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リネゾリドによる視神経症の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1564あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)564(148)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):564567,2010cはじめにリネゾリド(ザイボックスR)は,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やバンコマイシン耐性腸球菌に適応のある薬剤である.臨床の場では関節炎や骨髄炎,皮膚感染症,肺炎などに使われるが,副作用として骨髄抑制や視神経症などが知られている.特に長期投与で副作用が多く報告され,眼科領域では視神経症の報告がこれまでに散見される14).視神経障害の機序としてはニューロン内に豊富とされるミトコンドリアの障害が原因と推定されている1,5).今回筆者らはリネゾリドによる視神経症の1例を経験したので,これまでの報告例と比較検討して報告する.I症例患者:61歳,男性.初診日:平成19年4月11日.主訴:霧視.現病歴:平成16年より慢性関節リウマチにて治療中であった.平成17年6月,MRSAによる股関節炎・膝関節症・頸椎炎にて某大学整形外科でバンコマイシンによる治療を開始したが,直後より骨髄抑制による汎血球減少が生じたため中止して硫酸アルベカシン(ハベカシンR)とトシル酸スルタミシリン(ユナシンR)に変更した.洗浄や骨移植術などの治療も併用された.平成18年6月リハビリテーション目的にて当科関連病院の整形外科に転院となった.その後,関〔別刷請求先〕椎葉義人:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:YoshitoShiiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minami-Koshigaya,Koshigaya-shi,Saitama343-8555,JAPANリネゾリドによる視神経症の1例椎葉義人門屋講司鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofLinezolid-inducedOpticNeuropathyYoshitoShiiba,KojiKadoya,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospitalリネゾリドの長期投与後に視神経症をきたした61歳,男性例を経験した.本患者はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による膝関節炎,股関節炎などにてバンコマイシンなどの薬剤投与を開始したが,副作用発現や効果不十分のため中止となり,平成18年12月にリネゾリドの投与を開始した.その後増減をくり返しながら持続投与となり,平成19年4月に霧視感を主訴に当科を紹介受診となったが,両眼視力は1.0であった.同年6月には右眼0.3,左眼0.03に低下した.当初は視力低下の原因が白内障進行によるものと診断したが,白内障手術後にも視力回復がみられず,さらに右眼0.1,左眼0.04となり,リネゾリドによる視神経症が疑われた.投与中止後9日目に視機能の改善がみられたが,股関節炎などは悪化した.1年後には両眼1.2に回復した.Weexperienceda61-year-oldmalewithlinezolid-inducedopticneuropathyafterprolongeduseoftheantibi-otic.Vancomycinandothermedicationshadbeeninitiatedforthetreatmentofmethecillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)infectionsofhiskneeandhipjoints,butwerenoteective.LinezolidtreatmentwasinitiatedinJuly2005.By23monthslater,visualacuityhaddecreasedto0.3ODand0.03OS,fromthe1.0OUnoted2monthsearlier.Routineocularexaminationrevealedonlycataracts;cataractsurgerywasperformedonbotheyes.However,visualacuitydidnotimprove(0.1OD,0.04OS),solinezolid-inducedopticneuropathywassuspected.Linezolidwasdiscontinuedandvisualacuityimproved9dayslater,whileinfectionofthejointsworsened.Visualacuityrecoveredfully(1.2OU)afteroneyearwithouttheantibiotic.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):564567,2010〕Keywords:リネゾリド,視神経症,副作用.linezolid,opticneuropathy,sideeect.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010565(149)節炎などが悪化したため平成18年12月9日よりリネゾリドの投与が開始され,平成19年8月18日まで継続された.投与量は1日600mgを標準とし,総量159g(600mg錠換算で265錠)であった.この間平成18年12月31日より平成19年1月26日まで一時休薬し,4月14日より5月13日まで3001,200mgの増減があった.この間の併用薬はプレドニゾロン(プレドニンR)1日5mg内服と糖尿病経口薬であった.平成19年4月に軽度の霧視感があったため,眼科的精査目的で当科を紹介された.既往歴:平成16年より糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.15(1.0×2.5D(cyl0.75DAx95°),左眼0.08(1.0×3.0D(cyl1.0DAx65°),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部および眼底に異常はないが,中間透光体は白内障を認め,Emery分類で核硬度度,後下に軽度の混濁を認めた.白内障および糖尿病のため定期的検査を続けることとした.