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角膜内皮移植後のmRNAワクチン投与後に拒絶反応が出現した1例

2024年1月29日 月曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):79.81,2024c角膜内皮移植後のmRNAワクチン投与後に拒絶反応が出現した1例佐藤美妃清水俊輝五十嵐あみ栗田淳貴原雄将林孝彦山上聡日本大学医学部視覚科学系眼科学分野CACaseofAllograftRejectionfollowingmRNAVaccinationafterCornealEndothelialKeratoplastyMikiSato,ToshikiShimizu,AmiIgarashi,JunkiKurita,YusukeHara,TakahikoHayashiandSatoruYamagamiCDepartmentofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicineCわが国における角膜移植の原因疾患の大半が水疱性角膜症など角膜内皮機能不全によるものである.近年では全層角膜移植(PKP)よりも惹起乱視,外傷性創離開,拒絶反応の少ないデスメ膜.離角膜内皮移植術(DSAEK)やCDMEKが標準的治療法となっている.PKPの拒絶反応に比較してCDSAEKでC7%,DMEKではC1%程度と低いことが報告されている.しかし,2020年以降,全世界で流行した新型コロナウイルス感染症に対するメッセンジャーCRNA(mRNA)ワクチンの影響と推測される拒絶反応の例が複数報告されており,状況が変化している.今回筆者らは,DSAEK施行後経過良好であったが,mRNAワクチン接種直後に拒絶反応を発症し,再移植に至った症例を経験したので報告する.CCornealCendothelialCdysfunctionCisConeCofCtheCleadingCcausesCofCcornealCtransplantationCinCJapan.CInCrecentCyears,cornealtransplantationproceduressuchasDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)CandDescemetmembraneendothelialkeratoplastyhavebecomeastandardtreatmentoverpenetratingkeratoplas-tyduetotheadvantagesoflowerratesofinducedastigmatism,traumaticwounddehiscence,andgraftrejection.However,since2020,somestudieshavereportedcasesofocularin.ammationpossiblyduetothecoronavirusdis-ease2019(COVID-19)mRNAvaccinesthatarebeingadministeredworldwide.Inthisstudy,wereportacaseofallograftrejectionimmediatelyaftermRNAvaccination,despitepreviousstableoutcomesfollowingDSAEK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(1):79.81,2024〕Keywords:拒絶反応,新型コロナウイルス感染症,デスメ膜.離角膜内皮移植術,メッセンジャーCRNAワクチン.rejection,coronavirusdisease2019(COVID-19)C,Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK),mRNAvaccine.Cはじめに1905年にCEdwardZirmによりヒトからヒトへの角膜移植が施行されて以来,全層角膜移植術(penetratingkerato-plasty:PKP)が標準治療であった1).しかし,1990年以降は,病変部位のみを交換する角膜パーツ移植が主流となり,デスメ膜.離角膜内皮移植術(endothelialkeratoplasty:EK)が角膜内皮機能不全に対する治療法として確立された.EKはレシピエントのCDescemet膜と内皮を含む内層を除去し,前房内に挿入した移植片をガスタンポナーデによって実質後面に接着する方法であり,現在ではCDescemetCstrip-pingCautomatedCendothelialkeratoplasty(DSAEK)とCDes-cemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)がおもに選択される.EKの利点は閉鎖空間で手術が施行でき駆逐性出血のリスクが少ないこと,角膜実質が温存され術後の不正乱視が惹起されにくいこと,縫合糸による感染リスクが抑えられることなどがあげられる.