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涙道内視鏡洗浄滅菌方法の検討

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1309.1313,2017c涙道内視鏡洗浄滅菌方法の検討髙嶌祐布子*1加藤久美子*1天満有美帆*1中村明子*1新居晶恵*2奥成子*3田辺正樹*2近藤峰生*1*1三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室*2三重大学医学部附属病院医療安全・感染管理部*3三重大学医学部附属病院中央材料部CAssessmentofWashingandDisinfectionTechniquesonSterilityofDacryoendoscopesYukoTakashima1),KumikoKato1),YumihoTenma1),AkikoNakamura1),AkieArai2),NarikoOku3),MasakiTanabe2)andMineoKondo1)1)DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofPatientSafetyandInfectionControl,MieUniversityHospital,3)DepartmentofCentralSterileSupply,MieUniversityHospital目的:抜去後の涙管チューブおよびガス滅菌後の涙道内視鏡からCCandidaCpalapsilosis(C.Cpalapsilosis)が培養され,涙道内視鏡を介した感染が疑われたことをきっかけに涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善したので報告する.対象および方法:対象はC2014年C9月.2015年C7月に三重大学医学部附属病院にて涙道内視鏡(ファイバーテックCR)を用いて涙道を開放した後,涙管チューブを挿入した患者C32名C32側(男性C5名,女性C27名,平均年齢C69.0歳).術前に結膜.,鼻腔の培養検査を行い,2カ月後にチューブ抜去し,結膜.,鼻腔,涙管チューブの培養検査を行った.涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善,その後涙道内視鏡を用いて涙管チューブを挿入した患者C19名C19側(男性C4名,女性C15名,平均年齢C74.7歳)において,同様に涙管チューブの培養および術前術後の結膜.,鼻腔の培養検査を行った.結果:涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善する前では,13例の涙管チューブからCC.Cpalapsilosisが検出された.涙道内視鏡を介した感染が疑われたため,涙道内視鏡の培養検査を行ったところ,涙道内視鏡内のチャンネルからCC.Cpalapsilo-sisが培養された.涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善した後では,涙管チューブの培養検査においてCC.Cpalapsilosisの集簇は認められなくなった.結論:涙道内視鏡を介した感染を防ぐため,涙道内視鏡を適切に洗浄滅菌する必要があると考えられた.CPurpose:Toassessthee.ectofwashinganddisinfectiontechniquesondacryoendoscopesterility.Methods:CThirty-twoeyeswithlacrimalobstructionweretreatedbytheinsertionoflacrimalstentswithadacryoendoscope(FibertecR).Wedeterminedthetypesofmicroorganismsinthefornixandnasalmucosabeforeandat2monthsaftertheprocedures.Wealsoculturedremovedlacrimalstents.Wechangedtheproceduresforwashingdacryoen-doscopesCbecauseCweCsuspectedCthatCtheyCwereCcontaminated.CAfterCtheCmodi.cation,C19CeyesCwithClacrimalCobstructionweretreatedandexaminedbythesamemethods.Results:Candidaparapsilosis(C.parapsilosis)wasdetectedin13stentsandin2dacryoendoscopes.Aftermodi.cationofthedacryoendoscopewashingtechniques,nomicroorganismsCwereCdetectedCinCdacryoendoscopeCcultures,CandCtheCrateCofCC.CparapsilosisCdetectionCinClacrimalCstentswassigni.cantlydecreased.Conclusion:Itisnecessarytodetermineguidelinesforwashinganddisinfect-ingdacryoendoscopes,soastopreventinfectionsbythedevice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1309.1313,C2017〕Keywords:涙道内視鏡,涙管チューブ,洗浄,滅菌.dacryoendoscope,lacrimalstent,washing,disinfection.