経過:初診2カ月後の平成19年6月に視力低下を訴え,視力は右眼0.06(0.3),左眼0.02(0.03)と低下,グレアは測定不能であった.前眼部,眼底に異常を認めないものの,白内障が核度,後下の混濁が進行していた.これらより白内障進行による視力低下と判断し,白内障手術を施行した.術中・術後合併症は認めなかった.しかし,術後の視力改善はわずかで,2週間後の所見は,視力は右眼0.08(0.4),左眼0.07(n.c.)であった.眼底その他に異常はみられず視力不良の原因は不明であった.さらに,術後1カ月に視力低下の進行と視野狭窄を自覚した.このときの視力は右眼0.08(0.1),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgで,限界フリッカ値は両眼とも19Hzであった.前眼部,中間透光体は異常なかった.眼底は検眼鏡でも異常なくフラッシュERG(網膜電図)も正常で,蛍光眼底造影でも図1症例の蛍光眼底造影写真(左:右眼,右:左眼)両眼とも視神経乳頭に過蛍光などはみられなかった.図2症例のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)右眼の中心暗点と左眼のラケット状暗点を認めた.———————————————————————-Page3566あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(150)視神経に過蛍光などの異常を認めなかった(図1).Gold-mann視野検査では右眼は中心暗点,左眼はラケット状暗点を認めた(図2).これらより,視神経症と診断し,リネゾリドの長期投与との関連が疑われた.そのため,整形外科主治医および患者,家族と相談のうえ,リネゾリド投与を中止することとなった.投与中止9日後には,視力は右眼0.1(0.6),左眼0.04(0.05)と改善したが,限界フリッカ値は19Hzと不変であった.視野検査の結果も中心暗点の改善を認めた(図3).しかし,股関節炎,膝関節炎などの原疾患が再発し,手術目的にて某大学整形外科に転院となった.このため当院での経過観察がその後一時中止となった.約1年後の平成20年8月11日の再診時には,リネゾリドは投与されておらず,視力は右眼1.0(1.2),左眼0.8(1.2)に回復していた.II考按リネゾリドはMRSA感染症などに非常に有用な薬剤で2000年4月に米国FDA(食品医薬品局)の承認を受けていて3),28日間以内の安全性は十分に確かめられている.しかし,骨髄炎などの疾患に長期投与を余儀なくされる場合に副作用が報告されている.本例ではリネゾリドの長期投与があり,しかも本剤の投与中止により視機能が回復したことから本剤の副作用による視神経症と診断した.他の報告例の診断も,リネゾリドの長期使用および臨床症状,投与中止による回復が決め手となっている.本例では2年間の投与期間があり,これまでのJavaheriらのまとめでも,13症例の平均投薬期間が280日間となっている1).Ruckerらも511カ月(平均9カ月)としている4).今回の症例のように他の薬剤が無効で,増減しながらもリネゾリドの長期投与を避けられない場合は,特に副作用の発現に注意すべきである.本剤の抗菌作用はリボゾームRNAに結合することによるとされる3).視神経の障害の機序としてはニューロン内のミトコンドリアリボゾームの障害が推定されている1,5).ミトコンドリア障害による視神経症としてはLeber視神経萎縮がよく知られているが,ある種の中毒性視神経症や,タバコ・アルコール視神経症,薬物による視神経障害や近年は正常眼圧緑内障との関連が推定されている5).臨床症状に注目すると,発症は本症例も含め数週数カ月間かけて視力障害が進行する亜急性が多い.視力障害の程度は重度で0.1以下が多く,ほとんどが両眼性である.視野障害の種類は本症例でも呈していた中心暗点あるいはMariotte盲点の拡大が多く,他の視神経疾患との差異はない.既報では視神経乳頭は浮腫所見を示すことは少なく1),本例のように正常あるいは軽度の蒼白のみを示す場合が多い.ミトコンドリアの分布は視神経乳頭板より前方に多いことからすると,浮腫所見を示すことが多いはずであるが,実際の報告例ではさまざまであった.蛍光眼底写真ではLeber視神経萎縮と同様に正常なことが多い1).中尾は,視神経乳頭に異常がない“球後視神経炎”類似の所見で,眼球運動時の球後部痛がないことなどが薬剤の副作用による視神経症の特徴としている6).治療については,診断がつき次第に投薬を中止することで視機能は短期間で回復の兆しがみられ1,2),本例でも9日目で回復がはじまった.その後は数カ月間かけて回復することが多い可逆性である.視力回復の程度は本例では1.2まで完全に回復したが,他の報告でも39カ月の経過観察での最終視力は全例0.5以上と比較的良好である1).本例で視力が完全回復した理由として,発症からリネゾリド中止までの期間が80日と短かったことが考えられる.既報でも150200日で中止した場合は1.0以上に回復しており,中止まで300日以上を要した症例では視力障害が残った1).したがって本剤の投与患者では視覚症状に十分注意して,発症した場合は早期に中止することで良好な視力回復が期待できる.また,図3リネゾリド投与中止後9日目のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)両眼とも中心暗点の改善を認めた.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010567(151)副腎皮質ステロイド薬投与は無効であり,むしろ悪化の危険も指摘されていて現時点では勧められていない1,2).文献1)JavaheriM,KhuranaRN,O’HearnTMetal:Linezolid-inducedopticneuropathy:amitochondrialdisorderBrJOphthalmol91:111-115,20072)SaijoT,HayashiK,YamadaHetal:Linezolid-inducedopticneuropathy.AmJOphthalmol139:1114-1116,20053)McKinleySH,ForoozanR:Opticneuropathyassociatedwithlinezolidtreatment.JNeuro-Ophthalmol25:18-21,20054)RuckerJC,HamiltonSR,BardensteinDetal:Linezolid-associatedtoxicopticneuropathy.Neurology66:595-598,20065)CarelliV,Ross-CisnerosFN,SadunAA:Mitochondrialdysfunctionasacauseofopticneuropathies.ProgRetinEyeRes23:53-89,20046)中尾雄三:視路障害をきたす全身薬.あたらしい眼科25:455-460,2008***