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初診時に中期の視野障害が認められた若年者正常眼圧緑内障の1例

2008年5月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(121)6970910-1810/08/\100/頁/JCLS18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(5):697700,2008cはじめに正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)は,眼圧が統計学的正常範囲であるにもかかわらず緑内障性視神経障害をきたす原発開放隅角緑内障のサブタイプであり,先の緑内障疫学調査(TajimiStudy)によって,わが国における40歳以上のNTGの有病率は3.6%であること,および加齢に伴い有病率が増加することが明らかにされた1).しかし,その一方で頻度こそ低いものの,若年者を含む40歳以下の年齢においてもNTGが発症することが知られており,日常臨床での注意が必要である28).また,上方視神経乳頭低形成(superiorsegmentaloptichypoplasia:SSOH)913)は,先天性の視神経乳頭形態異常の一つとして注目を集めているが,わが国における有所見率が0.3%と頻度が高いため13),若年者における緑内障性視神経乳頭との鑑別がきわめて重要である.今回筆者らは初診時,片眼に正常眼圧緑内障による中期の視野障害を,僚眼にSSOHの所見を認めた17歳,女性の興味深い1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕末廣久美子:〒767-0001香川県三豊市高瀬町上高瀬1339医療法人明世社白井病院Reprintrequests:KumikoSuehiro,M.D.,ShiraiHospital,1339Kamitakase,Takase-cho,Mitoyo-shi,Kagawa767-0001,JAPAN初診時に中期の視野障害が認められた若年者正常眼圧緑内障の1例末廣久美子*1溝上志朗*2川崎史朗*2水川憲一*1大橋裕一*2*1医療法人明世社白井病院*2愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学ACaseofJuvenileNormal-TensionGlaucomawithModeratelyProgressedVisualFieldDisturbanceatInitialVisitKumikoSuehiro1),ShiroMizoue2),ShiroKawasaki2),KenichiMizukawa1)andYuichiOhashi2)1)ShiraiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine初診時にすでに中期の視野障害が認められた若年者の正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)を経験した.症例は17歳の女性,コンタクトレンズの処方目的で受診した.眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgで,両眼ともに正常の開放隅角であった.右眼には上方視神経乳頭低形成(superiorsegmentaloptichypoplasia:SSOH)の所見が,左眼には耳下側視神経乳頭辺縁部の狭小化と同部に付随した神経線維層欠損(nerveberlayerdefect:NFLD)が認められた.Humphrey視野検査を施行したところ,右眼には鼻下側の感度低下,左眼には弓状暗点,Aulhorn分類Greve変法によるstageIIの視野障害が認められた.眼圧日内変動は両眼ともに10mmHgから16mmHgの間で推移しており,MRI(磁気共鳴画像)検査にて頭蓋内病変は検出されなかった.Wereportacaseofjuvenilenormal-tensionglaucoma(NTG)withmoderatelyprogressedvisualelddistur-banceatinitialvisit.Thepatient,a17-year-oldfemale,hadconsultedourhospitalforcontactlensformulation.Herintraocularpressurewas15mmHgrighteyeand12mmHglefteye.Gonioscopicndingswerenormal.Theopticdiscoftherighteyehadndingsofsuperiorsegmentaloptichypoplasia(SSOH).Theopticdiscofthelefteyeshowednarrowingoftheinferotemporaldiscrimandnerveberlayerdefect(NFLD).ThevisualeldoftherighteyeshowedreducedinferonasalsensitivityonHumpheryFieldAnalyzer.ThevisualeldofthelefteyewasstageⅡbyAulhorn’sclassicationwithGreve’smodication.Intraocularpressurevariedfrom10to16mmHg.Magneticresonanceimagingdisclosednointracranialpathology.