加えて,PKPに比べて拒絶反応を起こしにくく,PKPでは約C18%の報告に対し,DSAEKでは5.12%,DMEKは1%と非常に少ない2,3).2020年以降,新型コロナウイルス感染症が全世界で流行し,その予防としてメッセンジャーCRNA(mRNA)ワクチ〔別刷請求先〕佐藤美妃:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町C30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MikiSato,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-kamicho,Itabashi,Tokyo173-8610,JAPANC0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(79)C79図1DSAEK施行9カ月後の前眼部写真角膜実質の肥厚とCDescemet膜皺襞が出現し,拒絶反応を認める.虹彩の上方偏位はC1回目のCDSAEK後の最終診察時から不変であった.ンの接種が開始された.mRNAワクチンはウイルスのスパイク蛋白のCmRNAを利用し,中和抗体を誘導することで感染の予防と感染後の重症化を防ぐ4),新型コロナウイルスの流行によって新しく臨床導入されたワクチンである.その予防効果の一方で,新型コロナウイルス感染症に対するCmRNAワクチン接種後にぶどう膜炎や視神経炎,角膜移植後の拒絶反応が生じたという報告がある5,6).今回筆者らは,DSAEK後経過良好であったが,ワクチン接種後に拒絶反応が生じ再移植に至った症例を経験したので報告する.CI症例患者:47歳,男性.主訴:右眼の羞明・霧視.現病歴:200X-1年C11月,右眼偽水晶体性水疱性角膜症に対しCDSAEKを施行.200X年C7月の当院最終受診時,視力は右眼C0.7C×IOL(矯正不能),左眼(0.8CpC×IOL×sph+1.25D(cyl-3.50DCAx85°),眼圧は右眼9mmHg,左眼9mmHg,角膜中心厚はC757μm,角膜内皮細胞密度はC759Ccells/mm2であった.眼内レンズは強膜内固定されており,虹彩損傷と瞳孔不整を認めた.移植片の接着は良好で角膜は透明性を保持していた.そのC3週間後,2回目のmRNAワクチンを接種した同日より羞明が出現し,症状の改善がみられないことからC200X年C8月に当院を受診した.受診時所見:受診時視力は右眼C0.2C×IOL(矯正不能),左眼(0.7CpC×IOL×sph+1.25D(cyl-3.50DAx85°),眼圧は右眼C17CmmHg,左眼C12CmmHgであった.右眼の中心角膜厚はC946Cμm,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.前眼部にてCDescemet膜皺襞と角膜浮腫を呈し(図1),画像上は図23回目のmRNAワクチン接種4週間後の前眼部三次元画像解析装置の画像パキメトリー所見では中心角膜厚はC935Cμmと肥厚を認める.明らかでないが,角膜後面沈着物を認めた.中心角膜厚は946Cμmと角膜浮腫を認めた.左眼には異常所見は認めなかった.経過:患者はステロイド点眼で眼圧上昇の既往があったため,ステロイド点眼は使用せず,シクロスポリンC100Cmg/日とベタメタゾンC0.5Cmg/日の内服,タクロリムス水和物点眼液C0.1%点眼を開始.内服の併用はC10週間行い,その後点眼のみでC10週間経過観察を行い,角膜浮腫の改善はなかった.2回目のワクチン接種からC28週間後にC3回目の接種を行いC4週間経過時,右眼視力はC0.05pC×IOL(0.06C×sph+2.00D),角膜中心厚935μmであり,角膜浮腫の改善はなく(図2),移植片機能不全と診断し,再移植(DSAEK)を行う方針となった.手術は引き込み法で有害事象なく施行され,移植片の接着は良好で術後C4日目に退院となった.術後点眼として,レボフロキサシン水和物点眼とベタメタゾンリン酸エステルナトリウム水和物点眼をC4回/日,ブロムフェナクナトリウム点眼C2回/日を使用した.術後C9日目,眼圧C31CmmHgを認めたことからリパスジル塩酸塩水和物点眼液C2回/日とアセタゾラミドC500Cmg/日の内服を開始した.ステロイドによる眼圧上昇を懸念し,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼液を中止し,フルオロメトロンC0.1%点眼液C3回/日とタクロリムス水和物点眼液C0.1%2回/日に変更した.術後C6週で眼圧C14CmmHgまで下降しアセタゾラミドの内服は中止した.移植片の透明性は維持されており,術後C6カ月時点の右眼視力はC0.6CpC×IOL(0.7CpC×IOL×sph.0.5D),中心角膜厚C667Cμm,角膜内皮細胞密度C1,340Ccells/mmC2と改善した.80あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024(80)II考按本症例はCDSAEK後経過良好であったにもかかわらず,2回目のCmRNAワクチン接種後に拒絶反応が出現し再移植が必要となった.2回目のCmRNAワクチン接種直後に霧視が出現したことや,角膜後面の沈着物,移植片に限局した浮腫などの所見から,mRNAワクチンにより惹起された拒絶反応と診断した.Shahらは,EK後に新型コロナウイルスに対するCmRNAワクチン接種後に,急性発症した拒絶反応症例を報告した5).そのなかで,ワクチン接種後C2週間以内に拒絶反応が出現したが,全例ステロイド点眼により透明性を回復した.急性の拒絶反応は局所ステロイド療法の早期開始が有用であると考えられていたが,本症例では良好な移植後経過とワクチン接種直後の拒絶反応の所見など既報と臨床経過は類似している一方,ステロイド点眼のみでは拒絶反応を抑えることはできず再移植に至った.本症例ではワクチン接種前の角膜移植後の角膜内皮細胞数が少ない傾向にあった.