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涙道内視鏡施行時の滑車下神経ブロックにより一過性の 著しい視力低下を生じた1 例

2022年12月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科39(12):1700.1703,2022c涙道内視鏡施行時の滑車下神経ブロックにより一過性の著しい視力低下を生じた1例嶺崎輝海柴田元子熊倉重人後藤浩東京医科大学医学臨床系眼科学分野CACaseofTransientVisualLossCausedbyInfratrochlearNerveBlockforLacrimalDuctEndoscopyTeruumiMinezaki,MotokoShibata,ShigetoKumakuraandHiroshiGotoCDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityC滑車下神経ブロックによって一時的に視力障害を生じたC1例を経験したので報告する.症例:93歳,男性.左側急性涙.炎を生じたため東京医科大学病院眼科に紹介となった.抗菌薬の局所および全身投与によって炎症を消退させたあとに涙道内視鏡検査を施行した.滑車下神経ブロックはC30CG針で内眼角腱頭側にC19Cmmの深さまで刺入し,2%リドカインをC1Cml投与したあとに涙道内視鏡を挿入した.その直後から左眼の視力低下の訴えがあり,光覚の消失,直接対光反射の消失,開瞼不全,全方向への眼球運動障害が確認された.麻酔薬の投与からC2時間後には矯正視力は0.2まで改善し,翌日には矯正視力はC0.8まで回復,最終的にはC1.2となった.滑車下神経ブロックでは球後に麻酔薬が移行し,一時的ではあるが視機能が障害される可能性があることに留意する必要がある.CWereportacaseoftransientvisualdisturbancecausedbyinfratrochlearnerveblock.A93-year-oldmanwasreferredCtoCtheCDepartmentCofCOphthalmology,CTokyoCMedicalCUniversityCHospitalCdueCtoCacuteCdacryocystitisCinChislefteye.Inthateye,in.ammationwasimprovedbytreatmentwithlocalandsystemicantibiotics,andlacrimalductendoscopywassubsequentlyperformed.Infratrochlearnerveblockwasperformedbyinsertinga30CGneedletoadepthof19Cmmattheuppersideoftheinnercanthusandinjecting1CmlCof2%lidocaine,withalacrimalductendoscopeCthenCinserted.CAfterCtheseCprocedures,CtheCpatientCcomplainedCofCreducedCvisionCinChisCleftCeye,CandCexaminationsshowedlossoflightsensation.Twohoursafteradministeringanesthesia,thecorrectedvisualacuity(VA)inCthatCeyeCimprovedCtoC0.2.CTheCnextCday,CtheCcorrectedCVACinCthatCeyeCrecoveredCtoC0.8,CandC.nallyCreturnedCtoC1.2.CItCshouldCbeCnotedCthatCretrobulbarCpassageCofCanCanestheticCoccursCafterCinfratrochlearCnerveCblock,andmaycausetransientvisualdisturbance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(12):1700.1703,C2022〕Keywords:滑車下神経ブロック,球後麻酔,涙道内視鏡.infratrochlearblock,retrobulbaranesthesia,lacrimalendoscope.Cはじめに滑車下神経ブロックは,涙.部に分布する三叉神経の枝である滑車下神経をブロックすることによる麻酔手技で,涙道内視鏡を行う際の疼痛抑制に有効な麻酔法である.しかし,滑車下神経が走行している眼窩内には眼球のほか,血管,筋,神経などのさまざまな組織が存在するため,ブロックに伴い合併症を生じる可能性がある.今回,滑車下神経ブロックによって球後に麻酔薬が移行し,一時的に全方向への眼球運動障害と著しい視力障害を生じたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:93歳,男性.