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敗血症加療を契機に両眼性ヘルペス角膜炎を反復した1 例

2023年10月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科40(10):1342.1347,2023c敗血症加療を契機に両眼性ヘルペス角膜炎を反復した1例副島園子髙橋理恵北谷諒介原田一宏川村朋子内尾英一福岡大学医学部眼科学教室CACaseofRepeatedBilateralHerpeticKeratitisTriggeredbyTreatmentforSepsisSonokoSoejima,RieTakahashi,RyosukeKitatani,KazuhiroHarada,TomokoKawamuraandEiichiUchioCDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversityC目的:敗血症加療を契機に両眼性ヘルペス角膜炎を反復したC1例を報告する.症例:71歳,男性.前医で敗血症治療中に両眼視力低下あり,両眼角膜炎を認めた.真菌性角膜炎を疑い治療されたが治療抵抗性であるとして福岡大学病院に紹介された.既往歴にアトピー性皮膚炎があり,慢性腎不全で透析中であった.初診時,両眼結膜に毛様充血,角膜に地図状角膜炎を認めた.検査・所見から両眼性ヘルペス角膜炎と診断し,アシクロビル眼軟膏,バラシクロビル内服による治療を開始した.治療開始C14日目に角膜所見は改善したが,その後右眼は実質型に移行した.プレドニゾロン内服を開始したが,腸穿孔で他院入院し治療が中断された.その後右眼は上皮型C2回実質型C3回,左眼は上皮型C3回内皮型C1回と,両眼ともさまざまな病型での再発が複数回みられた.結論:易感染状態や基礎疾患のある患者では,両眼性ヘルペス角膜炎を発症しさまざまな病型の角膜炎を繰り返すことがあり,注意すべきである.CPurpose:Toreportacaseofrepeatedbilateralherpetickeratitistriggeredbytreatmentforsepsis.Case:A71-year-oldCmaleCwithCaChistoryCofCatopicCdermatitisCwhoCwasCbeingCtreatedCforCsepsisCsuddenlyCnoticedCbilateralChazyCvision,CandCexaminationCrevealedCbinocularCcornealCulcers.CSinceCherpeticCkeratitisCwasCsuspected,CheCwasCtreatedwithantifungaldrugs,yettherewasnoresponsetotreatment.Atinitialpresentationtoourclinic,bilateralconjunctivalciliaryhyperemiaandcornealkeratitiswasobserved,andherpessimplexvirus-1wasdetectedfromcornealscrapingsviapolymerasechainreaction,thusleadingtothediagnosisofherpetickeratitis.Aftertreatmentwithacyclovireyeointmentandoralvalacyclovir,thecorneallesionsgraduallysubsided.However,variousclinicaltypesCofCkeratitisConce-againCoccurredCseveralCtimesCafterCthat.CConclusion:ItCisCvitalCtoCbeCawareCthatCvariousCclinicaltypesofherpetickeratitismayrepeatedlyoccurbilaterallyduetoapatient’sunderlyingsystemiccondition.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1342.1347,C2023〕Keywords:単純ヘルペスウイルスC1型,両眼性ヘルペス角膜炎,敗血症,アトピー性皮膚炎,易感染性.herpesCsimplexvirus-1,bilateralherpetickeratitis,sepsis,atopicdermatitis,susceptibility.Cはじめに単純ヘルペスウイルスC1型(herpesCsimplexvirus-1:HSV-1)はヒト角膜に初感染後,三叉神経節などに潜伏感染し,精神的ストレス,熱刺激,紫外線,免疫抑制などの誘因により再活性化され角膜炎を発症する1,2).