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糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に特異な眼内炎症を 生じた1 例

2026年3月31日 火曜日

《第31回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科43(3):309.313,2026c糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に特異な眼内炎症を生じた1例浅野瑠那*1佐藤孝樹*1五味文*1松本優輔*2*1兵庫医科大学眼科学教室*2川西まつもと眼科CACaseofIntraocularIn.ammationAfterVitrectomyforDiabeticRetinopathywithaChallengingDiagnosisRunaAsano1),TakakiSato1),FumiGomi1)andYusukeMatsumoto2)C1)DepartmentofOphthalmology,HyogoMedicalUniversity,2)KawanishiMatsumotoEyeClinicC目的:増殖糖尿病網膜症(PDR)に続発する硝子体出血に対して硝子体手術(PPV)を施行後に生じた,眼内炎のC1例を報告する.症例:53歳,男性.両眼硝子体出血で近医より紹介となる.両眼の白内障併用硝子体手術を施行し,術後C1カ月時に右眼前房炎症および硝子体混濁の増悪を認め,ステロイドCTenon.下注射を施行.反応性に乏しく,術後C2カ月に再度CPPVを施行した.術後硝子体混濁は軽度改善したものの持続し,牽引性網膜.離が出現したため,2回め手術からC1.5カ月後に再度CPPVを施行した.術中に網膜面の広範囲にフィブリン索状物を認めた.3回めの手術では組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)硝子体内注入とシリコーンオイル注入を行い,(0.3)までの視力改善を得た.結論:PDRのCPPV術後炎症は劇症化することがあり,フィブリン索状物を広範囲に認める炎症には,t-PAとシリコーンオイル硝子体内注入が有効であった.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCintraocularCin.ammationCfollowingCparsplanaCvitrectomy(PPV)forCvitreousChemorrhagesecondarytoproliferativediabeticretinopathy(PDR)C.CaseReport:A53-year-oldmanwasreferredwithbilateralvitreoushemorrhage.HeunderwentcombinedcataractsurgeryandPPVinbotheyes.At1-monthpostoperative,CtheCrightCeyeCshowedCworseningCanteriorCchamberCin.ammationCandCvitreousCopacity,CandCaCsub-Tenonsteroidinjectionwasadministered.Duetopoorresponse,asecondPPVwasperformedat2-monthspostop-erative.CAlthoughCvitreousCopacityCmildlyCimproved,CitCpersistedCandCtractionalCretinalCdetachmentCdeveloped.CACthirdPPVwasperformed1.5-monthslater,revealingextensive.brinoidbandsontheretinalsurface.IntravitrealinjectionCofCtissueCplasminogenactivator(t-PA)andCsiliconeCoilCwasCperformed,CleadingCtoCvisualCimprovementCto(0.3)C.Conclusion:PostoperativeCin.ammationCafterCPPVCforCPDRCcanCbecomeCsevere.CInCcasesCwithCwidespreadC.brinoidbands,intravitrealt-PAandsiliconeoilinjectionmaybee.ectivetherapeuticoptions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C43(3):309.313,C2026〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,フィブリン索状物,牽引性網膜.