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長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):913.917,2015c長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例石田暁*1,2西本浩之*1,2池田哲也*2廣田暢夫*3清水公也*2*1横須賀市立うわまち病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室*3横須賀市立うわまち病院脳神経外科ACaseofLong-TermRecurrentOrbitalHemorrhageAkiraIshida1,2),HiroyukiNishimoto1,2),TetsuyaIkeda2),NobuoHirota3)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaGeneralHospitalUwamachi,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,SchoolofMedicine,3)DepartmentofNeurosurgery,YokosukaGeneralHospitalUwamachi眼窩血腫は突然の眼球突出で発症する.原因は直接の外傷によるものが多いが,その他に血液疾患,血管形成異常,頭蓋内静脈圧の上昇などが報告されている.予後は一般に良好であり,経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,視力低下を残す症例も存在する.症例は65歳,女性.1歳時に転倒して眉間部を机にぶつけ,数日後に右眼球突出を発症し,1カ月で軽快した.その後35歳まで,数年ごとに誘因なく突然の右眼球突出の発作を繰り返した.眼窩血腫と診断され,保存治療で軽快し,精査でも原因不明であった.35歳以降の発症はなかった.今回,起床時に右眼球突出を自覚した.嘔気・嘔吐,眼窩痛,眼球運動時痛を伴った.MRIで内直筋内に発生した眼窩血腫と診断した.発症時,軽快時の2度の血管造影検査では異常を認めなかった.保存治療で視力障害を残さず軽快した.基礎疾患のない健常な女性で,64年の長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例を経験した.A65-year-oldfemalepresentedwithrecurrentorbitalhemorrhagethathadoccurrednumeroustimesoverthepast64years.Attheageof1yearthepatientreportedlyhitthemiddleofherforeheadonadesk,andproptosisoccurredinherrighteyeafewdayslater.Withconservativetreatment,theproptosiswasrelievedwithin1month.Fromthatage,anduntilshewas35yearsold,shehadexperiencedrepeatedsuddenproptosisinherrighteyeeveryfewyearsandwassubsequentlydiagnosedasorbitalhemorrhageinthateye.However,thecausewasunclearandshehadnotexperiencedproptosisinthateyesincethattime.Atthepatient’smostrecentvisit,sheagainpresentedwithright-eyeproptosis,pain,diplopia,nausea,andvomiting.Uponexamination,magneticresonanceimagingrevealedorbitalhemorrhageinhermedialrectusmuscle,andorbitalangiographyshowednovascularanomaly.However,shehadnounderlyingdisease.Thepatientwassubsequentlyconservativelytreatedandtheorbitalhemorrhageunderwentspontaneousregression45dayslaterwithnovisualloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):913.917,2015〕Keywords:眼窩血腫,再発,眼球突出,眼窩疾患.orbitalhemorrhage,recurrence,proptosis,orbitaldisease.