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(5):697700,2008〕Keywords:正常眼圧緑内障,若年者,上方視神経乳頭低形成.normal-tensionglaucoma,juvenile,superiorseg-mentaloptichypoplasia.———————————————————————-Page2698あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008(122)隅角所見:両眼ともにShaer分類4度,色素沈着01度,正常開放隅角であり,発育異常を疑わせる所見は認めない.視神経乳頭所見(図1):右眼:網膜中心動脈の鼻上方偏位,乳頭上半の蒼白化,上方の神経線維層の菲薄化,および下方の乳頭辺縁部の皿状化を認める.左眼:下方乳頭辺縁部のノッチ形成と同部に対応する網膜神経線維層欠損(nerveberlayerdefect:NFLD)の所見を認める.視神経乳頭形状解析(図2):Discarea:右眼3.16mm2,左眼2.41mm2.Cuparea:右眼1.78mm2,左眼1.39mm2.Rimarea:右眼1.38mm2,左眼1.02mm2.Rimvolume:右眼0.40cmm,左眼0.31cmm.〔HeidelbergRetinaTomographII(HRTII)R,HeidelbergEngineering社による測定〕I症例患者:17歳,女性.主訴:コンタクトレンズの処方希望で来院,眼科的自覚症状はない.現病歴:白井病院を受診した際に,両眼の視神経乳頭陥凹の拡大を初めて指摘された.既往歴:頭部外傷の既往,ステロイドの局所的および全身的な使用歴はない.家族歴:両親ともに緑内障の既往はない.母親に糖尿病の既往はない.視力:右眼0.03(1.5×5.50D),左眼0.06(1.5×5.50D(cyl0.50DAx160°)初診時眼圧:右眼15mmHg,左眼12mmHg.前眼部・中間透光体:両眼ともに異常所見を認めない.中心角膜厚:右眼510μm,左眼520μm(PentacamR,オクルス社による測定).図1視神経乳頭所見右眼(上):網膜中心動静脈の鼻上方偏位,乳頭上部の蒼白,上鼻側辺縁部の狭小化,および耳下側の乳頭辺縁部の皿状化を認める.左眼(下):下方乳頭辺縁部のノッチ形成と,網膜神経線維層欠損の所見を認める.図2HRTIIによる視神経乳頭形状解析両眼ともに視神経乳頭陥凹の拡大を認め,右眼(上)は鼻上側,左眼(下)は耳下側のrimの菲薄化を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008699(123)差があるか否かは興味のあるところである.これについて,林らは,40歳以下の若年者と41歳以上の非若年者のNTGを比較した結果,眼圧レベルは両群間に差は認めないが,若年群は非若年群よりも近視度が強く,特に若年女性例には眼圧動態が正常な者が多い6)ことを報告し,これらの理由として,進行原因としての眼圧非依存因子の介在を示唆している.そのほかにも,診断時の病期は初期から早期の場合が多い5)ことを報告し,その理由として発症からの経過時間が比較的短いのではと考察している.つまり,本症例においては,眼圧レベルは10mmHg台前半と比較的低いレベルで推移しているにもかかわらず,初診時にすでにstageIIまで視野障害が進行していたことから,進行要因として眼圧非依存因子の関与が大きいことが強く示唆される症例といえる.本症例の右眼の視神経乳頭は,網膜中心動脈の鼻上方偏位,乳頭上部の蒼白化,および上方の神経線維層の菲薄化などSSOHに特徴的な所見11)を有していた.わが国におけるSSOHの有所見率は,Yamamotoらにより0.3%と報告されているが,このなかで本症例のような片眼例を37症例中20例と,約半数に認められたことを明らかにしている13).本症例の右眼であるが,視神経乳頭所見は下方の乳頭辺縁部の皿状化を認めるのみの極初期の緑内障性の変化であり,かつ,視野所見にも視神経乳頭所見に対応する明らかな異常を認めなかったことより,鼻下側の感度低下はSSOHによるものが考えやすい.