離.proliferativediabeticretinopathy,.brinoidbands,tractionretinaldetachment.Cはじめに硝子体手術後に高度な眼内炎症を認めた場合,視力予後に深刻な影響を及ぼす重大な合併症としてまず疑う必要があるのは感染性眼内炎であるが,その頻度はC0.02.0.04%と非常にまれである1,2).手術に関係して起こる眼内炎の鑑別疾患としては,ほかに交感性眼炎などがあり,手術と無関係に生じるものの鑑別としては内因性眼内炎,ぶどう膜炎など多岐にわたる.今回,鑑別に苦慮した,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に生じた眼内炎症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:53歳,男性.主訴:左眼霧視.〔別刷請求先〕浅野瑠那:〒660-8550兵庫県尼崎市東難波町C2-17-77兵庫県立尼崎総合医療センター眼科Reprintrequests:RunaAsano,M.D.,DepartmentOfOphthalmology,HyogoPrefecturalAmagasakiGeneralMedicalCenter,2-17-77Higashinaniwacho,AmagasakiShi,HyogoKen,660-8550,JAPANC図1初回手術時の術中眼底所見右眼眼底(Ca)と左眼眼底(Cb)ともに視神経乳頭近傍に白色浮遊塊(.)を認める.既往歴:2型糖尿病(HbA1c:7.7%),高脂血症,前立腺肥大症.現病歴:左眼の霧視を主訴に近医受診し,両眼増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticretinopathy:PDR)と,それに続発する左眼硝子体出血と診断された.左眼は経過観察され,右眼は汎網膜光凝固術を開始された.経過中に右眼にも同様の硝子体出血を認めたため,近医初診からC1カ月後に手術加療目的に兵庫医科大学病院眼科(以下,当科)に紹介となった.初診時所見:右眼視力C0.02(矯正不能),左眼視力C0.02(矯正不能).眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C12CmmHg.前眼部は右眼に前房炎症と虹彩後癒着があり,中間透光体は両眼に軽度の白内障と硝子体混濁を認め,眼底は両眼透見困難であった.超音波CBモードでは両眼とも硝子体混濁を認め,明らかな網膜.離は認めなかった.経過:両眼ともCPDRからの硝子体出血と考え,水晶体再建術併用の硝子体手術の予定とし,右眼は前房炎症を認めたため,消炎後に手術を行う予定とした.まず,左眼の手術を施行し,2週間後に前房炎症の消退を確認して右眼の手術を施行した.術中所見では両眼ともに黄斑周囲の増殖膜と視神経乳頭近傍に白色浮遊塊を認めた(図1).右眼は一部網膜光凝固術を近医で施行されており,術中の網膜光凝固数は右眼538発,左眼C908発であった.術直後は右眼矯正視力(0.15),左眼視力C0.15(矯正不能)で眼底透見性は良好であり,眼内にフィブリンを認めなかった.退院後は紹介元で経過観察となった.右眼の初回手術からC1カ月後に右眼硝子体混濁をきたし,トリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射(sub-Tenontriamcinoloneacetonideinjection:STTA)が施行された.初回手術からC2カ月後に右眼矯正視力が(0.01)に低下し,硝子体混濁の増悪を認めたため,当科再紹介となった.採血検査および全身検査で非感染性ぶどう膜炎を疑う所C310あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026見を認めず,2回めの右眼硝子体手術を施行した.術中所見では耳側下方の網膜に白色沈着物,視神経乳頭周囲に増殖膜の再形成を認めた(図2).感染症の可能性も否定できないため,硝子体ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreac-tion:PCR)を提出した.術後視力は右眼矯正視力(0.125)で,眼底は明らかな網膜上膜やそれによる牽引は認めず(図3),硝子体混濁の軽度改善を認めた.術後C1週間で硝子体PCRからCCandidaalbicans(4.06Ccopies/μg)が検出されたため,抗真菌薬の全身投与を開始した.抗真菌薬投与開始後も眼底透見性の改善は乏しく,2回め手術より約C1.5カ月後に牽引性網膜.離を認めたため(図3),3回めの右眼硝子体手術を施行した.術中所見では網膜前面に広範にフィブリン索状物を認めた(図4).フィブリン索状物を除去し,組織プラスミノーゲン活性化因子(tissueCplasminogenactivator:t-PA)硝子体内注入とシリコーンオイル注入を行った.