はじめに洗浄されず汚染が残存した内視鏡を使用したことが原因で,消化器内視鏡や気管支鏡に代表される内視鏡は,診断や治全身性の感染症を発症したという報告が散見される1.3).涙療の手段として広く用いられている.しかしながら,適切に道内視鏡は他の内視鏡同様に,患者の体内に挿入するもので〔別刷請求先〕加藤久美子:〒514-8507三重県津市江戸橋C2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:KumikoKato,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174CEdobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPANあり,涙道内視鏡を介した感染が起こる可能性がある.消化管内視鏡,気管支鏡に関しては洗浄・滅菌あるいは消毒に関するガイドライン4,5)が存在するが,涙道内視鏡にはまだガイドラインが存在しない.今回筆者らは,涙管チューブから特定の真菌が続けて培養されたことをきっかけに,涙道内視鏡の洗浄・滅菌に関する問題が明らかになり,洗浄・滅菌方法を改善し,効果が得られたので報告する.CI対象および方法三重大学医学部附属病院(以下,当院)においてC2014年C9月.2015年C7月に涙道内視鏡(ファイバーテックCR)を用いて涙道を開放し,涙管チューブを挿入した患者C32名C32側(男性C5名,女性C27名,平均年齢C69歳)を対象とした.術前に結膜.,鼻腔の培養検査を行い,チューブ留置中は抗生物質点眼と低濃度ステロイド点眼を使用し,2週間にC1度涙.洗浄を行った.2カ月後にチューブを抜去し,結膜.,鼻腔,涙管チューブの培養検査を行った.その後,涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法を改変し,2015年C10月.2016年C3月に涙道内視鏡を用いて涙道を開放し,涙管チューブを挿入できた患者C19例C19側(男性C4名,女性C15名,平均年齢C74.7歳)でも,抜去した涙管チューブの培養検査および術前術後の結膜.,鼻腔の培養検査を行った.涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法について述べる.2015年C8月までは洗浄を外来で行い,中央材料部でCEOG滅菌を行った.外来で内視鏡使用後,10分以内に水道水C20Cml,蛋白除去剤(ピュアセーフCR)5Cml,さらに水道水C20Cmlを水チャンネルに通水し,送気を行い,内視鏡購入時に付属していたプラスチックケースに入れて中央材料部に搬送した.中央材料部では洗浄は行わず,プラスチックケースのままCEOG滅菌を行った.2015年C10月以降は,外来で内視鏡使用後,10分以内に蒸留水で湿らせたガーゼで内視鏡を清拭し,蒸留水外来ガーゼ清拭滅菌蒸留水20ml通水30分以内酵素洗浄剤60ml送液酵素洗浄剤浸漬(5分)中央材料部滅菌蒸留水60ml通水60ml送気エタノール3ml送液30ml送気EOG滅菌3.5時間図1涙道内視鏡の洗浄・滅菌に関するフローチャートメーカー推奨の酵素洗浄剤は,サイデックスプラスC283.5%液Rあるいはディスオーパ消毒液C0.55%CRである.20Cmlで水チャンネルをフラッシュした後,ビニール袋に入れてC30分以内に中央材料部に搬送した.中央材料部において,直ちに酵素洗浄剤(サイデザイムCR)を含ませたガーゼで内視鏡を清拭し,酵素洗浄剤C60Cmlを送液,内視鏡を酵素洗浄剤にC5分間浸漬し,蒸留水C60Cmlを送水した.同じシリンジでC60Cml以上送気し,内視鏡先端から水分が出なくなったことを確認した.その後無水エタノールC3Cmlを送液,再度C30Cml送気し,内視鏡全体の水分をガーゼで清拭したうえで,プラスチック製のカゴに入れてC3.5時間CEOG滅菌を行った(図1).CII結果涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法改変前では,抜去した涙管チューブC32例中,Candidapalapsilosis(以下,C.parapsilo-sis)がC13例で培養された(図2a).結膜.の培養検査では,術後においてC2例でCC.parapsilosisが培養された.鼻腔の培養検査では,術前,術後ともにCC.parapsilosisが培養された症例はなかった(図3).C.Cparapsilosisが原因と考えられる局所および全身の感染症状は認められなかった.C.Cparapsilosisは鼻腔内の培養検査では検出されにくい菌種であるため6),涙道内視鏡を介した感染が疑われ,洗浄・ガス滅菌後の涙道内視鏡の水チャンネル,ハンドピース先端,内視鏡ケース内の培養検査を行った.3本の内視鏡のうちC2本の水チャンネルからCC.parapsilosisが培養された.ハンドピース先端および内視鏡ケースからは菌は検出されなかった.原因を精査するためCC.parapsilosisが培養された涙道内視鏡C2本を含めた合計C3本をファイバーテック社で検査した.使用開始から約C3年が経過した涙道内視鏡先端部の水チャンネルの汚れは著しく,メーカーで洗浄を行ったが完全に汚れを除去することができなかった(図4a,b).一方,使用開始から約C4カ月の涙道内視鏡の先端部には,水チャンネルを含めほとんど汚れは付着していなかった(図4c).abC.palapsilosis培養陰性11%培養陰性5%n=32Cn=19C図2涙道内視鏡洗浄方法改変前・後の涙管チューブ培養結果aは改変前,bは改変後.CNS:CoagulaseCnegativeCstaphylo-coccus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.C結膜.