‘全身転移’ タグのついている投稿

メトトレキサート硝子体注射による治療後に中枢神経播種・消化管転移した眼原発悪性リンパ腫の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):836.840,2018cメトトレキサート硝子体注射による治療後に中枢神経播種・消化管転移した眼原発悪性リンパ腫の1例熊谷泰雅澁谷悦子石原麻美西出忠之金田英蘭山根敬浩竹内正樹河野慈蓮見由紀子木村育子水木信久横浜市立大学附属病院眼科CACaseofPrimaryVitreo-retinalLymphomaMetastasizedtoCentralNervousSystemandGastrointestinalTractafterTreatmentwithIntravitrealMethotrexateInjectionTaigaKumagai,EtsukoShibuya,MamiIshihara,TadayukiNishide,EiranKaneda,TakahiroYamane,MasakiTakeuchi,ShigeruKawano,YukikoHasumi,IkukoKimuraandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolOfMedicine眼原発悪性リンパ腫(primaryCvitreo-retinalClymphoma:PVRL)に対するCmethotrexate(MTX)硝子体注射加療後に,脳病変・消化管転移を認めた症例を報告する.症例はC72歳,男性.2012年C2月近医でステロイド抵抗性の両眼ぶどう膜炎のため,同年C8月に横浜市立大学附属病院を受診した.矯正視力は右眼(1.2)左眼(1.0),両眼びまん性硝子体混濁を認めた.両眼硝子体生検し,細胞診CclassIII,interleukin(IL)-10/IL-6>1であった.全身CPET-CTや頭部CMRIは異常なく,PIOLと診断し,ただちに両眼CMTX硝子体注射を開始し,硝子体混濁は改善した.2015年C6月,頭部CMRIで脳病変を認め,翌年C3月には胃十二指腸への転移を認めた.PVRL患者では,中枢を含めた全身精査を継続することが重要である.ThisCreportCdescribesCaCcaseCofCprimaryCvitreo-retinalClymphoma(PVRL)withCmetastasisCtoCtheCcentralCner-vousCsystem(CNS)andCgastrointestinal(GI)tractCafterCtreatmentCwithCintravitrealCinjectionsCofCmethotrexate(MTX).A72-year-oldmalepreviouslydiagnosedwithbilateralcorticosteroid-resistantuveitisinFebruary2012,wasCreferredCtoCourChospitalCinCAugustCthatCyear.CCorrectedCvisualCacuityCwasC1.2CandC1.0CforCrightCandCleftCeye,Crespectively.CDi.useCvitreousCcloudingCwasCnoted,CandCvitreousCbiopsyCwasClaterCdone.CBiopsyCcytologyCrevealedPapanicolaouCclassCIIIC.ndings;theCinterleukin(IL)-10:IL-6CratioCwasCgreaterCthanC1.CAbsenceCofCabnormalitiesintheheadmagneticresonanceimaging(MRI)orpositronemissiontomography-computedtomography(PET-CT)ledustodiagnosePVRL.Post-diagnosis,intravitreousinjectionsofMTXwereadministeredinbotheyes;subse-quently,CcloudingCimproved.CHowever,CheadCCTCrevealedCCNSCinvasionCinCJuneC2015;upperCendoscopyCshowedCmetastasistotheGItractinMarch2016.Therefore,patientswithPVRLnecessitateholisticworkups.