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治療に苦慮した乾癬ぶどう膜炎による続発緑内障の1例

2015年8月31日 月曜日

《第25回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科32(8):1201.1204,2015c治療に苦慮した乾癬ぶどう膜炎による続発緑内障の1例田川小百合*1陳進輝*1田川義晃*1新明康弘*1大口剛司*1木嶋理紀*1宇野友絵*1石嶋漢*1新田卓也*2南場研一*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*2回明堂眼科・歯科ACaseofRefractorySecondaryGlaucomaAssociatedwithPsoriaticUveitisSayuriTagawa1),ShinkiChin1),YoshiakiTagawa1),YasuhiroShinmei1),TakeshiOhguchi1),RikiKijima1),TomoeUno1),KanIshijima1),TakuyaNitta2),KenichiNamba1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Sapporo,Japan,2)Kaimeido-ophthalmologyanddentalclinic症例は45歳の男性で,10数年前より乾癬の診断を受け,数年前から両眼にぶどう膜炎による発作を繰り返し,プレドニゾロン内服とステロイド点眼治療を受けていた.繰り返す発作と眼圧上昇のため,北海道大学病院眼科を受診,左眼眼圧のコントロール不良に対し,左マイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.術後数カ月間にわたる遷延性の低眼圧が持続したため,毛様体機能不全による房水産生能低下を考え,左強膜弁縫合術を行った.その後,左眼眼圧は落ち着いたが,半年後に右眼の続発緑内障をきたし,さらに左眼眼圧の再上昇をきたしたため,前回の経過を踏まえ,右眼に360°suturetrabeculotomy変法,左眼に240°trabeculotomy変法を施行した.右眼の眼圧は良好だったが,3カ月後に左眼眼圧が再上昇したため,左眼濾過胞再建術を追加した.その後は両眼とも眼圧が10mmHg前後と落ち着いている.A45-year-oldmalepatientwhohadbeendiagnosedwithpsoriasisformorethan10yearsandwhohadrecurrentattacksofbilateraluveitiswastreatedwithoralandtopicalsteroidsforseveralyearsatanotherfacility.Hewaslaterreferredtoourhospitalduetoelevatedintraocularpressure(IOP)inhislefteye,andwetreatedthateyebyperformingtrabeculectomywithmitomycinC.Postoperativeocularhypotonycontinuedforseveralmonthsafterthetrabeculectomy.Sincethereductionofaqueoushumorproductionappearedtocausetheocularhypotony,weperformedanadditionalsurgerytosuturethescleralflaptightly.Hisleft-eyeocularhypotonyrecovered,yet6-monthslaterbilateralocularhypertensionemerged.Therefore,weperformedamodified360-degreesuturetrabeculotomyonhisrighteyeandamodified240-degreetrabeculotomyonhislefteye.Asaresult,theIOPinhisrighteyewascontrolled,buttheIOPinhislefteyeincreasedagainafter3months,leadingtoblebreconstructionsurgeryofhislefteye.Consequently,theIOPinbotheyessettledatapproximately10mmHg.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(8):1201.1204,2015〕Keywords:乾癬,ぶどう膜炎,続発緑内障,線維柱帯切除術,線維柱帯切開術.psoriasis,uveitis,secondaryglaucoma,trabeculectomy,trabeculotomy.はじめに乾癬に伴うぶどう膜炎は,ときに前房蓄膿を伴う前房炎症型の発作を起こし,再発を繰り返すことが知られている1).今回筆者らは,乾癬に伴うぶどう膜炎の続発緑内障に対するマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術(LEC)後に,毛様体機能不全が原因と思われる持続性の低眼圧の症例を経験した.さらにその後両眼の高眼圧を呈したため,右眼に360°suturetrabeculotomy(S-LOT)変法を,左眼に240°のtrabeculotomy(LOT)を施行したので,その経過について報告する.I症例患者:45歳,男性.