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前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症の1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):443.447,2014c前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症の1例高阪昌良石原麻美木村育子澁谷悦子水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofCancer-AssociatedRetinopathywithNeuroendocrineCarcinomaoftheProstateMasayoshiKohsaka,MamiIshihara,IkukoKimura,EtsukoShibuyaandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine前立腺原発神経内分泌癌に随伴する癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)の1例を報告する.症例は82歳,男性で,急速に進行する視力低下・視野障害で発症した.前医での視力は右眼(0.8),左眼(0.3)であったが,1週間後の当院初診時視力は右眼(0.3),左眼手動弁に低下していた.左眼に濃厚な硝子体混濁と視神経蒼白,両眼に網膜動脈狭細化がみられた.視野は高度に狭窄,網膜電図は平坦化していた.血清抗リカバリン抗体は陽性であった.臨床所見からCARを考え,ステロイドパルス療法を施行したが,わずかな視力・視野の改善しかみられなかった.全身検索により,前立腺原発神経内分泌癌が判明したが,その4カ月後に死亡した.原疾患は前立腺悪性腫瘍の1%以下と稀であり,病理学的に肺小細胞癌と類似している.前立腺原発神経内分泌癌に随伴するCARの報告は本症例が初めてである.Wereportacaseofcancer-associatedretinopathy(CAR)withneuroendocrinecarcinoma(NEC)oftheprostate.Thepatient,an82-year-oldmale,developedrapidlyprogressivevisuallossandimpairedvisualfield.Atfirstvisittoourhospital,hisvisualacuityhaddecreasedto0.3ODandfingercountOS,ascomparedtothe0.8ODand0.3OS,respectively,ofthepreviousweek.Fundusexaminationshoweddensevitreousopacityandpaleopticdiscinthelefteye,withattenuatedretinalarteriolesinbotheyes.Visualfieldwasseverelyimpaired;theelectroretinogramshowedwaveformsofmarkedlyattenuatedamplitudes.Bloodserumtestedpositiveforthepresenceofantirecoverinantibody.ClinicalfindingswereconsistentwithCAR.Despitetreatmentwithsteroidpulsetherapy,hisvisualacuityandvisualfieldshowedonlyslightimprovement.SystemicexaminationrevealedNECoftheprostate.Hepassedawayafter4months,followingcancerdiagnosis.NECoftheprostateisaveryrarecancer,accountingforlessthan1%ofprostatemalignancies,withpathologicalfindingssimilartothoseofsmallcelllungcancer.Toourknowledge,thisisthefirstreportofCARinNECoftheprostate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):443.447,2014〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,前立腺原発神経内分泌癌,ステロイドパルス療法.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,neuroendocrinecarcinomaoftheprostate,steroidpulsetherapy.はじめに腫瘍随伴症候群の一つである癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は,進行性の視力低下,視野狭窄,夜盲といった網膜色素変性症様の眼症状を特徴とし,時にぶどう膜炎様所見を伴うこともある比較的稀な疾患である.発症機序として,視細胞に特異的な蛋白質であるリカバリンが腫瘍細胞に発現することで,視細胞に対する自己免疫反応が起こり視細胞が障害されると推察されている1).原因腫瘍としては,肺小細胞癌が最も多く,ついで消化器系および婦人科系の癌が報告されている.また,進行速度は症例によりさまざまだが,比較的急速に進行する症例が多い.