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線維柱帯切開術が有効であった色素血管母斑症を伴う発達緑内障の1例

2013年7月31日 水曜日

《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(7):1014.1016,2013c線維柱帯切開術が有効であった色素血管母斑症を伴う発達緑内障の1例岡安隆松原みどり小林かおり岡田守生倉敷中央病院眼科PhacomatosisPigmentovascularisResultinginDevelopmentalGlaucomaforwhichTrabeculotomywasClinicallyEffectiveTakashiOkayasu,MidoriMatsubara,KaoriKobayashiandMorioOkadaDepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital太田母斑とSturge-Weber症候群(以下,SW症候群)を合併した色素血管母斑症による発達緑内障で,線維柱帯切開術が奏効した症例を報告する.症例は,生後22日に左眼角膜が大きく,ときに白濁することを主訴に当科を受診した女児.初診時の眼圧は正常であったが左眼角膜浮腫を認め,顔面の血管腫と色素性母斑,体幹四肢に血管腫があり,太田母斑とSW症候群が併存する色素血管母斑症と診断した.その後の経過観察中に,左眼眼圧上昇と左眼視神経乳頭陥凹が拡大してきたため,3歳2カ月時に左眼線維柱帯切開術を施行した.術中所見でSchlemm管内壁に強い色素沈着を認めた.術後,左眼眼圧は下降した.本例では隅角線維柱帯に著しい色素沈着を認め,術後速やかに眼圧下降を得たことなどから,眼圧上昇の原因として母斑症に伴う線維柱帯の色素沈着による房水流出抵抗の増加が考えられた.WedescribeacaseofphacomatosispigmentovasculariswithnevusofOtaandSturge-Webersyndromeresultingindevelopmentalglaucomaforwhichtrabeculotomywasclinicallysuccessful.A22-day-oldfemalepresentedwithedemaoftheleftcorneaandcornealwhitening.Physicalfindingsrevealednoelevationofintraocularpressure,butrevealedhemangiomaofthefaceandextremities,andfacialnevuspigmentosus.Thepatientwasdiagnosedwithphacomatosispigmentovascularisandfollow-upwascarriedout.At3yearsand2monthsofage,elevatedintraocularpressurewasobservedinthelefteyeandtrabeculotomywasperformed,revealingpigmentationoftheinnerwallofSchlemm’scanal.Postoperatively,intraocularpressurereductionwasobserved,thepatient’sclinicalcoursebeingsatisfactory.IncreasedaqueousoutflowresistanceresultingfromnevusofOtawithtrabecularmeshworkpigmentationwasconsideredtobethecauseoftheelevatedintraocularpressure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1014.1016,2013〕Keywords:発達緑内障,色素血管母斑症,太田母斑,Sturge-Weber症候群.developmentalglaucoma,phacomatosispigmentovascularis,nevusofOta,Sturge-Webersyndrome.はじめに太田母斑とSturge-Weber症候群(以下,SW症候群)は,それぞれ単独でも緑内障を合併することが知られている.太田母斑などの色素性母斑と,SW症候群などの単純性血管腫が併存する病態が,色素血管母斑症である.