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全身状態の悪化を招いたStreptococus pyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):587.590,2014c全身状態の悪化を招いたStreptococcuspyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例森川涼子*1佐々木香る*2田中智明*2大浦淳史*2細畠淳*1西田幸二*3*1大阪鉄道病院眼科*2星ヶ丘厚生年金病院眼科*3大阪大学医学部附属病院眼科ACaseofSeverePreseptalCellulitisCausedbyStreptococcusPyogenesRyokoMorikawa1),KaoruAraki-Sasaki2),TomoakiTanaka2),AtsusiOura2),JunHosohata1)andKohjiNishida3)1)DivisionofOphthalmology,OsakaRailwayHospital,2)DivisionofOphthalmology,HoshigaokaKoseinenkinHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,OsakaUniversity背景:A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)による軟部組織炎は重症化することがあり,toxicshockをきたした症例がすでに数例報告されている.症例:79歳,男性.平成24年6月下旬に,転倒により眼鏡縁で右眼瞼部をわずかに受傷.2日後に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹,発熱(39℃台)を認め,近医外科から鉄道病院眼科へ搬送.創部の洗浄,抗生剤の局所投与と点滴投与後,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ入院.経過:数日のうちにCRP(C反応性蛋白)の上昇とともに組織融解は広範囲に進行し,全身状態は悪化した.局所培養にてS.pyogenesが検出され,大量ペニシリンGとクリンダマイシンの全身投与,抗菌薬の点眼・軟膏に加え,局所掻爬にて治癒した.結論:外傷によるS.pyogenesの眼瞼部感染症の第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要がある.Background:CasesofsofttissueinflammationbyStreptococcuspyogenesmaybeadvancinginseverity,sometimesresultingintoxicshock.Case:A79-year-oldmalewasinjuredintherightpalpebralareabyhiseyeglasses.Bothsidesofhiseyelid-cheekwereswollen;2dayslaterhedevelopedfever(39degrees-Celsiuslevel).HewasconveyedtotheOsakaRailwayHospitalDivisionofOphthalmologywherethewoundwaswashedandantibioticswereadministeredlocallyandintravenously.HewasthenhospitalizedinHoshigaokaKoseinenkinHospital,underobservationbybothadermatologistandanophthalmologist.TissuenecrosisprogressedwithincreasedC-reactiveprotein(CRP)levelduringafewdays,andhisgeneralconditionbecameworse.S.pyogeneswasdetectedfromthenecrotictissueandhewastreatedwithintravenouspenicillinGandclindamycin.Antibioticeyedrops,ointmentandlocaldebridementwerealsoadded.Hisgeneralconditionthenresolvedandthenecroticregionhealed.Conclusion:ItisnecessaryforophthalmologiststorecognizetheseverityoftissuedestructionbyS.pyogenesandtocontactadermatologistorphysicianassoonaspossibleinsuchcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):587.590,2014〕Keywords:A群b溶血性レンサ球菌,前隔壁結合織炎,劇症型溶血性レンサ球菌感染症,外傷,壊死性眼瞼炎.Streptococcuspyogenes,preseptalcellulitis,streptococcaltoxicshocksyndrome,traumaticinjury,necrotizingfasciitis.はじめに今日,抗菌薬の進歩により,外傷後の細菌による感染は比較的治療しやすい状況である.しかし,抗菌薬の感受性にもかかわらず,菌による外毒素産生により急速に全身状態の悪化を招く場合もある.A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)は溶血性レンサ球菌中で最も高頻度に,ヒトに多彩な疾患を起こす.咽頭炎,猩紅熱,産褥熱,丹毒の起炎菌としてよく知られており,近年は突発的敗血症病態である劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcaltoxicshocksyndrome:STSS)が報告されている1.10).