なお,SSOHの発症に母親の糖尿病の有無がHumphrey静的視野検査所見(図3):右眼には鼻下側の感度低下を,左眼には弓状暗点を認める.眼圧日内変動:右眼:1016mmHg,左眼:1016mmHg.両眼ともに午後6時に最高値を,右眼は午前0時,左眼は午前6時に最低値を示した.頭部MRI(磁気共鳴画像):異常所見は認めない.以上の所見より,本症例を右眼に上方視神経乳頭低形成を伴うNTGと診断した.診断後は外来にて定期的にベースラインレベルの測定を行っているが,眼圧は右眼1316mmHg,左眼1216mmHgで推移しており,現在までに眼圧レベルの上昇や,明らかな視野異常の進行は認めていない.II考按本症例の左眼は視神経乳頭およびNFLDの所見と合致する定型的な視野障害を認める点,眼圧日内変動が21mmHg以下である点,および頭蓋内病変を認めない点よりNTGの診断基準を満たすと考えられる.また初診時の17歳の時点で,すでに左眼のHumphrey視野検査ではmeandeviation(MD)値が11dB,Aulhorn分類Greve変法によるstageIIまで進行していた.なお,今回提示したHumphrey視野は4回目の測定結果であり,それまでに測定した3回の結果もほぼ同様の所見を示していた.若年者にみられるNTGと中高年者のNTGの臨床所見に〔右眼〕〔左眼〕図3静的視野検査所見右眼は鼻下側に孤立暗点を認め,左眼については弓状暗点を認める.———————————————————————-Page4700あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008(124)4)小川一郎:若年性正常眼圧緑内障.眼臨89:1631-1639,19955)林康司,中村弘,前田利根ほか:若年者の正常眼圧緑内障.あたらしい眼科14:1235-1241,19976)林康司,中村弘,前田利根ほか:若年者と中高年者の正常眼圧緑内障の比較.あたらしい眼科16:423-426,19997)岡田芳春:若年者における緑内障.臨眼57:997-1000,20038)丸山亜紀,屋宜友子,神前あいほか:若年発症した正常眼圧緑内障の視神経乳頭.眼臨99:297-299,20059)PetersenRA,WaltonDS:Opticnervehypoplasiawithgoodvisualacuityandvisualelddefects:astudyofchildrenofdiabeticmothers.ArchOphthalmol95:254-258,197710)LandauK,BajkaJD,KircheschlagerBM:ToplessopticdisksinchildrenofmotherswithtypeⅠdiabetesmelli-tus.AmJOphthalmol125:605-611,198811)KimRY,HoytWF,LessellSetal:Superiorsegmentaloptichypoplasia.Asignofmaternaldiabetes.ArchOph-thalmol107:1312-1315,198912)UnokiK,OhbaN,HoytWF:Opticalcoherencetomogra-phyofsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthal-mol86:910-914,200213)YamamotoT,SatoM,IwaseA:SuperiorsegmentaloptichypoplasiafoundinTajimieyehealthcareprojectpartici-pants.JpnJOphthalmol48:578-583,2004関与するとの報告は多い9,11)が,本症例では認められていない.筆者らが知る限り,これまでにSSOHの所見がある眼にNTGを合併した症例や,もしくは本症例のようにSSOHの片眼例で,その僚眼にNTGを合併したという報告はない.またSSOH眼における視神経乳頭構造の脆弱性やNTGの発症リスクに関してはいまだ明らかなデータも存在しないため,今後多数例を対象とした追跡調査が必要と考えられる.今回,若年発症のNTG症例を報告したが,このような症例においては早期診断,早期治療が重要である.このためには,すべての眼科医が日常診療において,年齢や受診理由にかかわらず常に視神経乳頭を注意深く観察すること以外に方法はない.視神経乳頭の異常を把握する能力を今後これまで以上に高めておく必要があるだろう.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)BennettSR,AlwardWLM,FolbergR:Anautosomaldominantformoflow-tensionglaucoma.AmJOphthalmol108:238-244,19893)田村雅弘,飯島裕幸,山口哲ほか:小児2例にみられた低眼圧緑内障.臨眼45:433-437,1991***