‘特発性内頸動脈解離’ タグのついている投稿

特発性内頸動脈解離による網膜動脈分枝閉塞症の1 例

2023年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(1):129.133,2023c特発性内頸動脈解離による網膜動脈分枝閉塞症の1例村田万里子*1,2牧山由希子*1*1康生会武田病院*2京都大学大学院医学研究科眼科学CACaseofBranchRetinalArteryOcclusionAssociatedwithIdiopathicInternalCarotidArteryDissectionMarikoMurata1,2)C,YukikoMakiyama1)1)KouseikaiTakedaHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicineC特発性内頸動脈解離が原因であった網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)の症例を経験した.42歳,男性,突然の右眼視力視野障害,軽度の頭痛と左手指の感覚異常を自覚し救急外来受診.眼科診察において右眼CBRAOと診断,早期の脳神経外科との連携により内頸動脈解離が判明,内頸動脈ステント留置術が行われた症例を経験した.BRAOは眼虚血疾患の一つで,全身的にも緊急性の高い疾患が潜在している可能性が高く,速やかな内科,脳神経外科などと連携した診療が重要である.また,比較的若年例における網膜動脈閉塞症の原因疾患として,内頸動脈解離を鑑別診断に入れる必要があると考えた.CObjective:Toreportacaseofbranchretinalarteryocclusion(BRAO)intherighteyeassociatedwithidio-pathicinternalcarotidarterydissection.Case:A42-year-oldmalepresentedtotheemergencydepartmentwithsuddenlossoffullvisioninhisrighteye,mildheadache,anddysesthesiainhislefthand.WediagnosedBRAOinhisrighteye,andheadMRAshowedrightinternalcarotidarterydissection.Emergentcarotidstentingwasper-formedCwithinC3ChoursCafterCtheConsetCofCsymptoms,CandCaCgoodCoutcomeCwasCachieved.CConclusions:BRAO,CaCtypeofacuteretinalarterialischemia,isanophthalmicandsystemicemergency.IdiopathicinternalcarotidarterydissectionCshouldCbeCconsideredCasCaCcausativeCconditionCinCtheCdi.erentialCdiagnosisCofCrelativelyCyoungCpatientsCwithretinalarteryocclusion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):129.133,C2023〕Keywords:網膜動脈分枝閉塞症,特発性内頸動脈解離,一過性黒内障.branchretinalarteryocclusion,idiopath-icinternalcarotidarterydissection,amaurosisfugax.Cはじめに特発性内頸動脈解離を含む脳動脈解離は,脳を灌流する動脈に生じる解離で,部位により頸動脈系と椎骨脳底動脈系に分けられ,若年脳卒中の原因として重要なものである.特発性内頸動脈解離は,年間発生率がC10万人当たりC2.6人と報告されているまれな疾患であり1),また,特発性内頸動脈解離により網膜動脈閉塞をきたしたとする報告はわずかである.今回,筆者らは,右眼の一過性視力障害を主訴に受診し,複数科の迅速な連携により,発症から短時間で眼科における右眼網膜動脈分枝閉塞症(branchCretinalCarteryocclusion:BRAO)の診断,原因となった特発性内頸動脈解離の特定,内頸動脈ステント留置術を施行し,良好な転帰が得られた症例を経験したので報告する.CI症例患者:42歳,男性.主訴:右眼の一過性霧視(一過性黒内障),視野障害.既往歴:うつ病.現病歴および経過:X年C11月CX日,16時C30分頃,電車内で突然の右眼霧視(右視野全体が真っ白で見えない),軽度の頭痛,左手指のしびれを自覚し,17時C22分,康生会武田病院救急外来を徒歩にて受診した.