‘球面収差’ タグのついている投稿

眼内レンズの偏芯が網膜像に与える影響

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):123.132,2014c眼内レンズの偏芯が網膜像に与える影響不二門尚*1雜賀誠*2*1大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学*2㈱トプコン研究開発センターEffectofIntraocularLensCenteringErrorsonRetinalImageQualityTakashiFujikado1)andMakotoSaika2)1)DepartmentofAppliedVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)R&DCenterofTopconCompany目的:眼内レンズ(IOL)の偏芯が網膜像に与える影響を調べること.方法:IOLを水中にて保持可能な模型眼を,角膜相当部の球面収差(SA)がヒト眼の角膜SAに相当する0.25μm(瞳孔径6mm)になるように作製した.IOLホルダには,偏芯(偏心+傾斜)のないもの,偏心0.5mm,傾斜5.0°の3種類を用意し,+20Dの球面IOL1種類,および非球面IOL3種類を設置し,波面収差・デフォーカスMTF(ModulationTransferFunction)・PSF(PointSpreadFunction)を測定し,Landolt環シミュレーションを実施した.結果:IOLの偏芯により発生したコマ収差量は,IOLの補正球面収差量にほぼ比例した量であった.Landolt環シミュレーションでは,球面収差により焦点深度が深くなり,コマ収差により網膜像の劣化が認められた.まとめ:IOLの球面収差補正量が多いほど,偏芯によるコマ収差の発生量が大きく,網膜像の劣化が起きやすいことが示唆された.一方,球面収差補正量の少ないIOLは,コマ収差の発生が少なく偏芯の影響をあまり受けないことがわかった.Weexaminedtheeffectofintraocularlens(IOL)shiftandtiltontheretinalimage,usingamodeleyewithcornealsphericalaberrationofthehumaneye.Centrationerrorwassetat0,shiftat0.5mmandtiltat5.0degrees.ExaminedIOLswere1sphericalIOLand3differentkindsofasphericalIOL,withapowerof20D.WithIOLshiftortilt,comaaberrationsincreasedalmostconcomitantlywiththecorrectedpowerofsphericalaberration;retinalimagesdegradedaccordingly.InIOLswithsmallcorrectionofsphericalaberration,depth-of-focuswaslargeandtheinfluenceofIOLshiftortiltontheretinalimagewasslight.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):123.132,2014〕Keywords:眼内レンズ,偏芯,球面収差,コマ収差,模型眼.intraocularlens,centeringerrors,sphericalaberration,comaaberration,modeleye.はじめに白内障手術後の視機能を改善するため,球面収差量を減少させることを目的とした,非球面眼内レンズ(IOL)が臨床で使用されている.通常の球面IOLであればIOLの度数が大きくなるに従って球面収差量は増加するが,IOLの光学面を非球面化することで球面収差の補正量を制御することが可能となる.ヒト眼の高次収差は正常眼であれば球面収差が支配的である.全眼球収差は,角膜で発生する収差と水晶体で発生する収差に大きく分けられる.白内障手術では,水晶体を取り除いた後にIOLを挿入するので,水晶体で発生する収差をIOLの収差に置き換えることが可能となる.IOLの球面収差量を制御することで,全眼球収差量をコントロールし,より良い視機能を実現することが可能と考えられる.そのため,いくつかの補正量で設計された非球面IOLが利用可能となっている.1つ目のコンセプトは,全眼球の球面収差を補正しゼロにしてしまうものである.この場合,非常にコントラストのよい画像がピント位置で得られることになる.2つ目は,全眼球の球面収差を若者の球面収差である0.1μm(瞳孔径6mm)程度になるように補正するものである.3つ目は,IOLの球面収差量はほとんどゼロとして角膜の球面収差がそのまま全眼球収差とするものである.IOLの設計コンセプトとして球面収差の補正は重要である〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学Reprintrequests:TakashiFujikado,DepartmentofAppliedVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-2Yamadaoka,Suita,Osaka565-0871,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(123)123 球を評価するだけでは十分でない.特に,IOLの偏芯(偏心響を与えるのか評価することは重要である.ヒト眼でのIOLると,偏心は0.30±0.16(SD)mm,傾斜は2.62±1.14degの異なるIOLを模型眼に挿入し偏芯させて波面収差やMTFIOLの偏芯が網膜像に与える影響に差があるかどうかを評価することである.I方法る.絞りは,IOLの前に設置され,角膜上で6mmに対応する大きさとした(図1).IOL眼の偏芯を測定した先行研究より,ホルダの偏芯量は平均+2SD程度になるように,偏心0.5mm,傾斜5.0degの2種類に設定した.偏芯のないホルダと合わせて合計3種類のIOLホルダを用意した.偏心ホルダは,Y軸下方に0.5mm偏心しており,傾斜ホルダは,X軸に対して時計回りに5.0deg回転している.波面収差の測定では移動可能な眼底に対応する拡散版を用意し,波面の予備測定値から眼底を移動させて正視の状態にして波面を測定した.波面収差の測定は,Astonと共同開発した前方開放のハルれた2).