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重心動揺検査における視覚系とRomberg 率との関係 ─プリズムを用いた疑似的な上下斜視の場合

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):137.140,2014c重心動揺検査における視覚系とRomberg率との関係─プリズムを用いた疑似的な上下斜視の場合金澤正継*1魚里博*1,2浅川賢*1,2川守田拓志*1,2*1北里大学大学院医療系研究科視覚情報科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学RelationshipbetweenVisionSystemandRombergQuotientinStabilometry─InVerticalStrabismusSimulatedthroughUseofaPrismMasatsuguKanazawa1),HiroshiUozato1,2),KenAsakawa1,2)andTakushiKawamorita1,2)1)DepartmentofVisualScience,KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences4Δのプリズムを用いて疑似的な上下斜視を生じさせ,視覚系とRomberg率との関係を検討した.健常若年者11名を対象に,UM-BARII(ユニメック社)を使用し,重心動揺検査を行った.測定は開眼と閉眼に加え,片眼ずつ4Δのプリズムを基底上方および下方へ装用した6条件とした.また,上下複視に対する重心動揺の評価は,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率を求め,垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係を比較した.その結果,Romberg率と高い正の相関を認めた(r=0.69.0.89,p<0.05).以上より,上下斜視が生じた場合の姿勢維持には,Romberg率が関係していることが示唆された.Thepurposeofthisstudywastosimulateverticalstrabismusbyusinga4ΔprismandexaminetherelationshipbetweenvisionsystemandRombergquotient.Werecruited11healthysubjectsandmeasuredtheircenterofpressurewithaplatformUM-BARII(UNIMEC)under6conditions:openeyes,closedeyesandopeneyeswith4Δprismbaseupordownonbotheyes.Changeinposturestabilizationbyprismeffectwasdefinedastheratioofchangeinnormalconditionwith4Δprismfromthatwithouttheprism.ThisparameterwasanalyzedwithverticalfusionalamplitudeandRombergquotientbyregressionanalysis.ResultsshowedthatcorrelationcoefficientwassignificantlycorrelatedwithRombergquotient(r=0.69.0.89,p<0.05);therewasnocorrelationwithfusionalamplitude.WesuggestthatposturalcontroldependsuponRombergquotientinverticalstrabismus.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):137.140,2014〕Keywords:重心動揺検査,上下斜視,Romberg率,姿勢維持,プリズム.stabilometry,verticalstrabismus,Rombergquotient,posturalstabilization,prism.はじめにプリズムとは,患者が有する眼位ずれを測定するのに用いられるだけでなく,その治療にも使用される光学的補助具の一つである1).また,重心動揺検査とは,重心位置から平衡機能を客観的かつ数量的に総合判定する検査のことである.眼位と平衡機能との関係は,石川ら2,3)が指摘して以来,プリズム処方による眼位治療の効果4,5)やプリズムを用いた疑似的な眼位異常の研究6,7)について,重心動揺検査8)を用いた評価が行われている.矢吹らは,斜視患者にプリズム処方を行ったところ,重心位置が安定した5)ものの,その続報において両眼単一視を獲得することの有用性が認められなかった9)と述べている.この点について,姿勢維持に対する視覚情報の役割には,個人差が大きい6,9)ためとされているが,その影響因子は明らかにされていない.そのため,その因子を明らかにすることで,斜視患者に対するプリズム処方の適応基準を示すことができる可能性がある.以前筆者らは,融像可能な範囲内でのプリズムによる影響を検討し7),上下方向へのプリズム効果が前後方向の重心動揺を増大させること〔別刷請求先〕魚里博:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学Reprintrequests:HiroshiUozato,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara-shi252-0373,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)137 を報告した.そこで本研究では,プリズムを用いて上下複視を作成し,姿勢維持の変化を評価するとともに,平衡機能の指標であるRomberg率10)との関係を検討したので報告する.I対象および方法1.