病院到着時,意識清〔別刷請求先〕牧山由希子:〒600-8558京都市下京区東塩小路町C841-5康生会武田病院眼科Reprintrequests:YukikoMakiyama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KouseikaiTakedaHospital,841-5,Higashishiokoji-cho,Shimogyou-ku,Kyoto600-8558,JAPANC図1視野欠損自覚変化の推移a:発症C1日目,アムスラーチャート:中心は見えるが左下視野欠損あり.Cb:発症C2日目(手術翌日),アムスラーチャート:前日の左下の視野欠損は消失,左上にC1カ所暗点の自覚あり.Cc:発症後C4日目,動的視野検査:同心円状にC3カ所暗点が検出.Cd:発症後C3カ月後,動的視野検査:暗点は検出されず.明,右眼の霧視は左下方の視野欠損へ変化し,四肢運動機能障害や顔面神経麻痺および構音障害は認めなかった.救急担当内科医が対応し,脳梗塞を疑い緊急で頭部CCTを施行したが異常所見を認めず,17時C40分,眼科疾患除外のため眼科コンサルトとなった.右眼に相対的瞳孔求心路障害(relativea.erentCpupillarydefect:RAPD)弱陽性,両眼とも前眼部には有意な所見を認めず,眼圧は正常であった(右眼13CmmHg,左眼C14CmmHg).時間外診療であったため視力検査は施行できていないが,眼科診察時点では右眼の中心視力は回復し,左下の視野欠損を自覚していた(図1a).眼底写真では,右眼網膜動脈第C1.2分岐付近に複数箇所の塞栓所見を認めた.周囲の網膜における色調変化は明らかではなかった(図2a,b).視野異常の部位と網膜動脈塞栓部位が一致したため,右眼CBRAOと診断し,眼球マッサージを施行した.一過性片眼性視力障害(一過性黒内障)による発症,その後の視野障害とCBRAOの所見より,内頸動脈病変が疑われ,脳神経外科当直にコンサルトし,18時C35分に頭部MRI,MRangiography(MRA)が施行された.MRIでは頭蓋内に明らかな病変は認めなかったが(図3a),MRAにおいて右内頸動脈近位部の内腔に線状の低信号域を認め(図3b),右内頸動脈解離が疑われた.前投薬として,アスピリンC200Cmg,クロピドグレル硫酸塩C300Cmg,シロスタゾール200Cmgの内服が行われ,19時C19分に血管造影開始.右内頸動脈起始部に解離を認め,特発性内頸動脈解離と診断された(図3c).血管造影に引き続き右内頸動脈ステント留置術を施行(塞栓捕捉用フィルターにて遠位血栓症のプロテクトを行ったあとに,ステント(PROTAGEC10×60Cmm)を留置,とくに合併症なく終了した(図3d).術翌日(第C2病日)の頭部CMRIでは,右頭頂葉末梢,中心後回に拡散強調像高信号域を認め,新規梗塞が疑われた(図3e).クロピドグレル硫酸塩C75Cmg,アスピリンC100Cmgの内服が開始となった.CTangiographyでは動脈内腔がステントにて確保されており(図3f),頸動脈エコーで血流異常は認めなかった.ベッドサイドにおける診察では,前日に比べ視野欠損の範囲は改善傾向であり,Amslerチャートでは,右眼上内側に小さな暗点をC1カ所認めるのみであった(図図2右眼眼底写真a:初診時.右眼耳上側眼動脈第C1.2分岐付近に動脈塞栓の疑い.b:aの枠内の拡大像.部分的に網膜動脈に塞栓子により血管閉塞していると思われる所見あり..c:発症後C4日目.塞栓子や網膜色調変化は明らかでない.d:cの枠内の拡大像.発症日に認められた塞栓子は認められず.1b).第C4病日には眼科外来での診察が可能となり,両眼ともに矯正視力C1.2,動的視野検査(Goldmann視野計)にてC3カ所の小さな暗点を認めた(図1c).眼底検査では塞栓変化や網膜色調変化を認めなかった(図2c,d).第C5病日には,CCTangiographyで内頸動脈腔が良好に描出されることを確認,第C13病日には,modi.edCRankinScale(mRS)scoreC1であり,自宅退院となった.3カ月後の矯正視力も両眼ともにC1.2,GPで暗点は認めず(図1d),眼底検査でも塞栓変化や網膜色調変化を認めなかった.術後C2年時点で,新規脳梗塞発症や眼科症状なく経過している.CII考察今回,筆者らは,片眼性の一過性視力障害(一過性黒内障)で発症し同側のCBRAOを認め,原因検索にて特発性内頸動脈解離が判明した症例を経験した.BRAOは血管性一過性単眼視力障害(transientCmonocularCvisionloss:TMVL),網膜中心動脈閉塞症(centralCretinalCarteryocclusion:CRAO)とともに急性網膜動脈虚血の一つであり,速やかな診断,治療を必要とする眼科的,全身的に緊急性の高い疾患である2).CRAOは,年間発生率10万人当たりC1.8.1.9人3,4)とまれな疾患であり,高齢者に多く,ピークはC80.84歳という報告もある4).