色素血管母斑症の報告は多いが,緑内障を合併し手術を行った報告は少ない1).今回,太田母斑とSW症候群を合併した色素血管母斑症の発達緑内障に対して,線維柱帯切開術を施行し良好な結果を得たので報告する.I症例患者:生後22日,女児.主訴:左眼角膜が大きく,ときに白濁する.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:生下時より左右顔面と体幹,左の上下肢に皮膚血管腫と,左大脳半球の萎縮,頭蓋内血管腫による右半身麻痺,てんかん重積発作を認めておりSW症候群と診断された.角膜径の左右差と左眼角膜混濁の消長がみられるため,〔別刷請求先〕岡安隆:〒710-8602倉敷市美和1-1-1倉敷中央病院眼科Reprintrequests:TakashiOkayasu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital,Miwa1-1-1,Kurashiki,Okayama710-8602,JAPAN101410141014あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(132)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1眼瞼所見写真両眼瞼に血管腫と色素性母斑を認めるが,形成外科にて5回レーザー照射療法を施行されており淡くなっている.30250:右眼:左眼右眼ラタノプロスト,チモロール図4強膜所見写真20強膜表層に色素沈着を認める(▲).15105眼圧(mmHg)図2術前眼圧推移鎮静下アプラネーション眼圧計にて眼圧を測定した.図3強膜所見写真上強膜血管異常を認める.平成20年10月,生後22日に当院小児科より紹介となった.初診時,鎮静下での眼圧は右眼6.7mmHg,左眼12.18mmHgであった.両眼の上強膜血管異常,強膜色素性母斑,左眼角膜浮腫を認めた.角膜横経は右眼10mm,左眼11mmであった.両眼前房深度は正常で中間透光体,網膜,脈絡膜に異常はなかった.陥凹・乳頭比は,右眼0.2,左眼(133)図5Schlemm管所見写真Schlemm管内壁に強い色素沈着を認める(▲).0.2であり,視神経乳頭陥凹拡大に左右差はなく,明らかな眼圧上昇もなかったため経過観察した.てんかん重積発作を繰り返すため,平成21年5月に他院にて大脳離断術を施行されたが,他院入院中に左眼眼圧が25mmHgまで上昇したため,ラタノプロストとチモロールの点眼を開始された.平成21年6月に当院形成外科にて両側三叉神経第1枝領域に太田母斑を指摘され,色素性母斑と単純性血管腫が併存する色素血管母斑症と診断された(図1).両眼に色素血管母斑症を認めたが,右眼は眼圧10mmHg台前半でほぼ推移していたため無点眼で経過観察した.左眼は眼圧降下剤2剤を継続していたが,平成23年11月,3歳2カ月時に左眼眼圧上昇(図2)と左眼視神経乳頭陥凹の拡大〔C/D(陥凹乳頭)比0.5〕を認めたため,同月に左眼線維柱帯切開術を施行した.手術は一重強膜弁で11時方向から行った.術中,上強膜血管の異常と,強膜浅層の色素沈着,Schlemm管内壁に強い色素沈着があった(図3.5).強膜厚は正常で,Schlemmあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131015 30管母斑症による緑内障患者の特徴的所見として,顔面の血管眼圧(mmHg)252015105:右眼:左眼性母斑と上強膜の血管異常,前眼部の色素性母斑がある1,9).また,隅角の色素沈着が高度であるほど,眼圧上昇が大きく,発症が早い傾向を認めるとの報告がある1).本症例は,両眼瞼に血管腫を認めたが,とりわけ左眼の血管腫が大きかった.左眼術中所見で上強膜の血管異常と上強膜の色素性母斑,Schlemm管内壁には高度色素沈着がみられた.太田母斑に緑内障が合併する機序として,線維柱帯でのメラノサイトやメラニン顆粒の増加による房水流出障害と先天性の隅角形成異常などから眼圧上昇をきたすと推測されている4,5)が,結論は得られていない.他方SW症候群では上強膜静脈圧の上昇と,隅角の発生異常が眼圧上昇の機序として推測されている.組織学的にはSchlemm管の形態異常や,Schlemm管に相当する部位に弾性線維を取り巻く顆粒状物質やコラーゲン線維,線維柱帯細胞,メラノサイト,血管様構造などが存在しSchlemm管が確認できない症例が報告されている7).