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先天眼瞼下垂と診断されていた重症筋無力症の1例

2013年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(1):127.129,2013c先天眼瞼下垂と診断されていた重症筋無力症の1例坂本裕美宇田川さち子大久保真司杉山和久金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学ACaseofMyastheniaGravisDiagnosedasCongenitalPtosisYumiSakamoto,SachikoUdagawa,ShinjiOhkuboandKazuhisaSugiyamaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience幼少期には先天眼瞼下垂と診断されていたが,31歳時に眼症状および全身症状が悪化し,免疫療法を施行した重症筋無力症の1例を経験したので報告する.本症例では全身型への移行により,長期間にわたりqualityoflifeの低下が生じていたことが推測された.小児期に発症する重症筋無力症では,初発症状が眼所見のことが多く,最初に眼科を受診する場合が多い.幼少期に片眼性の先天眼瞼下垂を疑わせる所見であっても,眼瞼下垂や眼位異常などの日内変動や日々変動の有無を注意深く問診し,まずはアイステストや上方注視負荷試験などの外来で可能な検査を行うことが必要である.そのうえで,重症筋無力症との鑑別を確実に行い,適切な治療へ導くことが非常に重要である.Acasediagnosedascongenitalptosisinchildhoodsince.Attheageof31,thepatientexperienceddiplopiaandwasdiagnosedwithmyastheniagravis.Immediatelythereafter,systemicsymptomsbecameexacerbated,andimmunotherapywasadministered.Itispresumedthatthepatient’squalityoflifehaslongbeendeteriorating,sincetheconditionhadshiftedtosystemictype.Manyincipientsymptomsofmyastheniagravisthatdevelopinchildhoodareocularfindings;mostpatientsinitiallyconsultanophthalmologist.Ifunilateralcongenitalptosisissuspectedinchildhood,itisnecessarytocarefullyinterviewthepatientastowhethertherearediurnalorday-todayvariationsofptosisorstrabismus,andtostartwithlessdemandingexaminations,suchastheicetestandtheupwardgazeloadtest.Furthermore,forappropriatetreatment,itisveryimportanttoensurethatmyastheniagravisisdifferentiatedfromptosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):127.129,2013〕Keywords:重症筋無力症,先天眼瞼下垂,アイステスト,上方注視負荷試験.myastheniagravis,congenitalptosis,icetest,upwardgazeloadtest.はじめに重症筋無力症(myastheniagravis:MG)は,神経筋接合部の後シナプス膜に存在するアセチルコリン受容体に対する自己抗体の存在により,この抗体が補体介在性にアセチルコリン受容体を破壊するために信号が運動神経から筋肉に伝わらず,筋力低下が発現する疾患である1).眼瞼下垂を初発症状とすることが多く,乳幼児期および小児期に発症した場合には,先天眼瞼下垂との鑑別が重要である2,3).今回,幼少期に先天眼瞼下垂と診断された後,31歳時に複視の増悪がみられたことから精査した結果,重症筋無力症と診断された後,全身症状が悪化し免疫療法を施行した1例を経験したので報告する.I症例患者:31歳,女性.主訴:左眼瞼下垂と複視.既往歴:子宮頸癌検査で異常を指摘されたが,現在は経過観察中である.現病歴:幼少期に左眼瞼下垂が出現し,小学校高学年頃より目立つようになり近医眼科を受診した.