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激しい叩打を受けた眼球の前房内フレア値の検索

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(131)10350910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(7):10351037,2008cはじめに眼科の領域において,アトピー性皮膚炎は眼瞼炎,角結膜炎,春季カタル,白内障,網膜離という合併症をひき起こすことから,観察に注意を要する疾患であり,特に白内障と網膜離は著しく視機能に障害をきたすことがあるため,現在,その治療法に注目が集まっている13).また近年,なぜ白内障や網膜離が発症するのかについての議論がなされているが,いまだ明確ではない46).ただ眼科医として日常の診療を行っている際の印象として,顔面の皮膚症状が著しく,眼部を擦過,叩打する頻度が高い症例に,白内障や網膜離が観察されることが多いという印象を受けることから,これらは無視できない行為と考えられる.今回,血液房水柵の機能を表す指標の一つである前房中のフレア値に着目し,眼部への叩打がフレア値の変動にどのように影響するのかを調査し,さらに前房中のフレア値の変化と白内障発症との関連についても検討を加えたので報告する.I対象および方法対象(被検者)は,眼部への叩打を受ける頻度の高い男性プロボクサー群(以下,A群とする)の11名22眼(1728〔別刷請求先〕馬嶋清如:〒454-0843名古屋市中川区大畑町2-14-1コーポ奈津1F眼科明眼院Reprintrequests:KiyoyukiMajima,M.D.,MyouganinEyeClinic,2-14-1Oohatacho,Nakagawa-ku,Nagoya-shi,Aich-ken454-0848,JAPAN激しい叩打を受けた眼球の前房内フレア値の検索馬嶋清如*1山本直樹*2内藤尚久*3糸永興一郎*4市川一夫*4*1眼科明眼院*2藤田保健衛生大学共同利用研究施設分子生物学/組織化学*3中京眼科*4社会保険中京病院眼科StudyofFlareConcentrationinAnteriorChamberofEyewithSevereAttackKiyoyukiMajima1),NaokiYamamoto2),NaohisaNaitou3),KouichirouItonaga4)andKazuoIchikawa4)1)MyouganinEyeClinic,2)LaboratoryofMolecularbiologyandHistochemistry,FujitaHealthUniversityJointResearchLaboratory,3)ChukyoEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceChukyoHospital眼部への叩打が前房中のフレア値に及ぼす影響を調査した.対象は眼部への叩打を定期的に受けるプロボクサー11名(A群)と,格闘技など眼部を叩打するスポーツ経験のない,ほぼ同年齢の7名(B群)である.A群ではB群と比較しフレア値が有意に高かった.特に試合翌日の例で,この傾向は顕著であった.またプロの経験年数が4年未満と以上でフレア値の比較を行うと,統計学的に有意差はないが,白内障の発症に関しては有意差があり,4年以上の経験をもつボクサー6名の両眼に後下白内障が観察された.一方,4年未満のボクサー5名では1名の片眼に後下白内障が観察されたにすぎなかった.眼部への激しい叩打は,前房中のフレア値を顕著に上昇させ,こうした叩打は継続的でなく一時的であっても,ある一定以上続けば白内障の発症に関与する可能性がある.Inthisreport,areconcentrationintheanteriorchamberofeyessubjectedtoseveretraumawerestudied.Twogroupswereselectedastheobject;group-A,consistingofmaleprofessionalboxers(11individuals),andgroup-B,consistingofmen(7individuals)withoutmartialartsexperience.Thearephotoncounts/msinagroup-Aweresignicantlyhigherthanthoseinagroup-Bandthearephotoncounts/msoftheboxerswhohadpartici-patedinaboxingmatchthedaybeforewereremarkablyhigh.Ontheotherhand,nosignicantlydierenceswereobservedinthearephotoncounts/msbetweentheproboxerswithover4yearsofexperienceandthosewithlessthan4yearsofexperience.However,cataractwasobservedinbothlensesofallboxerswithover4yearsofexperience,butinonlyonelensofoneboxerwithlessthan4yearsofexperience.Onthebasisoftheseresult,itwasconcludedthatareconcentrationintheanteriorchamberwasincreasedbythesevereblowstotheeyeballandthatseveretraumaoveracertainperiodoftimemightinducelensopacication.