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翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の1例

2017年5月31日 水曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(5):726.729,2017c翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の1例馬郡幹也*1戸所大輔*1岸章治*2秋山英雄*1*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2前橋中央眼科ACaseofNecrotizingScleritisduetoPseudomonasAeruginosathatDeveloped30YearsafterPterygiumSurgeryMikiyaMagoori1),DaisukeTodokoro1),ShojiKishi2)andHideoAkiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)MaebashiCentralEyeClinic緑膿菌による壊死性強膜炎は翼状片手術後にまれに生じ,しばしば強膜穿孔や眼内炎をきたす予後不良の疾患である.筆者らは,翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎を経験した.患者は78歳,女性で,30年前の左眼b線照射併用翼状片手術の既往がある.2015年7月に左眼の鼻側に痛みを伴う白いものができ,近医を受診した.ステロイドの点眼・内服治療に反応せず,群馬大学医学部附属病院を紹介された.左眼の鼻側に結膜下膿瘍および強膜の菲薄化を認め,前房内細胞および虹彩後癒着を伴っていた.後眼部の炎症所見はなかった.病変部強膜の生検を施行し病理検査と細菌培養を行ったところ,細菌培養にて緑膿菌が検出された.緑膿菌による壊死性強膜炎と診断し,抗菌薬の点眼・点滴治療および壊死組織の外科的切除を施行した.約4カ月で強膜の菲薄化を残し治癒した.本症例では細菌培養および壊死組織の切除が診断・治療に有用だった.NecrotizingscleritisduetoPseudomonasaeruginosaisoneofthelate-onsetcomplicationsofpterygiumsur-gery,andoftencausesscleralperforationorendophthalmitis.WedescribeacaseofnecrotizingscleritisduetoP.aeruginosa30yearsafterpterygiumsurgery.A78year-oldfemalewithahistoryofpterygiumexcisionandpost-operativebeta-rayradiationinherlefteyecomplainedofapainfulwhiteplaqueinherlefteyeandwasreferredtoourhospital.Examinationrevealedasubconjunctivalabscessandscleralthinningonthenasalsideoftheeye.Theposteriorsegmentwasintact.Undersuspicionofinfection,scleralbiopsywasperformedandthebacterialcul-tureshowedgrowthofP.aeruginosa.Thepatientwastreatedwithantibioticsandsurgicaldebridement.In.ammationwasresolvedinabout4months,resultinginscleralthinning.Inthiscase,scleraldebridementandbacterialcultureofnecrotictissuewase.ectiveindiagnosisandtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):726.729,2017〕Keywords:翼状片手術,緑膿菌,壊死性強膜炎,強膜生検.pterygiumsurgery,Pseudomonasaeruginosa,necro-tizingscleritis,scleralbiopsy.はじめに壊死性強膜炎は自己免疫によって生じることが多いが,まれに感染によっても生じる.強膜炎の病態としてはもっとも重症であり,ときに強膜穿孔や眼内感染をきたし失明する可能性もある.感染性強膜炎は真菌,細菌,ウイルスなどによって起こり,適切な治療を行うには起因菌の鑑別が重要である.今回,筆者らは翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎を経験したので報告する.I症例患者:78歳,女性.既往歴:高血圧症,高脂血症,虫垂炎手術,30年前に左眼の翼状片手術(b線照射併用).