はじめに眼窩血腫は,眼窩部の外傷によって生じることが多いが,一部の患者では外傷なく発症する.突然の眼球突出で発症し,痛み,複視を伴う比較的まれな疾患である.外傷以外の眼窩血腫の原因としては血液疾患,血管形成異常(vascularmalformations),頭蓋内静脈圧の上昇などが報告されている.予後は一般に良好であり,経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,まれに視力低下を残す症例も存在する.今回,基礎疾患のない女性で,長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,女性.主訴:右眼球突出.既往歴:1950年,1歳時に転倒して眉間部を机にぶつけた.数日後,右眼球突出と嘔気・嘔吐が出現し,1カ月程度で自然に軽快した.以後,2.5年ごとに誘因なく突然の右眼球突出を繰り返した.嘔気,眼球運動時痛を伴い,数日後,眼窩部に皮下出血が出る頃には嘔気,眼球運動時痛は軽快し,1カ月程度で右眼球突出は自然に軽快するというエピ〔別刷請求先〕石田暁:〒238-8567神奈川県横須賀市上町2-36横須賀市立うわまち病院眼科Reprintrequests:AkiraIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokosukaGeneralHospitalUwamachi,2-36Uwamachi,Yokosuka,Kanagawa238-8567,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(149)913 abソードを繰り返していた.発症時は近医にて内服薬で保存的に治療されていた.1984年,35歳時に最終の発症.この際に他院で血管造影を施行するが,原因不明であった.以後,再発はなかった.その他,既往なし.身長164cm,体重54kgと普通体型.現病歴:2014年10月,起床時に右眼球突出を自覚した.嘔気・嘔吐,眼窩痛,眼球運動時痛を伴った.発症6日目,近医を受診.内頸静脈・海綿静脈洞瘻疑いで発症7日目,当院脳神経外科へ紹介.発症8日目,当科へ診察依頼となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.5D(cyl.2.50DAx175°),左眼1.0(1.2×+0.25D(cyl.1.0DAx135°)であった.眼位は外斜視で,右眼の眼球運動は全方向制限を認め,とくに内転は不良であった(図1a).左眼の眼球運動制限はなく,対光反射は両眼迅速かつ完全で左右差はなかった.瞳孔異常・左右差はなく,相対的入力瞳孔反射異常(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)はなかった.右側の眼瞼腫脹,右眼球結膜浮腫,右眼球突出を認め,Hertel眼球突出計で右眼21mm,左眼14mmであった.眼圧は右眼9mmHg,左眼9mmHgであった.角膜上皮障害はなく,前房内に炎症は認めず,両眼に軽度の白内障を認めた.眼底は視神経乳頭の腫脹や発赤は認めず,左右差はみられなかった.黄斑部に異常はなく,網膜皺襞も認めなかった.血液生化学検査では,血液凝固機能は正常で,血球異常や914あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015図19方向眼位写真a:初診時.右眼球突出,結膜浮腫を認める.右眼の眼球運動は全方向制限を認め,特に内転は不良である.b:発症30日目.右眼の眼球運動は改善.内転は軽度の不良,下転・上転・外転は正常である.炎症反応,糖尿病は認めなかった.初診時(発症7日目)のcomputedtomography(CT)で右眼窩内に高吸収領域を認め,骨破壊像はなかった(図2).同日のmagneticresonanceimaging(MRI)で病変部は内直筋付近にあり,T1強調・T2強調画像とも低信号であった(図3a).発症8日目に血管造影検査を施行したが血管異常は認めなかった.眼窩血腫がもっとも疑われたが,眼窩リンパ腫なども鑑別診断として考えられた.視力低下については,病変による圧迫性視神経症や黄斑部の障害も疑われたが,対光反射正常,眼底正常などの所見から可能性は低いと考えた.