———————————————————————- Page 1(103) 15430910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(11):1543 1547,2009cはじめに白内障手術は眼科手術のなかで最も件数が多く,近年,眼内レンズ(IOL)の光学系に非球面,着色,多焦点機能1)が加わったものが普及している.なかでも,遠方と近方の 2 カ所に焦点が合うようにデザインされた多焦点 IOL は 2008 年に先進医療として認められ2),いずれ保険適用となれば,症例数の増加が予想される.多焦点 IOL そのものが,網膜硝子体疾患の発症に関与することは考えにくいが,挿入例が増えれば,術後経過観察中に網膜硝子体疾患を発症する例が出てくることは避けられない.遠方と近方の 2 カ所に入射光を配分する回折型多焦点 IOL 挿入眼においては,単焦点 IOL と光学デザインが異なるため,詳細な眼科検査や治療への影響が危惧されている.筆者らは回折型多焦点 IOL 挿入眼に硝子体手術を行い,硝子体の可視化に用いたトリアムシノロン〔別刷請求先〕吉野真未:〒101-0061 東京都千代田区三崎町 2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprint requests:Mami Yoshino, M.D., Department of Ophthalmology, Tokyo Dental College Suidobashi Hospital, 2-9-18 Misaki-cho, Chiyoda-ku, Tokyo 101-0061, JAPAN回折型多焦点眼内レンズ挿入後に網膜硝子体疾患 治療を要した 4 例吉野真未*1ビッセン宮島弘子*1鈴木高佳*1川村亮介*2井上真*1,3*1 東京歯科大学水道橋病院眼科*2 慶應義塾大学医学部眼科学教室*3 杏林大学アイセンターFour Cases Requiring Treatment for Vitreoretinal Disorders after Difractive Multifocal Intraocular Lens ImplantationMami Yoshino1), Hiroko Bissen-Miyajima1), Takayoshi Suzuki1), Ryosuke Kawamura2) and Makoto Inoue1,3)1)Department of Ophthalmology, Tokyo Dental College Suidobashi Hospital, 2)Department of Ophthalmology, Keio University School of Medicine, 3)Kyorin Eye Center, Kyorin University School of Medicine目的:回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入後に網膜硝子体疾患を発症し,治療を要した症例を検討した.対象:回折型多焦点 IOL が挿入された 341 眼中,術後に良好な視力が得られたものの網膜硝子体疾患を発症した 4 眼(1.2%)で,裂孔原性網膜 離,黄斑前膜,網膜中心静脈閉塞症,網膜中心静脈分枝閉塞症が 1 眼ずつであった.治療前後の検査所見,術中所見,視力を検討した.結果:倒像鏡眼底検査は単焦点 IOL 挿入眼同様に問題なく,光干渉断層計のモニター画像で 3 眼中 3 眼に水平ノイズが観察された.硝子体手術を要した 2 眼にトリアムシノロン粒子のゴースト像が観察されたが,手術は問題なかった.トリアムシノロンの Tenon 下投与を 2 眼に,ベバシズマブ硝子体内投与を 1眼に行い,視力は改善した.結論:回折型多焦点 IOL 挿入後の網膜硝子体疾患は,一部の検査や術中所見で IOL の光学特性が出ることを理解していれば安全に治療が行えると思われた.We retrospectively evaluated cases that required treatment for vitreoretinal diseases following di ractive mul-tifocal intraocular lens(IOL)implantation. Of 341 consecutive eyes, 4 developed vitreoretinal diseases:one case each of retinal detachment, epiretinal membrane, central retinal vein occlusion and branch retinal vein occlusion. Vitrectomy was performed in 2 eyes and ghost images were observed in both those eyes. Spectral-domain optical coherence