〔別刷請求先〕森川涼子:〒545-0053大阪市阿倍野区松崎町1丁目2-22大阪鉄道病院眼科Reprintrequests:RyokoMorikawa,M.D.,DivisionofOphthalmology,OsakaGeneralHospitalofWestJapanRailwayCompany,1-2-22Matsuzaki-cho,Abeno-ku,Osaka-shi545-0053,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(109)587 図1星ヶ丘厚生年金病院初診時右眼瞼の皮膚欠損,挫滅,融解と膿滲出を認めた.STSSは進行の速い組織融解性の致死性疾患であるため,S.pyogenesは俗に「人食いバクテリア」と称されることもある.今回,眼鏡による眼瞼部の微小な外傷を契機に,S.pyogenesによる重篤な軟部組織炎をきたした症例を経験したので,注意を喚起する意味を含め報告する.I症例患者:79歳,男性.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:脳梗塞による片麻痺.主訴:両側眼瞼腫脹,発熱.現病歴:平成24年6月初旬に転倒し,眼鏡縁により右眼瞼部をわずかに受傷した.2日後に急速に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹と発熱を認め,近医外科から休日急病診療所眼科を経て,大阪鉄道病院眼科へ搬送された.創部のイソジン洗浄,オフロキサシン眼軟膏塗布,抗生物質全身投与(セフォチアム塩酸塩キット1giv×2/日3日間)を行うも組織融解が進むため,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ搬送となった.大阪鉄道病院初診時検査所見:発熱(39℃台)があり,採血にて白血球数増加(11,400/μl),CRP(C反応性蛋白)上昇(29.75mg/dl),LDH(乳酸脱水素酵素)271(正常値106.211),CPK(クレアチン・リン酸分解酵素)882(正常値56.244)と炎症反応および組織破壊を示す結果であり,BUN(血中尿素窒素)26(正常値8.23),クレアチニン0.6(正常値0.7.1.4)と軽度腎機能異常を認めた.星ヶ丘厚生年金病院初診時眼所見:右眼瞼は高度の組織融解を認め,局所から大量の膿滲出を認めた(図1).眼表面は結膜に高度の浮腫と充血を認めたが,角膜は透明であり,前房炎症は認めなかった.眼底には異常を認めなかった.経過:局所の膿培養にて,S.pyogenesが検出された.薬剤に対する感受性試験では,ペニシリンに対してE-testで感受性を認めた〔MIC(最小発育阻止濃度)=0.004μg/ml〕.また,レボフロキサシンおよびクリンダマイシンには,Disc588あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014法で阻止円を19mm以上形成し,感受性を認めた.なお,同時に施行した血液培養は陰性であった.早速,ペニシリンG100万単位iv×6/日,クリンダマイシン600mgiv×4/日,オフロキサシン眼軟膏3回/日眼瞼塗布,クラビット点眼3回/日点眼を開始したところ,眼瞼腫脹および発熱は軽快し全身状態は速やかに快方に向かった.一方,眼瞼皮膚の創傷治癒は遅延していたため,治療開始10日後に融解眼瞼組織のdebridementを皮膚側から施行した.麻酔は壊死部のため疼痛を伴わず,点眼麻酔のみで行った.鑷子で融解組織を把持しながらバナス剪刀で切除し,比較的硬いしっかりした組織に到達するまで除去した.瞼板の存在は明らかではなく,眼瞼縁から眉毛下皮膚までの広範囲にdebridementを施行した.その際8倍希釈イソジンで消毒を行った(図2).以後数回のdebridementとともに,16倍希釈イソジン消毒を施行した.眼瞼皮膚の創傷は速やかに治癒に向かい,3週間後には肉芽形成,上皮修復を認めた(図3a).しかし,瘢痕拘縮による閉瞼不全のため,加療開始8週間後に,形成外科にて皮膚移植を施行した.6カ月後には,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった(図3b).II考按S.pyogenesは細胞壁にM蛋白をもち免疫担当細胞の貪食から免れ,外毒素A,B,Cを産生することにより,重篤な感染症を引き起こすとされている.Toxicshocksyndromeを引き起こすことが知られている黄色ブドウ球菌の内毒素BとS.pyogenesの外毒素Aは,アミノ酸配列において50%のホモロジーをもち,いずれもa,b-tumornecrosisfactorの産生を促進して重篤な壊死性病変を形成する11).ToddとFishaut1)が1978年に初めて報告したSTSSは,上気道感染あるいは創傷感染後1.7日に突然の発熱,疼痛で発症し,急速に進行して,発病後数十時間以内には軟部組織壊死,急性腎不全,呼吸窮迫症候群(ARDS),播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし,ショック状態となることが記載されている.その致命率は実に30%以上とされており9),特に子供はS.pyogenesを上気道の常在菌として保有していることが多く,小児に生じた場合,深刻な事態となる2,7).今回の症例は,CentersforDiseaseControlandPrevention(CDC)が発表した診断基準(表1)10)と照らし合わせると,厳密にはSTSSには合致しないが,受傷後,数日のうちに急速に組織融解が進行して全身状態の悪化を招いたことから,皮膚科にてSTSSの前状態と診断された.鉄道病院では,応急処置・短期間の治療であったため,通常量の抗生物質投与と創部の洗浄・消毒のみ行い,また.debridementまでは至らなかった.このため抗生物質が病巣に十分に到達せず,治療効果が得られなかったと考えられる.転院後に早期より皮膚科と共観していたことが,速やかな治療,対処につなが(110) 図2初回debridement施行後の所見広範囲に壊死組織をdebridementにて除去した後に,眼瞼翻転せずに前面より観察した状態.角膜には障害はなく(下図),壊死組織を除去したあとの平滑な組織が確認される(上3枚パノラマ).表1StreptococcalToxicShockSyndromeの診断基準I.A群Streptococcus(Streptococcuspyogenes)が検出されることA:無菌部位から検出B:非無菌部位から検出aII.臨床所見A:低血圧(収縮期90mmHg)B:以下のうち2項目以上1.腎不全(クレアチニン≧2mg/dl,あるいはベースラインの2倍以上)2.凝血(血小板≦100,000/mm3)3.肝機能障害(sGOT,sGPT,TBが正常値の2倍以上)4.呼吸窮迫症候群5.紅斑b6.