術直後は前房蓄膿と前房内フィブリンを認めたが,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼C1日C6回で徐々に改善し,術後C1週間で前房蓄膿は消失した.術後C2カ月で右眼矯正視力(0.3)まで改善した.眼底中間部にフィブリン索状物の再増殖を,OCTでは黄斑部に網膜の軽度肥厚を認めたものの,硝子体出血および網膜.離の再発はなかった(図5).今回の経過中に左眼に炎症所見は認めなかった.CII考按糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に生じる眼内炎症には,さまざまなものがある.手術による影響としては,術後感染性眼内炎や交感性眼炎などがあげられる.術後感染性眼内炎はおもに視力低下,前房蓄膿,結膜・毛様充血,眼痛の症状を呈する.細菌性眼内炎の場合は,術後数日で急性発症し,起因菌はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が主である.真菌性眼内炎の場合は,数日から数週間にかけての亜急性に症状(82)図2右眼2回め手術時の術中眼底所見a:乳頭周囲の増殖膜(C△).b:耳側下方の網膜に白色沈着物(.)を呈する.術後の真菌性眼内炎は細菌性眼内炎と比較してまれであり,所見としては前房・硝子体内に白色塊を生じるのが特徴である3).交感性眼炎は手術後C2週間.数年後に発症し,患者のC80%はC3カ月以内に,90%はC1年以内に発症する.臨床所見はCVogt-小柳-原田病と類似し,眼内炎症と漿液性網膜.離を認める4).また,術後と無関係で糖尿病患者に生じる眼内炎症としては,内因性眼内炎や糖尿病性ぶどう膜炎がある.内因性眼内炎は他臓器から血行に乗って眼内に感染するため,後部ぶどう膜炎から始まることが多く,感染が進行するにつれて網膜から硝子体,前眼部に炎症所見が出現する.糖尿病性ぶどう膜炎ではおもに前部ぶどう膜炎の所見を呈し,多くはC3カ月以内に消退して視力にはほとんど影響しないといわれている6).本症例は,再手術時の硝子体液のCPCRにおいて真菌を認めた.眼内炎症所見は高度なフィブリン索状物の析出を特徴としており,真菌性眼内炎に特徴的な所見ではなかった.抗真菌薬による治療を行ったが,治療に抵抗性があり,PCRによる検出も微量であったことからコンタミネーションの可能性も否定できないと考えられた.また,交感性眼炎については,本症例ではフィブリン索状物が析出し,Vogt-小柳-原田病と類似した漿液性網膜.離所見を認めないことから否定的である.内因性眼内炎については,経過中に全身症状がなく,血液検査で炎症反応やCb-Dグルカンの上昇も認めなかったことから否定的と考える.糖尿病性ぶどう膜炎は,前房内の炎症を特徴とし,今回の症例は後眼部に高度な炎症を生じていることから否定的と考える.本症例の眼内炎症の特徴として,高度なフィブリン索状物の析出があげられる.糖尿病網膜症患者に対する硝子体手術後に,網膜表面および硝子体内にフィブリン索状物が発生し最終的に牽引性網膜.離に進行することがあり,Sebestyenらはこれを,硝子体手術を施行した糖尿病網膜症患者の15/280例で生じたまれな合併症として報告した7).この病図3OCT画像a:右眼C2回め手術直後.Cb:約C1.5カ月後.図4右眼3回め手術時の術中眼底所見網膜前面に広範にフィブリン索状物を認める.図5右眼3回め術後より2カ月後のカラー眼底写真(a)とOCT画像(b)網膜面にフィブリン索状物の再増殖を認める(.).態では,術後眼内炎と異なり一般的に眼痛や重度の前眼部炎症を伴わない8).糖尿病網膜症患者の硝子体手術後において,硝子体内フィブリン索状物は術後C2.3日の早期に生じるものもあれば,術後C3.8週間後の晩期に生じることもある9).Luoらは多くの場合にフィブリン索状物は一般的な術後ステロイド点眼(プレドニゾロン酢酸エステルをC1日C4回点眼.2,3時間ごとの点眼)の継続によりC1.2週間で消失すると報告している8).両眼の糖尿病網膜症に硝子体手術を行った場合,フィブリン索状物が片眼のみで生じた報告もあれば,両眼で生じたという報告もある8,10).本症例との共通点としては,眼痛や重度の前眼部炎症を伴っていないこと,糖尿病網膜症の硝子体手術後であること,術中に網膜光凝固術を施行しているという点があげられる.病態は不明であるが,網膜光凝固術は糖尿病患者の硝子体内の炎症性サイトカインを増加させることが報告されており11),これが関与しているという説や,血管内皮細胞の障害による炎症の惹起が由来するという説がある8).本症例においては,2週間の間隔をあけて両眼に硝子体手術を施行した.初回手術中および術直後所見に左右差はなく,手術時の網膜光凝固数は右眼C538発,左眼C908発とフィブリン索状物を析出した右眼優位に多くはなかった.