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両眼性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(105)1050910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):105108,2009cはじめに角膜内皮細胞は角膜の最内面に存在し,角膜の透明性維持に重要な役割を果たしている.ヒトの生体内では角膜内皮細胞は障害をうけてもほとんど増殖,再生しない.このため,内皮細胞の障害は細胞密度の減少に直結し,500cells/mm2以下では水疱性角膜症となり,高度の視力障害の原因となる.角膜内皮炎は1982年にKhodadoustらにより,原因不明に角膜内皮に特異的な炎症が生じ,角膜後面沈着物と同部位に角膜浮腫が出現する病態として初めて報告された1).病因として,単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)などのヘルペス群ウイルスの関与が考えられ,抗ヘルペスウイルス薬による治療が行われてきたが,治療への反応が乏しく水疱性角膜症となる症例も存在し,その原因は不明であった.サイトメガロウイルス(CMV)角膜内皮炎は2006年にKoizumiらによって初めて報告2)された疾患である.CMV角膜内皮炎は角膜内皮炎のうち,抗ヘルペ〔別刷請求先〕細谷友雅:〒663-8131西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室Reprintrequests:YukaHosotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-city,Hyogo663-8131,JAPAN両眼性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例細谷友雅*1神野早苗*1吉田史子*1小泉範子*2稲富勉*2三村治*1*1兵庫医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学ACaseofBilateralCytomegalovirusCornealEndotheliitisYukaHosotani1),SanaeKanno1),FumikoYoshida1),NorikoKoizumi2),TsutomuInatomi2)andOsamuMimura1)1)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine症例は65歳,男性.両眼虹彩毛様体炎,右眼続発緑内障の既往があり,右眼の水疱性角膜症に対し全層角膜移植術および水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)挿入術を施行した.術後4カ月目に右眼に輪状に集簇する多数の白色角膜後面沈着物を認めた.副腎皮質ステロイド薬を併用した抗ヘルペス治療を行ったが改善せず,左眼にも同様の角膜後面沈着物が出現した.Polymerasechainreaction(PCR)で両眼の前房水からサイトメガロウイルス(CMV)-DNAが検出され,共焦点生体顕微鏡では両眼の角膜内皮に“owl’seye”様所見が認められたため両眼性CMV角膜内皮炎と診断した.ガンシクロビル点滴および点眼投与により角膜後面沈着物は消退した.原因不明の水疱性角膜症に角膜移植術を行う際には角膜内皮炎の可能性を考え,術後に角膜内皮炎を生じたら前房水PCRによるウイルス検索を行う必要がある.CMV角膜内皮炎の過去の報告例は片眼性が多いが,両眼性の症例も存在すると考えられ,僚眼にも注意して経過観察を行う必要がある.A65-year-oldmalewhohadbeenreceivingtreatmentforbilateraliritisandsecondaryglaucomainhisrighteyeunderwentpenetratingkeratoplasty(PKP)withphacoemulsicationandintraocularlensimplantationforbullouskeratopathyintherighteye.Fourmonthsaftersurgery,whitish,coin-shapedkeraticprecipitates(KPs)wereobservedintherighteye.Despitesystemicanti-herpetictherapywithcorticosteroids,similarKPsappearedinthelefteye.Polymerasechainreaction(PCR)revealedcytomegalovirus(CMV)-DNAinthebilateralaqueoushumor,andconfocalmicroscopyrevealed“owl’seye”cellsinthebilateralcornealendothelialarea,leadingtoadiagnosisofbilateralCMVcornealendotheliitis.SystemictherapyandganciclovireyedropinstillationreducedtheKPs.WhenperformingPKPforbullouskeratopathyofunknownorigin,itisimportanttoconsiderthepossibilityofCMVcornealendotheliitis.Anyoccurrenceofpostoperativecornealendotheliitiswillnecessitateaqueous-humorPCR.AlthoughCMVcornealendotheliitisisusuallyunilateral,carefulobservationofthefelloweyeisimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):105108,2009〕Keywords:サイトメガロウイルス,角膜内皮炎,ガンシクロビル,水疱性角膜症,生体レーザー共焦点顕微鏡.cytomegalovirus(CMV),cornealendotheliitis,ganciclovir,bullouskeratopathy,confocalmicroscopy.———————————————————————-Page2106あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(106)ス療法に反応せず,前房水からHSVやVZV-DNAは検出されず,CMV-DNAが検出されるものをいう.これまで18例のCMV角膜内皮炎の症例が報告されている25)が,片眼性の症例が多く,両眼性の症例は3例のみである.今回,両眼性CMV角膜内皮炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,男性.主訴:右眼痛.現病歴:平成16年より近医にて両虹彩毛様体炎,右眼続発緑内障として加療されていた.右眼が水疱性角膜症となったため(図1),平成19年5月に兵庫医科大学病院において右眼全層角膜移植術および水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)挿入術を施行した.術後4カ月目に右眼痛が出現.右眼に角膜後面沈着物を多数認めたため,精査加療目的に入院となった.既往歴:全身状態は良好で,免疫不全を認めない.入院時所見:視力は右眼0.4(0.9×sph+1.00D(cyl3.50DAx85°),左眼1.2p(矯正不能),眼圧は右眼16mmHg,左眼20mmHgであった.右眼角膜移植片の内皮に,輪状に集簇する多数の白色角膜後面沈着物(coinlesion)を認め(図2),前房内に56個/eldの細胞を伴っていた.宿主角膜組織の角膜後面沈着物の有無は不明であった.角膜浮腫は目立たなかった.びまん性虹彩萎縮を認めた.中心角膜厚は549μm,角膜内皮細胞密度は1,122cells/mm2であった.左眼は陳旧性色素性角膜後面沈着物を数個認めたが,前房内に細胞は認めなかった.中心角膜厚は630μm,角膜内皮細胞密度は1,869cells/mm2であった.中間透光体,眼底には特記すべき問題はなく,CMV網膜炎は認めなかった.経過:ヘルペス性角膜内皮炎と考え,副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)を併用したアシクロビル点滴5mg/図1右眼術前写真右眼矯正視力(0.08).水疱性角膜症となっている.角膜後面沈着物は認めなかった.図2入院時右眼前眼部写真右眼矯正視力(0.9).輪状に集簇する多数の白色角膜後面沈着物を認める(矢印,○内).ab3生体レーザー共焦点顕微鏡写真a:右眼,b:左眼.両眼の角膜内皮に“owl’seye”細胞が認められる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009107(107)kg,1日3回を行ったが改善せず,治療開始4日後より,左眼にも右眼と同様の輪状角膜後面沈着物が出現した.血液検査でCMV-IgG10.3(+)・IgM0.28(),HSV-IgG193(+)・IgM0.36()であり,CMVとHSVの既感染があると考えられた.CMV抗原血症(antigenemia)は陰性であった.生体レーザー共焦点顕微鏡で両眼の角膜内皮細胞領域に,CMV感染細胞に特徴的といわれる“owl’seye”細胞が観察された(図3).CMV角膜内皮炎を疑い前房水polyme-rsasechainreaction(PCR)3)を施行したところ(図4),両眼の前房水よりcuto値以上のCMV-DNAが検出され,臨床的意義があると考えられた.HSV,VZVは陰性であった.以上より,両眼性CMV角膜内皮炎と診断し,治療を開始した.0.5%ガンシクロビル点眼(自家調整)を両6/日で開始し,ガンシクロビル点滴5mg/kg,1日2回を14日間施行した.徐々に角膜後面沈着物は小さくなり,数も減少し,角膜内皮炎の活動性は低下したと考えられた(図5).点滴終了1カ月後,左眼のステロイド点眼を中止したところ,2週間後に左眼の眼圧が25mmHgと上昇し,角膜後面沈着物の増加を認めた.ステロイド点眼を再開したところ,左眼の眼圧は速やかに正常化した.右眼は経過良好で変化を認めなかった.発症から5カ月後,角膜内皮細胞密度は右眼783cells/mm2,左眼1,919cells/mm2であり,右眼に角膜内皮細胞数の減少を認めた.