右眼は左眼に比べて乱視が強く,病変による眼球の圧迫・前眼部の浮腫により不正乱視(高次収差)が生じたための視力障害をもっとも疑った.浮腫軽減のため0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR)点眼1日4回,フラジオマイシン硫酸塩・メチルプレドニゾロン眼軟膏(ネオメドロールREE軟膏)1日2回を開始した.ベタメタゾン(リンデロンR)4mg静脈注射を3日間投与とした.経過:翌日(発症9日目)再診.視力は改善し,右眼0.8(1.2×.0.75D(cyl.0.75DAx5°)と乱視が大きく改善していた.限界フリッカ値はredで右眼37Hz,左眼41Hzであった.Humphrey静的視野計で暗点は認めなかった.発症11日目,右眼球突出は改善傾向を示した.右眼の眼球運動は全方向改善傾向で,内転・下転は不良,上転・外転は正常であった.Hertel眼球突出計で右眼19mm,左眼(150) 14mmであった.造影MRIで病変は造影されず,周囲に造影効果の強い内直筋線維を認め,内直筋内の血腫と確定診断した(図3b).前回のMRIと比較して病変部は縮小していた.発症18日目,右眼の眼球運動は改善傾向で,内転不良,下転・上転・外転は正常であった.Hertel眼球突出計で右眼16mm,左眼13mmと改善傾向であった.発症21日目,血管造影検査を再度施行し,異常認めず.翌日退院となった.発症30日目,視力は右眼(1.2×.0.50D),左眼(1.2×(cyl.0.75DAx115°)で,右眼の眼球運動はさらに改善し,内転は軽度の不良,下転・上転・外転は正常であった(図1b).左方視での複視は残存していた.Hertel眼球突出計で右眼15mm,左眼13mmであった.発症45日目,単純MRI検査で血腫はさらに縮小を認めた(図3c).外来にて経過観察中であるが,発症3カ月後の現在まで再発はない.図2初診時(発症7日目)CT画像右眼窩内に高吸収領域(←)を認める.骨破壊像はない.abc図3MRI画像a:初診時(発症7日目)単純MRI.病変部は内直筋付近にありT1強調・T2強調画像とも低信号である.STIR:shortTIinversionrecoveryは脂肪抑制法.b:4日後(発症11日目)造影MRI.病変は造影されず,周囲に造影効果の強い内直筋線維を認め,内直筋内の血腫と診断した.病変部は縮小傾向である.SPIR:spectralpre-saturationwithinversionrecoveryは脂肪抑制法.c:発症45日目単純MRI.血腫はさらに縮小した.T1強調で低信号,T2強調画像では高信号化した.(151)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015915 II考按McNab1)によると1890年代から,眼窩血腫と推測される報告は散見されるが,画像診断がなかった時代には確定診断・局在診断が困難であった.その後,1970年代にCT,1980年代にMRIが登場し,普及に伴い詳細な報告がなされるようになり,発症年齢は新生児.高齢者と幅広く症例報告がある.症状は有痛性の眼球突出で,複視・眼球運動障害を生じ,ときに嘔気・嘔吐を伴う.片眼が多いが一部に両眼発症の報告もあり,「突然発症」がもっとも特徴的な診断のポイントで,徐々に発症することは少ない1).予後は一般に良好であり経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,まれに不可逆的な視力低下を残す症例も存在する1).Krohelら2)は高齢者ほど視力障害をきたしやすいと報告している.血腫による圧迫性視神経症での視力低下がときにみられ,わが国でも中村ら3)が眼窩先端部症候群をきたし視力低下を残した症例を報告している.発症時に視力低下をきたしたものの保存治療で改善がみられた症例4),手術治療を行って視力の回復を得た症例5)の報告もあり,個々の症例ごとに判断を要するが,重篤な視力低下や眼窩先端部の神経障害を伴う眼窩血腫は,不可逆的な変化をきたす前に手術治療を考慮する必要がある.今回の症例では,初診時に矯正視力0.4と低下を認め,ステロイドの点眼・軟膏・全身投与を行い,翌日には矯正視力1.2と改善した.乱視が初診時右眼0.2(0.4×.0.5D(cyl.2.50DAx175°)から翌日は右眼0.8(1.2×.0.75D(cyl.0.75DAx5°)と大きく改善し,さらに発症30日目には自覚・他覚とも乱視は0になっていた.視力低下は眼窩血腫により眼球の圧迫・前眼部の浮腫が起こり,一過性に軸性乱視とともに不正乱視(高次収差)が生じたことがおもな原因と考えられた.