現病歴:2015年7月,左眼の鼻側結膜に白いものができ〔別刷請求先〕馬郡幹也:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MikiyaMagoori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-39-15Showamachi,Maebashi-shi,Gunma371-3511,JAPAN726(124)図1初診時の前眼部所見左眼鼻側の強膜菲薄化がみられ,calci.cationplaqueを形成している(.).白色沈着の切除壊死組織切除プレドニゾロン内服レボフロキサシン500mg/day内服トリアムシノロンアセトニド球後注射ジベカシン結膜下注射ステロイド点眼1.5%レボフロキサシン点眼トブラマイシン点眼1%アトロピン点眼ピペラシリン4g/day点滴図2強膜生検病変部結膜を切開したのち,バイポーラで止血しながらスプリング剪刃で削ぐようにしてスポンジ状に脆弱化した壊死強膜を切除し,白点線で囲われた範囲の壊死強膜組織を病理および培養検査へ提出した.図3治療経過のまとめ前医および当院における外科的処置および薬剤の投与歴を示す.診断から約4カ月後にすべての点眼薬を終了した.痛みがあり近医を受診した.近医にて白色沈着の切除を施行し,1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼,プレドニゾロン内服投与を受けたが増悪したため,10月に群馬大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼0.6,左眼0.3,眼圧は右眼16mmHg,左眼11mmHg,左眼の毛様充血,鼻側に結膜下膿瘍および強膜菲薄化がみられた(図1).角膜は透明で,前房内細胞,虹彩後癒着がみられた.皮質白内障があり,眼底に異常を認めなかった.右眼には皮質白内障以外の異常を認めなかった.経過:左眼の自己免疫性壊死性強膜炎および虹彩炎としてトリアムシノロンアセトニド30mg球後注射を施行し,前医より処方された点眼薬を継続した.しかし,所見の改善がみられないため,1週間後に当院角膜外来を受診した.感染性強膜炎を疑い,強膜生検および培養検査を行った.4%キシロカインで点眼麻酔後,ポビドンヨードで洗眼し,病変部結膜を切開した.その後,バイポーラで止血しながらスプリング剪刃で削ぐようにしてスポンジ状に脆弱化した壊死強膜を切除し,病理および培養検査へ提出した(図2).病変部強膜は結膜で覆わず開放とした.病理組織ではGrocott染色で真菌を認めず,培養検査にて緑膿菌(Pseudomonasaerugi-nosa)が検出された.血液検査では白血球数9,600/μl,C反応性蛋白0.08mg/dlと全身的な炎症所見はみられなかった.【診断1週間後】【診断2週間後】【診断1カ月後】【診断2カ月後】【診断3カ月後】【診断4カ月後】図4前眼部所見の経時変化抗菌薬投与および壊死組織の切除により徐々に炎症所見は改善し,約4カ月で強膜菲薄化を残し治癒した.緑膿菌による壊死性強膜炎と診断し,ステロイドを中止して抗菌薬による治療に変更した.1.5%LVFX点眼6回,トブラマイシン(TOB)点眼6回,1%アトロピン点眼1回,ジベカシン結膜下注射,ピペラシリン(PIPC)点滴4g/日,疼痛に対してロキソプロフェン内服頓用とした(図3).薬剤感受性試験ではPIPC中等度耐性,LVFX感受性だった.治療変更の5日後に前房内炎症が増悪し硝子体混濁が出現したため,壊死強膜の外科的切除(2回目)を施行した.初回は膿瘍形成が疑われる部位のみ強膜切除としたが,2回目は感染が波及していると考えられた鼻側から上方の結膜,Tenon.,および壊死強膜組織を広範囲に切除した.病変部強膜は開放とした.培養検査で再度緑膿菌が検出された.薬剤感受性試験の結果よりPIPC点滴をLVFX500mgの内服に切り替え,充血,炎症は徐々に改善したが,加療から1カ月半経過した時点で上耳側の充血が悪化したため,1週間ごとのジベカシン結膜下注射を計6回施行した.その後,所見の改善に伴い加療から2カ月経過した時点で1%アトロピン点眼,3カ月経過時点でTOB点眼,4カ月経過時点でLVFX点眼も終了とした(図3).鼻側強膜の菲薄化を残し,左眼の最終視力は0.5と改善した(図4).抗菌薬の終了から6カ月後の現在も再発はみられない.II考按本症例は感染性強膜炎を疑い,強膜生検および培養検査を行うことにより診断できた.翼状片手術後晩期の感染であり,b線照射による強膜軟化が感染の誘因となった可能性がある.診断後まもなく炎症の悪化がみられたが,壊死組織の切除を併用することで徐々に鎮静化し,加療開始より約4カ月で治癒した.感染性強膜炎の起因菌としては緑膿菌の頻度がもっとも高く,67.81%を占める1).感染性強膜炎は翼状片手術後,線維柱帯切除術後,バックリング術後,斜視手術後などさまざまな術後感染として起こりうる2.4).各手術において強膜に軟化,菲薄化などが起きるため,感染のリスクが上がると考えられる.さらに緑膿菌は菌体の侵入を容易にするために,外毒素と蛋白分解酵素を細胞外に分泌して宿主細胞を障害するため5),緑膿菌の強膜感染は重篤化の危険がある.