治療は副腎皮質ステロイド薬が多く使用されるが,有効例は少ない.今回,筆者らは,非常に稀な腫瘍である前立腺原発神経内分泌癌に随伴するCARの1例を経験したので報告する.なお,本症例は,横浜市立大学医学部附属病院の臨床研究に関する倫理委員会を通した同意文書に基づき,本人の同意を得ている.〔別刷請求先〕高阪昌良:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasayoshiKohsaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama236-0004,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(139)443 A1:治療前B:治療後A2A1:治療前B:治療後A2図1治療前後の眼底写真・蛍光眼底造影写真A.1:治療前の左眼眼底写真.濃厚な硝子体混濁のため,眼底の透見は不良である.網膜動脈の狭細化がみられ,視神経乳頭の色調は蒼白である.A.2:治療前の左眼蛍光眼底造影写真.視神経は低蛍光であり,明らかな網膜血管炎や血管閉塞所見はなかった.B:ステロイドパルス治療後の両眼眼底写真.左眼の硝子体混濁は改善した.視神経乳頭の蒼白化,網膜動脈の白線化がみられる.I症例患者:82歳,男性.主訴:左視力低下.既往歴:62歳時,左眼白内障手術.81歳時,右眼白内障手術,高血圧症.現病歴:平成24年2月,左眼視力低下を自覚し,3月に近医を受診した.視力は右眼(0.8),左眼(0.3)と左眼視力低下がみられ,左眼の後部ぶどう膜炎が疑われたため,横浜市立大学附属病院を紹介され,1週間後に受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(0.3×.1.0D),左眼10cm手動弁(n.c.),眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前房内炎症細胞,角膜後面沈着物などの前眼部炎症は認めず,左眼に濃厚なびまん性硝子体混濁を認めた.両眼底では網膜動脈の狭細化を認めたが,色素沈着や色調の変化などの変性所見はなかった.左眼底は硝子体混濁の444あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ため透見不良で,視神経乳頭の色調が蒼白であった(図1A-1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,左眼視神経が低蛍光を示し(図1A-2),右眼後極部に網膜色素上皮の萎縮によると思われるwindowdefectを認めたが,明らかな網膜血管炎および閉塞所見はみられなかった.Goldmann視野計では両眼とも周辺のみ残存する高度な視野狭窄を認め(図2A),網膜電図ではa波,b波ともに著明に低下し,平坦化していた(図3).経過:末梢血一般,生化学,各種自己抗体,腫瘍マーカー(CEA,SCC,CA-19-9,CYFRA,SLX17,PSA,NSE,ProGRP,可溶性IL-2R)などを含む血液検査では異常所見はなかった.また,血液検査では,結核,梅毒,HSV,VZV,HTLV-1など感染性ぶどう膜炎を示唆する有意な所見は認めなかった.血清抗リカバリン抗体は陽性であった.臨床所見および抗リカバリン抗体陽性よりCARを考え,鑑別診断および腫瘍検索のため,頭部CT,胸部CT,頭部(140) A:治療前B:治療後図2治療前後のGoldmann視野A:治療前.両眼とも,周辺のみ視野が残存する高度な視野狭窄を示した.B:ステロイドパルス治療後.周辺視野のわずかな改善しかみられなかった.図3フラッシュERG両眼ともa波,b波ともに著明に低下し平坦化.MRI・MRA,頸動脈エコー,全身PET-CTなどの画像検査を施行した.しかし,原疾患となる腫瘍は不明であった.当院初診から8日後には,視力が右眼手動弁(n.c.),左眼光覚弁(n.c.)まで低下したため,緊急入院となり,ステロイドパルス療法(プレドニゾロン500mg/日を3日間)を施行した.Iクール終了後,硝子体混濁は消失したものの,視力改善に乏しかったため,合計3クール施行した.治療終了後,右眼(0.1),左眼(0.02)と改善したが,網膜動脈の白線化が著明になった(図1B).光干渉断層計では網膜の層構造が不明瞭となっており内節/外節(IS/OS)ラインを含むスリーラインは一部欠損し,網膜外層の菲薄化がみられた(図4).視野は初診時と比較し,周辺視野がわずかに広がったのみであった(図2B).その後,胸腹部骨盤造影CTにて,骨盤内腫瘍が疑われたため,超音波内視鏡下穿刺生検が施行され,病理学的に前立腺原発神経内分泌癌と診断された.原疾患診断後,全身状態が急激に悪化し,また患者の治療希望がなかったた(141)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014445 図4OCT両眼とも,層構造が不明瞭となりIS/OSラインを含むスリーラインが一部欠損し,網膜外層は菲薄化.め,緩和ケアの方針で転院となり,4カ月後に死亡した.II考按CARの臨床像として,両眼進行性の視力低下,光視症,視野狭窄(輪状暗点,中心狭窄),網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底,網膜電図消失型,ぶどう膜炎の合併などの眼所見・検査所見がいわれている.本症例はCARとして典型的な臨床像を呈したと思われる.過去の報告の半数近くが,網膜症が癌の診断に先行していたが,本症例もそうであり,眼科医も癌発見のための重要な役割を担っているといえる.CARの確定診断には,血清学的に抗リカバリン抗体を証明することが必要である.