原因として,内頸動脈病変や心疾患による塞栓症が多いとされ,血管炎性の場合もある.網膜動脈閉塞症の治療として,眼球マッサージ,前房穿刺,高浸透圧薬による眼圧低下,血管拡張薬,血栓溶解薬,高圧酸素療法などさまざまな治療が試みられてきたが,一貫した有効性を実証したものはない5).また,BRAOの長期視力予後はよいといわれており,リスクを伴う検査や治療は避けるべきである6).網膜動脈閉塞症と脳梗塞や心筋梗塞などの心血管イベントとの関連はよく知られており,MirらはCCRAOで入図3頭部MRI,MRA,血管造影,頸部CTangiography画像所見a:術前頸部CMRI画像:頭蓋内には明らかな異常所見認めず.Cb:術前CMRA画像:右内頸動脈(.)に動脈内腔の狭窄を疑う.Cc:血管造影画像:右内頸動脈起始部(.)に動脈狭窄像,内頸動脈解離と診断.d:血管造影画像:ステント留置後,内腔狭窄が解除されている(.).e:術翌日CMRI画像:右内頸動脈(中大脳動脈)領域の右中心後回に新鮮梗塞を認めた(.).f:術翌日CTangiography画像:ステントにて動脈内腔が確保されている.院中の脳梗塞発症率がC12.9%,心筋梗塞発症率がC3.7%と報告している7).また,急性脳梗塞はCCRAO患者のC27.76.4%,一過性片眼性視力障害のC11.8.30.8%に認めたとの報告もある2).一方,特発性内頸動脈解離の年間発生率はC10万人当たり2.6.5人とこちらも頻度は低く,平均発症年齢は約C44歳とされ,65歳以上はまれである1,8).原因により,外傷性,非外傷性(特発性)に分類されるが,非外傷性(特発性)ではMarfan症候群など基礎疾患や何らかの誘因があるものと,本症例のように原因不明なものに分けられる.特発性内頸動脈解離も脳梗塞や一過性脳虚血などの虚血性脳卒中の原因となる注意すべき脳血管障害である9).特発性内頸動脈解離は,虚血性脳卒中の原因としてはわずかC1.2%であるが,若年層の脳卒中の原因としてはC10.25%を占めており,若年・中年層の脳卒中の原因として上位にある8.11).脳卒中に至る機序として,狭窄による血流低下,arteryCtoartery(ACtoA)embolismによるものがあげられる11.13).特発性内頸動脈解離は基本的に可逆性の病変と推測されており,抗血栓療法などの保存的治療が推奨されている13,14).しかし,川崎らは,血行動態的虚血を認め内科治療抵抗性の進行症例では積極的な血行再建術が必要であり,非閉塞例ではステント留置術,完全閉塞例にはバイパス術が必要であると報告している13).また,保存的治療が選択された後に進行性に増悪し,ステント留置などの侵襲的治療が必要となる場合もあるなど,いまだ一定の治療方針が確立しておらず,個々のケースで判断する必要がある.本症例では発症から約C2時間半でステント留置の前処置としての抗血小板薬の内服,3時間以内に血管造影が開始され,確定診断に引き続き血管内ステント治療が施行された.発症翌日に新鮮脳梗塞がみつかったが,その後は眼科,脳外科的にも症状をきたす病変は認めず,良好な転帰を得た.本症例では,救急外来担当内科医,眼科医,脳神経外科医が連携して,迅速な診断,治療を行えたことが良好な予後にも寄与したと考えられる.2019年CAmeri-canAcademyofOphthalmologyガイドラインでは,症候性網膜動脈閉塞症はただちに脳卒中センターへ紹介し精査を開始することを推奨しており15),続発する虚血イベントのリスクを低減するための全身検索と早期の予防治療開始が重要である.また,本症例のように血栓形成に関与するような基礎疾患のない,比較的若年発症の網膜動脈閉塞症では,原因疾患の鑑別として特発性内頸動脈解離も考慮に入れる必要があると考えた.本症例は時間外診療であったこと,眼科診断後すぐに脳神経外科診察,治療が行われたことより,蛍光造影検査,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,OCT血管撮影(angiography:OCTA)による塞栓部周囲網膜における血流障害や網膜層構造の変化に関しては評価ができていない.