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眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1 例

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(141)1307《原著》あたらしい眼科27(9):1307.1309,2010cはじめに桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)は視力予後のきわめて不良な難治性疾患であり,病因として単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)1)と帯状疱疹ウイルス2)の関与が明らかにされている.進行が急激であることから早期に発見,診断し,抗ウイルス薬を中心とした内科的治療と,時期を逃さずに硝子体手術を中心とした外科的治療を行うことが視力予後を左右する.ARNの臨床所見は角膜後面沈着物や前房内,硝子体に炎症細胞,周辺網膜に網膜壊死病巣や動脈を含む閉塞性血管炎を認めるなどの眼内病変が主であるため3),外眼部病変を伴うARNでは診断が遅れる可能性があり,予後に悪影響を及ぼしかねない.今回筆者らは,眼窩蜂巣炎様症状を併発したARNの1例を経験したので報告する.I症例患者:34歳,男性.主訴:左眼視力低下.〔別刷請求先〕鈴木潤:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:JunSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1例鈴木潤臼井嘉彦坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisPresentingwithInflammatoryOrbitalCellulitisJunSuzuki,YoshihikoUsui,Jun-ichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:初発症状として眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)の1例を報告する.症例:34歳,男性.左眼に眼瞼腫脹と高度な結膜浮腫がみられ,眼底に視神経乳頭の腫脹と鼻側周辺部に黄白色病変,動脈炎が観察された.全身検査では白血球数の上昇はなく,赤沈とCRP(C反応性蛋白)の軽度上昇を認めた.ARNを疑いアシクロビル,ステロイド薬の全身投与を開始したが,眼窩CT(コンピュータ断層撮影)で左眼の眼瞼皮下に炎症を疑わせる陰影が認められたため,眼窩蜂巣炎や眼内炎の可能性も考え,抗生物質の点滴静注を併用した.眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら広がり,前房水中より単純ヘルペスウイルス(HSV)-2型が検出されたためARNと診断した.結論:ARNでは眼窩蜂巣炎様症状を併発することがあり,過去の報告と本症例の検討から病因ウイルスがいずれもHSVであること,全身検査では炎症所見が軽度という共通点がみられた.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)initiallypresentingwithinflammatoryorbitalcellulitis.Thepatient,a34-year-oldmale,hadeyelidedemaandchemosisinhislefteye.Fundusexaminationrevealedopticedema,whitedotsontheperipheralretina,andretinalarteritis.LaboratoryexaminationrevealedslightlyincreasederythrocytesedimentationandC-reactiveprotein,withnoincreaseinwhitebloodcellcount.ARNwasinitiallysuspected;intravenousacyclovirandsteroidwasinitiated.Computerizedtomographyoftheorbitrevealedsofttissueswellingoftheeyelid.Orbitalcellulitisorendophthalmitiswerealsoconsidered.Theorbitalinflammationresolvedrapidly,whereastheyellowish-whitelesionbecameconfluent.ARNwasdiagnosedfromthepresenceofherpessimplexvirus(HSV)type2DNAintheaqueoushumor.ARNmaybeassociatedwithorbitalinvolvementandtheyhavetwocommonfeaturesaspreviouslyreported:1)HSVaspathogen,and2)mildsystemicinflammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1307.1309,2010〕Keywords:桐沢型ぶどう膜炎,眼窩蜂巣炎,単純ヘルペスウイルス.acuteretinalnecrosis,orbitalcellulitis,herpessimplexvirus.1308あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(142)既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:平成21年3月10日に左眼流涙,結膜充血,浮腫を自覚し近医眼科を受診.左眼の視力低下,高眼圧,角膜浮腫と前房炎症細胞を認め,虹彩炎,続発緑内障と診断され,3月12日東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼0.08(0.2×sph.4.0D),眼圧は右眼16mmHg,左眼33mmHgであった.左眼の上下眼瞼は腫脹し(図1),結膜充血と浮腫が著明であった(図2).前眼部,中間透光体所見は左眼に前房炎症細胞(1+),中.小型の角膜後面沈着物を認めた.左眼眼底は後極部に視神経乳頭の腫脹を認め,周辺部には顆粒状の黄白色病変と網膜動静脈炎がみられた(図3).右眼には特記すべき所見を認めなかった.全身検査所見:末梢血液像では白血球数7,500/μl,赤血球数515万/μl,血小板27.6万/μlと異常なく,赤沈が16mm(正常範囲15未満)とわずかに亢進していた.生化学検査ではCRP(C反応性蛋白)0.8mg/dl(正常範囲0.3以下)と軽度上昇を認めるも,その他に異常値を認めなかった.ツベルクリン反応は陰性(3mm×5mm)で,結膜擦過物を用いた細菌培養検査は陰性であった.経過:外眼部および前眼部所見は非典型的であったが眼底所見よりARNを疑い,当院受診日にただちに入院,右眼前房水を採取しpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルスDNAの検索を行い,同時にリン酸ベタメタゾンの点眼のほかアシクロビル2,250mg/日とリン酸ベタメタゾン6mg/日の全身投与を開始した.