主訴:視曚感.〔別刷請求先〕田川小百合:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野Reprintrequests:SayuriTagawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Kita-15,Nishi-7,Kita-ku,Sapporocity,Hokkaido060-8638,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1201 既往歴:高血圧症,頸椎圧迫骨折,骨粗鬆症,心筋炎(心不全にて入院加療歴あり),左眼眼内レンズ挿入眼.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:尋常性乾癬の診断を受けてから10数年,シクロスポリンで加療された.数年前に両眼の前部ぶどう膜炎を発症し,乾癬に伴うぶどう膜炎と診断された.その後はステロイド薬の内服と点眼にてコントロールされていたが,繰り返す眼炎症と眼圧上昇のため,北海道大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.3(0.8×.1.50D),左眼0.2(0.8×.1.25D(cyl.1.25DAx75°).眼圧は右眼13mmHg,左眼22mmHg(アセタゾラミド内服,0.1%ベタメタゾン点眼,緑内障点眼3剤点眼継続下).前眼部所見は右眼2+flare,2+cellsで,右眼のみ全周に虹彩後癒着があり,左眼は2.3+flare,2+cellsであった.隅角所見は,右眼に異常はなく広隅角.左眼は周辺虹彩前癒着が2カ所あり,Shaffer4,色素はScheieIIであった.中間透光体は右眼に軽度の核性白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.右眼の視神経乳頭には緑内障性変化はみられなかったが,左眼は視神経乳頭陥凹比0.7の緑内障性変化を認めた.臨床経過:プレドニゾロン(PSL)5mg内服は継続とし,アセタゾラミド内服および抗緑内障点眼を追加したが,左眼眼圧が40.50mmHgと高眼圧を持続したため,術1週間前よりPSLを20mgへ増量し,左眼にMMC併用LECを施行した.術後矯正視力は左眼(0.7),術後3カ月間の左眼眼圧は3.7mmHgであった.濾過胞は平坦で,浅前房が持続していた.術4カ月後,突然左眼視力低下を訴えて当科を再診した.このときの視力は右眼0.3(0.5×.0.50D),左眼手動弁(矯正不能)で,前房は消失していた.また,濾過胞は平坦で,Seidel現象はみられなかった(図1).超音波生体顕図1左眼前眼部写真(線維柱帯切除術後3カ月)前房は消失し,平坦な濾過胞がみられた.左前房消失左強膜フラップ縫合術左眼濾過胞再建術左眼240°LOT右眼360°S-LOT6050403020100右眼圧左眼圧03カ月6カ月9カ月12カ月15カ月図2経過のまとめMMC併用線維柱帯切除術後に左前房が消失した時点からの治療経過と眼圧の推移.左眼強膜フラップ縫合術後に眼圧は一旦落ち着いたが再び上昇し,両眼に線維柱帯切開術を施行した.その後,左眼はまた眼圧が再上昇したため,左濾過胞再建術を追加した.眼圧(mmHg)1202あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(136) 微鏡検査(UBM)にて,明らかな毛様体の前方回旋は認めず,脈絡膜.離などもみられなかった.粘弾性物質(ヒーロンVR)および空気を計4回前房内へ注入したが,いずれも1週間.10日間で再び浅前房となり,低眼圧を呈した.炎症による毛様体産生機能の著しい低下が原因と考え,ステロイドパルス療法を施行するも,改善はみられなかった.左眼前房消失から1カ月後に結膜を切開して強膜弁を確認したところ,房水の濾過が確認されたため,左眼強膜弁縫合術を施行した.術後の左眼前房は深く保たれ,眼圧も良好となった.その後PSLを徐々に漸減して様子をみていたところ,左眼眼圧が徐々に上昇し始めたため,ドルゾラミド/チモプトール配合点眼,タフルプロスト点眼,ブリモニジン点眼を順次追加した結果,左眼眼圧は10mmHg前後に落ち着いた.しかし,その後右眼眼圧が徐々に上昇しため,抗緑内障点眼やアセタゾラミド内服を追加し,PSLを10mgから20mgへ増量したが眼圧は低下しなかった.右眼に360°S-LOT変法を施行し,右眼眼圧は10mmHg台前半に落ち着いた.しかし,左眼眼圧もほぼ同時期に上昇したため,左眼に240°LOT(180°S-LOT変法+60°金属ロトームによるLOT)施行し,両眼圧とも10台前半に落ち着いた.しかし,その3カ月後,左眼眼圧が45mmHgへ再上昇したため,左眼に濾過胞再建術を施行し,現在まで両眼圧とも良好に経過している(図2).II考按本症例は乾癬に伴うぶどう膜炎に続発した緑内障で,左眼の眼圧コントロールが不良であったため,左眼MMC併用LECを行うも術後持続的な低眼圧に陥った.さらに,経過中に僚眼であった右眼の眼圧上昇もきたしたため,右眼360°S-LOT変法を施行し,眼圧は下降した.一方,左眼は強膜弁閉鎖後に再度眼圧上昇がみられたため,左眼240°LOTを施行したが3カ月後に眼圧が上昇し,最終的に濾過胞再建術を施行して眼圧が落ち着いた.本症例にみられた経過について考えてみたとき,①なぜ,左眼はMMC併用LEC後に前房が消失したのか?②なぜ,右眼は360°S-LOT変法により良好な術後経過が得られたのか?