急を要するなかでも,とくに光干渉断層計(OCT,OCTA)は短時間で網膜,血管変化を評価できると考えられるため5),今後は撮像および評価に努めたい.CIII結語片眼性一過性単眼視力障害,軽度頭痛,左手指の異常感覚にて救急外来を受診後,眼科診察において右CBRAOと診断,早期の脳神経外科との連携により内頸動脈解離が判明,内頸動脈ステント留置術が行われた症例を経験した.BRAOは眼虚血疾患の一つで,全身的にも緊急性の高い疾患が潜在している可能性が高く,速やかな内科,脳神経外科などと連携した診療が重要であると考えられた.また,比較的若年例における網膜動脈閉塞症の原因疾患として,内頸動脈解離を鑑別診断に入れる必要があると考えた.文献1)SchievinkWI,MokriB,WhisnantJPetal:Internalcarot-idarterydissectioninacommunity.Rochester,Minnesota,C1987-1992.CStrokeC24:1678-1680,C19932)BiousseCV,CNahabCF,CNewmanNJ:ManagementCofCacuteCretinalischemia:followCtheCguidelines!COphthalmologyC125:1597-1607,C20183)LeavittJA,LarsonTA,HodgeDOetal:TheincidenceofcentralretinalarteryocclusioninOlmstedCounty,Minne-sota.AmJOphthalmolC152:820-823.Ce822,C20114)ParkSJ,ChoiNK,SeoKHetal:NationwideincidenceofclinicallyCdiagnosedCcentralCretinalCarteryCocclusionCinCKorea,C2008CtoC2011.COphthalmologyC121:1933-1938,C20145)MehtaCN,CMarcoCRD,CGoldhardtCRCetal:CentralCretinalCarteryocclusion:acutemanagementandtreatment.CurrOphthalmolRepC5:149-159,C20176)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanMB:Branchreti-nalCarteryocclusion:naturalChistoryCofCvisualCoutcome.COphthalmologyC116:1188-1194.Ce1181-e1184,C20097)MirTA,ArhamAZ,FangWetal:Acutevascularisch-emicCeventsCinCpatientsCwithCcentralCretinalCarteryCocclu-sionCinCtheCUnitedStates:ACnationwideCstudyC2003-2014.CAmJOphthalmolC200:179-186,C20198)RobertsonJJ,KoyfmanA:Cervicalarterydissections:Areview.JEmergMedC51:508-518,C20169)後藤淳:虚血性脳卒中:診断と治療の進歩IV.最近の話題1.脳動脈解離.日内会誌C98:1311-1318,C200910)DziewasCR,CKonradCC,CDragerCBCetal:CervicalCarteryCdissectionC─CclinicalCfeatures,CriskCfactors,CtherapyCandCoutcomein126patients.JNeurolC250:1179-1184,C200311)名古屋春満,武田英孝,傳法倫久ほか:特発性頸部内頸動脈解離10症例の臨床的検討.脳卒中C33:59-66,C201112)LucasC,MoulinT,DeplanqueDetal:StrokepatternsofinternalCcarotidCarteryCdissectionCinC40Cpatients.CStrokeC29:2646-2648,C199813)川崎和凡,勝野亮,宮崎貴則ほか:特発性内頸動脈解離5症例の臨床的検討.脳卒中の外科C43:130-135,C201514)RaoAS,MakarounMS,MaroneLKetal:Long-termout-comesCofCinternalCcarotidCarteryCdissection.CJCVascCSurgC54:370-374;discussion375,201115)FlaxelCJ,AdelmanRA,BaileySTetal:RetinalandophC-thalmicCarteryCocclusionsCpreferredCpracticeCpatternR.OphthalmologyC127:259-287,C2020***