主訴:左側下眼瞼腫脹.現病歴:20XX年CX月から左側下眼瞼腫脹を自覚し前医を受診したところ,急性涙.炎と診断され,東京医科大学病〔別刷請求先〕嶺崎輝海:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学教育研究棟C12階眼科医局Reprintrequests:TeruumiMinezaki,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-Shinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPANC1700(132)図1初診時の顔面写真図2滑車下神経ブロック施行1時間後の顔面写真左側涙.部に一致して発赤と圧痛を伴う隆起がみられる.左側の開瞼不全がみられる.Cab図3局所麻酔10分後の眼底写真と光干渉断層血管撮影a:眼底に新たな異常所見はみられない.b:網膜血管は正常に描出されている.院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼C1.0(1.2C×.0.50D),左眼C0.7(1.0C×.1.50D),眼圧は右眼C10mmHg,左眼15mmHgであった.左側涙.部に一致して発赤と圧痛を伴う隆起がみられた(図1).その他,眼瞼,結膜,角膜および眼底に異常所見はみられなかった.既往歴:高血圧に対して降圧薬を内服,10年前に両眼白内障手術を施行,両眼緑内障に対してドルゾラミド塩酸塩・チモロールマレイン酸塩配合点眼を使用.経過:セフェム系抗菌薬であるセフジニルの内服とレボフロキサシン点眼液C1.5%を処方したが疼痛が増強したため,初診翌日に涙.穿刺を施行した.穿刺部へのオフロキサシン眼軟膏塗布と涙.洗浄を施行し,疼痛と腫脹は軽快した.初診からC1カ月後の受診時には発赤は消退していたため,左側涙道内視鏡検査を施行した.検査に先立ち,滑車下神経ブロックを施行した.内眼角腱頭側にC30ゲージ(G)針をC19Cmmの深さまで垂直に刺入し,逆血がないことを確認後にC2%リドカインをC1Cml投与した.眼球運動障害ならびに視力障害が出現していないことを確認後,上涙点から内視鏡を挿入し,涙.鼻涙管移行部の閉塞を穿破したあとに涙管チューブを挿入した.滑車下神経ブロックからC5分ほど経過した頃に患者から左眼の視力低下の訴えがあったため確認したところ,光覚が消失していた.また,直接対光反射の消失,開瞼不全,さらに全方向への眼球運動障害がみられた(図2).眼底検査では明らかな動脈閉塞などの異常所見はみられず,光干渉断層血管撮影でも明らかな血管閉塞は認めなかった(図3).治療前の前医の静的視野検査で両眼鼻側階段状視野欠損があったが(図4),滑車下神経ブab図4前医で施行された静的視野検査両眼の鼻側階段状視野欠損がみられた.Cab図5左眼動的視野検査a:滑車下神経ブロックC2時間後では水平半盲がみられる.Cb:前医の静的視野検査でみられた鼻側階段と同様の鼻側階段が動的視野検査でも確認される.ロック施行からC2時間の時点の左眼動的視野検査では水平半盲がみられ(図5a),左眼視力はC0.2(矯正不能)まで回復し,開瞼不全と眼球運動障害も改善傾向にあることが確認されたため帰宅となった.翌日の診察時には左眼視力は矯正C0.8まで改善し,開瞼不全と眼球運動障害はみられなかった.術後1カ月の左眼の矯正視力はC1.2で,動的視野検査では前医の静的視野検査で確認された鼻側階段の状態を呈するのみで,新たな視野障害は検出されなかった(図5b).CII考按滑車下神経ブロックは涙道内視鏡による涙管チューブ挿入術や涙.鼻腔吻合術を行う際の疼痛抑制に有用な麻酔法である.滑車下神経ブロックの対象となる滑車下神経は三叉神経第C1枝の枝である鼻毛様体神経の終枝であり,涙.へ分布している滑車下神経はCT字型をしている内眼角腱の水平部と垂直部の交差部後方約C10Cmmを走行するとされる1).ブロックの方法は内眼角腱の直上にある窪みを刺入部とし,26.30CG針を使用することが多いが,3/4インチ針を使用すると全長がC19Cmmとなるため,滑車下神経自体を損傷する可能性や,前篩骨孔に到達して前篩骨動脈を損傷する可能性がある2).一方,滑車下神経ブロックによる合併症に関する報告は多くなく,筆者らが調べた限りでは,滑車下神経自体を損傷した報告はないようである.また,注射針刺入部近くに存在する内直筋に麻酔が作用して一過性に術後複視を自覚することはあるが1,2),不可逆性の合併症を生じた報告はないようである3.5).本症例でみられた光覚消失,対光反射消失,開瞼不全,眼球運動障害は球後麻酔の際にみられる現象であり,麻酔効果である.眼窩は骨壁に囲まれた空間であるため,今回の症例にみられた一過性の障害は,滑車下神経ブロックによって投与されたリドカインが球後まで浸透したことが原因と考えられる.しかし,日常診療でしばしば行われる滑車下神経ブロックでこのような症状をきたすことは一般的ではない.