上皮型ヘルペス角膜炎や実質型ヘルペス角膜炎,内皮型ヘルペス角膜炎などに分類され,初発の病型としては上皮型が半数を占める2).片眼に発症することが多く,両眼発症の頻度は低いことが知られている3,4).また,初発の病型が上皮型であると再発回数は平均C2.3回とされ,再発時の病型が上皮型の場合は,再々発はすべて上皮型となり,実質型で再発した場合は実質型,内皮型で再発した場合は内皮型で再々発し,再発時の病型を繰り返すと報告されている2).今回,敗血症加療を契機にさまざまな病型を繰り返した両眼性ヘルペス角膜炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:71歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:アトピー性皮膚炎,慢性腎不全で維持透析中,脳〔別刷請求先〕副島園子:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:SonokoSoejima,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Johnan-ku,Fukuoka814-0180,JAPANC1342(84)図1初診時の前眼部写真a:右眼細隙灯顕微鏡所見.Cb:右眼フルオレセイン染色.結膜に毛様充血,角膜の広い範囲に地図状角膜炎および実質混濁を認めた.Cc:左眼細隙灯顕微鏡所見.Cd:左眼フルオレセイン染色.結膜に毛様充血,角膜の上方と下方に浅い地図状角膜炎を認めた.図2入院14日目の前眼部写真a:右眼.角膜炎はC1/10以下まで縮小した.Cb:左眼.角膜炎は消失した.梗塞,大動脈解離,心臓バイパス手術後.られなかった.9月C29日再診時に両眼角膜びらんを認め,現病歴:20XX年C8月C26日,悪寒戦慄を伴う発熱があり,両眼抗菌薬点眼およびステロイド点眼が開始された.10月敗血症の診断で前医救急部入院となった.血中Cb-Dグルカ1日全身状態が改善したため前医救急部を退院した.11月ン高値で両眼視力低下を認めたため,9月C3日に前医眼科で22日両眼角膜びらんの拡大および一部潰瘍を認め,視力は精査された.視力は右眼(0.9),左眼(0.2),眼圧は右眼C11右眼C0.01(矯正不能),左眼(0.3)と右眼視力が低下し,眼mmHg,左眼C16CmmHgであったが,眼内に感染徴候は認め圧は右眼測定不能,左眼C10CmmHgであった.11月C26日両図3初診から28日目の右眼前眼部写真a:細隙灯顕微鏡所見.びまん性に角膜浮腫を認めた.b:フルオレセイン染色.角膜上皮の粗造を認めた.図4初診から148日目の前眼部写真a:右眼細隙灯顕微鏡所見.Cb:右眼フルオレセイン染色.樹枝状角膜炎,Descemet膜皺襞,強い角膜浮腫を認めた.Cc:左眼細隙灯顕微鏡所見.d:左眼フルオレセイン染色.地図状角膜炎,Descemet膜皺襞,角膜浮腫を認めた.眼ともに結膜充血が著明になり,角膜びらんがさらに拡大日点滴,アムホテリシンCB2.5Cmg/kg/日点滴に変更された.し,角膜実質浮腫と角膜混濁も出現した.前眼部所見から真角膜擦過培養からは両眼とも真菌陰性であり,血中Cb-Dグ菌性角膜炎が疑われ,フルコナゾールC100Cmg/日内服と両眼ルカンも陰性化していた.角膜所見の改善がみられないたにピマリシン点眼C6回/日が開始されたが,角膜所見の改善め,12月C6日福岡大学病院眼科(以下,当院)へ紹介となっがなく,11月C29日に前医眼科入院となりセフェピムC0.5Cg/た.図5再々発治療開始5日目の前眼部写真a:右眼細隙灯顕微鏡所見.Cb:右眼フルオレセイン染色.角膜炎は改善し,角膜混濁は残存しているが角膜浮腫は改善した.Cc:左眼細隙灯顕微鏡所見.Cd:左眼フルオレセイン染色.わずかに地図状角膜炎は残存しているが,角膜浮腫は改善した.当院初診時所見:視力は右眼手動弁(矯正不能),左眼指数弁(矯正不能),眼圧は右眼測定不能,左眼C13mmHg.Cochet-Bonnet型角膜知覚計による角膜知覚検査は両眼ともC25Cmmまで低下していた.両眼結膜充血と毛様充血を認め,右眼に地図状角膜炎と強い角膜実質混濁がみられた.左眼にも角膜上方・下方に浅い地図状角膜炎がみられた(図1).前房より後方は,両眼とも角膜所見のため詳細不明であった.血液検査ではCHSVIgGと水痘帯状疱疹ウイルスCIgGの上昇を認め,HSVIgMと水痘帯状疱疹ウイルスCIgMは正常範囲であった.血中Cb-Dグルカンは陰性であった.病巣の擦過培養では右眼は細菌陰性であったが,左眼はCStaphylococ-cuscapraeを検出した.