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非定型的な角膜上皮欠損症例に対する単純ヘルペスウイルス抗原検出キットの有用性

2015年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(3):409.411,2015c非定型的な角膜上皮欠損症例に対する単純ヘルペスウイルス抗原検出キットの有用性湯浅勇生近間泰一郎戸田良太郎柳昌秀木内良明広島大学大学院医歯薬保健学研究院視覚病態学UsefulnessoftheHerpesSimplexVirusAntigenDetectionKitforCasesofAtypicalCornealEpithelialDefectYukiYuasa,TaiichiroChikama,RyotaroToda,MasahideYanagiandYoshiakiKiuchiDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedical&HealthSciences,HiroshimaUniversity目的:非定型的な角膜上皮欠損を有する症例に対して,単純ヘルペスウイルス(HSV)抗原検出キット(チェックメイトRヘルペスアイ,わかもと製薬)を用いてHSVの抗原検出を試み,その臨床的有用性について検討すること.対象:広島大学病院角膜外来において原因不明の非定型的な角膜上皮欠損を有した患者16例16眼を対象とした.結果:非定型的な角膜上皮欠損16例中6例でHSV抗原検出キットが陽性を示した.陽性所見はアシクロビル眼軟膏による治療が奏効した.陰性は10例であり,うち5例でアシクロビル眼軟膏による治療を行い,5例が奏効した.結論:HSV抗原検出キットは,単純ヘルペスウイルスによる角膜炎に対する即時診断に有用であった.しかしながら,陰性になる症例もみられることから,複数の診断法を併用し総合的に診断することが望ましいと考える.Purpose:Toevaluatetheusefulnessofaherpessimplexvirus(HSV)antigendetectionkit(CheckmateRHerpesEye,WakamotoPharmaceuticalCo.,Ltd.)inatypicalcornealepithelialdefect.Subjects:IncludedinthisstudyatHiroshimaUniversityHospitalwere16eyesof16patientsthathadatypicalcornealepithelialdefect.Results:Ofthe16patients,6werepositive;allwerehealedwithacyclovir.Ofthe10negativepatients,5of5casesweresuccessfullytreatedwithacyclovirophthalmicointment.Conclusion:TheHSVantigendetectionkitisusefulforquickdiagnosisofherpetickeratitis.However,diagnosisshouldbeachievedcomprehensivelybycombiningseveraldiagnosticmethods,especiallyinnegativecases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(3):409.411,2015〕Keywords:上皮型角膜ヘルペス,単純ヘルペスウイルス抗原検出キット,角膜上皮欠損.herpeticepithelialkeratitis,herpessimplexvirusantigendetectionkit,cornealepithelialdefect.はじめに上皮型角膜ヘルペスは,その上皮欠損の形態から樹枝状病変,地図状病変に大別される.しかしながら,非定型的な角膜上皮欠損を呈することもあり,形態のみでは診断が困難なことがある.従来の上皮型角膜ヘルペスの診断方法に加えて,近年,即時診断が可能である単純ヘルペスウイルス(HSV)抗原検出キット(チェックメイトRヘルペスアイ,わかもと製薬株式会社)が,臨床使用可能となった.病巣部位の角膜上皮細胞を擦過し,免疫クロマト法によりHSV抗原と抗HSVモノクローナル抗体が免疫複合体を形成することで角膜上皮細胞中の単純ヘルペスウイルス抗原を検出する.