対象対象は,平衡機能などの器質的疾患および屈折異常以外に眼疾患が認められない年齢20.32歳(24.9±4.1歳,平均±標準偏差,以下,同様)の男性6名,女性5名,計11名とした.自覚的屈折度数(等価球面値)は右眼.2.50±3.02D,左眼.2.50±2.87D,円柱度数で右眼平均.0.16±0.30D,左眼平均.0.25±0.35Dであった.被験者はSynoptophore(model2001,ClementClarkeInternational)による自覚的斜視角において,上下偏位がないことをあらかじめ確認している.また,被験者にはヘルシンキ宣言の理念を踏まえ,事前に実験の目的を説明し,本人から自由意思による同意を得たうえで行った.2.方法重心動揺検査の方法は,日本平衡神経科学会(現,日本めまい平衡医学会)の基準8)に従った.測定機器には,平衡機能計UM-BARII(ユニメック社)7)を用い,視線上の距離2mに設置した視角1.3°の十字視標7)を固視させた.記録時間は60秒間,サンプリング周波数は20Hzとした.既報11)に従い,条件ごとに3回の測定を行い,測定結果は3回計測の平均値を採用した.測定条件は両眼開放にて完全屈折矯正レンズを装用させ,その上から片眼ずつ4Δのプリズムを基底上方baseupおよび基底下方basedownに装用させた.これに,完全屈折矯正レンズのみを装用させた開眼と閉眼を加えた,合計6条件の測定を行った.基底方向別の装用順は,被験者ごとにランダムに変えて行い,プリズム装用後の順応12)を考慮して,装用直後に測定を開始させ,測定終了後にはプリズムを外すよう指示した.なお,自覚による複視の有無を確認したところ,60秒間の測定時間内において融像が可能な被験者はいなかった.また,重心動揺検査の測定結果は個体差が大きいとされており13),プリズムによる姿勢維持の変化を相対的に評価するため,検査から得られたプリズム負荷前後の重心動揺総軌跡長(以下,総軌跡長)の変化率(プリズム負荷後の総軌跡長/プリズム負荷前の総軌跡長)を求め,これをプリズム効果による姿勢維持の変化の指標とした.そのうえで,視覚情報における姿勢維持の影響因子として,筆者らの知る限り既報にはなかった,垂直方向の融像幅およびRomberg率10)との関係について比較した.なおRomberg率は,閉眼時と開眼時の総軌跡長の比(閉眼時の総軌跡長/開眼時の総軌跡長)によって求められる.検討項目は,6条件における総軌跡長の比較,プリズム負138あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014荷前後の総軌跡長の変化率と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係とした.統計学的解析では,母集団が正規分布を示し,母分散が妥当性の範囲内13)となったため,6群間における総軌跡長の比較について,反復測定分散分析(repeatedmeasureANOVA)と多重比較検定法であるScheffe検定を行った.プリズム負荷による総軌跡長の変化と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係は,回帰分析による比較を行った.各検定とも有意水準をp<0.05とした.II結果Synoptophoreにより融像幅を測定した結果,右眼の視標が上方へずれた場合に2.1±0.8Δ,同じく下方へずれた場合に2.3±0.6Δまで融像可能であった.総軌跡長について解析を行った結果,プリズム負荷前後による比較では統計学的な変化が認められなかった(p>0.05).また,プリズム負荷後に総軌跡長の減少をみた被験者も一部認めたが,開眼時と比較して閉眼時には有意に増加(延長)していた(図1,p<0.05).一方,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率と垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係について回帰分析を行った結果,左眼に基底下方のプリズムを負荷させた条件のみ相関関係が認められなかった(r=0.55,p=0.08)ものの,その他の右眼,左眼にプリズムを基底上方および右眼に基底下方のプリズムを負荷させた条件では両者の間に正の相関を認めた(r=0.69.0.89,p<0.05,図2).一方,垂直方向の融像幅とは相関関係が認められなかった(r=0.35.0.48,p>0.05,図3).7006005004003002001000総軌跡長(mm)*****開眼右眼右眼左眼左眼閉眼4BU4BD4BUΔ4BDΔΔΔ図16群間(閉眼を含む)の総軌跡長の比較各条件における11名の被験者の総軌跡長(mm)の平均±標準偏差を示す.開眼時およびプリズム基底上方(baseup:BU)と基底下方(basedown:BD)装用後と比較して,閉眼時には総軌跡長が有意に増加した(*:p<0.05).(138) ac1.51.51.31.3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.71.10.90.70.50.500.511.5200.511.52Romberg率Romberg率b1.5d1.5プリズム負荷前後の1.31.10.90.7プリズム負荷前後の1.31.10.90.70.50.511.520.500.511.52Romberg率Romberg率図2プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率とRomberg率との散布図(n=11)回帰直線は,a:右眼4Δ基底上方のときr=0.79(p<0.01),b:右眼4Δ基底下方のときr=0.69(p=0.02),c:左眼4Δ基底上方のときr=0.89(p<0.01),d:左眼4Δ基底下方のときr=0.55(p=0.08)となった.III考按まず60秒間の総軌跡長では,閉眼時に総軌跡長の有意な増加を認めたが,その他の条件において有意差は認められなかった.すなわち,4Δという上下方向の正常な融像幅14)を超えたプリズムによって,上下複視を生じさせた場合でも,一時的であれば,健常被験者の姿勢に対する影響は無視できる程度であるということが明らかとなった.