角膜擦過のCPCR法検査で右眼はHSV-1DNA陽性で,左眼は陰性であった.経過:角膜擦過のCPCR法検査で左眼はCHSV-1DNA陰性であったが,角膜所見から両眼性ヘルペス角膜炎と診断し同日入院となった.ピマリシン点眼を中止して,両眼にアシクロビル眼軟膏C5回/日投与,バラシクロビルC500Cmg/透析日内服を開始した.また,混合感染を疑い,両眼にガチフロキサシン点眼およびセフメノキシム点眼のC2時間毎頻回投与を行った.入院C14日目に右眼の角膜炎はC1/10以下まで縮小し,左眼の角膜炎は消失した(図2).その後,両眼角膜は上皮化したため,アシクロビル眼軟膏をC3回/日に減量して,入院C18日目に退院した.退院時視力は右眼手動弁,左眼(0.05)であった.初診からC28日目の外来受診時に,右眼角膜後面沈着物と,実質にはびまん性の角膜浮腫のみを認めた(図3).実質型ヘルペス角膜炎5)に移行したと判断し,プレドニゾロン40Cmg/日内服を開始したが,その後腸穿孔で他院へ入院したため治療が中断された.初診からC101日目,両眼の異物感を主訴に再受診した.右眼実質型ヘルペス角膜炎の再発,左眼上皮型ヘルペス角膜炎の再発を認め,右眼にC0.1%ベタメタゾン点眼C4回/日,左眼にアシクロビル眼軟膏C5回/日,バラシクロビル500Cmg/透析日内服にて治療を再開した.再発治療開始C7日目に両眼角膜所見は改善した.初診からC148日目,右眼に樹枝状角膜炎および強い角膜浮腫を認め,左眼に地図状角膜炎,Descemet膜皺襞,角膜浮腫を認めた(図4).右眼は上皮型・実質型の再々発,左眼は上皮型の再々発に加え,左眼内皮型ヘルペス角膜炎を発症していた.当院再入院となり,両眼アシクロビル眼軟膏C5回/日,バラシクロビルC500Cmg/透析日内服,プレドニゾロンC30Cmg/日内服を開始した.再々発治療開始C5日目で両眼角膜の上皮化を認めたため(図5),9日目に退院した.最終視力は両眼白内障のために右眼C0.1(矯正不能),左眼C0.05(矯正不能)であるが,ヘルペス角膜炎の再発はなく経過している.CII考按今回筆者らは,両眼にさまざまな病型のヘルペス角膜炎を繰り返し発症した症例を経験した.ヘルペス角膜炎は,初発の病型は上皮型C50%,実質型C23%,上皮・実質混合型C14%,内皮型C5%と上皮型が半数を占めるとされており2),通常片眼性が多く,両眼発症の頻度はC1.3.10%と低い3,4).両眼発症の背景として,アトピー性皮膚炎,酒さ,免疫不全などが報告されており1,3),両眼性ヘルペス角膜炎患者のC40%にアトピー性皮膚炎を合併していたとの報告もある6).また,アトピー性皮膚炎患者におけるヘルペス角膜炎には上皮型が多く,上皮の修復が遅いために表層実質に瘢痕が残ることも報告されており,細胞性免疫不全が関与していると考えられている7,8).上皮型はとくに免疫力低下時にウイルスが増殖して発症するとされている9).本症例はアトピー性皮膚炎を合併しており両眼発症をきたしやすい背景があり,高齢で,透析導入などの要因によって易感染状態といえた.今回さらに全身的な敗血症にステロイド薬局所投与により眼局所の免疫力低下をきたし,ヘルペス角膜炎を発症した可能性が考えられた.ヘルペス角膜炎の再発に関しては,その機序などはまだ不明な点が多い.過去の報告では,初発の病型が上皮型の場合の再発率はC46%であり,再発回数は平均C2.3回(1.9回)であった.再発時の病型は上皮型がC77%と多いが,実質型は20%,内皮型はC3%と他の病型での再発も認めている2).実質型には,円形の角膜実質浮腫,実質浅層を中心とした混濁,免疫輪,前房炎症や角膜実質への血管侵入などの所見がみられ,内皮型では角膜実質浮腫,角膜後面沈着物,内皮細胞減少などの所見がみられる5).本症例では右眼再発時,角膜後面沈着物と角膜実質浮腫,血管侵入を認め,病変の主座は実質炎であり,内皮病変を併発していたと考えられた.再発の原因として,初発とほぼ同様だが,アトピー性皮膚炎や両眼発症例,上皮型既往例に再発が多いとされており10,11),本症例の背景と多くの一致点があった.再々発に関しては,再発時の病型を再度繰り返すことが知られているが2),本症例は,右眼は上皮型C2回,実質型C3回,左眼は上皮型C3回,内皮型C1回と,両眼とも異なる病型を複数回発症しており,このように異なる病型を複数回発症するヘルペス角膜炎はあまり報告がなく,まれな症例と考えられた.本症例は,敗血症治療中に角膜障害を発症していた.敗血症患者における大規模スクリーニングでは内因性眼内炎の発生率はC0.05%であり12),真菌血症患者の眼科スクリーニングではC4.8%に真菌性の眼内炎と脈絡網膜炎認められたとの報告があるが13),これらのスクリーニング患者のなかで角膜炎の報告はなかった.Riveraらは,脾臓摘出患者が肺炎球菌による敗血症をきたし,肺炎球菌性角膜炎から角膜穿孔をきたし,眼球摘出を行ったC1例を報告している14).Wantenらは,腹部手術後に緑膿菌による敗血症をきたし,気管挿管による咽頭への感染から鼻涙管を通して緑膿菌の角膜炎となったC1例を報告した15).