tomography was performed in 3 eyes and horizontal noise was observed in all 3 eyes. Subtenon injection of triamcinolone was performed in 2 eyes and intravitreal injection of bevacizumab in 1 eye. Visual acuity improved in all cases. When the eye develops vitreoretinal disease after di ractive multifocal IOL implantation, examination and treatment can be performed safely in consideration of the optical design, which may a ect visibili-ty to the examiner or evaluation by digital equipment.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(11):1543 1547, 2009〕Key words:回折型多焦点眼内レンズ,眼内レンズ,網膜硝子体疾患,硝子体手術.di ractive multifocal intraocu-lar lens, intraocular lens, vitreoretinal disease, vitrectomy.———————————————————————- Page 21544あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(104)粒子が硝子体内でゴースト像を呈すること3),回折型多焦点IOL 挿入眼では,Carl Zeiss Meditec 社製スペクトラルドメイン光干渉断層計(opitcal coherence tomography:OCT)に内蔵された眼底モニター画像である LSO(line scanning ophthalmoscope)画像で,波面状の水平ノイズが観察されることを報告した4).今回,回折型多焦点 IOL 挿入例で網膜硝子体疾患を発症し,治療を要した症例の網膜硝子体の検査や治療への影響を総合的に検討した.I対象および方法対象は,東京歯科大学水道橋病院において,2005 年 6 月から 2008 年 8 月までに白内障手術時に回折型多焦点 IOL が挿入された 341 眼である.挿入された回折型多焦点 IOL は,AMO 社製テクニスマルチフォーカル ZM900,アルコン社製 ReSTORR SA60D3 で,厚生労働省承認前の使用にあたっては,大学倫理委員会の承認を得て,多焦点 IOL を希望する患者に十分な説明の後,同意を得たうえで挿入を行った.また,適応については,術前に視力に影響する眼疾患を合併していない白内障例とした.341 眼について,IOL 挿入後に網膜硝子体疾患を発症した例を後ろ向き調査したところ,4 眼に発症し治療を要していた.これらの症例の眼底所見,蛍光眼底所見,OCT 所見(Carl Zeiss Meditec 社製 Spec-tral-domain OCT, Cirrus HD-OCT, OCT4000),および硝子体手術を要した例における術中所見,治療後の視力予後を検討した.II結果多焦点 IOL 挿入術後の網膜硝子体疾患の発症率は 1.2%(341 眼中 4 眼)で,いずれの症例も,術中合併症はなく,術後に良好な視力が得られた後に網膜硝子体疾患を発症した.4 例の疾患の内訳は,裂孔原性網膜 離,黄斑前膜,網膜中心静脈閉塞症,網膜中心静脈分枝閉塞症がそれぞれ 1 眼ずつで,各症例の年齢,性別,使用した多焦点 IOL,発症までの期間,経過観察期間を表 1 に示す.白内障術前,多焦点 IOL 挿入後,網膜硝子体疾患発症時,治療後の視力の変化を表 2 に示す.全例,多焦点 IOL 挿入後良好な視力が得られていたが,網膜硝子体疾患の発症とともに視力が著明に低下,治療後視力は改善し,自覚的な満足度が得られている.近方視力も同様に網膜硝子体疾患治療後,ほぼ多焦点 IOL 挿入後の視力まで回復している.