本症例で線維柱帯切開術を選択した理由は,隅角の形成異常は明らかでないが,線維柱帯の高度色素沈着を認めており太田母斑による緑内障では線維柱帯切開術が奏効している報告があること,若年者であり線維柱帯切除術では術後濾過胞の管理がむずかしいと考えたためである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TeekhasaeneeC,RitchR:Glaucomainphakomatosispigmentovascularis.Ophthalmology104:150-157,19972)OtaM:Naevusfusco-caeruleusophthalmo-maxillaris.TokyoMedJ63:1243-1245,19393)TeekhasaeneeC,RitchR,RutninUetal:Glaucomainoculodermalmelanocytosis.Ophthalmology97:562.570,19904)藤田智純,藤井一弘,田中茂登ほか:線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例.あたらしい眼科25:1027-1030,20085)若山かおり,国松志保,鈴木康之ほか:線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った開放隅角緑内障の1例.あたらしい眼科17:1689-1693,20006)SujanskyE,ConradiS:OutcomeofSturge-Webersyndromein52adults.AmJMedGenet57:35-45,19957)赤羽典子,浜中輝彦:Sturge-Weber症候群に伴う緑内障について組織学的検討を行った1例.日眼会誌105:705710,20018)HasegawaY,YasuharaM:PhakomatosispigmentovascularistypeIVa.ArchDermatol121:651-655,19859)LeeH,ChoiSS,KinSSetal:AcaseofglaucomaassociatedwithSturge-WebersyndromeandnevusofOta.KoreanJOphthalmol15:48-53,2001(134)0図6術後眼圧推移無点眼で左眼眼圧コントロール良好となった.管は正常な位置に同定された.両側の線維柱帯を切開し手術を終了した.Bloodrefluxは両側に通常程度みられた.術直後より左眼眼圧は下降し,術後10カ月の経過は無点眼にて眼圧コントロール良好であった(図6).II考按今回,筆者らは太田母斑とSW症候群を合併した続発緑内障に対して,線維柱帯切開術を施行し緑内障点眼なしで10台前半の眼圧下降を得ることができた.術中,上強膜血管異常およびSchlemm管内壁に著明な色素沈着があった.線維柱帯切開術を行うことで速やかに眼圧が房水静脈圧に等しい値まで下降していることから,本症例の眼圧上昇機序は上強膜静脈圧の上昇ではなく,母斑症に伴う線維柱帯色素によるSchlemm管内壁の房水流出抵抗の上昇と推測された.太田母斑は,1939年に太田・谷野により初めて報告2)され,三叉神経第1,2枝領域に生じる褐青色母斑と定義されている.日本での発症頻度は1万人に1人であり,太田母斑患者の半数で強膜,虹彩,眼底に色素沈着を認める.太田母斑患者で眼圧上昇を認める症例は約10%という報告がある3)が,眼圧上昇は軽度な症例が多い.手術療法に至った症例は少ないが,線維柱帯切開術が奏効した報告が散見される4,5).SW症候群は,胎生6週に形成される一次血管叢が,神経堤の障害により残存し,間葉組織由来の皮膚組織,脈絡膜,脳軟膜などが傷害される症候群であり,30.60%に緑内障が合併するとの報告がある6,7).SW症候群に合併する緑内障の眼圧上昇の機序は上強膜静脈圧によるものと,強膜岬の欠損や形成障害,線維柱帯の肥厚や膜様組織の形成などの隅角形成異常が報告されている.色素血管母斑症は,皮膚単純性血管腫と色素性母斑が同部位で合併するものであり,ほぼアジア人にしか報告がなく,遺伝性はない8).合併する母斑の形態によってサブタイプに分類されており2型の青色母斑によるものが全体の8割を占める.本症例は太田母斑が合併する2型に相当する.色素血1016あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013