術前C.palapsilosis6%術後その他6%CNS/C鼻腔術前培養陰性術後培養陰性13%13%図3涙道内視鏡洗浄方法改変前の結膜.,鼻腔内の培養結果CNS:Coagulasenegativestaphylococcus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.abc洗浄・払拭前洗浄・払拭後図4内視鏡先端部拡大写真(上段が洗浄前,下段が洗浄後)Ca,b:使用開始から約C3年経過した内視鏡.Cc:使用開始後約C4カ月の内視鏡.Ca,bは水チャンネルの汚れの付着が著しく,洗浄しても汚れは取りきれなかった.Ccは汚れの付着が少なかった.*は水チャンネル,#はレンズ.C当院の医療安全・感染管理部および中央材料部と相談のう検出されなくなり,抜去した涙管チューブC19例の培養結果え,涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改変した.その後,涙管では,C.CpalapsilosisがC2例検出されたものの,洗浄法改良チューブ挿入術に使用した涙道内視鏡からCC.Cpalapsilosisは前と比較してCC.Cpalapsilosisは有意に減少していた(p=0.02,結膜.術前C.palapsilosis5%術後CNS/CCorynebacteriumsp.26%C鼻腔その他5%C術前術後図5涙道内視鏡洗浄方法改変後の結膜.,鼻腔内の培養結果CNS:Coagulasenegativestaphylococcus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.c2検定)(図2b).結膜.では,術後にCC.Cpalapsilosisが1例認められたが,鼻腔では,術前術後ともにCC.Cparapsilosisが培養された症例は認められなかった(図5).また,術後の菌の検出率に関しては,滅菌・洗浄法改良前は結膜.C25%(8/32),鼻腔C100%(32/32),涙管チューブC93.8%(30/32)で,改良後は結膜.C52.6%(10/19),鼻腔C94.7%(18/19),涙管チューブC94.7%(18/19)であった.CIII考按涙道の閉塞病変に対して涙道内視鏡を用いて治療する考え方はC1979年のCCohen7)から始まり,その後もさまざまな涙道内視鏡による治療の報告がなされており,わが国では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術が導入されて十数年が経過した8).消化管内視鏡や気管支鏡に代表される内視鏡は,体腔内に挿入され,直接粘液や血液と接触するため,高レベルの汚染を受ける9).小林10)は消毒あるいは滅菌は,有機物が付着したまま行うとその効果が著しく減弱すると報告しており,不適切な方法で洗浄された消化管内視鏡や気管支鏡を使用すれば,内視鏡を介した感染は必発である.内視鏡を介した感染症発症を機に1.3),海外で,またわが国でも消化器内視鏡,気管支鏡の洗浄滅菌方法のガイドラインが制定された4,5).しかしながら涙道内視鏡の洗浄・滅菌ガイドラインはいまだ存在しない.以前の当院での涙道内視鏡洗浄滅菌方法は,涙道内視鏡使用後,外来看護師によりチャンネル内を蛋白除去剤,水道水でフラッシュして送気,そして中央材料部でCEOG滅菌を行っていた.しかしながら,添付文書で推奨された洗浄方法ではなかったため,内視鏡に付着した有機物を十分に除去することができていなかったのではないかと考えられた.また,100%エタノールの送液も行っておらず,水チャンネル内が十分に乾燥されず,エチレンオキサイドガスが十分に通らなかった可能性も考えられた.これらが原因となり,涙道内視鏡にCC.Cpalapsilosisが残存し,涙道内視鏡を介した涙管チューブ汚染が起こったものと考えられた.このため,当院では涙道内視鏡使用直後,血液などの有機物が乾燥する前にハンドピースに付着した血液などをガーゼで除去し,水チャンネル内を蒸留水でフラッシュした.さらに,中央材料部でCEOG滅菌を行う前に,添付文書どおりに酵素洗浄剤を用いてハンドピース,水チャンネル内を洗浄して有機物の除去に努め,またエタノールを送液,その後送気することで水チャンネル内を完全に乾燥させエチレンオキサイドガスが通過しやすいようにした.プラスチックケースはエチレンオキサイドガスが通過しない可能性があるため,内視鏡はプラスチック製のカゴに入れてCEOG滅菌を行った.また,洗浄・滅菌が適切に行われていることを確認するために,定期的に涙道内視鏡の培養検査を行っているが,現在のところCC.Cparapsilosisを含め菌の検出は認められていない.なお,全長わずかC13.5Ccmの涙道内視鏡の水チャンネルではあるが,内径はわずかにC0.3Cmmであり,添付文書どおりに洗浄剤と蒸留水各C60Cmlを通水するには想像以上の手間と時間を必要とし,当院ではC1本の涙道内視鏡を洗浄するのに約30分を要する.現在の洗浄方法を簡易化することが可能かどうか,洗浄方法を自動化することが可能かどうかを含め改善が期待される.涙管チューブの培養検査の菌検出率に関しては,寺西ら11)はC71%,大場ら12)はC72.8%,高橋ら13)はC97.1%と報告しており,筆者らの結果は高橋ら13)の報告と同じく,菌の検出率は高かった.寺西ら11),大場ら12)はCNST(ヌンチャク型シリコーンチューブ)を使用したのに対し,高橋ら13)はCPFカテーテルR(ポリウレタン製)を,筆者らはラクリファーストR(SIBT(スチレン・イソブチレン・スチレン共重合体)とポリウレタンの混合樹脂製)を使用したが,親水性が高いポリウレタン製チューブには細菌が付着しやすく,高橋ら13)や,筆者らの報告で菌検出率が高かったのは,涙管チューブの素材の差によるものではないかと考えられた.検出された菌種に関しては,寺西ら11),大場ら12)はCCoryneCbacteriumspp.