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):836.840,C2018〕Keywords:眼原発悪性リンパ腫,メトトレキサート硝子体注射,全身転移,インターロイキン(IL)-10/IL-6比.primaryvitreo-retinallymphoma,intravitrealinjectionofmethotrexate,systemicmetastasis,interleukin(IL)-10:CIL-6ratio.Cはじめにnallymphoma:PVRL)は比較的まれな疾患だが,中枢神経悪性リンパ腫はリンパ球に由来し,全身のリンパ組織およ系(centralCnervousCsystem:CNS)への浸潤をC56.85%とびリンパ節外からも発生する高率にきたす1).中枢神経系悪性リンパ腫が出現した場合,悪性腫瘍の総称であり,全身のさまざまな臓器で発症する5年生存率はC30%未満とされ,生命予後が不良な疾患であ可能性がある.眼内原発悪性リンパ腫(primaryvitreo-reti-る2).〔別刷請求先〕熊谷泰雅:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学附属病院眼科Reprintrequests:TaigaKumagai,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN836(128)PVRLは仮面症候群の代表疾患であり3),初発症状として,視力低下,霧視,飛蚊症などの眼症状で眼科を受診することが多く,しばしばぶどう膜炎として加療される.しかし,ステロイド治療に抵抗することが多く,このようなぶどう膜炎をみた場合,悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による細胞診4)やCPCR(polymeraseCchainCreaction)法による遺伝子解析,フローサイトメトリー法による細胞表面マーカーの検索などにより積極的に診断を進める必要がある.今回筆者らはCPVRLに対し,methotrexate(MTX)硝子体内注射および髄腔内投与を行ったが,経過中に頭部CMRIにて中枢病変が発覚し,全脳照射および全身化学療法を施行したものの,約C6カ月後に胃十二指腸に悪性リンパ腫の転移を認めた症例を経験したので報告する.CI症例症例は,72歳,男性.2012年C2月より両眼の霧視を自覚し,近医を受診した.ブロムフェナク点眼液C0.1%を処方され経過をみていたが,4カ月後には両眼に硝子体混濁と網膜血管炎を認めたため,ぶどう膜炎と診断され,精査加療目的で同年C8月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当院)に紹介受診となった.既往歴は,糖尿病,椎間板ヘルニアであった.当院初診時の眼所見は,視力右眼(1.2),左眼(1.0),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C11CmmHgで,炎症細胞はみられず,角膜後面沈着物を認めた.両眼にはびまん性硝子体混濁がみられたが(図1),眼底には網膜滲出斑や網膜血管炎はみられなかった.蛍光眼底造影検査では両視神経乳頭が過蛍光を示すものの,明らかな網膜血管炎は認めなかった(図2).全身検査所見では血液検査にて,ACE(angiotensincon-vertingenzyme)は正常値であったが,Cb2ミクログロブリンがC1.76Cmg/dlと軽度上昇を認めた.CMV(cytomegalovi-rus)やCHSV(herpesCsimplexCvirus),VZV(varicellaCzos-図1初診時眼底写真両眼にびまん性硝子体混濁を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真両視神経乳頭が過蛍光を認める.明らかな網膜血管炎はみられない.tervirus)のCIgM,IgGはいずれも正常範囲内であり,梅毒トレポネーマ抗体も陰性,T-spotも陰性,ツベルクリン反応も陰性であった.胸部CX線は正常,頭部CCT,MRIも異常所見はなかった.図3頭部MRI所見の推移a:初診時.異常は認めない.Cb:脳病変出現時.腫瘤を示唆する両側脳室内高信号領域がみら2013/032013/072013/12れる(→).Cc:MTX大量療法後.側脳室内高信号領域の拡大がみられる(.).Cd:全脳照射中.両側脳室高信号領域は縮小した.C右眼左眼1.51.2視力ステロイド点眼薬にて加療を継続するも効果なく,2012年C11月に右眼硝子体手術(生検)を施行した.硝子体細胞診の結果,細胞診はCclassIII,interleukin(IL)C.10/IL-6が1,380/46.7(pg/ml)=29.55と著明に上昇していた.また,2013年C2月に,左眼の硝子体手術(生検)を施行し,細胞診の結果はCclassCIII,IL-10/IL-6はC190/150(pg/ml)=1.27であった.この時点で髄液検査,全身CPETC.CTを行ったが異常はなく,眼原発悪性リンパ腫と診断した.治療は当院のCPVRL診断治療プロトコールに準じて行った.