今回の現象の誘因としては,患者が高齢者であり,また,術前のCCTでは涙.の拡張以外に明らかな眼窩組織の変化はみられなかったが,涙.炎の既往により眼窩軟部組織の変性が生じ薬液が浸透しやすくなっていた可能性のほか,投与の際に内眼角腱頭側から垂直方向に注射針を刺入したつもりが球後方向へ向いていた可能性,刺入位置が耳側にずれていた可能性,3/4インチ針を使用したためにリドカインが眼球後方まで容易に浸透してしまった可能性などが考えられた.その結果,刺入部に近い頭側の視神経に薬液が多く浸透したために,滑車下神経ブロックC2時間後の動的視野検査では頭側の視神経に薬効が残存し,下方の水平半盲がみられたと考えられる.このように,患者によっては滑車下神経ブロックにより球後麻酔と同じ麻酔効果が生じることがあると認識しておく必要があり,園田らが推奨するように2)合併症の軽減のためにC1/2インチ針を使用することが望ましいと考えられる.通常,涙道内視鏡施行後は施行眼に眼帯を装着し,数時間ではずすことが一般的である.2%リドカインの半減期は約2時間であり,眼帯をはずしたときに内直筋に麻酔効果が残存していたときには複視を自覚するため,麻酔の効果がなくなるまで眼帯装用時間を延長することはある.しかし,本症例のようにリドカインが球後にまで浸透して薬効が残存していた場合は,患者は眼帯をはずした際に著しい視力低下を自覚することになり,視力の回復にも時間を要する可能性がある.このようなトラブルを避けるためにも,術前に滑車下神経ブロックで視力低下が起こる可能性があることを説明し,内視鏡終了時に球後麻酔と同様の効果を生じていないか確認することが重要であると考えられた.文献1)宮久保純:麻酔:滑車下神経ブロック.眼科手術C22:C368-369,C20092)園田真,田松裕,島田和:涙道手術における麻酔.眼科グラフィックC3:425-430,C20143)Villar-QuilesCRN,CGarcia-MorenoCH,CMayoCDCetal:CInfratrochlearneuralgia:ACprospectiveCseriesCofCsevenCpatientsCtreatedCwithCinfratrochlearCnerveCblocks.CCepha-lalgiaC38:585-591,C20184)KimSH,ShinHJ:E.ectsofaninfratrochlearnerveblockonCreducingCtheCoculocardiacCre.exCduringCstrabismussurgery:arandomizedcontrolledtrial.GraefesArchClinExpOphthalmolC256:1777-1782,C20185)KacarCK,UzundereO,Sal.kFetal:E.ectsofaddingacombinedCinfraorbitalCandCinfratrochlearCnerveCblockCtoCgeneralCanaesthesiaCinCseptorhinoplasty.CJCPainCResC13:C2599-2607,C2020C***

黄斑円孔術後に瞼球癒着を生じたStevens-Johnson 症候群 既往の1 例

2021年6月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科38(6):705.708,2021c黄斑円孔術後に瞼球癒着を生じたStevens-Johnson症候群既往の1例小池晃央谷川篤宏水口忠杉本光生鈴木啓太堀口正之藤田医科大学眼科学教室ACaseofStevens-JohnsonSyndrome(SJS)inwhichSymblepharonRecurredAfterVitrectomyforaMacularHoleAkihisaKoike,AtsuhiroTanikawa,TadashiMizuguchi,MitsuoSugimoto,KeitaSuzukiandMasayukiHoriguchiCDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicineC緒言:Stevens-Johnson症候群(SJS)発症から約C30年経過し,比較的落ち着いた慢性期の症例に合併した黄斑円孔の硝子体手術後に新たに瞼球癒着を生じたC1例を報告する.症例:63歳の女性.既往歴:SJSによる両眼の睫毛乱生と軽度の瞼球癒着.現病歴:右眼の視力低下を主訴に近医を受診し,右眼黄斑円孔を指摘され当院を紹介受診した.初診時の矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.0.黄斑円孔に対しCSFC6ガスタンポナーデを併用したC25ゲージ経結膜硝子体手術を施行した.術後経過は順調で円孔は閉鎖し,前医での経過観察となった.6カ月後の当院再診時,経CTenon.下球後麻酔時に結膜切開した部位に新たな瞼球癒着が観察された.自覚症状の悪化や眼球運動制限はなかった.