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汎用性のある新しい機構の灌流液残量警報装置の試作

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1711.1716,2014c汎用性のある新しい機構の灌流液残量警報装置の試作小嶋義久*1吉川静香*1内藤二郎*1青木大典*2高橋まゆみ*2*1小嶋病院眼科*2小嶋病院手術部EvaluationofPrototypeIrrigationSolutionLow-LevelAlarmYoshihisaKojima1),ShizukaYoshikawa1),JiroNaito1),DaisukeAoki2)andMayumiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,KojimaHospital,2)DepartmentofOperatingTheater,KojimaHospital眼灌流液の新しい機構の残量警報装置を試作した.この装置は天秤を応用したもので,左側の灌流液用フックに使う灌流液を,右側の残量参照用フックに警報を鳴らしたい残量の同じ製品を吊して使用する.左側の灌流液が減少し右側と同じくらいになったとき,装置は水平状態となり,この状態をセンサーが検知し警報が鳴る仕組みである.これにより灌流液はガラス瓶製品,ソフトバッグ製品いずれも使用可能である.装置の性能を右側の残量参照容器内を100.0mlとしてBSSプラスRのガラス瓶とオペガードネオキットRのソフトバッグで検証した結果,警報鳴動時の残量は前者では80.0±15.2ml(60.0.100.0ml),後者では64.0±9.7ml(50.0.80.0ml)であり,残量低下を確実に検知できた.また,灌流液減少とともに吊り下げ位置が上昇するので,ソフトバッグ製品においては灌流低下を緩徐にする効果も期待できる.Thisalarm’sstructureisbasedonabalancetheory.Usinganinclinationsensor,itcomparestheirrigationsolutionoriginalweightwiththatofthesolutionremaining.Iftheremainingsolutionfallsbelowtheoptionallysetlevelofreference,thealarmtriggersamelody.Inabasicexperiment,weevaluatedtheperformanceofthisalarminreferencecaseswith100.0mlofremainingsolutioninbothbottleandsoftbagproducts.Resultsshowedthatthealarmsuccessfullydetectedlowlevelsinallcases.Forthebottleproducts,thedetectedremaininglevelswere80.0±15.2ml(range:60.0.100.0ml).Forthesoftbagproducts,thelevelswere64.0±9.7ml(range:50.0.80.0ml).Thisnewalarmissuitableforanytypeofirrigationsolutionandmaybeusefulinavoidingincidentsarisingfromlackofirrigationsolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1711.1716,2014〕Keywords:警報装置,灌流液残量,傾きセンサー,天秤,白内障手術,硝子体手術.low-levelalarm,irrigationsolutionremaining,inclinationsensor,balance,cataractsurgery,vitrectomy.はじめに白内障手術や硝子体手術などに用いる灌流液は,通常は白内障手術装置や点滴台に吊して使用するが,術中に残量がなくなると浅前房や眼球虚脱を起こし手術に支障をきたすばかりか,危険な合併症を招くおそれがある.そのため術中に灌流液が空にならないよう常に残量に注意する必要がある1.3).しかし術者を含め,手術室のスタッフが業務に追われると,人の目よりも高い位置にある灌流液の残量低下にはなかなか気づきにくい.灌流液にはガラス瓶に入った製品やソフトバッグの製品があり,内容量は500mlのものが多いが,その他のものもある.製品によっては吊したソフトバッグの重さを検知し,軽くなったときに警報音を出す残量警報装置(図1)や残量低下をわかりやすく表示する装置が使えるが4),これらは他社の製品,特にガラス瓶の製品に使うようには作られていない.そこで,天秤の原理を応用した多様な製品に使える残量警報装置を試作し,その性能を検証したので報告する.I対象および方法1.