まず,MTX(15Cmg)髄腔内投与をC1クール(1週間ごとにC4回投与)施行後,2013年C3月からCMTX硝子体注射(400Cμg/0.05Cml)をC2週間ごとに右眼に計C6回,左眼に計C3回施行し,両眼の硝子体混濁は軽快した.その後はC1カ月ごとに両眼C6回ずつ,2カ月ごとに両眼CMTX硝子体注射を行い,眼所見は落ち着いていたが,2015年C6月の頭部CMRIにて,左前頭葉皮質,両側脳室角外側壁に異常信号を認め,髄液検査では細胞診CclassCIIIであったが,CNS浸潤と判断した.早急に当院脳神経外科にて大量CMTX全身化学療法を開始した.10月に頭部CMRIを再検査したところ,脳病巣の拡大がみられたため,同月より全脳照射(40CGy,照射野に眼球は含まない)を行った.これにより脳病巣は消失し(図3),その後も硝子体混濁などの眼炎症所見も再燃はみられなかった.2016年C4月に腹部違和感を自覚し,上部消化管内視鏡を施行したところ,胃十二指腸に腫瘤性病変を指摘された.生検の結果,di.useClargeCBCcellClymphoma(びまん性大細胞型リンパ腫)の診断となり,胃十二指腸への悪性リンパ腫の転移と判断した.その後,当院血液内科にてCrituximab-cyclophosphamide,hydroxydaunorubicin,oncovin,pred-nisone(R-CHOP)療法を施行し,消化管病変の経過も良好であった(図4).しかし,2017年C4月に外出中に意識消失,図4経過緊急搬送されたが心筋梗塞にて死亡した.その後剖検はされておらず,心筋梗塞と悪性リンパ腫との関係性は不明である.CII考按悪性リンパ腫は,リンパ臓器だけでなくあらゆる節外臓器に発症する.原発性中枢神経リンパ腫(primaryCcentralnervousCsystemClymphoma:PCNSL)は,リンパ腫病変が中枢神経(脳,髄液,眼,髄膜)に発生・限局し,他の臓器にはリンパ腫病変を認めないものと定義される5).眼内悪性リンパ腫はCPCNSLと全身性悪性リンパ腫の眼内転移に二別され,PVRLはCPCNSLの一部とみなされている.悪性リンパ腫はCHodgkinリンパ腫か非CHodgkinリンパ腫に大別される.眼内リンパ腫のほとんどは非CHodgkinリンパ腫のCdi.uselargeBcelllymphomaが占める6).CNS以外の非CHodgkinリンパ腫では,悪性度が高いほど中枢神経系への遠隔転移が多く予後不良である7).一方で,PCNSLも各臓器にまれに遠隔転移をきたすことがある.PCNSLの一部であるCPVRLでは,確定診断後にCCNS以外への転移を認めた症例について,山本らの脳・肺・心臓への多発転移を認めた症例報告8)がある.また,Kimuraらの報告2)では,PVRLと診断されたC217例のうち,CNS浸潤を伴うC11例(5.1%),伴わないC10例(4.6%)に全身転移を認めたとされている.また,転移した臓器の内訳については,CNS浸潤を伴うものでは副鼻腔浸潤C3例,頸部を含めた全身リンパ節転移C2例,精巣転移C2例,その他C5例(重複するものあり)であった.一方でCCNS浸潤を伴わない症例では,頸部・消化管リンパ節転移C4例,小腸転移C2例,その他C5例(重複するものあり)との報告であった2).この報告では,CNS浸潤の有無にかかわらず,21例(9.7%)の症例で遠隔転移をきたしていることから,PVRLの遠隔転移はそれほどまれではないと考えられた.本症例は,当院初診となってから約C6カ月後に硝子体生検を施行しCPVRLと診断された.その後早急にCMTX硝子体注射を開始し,眼病変に関しては寛解を得た.しかし,治療開始から約C1年C4カ月後にまずはCCNSへの浸潤を認め,大量CMTX全身化学療法を施行した.Akiyamaらは,MTX硝子体注射のみで治療したCPVRL8例はすべて寛解を得たものの,経過観察中にC2例は眼内リンパ腫の再発,7例はCCNSへの浸潤を認めたと報告している9).この報告では,MTX硝子体注射に大量CMTX全身化学療法を加えた治療を初期治療としたほうが,MTX硝子体注射単独の治療よりもCCNS浸潤の予防に効果的であるとされている.また,Kaburakiらは,MTX硝子体注射と並行して,rituximab-MTX,pro-carbazine,vincristine(R-MPV)療法,低線量全脳照射(23.4CGy),cytarabine大量療法を併用したほうがCCNSへの病巣拡大を予防でき,無増悪生存期間や全生存期間を改善できたと報告している10).したがって,本症例においても局所治療に全身化学療法や全脳照射を併用したほうが,CNS浸潤への予防となった可能性が示唆された.また,PVRLが分類されているCPCNSLの標準的治療は本症例でも行われたように,大量CMTX療法を基盤とする化学療法を先行し,引き続き全脳照射による放射線療法を行うことが望ましいとされている.