本症例は前医でLVFX点眼を約3カ月間投与されたが改善しなかった.過去の報告では強膜に病原微生物が侵入すると長期間定着し,抗菌薬の浸透が不良になるとされている6).また,松本らは膿瘍切除が緑膿菌の菌量を減らす目的で有効だったと報告している7).本症例においても壊死組織を切除したことで菌量を低下させ,病変部強膜への抗菌薬の移行性が改善したことで,強膜穿孔などへの進展を防ぐことができたと考えられる.緑膿菌による壊死性強膜炎の報告例は少ないが,戸栗らは抗菌薬点眼,点滴を施行し入院21日目に切開排膿,治療開始2カ月の時点でcalci.cationplaqueの除去を行い,2カ月半で青色強膜を残して治癒した症例を報告している8).また,寺田らは抗菌薬点眼,全身投与に加えて結膜切開,膿瘍切除,結膜下組織切除を行い,約2カ月で軽快治癒が得られた2例を報告している9).本症例でも抗菌薬の点眼,点滴治療に加え病変部切除を併用し,約4カ月で治癒した.緑膿菌による感染性強膜炎では少なくとも治癒までに2,3カ月はかかるので,根気よく治療を続ける必要があると思われる.本症例では強膜菲薄化部位にcalci.cationplaqueがみられた.Calci.cationplaqueは損傷された異常組織においてカルシウム,リン酸の異常が生じることで形成され,おもに慢性炎症,感染症,外傷後において観察される10).戸栗らの報告でもcalci.cationplaqueが存在しており,特異的所見とはいえないまでも,calci.cationplaqueは感染性強膜炎を示唆する所見としてよいと思われる.壊死性強膜炎は,多くが自己免疫による非感染性によるものが多い.中原らは結膜擦過物の鏡検,培養検査は陰性であったが,強膜生検で多核白血球の浸潤がみられたことにより急性化膿性炎症による感染性強膜炎と診断できた症例を報告している11).自己免疫疾患などによる非感染性によるものか,感染性強膜炎かを鑑別するのに強膜生検は有用であると考えられる.しかし,実際は侵襲手技であるため強膜生検に踏み切るタイミングはむずかしい.ステロイド投与で改善がない,もしくは病変部にcalci.cationplaqueがみられる場合には積極的に感染性強膜炎を疑い,強膜生検を施行するべきであると考える.緑膿菌による壊死性強膜炎は強膜穿孔,眼内炎をきたすと眼球内容除去などが必要になる可能性が高い疾患である.ステロイド治療に反応しない壊死性強膜炎を診た場合,疾患発症の背景を考慮して感染性強膜炎も含めた鑑別診断を行い,適切かつ早期に治療することが肝要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HuangF-C,HuangS-P,TsengS-H:Managementofinfectiousscleritisafterpterygiumexcision.Cornea19:34-39,20002)RamenadenER,RaijiVR:Clinicalcharacteristicsandvisualoutcomesininfectiousscleritis:areview.ClinOphthalmol7:2113-2122,20133)ChaoDL,AlbiniTA,McKeownCAetal:Infectiouspseu-domonasscleritisafterstrabismussurgery.JAAPOS17:423-425,20134)TittlerEH,NguyenP,RueKSetal:Earlysurgicaldebridementinthemanagementofinfectiousscleritisafterpterygiumexcision.JOphthalIn.ammInfect2:81-87,20125)TwiningSS,KirschnerSE,MahnkeLAetal:E.ectofPseudomonasaeruginosaelastase,alkalineprotease,andexotoxinAoncornealproteinasesandproteins.InvestOphthalmolVisSci34:2699-2712,19936)AlfonsoE,KenyonKR,OrmerodLDetal:Pseudomonascorneoscleritis.AmJOphthalmol103:90-98,19877)松本泰明,三間由美子,河原澄枝ほか:緑膿菌性壊死性強膜炎の1例.あたらしい眼科22:1253-1258,20058)戸栗一郎,久保田敏昭,松浦敏恵ほか:緑膿菌による壊死性強膜炎の1例.臨眼57:25-28,20039)寺田裕紀子,子島良平,南慶一郎ほか:外科的療法が奏効した翼状片術後感染性強膜炎の2例.眼臨紀5:574-577,201210)ChenKH,LiMJ,ChengWTetal:Identi.cationofmono-cliniccalciumpyrophosphatedihydrateandhydroxyapa-titeinhumansclerausingRamanmicrospectroscopy.IntJExpPathol90:74-78,200911)中原亜新,鈴木潤,臼井嘉彦ほか:強膜生検にて診断された感染性強膜炎.眼科53:259-262,2011***