正視力0.350.30.250.250.20.20.150.10.050.0500102030405060708090眼科初診からの経過(日数)図6治療経過,CRP値ならびに左眼矯正視力の経時変化左眼矯正視力横軸に眼科初診からの経過(日数),左側縦軸にプレドニゾロン(PSL)内服とシクロホスファミドパルス療法の投与量およびCCRP値,右側縦軸に左眼矯正視力を示す.眼科初診から約C1.5カ月後にCPSL内服開始,その後,CRP値は低下している.両下肢のしびれが増強したため,シクロホスファミドパルス療法を計C2回追加している.眼科初診から約C3カ月後,視力は(0.4)に改善している.393例のうちC42例(10.7%)に眼症状があり,このなかで突然の視力障害がC8例(19%)でみられ,その原因として網膜血管炎によるものが多かったと報告している12).Akovaら11)の報告以降,PANにCCRAOを合併した報告例を調べてみると,2001年にCHsuら13)は,70歳,女性が突然の右眼手動弁の視力低下をきたし,毛様網膜動脈回避を伴う右眼CRAO,そして左眼に虚血性視神経症を発症し,その後施行された大腿二頭筋と腓腹神経の生検後にCPANと診断されたことを報告している.また,高熱と結節性紅斑を認めたC1カ月後に両眼の視力障害を訴え両眼CCRAOと診断され,血液検査および皮膚生検によりCPANと診断されたC3歳,男児の報告例もある14).前述のとおり,突然のCCRAOなどによる視力障害の精査過程でCPANと診断されたケースは報告されている一方,PANの診断・治療後にCCRAOを発症した報告例はなかった.したがってCCRAOの発症後にCPANと診断された際は,速やかにステロイドや免疫抑制薬の治療を開始することが重要である.本症例では,CRAOで通常みられない漿液性網膜.離を伴う網膜色素上皮.離を認めた(図1b).不完全型CCRAOを発症した左眼では,Haller層血管拡張による脈絡膜肥厚のOCT所見(図1b)に加え,ICGA(図3)で脈絡膜血管透過性亢進による過蛍光の所見がみられたことから,中心性漿液性脈絡網膜症発症と類似の機序による網膜色素上皮障害が起こり,網膜色素上皮.離および漿液性網膜.離を生じた可能性が推察された.実際,本症例の左眼CFA所見(図2)は,中心性漿液性脈絡網膜症でみられるCFA所見に類似していた.一方,不完全型CCRAO発症時に網膜色素上皮.離が検出された理由ははっきりしなかったものの,2年C4カ月経過した最終受診時においてもCHaller層血管の拡張を伴う網膜色素上皮.離は観察された.以上から,不完全型CCRAO発症以前から,左眼のCHaller層血管拡張による脈絡膜肥厚が存在していた可能性が考えられた.PANの初期治療としては,1mg/kg/日のPSLに加え,シクロホスファミドの点滴治療(10.15Cmg/kg/回をC3.4週間にC1度)の併用が推奨されている1).本症例も同様な初期治療を行ったことでその後の臓器障害が抑制できたと考えられた.眼所見に関して,本症例では翌日以降視力の改善を認め,2週後には眼底所見の改善も認めた(図5).その後視力は(0.4)まで改善し,6カ月後の視野では中心暗点が検出されたものの周辺視野は良好であった.内科的治療によって,視機能の改善・維持のみならず,眼所見の再燃・悪化ならびに僚眼への発症が抑制できたと考えられた.筆者らが医中誌を調べた限り,わが国からCPANの診断前後にCCRAOを発症した報告例はなかった.以上をまとめると,PANにCRAOを合併することはまれであるもののCPANの診断以前に起こりうる合併症であること,一方,治療介入後の発症は起こりにくい可能性が示唆された.その病因としては,網膜中心動脈血管炎自体だけでなく血管炎による血栓形成による閉塞の可能性があり,PANに関連したCCRAOは動脈炎性と考えられる.岡本ら15)が報告した不完全型CCRAO10例の検討では,クリオフィブリノーゲン血症に合併したC17歳症例を除いて,明らかな動脈炎性の症例は報告されていない.このことから,原因にかかわらず動脈炎性の不完全型CCRAOはまれな病態と考えられる.本症例に関しては,動脈炎性の不完全型CCRAOの可能性が考えられたが,高齢者でかつ軽度耐糖能異常がみられたことから,非動脈炎性を完全には否定できなかった.CRAOは不可逆的かつ恒久的な重度視力障害を引き起こす重篤な眼疾患の一つである.