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眼瞼腫瘤にて発見された成人T細胞白血病リンパ腫の1例

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(145)1157《原著》あたらしい眼科27(8):1157.1160,2010cはじめに成人T細胞白血病/リンパ腫(adultT-cellleukemia/lymphoma:ATL/L)は,humanT-lymphotropicvirustype-1(HTLV-1)感染によりひき起こされるT細胞のリンパ腫であり,臨床像は多彩で予後きわめて不良な疾患である1~3).患者の発生は日本の南西部が多く,なかでも南九州は多発地域とされている.その初発症状のほとんどはリンパ節腫大や皮膚症状などであり,眼瞼の腫瘤が生じることはきわめてまれとされている.また,眼付属器に発生するリンパ性増殖病変のほとんどはMALTリンパ腫(mucosaassociatedlymphoidtissuelymphoma)(86%)で予後良好であり,ATL/Lの報告は少ない4,5).今回筆者らは眼瞼腫脹を初発症状として発見されたATL/Lの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼の上眼瞼腫瘤.出身地:福岡県.既往歴:高脂血症.家族歴:特記事項なし.〔別刷請求先〕山口晃生:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:AkioYamaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN眼瞼腫瘤にて発見された成人T細胞白血病リンパ腫の1例山口晃生*1尾崎弘明*1原潤*1内尾英一*1竹下盛重*2*1福岡大学医学部眼科学教室*2同病理学教室CaseReportofAdultT-CellLeukemiawithLacrimalGlandInvasionAkioYamaguchi1),HiroakiOzaki1),JunHara1),EiichiUchio1)andMorishigeTakeshita2)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPathology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity成人T細胞白血病リンパ腫(ATL/L)は表在リンパ節腫大,全身倦怠感などを初発症状とすることが多く,眼瞼腫瘤で発見されることはまれである.今回筆者らは眼瞼腫瘤を主訴として発見されたATL/Lの1例を経験したので報告する.56歳の男性が左眼の眼瞼腫脹を主訴に受診.磁気共鳴画像(MRI)にて涙腺腫瘍の疑いで左眼眼瞼腫瘤摘出術を施行した.病理組織学的検査の結果,異型リンパ球の増加を認め,免疫組織学的検査ではT細胞の膜表面マーカーであるCD3,CD4,CD25が陽性かつ抗humanT-lymphotropicvirustype1(HTLV-1)抗体も陽性であり,ATL/Lと確定診断した.血液腫瘍内科へ転科後,顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を併用した化学療法を施行し,全経過24カ月で現在寛解が得られている.ATL/Lでは眼瞼に初発の腫瘤として発見されることがまれにあり注意を要する.AdultT-cellleukemia/lymphoma(ATL/L)oftenshowsofsuperficiallymphnodeswellingandgeneralfatigue.WeexperiencedararecaseofATL/Linthelacrimalglandofapatientinwhommultiplesystemicinvasionswerelatersuspected.Thepatient,a56-yearoldmale,hadswellingintheupperlefteyelid.Amasslesioninthelacrimalglandwasdetectedbymagneticresonanceimagingandremovedsurgically.Routinehistologicandimmunohistochemicalanalyses,andthepresenceofhumanT-celllymphotropicvirustype1(HTLV-1),revealedATL/L.Oneyearlater,paininthelowerextremetiesappearedandsystemicinvasionofATL/Lwassuspected.Thepatientunderwentcombinationchemotherapyandbonemarrowtransplant,andhasnowbeeninremissionfor24months,withnorecurrenceinthelacrimalgland.InfiltrationofATL/Ltothelacrimalglandisrare,andswellingastheinitialsymptomisevenmoreobscure.SincetheincidenceofHTLV-1infectionisespeciallyhighinJapan,itisanurgenttaskforphysicianstoeliminateHTLV-1infectionatanearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1157.1160,2010〕Keywords:成人T細胞白血病リンパ腫,眼瞼腫瘤,ヒトTリンパ球好性ウイルス1型.adultT-cellleukemia/lymphoma(ATL/L),lacrimalgland,humanT-lymphotropictype1(HTLV-1).1158あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(146)現病歴:平成19年8月より左眼の眼瞼腫脹を自覚し,近医にてアレルギー性結膜炎と診断され点眼薬にて加療されるも軽快せず,同年9月10日精査加療目的で福岡大学眼科(以下,当科)外来を受診となった.