③なぜ,左眼は240°LOT変法により一時的に眼圧は落ち着いたが,数カ月で再度眼圧上昇をきたしたのか?という疑問が生じる.①については,乾癬性ぶどう膜炎のような繰り返す前眼部発作に伴う続発緑内障は,房水産生機能の低下と流出路抵抗の上昇の両方を伴っていることがあり,非生理的な流出路を作るMMC併用LECはそのバランスを大きく崩す可能性がある.本症例において左眼MMC併用LEC後に前房消失をきたした際には,すでに度重なる発作のため房水産生機能が低下した状態で濾過したため,持続的な低眼圧が生じたと考(137)えられた.言い換えれば,術前に房水産生機能が低下していたにもかかわらず,それを上回る流出路抵抗の上昇があったため,結果的に眼圧上昇が引き起こされていたと推察される.②については,360°S-LOT変法は原発開放隅角緑内障(POAG)だけでなく,ぶどう膜炎を含む続発開放隅角緑内障(SOAG)にも有効とされる2).線維柱帯流出路の流出抵抗を改善するLOTはMMC併用LECと異なり生理的な流出路をそのまま使用するため,低眼圧を生じにくく,良好な結果が得られたのではないかと考えられた.③については,左眼の240°LOT後の再眼圧上昇は,右眼に比べて左眼の炎症が遷延していたため,炎症によって切開部の閉塞やSchlemm管以降の流出路抵抗が増大した可能性があると考えられた.左眼のLOTについては,LECにより線維柱帯を切除した箇所は通糸できないため,180°S-LOT変法と金属ロトームによる60°の切開により,計240°の切開を行った.今回の眼圧下降効果が切開範囲の違いによるものなのかどうかは,今後症例を積み重ねての検討が必要であると考えられる.また,左眼の濾過胞再建術後に過濾過による浅前房をきたしていない点については,房水産生量が安定したことに加え,初回手術と異なり一度癒着した後の濾過胞であったため,濾過胞内に適度な肉芽腫や癒着などが存在し,結膜下での吸水あるいは排水能力に乏しいために,初回のMMC併用LEC時よりも房水産生と濾過量のバランスがとれているものと考えられた.眼圧は基本的に房水産生と房水流出のバランスによって決まる.眼内にぶどう膜炎などの炎症が生じると,たとえ毛様体の房水産生が低下しても房水流出抵抗が上昇して房水流出が減少すると考えられる.したがって,眼内の炎症による房水産生低下が房水流出減少を上回れば,結果的に眼圧は下降するし,房水流出減少が房水産生低下を上回れば眼圧は上昇すると考えられる.実際,過去の報告でも炎症により眼圧は上昇することも下降することもあると報告されている3,4).Kaburakiらの報告によれば,POAGとSOAGに対するMMC併用LECの成績を比較したところ,成功率は変わらなかったが,晩期合併症として持続的な低眼圧が指摘されている5).乾癬に伴うぶどう膜炎のような炎症が持続することによる続発緑内障では,房水産生能が著しく低下していることがあり,濾過手術時には注意が必要であると考えられた.一方,本症例が示すように,生理的な流出路を使うLOTは,房水産生機能が著しく低下している場合でも術後浅前房をきたすことがないという点においては安全である.しかし,術後予後に関してはMMC併用LECの予後と同様に,術後炎症のコントロールが重要と考えられる5).さらに,ぶどう膜炎の症例におけるLOTの線維柱帯の切開範囲と眼圧下降効果については,さらなる症例の積み重ねと長期的な経過観察あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151203 が必要であると考えられた.原疾患である尋常性乾癬については,ステロイドの使用や漸減・中止により膿疱性乾癬へ移行する場合があり,実は皮膚科分野ではステロイド使用は禁忌である6).しかし,本症例の場合,当院受診時にはすでにPSLを内服しており,炎症の再燃などのリスクがあるため,ステロイド内服を継続せざるをえなかった.また,シクロスポリンやステロイドの使用がすでに長期間に及んでおり,腎機能障害や骨粗鬆症など全身的な合併症もあるため,今後はインフリキシマブなどの生物製剤による治療も検討していく必要があると思われた7).利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:乾癬に伴うぶどう膜炎の検討.臨眼62:897-901,20082)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:Apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20123)沖坂重邦,猪俣孟:毛様体の炎症反応の多様性─臨床と基礎の融合─.日眼会誌108:717-749,20044)田内芳仁,板東康晴,小木曽正博:Behcet病患者の眼発作時における血液房水関門障害と眼圧変動.臨眼47:373376,19935)KaburakiT,KoshinoT,KawashimaHetal:InitialtrabeculectomywithmitomycinCineyeswithuveiticglaucomawithinactiveuveitis.Eye23:1509-1517,20096)難病情報センター:膿胞性乾癬診療ガイドラインTNF-a阻害薬を組み入れた治療指針20107)渡邉裕子,蒲原毅,佐野沙織ほか:インフリキシマブが有効であった乾癬性ぶどう膜炎の1例と乾癬性ぶどう膜炎の当科4症例および本邦報告例のまとめ.日皮会誌122:2321-2327,2012***1204あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(138)