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先天性ヘルペスウイルス感染に合併した壊死性網膜炎

2011年5月31日 火曜日

730(12あ8)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(5):730.733,2011cはじめに先天性ヘルペス感染症は,分娩時の産道感染が85%を占め,経胎盤感染は5%とまれである.Herpessimplexvirus(HSV)-2による感染が70.85%と多く,HSV-1による感染は15.30%程度である1).典型的なヘルペス感染症の症状で発症せず,小児科においても診断に苦慮することが多いといわれている2,3).今回,新生児集中治療室(NICU)入院中に,角膜炎および壊死性網膜炎を生じ,その眼所見から先天性ヘルペス脳炎の診断に至った,HSV-1の経胎盤感染と診断された極低出生体重児の1例を経験したので報告する.I症例患者:在胎週数30週5日,出生体重1,408g,男児.〔別刷請求先〕内村英子:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:EikoUchimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjyuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN先天性ヘルペスウイルス感染に合併した壊死性網膜炎内村英子*1豊口光子*1笠置晶子*1稲用和也*2堀貞夫*1小保内俊雅*3内山温*3楠田聡*3仁志田博司*3*1東京女子医科大学眼科学教室*2総合病院国保旭中央病院眼科*3東京女子医科大学母子総合医療センター新生児部門NecrotizingRetinitisAssociatedwithCongenitalHerpesSimplexVirusInfectionEikoUchimura1),MitsukoToyoguchi1),AkikoKasagi1),KazuyaInamochi2),SadaoHori1),ToshimasaObonai3),AtsushiUchiyama3),SatoshiKusuda3)andHiroshiNishida3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KokuhoAsahiCentralHospital,3)MatemalandPerinatalCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity壊死性網膜炎様の眼所見を呈し,先天性ヘルペス脳炎の診断に至った極低出生体重児の1例を経験した.症例は在胎週数30週5日,出生体重1,408gの男児であった.生後23日に異常運動と無呼吸発作が出現した.生後26日に精査のため眼科を受診し,両眼の角膜に混濁と浮腫を認め,耳側網膜に黄白色の滲出斑と網脈絡膜萎縮を認めた.壊死性網膜炎を疑い,前房水のポリメラーゼ連鎖反応を施行したが単純ヘルペスウイルス(HSV)と帯状疱疹ウイルスは陰性であった.小児科にて静脈血と髄液中のヘルペス抗体価を検索し,HSV-Ig(免疫グロブリン)Mが検出され先天性ヘルペス脳炎と診断された.母体が妊娠中にHSVに初感染していたことが判明し,胎盤病理の免疫染色からHSV-1が検出され,HSVの経胎盤感染と確定診断された.母親が初感染のため,母親由来のHSV-IgGが存在せず,患児は角膜炎と壊死性網膜炎の眼合併症を発症し,重篤となったと考えられた.Wereportacaseofcongenitalherpesencephalitisinamaleinfantwithverylowbirthweightbasedonocularfindings.Hewasdeliveredvaginallyat30weeksand5daysofgestation,weighing1,408ganddevelopedabnormalmovementandattacksofapnea23daysafterbirth.Onday26,theinitialophthalmologicexaminationrevealedbilateralcornealopacity/edemaandyellowish-whiteexudatessuggestingnecrotizingretinitisinthetemporalfundi.Neitherherpessimplexvirus(HSV)norvaricella-zosterviruswasdetectedinaqueoushumorviapolymerasechainreaction,butHSV-IgMwasdetectedincerebrospinalfluid,leadingtothediagnosisofcongenitalherpesencephalitis.ThemotheracquiredprimaryHSVinfectionduringpregnancy.PathologicexaminationoftheplacentaconfirmedtransplacentaltransmissionofHSV-1.SincecongenitalherpesinfectionrarelyoccursduetotransplacentaltransmissionofHSV-1,theabsenceofmaternallyderivedHSV-IgGmighthavecausedthesubsequentseriousmedicalconsequencesintheinfant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):730.733,2011〕Keywords:壊死性網膜炎,先天性ヘルペス脳炎,単純ヘルペスウイルス.necrotizingretinitis,congenitalherpesencephalitis,herpessimplexvirus.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011731初診:2006年10月3日(生後26日).家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2006年9月6日,在胎30週5日で出生し,Apgarscoreは7/7と正常であった.生後NICUに入院となり,約1週間の人工呼吸管理を施行された.生後10日に,前額部,後頸部,背部に皮疹が出現したが,擦過物の培養にて細菌は検出されず,特に重篤な全身合併症はなかった.生後14日には全身状態が安定したため酸素投与が中止された.生後19日,突然嘔吐が出現し,呼吸状態が不安定となり,生後23日より,ミオクロニー様の異常運動と,無呼吸発作が頻発したため,再び人工呼吸管理となった.生後26日に原因精査および未熟児網膜症のスクリーニング目的で当科初診となった.初診時所見:生後26日の初診時,修正在胎週数34週3日,体重1,380gであった.前眼部に軽度の球結膜充血と両眼にすりガラス状の角膜混濁と角膜浮腫を認めた.中間透光体には白内障はなく,びまん性硝子体混濁がみられた.視神経乳頭は境界不鮮明であり,血管は耳側にわずかに認めるのみで,両眼の耳側網膜の周辺部に黄白色の滲出斑および網脈絡膜萎縮を認めた.眼所見から代謝性疾患やヘルペスウイルスなどの感染が疑われたため,新生児科に全身検索を依頼した.全身検査所見:血液生化学所見は白血球:9,400/μl,赤血球:341万/μl,ヘモグロビン:12.3g/dl,ヘマトクリット:32.3%,血小板:27.7万/μl,総蛋白:5.5g/dl,AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ):26U/l,ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ):8U/l,血中尿素窒素:12.8mg/dl,クレアチニン:0.81mg/dl,CRP(C反応性蛋白)<0.3mg/dlであり,感染症を疑わせる異常値は認めなかった.髄液検査にて細胞数,蛋白値の増加を認めたが,髄液と静脈血の微生物培養検査では細菌は検出されなかった.染色体検査では46XYで異常なく,代謝性疾患スクリーニング検査でも異常を認めなかった.頭部エコーにて中大脳動脈領域の大脳白質内に脳質周辺部まで多発する.胞を認め,脳炎が疑われた.脳炎に合併した眼底所見から,ヘルペスウイルス感染症が疑われたため,静脈血のウイルス検査を依頼した.サイトメガロウイルス,トキソプラズマのIg(免疫グロブリン)Mは陰性であったが,HSVのIgMが5.1MI(IgMindex)と陽性であったため,患児はHSVの初感染と診断された.その際,HSV-IgGは22.0GI(IgGindex)であったが,生後48日の静脈血のウイルス検査ではHSVIgGは9.0GIと減少していた.その後,髄液のHSV-IgMも3.3MIと陽性であることが判明し,ヘルペス脳炎と確定診断された(表1).経過:初診時,壊死性網膜炎が考えられたため前房水を採取し,polymerasechainreaction(PCR)によりHSV,varicella-zostervirus(VZV)のPCR-DNAを検索したが結果はすべて陰性であった.