虹彩損傷が強いと角膜内皮細胞数が通常よりも減少する6)と報告されており,複数回の外科手術に伴う虹彩損傷による前房内慢性炎症や血管透過性亢進でさらに角膜内皮密度減少が進んでいたところに,拒絶反応による内皮細胞障害が加わって,移植片機能不全に至ったと考えられる.mRNAワクチンは新型コロナウイルス感染症の世界的流行に対して新型コロナウイルスのスパイク蛋白をコードするmRNAを使用した新しい機序のワクチンである4).わが国においてもC2023年C3月現在C5回目の接種が開始され,1回以上の接種率はC77.85%である8).眼科領域において新型コロナウイルス感染症に対するCmRNAワクチン接種後に角膜移植後の拒絶反応9,10)や視神経炎11),ぶどう膜炎12)が発症したとの報告が多くある.新型コロナウイルス感染症は今後も変異をしながらしばらく続くことと考えられるため,定期的なワクチン接種が見込まれている.mRNAワクチンによる拒絶反応出現の機序は不明であるが,本症例のように再移植が必要になる可能性もあり,角膜移植既往患者においては術後経過が良好であってもワクチン接種後の拒絶反応に留意する必要がある.本論文は単一症例の報告であることから,EK後にmRNAワクチン接種を行った患者における拒絶反応の発症頻度を示すことはできない.今後,より多くの症例数を集め検討する必要がある.臨床医は角膜移植後あるいは角膜移植予定患者に,ワクチン関連有害事象とその対処を説明する必要がある.文献1)ZirmEK:EineCerfolgreicheCtotalKeratopastik(ACsuc-cessfultotalkeratoplasty)C.1906.RefractCornealSurgC5:C258-261,C19892)HjortdalJ,PedersenIB,Bak-NielsenSetal:Graftrejec-tionCandCgraftCfailureCafterCpenetratingCkeratoplastyCorCposteriorClamellarCkeratoplastyCforCfuchsCendothelialCdystCrophy.CorneaC32:e60-e63,C20133)AnshuCA,CPriceCMO,CPriceCFWJr:RiskCofCcornealCtrans-plantCrejectionCsigni.cantlyCreducedCwithCDescemet’sCmembraneCendothelialCkeratoplasty.COphthalmologyC119:C536-540,C20124)MascellinoMT,DiTimoteoF,DeAngelisMetal:Over-viewCofCtheCmainCanti-SARS-CoV-2vaccines:Mecha-nismofaction,e.cacyandsafety.InfectDrugResistC14:C3459-3476,C20215)ShahCAP,CDzhaberCD,CKenyonCKRCetal:AcuteCcornealCtransplantCrejectionCafterCCOVID-19Cvaccination.CCorneaC41:121-124,C20226)IshiiCN,CYamaguchiCT,CYazuCHCetal:FactorsCassociatedCwithgraftsurvivalandendothelialcelldensityafterDes-cemet’sCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplasty.CSciCRepC6:25276,C20167)PriceCMO,CPriceCFWJr:EndothelialCcellClossCafterCdesceCmetCstrippingCwithCendothelialCkeratoplastyCin.uencingCfactorsCandC2C-yearCtrend.COphthalmologyC115:857-865,C20088)デジタル庁ワクチン接種記録システム(VRS)新型コロナワクチンに接種状況.https://info.vrs.digital.go.jp/dash-board/9)PhylactouM,LiJO,LarkinDFP:Characteristicsofendo-thelialcornealtransplantrejectionfollowingimmunisationwithSARS-CoV-2messengerRNAvaccine.BrJOphthal-molC105:893-896,C202110)RavichandranCS,CNatarajanR:CornealCgraftCrejectionCafterCCOVID-19Cvaccination.CIndianCJCOphthalmolC69:C1953-1954,C202111)ElnahryCAG,CAsalCZB,CShaikhCNCetal:OpticCneuropathyCafterCOVID-19vaccination:areportoftwocases.IntJNeurosciC14:1-7,C202112)BollettaCE,CIannettaCD,CMastro.lippoCVCetal:UveitisCandCotherCocularCcomplicationsCfollowingCCOVID-19Cvaccina-tion.JClinMedC10:5960,C2021***(81)あたらしい眼科Vol.41,No.1,2024C81