線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(123)10270910-1810/08/\100/頁/JCLS18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(7):10271030,2008cはじめに太田母斑は,三叉神経の第1,2枝領域に生じる褐青色母斑であり,眼科領域では強膜の色素斑,虹彩の色素過多,眼底の暗黒色を呈し,緑内障を合併したとの報告が散見される110).しかし,一般に本疾患に伴う眼圧上昇は通常軽度であり観血的治療に至った報告は少なく13),本症に対する手術方法は確立していない.今回,筆者らは薬物治療にて眼圧コントロールが不良であった太田母斑に伴った遅発型発達緑内障に対して線維柱帯切開術が奏効した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕藤田智純:〒769-1695香川県観音寺市豊浜町姫浜708番地三豊総合病院眼科Reprintrequests:TomoyoshiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,708Himehama,Toyohama,Kanonji,Kagawa769-1695,JAPAN線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例藤田智純*1藤井一弘*1田中茂登*2馬場哲也*2廣岡一行*2白川博朗*3白神史雄*2*1三豊総合病院眼科*2香川大学医学部眼科学講座*3白川眼科医院ACaseofDelayedDevelopmentalGlaucomaAssociatedwithNevusofOtaSuccessfullyTreatedwithTrabeculotomyTomoyoshiFujita1),KazuhiroFujii1),ShigetoTanaka2),TetsuyaBaba2),KazuyukiHirooka2),HiroakiShirakawa3)andFumioShiraga2)1)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,3)ShirakawaEyeClinic線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例を経験した.症例は26歳の女性.右眼の霧視,視野欠損にて近医を受診,投薬加療にても眼圧下降が得られず香川大学医学部附属病院眼科を紹介受診した.初診時,眼圧は右眼52mmHg,左眼23mmHgであった.右眼瞼,右頬部,右眼強膜に色素斑を認めた.右眼の虹彩は暗褐色を呈していた.隅角は両眼とも開放隅角で虹彩高位付着を認めた.右眼下方に色素斑を認め,同部では隅角底の境界は不明瞭であった.視神経乳頭陥凹比は右眼0.9,左眼0.5で,動的量的視野検査では右眼は湖崎分類Ⅲb期,左眼に緑内障性変化は認めなかった.以上より右眼の太田母斑に伴う続発緑内障および両眼の遅発型発達緑内障と診断した.右眼薬物療法では十分な眼圧下降が得られなかったため線維柱帯切開術を施行した.術後は無治療で良好な眼圧下降が得られた.WereportacaseofdelayeddevelopmentalglaucomaassociatedwiththenevusofOta,whichwassuccessfullytreatedwithtrabeculotomy.Thepatient,a26-year-oldfemale,notedblurredvisionandvisualelddefect.Atherrstvisit,intraocularpressure(IOP)was52mmHgintherighteye(RE)and23mmHginthelefteye(LE).Therewasdarkpigmentationoftheperiorbitalandbuccalskin,andthescleraoftheRE.IrishyperchromiawasseenintheRE.Gonioscopydisclosedirishighinsertioninallquadrantsofbotheyesandpigmentationtotheinferiorquad-rantoftheRE.Thecup-to-discratewas0.9REand0.5LE.TheREvisualeldshowedstageⅢbofKosaki’sclassication.WediagnosedsecondaryglaucomaassociatedwiththenevusofOtaintheREanddelayeddevelop-mentalglaucomainbotheyes.SinceIOPwaspoorlycontrolled,trabeculotomywasperformed.IOPwaswellcon-trolledafterthesurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10271030,2008〕Keywords:太田母斑,遅発型発達緑内障,続発緑内障,線維柱帯切開術.nevusofOta,delayeddevelopmentalglaucoma,secondaryglaucoma,trabeculotomy.