とCCoagulaseCnegativeCstaphylococcus(CNS)がC58.62%であったと報告しており,これは筆者らの内視鏡洗浄方法改変後のチューブ培養結果と同様の結果であった(図2b).今回,筆者らは涙道内視鏡の不適切な洗浄滅菌方法が原因で発生した,涙管チューブの汚染について報告した.涙道内視鏡を用いて診療する医師は,内視鏡を介した感染症発生を防ぐために,涙道内視鏡の洗浄・滅菌のそれぞれの工程の目的を理解し,遵守しなければならない.また,涙道内視鏡の洗浄・滅菌に問題がないか確認するために,定期的に涙道内視鏡の培養検査を行い,さらなる安全性の確保に努めなければならないと考えた.わが国において涙道内視鏡は涙道診療に必須の機械となっており,安全に涙道内視鏡検査を行うため,涙道内視鏡の洗浄,消毒・滅菌に関するガイドラインの作成が必要であると考えられた.利益相反:近藤峰生(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社)文献1)AllenJI,AllenMO,OlsonMMetal:Pseudomonasinfec-tionofthebiliarysystemresultingfromuseofacontami-nateendoscope.GastroenterologyC92:759-763,C19872)SlinivasanCA,CWolfendenCLL,CSongCXCetCal:AnCoutbreakCofCPseudomonasCaeruginosaCinfectionsCassociatedCwithC.exiblebronchoscopes.NEnglJMed16:221-227,C20033)日本消化器内視鏡学会消毒委員会:消化器内視鏡検査とCB型肝炎ウイルス(HBV)感染の関連について(第C1報).CGastroenterolEndoscC27:2727-2733,C19854)赤松泰次,石原立,佐藤公ほか:消化器内視鏡の感染制御に関するソサエティ実践ガイド.GastroenterolCEndoscC56:89-107,C20145)浅野文祐,大崎能伸,藤野昇三ほか:手引書─呼吸器内視鏡診療を安全に行うために.気管支学35:1-48,C20136)山口英世:真菌症の疫学と感染機序.病原真菌と真菌症,改訂C4版,p160,南山堂,20077)CohenCSW,CPrescottCR,CShermanCMCetCal:Dacryoscopy.COpthalmicSurg10:57-63,C19798)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術41:485-491,C20039)RutalaWA,WeberDJ:Reprocessingendoscopes:UnitedStatesperspective.JHospInfect56:527-539,C200410)小林寛伊編:医療現場における滅菌保証のガイドライン2015.一般社団法人日本医療機器学会,201511)寺西千尋,高木史子,森秀夫:涙道留置ヌンチャク型シリコーンチューブの菌検査.臨眼53:1343-1346,C199912)大場久美子,高木郁江:涙小管閉塞に挿入・留置したヌンチャク型シリコーンチューブからの菌検出率と留置期間について.眼科手術21:269-271,C200813)高橋直巳,鎌尾知行,白石敦:涙管チューブ挿入術の術後成績と抜去時涙管チューブ培養菌種の検討.眼科手術C29:323-327,C2016***

Toxic Anterior Segment Syndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):421.426,2014cToxicAnteriorSegmentSyndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例阿部真保清水一弘出垣昌子田尻健介向井規子勝村浩三小嶌祥太池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofToxicAnteriorSegmentSyndromeComplicatedwithSecondaryGlaucomaandBullousKeratopathyMahoAbe,KazuhiroShimizu,MasakoIdegaki,KensukeTajiri,NorikoMukai,KohzoKatsumura,SyotaKojimaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は内眼術後の無菌性の眼内炎で,手術器具滅菌後の残存薬液や物質,細菌由来のエンドトキシンなどが誘因になることが報告されている.重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じることがある.今回TASSが疑われ,水疱性角膜症と続発緑内障に至った1例を経験したので報告する.症例:68歳,女性.左眼白内障手術翌朝より角膜浮腫が著明となり,改善しないため当院を受診した.左眼矯正視力0.01,眼圧52mmHg,前房内炎症に加え,多量の虹彩色素が内皮面に付着していた.TASSを疑い治療を行った.眼圧は緑内障濾過手術によりコントロールされたが,水疱性角膜症を発症した.結論:重篤なTASSでは,続発緑内障や水疱性角膜症をきたすことがあり,早期診断,早期治療が重要である.