近医では,先天眼瞼下垂と診断され,いずれ「吊り上げ術」をするように勧められていた.2010年秋頃に左眼瞼下垂と正面視および側方視時の複視を自覚し,近医眼科を受診したが精神的なものだろうといわれていた.2011年1月頃には眼瞼下垂の頻度が〔別刷請求先〕宇田川さち子:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学Reprintrequests:SachikoUdagawa,C.O.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)127 (A)(B)図1アイステスト(A)はアイステスト施行前である.瞼裂高は,右眼10.0mm,左眼6.5mmであった.(B)はアイステスト施行後である.瞼裂高は,右眼10.0mm,左眼8.0mmで,左瞼裂高は1.5mm改善した.(A)(B)図2上方注視負荷試験上方注視負荷前(A)と比較して,1分間の上方注視施行後には,著明な左眼瞼下垂の悪化と軽度の右眼瞼下垂を認めた(B).増加したため,再度近医眼科を受診した.脳神経外科でMRI(磁気共鳴画像法)を施行したが,頭蓋内に異常は指摘されなかった.その後,左眼瞼下垂と複視のさらなる悪化を認めたため,精査および加療目的で2011年7月11日に当科紹介初診となった.視力:VD=0.07(1.2×sph.4.75D),VS=0.1(1.2×sph.3.00D(cyl.0.75DAx170°).眼圧(非接触型眼圧計):右眼11.0mmHg,左眼14.5mmHg.眼位:完全屈折矯正下の交代プリズム遮閉試験で,遠見眼位は正位,近見眼位は2Δ外斜位であった.眼球運動:眼球運動制限なし.アイステスト:アイステスト前の瞼裂高(垂直方向の瞼裂幅)は,右眼10.0mm,左眼6.5mmであった.左眼アイステスト後の瞼裂高は,右眼10.0mm,左眼8.0mmであった(図1).上方注視負荷試験:1分間上方視を指示し,1分後には左眼瞼下垂の著明な悪化と軽度の右眼瞼下垂を認めた(図2).経過と治療:アイステストと上方注視負荷試験の結果から重症筋無力症を疑い,採血などの精査を行った.問診では担当医の「疲れやすくはないか.食べ物が飲み込みにくいなどの症状はないか.」の質問に対して「小さい頃からなので,気にならなかった.」と話し,病的だという自覚症状はなかった.2011年7月11日の血液検査では,抗アセチルコリンレセプター抗体(抗ACh-R)陽性(134pmol/ml)であった.2011年7月25日に当院神経内科に対診依頼し,顔面筋筋力128あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013低下および球症状と軽度の四肢筋力の低下を認め,重症筋無力症分類でMGFA(MyastheniaGravisFoundationofAmerica)IIIと診断された.胸部CT(コンピュータ断層撮影)にて胸腺腫はみられなかった.初期治療としてピリドスチグミン臭化物(以下,メスチノンR)を日中2錠内服し,左眼瞼下垂および筋力低下は軽減した.同年8月21日より胸の圧迫されるような感じや飲み込みにくさなどの自覚症状が悪化したため,メスチノンRの内服量を増加したが症状は改善しなかった.嚥下障害および呼吸不全が急速に増悪する急性増悪(クリーゼ)の危険性を考慮し,2011年8月26日に免疫吸着療法施行目的で当院神経内科入院となった.2011年8月30日から9月1日に当院腎臓内科にて免疫吸着療法を施行した.9月6日よりステロイド内服療法を開始,漸増し,16日よりプレドニゾロン(以下,プレドニンR)50mg/隔日としたが同日症状に悪化を認め,外眼筋,眼瞼,頸,四肢の筋の易疲労性が継続していた.抗ACh-R抗体価は免疫吸着療法後34.8pmol/mlと低下していたが,6日には41.4pmol/ml,21日は49.8pmol/ml,30日は96.6pmol/mlとやや急な再上昇を呈していた.プレドニンRは50mg/隔日を継続としたまま,27日よりタクロリムス(以下,プログラフR)3mg/日を追加した.それ以後も症状は変わらず呼吸状態や球症状に問題がなかったため,10月6日退院となった.退院後はプレドニンR漸減とプログラフR3mg/日を継続している.現在全身症状は安定しているが,易疲労性および眼瞼下垂が持続している.II考按本症例の重症筋無力症の発症時期を病歴から推測すると,幼少期に眼筋型として発症し,その後全身型へ移行した例であると考えられた.重症筋無力症は,眼瞼下垂や斜視などの眼所見が初発症状として出現することが報告されている3).幼少期に恒常的な眼瞼下垂や斜視がみられた場合には,視機能にも影響を及ぼす可能性がある4).また,重症筋無力症の眼瞼下垂は両眼性であるとは限らず,本症例のように片眼性の例も存在する2,4,5).