結膜切開部分のバイポーラによる止血や創口閉鎖が誘引となった可能性が考えられた.結論:SJSは比較的鎮静化した慢性期であっても,手術などの侵襲で再燃する可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCchronic-phaseCStevens-Johnsonsyndrome(SJS)inCwhichCsymblepharonCrecurredpostvitrectomyforamacularhole(MH)C.Patient:A63-year-oldwomanwithSJSunderwenttreatmentforCtrichiasisCandCsymblepharon.CPostCtreatment,CsheCcomplainedCofCblurredCvisionCinCherCrightCeye,CandCwasCreferredtoourhospitalfortreatmentofaMH.Results:Hervisualacuitywas0.4(OD)and1.0(OS)C.VitrectomywasCperformedCwithCaCsulfurhexa.uoride(SFC6)gasCtamponade,CandCtheCMHCwasCclosedCwithCnoCadverseCevents.CHowever,CatC6-monthsCpostoperative,CsymblepharonCrecurredCatCtheCconjunctival-incisionCsiteCforCtrans-Tenon’sCcapsuleretrobulbaranesthesia.Therewasnodeteriorationofsubjectivesymptomsorrestrictionofeyemovement.Wesuspectedthattheconjunctivalincision,diathermy-relatedhemostasis,and/orwoundclosuremighthavetrig-geredtherecurrence.Conclusions:Eveninrelativelymildchronic-phaseSJScases,symblepharoncanrecurduetoinvasivesurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(6):705.708,C2021〕Keywords:スティーブンス・ジョンソン症候群,瞼球癒着,球後麻酔,黄斑円孔.Stevens-Johnsonsyndrome,symblepharon,retrobulbaranesthesia,macularhole.Cはじめにスティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)はC38℃以上の発熱を伴う口唇,眼結膜,外陰部などの皮膚粘膜移行部における重度の粘膜疹および皮膚の紅斑で,しばしば水疱や表皮.離などの壊死性障害を認める全身性皮膚粘膜疾患である.わが国では皮疹の面積が10%未満のものをCSJS,それ以上のものは中毒性表皮壊死症(toxicepidermalCnecrolysis:TEN)とよぶ1).SJSの病因,病態には遺伝的素因,自然免疫応答,感染や薬剤といったさまざまな誘因が密接にかかわると考えられている2.7).急性期の眼病変として偽膜形成や角結膜上皮欠損を伴う症例はSJS/TEN全体の約C40%といわれている2).〔別刷請求先〕小池晃央:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪C1-98藤田医科大学眼科学教室Reprintrequests:AkihisaKoike,DepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversity.1-98Dengakugakubo,Kutsukake-cho,Toyoake,Aichi470-1192,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(101)C705今回筆者らはCSJS発症から約C30年経過し,比較的落ち着いた慢性期の状態であった症例に合併した黄斑円孔に対して硝子体手術を施行したところ,術後に新たな瞼球癒着を生じたC1例を経験したため,その原因についての考察を含めて報告する.CI症例患者:63歳,女性.主訴:右眼視力低下.現病歴:数カ月前からの右眼視力低下を自覚し,2018年8月に近医眼科より黄斑円孔の治療目的で当院へ紹介となった.既往:1989年に椎間板ヘルニア手術後にCSJSを発症した.原因薬剤としてセフェム系抗菌薬,非ステロイド性抗炎症薬(nonCsteroidalCantiin.ammatoryCdrugs:NSAIDs)が疑わ図1初診時の右眼前眼部所見れていた.