内眼手術後早期の眼内炎の原因の一つとしてTASSは念頭においておく必要がある.Purpose:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)isanon-infectiousendophthalmitisthatcanoccurafterintraocularsurgery.Reportedly,itmightbecausedbyresidualchemicalsandsubstancesadheringtosurgicalinstrumentspost-sterilization,orbybacterialendotoxin.Severecaseshavebeenreportedasresultingincornealendothelialdysfunctionandirisdamage.WeherereportaseverecaseofTASScomplicatedwithsecondaryglaucomaandbullouskeratopathy.Case:A68-year-oldfemalepresentedwithseverecornealedemainherlefteye1dayaftercataractsurgery.Clinicalfindingsfailedtoimprove;shewaslaterreferredtoourhospital.Initialexaminationinourclinicshowedcorrectedvisualacuityinherlefteyeat0.02pandintraocularpressure(IOP)of52mmHg.Theaffectedeyeexhibitedsevereinflammationintheanteriorchamber,aswellasalargeamountofirispigmentonthecornealendothelialsurface.Onthebasisofthoseclinicalfindings,wediagnosedthiscaseasTASS.AfterfilteringglaucomasurgeryIOPwascontrolled,butbullouskeratopathydevelopeddespitetreatment.Conclusion:OurfindingsshowthataseverecaseofTASSmightcausesecondaryglaucomaandbullouskeratopathy,andthatTASSisapossibledifferentialdiagnosiswhensevereanterior-chamberinflammationoccursafterintraocularsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):421.426,2014〕Keywords:toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),無菌性眼内炎,眼内炎,角膜浮腫,滅菌.toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),non-infectiousendophthalmitis,endophthalmitis,cornealedema,sterilization.はじめに1980年以降,白内障手術後に無菌性の前眼部炎症の重症例Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)とは内眼術後が数例報告され,1992年,Monsonらが白内障手術後の無に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応である.菌性の起炎物質による前眼部炎症をTASSと命名した1).〔別刷請求先〕阿部真保:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MahoAbe,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)421 TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的な臨床所見である.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の傷害を意味する.また重症例では虹彩傷害も生じ,不可逆性となると不整な瞳孔,散瞳不良,さらには線維柱帯まで傷害される.発症初期の眼圧は下降するが,不可逆的な線維柱帯の傷害から高眼圧,続発緑内障となる.また角膜浮腫も遷延化すると,水疱性角膜症に至り角膜移植を施行された重症例も報告されている.今回,TASSが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症に至った重症例を経験したので報告するI症例症例は68歳,女性.近医にて両眼白内障に対して,平成20年12月5日に右眼,12月9日に左眼の超音波水晶体乳化吸引術とIOL挿入術を施行された.両眼とも術前の状態に特記事項はなく,耳側角膜切開(角膜乱視軽減のため)で施行されており,手術時間は10分,術中トラブルなどなく手術を終了した.右眼は経過良好であったが,左眼は術翌日より著明な角膜浮腫,前房内炎症を認め,眼圧は32mmHgであった.レボフロキサシン,ベタメタゾン,ジクロフェナクナトリウムの左眼1日4回点眼に加え,アセタゾラミドの内服を開始した.また翌々日,感染性眼内炎の可能性は低いと考え,ベタメタゾン0.5mg3錠,分1の内服を開始,またその翌日よりヘルペスの可能性を考慮し,抗ヘルペス治療(塩酸バラシクロビル内服6錠,分3)を開始した.しかし消炎および眼圧下降治療に反応せず,症状の増悪を認めたため,術後6日目に当院紹介受診となった.元々既往歴や家族歴に特記事項はなく,当院初診時視力はVD=0.3(0.4×sph+1.0D(cyl.2.0DAx70°),VS=0.01(better×sph.1.0D),眼圧はRT=12mmHg,LT=52mmHg,右眼の視力不良の原因は元々弱視眼であった可能性が高いと思われた.