つぎに,術前後の検査所見であるが,倒像鏡による眼底検査,OCT 画像,LSO 画像,蛍光眼底造影所見を表 3 にまと表 1各症例における網膜疾患症例1234年齢56 歳70 歳79 歳54 歳性別男性女性男性女性左右眼左左右左使用した多焦点 IOLZM900ZM900SA60D3SA60D3IOL 度数+15.0 D+21.0 D+20.5 D+17.5 D網膜硝子体疾患網膜 離黄斑前膜網膜中心静脈閉塞網膜中心静脈分枝閉塞発症までの期間1週24 カ月2 カ月6 カ月治療後観察期間26 カ月14 カ月12 カ月8 カ月表 2各症例における視力の変化症例1234遠方視力裸眼(矯正)術前0.04(0.5)0.6(0.6)0.5(0.7)0.3(04)IOL 挿入後最高0.5(1.0)0.8(1.0)1.2(1.2)1.2(1.5)網膜疾患発症時手動弁0.4(0.5)0.3(0.3)0.5(0.5)治療後1.0(1.2)0.8(0.8)0.8(0.8)1.2(1.5)近方視力裸眼(矯正)IOL 挿入後最高未施行0.5(0.7)0.7(1.0)0.9(1.0)治療後未施行0.4(0.7)0.7(0.7)0.7(0.8)表 3各症例における検査所見症例1234眼底検査問題なし問題なし問題なし問題なしOCT 画像未施行問題なし問題なし問題なしLSO 画像未施行水平ノイズ水平ノイズ水平ノイズ蛍光眼底造影未施行問題なし未施行未施行 OCT:optical coherence tomography,LSO:line scanning ophthalmoscope.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091545(105)める.疾患の種類により施行した検査内容が異なるが,眼底撮影画像は単焦点 IOL 挿入眼と差がなく,診断に影響を及ぼす問題はなかった(図 1, 2).ただし,LSO 画像においては,施行した 3 例全例に波面状の水平ノイズが認められた(図 1d,f).多焦点 IOL 挿入眼の硝子体手術への影響は,手術を要した症例 1,2 で,硝子体手術用コンタクトレンズを用いた手術顕微鏡下では,網膜血管,黄斑前膜のコントラストが単焦点 IOL 挿入眼に比べてやや低下して観察された(図 3a).硝子体を観察するためにトリアムシノロン粒子(ケナコルトR,ブリストルマイヤーズ,東京)を硝子体腔に注入したところ,硝子体腔内に浮遊するトリアムシノロン粒子は,消えたり現れたりして見え,粒子そのものがだぶった像として観察された(図 3b).同様に眼内器具も顕微鏡の焦点の合わせ具合にacdefb図 1症例3の眼底写真とOCT所見網膜中心静脈閉塞症発症時の眼底写真(a)と OCT 画像(c)では多発する網膜出血と著明な黄斑浮腫がみられる.治療 7 カ月後の眼底写真(b)と OCT 画像(e)では網膜出血も減少し黄斑浮腫も軽快した.OCT でのモニター画像(LSO)(d,f)では波状の水平ノイズ(矢印)が認められるが,OCT 画像では認められない.———————————————————————- Page 41546あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(106)より滲んで見えたが,手術操作は問題なく行えた.III考按回折型多焦点 IOL は,その利点を生かすために,網膜感度が良好で,中心窩機能が保たれていることが好ましいため,白内障手術前の検査で,視力に影響を及ぼす可能性がある眼底疾患が存在すれば適応としないのが一般的である.症例 1 は,術後早期に網膜 離を発症しているが,術前検査では眼底に異常所見は観察されなかったため多焦点 IOL の適応とし,術 1 週後に硝子体出血を伴う急激な視力低下をきたし,この時点で裂孔原性網膜 離を発症した可能性が高いと考えている.白内障手術の年齢層から,多焦点 IOL 挿入後に加齢性変化による網膜硝子体疾患を発症する可能性は十分考慮すべきである.その際問題になるのが,良好な裸眼視力を目的として挿入された症例における視力予後,光学デザインによる診断への影響,手術を要する例での手術の難易度で図 2症例4の眼底写真とOCT所見網膜中心静脈閉塞症増悪時の眼底写真(a)と OCT 画像(c)では多発する網膜出血と黄斑浮腫がみられる.治療 4 カ月後の眼底写真(b)と OCT 画像(d)では網膜出血も減少し黄斑浮腫も軽快した.acbd図 3症例1の術中写真網膜血管,黄斑前膜のコントラストがやや低下し(a),トリアムシノロン粒子はだぶった像(b)として観察されたが,手術は問題なく施行できた.ab———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091547(107)ある.まず,視力予後については,疾患や重篤度によって異なるが,今回の 4 症例では,多焦点 IOL 挿入後裸眼視力 0.5 以上,矯正視力 1.0 以上と良好であった.しかしながら,網膜硝子体疾患により視力は著明に低下し,治療を要した.4 例とも疾患が異なり治療法も異なるが,全例視力は改善した.多焦点 IOL は先進医療として認められ,術前後の検査は保険適用だが,手術費が自費のため,術後の見え方に対する患者の期待度は高い.網膜硝子体疾患を併発した場合,単焦点IOL 挿入後に比べ,治癒後に視力がある程度回復しても,高価な手術費を支払った結果として不満をいだく可能性があり,今後,症例数が増えるにつれ,十分な術前説明の必要性が認識されるべきである.つぎに,検査所見についてであるが,回折デザインによる影響が危惧されている.回折型多焦点 IOL 挿入眼の自覚的な見え方に不満をもつ例が検討されており5,6),代表的な見え方の表現に,回折リングが見える,waxy vision,ゴースト像がある.