翌日に眼窩CT(コンピュータ断層撮影)を行ったところ,左眼は眼瞼と眼球周囲に高反射領域が認められたため(図4),眼窩蜂巣炎や感染性眼内炎の可能性も考慮し,セファゾリンナトリウム1g/日の点滴静注も併用した.治療開始後2日目には眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら拡大していった.初診時に行ったPCR検査の結果から前房水中にHSV-2型が検出されたため,眼窩蜂巣炎様所見を伴ったARNと診図1当科初診時の顔面写真左眼瞼腫脹を認める.図3当科初診時の左眼眼底写真周辺部に網膜動静脈炎,顆粒状黄白色病変がみられる.図2当科初診時の左眼前眼部写真著しい結膜充血,浮腫を認める.図4眼窩CT写真左眼眼瞼および眼球周囲の軟部組織にhighdensityareaがみられる.(143)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101309断し,抗菌薬の投与はまもなく中止した.眼瞼腫脹は軽快したが網膜壊死が進行したため,治療開始後9日目に左眼の水晶体摘出,硝子体切除術,輪状締結術を行った.術後は眼瞼腫脹の再発もみられず,網膜.離を生じることなく推移し,平成22年8月に至る現在まで経過観察中である.II考按眼窩内病変を伴うARNはこれまでに少数例ながら報告されており4.9),その発症機序についてさまざまな考察がなされている.藤井ら5)は,三叉神経第1枝が眼窩や上眼瞼,涙腺に分布していることから,ヘルペスウイルスが眼内病変と同様に眼窩蜂巣炎様所見の原因となりうるとしている.しかし,涙腺の生検を行った2例の報告7,8)ではヘルペスウイルスは検出されていない.また,抗ウイルス薬のみでは眼瞼腫脹が改善しなかった例4)やステロイド薬のみで眼瞼腫脹が軽快する例7,9)もあることから,ARNに伴う眼窩内病変におけるヘルペスウイルスの関与については結論が出ていない.本症例では結膜擦過物に対して細菌培養検査のみ行ったが,涙液も含めてPCR検査を行うことでヘルペスウイルスの関与を証明できた可能性も考えられた.一方で抗生物質の全身投与のみで眼瞼腫脹が改善した例はなく,自験例も含めて全身検査でも白血球数の上昇やCRPの異常高値を示した報告がないことから,眼窩内病変は細菌感染によるものではないことが推測される.今回の症例では抗ウイルス薬とステロイド薬,抗生物質がほとんど同時に投与されたため,眼窩蜂巣炎様症状の消退に何が効果を示したのかは不明であるが,全身的な炎症反応がほとんどみられなかったことから,少なくとも細菌感染の関与はなかったものと思われる.初発症状についても眼窩内病変を認めるARNでは通常のARNとは異なった特徴がみられる.ARNの初発症状として最も一般的なのものは充血,霧視,視力低下などである10)が,眼窩内病変を認めるARNでは眼痛や眼瞼腫脹,結膜浮腫,眼瞼下垂といったものが多い.本症例においても初発症状は流涙,結膜充血,浮腫であり,その後に視力低下を自覚したことから,典型的なARNの初発症状とは異なっていた.初発症状が非典型的であることや外眼部病変を認めることに加え,眼窩内病変が眼底病変に先行する場合や,硝子体混濁などのために眼底病変が確認できない場合,ARNの診断が困難となる可能性がある.しかし,眼窩内病変についてはステロイド薬のみで軽快する可能性があるものの,眼内病変についてはやはり抗ウイルス薬による治療が必須であり,治療の遅れにより不可逆的な視機能障害が残った症例4,7)や,僚眼にARNが発症した報告6)もみられる.幸い本症例では眼底病変が初診時より確認可能であったため,初診時に前房水を用いたウイルスDNAの検索を行い,比較的早期に抗ウイルス療法を行うことができた.本症例と過去の報告とを比較するといくつかの共通点がみられる.これまで眼窩内病変を認めるARNとして報告されたもののうち,眼内液の検索が行われた症例では検出されたウイルスはいずれもHSV(1型もしくは2型)であった.本症例においても前房水からHSV-2型が検出されたことから,HSVが眼窩内病変を伴うARNの病態に関与していることが推察される.また,眼窩蜂巣炎様の所見を呈するものの,白血球数などの全身の炎症マーカーの異常値は軽度であり,いずれも本症例に認められたように赤沈のわずかな亢進とCRPの軽度上昇を認めるのみであった.これらの事実からHSVによるARNであること,全身の炎症マーカーの異常値が軽度であることは,特殊な病態を呈するARNの診断を誤らないための重要な点と考えられた.ARNの1病型として眼窩蜂巣炎様の眼付属器病変がみられることを認識しておくことが早期診断,治療のために最も重要ではあるが,同時にこのような病態にはいくつかの共通項目があることが判明した.本論文の要旨は第43回日本眼炎症学会で発表した.文献1)LewisML,CulbertsonWW,PostJDetal:Herpessimplexvirustype1.Acauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology96:875-878,19892)CulbertsonWW,BlumenkranzMS,PeposeJSetal:Varicellazostervirusisacauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology93:559-569,19863)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,19944)TornerupNR,FomsgaardA,NielsenNV:HSV-1-inducedacuteretinalnecrosissyndromepresentingwithsevereinflammatoryorbitopathy,proptosis,andopticnerveinvolvement.Ophthalmology107:397-401,20005)藤井清美,中山智寛,猪原博之ほか:眼窩蜂巣炎症状を伴った桐沢型ブドウ膜炎の1例.臨眼55:1211-1215,20016)松尾真理,丸山耕一,国吉一樹ほか:眼窩内病変を合併した急性網膜壊死の1例.眼臨97:449-452,20037)FooK,SmallK,AlexanderDetal:Acuteretinalnecrosisassociatedwithpainfulorbitopathy.ClinExperimentOphthalmol31:270-272,20038)RozenbaumO,RozenbergF,CharlotteFetal:Catastrophicacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithdiffuseorbitalcellulitis:acasereport.GraefesArchClinExpOphthalmol245:161-163,20079)YamanA,OzbekZ,SaatciAOetal:Unilateralacuteretinalnecrosisinitiallypresentingwithpainfulorbitopathy.AnnOphthalmol40:180-182,200810)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:61-64,2007