左眼は著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に多量の虹彩色素の付着を認めた.眼内レンズ表面にはフィブリンが蓄積し,前房は深く,細胞(++)程度の炎症が疑われたが,角膜所見により前房内は透見不良であり(図1a,b),また眼底も乳頭判別可であるが,透見不良であった.しかし,Bモードエコーでは異常を認めなかった.当科初診時,前房穿刺を施行し,前房水の細菌培養検査を施行した(結果:陰性).レボフロキサシン1日4回点眼,ベタメタゾン1日6回点眼,ブロムフェナクナトリウム1日2回点眼とアセタゾラミド2錠分2,L-アスパラギン酸カリウム4錠分2の内服を開始した.翌日も眼圧下降はみられ422あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ず,前眼部所見の改善もなかったため,TASSを念頭におき,プレドニゾロン10mg/日の内服を開始した.しかしほとんど改善傾向はなく,50mmHg前後の高眼圧が持続した.3日目,D-マンニトールの点滴と,マレイン酸チモロール持続性剤の点眼を開始したが,点滴後も眼圧下降はわずかであり,著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に沈着した多量の虹彩色素などの前眼部所見もほとんど改善しなかった(図2).4日目,前房洗浄を施行し,多量の虹彩色素が排出された.虹彩には脱色素がみられ,瞳孔は塩化アセチルコリンに反応せず,散大したままであった.5日目,プレドニゾロンを20mg/日に増量し,ラタノプロストと塩酸ジピベフリン点眼を追加した.炎症所見の改善も乏しく,6日目ベタメタゾンの結膜下注射を施行した.初診時と比べると,角膜浮腫,前房内炎症はわずかながら改善傾向にあったが,依然として,眼圧は50mmHg前後と高値であった(図3a,b).経過中患者は強い眼痛を訴え,前房穿刺後に痛みが和らぐ状態であった.感染の懸念はあったが,結局,前房穿刺を連日施行することとなった.高眼圧の持続による神経障害が危惧され,8日目に施行したUBM(超音波生体顕微鏡)では(図4),隅角は閉塞しており,一部は器質的閉塞をきたしていると思われた.手術による眼圧下降が必要と判断し,9日目にトラベクレクトミーを施行した.術後は,眼球マッサージ,lasersuturelysisにて10mmHg台で安定し,13日目退院となった.術後もレボフロキサシン点眼4回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,オフロキサシン眼軟膏点入1回/日,プレドニゾロン内服5mg/日を行った.しかし,その3カ月後と6カ月後,眼圧コントロールが再度不良となり,2度の濾過胞再建術を施行した.眼圧はコントロールされたが角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力はVS=(0.01×sph+0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった(図5).今回の症例について,前医に問い合わせたところ,眼周囲皮膚の消毒(眼瞼,睫毛,眉毛)をポビドンヨード(イソジン液)で行い,眼球,結膜.の洗眼は10%ポビドンヨードで行っていた.麻酔は4%キシロカインの点眼麻酔のみで施行していた.手術器具の滅菌法は高圧蒸気滅菌(オートクレープ)と過酸化水素ガスプラズマ滅菌の併用であった.原因として手術侵襲や術中の薬剤の流入(麻酔薬)などは否定的で,手術に使用した器具の滅菌法や洗浄過程,手術に用いた灌流液などを調べたが,当科で普段施行している白内障手術症例と特に違いは認められなかった.また前後同一施設内で本症を疑うものはなく,過去にも同様の症例の発症はなかった.II考按まったく既往歴のない,手術もまったく問題なく終了した(118) abab図1初診時前眼部写真a:著明な角膜浮腫を認める.b:多量の虹彩色素が角膜内皮面へ付着している.図2初診時より3日目の前眼部写真角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面虹彩色素沈着は持続し,前眼部所見は改善しなかった.症例で術翌日より著明な角膜浮腫と前房内炎症,高眼圧を生じた症例をみた際,考えられる原因は何か.まずは感染性眼内炎と薬剤性(麻酔薬の混入)が考えられた.しかし,術翌日と非常に早期の発症であり,角膜全体の著明な浮腫と角膜後面の多量の虹彩色素の沈着など,感染性眼内炎とは様相が異なると考えた.また,麻酔薬の混入に関しては術者によるとまったく心当たりはないとのことで,完全には否定できないが,可能性としては非常に低いと思われた.その他考えられるものとして,非感染性物質による異物反応が疑われた.「はじめに」の項で述べたが,白内障手術後の無菌性の起因物質による前眼部炎症はTASSと命名され,さまざまな報告があるが,本症に非常に類似している.起因物質としては,抗菌薬眼軟膏の前房内迷入,点眼液中の防腐剤,BSS(balancedsaultsolution)中のエンドトキシン,手術器具の残留洗浄剤,変性した粘弾性物質,眼内レンズの研(119)ab角膜浮腫,Descemet膜皺襞結膜充血眼内レンズ図3初診時より7日目の前眼部写真(a)とシェーマ(b)a:角膜後面の虹彩色素の沈着は減少し,角膜浮腫,前房内炎症は軽度改善傾向を認める.b:シェーマ.磨剤などの報告がある.TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的とされ,重篤なものでは虹彩傷害を生じる.今回の症例はそのすべてを満たしており,TASSが最も疑われた.また,その他の鑑別として,ヘルペスの再発の可能性や,多量の虹彩色素が角膜裏面に沈着していたことよりpigmentdispersionsyndrome(色素散布症候群)についても考えた.