模型眼は円柱のホルダにて収差測定器に固定され,が,実際の網膜像を評価するためには,理想的な構成での眼と傾斜の総称)が,これら非球面IOLの性能にどのような影の偏芯についてすでに多くの研究がなされているが,平均す1)であると言われている.本研究の目的は,設計コンセプト(ModulationTransferFunction)などの光学特性を測定し,IOLの偏芯の影響を評価するために,模型眼の設計・製作を行った.模型眼の角膜に相当するレンズには光学ガラスSBSL7製で,40Dのパワーでヒト眼の角膜球面収差に対応する0.25μmの球面収差を持つように設計した.IOLは模型眼のホルダに固定され水中にて保持できるようになっていトマンシャック(Hartmann-Shack)(HS)収差測定器で行わ…..両者の軸が一致し偏芯が発生しないような状態で測定された.HS波面センサーにて,模型眼の高次波面収差を測定し,6mm径の6次のゼルニケ(Zernike)関数に展開した.Zernike関数の3.4次項を高次収差として検討した.測定は,それぞれのIOLに対して点像のきれいな画像を取得するために,IOLを取り外すことなしに3回行われ,点像の良い1枚の画像が解析に使用された.Zernike多項式とは,半径1の単位円の内部で定義された直交関数で,極座標系ではつぎのように定義された関数である.Zmn(r,q)=RR|mn(m|r)cosmq;form.0n(r)sin|m|q;form<0デフォーカスModulationTransferFunction(MTF),PointSpreadFunction(PSF)測定は,模型眼の眼底部を取124あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014角膜レンズ水図1IOL模型眼光学系と光路図IOLカバーガラスYXZり外した状態で測定装置MATRIXPLUS(株式会社ナノテックス)を用いて行った.物点位置に相当するピンホールから模型眼までの距離は50cm(2D)に固定され,眼底に相当する受光素子の位置を移動させながら点像(PSF)を撮影した.点像はフーリエ(Fourier)変換されMTFが計算された.最良像面は30本/mmでのMTF値が最大となる位置とし,0.15D(0.05mm)ステップで±1.5Dのデフォーカス測定を行った.点像の強度は収差やデフォーカスの状態によって大きく変化するため,PSF像の露光時間は中心強度がほぼ一定になるように調整した.ランドルト(Landolt)環シミュレーションは(株)Topcon開発のソフトを用いて行った.波面収差測定の結果から,3.4次のZernike係数を入力し,Strehl比の最も高い最良像面位置を求めた.その位置から±0.5Dに対応するZernikeのデフォーカス項(Z20)を入力し,デフォーカスした状態でのLandolt環を計算した.IOLは,すべてアクリル製の3ピースのものを用意した.+20Dの球面IOL:Aと,非球面IOL:B,C,Dの4種類である.Bは,角膜収差を完全に補正するようにIOLの球面収差補正量は.0.27μmである.Cは,全眼球収差が若者と同じく0.1μm程度になるように,IOLの球面収差補正量は.0.17μmに設計されている.Dは球面収差補正量を.0.04μmとほぼ0.0に設計されているIOLである.測定は,これら4種類のIOLを3種類のホルダに固定し,波面収差,デフォーカスMTF・PSFの順に行い,再びホルダに固定し直して同様の測定を合計3回繰り返して行った.解析では,3回の測定値のうちで中央値となる測定を採用した.Landolt環シミュレーションはHS収差測定器で測定された高次収差から実施した.II結果偏芯のないホルダに入れた場合の波面収差を図2,デフォーカスMTFを図3,デフォーカスPSFを図4,Landolt環シミュレーションを図5に示す.Zernike係数はISO24157:2008のsingleindexで表記しており,Z7が縦コマ(124) A:球面IOL0.40.30.20.10Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.2-0.3C:SA-0.170.30.20.10Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.2-0.30.30.20.10-0.1-0.2-0.30.30.20.10-0.1-0.2-0.3Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14B:SA-0.27D:SA-0.04Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14図2偏芯のないホルダでのIOL模型眼の高次収差(瞳孔径6mm)A:球面,B:非球面(SA補正.0.27),C:非球面(SA補正.0.17),D:非球面(SA補正.0.04).Z7は縦方向のコマ収差,Z12は球面収差を表す.全球面収差は,模型眼の球面収差とIOLの球面収差の和となっている.A:球面IOL806040200-4-3.5-3-2.5-2-1.5C:SA-0.1780604020-04-3.5-3-2.5-2-1.50.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.0B:SA-0.2780604020-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50D:SA-0.0480604020-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.500.20.51.00.20.51.0図3偏芯のないホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF(瞳孔径6mm)横軸はデフォーカス量(D),縦軸はMTF値である.実線は縦方向,破線は横方向のMTF値である.太線,中太線,細線はそれぞれ小数視力0.2,0.5,1.0に対応する空間周波数におけるMTF値である.物面は2D位置に固定して測定した.補正した球面収差量が大きいIOLほどピークは高くなっているが,すそのは狭くなっている.項,Z12項が球面収差項である.図2において,球面収差項0.05,0.11,0.28μmとなった.デフォーカスMTF(図3)は,模型眼の角膜による収差0.25μmであるために各IOLは,横軸にデフォーカス量(D),縦軸はMTF値のグラフでの補正量に応じて,A,B,C,DのIOLでそれぞれ0.36,あり,実線は縦方向,破線は横方向のMTF値である.