———————————————————————-Page21028あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(124)同年12月12日,近医を受診した.両眼の高眼圧を認め,ラタノプロストと塩酸ドルゾラミド点眼の投与を受けたが,十分な眼圧下降が得られなかったため,精査加療目的にて2007年1月4日,香川大学医学部附属病院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.05(1.2×5.00D),左眼0.1(1.5×4.75D)で,眼圧は右眼52mmHg,左眼23mmHgであった.眼位は正位,眼球運動,対光反応はいずれも異常所見を認めず,右眼瞼,右頬部に色素斑を認めるとともに右眼の強膜にも広範なびまん性の色素斑を認めた(図1a).両眼とも前房深度は深く,前房内に炎症細胞を認めなかったが,右眼の虹彩は色素過多によると思われる暗褐色を示し,虹彩紋理も左眼と比較して不明瞭であった(図1b,c).隅角は両眼とも開放隅角で全周に虹彩高位付着を認めた.また,右眼隅角の耳側から下方にかけて母斑細胞によると思われる色素斑を認め,同部では隅角底の境界は不明瞭であった(図2a).眼底は右眼の陥凹乳頭比(C/D比)は0.9で,びまんI症例患者:26歳,女性.主訴:右眼の霧視,視野狭窄.家族歴:特記事項なし.既往歴:アトピー性皮膚炎,気管支喘息.現病歴:2006年夏頃からの右眼霧視,視野狭窄を主訴に図1前眼部写真右眼の強膜(矢印部)に広範なびまん性の色素斑を認めた(a).右眼の虹彩(b)は色素過多によると思われる暗褐色を示し,虹彩紋理も左眼(c)と比較して不明瞭であった.bca図2隅角写真右眼(a),左眼(b)ともShaer4度で,全周に虹彩高位付着を認めた.右眼隅角の耳側から下方にかけて母斑細胞によると思われる色素斑(矢印部)を認め,同部では隅角底の境界は不明瞭であった.ab———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081029(125)性の緑内障性視神経乳頭陥凹を認めた.左眼は緑内障性変化を認めず,網膜の色調に明らかな左右差は認めなかった(図3).動的量的視野検査では,右眼に上方から鼻側にかけて広範囲な視野狭窄を認め,湖崎分類Ⅲb期であった(図4).左眼には視野狭窄を認めなかった.以上より,右眼は太田母斑に伴う続発緑内障および遅発型発達緑内障,左眼は遅発型発達緑内障と診断した.経過:右眼の治療方針として,①薬物療法では十分な眼圧下降が得られていないこと,②若年であり線維柱帯切除術の長期成功率が低いこと,③眼圧上昇の一因として隅角の形成異常が関与していることを総合して線維柱帯切開術を選択した.手術は耳下側アプローチで行い,Schlemm管の同定,トラベクロトームの挿入および回転は通常通り施行でき,術図3眼底写真右眼(a)のC/D比は0.9で,びまん性の緑内障性視神経乳頭陥凹を認めた.左眼(b)は緑内障性変化を認めず,網膜の色調に明らかな左右差は認めなかった.ab図4動的量的視野検査右眼は上方から鼻側にかけて広範囲な視野狭窄を認め,湖崎分類Ⅲb期であった.図5術中写真a:耳下側アプローチ,b:Schlemm管の同定,トラベクロトームの挿入および回転は通常通り施行できた.ab———————————————————————-Page41030あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(126)中合併症はなく終了した(図5).手術翌日から眼圧下降が得られ,前房出血の量も通常通りであった.その後,術後1年の時点で右眼眼圧は無治療で17mmHg,左眼眼圧は点眼加療下に19mmHgで,視野狭窄の進行は認めていない.II考按太田母斑は,1939年太田,谷野により初めて報告された,三叉神経第1枝および第2枝支配領域に生じる色素斑で,その発生頻度はわが国では1万人に1人とされ,欧米と比較して多く,女性における頻度は男性の約5倍とされている.