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10351037,2008〕Keywords:叩打,プロボクサー,フレア値,白内障.severestrikes,proboxer,are,cataract.———————————————————————-Page21036あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(132)歳:平均22.5歳)と健常男性群(以下,B群とする)の7名14眼(2328歳:平均25.5歳)である.A,B両群ともに,アトピー性皮膚炎を伴う症例は除外し,両眼とも矯正視力1.0以上の者を対象とした.なお,あらかじめ本研究の目的を説明し,本人の理解が得られた場合のみ検討対象とした.フレア値の測定方法は,0.5%トロピカミド(ミドリンPR,参天製薬)を点眼して十分に散瞳した後,Kowa社製フレアメーターFM-500を使用し,左眼,右眼,それぞれの前房中のフレア値を5回測定の後,その平均値(平均フレア値)を求めた.その際に,すべての測定対象者の前眼部,中間透光体,眼底の検査を細隙灯顕微鏡と倒像鏡を使用し同一検者が行い,前眼部および眼底に異常のないことを確認の後,以下に示す①から③の調査を行った.ただし,三面鏡コンタクトレンズ,隅角鏡や超音波生体顕微鏡を使用した隅角,毛様体の精査は施行していないため,これらの部位の異常所見については明確ではない.①A群,B群において測定された左眼,右眼の平均フレア値を調査した.②A群において,プロボクシングの経験年数が4年未満と4年以上に分け,左眼,右眼の平均フレア値を算出し,経験年数で平均フレア値に違いがあるかを調査した.③プロボクシングの経験年数と水晶体の混濁有無との関係を調査した.なお,統計学的評価として,平均フレア値の比較はStu-dentのt-検定(t-test),プロボクサーの経験年数と水晶体混濁の有無についてはc2検定を行い,有意水準5%以下(p<0.05)を有意差ありとした.II結果①A群,B群間での平均フレア値の比較A群とB群の平均フレア値を表1に示した.※印のついた2名4眼は,試合翌日にフレア値を測定した.この2名4眼を加えた解析では,A群が有意に高かった(t-test:p<0.01).ただし,試合翌日の症例では,眼部への叩打が著しいことが容易に推察されたため,この2名を除外して統計学的な解析を行ったが,それでもA群の平均フレア値のほうが有意に高かった(t-test:p<0.05).しかしA群でも,試合翌日の症例以外の測定値は,すべて正常範囲内であった.②プロボクシングの経験年数と平均フレア値の比較プロボクシングの経験年数が4年未満と4年以上で5名と6名ずつに分けられるため,この2群に分けて平均フレア値の比較を行った結果を表2に示した.※のついた2名4眼は,①で述べたように試合翌日の測定結果である.この2名4眼を加えた解析では,4年以上で有意に平均フレア値が高かった(t-test:p<0.05).また①と同様に試合翌日の症例では,眼部への叩打が著しいことは容易に予想されたため,この2名を除外して統計学的な解析を行ったところ,平均フレア値には有意差はなかった.ただし,経験が4年以上の被検者でも試合翌日以外の測定値は,すべて正常範囲内であった.③プロボクシングの経験年数と水晶体混濁の有無水晶体の混濁,すなわち白内障の有無について,B群の健常者では混濁は観察されなかったが,4年以上プロボクシングの経験を有するものは全員両眼に混濁が観察され,すべてが後下白内障であった(図1).一方,4年未満の経験者においては,1名のみ後下白内障が片眼に観察された.そして経験が,4年未満と以上では,白内障の発症に関して,統計学的に有意差があった(c2検定:p<0.05).ただし,白内障はすべて軽度であり,1.0の矯正視力を保っていた.また今回の調査で観察された後下白内障は全例,混濁の一部分が水晶体中央部3mmに存在はするものの,WHO(世界保健機構)の後混濁の分類で解釈することはできなかった.表1A群とB群の平均フレア値A群B群被検者右眼左眼右眼左眼14.44.12.83.325.65.02.83.433.74.54.03.144.25.23.74.153.24.14.23.365.14.63.83.574.03.03.63.784.23.194.84.5106.8※7.2※116.9※10.0※平均(SD)4.8(1.20)5.0(2.00)3.6(0.55)3.5(0.33)4.9(1.61)3.5(0.44)※は試合翌日の被検者を示す.