太線,(125)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014125 A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17-3.0D-3.0D-3.0D-2.0D-2.0D-2.0D-1.0D-1.0D-1.0DD:SA-0.04-3.0D-2.0DA:球面IOLB:SA-0.27-1.0D-1.5D-2.0D-2.5DC:SA-0.17D:SA-0.04-1.5D-2.0D-2.5D図4偏芯のないホルダでのIOL模型眼のデフォーカスPSF(瞳孔径6mm)ピント位置を.2.0Dとして±1.0DでのPSFを測定した.収差やデフォーカスによって強度が変化するため中心強度が等しくなるように露光時間を調整した.ピント位置での像に違いはないが,補正した球面収差量が大きいIOLほどデフォーカス像は大きくなっている.図5図2の高次収差に対応するLandolt環シミュレーション(瞳孔径6mm)Strehl比の最も高い位置を最良像面として.2.0Dの位置とした.その位置から±0.5Dに対応するZernikeのデフォーカス項(Z20)を入力しデフォーカス像を計算した.ピント位置では補正した球面収差量の大きなIOLによるLandolt環像がはっきりとしているが,デフォーカス位置では補正球面収差量の小さなIOLによる像のほうが認識可能である.20/10020/4020/2020/10020/4020/20126あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(126) 0.20.51.02.00.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.0Z7D:SA-0.04Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14A:球面IOL0.3B:SA-0.270.40.30.20.20.10.100-0.1-0.1-0.2-0.2-0.3-0.3C:SA-0.170.30.30.20.20.100.10Z6Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.2-0.1-0.2-0.3-0.3Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14図6偏心0.5mmホルダでのIOL模型眼の高次収差(瞳孔径6mm)球面収差は図2とほぼ同じであるが,コマ収差がIOLの球面補正量に比例して発生している.A:球面IOLB:SA-0.27808060604040202000-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50C:SA-0.17D:SA-0.0480806060404020200-00.20.51.00.20.51.04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50図7偏心0.5mmホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF(瞳孔径6mm)コマ収差が大きいIOL(B,C)では,図2に比べてピーク値が低下し,縦と横のMTFに差が存在している.中太線,細線はそれぞれ小数視力0.2,0.5,1.0に対応する空間周波数におけるMTF値を示す.球面収差量が小さいほどMTFのピーク値が高くなっている.縦と横方向のMTF値は,非対称な収差が存在しないためほぼ一致している.デフォーカスPSFは,.3.0D,.2.0D,.1.0Dの3カ所で測定した.ピーク強度を合わせるために露光時間はそれぞれの条件で変えている.球面収差量が大きいほど像に小さな点がみられ,デフォーカスを付加しても点像が大きくならず,つまり焦点深度が深くなる傾向がみられる(図4).Landolt環シミュレーションでも,球面補正の少ないIOLを用いた場合(球面収差が多く残存する場合)には焦点深度が深くなる傾向は認められる.一方ピント位置では,球面補(127)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014127 A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04-3.0D-3.0D-2.0D-2.0D-1.0D-1.0D-3.0D-2.0D-1.0D-3.0D-2.0D-1.0DA:球面IOLB:SA-0.27-1.5D-2.0D-2.5DC:SA-0.17D:SA-0.04-1.5D-2.0D-2.5D図8偏心0.5mmホルダでのIOL模型眼のデフォーカスPSF(瞳孔径6mm)コマ収差のあるIOLではピント位置でもコマ収差の影響である上のほうに尾を引くような形状がみられる.デフォーカスによるボケは,球面収差の補正量が大きいIOLのほうが大きい.図9図6の高次収差に対応するLandolt環シミュレーション(瞳孔径6mm)ピント位置での像はコマ収差の影響があっても球面収差の補正が大きいIOL(B,C)がはっきりしているが,デフォーカス位置ではコマ収差により像の劣化がみられる.20/10020/4020/2020/10020/4020/20128あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(128) A:球面IOLB:SA-0.27B:SA-0.270.4C:SA-0.17Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z140.30.30.20.20.10.10Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.10-0.1-0.2-0.2-0.3-0.3-0.4D:SA-0.04Z6Z70.30.30.20.20.10.100Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z14-0.1-0.1-0.2-0.2-0.3-0.3Z6Z7Z8Z9Z10Z11Z12Z13Z140.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.00.20.51.0図10傾斜5.0degのホルダでのIOL模型眼の高次収差(瞳孔径6mm)球面収差は図2とほぼ同じである.コマ収差は図6の偏心0.5mmホルダよりも大きい.