前眼部所見と眼底所見を総合的に判断して細菌性角膜炎を疑い,トブラマイシン,レボフロキサシンを両眼に4回/日点眼で治療を開始した.その後,眼脂と角膜擦過物の培養からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため,バンコマイシンを追加した.2週間後には角膜浮腫は改善し,MRSAが陰性化したため,バンコマイシンは中止した.また,角膜混濁を改善させるため,0.1%フルオロメトロン点眼を2回/日から開始した.角膜混濁が改善傾向を認めたため,2週間で0.1%フルオロメトロン点眼を中止した.新生児科に依頼した静脈血と髄液の検査にて,HSVの初感染によるヘルペス脳炎と確定診断された後,網膜炎の進行表1母児の検査所見<児の検査所見>静脈血(生後26日)→(生後48日)髄液(生後48日)・HSV-IgM(+)5.1MI(+)4.6MI・HSV-IgM(+)3.3MI・HSV-IgG(+)22.0GI(+)9.0GI・風疹-IgM(±)1.6MI・CMV-IgM(.)0.2MI・風疹-IgM(+)5.2MI・トキソプラズマIgM(.)0.1COI染色体:46XY異常なし代謝性疾患スクリーニング:異常なし<母の検査所見>24歳,女性,全身疾患なし静脈血(産後26日)→(産後56日)HSV-IgM(±)1.0MI(.)0.6MIHSV-IgG(+)97.0GI(+)390.0GIVZV-IgM(±)1.5MI(±)1.3MIVZV-IgG(+)32.0GI(+)33.0GI風疹IgM(.)0.7MI風疹IgG(+)27.0GI図1左眼前眼部写真(生後69日)角膜の9時-12時に上皮下混濁がみられる(矢印)が,生後26日に比べると角膜炎は改善している.732あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(130)がみられたため,新生児科にて生後62日にアシクロビルの全身投与を開始した.しかし全身状態が重篤で脳炎および眼病変の改善が望めないことから1週間で中止となった.初診より1カ月後,角膜周辺部に上皮下混濁を認めるが,角膜浮腫は初診時(生後26日)に比べると改善した(図1).眼底は,網膜血管が狭細化し広範囲に閉塞しており,視神経の周辺を除いて網脈絡膜の強い萎縮と瘢痕形成を認めた(図2).眼科的には,前房水からHSVは検出されなかったが,眼底所見より周辺部から始まる黄色の滲出斑が,その後色素沈着を伴う瘢痕病巣に変化し,進行性の壊死性網膜炎の臨床像を呈していた.全身ではHSV初感染でありヘルペス脳炎に罹患していたことから,眼底病変はHSVによる壊死性網膜炎が最も考えられる病態であった.母親は24歳の女性で,全身疾患の既往歴はなかった.産後にウイルス検査を施行し,産後26日と56日のペア血清にて,HSV-IgMのみが(±)1.0MIから(.)0.6MIへと変化し,HSV-IgGが(+)97.0GIから(+)390.0GIへと上昇していたことから,母親は妊娠中,出産直前にHSVに初感染していたことが判明した(表1).ヘルペスの感染経路の検索のため,分娩時に保存した胎盤の標本を染色した.病理検査の結果,炎症細胞浸潤を認める部位の胎盤に封入体をもった巨細胞を認め,抗HSV-1の免疫染色にてジアミノベンジジン(DAB)発色で核内に褐色のウイルス顆粒を認めた(図3).この結果より,HSV-1の経胎盤感染による先天性ヘルペス感染と確定診断された.II考察先天性ヘルペス感染症は,子宮内,分娩時,生直後にHSVに感染し,感染源としては母親が最も多いと報告されている.感染経路は分娩時の産道感染が85%を占め,経胎盤感染は5%とまれである1).経胎盤感染は妊娠初期の20週間に多く,流産,死産,先天性奇形につながり1),周産期死亡率は50%である4).HSV-1による感染が15.30%,HSV-2による感染が70.85%であり1),HSV-2による感染が多いとされており,HSV-2の感染のほうが重篤な予後を伴うと報告されている5,6).ただし,患者の約半数にしか典型的な皮膚症状が出現しないため,多くの症例が検死でしか診断されない2,3).本症例は胎盤病理組織所見にて,HSV-1による経胎盤感染と確定診断された.経胎盤感染が病理から確定診断されることはまれであり,HSV-1による感染例がさらに少ないことから,わが国での報告はみられず貴重な先天性ヘルペス感染の症例と考えられる.先天性ヘルペス感染症の臨床所見は,皮膚症状のみの限局型が5.10%,皮膚症状と眼病変の合併が15%,本症例のように脳炎に眼病変もしくは皮膚病変を合併するものが50図2眼底写真(生後69日)左:右眼,右:左眼.両眼とも硝子体混濁にて眼底透見不良だが,網脈絡膜の強い萎縮と瘢痕を認める(矢印).