警報装置の原理と構造試作した警報装置は図2のような形状で,天秤部はベニヤ合板でできており,中央部および両側にステンレス製フック〔別刷請求先〕小嶋義久:〒477-0031愛知県東海市大田町後田97小嶋病院眼科Reprintrequests:YoshihisaKojima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KojimaHospital,97Ushiroda,Ota-machi,Tokai-city,Aichi477-0031,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)1711 図1オペガードRネオキット用眼灌流液残量センサー機(千寿製薬)左:本体.右:灌流液を吊り下げたところ.図2試作した残量警報装置の形状と寸法図CH:中央部フック,LH:灌流液用フック,RH:残量参照容器用フック,SU:センサー部.数字の単位はmmである.9090982101403863LHRHCHSU上面図正面図SUMUSWHSB.MUSWBHS回路の概略図図3センサー部の内部SW:電源スイッチ,HS:水銀スイッチ,B:小型電池,MU:メロディー回路.を備えている.装置を介して吊した灌流液の位置がなるべく低くならないように,中央部フックは切り欠き部の中に位置したデザインになっており,水平状態では両側フックと中央部フックの吊り下げ位置の高さの差は9.8cmである.センサー部には,警報装置が水平近くになると通電するように調整した水銀スイッチ,警報音としてメロディーを出すためのメロディーICを搭載した回路,小型電池,電源スイッチが組み込まれている(図3).警報装置の重量は384.3gである.使用する際にまず電源スイッチをONにする.中央部フックを白内障手術装置のポールや点滴台に吊り下げると,そこを支点にした天秤のようになる.右側の残量参照容器用フッ1712あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014クに警報を鳴らしたい残量の灌流液の瓶あるいはバッグを吊し,左側の灌流液用フックに使用する灌流液のものを吊して灌流チューブを接続する.使用中の灌流液の残量が十分ある状態では,装置は左側へ傾いた状態であるが(図4),灌流液が減るにつれ徐々に水平に近づき,装置が水平近くになったとき,すなわち残量が右側と同じくらいの量になったとき,水銀スイッチ中の水銀が動き通電状態となりメロディー音が鳴る.2.警報装置の動作状況の検証〔実験1〕BSSプラスR(Alcon)の空瓶に100.0mlの水を入れたもの(146) AhArAaReference図4BSSプラスRを吊した状態左側が使用中の灌流液,右側が残量参照用の瓶である.図5実験1における測定部位Ah:水平時のフック位置を0とした場合の灌流液用フックの高さ*(cm),Ar:水平時のフック位置を0とした場合の瓶のゴム栓の高さ*(cm),Aa:警報装置の傾き(°).*水平状態のフックの高さより高い場合は+,低い場合は.として計測.を右側の残量参照容器用フックに吊り下げ,水を500.0ml入れたものを左側の灌流液用フックに吊り下げ灌流チューブ(通気フィルター付)を接続した.灌流チューブ内には水をあらかじめ通しておいた.水を流し始め,左側の瓶の液量が減ってメロディーが鳴り始めたときの残量[500.流出量(ml)]を計測した.また同時に,警報装置が水平状態のときの灌流液用フックの位置を基準(0cm)とした場合の灌流液用フックの高さ(Ah),灌流チューブの刺入部である瓶のゴム栓の高さ(Ar),警報装置の傾き角度(Aa)(図5)を残量が50.0ml減るごとに測定した.以上を5回行った.〔実験2〕オペガードRネオキット(千寿製薬)のソフトバッグに100.0mlの水を入れたものを右側のフックに吊り下げ,水を500.0ml入れたものを左側のフックに吊り下げて水を通した灌流チューブを接続した.水を流しメロディーが鳴り始めたときの左側のバック内の残量を計測した.同時に灌流液用フックの高さ(Bh)と,バッグ内の液面の高さ(Bs),警報装置の傾き角度(Ba)(図6)を残量が50.0ml減るごとに測定した.以上を5回行った.実験1,実験2とも,警報装置および瓶またはソフトバッBhBsBa図6実験2における測定部位Bh:水平時のフック位置を0とした場合の灌流液用フックの高さ*(cm),Bs:水平時のフック位置を0とした場合のバッグ内の液面の高さ*(cm),Ba:警報装置の傾き(°).*水平状態のフックの高さより高い場合は+,低い場合は.として計測.(147)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141713 グを,その傍に設置したスケールと鉛直線を示す錘を吊した紐とともにデジタルカメラにて3.2m離れた場所から定点撮影し,得られた写真をAdobePhotoshopRCS6(アドビシステムズ)を用いてコンピュータ画像上で計測し各値を算出した.II結果実験1で用いた,左側の灌流液用フックに吊したBSSプラスRの空瓶の重量は平均348.2±0.4g(n=5)で,500.0mlの水を入れた状態では平均848.2±0.4g(n=5)であった.右側の残量参照容器用フックに吊した瓶の重量は349.0gで,100.0mlの水を入れた状態で449.0gであり,実験中は同じものを使用し,いかなる変更も加えなかった.