敗血症治療中に角膜炎をきたした報告は少なく,ヘルペス角膜炎の報告は調べた範囲ではみられなかった.易感染状態や基礎疾患のある患者では,全身状態により,両眼性ヘルペス角膜炎を発症し,異なる病型のヘルペス角膜炎を繰り返すことがあるため,注意して治療していく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)檜垣史郎:ウイルス感染症角膜ヘルペス.医学と薬学C71:2269-2273,C20142)下村嘉一:ヘルペスと闘ったC37年.日眼会誌C119:145-167,C20153)PaulaMF,SouzaPM,HollandEJetal:Bilateralherpetickeratoconjunctivitis.OphthalmologyC110:493-496,C20034)UchioE,HatanoH,MitsuiKetal:AretrospectivestudyofCherpesCsimplexCkeratitisCoverCtheClastC30Cyears.CJpnJOphthalmolC38:196-201,C19945)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌C117:467-509,C20156)WilhelmusCKR,CFalconCMG,CJonesBR:BilateralCherpeticCkeratitis.BrJOphthalmolC65:385-387,C19817)EastyD,EntwistleC,FunkAetal:HerpessimplexkeraC-titisandkeratoconusintheatopicpatient:AclinicalandimmunologicalCstudy.CTransCOphthalCSocCUKC95:267-276,C19758)GarrityJA,LiesegangTJ:Ocularcomplicationsofatopicdermatitis.CanJOphthalmolC19:21-24,C19849)井上幸次:眼感染症への取り組み.基礎から臨床まで..日眼会誌C124:155-184,C202010)MargolisCTP,COsltlerHB:TreatmentCofCocularCdiseaseCinCeczemaCherpeticum.CAmCJCOphthalmolC110:274-279,C199011)WilhelmusKR,DawsonCR,BarronBAetal:Riskfactorsforherpessimplexvirusepithelialkeratitisrecurringdur-ingtreatmentofstromalkeratitisoriridocyclitis.HerpeticEyeDiseaseStudyGroup.BrJOphthalmolC80:969-972,C199612)KamyarCV,CSuzannCP,CThomasCACetal:RiskCfactorsCpre-dictiveofendogenousendophthalmitisamonghospitalizedpatientsCwithChematogenousCinfectionsCinCtheCUnitedCStates.AmJOphthalmolC159:498-504,C201513)AdamCMK,CVahediCS,CNicholsCMMCetal:InpatientCoph-thalmologyCconsultationCforfungemia:prevalenceCofCocu-larCinvolvementCandCnecessityCofCfunduscopicCscreening.CAmJOphthalmolC160:1078-1083,C201514)RiveraCP,CWilsonCM,CRubinfeldCRSCetal:PneumococcalCkeratitis,Cbacteremia,CandCsepticCarthritisCinCanCasplenicCpatient.CorneaC15:434-436,C199615)WantenGJ,EgginkCA,SmuldersCMetal:Ocularinfec-tionCbyCpseudomonasCaeruginosaCinCaCmechanicallyCventi-latedCpatient.CNedCTijdschrCGeneeskdC142:1615-1617,C1998C***