本症例では,幼少期より左眼瞼下垂が著明ではあったが,左眼の機能的弱視には至っていなかった.重症筋無力症による機能的弱視の発生は4歳1カ月以下6),3歳8カ月以下7),1歳6カ月4)で発症した例がそれぞれ報告されている.しかし,これらは眼瞼下垂のほかに恒常性斜視の合併例を含んだ報告であるため,眼瞼下垂のみが原因で弱視が発症したとは断言できない.以上のことから,視機能の観点からも,幼少期の眼瞼下垂を診た場合には,先天眼瞼下垂と重症筋無力症との鑑別が非常に重要2)であると思われる.重症筋無力症の診断には,古くからテンシロンテストが使(128) 用されてきた.しかし,副作用や所要時間の関係で,現在眼科の日常臨床で施行することは困難である場合が多い.そこで,実際の臨床で施行可能な重症筋無力症の眼科的補助的診断の検査方法として,アイステスト8),睡眠テスト9),上方注視負荷試験10)などが報告されている.アイステストは,眼瞼下垂のあるほうの眼に氷(アイスパック)を2分間当て,瞼裂高が2mm以上改善すれば陽性と判定する.上方注視負荷試験は,患者の眼前約45°上方に視標を1分間提示し眼瞼下垂の増強や眼位の上下ずれの有無を自覚的および他覚的に検査する.鈴木ら10)は,3歳以下で重症筋無力症の5例に対するテンシロンテストは陽性所見を得るまでに反復した検査が必要であったが,上方注視負荷試験では初回から全例で陽性所見を示したことを報告した.本症例では,アイステスト後に左眼瞼裂高に1.5mmの改善を認めた.上方注視負荷試験では,上方注視を開始した1分後に左眼瞼下垂が著明に悪化し,上方注視負荷試験は陽性と判定した.これらの補助的診断方法は,小児にも施行可能な検査であるといえる.成人に対しても日常診療の時間で簡便に行うことができる検査であることから活用していくことが望ましいと考える.本症例は,幼少期より左眼瞼下垂がみられ先天眼瞼下垂と診断された.重症筋無力症に対しては無治療のまま経過し,31歳時に眼症状および全身症状が悪化した.重症筋無力症は日常生活においてQualityofLife(QOL)の低下が生じ,治療と運動療法によるQOLの改善が報告されている11).本症例でも全身型への移行により長期間にわたりQOLの低下が生じていたことが推測された.小児期に発症する重症筋無力症では,初発症状が眼所見であることが多く,最初に眼科を受診することが多いと報告3)されている.以上のことからも本症例のように幼少期に片眼性の先天眼瞼下垂を疑わせる所見を認めた場合にも,眼瞼下垂や眼位異常などの日内変動や日々変動の有無を注意深く問診し,まずはアイステストや上方注視負荷試験などの外来で可能な検査を行うことが必要である.そのうえで重症筋無力症との鑑別を確実に行い,適切な治療へ導くことが非常に重要である.文献1)KeeseyJC:Clinicalevaluationandmanagementofmyastheniagravis.MuscleNerve29:484-505,20042)伊藤大蔵,井上克洋,田中香純:各種眼瞼下垂における視機能の比較と考察.眼臨84:1431-1434,19903)GamioS,Garcia-ErroM,VaccarezzaMMetal:Myastheniagravisinchildhood.BinoculVisStrabismusQ19:223-231,20044)籠谷保明,本田茂,関谷善文ほか:小児重症筋無力症の臨床的検討.眼臨88:454-457,19945)菅原敦史,大庭正裕,長内一ほか:小児の眼筋型重症筋無力症の1例.あたらしい眼科22:547-550,20056)小沢哲磨,佐藤好彦,小白博子ほか:小児の重症筋無力症第2報,病状経過について.眼臨69:1045-1048,19757)堤篤子,山西律子,小林典子ほか:小児重症筋無力症の眼症状と予後について.眼臨74:839-842,19808)KubisKC,Danesh-MeyerHV,SavinoPJetal:Theicetestversustheresttestinmyastheniagravis.Ophthalmology107:1995-1998,20009)OdelJG,WinterkornJM,BehrensMM:Thesleeptestformyastheniagravis.AsafealternativetoTensilon.JClinNeuroophthalmol11:288-292,199110)鈴木聡,駒井潔,三村治ほか:小児の重症筋無力症について上方注視負荷試験.眼臨88:458-460,199411)長島正明,森島優,中村重敏ほか:運動能力とQOLが劇的に改善した重症筋無力症一症例.国立大学法人リハビリテーションコ・メディカル学術大会誌30:55-57,2009***(129)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013129