視力低下の原因は他にも黄斑部や視神経の障害などが考えられるが,検眼鏡で黄斑部に異常はなく,眼球後方からの圧迫により生じる網脈絡膜の皺襞や循環障害の所見はみられなかった.また,RAPDや視神経乳頭の異常はなく,画像上globetenting6)は認めず,視神経症の所見もなかった.Globetentingは急性,亜急性の眼球突出で生じる,視神経の牽引障害や循環障害による視力低下を引き起こす,緊急の眼窩減圧が必要な病態であり,画像上,眼球後極の作る角度が120°以下(通常は150°以上である)になると視力予後が急激に悪くなる.また,翌日のHumphrey静的視野計でも,暗点は認めなかった.眼窩血腫へのステロイド治療については,血腫周囲の浮腫軽減目的に全身投与を施行し,保存治療で視力が改善した報告がある4,7).また,今回の症例では,眼窩部の腫脹の割に発赤・熱感がみられず,血液検査で白血球数,C-reactiveprotein(CRP)は正常範囲であり,発熱もなく,感染症は否定的と考えられ,ステロイド投与を施行した.916あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015McNab1)は非外傷性眼窩血腫を解剖的に①びまん性,②局在性(シスト),③骨膜下,④外眼筋関連,⑤眼窩底のインプラント関連,の5つに分類している.また,臨床病理的に①血管形成異常(vascularmalformations),②頭蓋内静脈圧の上昇,③血液疾患,④感染,⑤炎症,⑥新生物,⑦その他,に分類しており,特発性は非常にまれであると述べている.今回の症例は,解剖的に外眼筋関連のタイプに分類される.外眼筋関連の眼窩血腫は,外眼筋内または筋膜内に血腫が存在するもので,McNab1)によると1993.2012年に25例27眼の報告がある.血腫の大きさと急性発症であることから,外眼筋の動脈枝などからの出血と推測されている.特徴は,朝,起床時に発症することが多く,高齢者(平均年齢68歳)に多い.発症部位は下直筋に多く(52%),内直筋は5眼の報告がある.基礎疾患は高血圧が5例,抗凝固薬内服が3例,高コレステロール血症が2例,白血病,心房細動,自己免疫性肝炎,慢性閉塞性気道疾患,甲状腺機能低下症,僧帽弁閉鎖不全が各1例ずつある.治療は,手術が1例,穿刺吸引が1例あるが,病理で出血源が同定された症例はない.他は保存的に治療され,全例で視力低下を残すことはなかった1).再発はまれで,白血病の患者で7カ月間に3回生じた報告8)が1例のみある.今回の症例は,高齢者で起床時に発症し,保存治療で視力低下を残さず,外眼筋関連のタイプの眼窩血腫としておおむね典型的な経過である.しかし,明らかな基礎疾患もなく1.65歳まで長期にわたり多数の再発を繰り返しており,まれな症例と考えられる.発症原因は,病歴から64年前の外傷後の組織癒着などの変化が考えられる.また,1歳時という発症年齢からは先天的な血管形成異常も否定できない.しかし,これまでの血管造影やMRIの精査では,多数の再発を繰り返す原因となるような異常は検出できなかった.今後も慎重に経過観察していく予定である.今回,基礎疾患のない健常な女性で,幼少時の外傷後,誘因なく再発を繰り返す内直筋内の眼窩血腫の1例を経験した.精査で出血の原因となるような異常は検出できなかったが,保存治療で視力障害を残さず軽快した.64年の長期間,再発を繰り返した点が特徴的であった.文献1)McNabAA:Nontraumaticorbitalhemorrhage.SurvOphthalmol59:166-184,20142)KrohelGB,WrightJE:Orbitalhemorrhage.AmJOphthalmol88:254-258,19793)中村靖,橋本雅人,大谷地裕明ほか:眼窩血腫の3例.神経眼科10:269-273,19934)中嶋順子,石村博美,岩見達也ほか:自然発症した眼窩内血腫の1症例.臨眼53:1347-1350,19995)高橋寛二,宇山昌延,泉春暁ほか:自然発症した小児眼(152) 窩血腫の1例.日眼会誌92:182-187,198820026)柿崎裕彦:眼球突出.眼紀56:703-709,20058)ThuenteDD,NeelyDE:Spontaneousmedialrectushem7)平野佳男,松永紀子,玉井一司ほか:急激な視力低下をきorrhageinapatientwithacutemyelogenousleukemia.Jたした貧血による眼窩内血腫の1例.臨眼56:1089-1093,AAPOS6:257-258,2002***(153)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015917