網膜血管は狭細化し閉塞していた.D:視神経乳頭と思われる部位.図3胎盤の病理組織所見左:胎盤の炎症細胞浸潤を認める部位に,封入体をもった巨細胞がみられる(矢印).HE染色.右:巨細胞が,抗HSV-1免疫染色に陽性である(矢印).抗HSV-1免疫染色.(131)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011733%にみられる.HSV感染症の乳児の20%に眼病変があるものと推定されている2,3).眼病変には結膜炎,角膜炎,白内障,網脈絡膜炎などがある.網膜炎は晩期にみられる合併症であることが多い7).先天性ヘルペス感染症の眼所見は,1977年Yanoffらが,HSV-2による眼内炎として最初に報告している.32週の低出生体重児の報告であり,角膜炎,虹彩炎,壊死性網膜炎があり,剖検時の網膜からHSV-2が検出された8).本症例では,角膜炎と壊死性網膜炎を合併しており,Yanoffらの報告と類似した所見を呈し,全身的にHSV以外の感染症が認められないことから,先天性へルペス感染による眼内炎と考えられた.先天性ヘルペス感染症の胎内感染の場合,免疫が未熟であることから,角膜炎と網膜炎の両方を合併し重篤になりやすいと考えられた.本症は脳炎発症前の生後10日に皮膚病変が出現していたが,細菌検査のみ施行しており,皮疹はヘルペス感染が関与していた可能性も考えられる.皮疹出現の約10日後に神経症状が出現し脳炎を発症し,その1週間後の眼底検査では,すでに眼底は壊死性網膜炎に,また一部瘢痕病巣が混在する病態となっていた.皮疹出現から約2.3週の間に網膜病変はかなり進行しており網膜炎の進行が速かったことが推測される.本症例では母体が初感染であったため,患児が出生前に胎内で感染したときに母体由来のHSVIgGが存在せず,患児の免疫もまだ未熟であったことから重篤となったと考えられた.先天性ヘルペス感染症の臨床像は,非典型的な症状で発症することが多く,無症状の母体から感染することもあり,診断に苦慮することが多い.本症例は極低出生体重児であり,採血量が制限されるため検査項目も限られる状況下で,眼所見が診断の手掛かりとなった.本論文の要旨は第42回日本眼炎症学会で発表した.文献1)SauerbreiA,WutzlerP:Herpessimplexandvaricellazostervirusinfectionduringpregnancy:currentconceptsofprevention,diagnosisandtherapy.Part1:Herpessimplexvirusinfections.MedMicrobiolImmunol196:89-94,20072)NahmiasAJ,HaglerW:Ocularmanifestationsofherpessimplexinthenewborn.IntOphthalmolClin12:191-213,19723)NahmiasAJ,VisintineAM,CaldwellDRetal:Eyeinfectionswithherpessimplexvirusinneonates.SurvOphthalmol21:100-105,19764)DesselbergerU:Herpessimplexvirusinfectioninpregnancy:diagnosisandsignificance.Intervirology41:185-190,19985)KriebsJM:Understandingherpessimplexvirus:transmission,diagnosis,andconsiderationsinpregnancymanagement.JMidwiferyWomensHealth53:202-208,20086)MeerbachA,SauerbreiA,MeerbachWetal:Fataloutcomeofherpessimplexvirustype1-inducednecrotichepatitisinaneonate.MedMicrobiolImmunol195:101-105,20067)KurtzJ,AnslowP:Infantileherpessimplexencephalitis:Diagnosticfeaturesanddifferentiationfromnon-accidentalinjury.JInfect46:12-16,20038)YanoffM,AllmanMI,FineBS:Congenitalherpessimplexvirustype2,bilateralendophthalmitis.TransAmOphthalmol75:325-338,1977***