球面IOLで発生しているコマ収差の符号が異なっている.A:球面IOL80B:SA-0.27806060404020200-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50C:SA-0.17D:SA-0.048080606040402020-00.20.51.00.20.51.04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50-04-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50図11傾斜5.0degのホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF(瞳孔径6mm)偏心0.5mmホルダと同様の結果であるが,コマ収差量が大きいためピーク値が低下している.正の大きいIOLを用いた場合(残存球面収差の少ない)B,Cがはっきりとしており,これはMTF測定値とも一致している(図5).つぎに偏心0.5mmのホルダに入れた場合の波面収差を図6に,デフォーカスMTFを図7に,デフォーカスPSFを図8に,Landolt環シミュレーションを図9に示す.波面収差の測定値で球面収差量は,図2の偏芯のないものとほとんど変わらない.コマ収差量は,A,B,C,Dでそれぞれ0.12,.0.21,.0.10,0.03μmとIOLの球面収差補正量にほぼ比例して発生した.デフォーカスMTFは,コマ収差の発生が大きいIOL(B,C)ほど図3に比べて低下し,縦と横方向のMTF値の差が(129)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014129 A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04-1.0D-1.0D-1.5D-2.0D-2.5D-3.0D-3.0D-2.0D-2.0D-1.0D-1.0D-3.0D-3.0D-2.0D-2.0DA:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04図12傾斜5.0degのホルダでのIOL模型眼のデフォーカスPSF(瞳孔径6mm)偏心0.5mmホルダと同様の結果であるが,コマ収差の大きなB,Cについては,彗星の尾のような形状がより顕著にみられる.図13図10の高次収差に対応するLandolt環シミュレーション(瞳孔径6mm)ピント位置での像を比較すると,コマ収差の影響が大きいため球面収差の補正が大きいIOL(B,C)でもボケがみられ,デフォーカス位置ではコマ収差の影響も加わり像のボケが顕著である.-1.5D-2.0D-2.5D20/10020/4020/2020/10020/4020/20130あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(130) 大きくなる(図7).PSFも同様にコマ収差が大きく発生したIOLは影響が大きく,特に.2.0Dのピント位置と.1.0Dの位置では上に尾を引くコマ収差の特徴がみられる(図8).図4と同じく,球面補正の少ないIOLを用いた場合コマ収差の発生量も少なく,デフォーカスによってもあまり形状が変わらず焦点深度が深くなっている.Landolt環シミュレーションも球面収差の影響が強くみられる.コマ収差の大きなBでは,コマ収差のない図5よりもデフォーカスによるボケに強くなっている(図9).傾斜5.0degのホルダに入れた場合の波面収差を図10,デフォーカスMTFを図11,デフォーカスPSFを図12,Landolt環シミュレーションを図13に示す.波面収差の測定値で球面収差量は,図2の偏芯のないものとほとんど変わらない.コマ収差量は,A,B,C,Dでそれぞれは.0.15,.0.36,.0.25,.0.03μmとなった.偏心での結果と比べて,球面収差はほぼ同じで,コマ収差はやや大きくなっている.球面IOL:Aのコマ収差の符号が逆になった以外は偏心と同様に球面補正量に比例してコマ収差が大きくなる傾向がみられた.デフォーカスMTF・PSF,Landolt環シミュレーションの結果も,コマ収差量は増えてはいるが,偏心の結果と同様の結果が得られた.III考按偏芯が収差に及ぼす影響については,レンズの収差論で理論的に研究されている3).レンズの偏芯量がそれほど大きくない場合には,ザイデル(Seidel)収差の拡張から,球面収差量は偏芯量に依存しないこと,コマ収差量は偏芯量の1次とレンズの持つ球面収差量に比例すること,非点収差は偏芯量の2乗と球面収差量に比例することが知られている.今回の波面収差測定(図6,10)からも,もともとのIOLが持つ球面収差量に比例した大きさのコマ収差が偏芯により惹起されていることがわかる.MTF測定においては,コマ収差量は,縦方向と横方向のMTF値の差となって現れる.偏芯のない状態では(図3)両者のグラフはほとんど一致しているが,偏芯した場合には(図7,11),球面収差の補正量の大きなBやCのIOLで,MTFの値は大きく異なっている.同様にPSFの測定(図4,8,12)を見ても,コマ収差の影響で,縦方向と横方向の像に大きな違いが認められる.偏芯量がそれほど大きくない場合には,球面収差は偏芯に依存しない.今回の波面測定結果でももともとの球面収差は,偏芯の有り無しでほとんど差はない.そのためMTF・PSF測定値,Landolt環シミュレーションでは,球面収差の影響は偏芯に依存せずに一定である.全眼球の球面収差の量から,大きく2つのタイプ:球面収差の大きなA,Dと小さなB,Cに分けることができる.MTFの測定では,眼球(131)806040200A:球面IOLB:SA-0.27C:SA-0.17D:SA-0.04-4-3.5-3-2.5-2-1.5-1-0.50図14偏芯のないホルダでのIOL模型眼のデフォーカスMTF小数視力0.2に対応する縦方向のMTFを全IOLでまとめて表示した.球面収差の補正が大きいIOL(全眼球の球面収差が小さい)ほどピークが高くなるがすそのは狭くなり,一方,球面収差補正が小さい(全眼球の球面収差が大きい)とピークは低いがすそのは広がっている.球面収差の大きなもの(IOLの球面補正が小さいもの)は,ピーク値が低いがすその広がった形状である.また,空間周波数によってピント位置がずれている.一方,眼球球面収差の小さなものはピークが高く,すそのは狭い.PSFでは,ピント位置ではあまり点像の違いはわからないが,デフォーカス位置では,眼球球面収差の小さなものは大きく点像が広がっている.Landolt環シミュレーションでもPSFと同様の傾向があり,眼球球面収差の小さなものはピント位置での像はシャープであるが,デフォーカスによって急激に像が劣化している.球面収差の大きなものは,ピント位置でも多少のボケがあるが,デフォーカスが存在しても像の劣化はそれほど大きくはない.