両眼の睫毛乱生と軽度の瞼球癒着が残存したが重篤な後遺症もなく,黄斑円孔発症前の矯正視力は右眼C1.0,左眼C1.0であり,近医眼科での定期的な睫毛抜去とドライアイの点眼治療で,比較的落ち着いた慢性期の状態であった.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼C0.1(0.4C×sph+0.75D(cyl.1.00DCAx90°),左眼0.8(1.0C×sph+1.50D(cyl.2.00DCAx90°).眼圧は右眼C16.0CmmHg,左眼C16.0CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査にて両眼の睫毛乱生と下眼瞼円蓋部に軽度の瞼球癒着を認めたが,結膜充血はなかった(図1).右眼眼底検査にて黄斑円孔を認めた(図2).経過:2018年C9月に角膜切開による水晶体再建術を併用したC25ゲージ経結膜硝子体手術を施行し,SFC6ガスタンポナーデを行った.手術開始時にC4%リドカインによる点眼麻酔ののち,耳下側の結膜をC2Cmm程度切開してカテーテルを挿入し,カテーテル内に球後針を通してCTenon.を経由して球後にC2%リドカインC3Cmlを投与する経CTenon.下球後麻酔を行った8)(図3).その際バイポーラを用いて止血と結膜創の閉鎖を行った.その後C3ポートを耳上側,耳下側,鼻上側に設置し,術終了時にはバイポーラを用いてポート部の結膜創を閉鎖した9).周術期には既往のCSJS発症の原因薬剤の使用を避け,点眼薬にはレボフロキサシン点眼とベタメタゾン点眼を使用した.術後C7日目には光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)にて黄斑円孔の閉鎖が確認できた.SJSの角結膜や眼瞼所見の悪化もみられず,経過は順調であったため術後C9日目に退院となり,15日目には近医眼科へ紹介となった(図4).術後約C6カ月の当院での再診時の所見:視力は右眼C0.6(0.8C×IOL×sph+0.75D(cyl.0.75DAx120°),左眼1.0(1.2C×sph+0.75D(cyl.1.00DAx90°).眼圧は右眼12.0mmHg,図2初診時の右眼所見a:眼底写真.b:OCT.黄斑円孔を認める.706あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021(102)図3経Tenon.下球後麻酔時の写真右眼下耳側結膜切開部位からCTenon.下に外筒となるカニューラを挿入しているところ.この後,球後針を通して経CTenon.下球後麻酔を行う.図4術後7日目の右眼の所見a:眼底写真.留置したCSFC6が上方に残存している.b:OCT.黄斑円孔は閉鎖している.図5術後6カ月の右眼前眼部所見a:細隙灯顕微鏡所見.耳下側に新たな瞼球癒着を認める.b:aの拡大写真.(103)あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021C707左眼C14.0CmmHgであった.右眼下耳側に新たな瞼球癒着を認めた(図5)が,自覚症状の悪化はなく,複視もみられなかった.術後C1年後の視力は右眼C1.0(n.cC×IOL),左眼C1.2(1.5C×sph+1.00D(cyl.1.25DAx90°)であった.本症例におけるCSJS眼合併症の重症度評価をCNewCGrad-ingCSystem10)を用いて術前後で比較した.術前では角膜合併症として点状表層角膜炎がC1点,結膜合併症として瞼球癒着がC1点,眼瞼合併症として睫毛乱生がC1点で,合計スコア値はC3点であった.術後には新たな瞼球癒着が生じたが,結膜上のみであったため結膜合併症スコア値はC1点のまま悪化せず,角膜や眼瞼合併症も不変だったため,合計スコア値は3点のままであった.CII考按今回筆者らはCSJS発症からC30年経過し,比較的落ち着いた慢性期の状態であった症例に合併した黄斑円孔に対して硝子体手術を施行したところ,術後に新たな瞼球癒着を生じた1例を経験した.SJSによる眼症状として急性期のものとして結膜充血,偽膜形成,角膜上皮欠損,慢性期のものとしてドライアイ,睫毛乱生,瞼球癒着,角膜の結膜上皮化がある.発症の誘因となる薬剤として,総合感冒薬やCNSAIDs,抗菌薬,抗けいれん薬が多いとされているが3,6,7),本症例でもCNSAIDsとセフェム系抗菌薬が疑われていた.したがって周術期の点眼薬にはそれらを使用しないで術後管理を行ったにもかかわらず,自覚症状を伴わない新たな軽度の瞼球癒着を生じた.瞼球癒着を生じる原因としては,外傷,手術,化学腐食,SJS,眼類天疱瘡,移植片対宿主病などがある.本症例では手術時に経CTenon.下球後麻酔を施行した部位と,3ポートの設置部位の計C4カ所において結膜の切開とバイポーラによる止血と創口閉鎖を施行したが,新たな瞼球癒着を生じた部位は経CTenon.下球後麻酔で切開した部位のみだった.その理由として,経CTenon.下球後麻酔の結膜切開創が硝子体手術のポート部の結膜刺入創より大きいため,創口治癒過程における炎症が比較的広範囲であった可能性が考えられる.