一方,大量CMTX療法を行わないで全脳照射だけを行う方法と,全脳照射と全身性節外性悪性リンパ腫の標準治療であるCR-CHOP療法を併用した方法とを比較した試験では,後者は全脳照射単独の治療成績を上回ることはなかったという報告がある11).しかし,全脳照射には遅発性中枢神経障害のリスクもあり,とくに高齢者では注意が必要である12).当院ではもうC1例CPVRLの全身転移を認めた症例を経験している.その症例は,本症例と同じように硝子体生検や全身画像検査などによりCPVRLと診断され,速やかにCMTX硝子体内注射による局所療法が開始された.眼病変は寛解を得たが,治療開始から約C1年半後に左精巣に転移を認めた13).当院で経験したこのC2例では,MTX硝子体注射による局所療法は眼病変には著効したが,その後,遠隔転移を認めている.しかしながら,PVRLの遠隔転移に対する有効な予防的治療については調べた限りでは報告がない.PVRLは,中枢以外にも転移する可能性が少なからずあるため,常にそのことを念頭に置き,定期的に全身検査を怠らないことが重要である.また,転移を認めた場合,臓器ごとにその治療法は異なるため,他科との連携による早急な加療が不可欠である.文献1)FaiaCLJ,CChanCCC:PrimaryCintraocularClymphoma.CArchCPatholLabMedC133:1228-1232,C20092)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnos-ticCsigni.canceCofCtheCintraocularC.uidCofC217CpatientsCwithCintraocularClymphoma.CJpnCJCOphthalmolC56:383-389,C20123)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫C28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌C122:674-678,C20084)CouplandSE,ChanCC,SmithJ:Pathophysiologyofreti-nallymphoma.OculImmunolIn.ammC17:227-237,C20095)FerreriAJM:HowItreatprimaryCNSlymphoma.BloodC18:510-522,C20116)太田浩一:眼内悪性リンパ腫の診断的治療.あたらしい眼科C21:41-45,C20047)WongCWW,CSchildCSE,CHalyardCMYCetCal:PrimaryCnon-Hodgkinlymphomaofthebreast:TheMayoClinicExpe-rience.JSurgOncolC80:19-25,C20028)山本由美子,中茎敏明,小浦裕治ほか:全身転移を認めた眼内悪性リンパ腫のC1例.眼臨101:27-30,C20079)AkiyamaCH,CTakaseCH,CKuboCFCetCal:High-doseCmetho-trexatefollowingintravitrealmethotrexateadministrationinpreventingcentralnervoussysteminvolvementofpri-maryCintraocularClymphoma.CCancerCSciC107:1458-1464,C201610)KaburakiCT,CTaokaCK,CMatsudaCJCetCal:CombinedCintra-vitrealCmethotrexateCandCimmunochemotherapyCfollowedCbyCreduced-doseCwhole-brainCradiotherapyCforCnewlyCdiagnosedCB-cellCprimaryCintraocularClymphoma.CBrJHaematolC179:246-255,C201711)SchultzCC,CScottCC,CShermanCWCetCal:PreirradiationCche-motherapyCwithCcyclophosphamide,Cdoxorubicin,Cvincris-tine,CandCdexamethasoneCforCprimaryCCNSClymphomas:Cinitialreportofradiationtherapyoncologygroupprotocol88-06.CJClinOncolC14:556-564,C199612)楠原仙太郎:治らないぶどう膜炎:仮面症候群.あたらしい眼科34:1091-1096,C201713)澁谷悦子,石原麻美,西出忠之ほか:眼原発悪性リンパ腫の治療中に精巣病変が発見されたC1例.日眼会誌C121:761-767,C2017***