実験2で用いた,左側に吊したオペガードRネオキットの空バッグの重量は平均39.0±0.4g(n=5)で,500.0mlの水を入れた状態では平均539.0±0.4g(n=5)であった.右側に吊したバッグの重量は39.0gで,100.0mlの水を入れた状態で139.0gであり,実験中は同じものを使用し変更を加えなかった.AhAr(cm)403020100-10-20-30メロディー鳴動開始時残量80.0±15.2ml(range60.0~100.0ml)傾き角度(Aa)5.9±0.9°(range4.4~7.0°)AhArAa(n=5)Aa(°)403020100-10-20-30500450400図7実験1の結果エラーバーは標準偏差を示す.350300250200150残量100500(ml)BhBs(cm)Ba(°)403020100-10-20-30メロディー鳴動開始時残量64.0±9.7ml(range50.0~80.0ml)傾き角度(Ba)5.5±2.2°(range3.1~9.5°)(n=5)BhBsBa403020100-10-20-30500450400350300250200150100500(ml)残量図8実験2の結果エラーバーは標準偏差を示す.1714あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(148) 実験1と実験2の結果をグラフに示す(図7,8).メロディー鳴動開始時の残量は,実験1では80.0±15.2ml,実験2では64.0±9.7mlで,両群間に有意差はなかった(p=0.1,unpairedt-test).同様に鳴動開始時の警報装置の傾き角度は実験1では5.9±0.9°,実験2では5.5±2.2°で,両群間に有意差はなかった(p=0.7,Welchtest).実験1では,残量が減少するとAaは減少し,AhとArは増加した.実験2では残量が減少するとBaは減少し,Bhは増加したが,バッグ内の液面下降によりBsは減少した.Ahの最大値と最小値の差は3.3±0.1cm,Bhの最大値と最小値の差は5.9±0.1cmで有意に後者が大きかった(p<0.001,unpairedt-test).また,Aaの最大値と最小値の差は23.5±0.8°,Baの最大値と最小値の差は44.3±0.8°で有意に後者が大きかった(p<0.001,unpairedt-test).III考察灌流液残量を知るための装置は,これまでにも製品化されたものがあるが使用できる製品が限られていた.今回考案した灌流液残量警報装置は,警報を鳴らしたい量の灌流液が入った容器と,使用中の灌流液の容器の重量を天秤で比較する機構のため,同じ製品の組み合わせで使うことのみを守れば,どのような製品でも使用可能である.今回の実験ではBSSプラスRとオペガードRネオキットを使用したが,どちらも残量低下を確実に検知することができた.また,警報音は焦燥感を煽るブザー音ではなく心地よいメロディーなので,局所麻酔で行う手術環境においても安心して使えると思われる.実験1で瓶のゴム栓の高さを評価したのは,BSSプラスRのようなガラス製の瓶から灌流液が重力落下する場合では,灌流液が大気と接する面,すなわち通気針の先端がボトルの高さを決定するからである.一方,実験2でバッグ内の液面の高さを評価したのは,オペガードRネオキットのようなソフトバッグの場合,バッグ内の液面の高さがボトルの高さを決定するからである5.9).今回の実験からガラス瓶の場合は残量が減少すると天秤の効果で左側フックと灌流用の瓶が上昇すること,すなわちボトルの高さが高くなることがわかった.つまり,残量0mlのときには残量500mlのときに比べ約4cm上昇する.しかし,それは水銀柱に換算した場合約3mmHg程度である.一方,ソフトバッグは灌流液が減少するとバッグ内の液面は下降するものの,残量減少に伴い左側フックは上昇し,液面の下降幅は抑えられた.つまり実験では残量500mlから残量0mlになるまでに液面は約10cm下がり,これは水銀柱換算で約7mmHgの下降であったが,通常使用の場合のオペガードRネオキットの残量500mlから残量0mlまでの液面の下降幅は約16cmであり,水銀柱換算で約12mmHgの下降であるため,この下降幅はおよそ(149)OrrHaaH’q°傾いた場合OqHH’rraamgFm’gF’qa+qa-q図9簡単な計算モデルO:フックの支点,H:左側のフック位置,H’:右側のフック位置,r:OH間距離とOH’間距離,a:∠OHH’と∠OH’Hの角度(°),q:傾き(°),m:Hにかかる灌流液の入った容器の質量,m’:H’にかかる灌流液の入った容器の質量,g:重力加速度,F:Hにかかる反時計回り方向の力,F’:H’にかかる時計回り方向の力.6割に抑えられたことになり,本装置はソフトバッグ製品の残量減少に伴う灌流低下を緩徐にする可能性がある.なお,Ahに比べBhの変化量が大きくなったのは容器の重さの違いによるものと考えられる.つまり,オペガードRネオキットのバッグの重さが39gしかなく,残量500mlのとき,水500mlが入ったバッグ(539g)と対照の水100mlが入ったバッグ(139g)の重さの比は,BSSプラスRの重い瓶に水500mlが入った状態(848g)と対照の水100mlが入った瓶(449g)の重さの比に比べ大きく,この違いが警報装置の傾きの違いとなる.