軟部組織炎IAとII(AとB)を認めれば,確定IBとII(AとB)を認めれば,疑いり,良好な経過を得たと考える.本症例と類似のS.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎は,これまでにも数例報告されている1.9).今までの報告の代表例一覧を表2に示す.これらの既報と今回の症例の共通点は,1)微小な外傷から発症していること,2)健常者においても発症していること,3)発症時期が受傷後16時間から3日図3加療開始3週間後(a)および加療開始6カ月後(b)a:肉芽形成,上皮修復を認めたが,瘢痕拘縮により閉瞼不全となった.b:皮膚移植により,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった.(111)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014589 表2S.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎:既報のまとめ報告年著者患者年齢(歳)創の大きさ受傷.全身症状出現時期1995IngrahamHJ健常35mm2日目1991RoseGE飲酒歴505mm2日目(3例)飲酒歴502cm3日目会陰部カンジダ3不明不明1997MeyerMA健常62不明2日目1991KronishJW糖尿病27.73不明不明(13例)飲酒歴(1例死亡)健常など1991StoneL健常1.72cm16時間健常85mm1日目と非常に短いことである.迅速な診断が必要とされるが,局所の培養結果と発熱,脱水,低血圧,蛋白尿,血尿などの全身状態の変化に加え,頸部リンパ節腫脹が特徴的とされている4).また,菌血症に至る場合も少なくないため,本疾患を疑った場合には複数回の血液培養も施行すべきである.治療に関しては,いずれも本症例と同じく,積極的なdebridementとペニシリンを代表とする抗菌薬での加療が有効とされていた.また,場合によっては,血漿と交換や免疫グロブリン療法,ステロイド治療も効果的であるとされている3).なお,丹毒と軟部組織炎は,いずれもS.pyogenesによる皮膚感染症であるが,それぞれ病変の場が異なる.丹毒は真皮レベルを水平方向に急速に拡大する浮腫性紅斑と腫脹を特徴とする急性化膿性炎症であるが,軟部組織炎は丹毒よりさらに深い軟部組織(真皮深層から皮下脂肪組織)レベルが病変の場とされており,本症例の呼称としては丹毒ではなく軟部組織炎と判断した.近年,本症例のように,若年者や明らかに健康な成人の小さな外傷を契機とするS.pyogenesによる重篤な感染症が増加している3).急激に悪化する全身状態に備えて,第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要があり,外傷による軟部組織炎でこの菌が検出され,全身状態の悪化を認めた場合には,速やかに内科医・皮膚科医と連携を行う必要がある.また,局所の高度な組織破壊に関しては,積極的なdebridementが必要であることも経験した.謝辞:本症例の治療に当たり,共観およびご指導いただいた星ヶ丘厚生年金病院皮膚科加藤晴久先生,椿本和加先生にお礼申し上げます.文献1)ToddJ,FishautM:Toxic-shocksyndromeassociatedwithphage-group-IStaphylococci.Lancet2:1116-1118,19782)IngrahamHJ,RyanME,BurnsJTetal:StreptococcalpreseptalcellulitiscomplicatedbythetoxicStreptococcussyndrome.Ophthalmology102:1223-1226,19953)MeyerMA:Streptococcaltoxicshocksyndromecomplicatingpreseptalcellulitis.AmJOphthalmol123:841843,19974)RoseGE,HowardDJ,WattsMR:Periorbitalnecrotisingfasciitis.Eye5:736-740,19915)KronishJW,McLeishWM:Eyelidnecrosisandperiorbitalnecrotizingfasciitis.Reportofacaseandreviewoftheliterature.Ophthalmology98:92-98,19916)ConeLA,WoodardDR,SchlievertPMetal:Clinicalandbacteriologicobservationsofatoxicshock-likesyndromeduetoStreptococcuspyogenes.NEnglJMed317:146149,19877)YeildingRH,O’DayDM,LiCetal:Periorbitalinfectionsafterdermabondclosureoftraumaticlacerationsinthreechildren.JAAPOS16:168-172,20128)LazzeriD,LazzeriS,FigusMetal:Periorbitalnecrotisingfasciitis.BrJOphthalmol94:1577-1585,20109)StevensDL,TannerMH,WinshipJetal:SeveregroupAstreptococcalinfectionsassociatedwithatoxicshock-likesyndromeandscarletfevertoxinA.NEnglJMed321:1-7,198910)TheWorkingGrouponSevereStreptococcalInfections:DefiningthegroupAstreptococcaltoxicshocksyndrome.Rationaleandconsensusdefinition.JAMA269:390-391,199311)JohnsonLP,L’ItalienJJ,SchlievertPM:StreptococcalpyrogenicexotoxintypeA(scarletfevertoxin)isrelatedtoStaphylococcusaureusenterotoxinB.MolGenGenet203:354-356,1986利益相反:利益相反公表基準に該当なし590あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(112)