焦点深度とMTFの関係については,Marcosらによって研究されている4,5).1999年の論文では,デフォーカスMTFのピーク位置を正規化し,その60%以上の領域を焦点深度として議論しているが,2005年の論文では特定の数値を焦点深度とはせずに,グラフの形と網膜シミュレーション画像から定性的に焦点深度の深さについて述べている.本研究でも,偏芯のない場合の小数視力0.2に対応する縦方向のMTF(図14)とLandolt環シミュレーションの結果から,球面収差の残余量に比例して焦点深度が深くなっていることはわかる.偏芯によるコマ収差があると,縦と横のMTFがかい離するため焦点深度を定義することは困難である.偏芯の収差論からは,球面収差の影響は偏芯によりほとんど影響を受けないことと,コマ収差が偏芯している素子の球面収差量に比例することは導かれる.そのため,全眼球収差の球面収差としてはある程度の値を持ち,IOL自身の球面補正量が小さいものが,IOLが偏芯した場合でも焦点深度が深く,網膜像の劣あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014131 化を引き起こさないと考えられる.今回の測定からも同様の結果が認められた.ヒト眼でのIOLの偏芯については,多くの研究がなされている.2009年の論文1)によれば平均して偏心は0.30±0.16(SD)mm,傾斜は2.62±1.14degであると言われている.実際にはシフトやチルトは2次元のベクトル量であるので,大きさだけでなくベクトル量として偏芯の大きさと方向を調べている研究もある6,7).偏芯の方向性については,なんらかの傾向がありそうであるが現時点ではあまり明確ではない.本研究では模型眼に,ヒト眼でのIOLの偏芯の平均値+2SD程度の大きさの偏心,傾斜を与えてIOLの球面収差補正量との関係を調べた.偏芯による影響は,収差論から予測されるとおり偏芯した素子の球面収差量に比例したコマ収差の発生が確認できた.網膜像への影響は,MTF・PSF測定,Landolt環シミュレーションで定量的に確認することができた.本研究では,偏心と傾斜を別々に与えているが,偏芯の小さな領域では,コマ収差の発生は,方向による影響を考慮すれば偏心と傾斜による収差を線形に足し合わせることで評価可能である.IV結論非球面IOLに関しては,理想的なIOLの挿入状態を仮定して網膜像の評価が行われているが,実際にはIOLの偏芯が避けられず,球面収差の補正量に比例してコマ収差が増加し,網膜像が劣化する.IOLの補正球面収差量を小さくすることで,コマ収差の発生が抑えられ,IOL挿入患者のQOV(qualityofvision)の向上を図ることが可能である.文献1)EppigT,ScholzK,LofflerAetal:Effectofdecentrationandtiltontheimagequalityofasphericintraocularlensdesignsinamodeleye.JCataractRefractSurg35:10911100,20092)BhattUK,SheppardAL,ShahSetal:Designandvalidityofaminiaturizedopen-fieldaberrometer.JCataractRefractSurg39:36-40,20133)浅野俊雄:レンズ工学の理論と実際.p162-167,光学工業技術協会,19844)MarcosS,MorenoE,NavarroR:Thedepth-of-fieldofthehumaneyefromobjectiveandsubjectivemeasurements.VisionRes39:2039-2049,19995)MarcosS,BarberoS,Jimenez-AlfaroI:Opticalqualityanddepth-of-fieldofeyesimplantedwithsphericalandasphericintraocularlenses.JRefractSurg21:223-235,20056)RosalesP,DeCastroA,Jimenez-AlfaroIetal:IntraocularlensalignmentfrompurkinjeandScheimpflugimaging.ClinExpOptom93:400-408,20107)MesterU,DillingerP,AnteristNetal:Impactofamodifiedopticdesignonvisualfunction:clinicalcomparativestudy.JCataractRefractSurg29:652-660,2003***132あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(132)

多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(127)1449《原著》あたらしい眼科27(10):1449.1453,2010cはじめに現在,国内で年間約100万件以上行われている白内障手術は,単に視力の改善を目的とするだけでなく,より優れた視機能(qualityofvision:QOV)を求めるようになっている.その背景には手術手技の向上や機器の改良などの要因のほかに眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の進歩があげられる1).すなわちIOLに着色化や非球面化などの付加価値をつけ,網膜保護や高いコントラスト効果を期待するものである.近年登場した多焦点IOLは,従来の単焦点IOL挿入後に生じる調節機能喪失に対し,老視矯正の側面をもつ付加価値IOLである.この多焦点IOLを使用した白内障手術は2008年7月に先進医療として認可された.多焦点IOL挿入眼の視機能に関する報告2,3)は数多くされているが,高次収差について検討した国内での報告は少ない.今回筆者らは,2種類の多焦点IOLと単焦点IOL挿入眼の高次収差について比較検討した.I対象および方法2007年8月.2008年10月にバプテスト眼科クリニックにて白内障手術を施行し,その際に挿入した多焦点IOLのNXG1(ReZoomR,屈折型,AMO社)とSA60D3(ReSTORR,〔別刷請求先〕山村陽:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KiyoshiYamamura,M.D,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差山村陽*1稗田牧*2中井義典*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学PostoperativeWavefrontAnalysisofMultifocalIntraocularLensKiyoshiYamamura1),OsamuHieda2),YoshinoriNakai2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:多焦点眼内レンズ(IOL)挿入眼の高次収差について検討した.