しかし,右眼には初診時に前房炎症および充血を認めたことから,炎症を惹起しやすい環境であった可能性がある.Nelsonらは術後に同様のフィブリン索状物を析出する症例に対して,ステロイド点眼に加えてCSTTAやトリアムシロノン硝子体内注射により改善を認めた例を報告した10).Alanらはフィブリン索状物に対してCSTTAを施行するも効果が乏しく,網膜下液が出現した症例に対して液空気置換とt-PA硝子体内注射での改善を報告している12).本症例では炎症所見の増悪時にCSTTAを施行したものの反応性に乏しく,炎症所見の増悪を認めた.そのため,3回めの硝子体手術時にはCt-PA硝子体内注射とあわせて,炎症を鎮静化させるため13),シリコーンオイルを注入した.それにより,網膜へのフィブリン索状物の析出は抑制できたが,前房に移行した高濃度の炎症性サイトカインを含んだ房水により,術後一過性に前房蓄膿を認めたが,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼の追加により速やかに前房蓄膿は軽快を認めた.本症例の経過から,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後には,網膜面に高度なフィブリン索状物の析出を認めることがあり,とくに術前に炎症がみられる場合には留意が必要である.また,STTAなどのステロイド治療に抵抗性の場合は,再手術時にCt-PAを併用しフィブリン溶解をはかることが有用であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)EifrigCCW,CScottCIU,CFlynnCHWCetal:EndophthalmitisCafterCparsplanaCvitrectomy:incidence,CcausativeCorgan-isms,andvisualacuityoutcomes.AmJOphthalmolC138:C799-802,C20042)WuCL,CBerrocalCMH,CArevaloCJFCetal:EndophthalmitisCafterparsplanavitrectomy:resultsofthePanAmericanCollaborativeCRetinaCStudyCGroup.CRetinaC31:673-678,C20113)DurandML:BacterialCandCfungalCendophthalmitis.CClinCMicrobiolRevC30:597-613,C20174)ParchandS,AgrawalD,AyyaduraiNetal:Sympatheticophthalmia:aCcomprehensiveCupdate.CIndianCJCOphthal-molC70:1931-1944,C20225)肱岡邦明:内因性眼内炎.臨眼65:379-383,C20116)YangCW,CRenCR,CXieCYCetal:DiabeticCuveopathy.CSurvCOphthalmolC70:47-53,C20257)SebestyenJG:Fibrinoidsyndrome:aCsevereCcomplica-tionCofCvitrectomyCsurgeryCinCdiabetics.CAnnCOphthalmolC14:853-856,C19828)LuoCC,CRubyCA,CNeuweltCMCetal:TransvitrealC.brinoidCpseudoendophthalmitisCafterCdiabeticCvitrectomy.CRetinaC33:2069-2074,C20139)金村萌,鈴木浩之,河本良輔ほか:増殖糖尿病網膜症術後に生ずる硝子体腔内フィブリン索状物の臨床的意義.眼臨紀10:897-900,C201710)NelsonCAJ,CMehtaCNS,COchoaCJRCetal:TransvitrealCandCsubretinal.brinoidreactionfollowingdiabeticvitrectomy.AmJOphthalmolCaseRepC27:101594,C202211)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Panretinalpho-tocoagulationCinducesCpro-in.ammatoryCcytokinesCandCmacularthickeninginhigh-riskproliferativediabeticreti-nopathy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC247:1617-1624,C200912)HsuCAY,CChenSN:Ultrawide-.eldCopticalCcoherenceCtomographyCinCtransvitrealCandCsubretinalC.brinoidCsyn-drome:acasereport.CaseRepOphthalmolC14:147-152,C202313)西田健太郎:術後炎症(フィブリン析出含む).眼科グラフィック3:311-314,C2014***