(単位:pc/ms)表2プロボクサーの経験年数と平均フレア値4年以上4年未満被検者右眼左眼右眼左眼14.44.13.24.125.65.05.14.633.74.54.03.044.25.24.23.156.8※7.2※4.84.566.9※10.0※平均(SD)5.3(1.38)6.0(2.24)4.3(0.74)3.9(0.76)5.6(1.82)4.1(0.74)※は試合翌日の被検者を示す.(単位:pc/ms)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081037(133)III考按房水は水晶体の代謝に必要な物質の大部分を供給しており,その透明性維持に重要な役割を果たしている.この房水の組成に変化が生じれば,水晶体の混濁がひき起こされることは周知の事実である.房水組成の特徴として,血漿に比して著しく低い蛋白濃度を維持していることである7)が,今回,前房水中の蛋白濃度の指標であるフレア値に着目し,眼部への叩打がフレア値にどのような影響を与え,また水晶体の混濁,すなわち白内障の発症にいかに関与するのかについてのinvivoでの調査を行った.その結果,眼部への叩打を受ける頻度の高いプロボクサーは,健常者に比してフレア値は有意に高かった.またボクシングの試合翌日のフレア値は著しく高くなっており,やはり眼部への叩打→血液房水柵の障害→フレア値の上昇という関係があると考えられる.ただし,試合翌日の症例以外は,A群のプロボクサーの症例であってもフレア値が著しく高いわけではなく,正常範囲内の測定値を示していた.一方,白内障の有無については,4年以上のプロボクサー経験を有する場合,全員に両眼の後下白内障が観察された.しかしプロボクサーの経験が4年未満では,1名の片眼に白内障が観察されたのみであり,4年以上の経験者と比較して発症に関して統計学的に有意差があった.以上の結果から,眼部への叩打と白内障との関係について,以下のような仮説を考えた.眼部への叩打は,試合翌日のフレア値からわかるように,房水中の蛋白濃度の上昇をひき起こす.この上昇は,試合を想定した激しい練習(スパーリング)後や試合終了後,眼部を激しく叩打する状況から脱した際に,正常範囲まで下降する.そしてまた試合が近づき,スパーリングなどの激しい練習や試合における眼部の叩打という状況に陥るため,再びフレア値が上昇する.ただプロボクシングの経験年数が4年未満,以上でフレア値に有意差がなかったことから,このフレア値の上昇は慢性的なものではないと考えられる.しかし,こうした眼部への叩打→フレア値の上昇のくり返しが水晶体に影響を及ぼし,後下白内障の発症につながるのではないかと考えた.ただし,なぜ混濁の部位が後下なのかについての明確な答えはないし,また今回は施行しなかったが,毛様体の精査も行い,今後,毛様体病変との関連も調査しなければならい.実験動物を使用し,白内障の発症に,眼部への鈍的刺激が関与していることを示唆した報告はある8)が,ヒトでもはたしてそのような事象が起きうるのかが疑問視されていた.今回の結果は,ヒトでもこうした事象が十分に起こりうることを示したものであり,アトピー性白内障の発症メカニズムを考えるうえでも,意義あるものと考えた.今回は,後下白内障が細隙灯顕微鏡で観察されたものの,全例が淡い混濁であり,視力障害を自覚する者は幸い一人もいなかった.ただ被検者数を増やしてこうした調査をすれば,異なった結果を得る可能性もありうるので,機会を得て今後もこの調査は続けてゆきたい.最後に,本調査がボクシングの是非を問うものでないことを付け加えておく.稿を終えるにあたり,今回の調査に多大なるご協力をいただいた順天堂大学浦安病院の波木京子先生に感謝いたします.文献1)村田茂之,櫻井真彦,岡本寧一ほか:アトピー性皮膚炎に伴う網膜離に対する硝子体手術成績.臨眼55:1099-1104,20012)桂弘:アトピー性網膜離.NEWMOOK眼科No6,アレルギー性眼疾患,p124-128,金原出版,20033)櫻井真彦:アトピー性白内障.臨眼58:244-249,20044)樋田哲夫,田野保雄,沖波聡ほか:アトピー性皮膚炎に伴う網膜離に関する全国調査結果.日眼会誌103:40-47,19995)YokoiN,HiranoS,OkamotoSetal:Associationofeosinophilgranulemajorbasicproteinwithatopiccata-ract.AmJOphthalmol122:825-829,19986)山本直樹,原田信弘,馬嶋清如ほか:アトピー白内障の水晶体上皮細胞におけるMBPの発現と起因についての検討.あたらしい眼科18:359-362,20017)岩田修造:水晶体その生化学的機構.p289-296,メディカル葵出版,19868)大下雅代,後藤浩,山川直之ほか:反復する鈍的機械的刺激による実験的白内障モデルの確立と発症機序の解明.日眼会誌109:197-204,2005図1細隙灯顕微鏡下で観察された白内障矢印の部分は後下混濁を示す.