方法:多焦点IOLのNXG1(ReZoomR)とSA60D3(ReSTORR)および単焦点IOLのSN60ATを白内障手術によって6眼ずつ挿入した.術後3カ月の視力,コントラスト感度,高次収差(全高次収差,コマ様収差,球面様収差,球面収差,解析径:3,4,5,6mm)を測定した.結果:全症例で術後遠方矯正視力は1.0以上であり,遠方矯正下近方視力は多焦点IOLが有意に良好であった.コントラスト感度はSN60ATで高い傾向があった.全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径に関係なくIOL間に有意な差はなかった.球面収差はSA60D3とSN60ATでは解析径が増えるにつれて増加したが,NXG1では解析径5,6mmでは減少した.結論:3種類のIOL挿入眼において,解析径5,6mmでは球面収差に違いがみられた.Wereporttheclinicalresultsofmultifocalintraocularlens(IOL)implantation.MultifocalrefractiveIOL(NXG1:ReZoomR),multifocaldiffractiveIOL(SA60D3:ReSTORR)andmonofocalIOL(SN60AT)wereimplantedin6eyeseach.At3monthspostoperatively,distanceandnearvisualacuity(VA)andcontrastsensitivityweretested,andwavefrontanalysiswasperformedwith3,4,5and6mmopticalzones.AlleyesachievedcorrecteddistanceVAof≧1.0,butshowedastatisticallysignificantdifferenceinuncorrectednearVAbetweenmultifocalandmonofocalIOL.TheSN60AThadatendencytowardhighercontrastsensitivityvaluethanthemultifocalIOLs.ThesphericalaberrationofSA60D3andSN60ATshowedincreasewhileincreasingopticalzones,butthatofNXG1waslesswiththe5and6mmzonesthanwiththe3and4mmzones.ThesedifferentIOLtypesresultedinmeasurablydifferentpostoperativesphericalaberrationpatterns.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1449.1453,2010〕Keywords:多焦点眼内レンズ,単焦点眼内レンズ,コントラスト感度,高次収差,球面収差.multifocalintraocularlens,monofocalintraocularlens,contrastsensitivity,higher-orderaberration,sphericalaberration.1450あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(128)回折型,Alcon社)および単焦点IOLのSN60AT(Alcon社)のそれぞれ6眼ずつを対象とした.採用基準は,年齢60歳以下で白内障以外に眼疾患がなく,角膜乱視1.0D以下の症例とした.術式は,上方強角膜2.4.3.0mm小切開にて超音波水晶体乳化吸引術を施行し,IOLを.内固定した.IOL度数は,眼軸長をIOLMaster(ZEISS社)で測定し,目標屈折度を多焦点IOLは遠方正視に,単焦点IOLはやや近視寄り(.0.5.1.0D)としてSanders-Retzlaff-Kraff/theoretical(SRK-T)式を用いて算出した.明所と暗所における瞳孔径はOPDscan(NIDEK社)で測定した.患者背景についてはIOL間に差は認められなかった(表1).検討項目は,術後3カ月の遠方と近方視力,コントラスト感度,高次収差とした.コントラスト感度はCSV-1000(VectorVision社)を用いて明所にて測定し,各周波数における対数コントラスト感度値とAULCF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)値を調べた.高次収差はOPDscanを用いて術後の角膜と眼球の高次収差を暗所散瞳下にて測定した.測定項目は全高次収差(S3+S4+S5+S6),コマ様収差(S3),球面様収差(S4),球面収差とし,解析径を3,4,5,6mmとした.統計学的検討はOne-factorANOVA,Tukey-Kramer検定を用い,有意確率5%未満を有意とした.II結果1.視力遠方矯正視力は各IOL挿入眼で1.0以上であった.近方裸眼視力はNXG1,SA60D3,SN60ATでそれぞれ0.61,0.62,0.21であり,遠方矯正下近方視力はそれぞれ順に0.61,0.64,0.26であり,近方視力はNXG1とSA60D3がSN60ATに比べ有意に良好であった(p<0.01).術後屈折度数(自覚的等価球面度数)は,IOL間に有意差はなかった(表2).2.コントラスト感度すべての空間周波数でIOL間に有意差はなかったが,SN60ATの感度が高く,高周波数領域ではSA60D3の感度低下の傾向がみられた(図1).AULSF値を比較するとSN60AT(1.10±0.06),NXG1(1.07±0.14),SA60D3(1.02±0.23)の順に小さかったが,IOL間に有意差はなかった.