筆者らの症例は1回目の検査で陽性となったが,たとえ陰性であってもCARを疑った場合には,1カ月以上の間隔をおいて,3回測定を行うと,100%陽性が確認できたと報告されている2).治療については,ステロイドパルス療法が施行された報告が多いが,有効例は多くない.尾辻らは,霧視を自覚して7日目に両眼光覚がなくなり,ステロイドパルス療法や癌の治療を行っても回復しなかった症例を報告している3).しかし,446あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014視力予後の良い症例もあり,高橋らは,視力が手動弁まで低下したにもかかわらず,その8日後にステロイドパルス療法を開始し,4カ月後には0.3.0.4に回復し,また化学療法で癌も消失した症例を報告している4).筆者らの症例は視力や視野の改善があまりみられなかったが,疾患の視力予後には,視力や視野障害の進行速度,治療開始時の視力,治療開始までの時間,原疾患の治療が可能か否かなどの要因が関与すると考えられた.ラットの視細胞を用いた実験によると,抗リカバリン抗体は量と時間に依存して視細胞の障害を起こすことが確認されており5),症例によって産生される抗リカバリン抗体の量が異なるためCARの進行速度や予後が異なる可能性が示唆されている.CARの発症機序として,大黒らはつぎのような仮説を立てている1).まず,癌細胞中でリカバリンが異所性発現し,それに対して自己免疫応答により血清抗リカバリン抗体が産生され,それが眼内の視細胞に取り込まれ,視細胞における正常なリカバリンの機能が破綻することで,視細胞のアポトーシスを引き起こす.リカバリンがどのような機序で癌細胞中に異所性発現するのかはいまだ不明であるが,肺小細胞癌(142) の患者の腫瘍細胞上のリカバリン抗原を免疫組織化学によって証明した症例が報告されている6).本症例では血清中の抗リカバリン抗体は陽性であったが,病理学的に腫瘍細胞中にリカバリン抗原の発現は認められなかった.前立腺原発神経内分泌癌は,1977年にWenkらが初めて報告した稀な腫瘍で,前立腺癌全体の1%以下とされる7).病理学的に小細胞癌に相当し,前立腺癌取扱い規約(第4版)の組織分類では小細胞癌として独立して扱われており,わが国では100例以上の症例報告がある.前立腺原発神経内分泌癌は,病理学的所見では肺小細胞癌と同様であるため,治療も肺小細胞癌に準じた化学療法が行われることが多いが,きわめて予後不良である8).小細胞癌が放出する神経内分泌因子が神経系と共通する抗原を発現しやすく,retinopathyを含めた傍腫瘍症候群を起こしやすくする可能性が示唆されている.検索しえた限りでは,神経内分泌癌に伴ったCARの報告例は,気管支癌9),肺大細胞癌10)と卵管癌11)の3例のみであり,前立腺原発神経内分泌癌に随伴したCARの報告は本症例が初めてであると考えられた.今後,症例を蓄積することで,いまだ治療法の確立されていない本疾患において,リカバリンの果たす役割や発症機序が解明され,網膜症治療だけでなく,新たな腫瘍免疫治療の確立に結びつくことが期待される.文献1)大黒浩,斉藤由幸:傍腫瘍性神経症候群:診断と治療の進歩.日本内科学会雑誌97:1790-1795,20082)横井由美子,大黒浩,中澤満ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科21:987-990,20043)尾辻太,中尾久美子,坂本泰二ほか:急速に失明に至り,特異な対抗反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌115:924-929,20114)高橋政代,平見恭彦,吉村長久ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連網膜症(CAR)の1例.日眼会誌112:806-811,20085)AdamusG,MachnickiM,SeigelGMetal:Apoptoticretinalcelldeathinducedbyautoantibodiesofcancerassociatedretinopathy.InvestophthalmolVisSci38:283-291,19976)新屋智之,笠原寿郎,藤村政樹ほか:悪性腫瘍随伴症候群(Cancer-associatedretinopathy:CAR)を合併した肺小細胞癌の1例.肺癌46:741-746,20067)森裕二,品川俊人,木村文一ほか:前立腺原発神経内分泌癌の1例.日本臨床細胞学会雑誌40:58-62,20018)山本豊,坂野恵里,梶川博司ほか:前立腺小細胞癌の1例.泌尿器外科24:1073-1076,20119)StanfordMR,EdelstenCE,HughesJDetal:Paraneoplasticretinopathyinassociationwithlargecellneuroendocrinebronchialcartinoma.BrJOphthalmol79:617-618,199510)井坂真由香,窪田哲也,酒井瑞ほか:癌関連網膜症を随伴した肺大細胞神経内分泌癌の1例.日呼吸誌2:39-43,201311)RaghunathA,AdamusG,BodurkaDCetal:Cancerassociatedretinopathyinneuroendocrinecarcinomaofthefallopiantube.JNeuroophthalmol30:252-254,2010***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014447