同様に各残量(ただし残量100ml以外)においても傾きに違いが生じ,これらがAhに比べBhの変化量が大きい理由と考えられる.このことは,簡単なモデルを用いて物理学的に計算した場合にわかりやすい.たとえば,本警報装置を本体の重さを無視した図9のような単純なモデルで考えてみる.中央部フックで吊り下げた警報装置が傾斜する場合,左右のフックはフックの支点Oを中心とした円周上を移動することになる.Oから左側のフックHまでの距離および右側のフックH’までの距離をrとする.∠OHH’と∠OH’Hの角度は等しく,これをa°とする.Hあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141715 に質量mの“灌流液の入った容器”を,H’に質量m’の“灌流液の入った容器”を吊り下げq°傾いたとき,Hにかかる反時計回り方向の力Fは,F=mgcos(a+q)H’にかかる時計回り方向の力F’は,F’=m’gcos(a-q)Hにかかる力のモーメントNは,N=r×F=r×mgcos(a+q)H’にかかる力のモーメントN’は,N’=r×F’=r×m’gcos(a-q)つり合いがとれているとき,N=N’となるので,r×mgcos(a+q)=r×m’gcos(a-q)m/m’=cos(a-q)/cos(a+q)aは一定であるので,傾きqは灌流液の入った容器全体の質量の比に依存する10.12).よって,この警報装置の傾きは左右の重さの比に依存するという結果になるが,今回の実験系では装置の重さ,各構成部品の重さや配置による重心位置,傾きによる吊り下げ位置の変化,灌流チューブの重さなど考慮すべき要素が多く,結果を正確に予測できる計算式を導くのは困難である.この残量警報装置の構造上,灌流液を吊す位置は水平状態でのフックの高さの差の9.8cmに加え,灌流液の量により傾いた分低くなるので,実際の手術でこの装置を使用する際はその分を考慮してボトルの高さを設定する必要がある.結果より灌流液が半分(250ml)になったときのAhは.2.2±0.0cm,Bhは.3.3±0.1cmであったので,これに9.8cmを加味し,装置を吊す位置を12.13cm高くすれば問題はないと考える.本装置は白内障手術ばかりでなく硝子体手術において特に有用と思われる.暗室で行う硝子体手術では灌流ボトルの残量低下がわかりにくい一方,残量の監視は重要であるため,使用の意義は高いと考える.補足ではあるが,最近の白内障手術装置や硝子体手術装置のなかには灌流液が減少すると警報を発する機能を有するものがある.たとえばAlcon社のCONSTELLATIONR,CENTURIONRなどがある.本装置はこれらには不要である.それ以外にも灌流液を重力落下で使わない場合,たとえばAlcon社のACCURUSRのVGFIシステム(加圧式灌流圧自動調節装置)やBausch&Lomb社のStellarisRPCのAirForcedInfusionなどの場合は使用には不向きと思う.しかし,これら以外の多くの機器においては本装置は有用であると思われる.今回の実験の結果,考案した灌流液残量警報装置はガラス瓶製品とソフトバッグ製品の両方に使用でき,残量低下を確実に検知できることがわかった.また,本装置はガラス瓶製品を使用の場合,残量低下とともにボトルの高さがやや上昇すること,ソフトバッグ製品においては残量低下に伴うバッグの上昇により液面下降による灌流低下を緩徐にする可能性があることがわかった.文献1)荻野誠周,根木昭,山岸和矢ほか:術中のマイナートラブルの原因・対策・予防.IOLクリニック第1版(永田誠監修),p118-124,医学書院,19922)大鹿哲郎:浅前房.小切開創白内障手術第1版,p140,医学書院,19943)櫻井真彦:駆逐性出血.眼科診療プラクティス53,p42,文光堂,19994)関井英一郎,石井正宏,目加田篤:警告音装置を付けたオペガードネオキット用残量目安計の使用経験.臨眼58:1655-1659,20045)荻野誠周:白内障手術装置.眼科マイクロサージェリー第3版(永田誠監修),p147-152,株式会社ミクス,19936)三好輝行:灌流ボトルの液面高に関する再考察について前編.IOL&RS15:273-275,20017)三好輝行:灌流ボトル(バック)の液面高に関する再考察について中編.IOL&RS15:378-379,20018)品川嘉也:流体のつりあい.医学・生物系の物理学,p7985,培風館,19769)前田昌信:圧力.看護にいかす物理学第2版,p23-31,医学書院,198310)堀口剛:剛体のつり合い.力学の基礎初版,p109-134,技術評論社,201111)江沢洋:ニュートンの運動法則.物理は自由だ[1]力学改訂版,p67-83,日本評論社,200412)赤野松太郎,鮎川武二,藤城敏幸ほか:力のつり合い.医歯系の物理学,p3-18,東京教学社,1987***1716あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(150)