表1患者背景NXG1SA60D3SN60ATp値症例数3例6眼4例6眼4例6眼性別(男/女)2/11/32/2年齢(歳)44.3±20.5(18.60)53.0±3.7(49.57)57.0±6.9(43.60)0.24眼軸長(mm)25.02±2.0726.23±1.3924.61±0.810.19明所瞳孔径(mm)3.72±0.583.62±0.474.04±0.820.51暗所瞳孔径(mm)5.89±0.925.40±0.765.54±1.010.63表2視力NXG1SA60D3SN60ATp値遠方裸眼視力1.221.080.63p<0.05遠方矯正視力1.341.181.170.29近方裸眼視力0.610.620.21p<0.01遠方矯正下近方視力0.610.640.26p<0.01近方矯正視力0.660.710.85p<0.01術後屈折度数(D).0.17±0.26.0.27±0.30.0.54±0.430.1700.20.40.60.811.21.41.61.82空間周波数(cycles/degree)361218対数コントラスト感度NXG1SA60D3SN60ATp=0.45p=0.11p=0.07p=0.06図1コントラスト感度すべての空間周波数でIOL間に有意差はなかったが,SN60ATの感度が高く,高周波数領域ではSA60D3の感度低下の傾向がみられた.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014513.高次収差角膜については,各成分で解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかった(図2).眼球については,全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた(図3.5).球面収差は,解析径3,4mmではIOL間に有意差はなかったが,5mmではNXG1,SA60D3,SN60ATでそれぞれ0.02±0.08μm,0.11±0.12μm,0.14±0.05μmとなり,NXG1はSN60ATよりも有意に球面収差が少なかっ□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT10.80.60.40.203456全高次収差解析径(mm)3456解析径(mm)収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)0.070.050.070.150.120.180.310.250.340.540.490.60コマ様収差0.060.040.060.400.390.500.240.200.310.130.100.163456解析径(mm)球面様収差0.030.030.030.070.070.070.340.270.240.180.140.133456球面収差解析径(mm)0.020.010.010.060.040.030.300.210.160.160.110.08図2高次収差(角膜)平均値を記載.各成分で解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかった.0.170.150.140.270.270.240.430.450.380.840.690.561.41.210.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT図3全高次収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.1.41.210.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.140.130.130.180.220.210.360.370.320.700.550.45図4コマ様収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.10.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.080.050.040.150.090.070.130.160.160.330.270.28図5眼球様収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.1452あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(130)た(p<0.01).解析径6mmでは,それぞれ順に.0.24±0.28μm,0.19±0.16μm,0.25±0.06μmとなり,NXG1はSA60D3とSN60ATよりも有意に球面収差が少なかった(p<0.01).SA60D3とSN60ATでは解析径が増加するにつれ球面収差は増加していたが,NXG1では解析径5,6mmで球面収差が減少し,6mmでは負の球面収差を生じていた(図6).III考按近年,白内障術後のQOVが大きく問われるようになり,視力だけでなくコントラスト感度や高次収差などを用いた視機能評価が重要になっている.高次収差については,核白内障や非球面IOL,素材・デザインの異なるIOLに関する報告4.6)があるが,多焦点IOL挿入眼7.10)に関する国内での報告は少ない.今回,2007年に医療材料としての承認を受けたNXG1とSA60D3を使用して術後の視力,コントラスト感度,高次収差について検討した.視力については,近方裸眼視力と遠方矯正下近方視力ともに,NXG1とSA60D3がSN60ATに比べ有意に良好であり,多焦点IOLの挿入効果が現れていると考えられた.コントラスト感度は視覚系の空間周波数特性を測定し,通常の視力検査では不十分とされる見え方の質が評価できる自覚的検査である.SA60D3では,光量の分配と光の損失によるコントラスト感度低下が生じるとされ,瞳孔径が大きくなる夜間に遠方への入射光の配分を多くしてこの欠点を補っている11).一般に多焦点IOLでは単焦点IOLよりもコントラスト感度が低下し,特に回折型は高周波数領域で低下しや10.80.60.40.20-0.2-0.434******56解析径(mm)**:p<0.01収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.050.020.010.120.050.050.020.110.14-0.240.190.25図6球面収差(眼球)平均値を記載.解析径3,4mmではIOL間に有意差はなかったが,5,6mmではNXG1とそれ以外のIOL間に有意差を認めた.NXG1では解析径5,6mmで球面収差が減少し,6mmでは負の収差を生じていた.432Zone1234553.5D3.5D3.5D3.5D432Zone1234552.1mm4.3mm4.6mm3.45mm図8NXG1光学部の表面構造Zone2,4では近方視用に3.5Dの屈折力を加入した設計になっている.図7OPDmapNXG1ではZone2(白矢印)に一致して眼屈折力の高い円環状の部位がみられる.NXG1SA60D3SN60AT(131)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101453すいが,本研究ではIOL間に有意差はみられなかった.