初診時所見:視力は両眼とも矯正1.2,眼圧は右眼10mmHg,左眼14mmHg.外眼部所見は右眼は異常なく,左眼に上眼瞼の腫脹を認めた.角膜は両眼とも透明で,前房は両眼とも正常深度,透明,水晶体は両眼ともほぼ透明であった.眼底には両眼とも異常は認められなかった.全身所見ではリンパ節腫脹や皮膚症状などの異常は認めなかった.血液生化学所見:血液検査および血液生化学検査結果を表1に示した.白血球数4,700/μl,白血球分画でリンパ球46%と軽度上昇を認めたが,異型リンパ球はみられなかった.磁気共鳴画像(MRI):平成19年9月15日のMRIT2画像で,左眼涙腺に相当する部分は腫大し,境界明瞭で均一なlowintensityareaとして認められた(図1A,B).II経過以上の所見から左)涙腺腫瘍と診断し,平成19年10月31日に腫瘍の生検目的で入院するも左上眼瞼の腫瘤は縮小しており触知されず,左眼瞼腫脹も改善していたために生検は行わずに退院となった.しかし平成20年3月に左上眼瞼の腫瘤が再び増大したため,同年4月9日に当科に入院し,翌日経結膜より生検を行った.しかし,検体量が不十分であったためこの時点では病理学的には確定診断には至らなかった.その2カ月後に左上眼瞼の腫瘤が再び増大したため当科再入院した.7月1日に経眼瞼皮膚より左上眼瞼涙腺腫瘍摘出術を施行した(図2).病理組織学的所見:ヘマトキシリン-エオジン染色で涙腺の正常な構築がみられず,腫瘍細胞がびまん性に増殖してい表1初診時の血液生化学所見WBC4,700/μlNa142mEq/lRBC466万/μlK4.6mEq/lHb14.2g/dlCl103mEq/lHt41.0%BUN23mg/dlPlt22.7万/μlCr0.9mg/dlBand0%AST30IU/lSeg51.0%ALT29IU/lEosino0%Ca9.5mg/dlBaso0%LDH219IU/lLympho46.0%Mono3.0%血液生化学検査では,白血球分画でリンパ球の軽度上昇を認めるのみでその他異常はみられなかった.WBC:白血球,RBC:赤血球,Hb:ヘモグロビン,Ht:ヘマトクリット,Plt:血小板,Band:桿状好中球,Seg:分葉核好中球,Eosino:好酸球,Baso:好塩基球,Lympho:リンパ球,Mono:単球,Na:ナトリウム,K:カリウム,Cl:塩素,BUN:血中尿素窒素,Cr:クレアチニン,AST:アスパラギン酸・アミノ基転移酵素,ALT:アラニン・アミノ基転移酵素,Ca:カルシウム,LDH:乳酸脱水素酵素.A図1平成19年9月15日のMRI所見T2画像で左眼涙腺の部位に腫大を認め,境界明瞭で均一なlowintensityareaが認められた(A,B).B図2平成20年7月1日,左上眼瞼涙腺腫瘍摘出術術中写真(147)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101159た.異型リンパ球のびまん性の増殖を認め,細胞の核の大小不同および粗.なクロマチンがみられた(図3A).免疫組織染色ではTリンパ系に特徴的なマーカーであるCD3,CD4,CD25が陽性であり(図3B),一方,Bリンパ系に特徴的なマーカーであるCD20は陰性であった(図3C).さらに,平成20年7月12日の採血でHTLV-1抗体が陽性であり,また,ATL/Lの診断基準の一つである可溶性インターロイキン-2レセプターが6,052U/mlと高値であったため,これらの以上の結果と病理組織学的所見および免疫組織学的所見よりATL/Lであると確定診断した.その後平成20年7月に下肢の疼痛出現したためpositronemissiontomography(PET)を施行したところ,全身に転移性骨腫瘍が疑われた.なお,表在リンパ節腫脹および深部のリンパ節腫脹は認めていない.同年7月12日より当院血液腫瘍内科へ転科となった.病型分類ではリンパ腫型と診断され,化学療法〔modified-LSG(LymphomaStudyGroup)15療法〕を施行し,顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を併用した.その後は平成21年2月に骨髄移植が行われ,現在も治療中であるが眼瞼腫瘤の再発はみられていない.III考察ATL/Lはレトロウイルスの一種であるHTLV-1が原因で発症する予後不良の血液疾患であり,疫学は日本では沖縄,九州を中心とした日本の南西部に多い.キャリアの0.1%から1%が30年から50年経過して成人T細胞白血病を発症するといわれている1,2).ATLの初発症状としては皮疹が23.6%と最も多く,その他は全身倦怠感(21.8%),食欲不振(20.0%),発熱(16.4%),リンパ節腫脹(10.9%),感冒様症状(10.9%),白血球増多(10.9%)などがある3).ATLは一般的に眼症状で発見されることはまれである.Moriらは眼瞼腫脹で発見されたATLの1例を報告しているが,腫瘍が眼窩内に浸潤している進行した症例であった6).本症例は初診時の所見は眼瞼腫瘤のみであり,筆者らが検索した限りではATLの初発症状としての眼瞼腫瘤の報告は認められなかった.一方でATLの患者における眼症状の報告では上強膜炎,ぶどう膜炎,視神経乳頭炎,壊死性網膜炎,眼窩腫瘍などさまざまなものが報告されている7~12).眼科領域におけるATLの腫瘤形成例の報告は少なく,眼瞼腫瘍の報告は大庭らの1例のみであり,眼窩内腫瘤の形成例もまれであった.