同様の問題が検査に出るかどうかであるが,倒像鏡による眼底検査,眼底写真,蛍光眼底造影といったある位置に焦点を合わせる条件では,単焦点 IOL 挿入例と差がなく施行でき,診断への影響はなかった.近年,網膜診断に用いる OCT 画像について,筆者らは,回折型多焦点 IOL 挿入後の網膜硝子体疾患のない例において,Cirrus HD-OCT の LSO 画像で水平ノイズがみられるが,OCT 画像そのものには水平ノイズに相当する像はみられず,また,SLO でも水平ノイズに相当する像がみられないことを報告した4).今回の回折型多焦点 IOL 挿入後の網膜硝子体疾患例でも,測定した全例に同様の水平ノイズがみられ,この機序としては,LSO が完全な共焦点方式ではなく,画像検出を短波長のスリット照明と横方向に移動するスリット状の検出装置(linear detector)で行うため,一方向のみの水平ノイズが検出され,一方,完全な共焦点方式であるSLO ではピンホール状の検出装置を用いているため,水平ノイズが除去されていたと推測している.今後,新しい診断装置が開発されると,回折型多焦点 IOL 挿入眼において単焦点 IOL 挿入眼でみられない微細な影響が出る可能性はあるが,診断を左右するような状況が出ることは考えにくい.硝子体手術中所見として,すでに症例 1 のケナコルト粒子のゴースト像を報告した3)が,症例 2 でも同様の所見が観察され,回折型多焦点 IOL 挿入眼における特徴的な見え方と考えられた.今後,網膜硝子体手術が必要な症例では,術者がこの現象を把握しておくことが必要と思われた.術者の自覚的判断になるが,多焦点 IOL を通しての網膜所見は,レンズ特有の収差のなかでの手術となり,単焦点 IOL を通してよりコントラストが弱く感じられる.収差については,IOL 以外に顕微鏡や硝子体手術用コンタクトレンズの影響もあり,さらに検討が必要だが,IOL 収差への対応策として,欧米で硝子体手術における使用率が高い広角観察システムは,多焦点 IOL の収差の影響を受けにくいため,今後,硝子体手術時の有用性について評価が望まれる.検査所見で,回折型多焦点 IOL 挿入後の自覚的な見え方で問題になる回折リング像や waxy vision の影響がなかったことを述べたが,硝子体手術中に焦点をずらすと,回折リングが視野に広がり,全体がゆらゆらした,英語の表現で waxy vision を想像させる映像が確認された.この現象は,焦点を合わせる場所によって変化し消えるので,手術操作に影響はないが,患者の見え方を理解するうえで興味深い所見である.以上,回折型多焦点 IOL 挿入後に網膜硝子体疾患の治療を要した 4 例で,検査および治療において IOL の光学デザインによる特徴的な所見が認められたが,治療は安全に行われ,良好な視力回復が得られた.今後,多焦点 IOL 挿入例数が増えるに伴い眼底疾患発症率が増えることが予想されるが,眼底検査や手術時に単焦点 IOL との違いを理解しておくことが必要と思われた.文献 1) ビッセン宮島弘子:視機能を考えた眼内レンズ選択法.IOL&RS 20:209-212, 2006 2) ビッセン宮島弘子:眼科と医療問題多焦点眼内レンズと評価療養.IOL&RS 22:384-385, 2008 3) Kawamura R, Inoue M, Shinoda K et al:Intraoperative ndings during vitreous surgery after implantation of di ractive multifocal intraocular lens. J Cataract Refract Surg 34:1048-1049, 2008 4) Inoue M, Bissen-Miyajima H, Yoshino M et al:Wavy horizontal artifacts on optical coherence tomography line-scanning images caused by di ractive multifocal intraocu-lar lenses. J Cataract Refract Surg 35:1239-1243, 2009 5) Woodward MA, Randleman JB, Stulting RD:Dissatisfac-tion after multifocal intraocular lens implantation. J Cata-ract Refract Surg 35:992-997, 2009 6) Castillo-Gomez A, Carmona-Gonzalez D, Martinez-de-la-Casa JM et al:Evaluation of image quality after implan-tation of 2 di ractive multifocal intraocular lens models. J Cataract Refract Surg 35:1244-1250, 2009***