今回,非定型的な角膜上皮欠損症例に対して本キットを用いて,その臨床的有用性を検討したので報告する.I対象2012年1.9月の間に広島大学病院角膜外来において非定型的な角膜上皮欠損を有した患者16例16眼(男性7例,女性9例,平均年齢65.8±17.1歳)を対象とした.〔別刷請求先〕湯浅勇生:〒734-8551広島県広島市南区霞1-2-3広島大学大学院医歯薬保健学研究院視覚病態学Reprintrequests:YukiYuasa,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedical&HealthSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minami-ku,Hiroshima734-8551,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(99)409 II結果非定型的な角膜上皮欠損16例のうち6例で陽性であった.全例アシクロビル眼軟膏による治療が奏効したが,うち3例はバラシクロビルの内服を併用した.陰性は10例であり,うち5例でアシクロビル眼軟膏による治療を行い,5例が奏効した.その他の5例は擦過細胞診などから,自己免疫疾患による周辺部角膜潰瘍,細菌性または真菌性角膜潰瘍と診断され,それらに対してはそれぞれの治療が奏効した.以下,代表症例を提示する.症例は,74歳女性で,主訴は左眼視力低下であった.既往歴には心筋梗塞(2009年)および両眼白内障手術(2005年),両上涙点閉鎖術(2008年)があり,全身疾患として関節リウマチに対してプレドニン5mg/日の内服で加療中であ図1初診時.左眼前眼部フルオルセイン染色写真角膜上皮は全欠損であった.った.家族歴には特記事項はなかった.現病歴は,2011年12月,左眼鼻上側に角膜上皮欠損が出現し徐々に拡大した.関節リウマチに対する周辺部角膜潰瘍を疑われ,リン酸ベタメタゾン点眼が開始され関節リウマチに対して内服していたプレドニゾロンを10mg/日へ増量したが症状の改善には至らなかった.2012年1月,左眼視力低下を自覚した.数日後,近医眼科を受診したところ角膜上皮が全欠損し,角膜穿孔によって前房が消失していたため加療目的に広島大学病院角膜外来を紹介され受診した.初診時所見:視力は,右眼1.0(n.c.),左眼30cm指数弁(n.c.)であった.左眼は角膜上皮が全欠損し,実質は上方が部分的に薄く,10時の周辺部角膜は穿孔しており,前房水が漏出して前房は消失していた(図1).臨床経過:関節リウマチによる周辺部角膜潰瘍を疑われ紹介されたが,角膜上皮欠損の範囲が広かった.実質融解もあり非定型的ではあるがヘルペス感染の可能性を考え,本キットによる精査を行ったところ,結果は陽性であった.付属の綿棒で上皮欠損の最周辺部を擦過し,検査に供した.上皮型角膜ヘルペスの感染と診断し,上皮欠損がほぼ全範囲であったためアシクロビル眼軟膏を左眼1日3回で開始した.関節リウマチに対するステロイドは5mg/日内服を継続したままリン酸ベタメタゾン点眼を中止した.治療開始3日目で,上皮欠損は周辺部から縮小し(図2),治療開始2週間で上皮欠損は消失した(図3).0.1%フルメトロン点眼を再開し,再発予防のためアシクロビル眼軟膏を左眼1日1回に減量し継続とした.以降,上皮型角膜ヘルペスの再発はなく,最終受診時,左眼矯正視力は(0.5)と改善した.III考按上皮型角膜ヘルペスの確定診断には,ウイルスを分離する方法と蛍光抗体法によりウイルス抗原を検出する方法があ図2治療3日目.左眼前眼部フルオルセイン染色写真角膜上皮欠損は大幅に改善した.図3治療開始14日目.左眼前眼部フルオルセイン染色写真角膜上皮欠損は消失し,角膜上皮障害を残すのみとなった.410あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(100) る.前者は迅速性に欠け,感度は低いという欠点があるが,陽性の場合は確定診断が可能である.後者は迅速性,感度の点からも優れているが,偽陽性を除外しなければならない.HSV抗原検出キットは,上皮型角膜ヘルペスの補助診断として感度は低い.井上らの報告ではHSVshedding濃度が条件によって陽性になりにくい可能性があるが,特異度はほぼ100%であり,偽陽性がほぼないといえる1,2).判定時間も15分と迅速に結果が得られる.