本症例を経験し,CRAO症例に対しては,PANに合併した可能性を鑑別にあげ,詳細な血液検査を行い,免疫膠原病内科医,皮膚科医,総合診療部に紹介し全身検査を速やかに行うとともに,早期診断そして早期治療介入することが重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本眼科学会ほか:血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).p50-53,C20182)JennetteJC,FalkRJ,BaconPAetal:2012revisedInter-nationalCChapelCHillCConsensusCConferenceCNomenclatureCofVasculitides.ArthritisRheumC65:1-11,C20133)HocevarCA,CTomsicCM,CPerdanCPirkmajerK:ClinicalCapproachtodiagnosisandtherapyofpolyarteritisnodosa.CurrRheumatolRepC23:14,C20214)HayrehSS:AcuteCretinalCarterialCocclusiveCdisorders.CProgRetinEyeResC30:359-394,C20115)門之園一明:網膜中心動脈閉塞症のアップデート.日眼会誌C124:601-608,C20206)津田聡,中澤徹:網膜動脈閉塞症.あたらしい眼科C39:31-37,C20227)RatraCD,CDhupperM:RetinalCarterialCocclusionsCinCtheyoung:systemicassociationsinIndianpopulation.IndianJOphthalmolC60:95-100,C20128)SmithCMJ,CBensonCMD,CTennantCMCetal:CentralCretinalCarteryocclusion:aretrospectivestudyofdiseasepresen-tation,Ctreatment,CandCoutcomes.CCanCJCOphthalmolC2022.COnlineaheadofprint.9)SchmidtCD,CSchumacherM:Stage-dependentCe.cacyCofCintra-arterialC.brinolysisCinCcentralCretinalCarteryCocclu-sion(CRAO)C.Neuro-ophthalmologyC20:125-141,C199810)SchmidtDP,Schulte-MontingJ,SchumacherM:Progno-sisCofCcentralCretinalCarteryocclusion:localCintraarterialC.brinolysisversusconservativetreatment.AmJNeurora-diolC23:1301-1307,C200211)AkovaYA,JabburNS,FosterCS:Ocularpresentationofpolyarteritisnodosa.clinicalcourseandmanagementwithsteroidandcytotoxictherapy.OphthalmologyC100:1775-1781,C199312)RothschildPR,PagnouxC,SerorRetal:OphthalmologicmanifestationsCofCsystemicCnecrotizingCvasculitidesCatdiagnosis:aCretrospectiveCstudyCofC1286CpatientsCandCreviewoftheliterature.SeminArthritisRheumC42:507-514,C201313)HsuCCT,CKerrisonCJB,CMillerCNRCetal:ChoroidalCinfarc-tion,CanteriorCischemicCopticCneuropathy,CandCcentralCreti-nalarteryocclusionfrompolyarteritisnodosa.RetinaC21:C348-351,C200114)ThakkerCAD,CGajreCM,CKhubchandaniCRCetal:BilateralCcentralCretinalCarteryocclusion:anCunusualCpresentationCofCpolyarteritisCnodosa.CIndianCJCPediatrC81:1401-1402,C201415)岡本紀夫,栗本拓治,大野新一郎ほか:不完全型網膜中心動脈閉塞症C10例の検討.臨眼C67:301-304,C2013***