閉眼時における総軌跡長の増大については,先行研究3,11)にて報告を支持するものであり,視覚情報が姿勢維持を行ううえで重要であることを示している.視覚情報の重要性が認められた一方で,プリズム負荷後に総軌跡長の減少をみた被験者が含まれていた.そのため本研究では,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率を求め,垂直方向の融像幅およびRomberg率との相関関係を解析した.その結果,左眼に基底下方のプリズムを装用させた条件以外,両者の間に正の相関を認めた.Romberg率は,末梢前庭障害,抗重力筋あるいは下肢の深部知覚障害では増大する10)が,平衡機能を反映する反面,視覚情報の変化に対しては影響を受けにくい指標とされている15).本検討では,プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率とRomberg率との間に正の相関が認められ,この結果は,視覚への依存度が強い被験者ほど,上下複視が生じた場合に姿勢維持への影響が大きいことを示している.すなわち斜視患者にプリズム処方を行う場合,Romberg率が高い者ほど,複視から両眼単一視を獲得することで視覚情報が安定し,その結果,姿勢維持の安定につながる可能性がある.ただし,本研究では健常者を対象としているため,この確証には斜視患者を対象に検証を行う必要がある.また,プリズム負荷前より負荷後に総軌跡長が短縮した被験者はRomberg率が低い傾向にあり,視覚情報への依存度が弱いためと考えられる.なお,左眼への基底下方プリズム負荷にて有意な変化が認められなかった要因としては,非優位眼固視にて重心動揺が安定するという報告11)もあり,眼優位性を合わせて評価することも処方時の治療効果を高めるうえでは重要な因子の一つと考えられる.本検討では,疑似的な上下斜視に対する姿勢維持にあたり,Romberg率に依存することが認められた.すなわち,Romberg率が高い症例ほど,微小角の斜視であっても,プリズム矯正により姿勢が安定し,プリズム処方の効果が期待(139)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014139 ac1.51.51.31.3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.7プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率総軌跡長の変化率1.10.90.70.50.50123401234融像幅()Δ融像幅()Δb1.5d1.5プリズム負荷前後の1.31.10.90.7プリズム負荷前後の1.31.10.90.700.512340.501234融像幅()Δ融像幅()Δ図3プリズム負荷前後の総軌跡長の変化率と融像幅との散布図(n=11)回帰直線は,a:右眼4Δ基底上方のときr=0.35(p=0.29),b:右眼4Δ基底下方のときr=0.41(p=0.21),c:左眼4Δ基底上方のときr=0.48(p=0.13),d:左眼4Δ基底下方のときr=0.42(p=0.20)となった.できる可能性が示された.そのため,眼科臨床において重心31:11-17,20047)金澤正継,魚里博,浅川賢ほか:プリズム基底方向が動揺検査を施行することは少ないが,平衡機能をスクリーニ姿勢維持に与える影響.Vision24:137-144,2012ングとして評価する重要性が考えられた.8)日本平衡神経科学会:重心動揺検査の基準.Equilibrium本論文の要旨は,第17回日本眼鏡学会にて発表した.Res42:367-369,19839)矢吹明子,長谷部佳世子,平井美恵ほか:外斜視患者におけるプリズム装用後の重心動揺と重心位置(続報).日視会文献誌38:151-156,200910)田口喜一郎:重心動揺検査.21世紀耳鼻咽喉科領域の臨1)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcu-床:CLIENT21めまい・平衡障害(野村恭也,小松崎篤,larMotility:TheoryandManagementofStrabismus.6th本庄巌総編集),p197,中山書店,1999ed,p540-p541,Mosby,StLouis,200211)AsakawaK,IshikawaH,KawamoritaTetal:Effectsof2)石川哲,疋田春夫:内斜視研究の現況と治療特にバリdominanceandvisualinputonbodysway.JpnJOphthalラックスレンズの応用を中心として.眼臨66:323-329,mol51:375-378,2007197212)EskridgeJB:Adaptationtoverticalprism.AmJOptom3)尾林満子,小沢治夫,臼井永男ほか:内斜視患者の身体平PhysiolOpt65:371-376,1988衡機能に関して.臨眼30:1265-1269,197613)今村薫,村瀬仁,福原美穂:重心動揺検査における健4)MatheronE,KapoulaZ:Verticalheterophoriaandpos-常者データの集計.EquilibriumResearchSuppl12:1-84,turalcontrolinnonspecificlowbackpain.PLoSONE6:1997e18110,201114)山本裕子,新井牧恵:上下および回旋方向の融像域につい5)矢吹明子,長谷部佳世子,平井美恵ほか:斜視患者のプリて.眼臨69:1382-1384,1975ズム矯正前後の重心動揺と重心位置(予報).眼臨紀1:15)高橋洋,鶴巻俊江,山名隆芳ほか:弱視者の立位バラン144-147,2008スの特徴.筑波技術大学テクノレポート14:165-167,6)IsotaloE,KapoulaZ,FeretPHetal:Monocularversus2007binocularvisioninposturalcontrol.AurisNasusLarynx140あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(140)