現在も通院加療中であり,ガンシクロビル点眼,ステロイド点眼を続行している.II考按CMV角膜内皮炎の特徴として,①輪状に集簇する白色角膜後面沈着物(coinlesion)を認める,②角膜浮腫は軽微なことが多い,③前房内炎症と眼圧上昇を伴うことが多い,④全身の免疫不全を認めない,⑤片眼性のことが多い,⑥血中CMV-IgGが陽性,IgMは陰性(既感染),⑦前房水PCRでCMV-DNAが検出されるがHSV,VZV-DNAは検出され図4前房水採取時の両前眼部写真a:右眼高倍率写真,b:左眼.右眼矯正視力(0.6),左眼視力1.2.両眼に輪状に集簇する白色角膜後面沈着物を認める(矢印,○内).ab図5ガンシクロビル投与後前眼部写真a:右眼,b:左眼.右眼矯正視力(1.0),左眼視力1.0.両眼とも,角膜後面沈着物は小さくなり,数も減少した.ab———————————————————————-Page4108あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(108)ない,⑧生体レーザー共焦点顕微鏡で“owl’seye”細胞が検出されることがある,⑨ガンシクロビルによる治療が有効である,などがあげられる.本症例でもこれらの特徴を満たしていたが,両眼性であった.これまでの報告のうち,Koizumiらの報告3)では,両眼性は8例中1例のみであり,Cheeらの報告4)でも両眼性は10例中2例のみである.しかし本症例のように両眼性の症例も存在するため,僚眼にも注意して経過観察を行う必要がある.CMVはDNAウイルスで,bヘルペスウイルスの一種である.乳幼児期に不顕性の初感染を起こしCD14陽性mono-cyte,骨髄のCD34/33陽性細胞などに潜伏感染するが,免疫不全状態になると再活性化し,網膜炎や肺炎,肝炎,脳炎などの原因となる6).日本人成人のCMV抗体保有率は90%以上と高く,本症例でもCMV-IgGのみが陽性であったことから既感染と考えられた.CMV角膜内皮炎の特徴は,免疫不全状態でなくても発症することであり,これが他のCMV感染症との大きな相違点である.何らかのきっかけで再活性化したCMVが房水を経由して角膜内皮に感染し,炎症を惹起するものと推測されるが,その発症機序についてはいまだ不明な点が多い.両眼性と片眼性の発症メカニズムや臨床所見の差についても不明であり,今後の検討が必要である.ガンシクロビルはウイルスDNA合成阻害薬であり,おもにCMV感染症に対して使用される7).血球減少症や腎機能障害の副作用があり,投与には注意を要する.CMVに対し高い選択毒性をもつが,ウイルス遺伝子が発現していなければ効果はない.CMVは潜伏感染している間はウイルス遺伝子を発現していないため,ガンシクロビルを投与してもCMVを宿主から完全に除去することはできない.このため,治療に際してはCMVを再度潜伏感染の状態にし,再活性化を起こさせない投与法の確立が必要である.今後,CMVを完全に体内から除去できる新薬の登場が望まれる.経過中,左眼はステロイド点眼の中止によって眼圧上昇と角膜後面沈着物の増加を認めた.炎症が再燃したためと考えられたが,この理由として,CMV角膜内皮炎はウイルス抗原に対する免疫反応と,ウイルスの増殖という感染症との両側面をもっているため,ウイルスを減少させるためにステロイドを中止したところ,ウイルス抗原に対する免疫反応が増大して,炎症が惹起されたのではないかと推察される.本症例には原因不明の虹彩毛様体炎と続発緑内障の既往があり,右眼の水疱性角膜症の原因疾患はCMV角膜内皮炎および虹彩毛様体炎であった可能性がある.原因不明の水疱性角膜症に角膜移植術を行う際には角膜内皮炎の可能性を考え,術後に角膜内皮炎を生じたら前房水PCRによるウイルス検索を行う必要がある.角膜内皮炎が遷延すると角膜内皮細胞数が減少し,水疱性角膜症となり高度の視力障害の原因となるため,速やかな病因の解明と治療が必要である.本症例では生体レーザー共焦点顕微鏡による観察で,Shiraishiらの報告8)と同様,CMV感染細胞に特徴的といわれる“owl’seye”細胞が観察された.生体レーザー共焦点顕微鏡による観察は侵襲が少なく,CMV角膜内皮炎の補助診断として有用であると考えられた.本稿の要旨は第32回角膜カンファランスにて発表した.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendothe-liitis.AmJOphthalmol141:564-565,20063)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20084)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,20075)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20076)多屋馨子:サイトメガロウイルス感染症.日本臨牀65(増刊号2):136-140,20077)峰松俊夫:抗ヘルペスウイルス薬および抗サイトメガロウイルス薬.日本臨牀65(増刊号2):396-400,20078)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“owl’seye”morphologybyconfocalmicroscopyinapatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendothe-liitis.AmJOphthalmol143:715-717,2007***