母斑細胞の自然消退傾向はなく,その半数に強膜,虹彩,眼底に色素沈着を認める11).眼科的に問題となるのは緑内障と母斑の悪性化であり,本症における緑内障合併例はわが国および海外で散見されている110)が,眼圧上昇をきたすのは約10%という報告もある4).わが国での緑内障合併例は932歳と比較的若年で,眼圧上昇は軽度であり,薬物治療で眼圧コントロールが得られている症例が多く,筆者らの知る限りわが国で観血的治療に至った報告は線維柱帯切除術が2例1,2),線維柱帯切開術が1例3)しかなく,本症例のように手術に至ったのはまれなケースといえる.本症の眼圧上昇の機序としては,隅角線維柱帯におけるメラノサイトおよびメラニン顆粒の増加による房水流出障害(続発緑内障)ないし先天性の隅角形成異常(発達緑内障)があげられている.布田らは線維柱帯切除術により得られた虹彩および隅角部の電子顕微鏡による観察から,線維柱帯間隙は保持され,また,色素顆粒による閉塞像も認めなかったことから,色素顆粒による房水流出路の閉塞という説は否定的であるとし,本症は両眼性の緑内障素因のうえに成り立っている疾患であり,その素因を顕著化したのは内皮網およびSchlemm管外壁に認められたメラノサイトの存在以外には求めることができなかったと報告している1).一方,色素顆粒の沈着によって房水流出が障害されるとする報告も散見される2,5,6).原らは隅角鏡的には認めがたい組織学的な隅角異常が根底にあり,この隅角発育異常に房水流出路の色素沈着による閉塞が加味されて眼圧上昇をきたすと推測している2).しかしながら,現在に至るまで結論は得られていない.本症例では太田母斑に加えて両眼の隅角に虹彩高位付着を認め,母斑のない僚眼にも軽度の眼圧上昇を認めた.さらに,患眼の隅角に母斑細胞によると思われる色素斑を認め,眼圧に約30mmHgの左右差を認めた.以上より,本症例では隅角の形成異常による房水流出障害とともにメラノサイトによる色素顆粒の沈着が房水流出障害をさらに増悪させたことで,患眼に高度な眼圧上昇をきたしたと考えた.本症に対する手術方法については,眼圧上昇機序について結論が得られていないこと,症例数が少ないことから,現時点ではまだ確立していない.わが国の観血的治療に至った報告では,いずれの症例も母斑側隅角に色素沈着をきたしているものの,両眼とも開放隅角で明らかな隅角形成異常は認めていない13).2例は線維柱帯切除術1,2)を,1例は線維柱帯切開術3)を施行し,術後良好な眼圧が得られたと報告されている.本症例では,線維柱帯切開術を施行することにより,術後1年の経過ではあるが無投薬での眼圧コントロールを得ることができた.1症例の短期成績ではあるが,太田母斑を伴っていても,遅発型発達緑内障に対する線維柱帯切開術は有効であった.今後,長期的な経過観察と同時に,複数症例においての検討が必要であると思われる.文献1)布田龍佑,清水勉,大蔵文子ほか:太田母斑に伴う緑内障の1例,隅角部および虹彩の電顕的観察.眼紀35:501-506,19842)原敬三:小児期緑内障の基礎的および臨床的研究,第3報,種々の先天異常を伴う緑内障について.眼紀24:1065-1076,19733)若山かおり,国松志保,鈴木康之ほか:線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った開放隅角緑内障の1例.あたらしい眼科17:1689-1693,20004)TeekhasaeneeC,RitchR,RutninUetal:Glaucomainoculodermalmelanocytosis.Ophthalmology97:562-570,19905)田村純子,小林誉典,千原恵子ほか:太田母斑に合併した緑内障.眼紀40:2484-2489,19896)薄田寿,小関武,櫻木章三:太田母斑に伴った緑内障の1症例.眼紀43:322-326,19927)荒木英生,吉富健志,猪俣孟:太田母斑にみられた隅角発育異常緑内障の1例.臨眼46:522-523,19928)桜井英二,滝昌弘:太田母斑にみられた片眼性開放隅角緑内障の1例.眼紀48:687-690,19979)佐々木徹,園田康平,池田康博ほか:数年間著明な眼圧季節変動を示した太田母斑に併発した発達緑内障の1例.あたらしい眼科23:817-820,200610)LiuJC,BallSF:NevusofOtawithglaucoma:reportofthreecases.AnnOphthalmol23:286-289,199111)青山陽:太田母斑.眼科プラクティス12,眼底アトラス(田野保雄編),p280,文光堂,2006***