上皮型角膜ヘルペスは,上皮欠損の先端にterminalbulbを呈する樹枝状病変と,dendritictailを呈する地図状病変に大別される3).樹枝状病変の場合,その特徴的形態から上皮型角膜ヘルペスと診断することが比較的容易である.地図状病変は,樹枝状病変が拡大,膨化したような形状を呈し,副腎皮質ステロイド薬やシクロスポリンなど長期にわたる免疫抑制剤を使用している患者に多い4).今回の対象症例では,HSV抗原検出キットが陽性であった場合,上皮型角膜ヘルペスと診断し全例でアシクロビル眼軟膏による治療が奏効した.つまり,陽性例は上皮型角膜ヘルペスとして積極的に抗ウイルス薬による治療を開始できると考えられた.一方,HSV抗原検出キット陰性であっても,HSV-1およびHSV-2による感染をすぐに否定せず,ウイルス量の不足や水痘帯状疱疹ヘルペスウイルス(VZV)によるウイルス感染の可能性を考える必要がある.陰性例10例のうち,抗ウイルス薬を使用した5例および抗ウイルス薬を使用しなかった5例に関する鑑別は前眼部フルオルセイン染色による形態の観察,薬剤使用歴,既往歴聴取を参考に患者背景に基づいて総合的に行った.抗ウイルス薬を使用した5症例は上皮欠損周囲の融解傾向および実質膿瘍が軽度であることから,細菌,真菌による感染が疑いにくく,ヘルペス感染を疑った.5例中5例で抗ウイルス薬が奏効した.そのうち1例はバラシクロビル内服を併用することで治癒した.抗ウイルス薬を使用しなかった5症例は,擦過細胞診や角膜病変の形態(潰瘍,実質内膿瘍など)からヘルペス感染よりもむしろ細菌や真菌による感染症,あるいは自己免疫疾患を疑い,それらに対してはそれぞれの治療が奏効した.角膜知覚検査は16例中8例で施行した.キット陽性であった6例中3例で角膜知覚検査を行い,うち2例で40mm未満であった.キット陰性であった10例のうち抗ウイルス薬で治療した5例中3例で角膜知覚検査を行い,うち2例で40mm未満であったのに対し,それ以外の治療を行った5例中2例の角膜知覚検査はいずれも低下がみられなかった.眼局所免疫不全がある状態では,HSVに拮抗する生体側の免疫反応や角膜上皮修復能,ウイルス増殖能のバランスが破綻し上皮欠損の範囲が拡大し不定型な形をとる.不定型な上皮欠損とは,いわゆる「飛び地」状になっているものも含まれ,このような場合は角膜ヘルペス感染を疑う根拠となる5).しかしながら,代表症例のように角膜上皮がほぼ全欠損である場合,初診時に即座に上皮型角膜ヘルペスを疑うことはむずかしいと考える.形態による判断が困難な症例では,より詳細な病歴聴取を行い,患者背景を明確にする必要がある.HSV抗原検出キットが陽性であれば積極的に上皮型角膜ヘルペスと判断し治療を開始できる.非定型的な角膜上皮欠損をみた場合,HSVのみならずVZVによるウイルス性角膜炎の可能性も考慮し,HSV抗原検出キットを行うとともに病巣掻爬による多核巨細胞の検出,前眼部フルオルセイン染色による形態変化の観察,ステロイドや免疫抑制剤の使用歴の聴取など,他の検査を組み合わせて診断精度の向上を図ることが肝要である.文献1)InoueY,ShimomuraY,FukudaMetal:Multicentreclinicalstudyoftheherpessimplexvirusimmunochromatographicassaykitforthediagnosisofherpeticepithelialkeratitis.BrJOphthalmol97:1108-1112,20132)UchioE,AokiK,SaitohWetal:Rapiddiagnosisofadenoviralconjunctivitisonconjunctivalswabsby10-minuteimmunochromatography.Ophthalmology104:1294-1299,19973)ArffaRC:ViralDiseasesInGrayson’softheCornea.4thEd,p289-299,Mosby,StLouis,19974)切通洋,井上幸次,根津永津ほか:角膜移植後拒絶反応治療中に発生した非定型的上皮型角膜ヘルペスの1例.あたらしい眼科11:1923-1925,19945)鈴木正和,宇野敏彦,大橋裕一ほか:眼局所免疫不全状態において経験した非定型的な上皮型角膜ヘルペスの3例.臨眼57:137-141,2003***(101)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015411