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014423 adcbadcb図4UBM所見閉塞隅角を認め,一部は器質的閉塞をきたしていると思われる.a:上側,b:鼻側,c:下側,d:耳側.図52度の濾過胞再建術施行後の前眼部写真角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01であった.しかし,白内障手術後の角膜ヘルペスは報告例が少なく,術後再発としては上皮型(樹枝状,地図状角膜炎)を呈する場合が多いとされている.実質型角膜ヘルペスの一病型としての角膜ぶどう膜炎は,角膜実質浮腫とその裏面に限局して生じる豚脂様角膜後面沈着物を特徴とする虹彩毛様体炎を認める.また,それと同様,三叉神経節に潜伏したHSV(単純性疱疹ウイルス)-1の再活性化により角膜ヘルペスに併発しない,片眼性の急性虹彩毛様体炎が発症することもある.また,VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)の再活性化によって発症する眼部帯状ヘルペスにおいては,約1/3が豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性肉芽腫性虹彩毛様体炎を発症し,なかには顔面の皮疹を伴わず発症するものも報告されている.今回の症例では,ヘルペスの可能性も考慮し,術後3日目より塩酸バラシクロビルの内服(6錠,分3)を開始している.手術侵襲により潜伏していたHSV-1やVZVの再活性化が起こり,角膜病変や顔面の皮疹を伴わない,急性虹彩毛様体炎が発症したと考えられなくもないが,まったく既往がなく,手術も問題なく終了した症例で,一晩でここまで急激な変化が起こるとは考えにくく,またそのような報告もなかった.今回の症例では前房水のPCR(polymerasechainreaction)は施行されていない.バルトレックスの内服が奏効しなかったことはヘルペスを否定するものとはならないが,今回の症例の原因としては考えにくいと思われた.色素散布症候群とは虹彩が後方に凹になっており,虹彩裏面とZinn小帯の摩擦により虹彩色素上皮から前眼部組織に色素が散布される症候群である.眼圧上昇は不安定で,散瞳薬や激しい運動で色素が散乱し,眼圧上昇をきたすが,隅角に著明な色素沈着が生じて発症する色素性緑内障に進展するまでの年数や割合には統一見解はない.常染色体優性遺伝であり,発症年齢は20.30代,男性が女性の2倍多く,近視若年者に多いとされている.角膜後面中央部の紡錘型の色素沈着や隅角色素沈着,UBMで後方に屈曲した虹彩が特徴的である.今回の症例では術前に隅角検査やUBMは行われていないが,角膜後面や水晶体の色素散布所見はなく,虹彩委縮なども認めなかった.また,眼圧上昇などの既往歴もなく,近視若年男性という疫学的にも元々色素散布症候群であった可能性は低いと思われる.また類似の機序で生じるものに術後遷延性虹彩炎(iris424あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(120) 表1TASSの原因塩化ベンザルコニウムLiu2001消毒薬(ディスオーパR)幸野2005手術機器の残留薬剤Hellinger2006BSS中のエンドトキシンKutty2008I/Aハンドピースの付着残留物川辺2011ICGの残留渡辺2011chafingsyndrome)があるが,IOLが非対称固定であったり,.外固定されたとき,また,IOLのループが表裏に固定されたときに生じるとされている.虹彩運動によりIOL光学部が虹彩裏面を擦過することにより色素散布を起こし,色素散布症候群同様,慢性虹彩炎や色素性緑内障の原因となる.しかし,今回の手術は,IOLは.内中央部に固定された状態で手術を終了しており,術翌日,一晩で閉瞼眼帯下に著明な角膜浮腫まできたす原因とは考えにくい.TASSは2005年米国でCytosol社製のBSS中のエンドトキシンが原因と考えられる無菌性の眼内炎が複数例発症したことが2008年Kuttyらによって報告され,広く注目を集めるようになった2).近年わが国でもTASSの報告例が散見される.2009年には大井らにより原因は特定できていないがTASSが疑われる2例が報告され3),2011年には,川辺らによるI/A(灌流・吸引)ハンドピースの付着残留物が原因とされる白内障手術後の7例7眼の連続発症が報告されている4).また,同年渡辺らよりICG(インドシアニングリーン)の残留が原因とされる白内障手術後のTASSの1例5)や,井上による両眼性のTASS6)が報告されている.両眼白内障手術後それぞれの手術眼でTASSが発症し,薬剤や手術器具へのアレルギー反応が原因と考えられている.それ以前にもTASSの原因物質の同定を試みた貴重な報告があり,原因は多岐にわたることが知られている(表1).塩化ベンザルコニウム(Liuら,2001)7),消毒薬(ディスオーパR)(幸野ら,2005)8),手術機器の残留薬剤(Hellinger,2006)9)などがある.しかし,TASSは無菌性であれば,手術中に眼内に持ち込まれるすべてのものが原因となりうるため,原因物質の同定を試みても特定することが非常にむずかしいのが実情である.今回の症例もまったくの孤発例であり,原因の特定はできていない.しかし,原因を特定できなくても,手術器具の洗浄や滅菌法の改善など手術システム自体を一つ一つ見直し,今後の発症予防に最善を尽くすことが大切である.また,TASSの診断においては,同様に内眼術後の眼内炎症をきたす疾患である細菌性眼内炎との鑑別がきわめて重要となる.細菌性眼内炎とTASSの鑑別を表2に示す10).