高次収差については,術後の角膜高次収差が各IOL挿入眼で差がないことを確認したうえで,眼球の高次収差を評価した.OPDscanは,検影法の原理で測定した眼屈折度数誤差分布(OPDmap)をZernike解析して収差成分を定量し,解析径を任意に設定できる波面センサーである12).本研究では,眼球の全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかったが,球面収差については,解析径5,6mmではNXG1と他のIOL間に有意差を認め,SN60ATとSA60D3では解析径が増えるにつれ増加していたが,NXG1では解析径5,6mmで減少していた.今回使用したIOLの光学部直径はすべて6.0mmとなっており,SN60ATは球面レンズ,SA60D3は中央3.6mmがアポダイズ回折構造,周辺が単焦点構造となっている球面レンズであるために,解析径の増加につれ球面収差は増加したものと考えられた.一方,NXG1は中央より同心円状の5つのゾーンを設け,Zone1,3,5は遠方視用として,Zone2,4は3.5Dの屈折力が加入された設計になっており近方視に用いられる(図7,8).このZone2,4によって,NXG1は光学部表面が球面ではなく非球面効果をもつような構造になり,結果的に解析径の増加につれ球面収差が減少したのではないかと考えられた.Hartmann-Shack型の波面センサーを用いて解析径5mmで球面収差を検討した海外の報告によると,Ortizら8)はReZoomR(0.17±0.07μm)とReSTORR(0.06±0.04μm)で有意差があり,Zelichowskaら9)もReZoomR(0.15±0.01μm)とReSTORR(0.09±0.00μm)で有意差があったとしている.また,Rochaら7)やTotoら10)は,ReSTORRのアポダイズ回折構造が非球面効果をもたらしている可能性があると報告している.しかし,Gatinel13)やCharmanら14,15)は,回折型の多焦点IOL挿入眼の高次収差測定に関して,解析に必要な測定ポイント数が少ないことや測定光源として近赤外光を用いると可視光に比べて回折効率が低下することなどを理由に,測定結果が不正確であると報告している.本研究では解析径5mmにおける球面収差はNXG1,SA60D3それぞれ0.02±0.08μm,0.11±0.12μmで,Ortizら8)やZelichowskaら9)の報告とは異なりNXG1のほうが球面収差が少なかったが,その後も経過観察可能であったNXG1挿入眼2例4眼の球面収差について,新たにHartmann-Shack型の波面センサーKR-1W(TOPCON社)を用いて検討した結果,解析径4mmでは0.07±0.02μm,6mmでは.0.10±0.04μmとなり,解析径6mmではOPDscanの測定結果と同様にNXG1では負の球面収差が生じていることが確認できた.今回,多焦点IOLのNXG1とSA60D3および単焦点IOLのSN60AT挿入眼の高次収差を比較検討した結果,解析径5,6mmにおいて球面収差に違いがあった.本論文の要旨は第32回日本眼科手術学会総会にて発表した.文献1)松島博之:眼内レンズ─最近の進歩.臨眼61:697-704,20072)中村邦彦,ビッセン宮島弘子,大木伸一ほか:アクリル製屈折型多焦点眼内レンズ(ReZoomR)の挿入成績.あたらしい眼科25:103-107,20083)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20074)FujikadoT,KurodaT,MaedaNetal:Wavefrontanalysisofaneyewithmonoculartriplopiaandnuclearcataract.AmJOphthalmol137:361-363,20045)比嘉利沙子,清水公也,魚里博ほか:非球面および球面IOL挿入眼の高次波面収差の比較.臨眼59:1089-1093,20056)渕端睦,二宮欣彦,前田直之ほか:光学部および支持部の素材,デザイン,光学特性の異なる眼内レンズ挿入眼の高次収差の比較.臨眼61:1255-1259,20077)RochaKM,ChalitaMR,SouzaCEetal:WavefrontanalysisandcontrastsensitivityofamultifocalapodizeddiffractiveIOL(ReSTOR)andthreemonofocalIOLs.JRefractSurg21:808-812,20058)OrtizD,AlioJL,BernabeuGetal:Opticalperformanceofmonofocalandmultifocalintraocularlensesinthehumaneye.JCataractRefractSurg34:755-762,20089)ZelichowskaB,RekasM,StankiewiczAetal:Apodizeddiffractiveversusrefractivemultifocalintraocularlenses:opticalandvisualevaluation.JCataractRefractSurg34:2036-2042,200810)TotoL,FalconioG,VecchiarinoLetal:Visualperformanceandbiocompatibilityof2multifocaldiffractiveIOLs.JCataractRefractSurg33:1419-1425,200711)茨木信博:多焦点眼内レンズの最近の進歩.臨眼62:1035-1039,200812)鈴木厚,大橋裕一:OPDスキャンの臨床応用.あたらしい眼科18:1363-1367,200113)GatinelD:LimitedaccuracyofHartmann-ShackwavefrontsensingineyeswithdiffractivemultifocalIOLs.JCataractRefractSurg34:528-529,200814)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:CanwemeasurewaveaberrationinpatientswithdiffractiveIOLs?.JRefractSurg33:1997,200715)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:Problemsinthemeasurementofwavefrontaberrationforeyesimplantedwithdiffractivebifocalandmultifocalintraocularlenses.JRefractSurg24:280-286,2008***