本症例は初診時にはATL/Lに特徴的な末梢血の異常リンパ球の増加,皮疹,リンパ節腫脹はみられず,腫瘍摘出による病理組織学的所見よりT細胞系のリンパ腫を疑い,採血図3C免疫組織染色Bリンパ系に特徴的なマーカーであるCD20は陰性であった.図3A腫瘤摘出時のヘマトキシリン.エオジン染色の病理写真異型リンパ球のびまん性の増殖を認め,細胞の核の大小不同および粗.なクロマチンがみられる.図3B免疫組織染色Tリンパ系に特徴的な腫瘍マーカーであるCD3がびまん性に陽性を認めた.1160あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(148)にてHTLV-1抗体が陽性,可溶性インターロイキン-2レセプター値の著明な上昇を認めた.武本らはATL/Lの診断基準として,①成人での発症,②抗HTLV-1抗体陽性,③T細胞性悪性リンパ腫,④腫瘍細胞の表面マーカー,⑤HTLV-1プロウイルスの単クローン性組み込み,⑥可溶性インターロイキンレセプター高値(1,000U/ml以上)をあげている13).本症例はそのうちの⑤以外のすべてを満たしており総合的に確定診断に至った.筆者らが最初に行った生検では腫瘤が結膜側寄りに存在すると判断し,眼瞼結膜からのアプローチを行った.その結果,生検が困難でありかつ得られた検体が小さいために診断確定には至らなかった.後に腫瘍全摘出を行った際にはより多くの検体採取のために眼瞼皮膚よりのアプローチを選択した.本症例のように腫瘤のサイズの変化を認める場合には,確実な病理診断を目的として皮膚側からのアプローチによる腫瘍の全摘出が望ましいと思われた.ATL/Lは病型により治療法が異なるため病型診断が重要である.病型は急性型(60.2%),リンパ腫型(23.7%),慢性型(9.1%),くすぶり型(7.0%)の4つに分類され生存率期間の中央値はそれぞれ1年未満,1年未満,2.3年,5年以上である.本症例は特に予後不良とされるリンパ腫型と診断され,従来の化学療法であるmodifiedLSG療法(VCAP/AMP/VECP療法)に加え,白血球減少期間の短縮目的のためG-CSFを併用した.しかし,リンパ腫型は他の悪性リンパ腫に比較して薬剤の効果持続が短く,再燃がきわめて早く起こるのが特徴で急性型と同様に予後不良である.したがって,腫瘍細胞を完全に消滅させる目的での骨髄移植が行われている.本症例はATL/Lの確定診断から1年以上が経過した時点で骨髄移植を行い寛解が得られた.全経過は24カ月である.ATL/Lに伴う眼症状は,①ATL/L細胞の直接浸潤によるもの,②免疫不全状態に関連した日和見感染によるもの,③白血球の増加や骨髄浸潤に伴う貧血や血小板減少によるものの3つに大別される.本症例の眼瞼腫瘍の場合は初発症状であること,患者の血液学的検査結果から日和見感染や白血病状態は否定的であり,ATL/L細胞による限局的な腫瘤形成と考えられる.ATL/Lの診断は一般的に容易であるが,本症例のようにATL/Lの限局的病変として眼瞼腫瘤で発症する症例もまれにあり,ATL/Lも念頭におき,適切な時期での血清HTLV-1の検討,病理組織学的検査を主体とした鑑別が重要と思われた.本論文の要旨は第43回日本眼炎症学会で発表した.文献1)高月清,山口一成,河野文夫:成人T細胞白血病の臨床.日本臨牀41:2659-2673,19832)田島和夫:成人T細胞白血病/リンパ腫の疫学.綜合臨床53:2083-2045,20043)柚木一雄,松元実:ATLの臨床像─診断のこつ.ATL(成人T細胞白血病),p17-24,メジカルビュー社,19864)MannamiT,YoshinoT,OshimaKetal:Clinical,histopathological,andimmunogeneticanalysisofocularadnexallymphoproliferativedisorders:characterizationofMALTlymphomaandreactivelymphoidhyperplasia.ModPathol14:641-649,20015)安積淳:リンパ性腫瘍の診断と治療.臨眼59:249-256,20056)MoriA,DeguchiE,MishimaKetal:Acaseofuveal,palpebral,andorbitalinvasionsinadultT-cellleukemia.JpnJOphthalmol47:599-602,20037)樺山八千代,伊佐敷誠,上原文行ほか:成人T細胞白血病における眼症状.臨眼42:139-141,19888)大庭紀雄,鮫島宗文,上原文行ほか:HTLV-1ウイルス感染の眼科的検討.あたらしい眼科5:265-267,19889)OhbaN,MatsumotoM,SameshimaMetal:OcularmanifestationsinpatientsinfectedwithhumanT-lymphotrophicvirustype1.JpnJOphthalmol33:1-12,198910)河野高伸,有田達生,岡村良一:HumanT-lymphotropicVirusType1感染者にみられた眼症状について.眼紀41:2182-2188,199011)KonoT,UchidaH,InomataHetal:OcularmanifestationsofadultT-cellleukemia/lymphoma.Ophthalmology100:1794-1799,199312)HirataA,MiyazakiT,TaniharaH:IntraocularinfiltrationofadultT-cellleukemia.AmJOphthalmol134:616-618,200213)武本重毅,田口博國:成人T細胞白血病の診断基準・病型分類.内科85:1679-1682,2000***