最も大きな違いは,手術から発症までの時間である.TASSは(121)表2TASSと術後細菌性眼内炎との鑑別TASS細菌性眼内炎発症24時間以内術後3.7日後症状霧視眼痛,眼脂,充血角膜浮腫2+浮腫1+前房Cell1+.3+Cell3+Fibrin1+.3+Fibrin一定せずHypopyon1+Hypopyon3+硝子体鮮明硝子体炎ステロイドに対する反応良好不良多くは24時間以内と細菌性眼内炎と比較して明らかに発症が早期である.細菌性眼内炎の発症は早くても2日程度を要し,一旦患者が見えるようになった後に発症することが多いのに対して,TASSは良くなる間もなく直後に発症する.また,TASSの典型例ではびまん性角膜浮腫を生じるのに対して,細菌性眼内炎では角膜病変が顕著というわけではない.その他TASSの特徴としては,眼所見の割に眼痛が軽度であること,炎症は前房内だけに留まっており硝子体混濁は伴わないことなどが挙げられる.今回の症例の眼痛は高眼圧によるものと考えられる.また,TASSは,過去の報告にもあるように,軽度なものから続発緑内障や水疱性角膜症に至る重篤なものまで程度には非常に差がある.実際,本症例では細菌性眼内炎をまず疑った.しかし,手術翌日という極早期に発症していること,著明な角膜浮腫,角膜後面の多量の虹彩色素の沈着などの前眼部所見より,細菌性眼内炎の可能性は低いと考えられ,術後2日目からTASSを疑い,少量であるが,ステロイドの内服を開始している.TASSはまったく問題なく手術を終了した症例であっても,術翌日より高度の眼内炎症をきたすので,術者としては動揺するが,細菌性眼内炎とするには疑問な点がいくつか認められる.TASSも術後炎症の鑑別診断の一つとして考えておく必要がある.治療であるが,細菌性眼内炎とは対照的にTASSでは早期のステロイド治療が奏効するとされる.軽度なものでは非ステロイド性の抗炎症薬でも寛解するとされ,通常の術後点眼薬で軽快する.炎症がやや強い例でも術後細菌性眼内炎として治療されている例も多数あると思われる.しかし今回は,術後2日目よりTASSが疑われ,少量のステロイド(ベタメタゾン1.5mg/日)の内服を開始したが奏効せず,当院紹介後の術後7日目よりプレドニゾロン10mg/日のステロイド治療を行ったが,最終的にステロイドが奏効したとは言い難い経過を辿った.もう少し早期にステロイドを増量できていれば,今回の症例よりも良好な経過を辿った可能性もある.しかし,TASSのなかでも本症例のような重篤な症例の報告は非常に少ない.ステロイドが奏効せあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014425 ず,硝子体手術を施行し,改善したものや,改善せず,眼圧コントロールが困難となり視力が低下したもの,またステロイドにより前房内炎症の改善が得られても,角膜内皮細胞の著しい減少を認め,角膜移植を施行したものなどの報告がある.しかし,現段階では,このような重症例に対してステロイド治療がどこまで奏効するのかは不明であり,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.術後眼内炎としては細菌性眼内炎の頻度が圧倒的に高いので,まず細菌性を疑うべきであるがわが国ではTASSの報告例はわずかであり,本疾患に対する認識自体が非常に乏しい.TASSは程度にもよるが早期に対応すれば良好な経過を辿る可能性があることに加え,手術器具の滅菌や洗浄など手術システムの改良により,連続発症することを未然に防止することも可能である.よってまず本疾患の存在を知っておくことが重要である.文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)KuttyPK,FosterTS,Wood-KoobCetal:Multistateoutbreakofanteriorsegmentsyndrome,2005.JCataractRefractSurg34:585-590,20083)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS23:229-236,20094)川辺幹子,近藤峰生,加賀達志ほか:I/Aハンドピースへの付着残留物により発症したと考えられるTASSのoutbreak.眼臨紀4:216-221,20115)渡辺一郎,越智順子,家木良彰ほか:前.染色に用いたインドシアニングリーンが原因と考えられた白内障術後のtoxicanteriorsegmentsyndromeの1例.臨眼65:11051109,20116)井上昌幸:両眼性のToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,20117)LiuH,RoutleyI,TeichmannKDetal:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCataractRefractSurg27:1746-1750,20018)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒液(ディスオーパR)による白内障手術後の水泡性角膜症.臨眼59:1705-1709,20059)HellingerWC,HasanSA,BacalisLPetal:Outbreakoftoxicanteriorsegmentsyndromefollowingcataractsurgeryassociatedwithimpuritiesinautoclavesteammoisture.InfectControlHospEpidemiol27:294-298,200810)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,2008***426あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(122)