眼類天疱瘡はCSJSと同様に眼表面の瘢痕性変化をきたす疾患であるが,慢性期においても結膜切開を伴う手術を契機に瘢痕性病変が急激に悪化することがあることが報告されている11,12).本症例の結膜切開創部分の眼瞼癒着についても類似した病態による可能性がある.本症例では術後に新たな瞼球癒着が生じたが,NewGrad-ingSystemを用いた合計スコア値は術前後でC3点のまま悪化はみられなかった.NewCGradingSystemはCSotozonoらが提案したもので,角膜,結膜,眼瞼のC3つの部位の合併症C708あたらしい眼科Vol.38,No.6,2021についてのC13項目をC0からC3点でスコアリングを行う.スコア値は視力と相関しており,SJS眼病変の重症度を評価できる10).本症例はCSJSの重症度としては軽症で,術前後でスコア値が不変であったことから,新たに生じた瞼球癒着は比較的軽度で,視力を脅かすほどのものではなかったことを示している.SJSは長年の経過を経て鎮静化していても,眼科手術などの侵襲により再燃する可能性があるため注意が必要である.利益相反:堀口正之:【P】文献1)塩原哲夫,狩野葉子,水川良子ほか:重症多形滲出性紅斑スティーヴンス・ジョンソン症候群・中毒性表皮壊死症診療ガイドライン(解説).日眼会誌121:42-86,C20172)上田真由美:眼科におけるCStevens-Johnson症候群の病型ならびに遺伝素因.あたらしい眼科C32:59-67,C20153)上田真由美:重症薬疹と眼障害.あたらしい眼科C35:C1365-1373,C20184)三重野洋喜,外園千恵:薬剤副作用と医薬品被害救済制度.あたらしい眼科35:1375-1380,C20185)SotozonoCC,CUetaCM,CNakataniCECetal:PredictiveCfactorsCassociatedCwithCacuteCocularCinvolvementCinCStevens-John-sonCsyndromeCandCtoxicCepidermalCnecrolysis.CAmCJCOph-thalmolC160:228-237,C20156)UetaM,KaniwaN,SotozonoCetal:IndependentstrongassociationofHLA-A*02:06andHLA-B*44:03withcoldmedicine-relatedCStevens-JohnsonCsyndromeCwithCserveCmucosalinvolvement.SciRepC4:4862,C20147)UetaM,SawaiH,SotozonoCetal:IKZF1,anewsuscepti-bilityCgeneCforCcoldCmedicine-relatedCStevens-JohnsonCsyn-drome/toxicCepidermalCnecrolysisCwithCseverCmucosalCinvolvement.JAllergyClinImmunolC135:1538-1545,C20158)SugimotoCM,CHoriguchiCM,CTanikawaCACetal:NovelCret-robulbarCanesthesiaCtechniqueCthroughCtheCsub-Tenon’sCspaceusingasharpneedleinabluntcannula.OphthalmicSurgLasersImagingRetinaC44:483-486,C20139)BosciaCF,CBesozziCG,CRecchimurzoCNCetal:CauterizationCforthepreventionofleakingsclerotomiesafter23-gaugetransconjunctivalCparsplanaCvitrectomy:anCeasyCwayCtoCobtainsclerotomyclosure.Retina31;988-990,C201110)SotozonoCC,CAngCLP,CKoizumiCNCetal:NewCgradingCsys-temfortheevaluationofchronicocularmanifestationsinpatientsCwithCStevens-JohnsonCsyndrome.COphthalmologyC114:1294-1302,C200711)MondinoBJ,BrownSI,LempertSetal:Theacutemani-festationsCofCocularCcicatricialpemphigoid:diagnosisCandCtreatment.OphthalmologyC86:543-555,C197912)DeCLaCMazaCMS,CTauberCJ,CFosterCS:CataractCsurgeryCinCocularCcicatricialCpemphigoid.COphthalmologyC95:481-486,C1988(104)